浦和の桜吹雪   作:Simca Ⅴ

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 今更ながら、鎌倉記念の南関東G2(S2)への昇格は2018年からであることをwikiを読み直していて気付いたんですが……まぁ、ハルノウラワが生まれた世界では、彼女よりも前の世代たちが派手に暴れ回っていたので、そのバタフライエフェクトってことで、ご理解いただけますようよろしくお願いします。

 あと前回、「ぶっちゃけ全日本2歳優駿まで特に見せ場がないので」って言ったよな?
 あれは嘘だ。


#06「乗り替わり〜兵庫ジュニアグランプリ(日本国内G2(Jpn2))」

 前回のあらすじ。

 

 新馬戦と鎌倉記念で乗ってくれた生沿さんが私の主戦騎手を降りることになり、代わりにやってきたのは福延悠一(パパのそっくり)さん。

 

 ……実はこの人。前世の私のお父さんと顔が瓜二つ、ドッペルゲンガーのようにそっくりだった。

 今生でまさか会うことになるとは思っていなかったし、しかも私のこれからの主戦騎手がこの人になるとは……。

 

 お父さんと福延さんがそっくりだったために、彼がお手馬と一緒に出走するレースはG1に限ってもよく追いかけていた。

 例えば、ピクシーナイトに、コントレイルの主戦騎手といえば福延さん以外には考えられない。

 2020年のクラシック三冠をコントレイルが獲得して、しかしそれから1年近く勝ち星に恵まれない中で臨んだ秋古馬三冠。

 天皇賞・秋ではエフフォーリアとのハナ差での勝利、ジャパンカップでは抜け出したオーソリティを追走して差し切って、有馬記念の最終直線でのメイショウブレーザとの叩き合い……。

 

 さらに、ピクシーナイトで参戦した香港スプリントは波乱の展開の中、何と日本ダービーで自身がやったキングヘイローの意趣返しと言わんばかりの逃げ切り勝ち。

 あれは思い出しただけでも泣けてくる……。

 

「あれ……泣いてる?」

「きっと生沿さんがいなくなったからじゃ……?」

 

 ……3分の1は当たってるよ、岡嶋先生。残りは前世で起きたレースを思い出したことと、……あれ、なんで泣いてるんだろう……?

 

 とまぁ、顔を合わせた初日からこんなことがあった私たち。

 鎌倉記念も快勝したんだから年末の大一番(全日本2歳優駿)までレースもなくのんびり調教できるだろう……って思っていたらぁ……。

 

【あぁっと、ハルノウラワ出遅れた!】

【ローレル賞、勝ったのは2番人気のオリークック。2着に入った3番人気のマルヒロブライティからは2馬身差の圧勝。3着には7番人気のソニア。注目だった1番人気のハルノウラワは最終直線で伸び悩む6着という結果に終わりました】

 

 Oh,無敗記録も終わったぁ。

 ……まぁそれは仕方ないさ。仕方ないけど、福延さーん?

 

「……ごめんなハルノウラワ。生沿くんほど上手く乗りこなせなかったよ……」

 

 そんな福延さんは鞭を持っていない。

 ……そう、どうやら生沿さんとのディスカッションはちゃんとやっていたらしい(私が鞭が苦手なことを教えていたり、基本は逃げで走らせたほうがいいことなども含めて)。

 しかし、いざ「鞭を使わない騎乗」をやってみたら、まぁ身体が慣れていない感じだったみたいだ。

 ……ある意味仕方ないことかもしれない。騎手は馬に合図をするために鞭を使うことが多いわけで。

 車で言えばアクセルペダルというか、飛行機で言えばスロットルレバーを押し込むために、競馬では鞭が必要になるわけだ。それ無しで加速するってのは坂道でも無ければ厳しいし、飛行機だとまず飛べない。

 手綱(ブレーキ)があるだけマシだろうけど。

 

 さらに、デビューから2連勝。右回り(高知)でも左回り(川崎)でも特に(苦手)が無いとはいえ、私自身もレースにはまだまだ不慣れという有様だ。

 それらが悪い意味で噛み合ってしまっての6着。……仕方ないさ、こういう日もある。

 

 というか、これを見越して私、ローレル賞を走らされたってこと?

 「敗北を知れ」って言わんばかりに?

 あるいは、レース経験を積ませるために?

