会場は混乱した。
突然のアクシデントの中、大人も、大人顔負けの学生もいた中でさらに飛び抜けた演奏をした学生。
すごかったねーと盛り上がる人もいれば、今のはなんだったんだとレベルの高さに戸惑う人。
「なぁおい……あれさっきの、あの先輩たちより、」
「うるせぇ!! 黙ってろ!!」
「あ、あぁ、ワリィ…………」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気もなく、なんでだよ、そんなわけねぇだろとブツブツと呟く友人。普段使うことのない荒い言葉が何よりも表していた。
音楽に疎い僕たちも含め、誰もがちゃんと口にしなかったけど分かっている。
ソロギターをしたお化けは、先輩たちよりも上だった。
何が上なのかは分からない。
そんな知識は僕にはない。
技術?努力?才能?
そのどれでもない、どれもが上回っていた。
「おい大丈夫か?おーい」
ずっと呆けていた僕を心配して揺さぶるが、生返事すらも出ずただ浸っていた。
初めての音楽の感動も、夏の暑さも遠く昔のように感じる。
パッと現れ、気がつけば消えていたお化けは僕の魂を揺さぶり、心を鷲掴みにした。
司会の人が機材トラブルの影響でスケジュールの変更を伝えている。
人が減っていく会場の中立ちすくんでいた僕の口から溢れた。
「ギター、やる」
僕のあり方が決まった。
「
「はい! よろしくお願いします!」
人当たりの良い朗らかな店長の後ろについていき、殺風景な事務室から売り場に出る。
そこにはギターやベースといった楽器から、張替え用の弦などの楽器用の道具が並んでいる。
眺めているだけでも楽しいが、いずれ触ったりするのだろうかと少しワクワクし始めた。
「面接でもあいさつしたけど、店長の
店長の言葉を遮るようにお店のドアが開いた。
振り向けば同年代の男性、まだ男の子と言った方がいいだろうか、がギターケースを持って立っていた。
「ちわ、…………新しい人?」
開店前の電気のついていない入り口で、外からの光で顔が見えにくいはずなのにどこかで見たことがあると記憶が言う。
10人に聞けば10人がどこかで見たことのある学生と言ってもおかしくない見た目なのに。
「…………あの」
「おはよー
「あっ、はい」
店長に促されて慌てて、あいさつする。
「今日から入る影浦です、よろしくお願いします」
「ん、よろしく」
短い返事をするとそのまま慣れたようにレジ近くの机にギターケースを置く。
少し怖い人なのかなと、委縮しているとタプタプとお腹を揺らしながら小走りで店長が近寄って行った。
「もー大場君、もう少し自己紹介とかしなよ。せっかく同年代の子が入ってきたんだから」
面接の時から思っていたが、店長はかなり優しい人だ。
店長の気遣いにあやかろうと自分も近くに寄ろうと、
「あとからいくらでも話すしいいでしょ、細かいこと気にしてると禿げるぞ店長」
「ハゲてないです!! いや、他の人より少し頭部が寂しいかもだけど、若い頃のはずみで髪染めたり変わった髪型しただけで本来はもっとフサフサです!!」
「言い訳必死過ぎて早口なってますよ、てかどうせ髪いじらなくてもハゲだよ」
「それ決めるの大場君じゃないでしょ!! ダレ!? 誰が決めるの!!? 仮にロックの神様が『お前は禿げる、その方がロック』とか言ったら受け入れるけども!!」
「笑いの神様に決まってんじゃん、目指せハゲ芸人世界一」
「楽器屋の店長ヤメロと!?」
なんか漫才が始まった。
テンポよく繰り広げられる会話に口を挟む暇がない。
というか店長とバイトの会話はこんなものなのだろうか、人生初バイトなので何も分からない。
もしスタッフたるもの店長へのボケは磨くべし、なんて規則があればとてもついていける自信がない。
「景浦君!! 君は、キミはモヒカンはカッコいいと思うよね!!」
どんな流れでモヒカンにたどり着いたのかはまるで分らないが、とりあえず愛想笑いで誤魔化すということを学んだ。
社会勉強も兼ねてのバイトだったがこれが大人への第一歩なのだろうか。
「今日初めての仕事だったけど、どう? やっていけそう?」
「あ、はい。大丈夫だと思います」
人生初のバイトは何事もなく終わった。
大場くんもぶっきらぼうなだけで聞けば教えてくれるし、他のスタッフの人も優しくやっていけそうだと思えた。
楽器店というわけで自分の知らない楽器もあったが、見るだけでも楽しい機材も多く、勉強にもなる。
「そっかぁよかったぁ、今日はもう終わりだから着替えて帰っても大丈夫だよ」
「ありがとうございます、お疲れ様でした」
挨拶をしてスタッフ用の控え室で準備をして部屋を出ようと扉に手をかけた時、
「ギターの音……?」
帰ろうとした足が反対に進む。
スタッフルームの奥、いろんな段ボールや機材が置かれている奥に、下へ続く階段があった。
微かにだが、確かにギターの音が聞こえる。
普段は気にしない足音がとんでもなく大きく響く。
扉に近づくにつれ大きくなるギターと心臓の音。
ドアノブに手をかけて手汗をかいていること気がついた。
そうだ、僕は緊張している。
何故なのか、その答えはこのドアの先にあると確信がある。
ゆっくりと開くドアの先、紛れもなく聞き覚えのあるギター。
自分のあり方を決めたあの夏のお化けの音。
ゆっくりと、重く、軽く開かれる扉の向こう側はスタジオだった。
パソコンや音の調整をする機材に机の上には書類や楽譜が散らばっている。
その奥の鏡の向こう、少し扉が空いていた演奏室にはドラム一式に壁に飾られれているギターやベース、マイクや譜面台が置かれている。
楽器に囲まれた中で1人、ゆらゆらと真っ白なギターをかき鳴らす姿。
間違いなく、記憶の中の姿と一致する。
曲のリズムに合わせて揺れる身体、頭をあげるとかぶっていたフードが外れて、知っている顔が見えた。
驚いて演奏を止めた相手の目と真っ直ぐに見つめる自分の目があい、息を飲む。
かろうじて、いや半ば反射的に、言葉が口からこぼれた。
「…………大場くん?」