「大葉君…………?」
かろうじて口から出たのは、今日知ったばかりの名前。
目に映るもの聞いたもの全てが自分を混乱させる。
なんで?
いつから?
ホンモノ?
聞きたいことはたくさんあるのに、ありすぎて逆に言葉にできない。
それほどの衝撃が身体を埋め尽くした。
「…………あ〜、やらかした」
そんな自分とは対照的に、大葉君はあきらめたかのようにダラリと肩を落とした。
それはつまり、
「ちょっとちょっとドア開いてるじゃないのって影浦君!?」
いつの間にか店長が後ろにいた。気が付かないほど呆けたていたことに今更になって気がついた。
「大場君ちゃんとドア閉めさいよって言ったじゃないの!! あ、でもまだ知らない可能性が」
「反応からしてがっつり知ってるっぽい」
「ダメじゃん!!」
「だからやらかしたって言ってんだよ、ドア閉めろよ店長。音漏れするぞ」
「それ君にだけは言われたくないんだけど!?」
見慣れてきた二人の漫才を眺めてようやく強張っていた肩の力が抜けてきた。
落ち着いてきたからこそ、ようやく聞きたいことが分かった。
「……大場君、聞いていいかな?」
「ん?あぁ、いいぞ」
「まだ話は終わって、うん、どうぞ。おじさんは若者の邪魔にならないようにどいておきます」
少し拗ねた店長に心の中で謝りながら大場君に向き合う。
ずっと聞きたかったこと、それは、
「君が、あの、ゴーストなの?」
あの日、自分が出会ったお化けはゴーストと呼ばれながら話題になっていった。
パッと現れたゴーストは話題になっていき、どんどん人気になっていったと思ったら、ある日突然消えた。
それはまるで出会った時と同じように、ふらっと消えた。
ギターの音だけを人の心に残したまま。
ずっとフードを被ったまま顔を出すことなく、その正体は誰も知らないままお化けは表から消えた。
「あーそうだ、別に名乗ったことはねぇけど、巷でゴーストって呼ばれてたギターは俺だ」
「別に表に出たいとかデビューしたいとか思ったことはねぇんだよ。
「ギター弾き始めたらハマってな、ずっとソロでやってた。
「気まぐれでステージに出たらなんか呼ばれるようになってな。
「ステージで弾くのは結構楽しかったし、小遣いももらえるようになったから続けた。
「ただ出ているうちにめんどくさくなってな。
「顔見せろだの、調子に乗るなだの、誰と仲が良いだの。
「こっちはギターを弾けりゃいいだけなのにな。
「鬱陶しい奴らが増えたからやめた。
「そんだけだよ」
「つまんねぇ話で悪かったな」
話し終えた大場君に悲壮感はなかった。
ただつまんねぇなと、そう言いたげな顔をしていた。
何に対してなのかは分からなかったけど、
「分かったってことはどっかで見たかステージでやったのか? 悪い、誰とやったとか誰が聞いてたのかは全く覚えてないんだ」
口はぶっきらぼうなのに、自分にもどうにも、悲しく聞こえたのは気のせいなのだろうか。
「で? どうする? ネットに広めるのは勘弁してくれ」
「え、いやそんなことはしないけど」
「そりゃ助かる。ステージの設備で弾くのは楽しかったし、店長に許可もらってここで弾かしてもらってんだ。バレてめんどくさい客とか増えたらやめざるを得ない」
まるで一端の芸能人のようだが、実際それほどに人気だったのは確かだ。
全国規模、ではないが自分の近所、音楽関係のコアなファンなどが追っかけていたのは知っている。
顔の見せない凄腕のギタリスト、それも学生という話題になるには十分すぎる要因しかない。
「だからここで弾くときはちゃんとドア閉めなさいって言ってたでしょ、影浦君じゃなかったらすぐにネットで広まってたかもしれないのに」
「全員帰ったと思ったんだよ」
「いつもシフト終わった瞬間にここ来てるでしょ!! 確認とかしなさいって!! たまにロッカールームで休んでく人もいるのに!!」
「へーへー」