 うーん……流石にそろそろ鞭が苦手って状態を克服しなきゃダメかもしれない。

 ……私が知ってる皐月賞とジャパンダートダービーを勝った馬(カイザーフェルゼンという馬)は鞭で叩かれた時に怒って騎手から鞭を取り上げて、さらに騎手さんを追いかけてお尻目掛けて鞭で叩きまくってたけど。

 流石に私もそこまでやらないよ? やらないとは思うけど……痛いのは勘弁して欲しいなぁ……。うーん……。

 

「福延さん、騎乗してる時のフォームは綺麗なんだけどなぁ……」

「調教中は鞭を使わなくてもちゃんと乗れてる感じはする。でも、何か足りないな……」

 

 調教助手の人と岡嶋先生が困惑してる姿を見ると私も何だか申し訳ない気持ちになってくる。

 

「……このまま全日本に?」

「いや、オーナーさんがもう一戦やらせて欲しいと言ってた。兵庫ジュニアグランプリに出してほしいってさ」

「園田の?」

「あぁ、そうだ。……しかも、そのレースに生沿くんのお手馬が参戦するようだぞ」

 

 なぬ!? 兵庫ジュニアグランプリは2歳馬限定戦で、生沿さんのお手馬が参戦って……それほぼほぼオルフェーヴル確定じゃないの!?

 そりゃぁ、あの子の産駒がダートで勝ちまくってたからオルフェ自身にもダート馬疑惑が掛かっていたけど、私が知ってる限りだと国内でダート重賞に出た事がないはず。なのにどうして!?

 

「ヒッヒーンッ!?」

「どうどうどう……どうした?生沿さんが次のレースで出てくるのが気になるのかい?」

「ヒンッ」

 

 岡嶋先生に言われて私は頷いた。

 

「……本当にこの馬は。生沿くんが言ってた通り、まるで中に人間が入っているかのような反応をしますね……」

「そうだろう。だからシンボリルドルフや、この子のお母さんみたいなライオンや気性難にしないよう気を使わなけりゃいけないんだ」

 

 えぇー……いつの間に私、皇帝と同じ扱いをされてたの?

 

 ……競馬新聞を読む馬なんて私ぐらいでしょ。それこそ「皇帝様が新聞を広げて読んでました」、なんて聞いたことがない。ギャロップダイナに負けた時の競馬新聞はボロボロにしたかもだろうけど。

 

 

 

「生沿くんから話は聞いていたけど、本当に新聞を読んでる……」

「ヒン?」

 

 ローレル賞から数日経ったある時、調教が終わり馬房に引っ込んでいた私を福延さんが見にやってきた。

 福延さんは怪訝というか目を見開いて信じられないものを見ているような顔をしているけど、そんな彼を(文字通り)尻目に、私は今日も今日とて情報収集の真っ最中。

 あのオルフェーヴルと会えるかもしれないんだったら話題の一つや二つぐらい振れなきゃ後々クラシック三冠馬に輝く同期に失礼というものだ。

 

 しっかし、うーん……。

 

「ブルルッ……」

「……心なしかガッカリしているように見えるのは気のせいか?」

「俺が5着だったことを見つけちまったのかもしれん」

 

 ……ごめん、福延さん。

 あなたが菊花賞で乗った馬(レーヴドリアン)が5着だったのを今初めて知った。何なら私が新聞を見てガッカリしていた理由はそこじゃなくて。

 

 私の危惧した通り、やっぱりと言うかなんというか!

 絶ぇーっ対にあり得てほしくなかったことだけど!!

 

 出馬表と記事を穴が開くほど何度読み返しても、ウッドストックの名が見つからない!!

 嫌ぁな予感がして皐月賞の勝ち馬を見たら案の定、ウッドストックじゃなくてヴィクトワールピサが勝っちゃってたし……。

 

 ……ということは、この世界では「生沿さんを世界に連れて行ったロックスター」が存在しないってことか!?

 あぁ、なんてこったい、これは知りたくなかった……。

 オルフェくんと談笑する時に、「お兄さんが三冠を獲ったんだってね、おめでとう」って言うつもりだったのに! 会話のネタにしようと思ってたのにぃ!!

 あーもぅ!! ここの神様は性悪がすぎるよ、どうしてこうなった!!

 

「気のせいか発狂してるような……新聞をビリビリ破いてる?」

「ちょ、これはハルノウラワがご機嫌斜めの時の行動ですよ! ハルナちゃん、落ち着いて、頼むから、どうどうどう」

 

 ……はっ。私は何を?

