この不定形生物、仮称”エリー”とはつい数週間前に出会った。
当時のエドワードと言えば失業したばかりで、途方に暮れ家の中で時折奇声を上げながらのたうち回るのがマイブームだった。
転機が訪れたのは無職になってから二日後の事。
『あーっ、マジでどうすっかなァ……』
転職先を探しながら日々の時間を散歩に浪費する毎日。
貯金はそれなりにあるが、今の生活に慣れてはいけないという思いもあった。
それに、今の彼には何よりも危惧しなくてならない大きな問題があった。
今は亡き父親が残した悍ましい額の借金だ。
なんでも父親は生前はドラッグを捌いて儲けていたらしいのだが、よりにもよってギャングのシマでその密売を行っていたのだ。
案の定それがバレた父親はその地元最大勢力のギャング、”クリムゾン・アイズ”のメンバー達に半殺しにされた挙句、ショバ代と称して500万ドルもの大金を要求された。
それが出来なきゃ、殺して臓器ばらして息子のエドワード諸共売り飛ばす、とも。
まあ、結局父親は全然返済できずにギャング同士の抗争に巻き込まれて射殺されたのだが。
この莫大な借金は息子のエドワードにも引き継がれ、今度は自分の命が危うくなっている。
『考えるのもめんどくさくなってきた……家でシャワー浴びよ』
そう呟きながらすっかり猛暑で温くなってしまったスポーツドリンクを道端の排水溝に全て捨てた。
その真下に瀕死の不定形生物がいるとも知らずに。
家に帰ると、彼は違和感を感じた。
ドアの鍵が開けっ放しになっていたのだ。
彼は記憶力は自慢できる程良いわけではないが、少なくとも外出の際に玄関の鍵を掛けた事くらいは覚えている。
合鍵を渡すような親しい友人やガールフレンドもいた事が無い。
つまり、泥棒か誰かが中に侵入した可能性が高い。
『勘弁してくれ…』
服の裏に隠し持っていたトーラス社製”M4510 パブリック・ディフェンダー”を抜き取り、右手で構えながらゆっくりと中に入った。
もし空き巣だったらこの410ゲージバックショットを全弾お見舞いしてやると心の中で自身を奮い立たせながら居間に突入した。
『うおおおっぶち殺し……ってあれ?』
室内は特に荒らされた形跡は無く、何かが盗られたりしたりもしていない。
不法侵入だけして帰ったのかと思いながらパブリック・ディフェンダー片手に居間を見渡す。
『……ストレスでボケたかな』
その日、疲れていた彼は鍵の事など頭の隅に置きさっさと寝ることにした。
「……なんじゃあこりゃあ」
異変が起きたのは次の日の朝。
自室がめちゃくちゃに荒らされていた。
机の引き出しやクローゼットなどは開け放たれ、中身は散乱し本棚の本は全て引き出されて山積みになっている。
あまりの光景に鳥肌が立った彼は枕元のM4510を手に取り静かにベッドから降り、居間の方へと向かった。
するとそこには人影が一つあった。
こちらに背を向ける人影に対して銃口を向けながら精一杯の大声を放つ。
「あ、アンタ!!自宅を間違えたのかは知らねえが散らかしたモン片付けてさっさと帰ってくれねえかっ!」
彼の声に反応し、人影がこちらを向く。
かなりの美人だ、エドワードは思わず息を吞んだ。
同時に、見覚えのある顔だとも感じた。
少しの逡巡の後、ハッとした顔で目を見開く。
思い出したぞ、こいつは昔面白半分でネットで買ったエロゲに登場するヒロインだ。
間違えて日本語版を買ってしまい、何が起きてるのかも分からないまま適当に選択肢を選んでイベントを進めていたらバッドエンドの無理心中エンドを引き当ててしまい半ばトラウマになっているので今でもよく覚えていた。
「あな…たの、助命……に、感…謝します」
「はい?」
女がこちらを認識すると、上機嫌な声色でこちらに話しかけてきた。
身に覚えのない感謝をされ彼は銃口を下ろしつつ首をかしげる。
これが、エドワードとエリーの出会いだったのだ。
出会った時の感謝の意味を訪ねるとどうやら彼が道端で捨てたスポーツドリンクがたまたま真下にいた干からびて死にかけのエリーに降りかかり、九死に一生を得たようだ。
その日から「エリー」と名付けたその不定形生物は恩を返す為と、エドワードに対して献身的な奉仕をするようになった。
どんな無茶振りでも大体不定形生物の謎パワーで成し遂げてしまう彼女を、エドワードは調子に乗って召使としてとことんこき使い続けた。
彼女の奉仕を甘んじて受け入れる生活の中で、彼女の性質について分かった事も沢山あった。
まず第一に、彼女の体は液体と固体、そしてその間まで自由自在に状態を変化させることが出来る。
個体でも液体でも移動は自由に行える。
第二、固体状態での形状とサイズは自由に変えられる。
ハイラックスをテスラに偽装したように、周りの物に擬態して敵の目を欺くことが出来それだけでなく質感や重量、温度まで再現できるのだ。
明らかに質量保存の法則など諸々の物理法則をガン無視しているのだが、この原理はエリー自身も知らないという。
そして第三だが、これが最もエドワードが恐ろしいと感じた能力だ。
『あらゆる液体と同化する能力』
そう、彼女は液体…というより流体としての特性を持つ物質ならば何でも同化できてしまうのだ。
水は勿論、油、あらゆる化学薬品、融解した金属……
この世に存在する全ての流体と同化してそれを操る能力は文字通り何でもありだ。
あらゆる乗り物を破壊し人間なら血流を止めるか、血管か心臓を破裂させるなりして即死させ、インフラを無力化することによって国一つを滅ぼすことすらできる。
しかも彼女は際限無く分裂、自立行動が可能な為いざ彼女が暴れ出した時に発生する損害を想像すると鳥肌が立った。
国一つ滅ぼすとは言ったが、やろうと思えば彼女は世界中の飲用水を薬品なり微生物なりで汚染して人類を滅ぼすことすらできるのではないかとも思えた。
因みにエドワードが銀行強盗で使った銃火器の調達にもこの特性を利用している。
彼女は同じ流体の内部であればどんな場所にも一瞬で移動ができるのだ。
もし彼女が太平洋の海水と同化すれば、数千㎞先の目的地にだってコンマ1秒も掛からずに到達できる。
今回の武器調達ではエリーが独断で行った手段なのだが、彼女は大西洋を越えて他国軍の基地に侵入し武器弾薬を盗んで回っていたらしい。
明らかに民間市場で出回っているようなモデルではなかった為問い質すとそんな答えが返って来た。
証拠隠滅の為に使用した火器と弾薬、装備を消化してもらっている間にこれがバレた時のことを想像してエドワードは静かに頭を抱えた。