「さては反省してないね!? というかチューニングする手を止めなさい!!」
「クセになってんだ」
「わかる」
やっぱり仲がいいだろうなーと、さっきまでのスタジオにあった緊張がカケラも無くなった。
これは店長の魅力なのだろう。
「で、どうするよ?」
「え?」
急に話を振られて驚く。てっきり忘れられてたと思ってた。
「別にお前がべらべら喋るとは思わねぇよ、だけどそれはそれ。これはこれ、ちゃんと黙っておいてくれる礼はしねぇとだろ」
まさかの提案だった。てっきり黙っておいてほしいだけ言われて終わるものだと。こっちはそのつもりだったし。
「ほしい機材あるならいいな、店長に頼んで半額にしてやる」
「ダメだよ!? なんの権限があってそれ提案してるの!?」
「社割二人分合わせたらいけるって」
「勝手にしないでね!? 怒るよ!? 泣くよ!? ちゃんと言ってくれたら値引きもするからさ!!」
あ、これめんどくさいから店長に丸投げしようとしてるだけだ。
まだ出会って一日も経っていないけど、大場君の性格はかなり分かるようになってきた。
「それともなんだ?」
チューニングを終えた大場君はギターを構えるとフードを被り直し、目に見えないはずの奥から自分を射抜く視線。
思わず身体が跳ねた。
殺気とも言える集中力。
本来なら演奏に向かうはずのそれを、自分に向けてきた。
「リクエストでも弾こうか?」
お願いします!! と叫びそうになった。
憧れの人にリクエストを頼める贅沢。
これは自分みたいな人種にとっては山盛りの黄金よりも価値あるものだ。
「え、いやぁその」
「やぶさかでもないみたいだね」
黙っていたつもりだけど声が漏れてた。
その理由に気づいた店長に微笑まれて顔が熱くなる。
さらに微笑みが深くなる店長に顔が熱くなる嫌なループだ。
「ちげぇの? ならあれか合わせるか?」
一気に気が抜けた声になるがまた思わずうなずきそうになる。
なんでこんなに魅力的な提案しかできないのだろうか。
「これまで頼まれたのはその二つだったからな。あれ弾いてこれ弾いて、一緒にステージ出てくれの二択。あー付き合ってくれもあったが、それはねぇだろ」
「うんまぁ、それはないけども」
なんだろう、なんというか、いや言いたいことはあるけど口にするのもどうだろうか。
「ムカつくよね」
店長が代わりに言ってくれた。
はい、ギターすればモテますか?
答え、人によります。僕は全然だったけど、多少人気程度でもモテるようになる。
ましてや大場君レベルならよりどりみどりだ。
店長から見ればムカつくも通り越して殺意が湧くかもしれない、いや目の前で謎の恨みを大場君に飛ばしてる。
「影浦君も後でお話しね」
謎の飛び火が来た!? とりあえず縮こまって反省している姿勢を見せておく。店長の目力が弱まった気がする。
「で、どうすんだよ。自分から提案できるのはそれくらいだが」
そうだ。大場君の正体を知ったからどうするのかって話だった。
リクエスト、一緒に演奏、共に魅力的だがどうもしっくりこない。
いや希望はある。
もし憧れのゴーストに出会ったら、そんな妄想はいくらでもしてきた。
自分が音楽を、ギターを始めようと思ったきっかけを相手にしたいこと。
「大場君、あの」
「おう、なんだ」
笑われるかもしれない、呆れられるかもしれない。
だとしても頼んでみたかったことが、僕にはある。
「なんでも、なんて言うのは無理だができることなら別にいいぞ。ストリートでやってほしいとか、オリジナルを弾いてほしいとか。むしろそんな提案の方がこっちとしては新鮮で楽しそうだしな」
笑いながら言ってるが頼めばやってくれるだろう。
大場君はやらないことは言わない、そんな確信がある。
自分の提案もきっと受けてくれるだろう。
だとしても緊張する。
「僕と」
一度でいいからしてみたかったこと。
出会うことがあれば、
憧れに、
僕は、
挑みたかった、
「勝負してほしい」