 

 厩務員さんに宥められて我に返ると床にはビリッビリになった菊花賞の新聞……あぁー、私ったらなんてことを……。

 優勝馬の名前もしおしおだ……辛うじて読める……メジロトラベ……そこから先が読めないが、とにかくウッドストックではないのは確かだ……。

 

「今度は拗ねちゃった?」

「この子の場合、競馬新聞を読んでて記事を破いちゃったり、唾液でビチャビチャにしてしまう姿を見られるとたまにこうなっちゃうみたいなんです……ちなみに、最初に新聞を読み始めた時なんてこうでしたよ」

 

 グスッ……そうだよそうですよーだ。

 生まれてこのかた馬生を送って毎日走っていて。

 幼駒の頃はそれでも走り疲れたらすぐ寝ちゃっていたけど、育成牧場に送られて、野田トレセンに来てからはスタミナが身に付いたためか、昔ほど「走って疲れてバタンキュー」なんてことにはなり難くなった。

 いやはや、私も成長したもんだなぁと自画自賛したものの、すると今度は起きてる時間が増えて、それに連れて馬房にいることが退屈になっちゃって。

 たまたま厩務員のおじさんが読んでた競馬新聞を強奪して読もうとしたら力加減を間違えて破っちゃったり、唾液でベトベトにしちゃったり。

 今では何とかこの体(サラブレッド)になっても新聞を読めるようになったけれど、思い出させんな恥ずかしい!

 

 それに輪をかけて今日は「この世界はこれが現実なんだ(ウッドストックはいないんだ)」という絶望を突きつけられてて泣きたくなった……。

 


 

 そうして迎えた2010年11月23日、兵庫ジュニアグランプリの日。

 

【園田競馬場第10競走で開催されます、第12回兵庫ジュニアグランプリ。今日は晴れ間が出ていますが、昨日の雨の影響で馬場状態は稍重の発表です】

【距離はダート1400m。優勝馬には全日本2歳優駿への優先出走権が与えられる日本国内G2。集まった若駒たちの中には重賞馬もちらほらと居ますが、その筆頭はJRAから参戦の8枠11番リアライズノユメ。今日の1番人気です。前走はエーデルワイス賞を1着で勝利。今日の鞍上は未勝利戦からの仲、三海王成騎手。JRAからの参戦馬は今回全5頭。しかし、地元園田と地方馬たちも意地を見せるために黙っていない。その地方馬の筆頭注目株といえば、浦和から参戦した5枠5番ハルノウラワ! 今日は2番人気で、ここまで3戦2勝。前走のローレル賞では6着と惨敗するも、新馬戦と南関東G2鎌倉記念を逃げ切りの1着で実力は確か。鞍上は前走から引き続き福延悠一騎手。そのハルノウラワに鎌倉記念まで騎乗していた生沿健二騎手、今日はJRAからの参戦馬オルフェーヴルに跨っての登場ですが……折り合いがついていないようです】

「ビヒヒーンッ!」

 

 一頭の栗毛の牡馬が暴れているのが視界に入る。パドックでは厩務員さんに引かれてヘドバンをしている程度だったのに、生沿さんが乗った途端に暴れてた。……私が知ってるオルフェーヴルもやや暴れ馬だったのは覚えているけど、育成牧場からずっと一緒にいた兄者(ウッド)が存在しないだけでこんなことになってんの?

 

 挙句、他の馬たちがコースへと向かうために馬道へ歩を進めて、私もその列の最後尾に並んだというのに、オルフェはまだ暴れてる……仕方ない。

 元々話したかったこともあったし、ついでに言い含めてくるか。

 

「ちょ、ハルナ?」

「お、おい、そっちはパドックだって」

 

 ごめんね、福延さん。あと厩務員さん。ちょっと時間ちょうだい。

 

 福延さんの手綱や厩務員さんの綱引きを一旦無視し、私はパドックに引き返して、ゆっくりとながらオルフェーヴルの元へ歩み寄る。

 

【おっと、これはどうしたことでしょうか。ハルノウラワがパドックの列から外れて……12番オルフェーヴルの元へ寄っていきます】

【そのオルフェーヴルは先ほどから生沿騎手を乗せたまま暴れています】

〈嫌だぁ、嫌だ、降りろ生沿!!〉

「ビヒヒーンッ!!〈コラァーッ!!〉」

「「「!!?」」」

〈ヒッ!? ど、どちら様ですか!?〉

 

 オルフェは私が視界に入っていなかったらしく、突然に自分に大声で声を掛けられて驚いたようだ。

 私の嘶きには観客も驚き、オルフェの背中に跨っている生沿さんも唖然としていた。

 

「ハルナちゃん、それに福延さん……」

 

 さっきまでガチャガチャと暴れていたオルフェの動きは止まり、生沿さんも私の嘶きにビックリして固まっている。

 観客たちも驚いて言葉を失ったためか、園田競馬場のパドックは一瞬にして静寂に等しい状態になっていた。

 しかし、私はお構いなしにオルフェにそのまま詰め寄った。

 

〈あんたが、オルフェーヴルよね?〉

〈は、はい、一応は……〉

〈ダメ!〉

〈へっ!?〉

〈背筋をピンッと伸ばしなさい。もっと堂々と王者として振る舞いなさい〉

〈え、あ、あの……?〉

〈シャンッとなさい!〉

〈は、はいぃぃぃ……〉

 

 背筋をピンッと伸ばせ、と言えばそれに従ってくれて、さっきよりは堂々とした馬に見えてきた。

 王者が云々ってのは理解していないみたいだけど、それは置いておき、肝心なことを注意しておかなきゃならない。

 

〈……あたしの名前はハルノウラワって言うの。で、あんたの背中に乗ってる生沿さんは、あたしの主戦騎手だった人なのよ〉

〈は、はぁ……そ、それで、ハルノウラワさんは一体僕に何のご用で……?〉

〈そうねぇ……〉

 

 本来だったらここでウッドストックの三冠達成の祝辞でも述べたいところだったが、それが出来ないので世間話は無し。ストレートに言うことにした。ややドスの効いた声で。

 

〈もしあんたが……生沿さんを怪我させたら絶対に許さないから

〈ヒィッ……〉

いい? 分かったなら返事ィ!!

〈は、はい、()()……〉

〈よろしい〉

 

 ……ちとやり過ぎたかもしれない。いつの間にか「姉御」認定までされたし。

 けれど、このまま生沿さんが振り落とされて落馬して下手すれば大怪我、なんて事態は避けたい。リスクを少しでも減らせるなら私がこの舞台に立った意味もあるだろう。

 

 もちろん、怖がらせた分のアフターケアもやっておかないと。

 

〈さっきは怒って悪かったわね。萎縮させちゃったかもしれない〉

〈萎縮?〉

〈怖くてビビってない?〉

〈えっと、まぁ……はい〉

〈……改めて、大声を張り上げて悪かったわね〉

〈は、はぃ。い、いいえ。僕こそごめんなさい〉

〈じゃあ。この話はおしまい。これからは本番よ? 手加減せずに私に掛かって来なさい。いいかしら?〉

〈は、は、はい。元よりそのつもりですが?〉

〈よし。それで良いわ〉

 

 そうして私は踵を返し、オルフェに振り返りつつ、今日の戦場(園田のダートコース)へと向かう。

 

〈……行くわよ?〉

【あぁ……えっと、パドックではオルフェーヴルとハルノウラワが一触即発の状態になっておりましたが、ハルノウラワは何事も無かったかのようにコースへと向かいます】

【12番オルフェーヴルもその後を慌てて追いかけていきました】

 

 ゲート前での返し馬が始まると、先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように、オルフェーヴルは生沿さんの手綱に従ってパカポコと歩いている。

 ほらやっぱり。やればできるじゃないの。

 私が知ってるオルフェーヴルは幼駒時代にイジメられていて、元々気が弱く、人に対しても心を開かないような馬だったけれども、根は素直で頭も良い……はずだ。

 尤も、それは彼に次兄(ウッドストック)がいた世界線での話。この世界では人間不信や他馬への不信感を拭えないままここまで来てしまったようだ。……生沿さんが今から苦労するのが目に見えるようで、おいたわしやとしか言いようがない。

 まぁ、ここでオルフェと遭遇するなんてのは想定外すぎた。……もしかして、私のせいで微妙に歴史が変わった?*1

 

【今年はJRAから5頭、地方他地区・北海道2頭に笠松1頭に浦和1頭の計4頭。地元園田からの馬は3頭となりました。12頭立ての今日のメイン兵庫ジュニアグランプリ。間も無くその発送時刻です】

〈……ねぇ?〉

〈はい?〉

 

 輪乗りでグールグルしていたら、一頭のお牝馬ちゃんが声をかけてきた。

 ゼッケンから読み取れた名前は《リアライズノユメ》。一体何だろう?

 

〈あなた一体、オルフェーヴルに何を吹き込んだの? いつもあの子暴れてやかましいのに〉

 

 やっぱりいつもそんな感じか……呆れて溜め息を吐きつつ、ありのままを簡潔に答えた。

 

〈別に。ちょっと()()した〉

〈お話? あの暴君に?〉

 

 Oh……もうこんな時期から()()()()()とか呼ばれていたか。

 ユメちゃんは驚いた顔をしていたけれど、理由をついでに述べる。

 

〈あの子の騎手さんね、私の元主戦騎手だった人なの〉

〈えぇ? NTRってやつ?〉

〈……どこでそんな言葉覚えてきたし〉

〈えっと……そうだね……私が生まれるより前の競走馬が、騎手を替えられたことを「NTR(ネトラレ)」って言ってたらしくて、それがまだ残ってる感じね〉

 

 えぇ……誰だそんな単語広めた奴ぁ……?*2

 

〈……そのNTRは置いといて、「生沿さんを落馬なんてさせたら許さない」って私は言ったのよ〉

〈あの暴君が果たして、他馬(ヒト)の言うことを聞くかしら?〉

〈さぁね。でも捨て置けなくてね〉

 

 だって、落馬事故で亡くなった騎手さんだっているんだよ?

 私が知ってる歴史では2004年を最後にそんな事故は起きていないけれど、リスクを減らせるならやらずにはいられない。

 馬も騎手さんも無事に走り切るのが1番だから。

 

 暫くしてスターター・スタンドカーの荷台が迫り上がって、旗を振るおじさんの姿が見えた。

 これはいよいよゲート入りした方が良さそうだ。

 そして、おじさんが旗を振ると……、

 

♪ぷっぷぷー、ぷっぷぽー、ぴぱぽぽぽ、ジャーンッ!

 

〈ぷっ……気が抜けるファンファーレだなぁ……!〉

 

 ファンファーレの演奏が終わると観客席からも拍手が起こる。

 ……さぁて、気を抜いてる暇はない。ここからが本番なんだから。

 

【それでは今日のメインレース第12回農林水産大臣賞典 兵庫ジュニアグランプリ、間も無く発走。11番リアライズノユメ、5番ハルノウラワ、落ち着いてゲート入りします。続いて偶数番。2番ケイアイカイト、6番イチバンボシ、8番地元園田から参戦のホクセツサンデー。今、12番のオルフェーヴルがゲートに収まりました。全馬枠入り完了───】

 

 一瞬の静寂の後。ガチャンッという音と共にゲートが開いた。

 

【───スタートしました。第12回兵庫ジュニアグランプリ。5番ハルノウラワ若干出遅れたか、6番のイチバンボシがハナを進みます。インコースから2番ケイアイカイト、5番ハルノウラワ追走。この3頭が抜けていきます】

 

 ヤバっ。あのファンファーレに気を取られて出遅れちゃった。でもまぁいいや、そこまで致命傷でもない。

 

【5番ハルノウラワがハナを奪って先頭に立ちます。その外に9番ファーマクリーム、11番リアライズノユメ。4番エルウェーオージャが六番手。内から1番のタビト。10番のカラカルも続きました。後ろから3頭目に3番のカネマサコンコルドと12番オルフェーヴル。3〜4馬身開いて7番マルヨコンバット、8番ホクセツサンデーが最後方】

【1コーナーのカーブ。5番のハルノウラワ先頭を飛ばしていきます、二番手の2番のケイアイカイトから2馬身のリード、さらにそこから1馬身半離れて三番手に6番北海道のイチバンボシ。インコースからJRA9番のファーマクリーム並んでいきます、11番リアライズノユメが五番手。内を突いて4番エルウェーオージャが上がっていきます。インコースに1番のタビト、さらには3番カネマサコンコルド、外からは12番オルフェーヴルも接近していきます。ペースが一気に上がってさぁ坂を登ってこれから下り。ケイアイカイト飲み込まれて2番手にイチバンボシ上がっていく、依然先頭はハルノウラワ。インコースから2番のケイアイカイト盛り返して二番手。三番手にリアライズノユメ、四番手に上がってきました12番オルフェーヴル!】

 

 ゲゲッ、マジで? あそこ抜けて差してくるの!?

 さすがは将来のクラシック三冠馬、だけどそう簡単に負けてあげるもんですか!!

 

【その後ろに3番カネマサコンコルドが五番手で接近。内にはファーマクリーム、その後に4番エルウェーオージャ盛り返します。先頭粘るハルノウラワ、しかし、11番リアライズノユメが追走、いや、その外からオルフェーヴル、オルフェーヴル伸びてきた!】

 

〈うぉぉぉぉっ! 逃がさないわよ!!〉

〈姉御、ここで勝負だ、うわぁぁぁぁっ!〉

〈やっぱあんたたちが最後に来ると思ってたわよ、負けてなるものか、はぁぁぁぁぁっ!!〉

 

【最終直線、11番5番12番の叩き合い、しかし若干オルフェーヴルが前に出た! オルフェーヴル先頭! ハルノウラワ、粘る粘るが届かない、三番手にリアライズノユメ、外から3番カネマサコンコルドが飛んできて4番エルウェーオージャも三番手争いに加わる、が、そのままゴール!! 1着は12番オルフェーヴル! 前走、芙蓉ステークスでの敗北から1ヶ月、ついに重賞制覇だ!】

 

 かぁー、負けちゃったぁ。

 やっぱ強いよオルフェは。

 

【2着ハルノウラワ、3着以下は写真判定です】

 

〈いよっしゃぁぁぁぁぁぁっ!!〉

 

 あんなに喜んじゃって……って、

 

「うわあぁぁぁっ!」

 

 その悲鳴の直後、ダートの地面に誰かが落下した。

 ……生沿さん!?

 

【おぉっと、オルフェーヴルから生沿騎手が落馬! ……それを見ていたのか、5番のハルノウラワが生沿騎手に駆け寄ります】

「お、おい、大丈夫か生沿くん?」

「は、はい……福延さん。何とか」

「……ブルルルッ」

「「ちょ、ハルナちゃん!?」」

〈え、ちょ、待って姉御、事故だよ、事故だって!!〉

〈待てコラ、オルフェぇえぇぇぇぇぇっ!!〉

〈ヒィィィッ!〉

【あぁ……何ともカオスな状態になりました、勝利馬オルフェーヴルが騎手を振り落としたせいなのか、ハルノウラワが怒って追走しています!】

 


 

 なお、この翌日の新聞には大々的に、

 

《ハルノウラワ、元主戦騎手を振り落とされてご機嫌斜め》

《オルフェーヴル、兵庫ジュニアグランプリを勝利する、が……》

《ゴール後、弔い合戦でジュニアグランプリ第2レース勃発か!?》

 

 などなどと、競馬新聞だけでなく読日新聞のスポーツ面にまで記事を書かれてしまっていて、「穴があったら入りたい」ってのはまさにこういうことを言うんだと実感した私だった……。

 


 

 ところで、この兵庫ジュニアグランプリの後、あの有名番組の「笑⚪︎」ではこんなやり取りがあったとか、なかったとか……?

 

 

司会「はい、では三問目。自分の奥さんがむくれていてその理由を探りたくなる時があると思います。そこで問題。私が指名したら「○○で怒ってんじゃないわよ!」と言ってください。それに対して私が「じゃあ何なんだよ?」と返しますので、さらに続けてください」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

司会「はい、九楽さん」

九楽「では、私の推してるハルノウラワという競走馬のネタから一つ。あんたねぇ、別にあたしが負けたから怒ってんじゃないわよ」

司会「じゃあ何なんだよ?」

九楽「あんたが勝った後に騎手さんを振り落としちゃったからあたし怒ってんの!」

(会場から笑いと拍手)

司会「あぁー……兵庫ジュニアグランプリのあれですね。座布団一枚!」

*1
実は正解。この時期のオルフェーヴルは兵庫ジュニアグランプリではなく京王杯2歳ステークスに出走していた。

*2
??????「ヘップシッ」




 しれっとハルノウラワの前世の人の世界ではコントレイルが秋三冠馬になってたり、ピクシーナイトが大事故に巻き込まれることなく香港スプリントを制していたりと歴史が変わっちゃってます。

 ちなみに、ハルノウラワの中の人がいた世界にはオルフェーヴルのすぐ上の兄にウッドストック(『えっ、自分ステイゴールド産駒なんすか?』より。作者:えびんす様)がいて、その存在がオルフェーヴルの人格形成(馬なのでこの言い方が果たして適切かは分かりませんが、便宜上こう表現させていただきます)にかなりの影響を与えていたことを今回痛感する羽目に……。
 グラナトラピートの物語を読んだ時に筆者が感じたことを今回の話に活かしてみました。

 あと今回の末尾にある笑⚪︎でのやり取りは、オレンジの着物のお兄さんが代理司会者をしていた回がモデルです。
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