「へぇ」
口元が緩やかに弧を描く。
楽しくて仕方がないってわけじゃない。
面白くて仕方がないってわけじゃない。
可笑しくて仕方がないってわけじゃない。
あれはそう、
「おもしろそうだな」
獲物を見つけた時の笑みだ。
「え、勝敗はどうつけるの?」
大場君から目を逸らさないでいたら店長が声をかけてくれた。
ほっと肩の力を抜き、言われてみれば確かにと思い返す。
音楽の勝負、色々と方法はあるがスポーツと違い明確な勝負方法はなく、基本的には聞いてくれる人の反応で判断することが多い。
「んなもん適当に人呼べばいいだろ、というかそこにちょうどいいのがいるじゃん」
「人を指差さないよ? あとちょうどいいってのはどうかと思うよ??? 別にやるのはいいんだけども」
流石に扱いが雑すぎると思うけどこれが常なのか諦めてるのか、どっちにしろ店長が優しいのには変わりないだろう。
もともと高かった店長の株が自分の中でさらにあがる。同時に慣れるほどこんなやりとりをしているのだと思うと少し泣けてきた。
そのきっかけとなった人物は話を聞く素振りも見せずにマイペースに動いているが。
「互いに一曲やって店長に評価してもらう、シンプルで分かりやすいだろ」
大場君の案に頷く。
そんな大袈裟にしなくていい、目当てはどっちが強いのかという結果だけ。それなりに音楽に精通していて、平等に審査できる人なら誰でも問題はない。
問題といえば大場くんの正体を知っても大丈夫な人じゃないといけないが、店長なら全ての条件を満たしている。
「すいません店長、審査、審判役お願いしてもいいですか」
「もちろんいいよ‼︎ ほら見て大場くん‼︎ これが礼儀ってやつだよ‼︎」
改めて店長に向き合いお願いする、と何故か泣いて引き受けてくれた。理由は分かりきっているのだがあえて触れずに笑っておいた。今日だけで何度愛想笑いをしたんだろう。
大学生になって、初めて身についたのが愛想笑いなのはさすがに勘弁してほしい。
「慣らしの時間やるよ、終わったら教えてくれ」
「ワクワクしてるのは分かるけどさ? もうちょっとこっちに興味持とう?」
軽口を叩き合う二人の会話を後ろに背負っていたケースからギターを取り出す。
高揚なのか緊張なのか、どちらとも言えない感情が身体を巡っていた。
自分の口が弧を描いていたのは誰も気づかなかった。
「じゃ、始めようか」
自分が準備をした後、仕事が残ってると出ていった店長が、仕事を終えて戻ってくるまでギターを鳴らしていた。
促されるまま、汗を拭いて二人の前に立つ。
手癖のリズムで音を確かめる。
審査をするのは店長。
だけど今、自分の目に映ってるのは隣で座ってる憧れ。
「…………」
さっきまでと打って変わって何も言わず、静かに座っている。
多分だけど、あれは聞くだけじゃない、取り込むための構え方だ。
これから弾く自分の音楽を全て飲み込むための捕食の姿勢。
足りなければ僕の負け。
満たせたのならば許容範囲。
突き抜けたのなら僕の勝ち。
「ふぅー」
緊張と肩の力を抜くための一息。
耳鳴りがするほどの静寂の中、心臓の鼓動だけが耳に響く。
その音さえも聞こえないほど深く、
集中、
集中、
集中、
合図はない。
身体中を覚悟が満たした時、ピックを持った腕を振り上げた。
僕はこれから、
あの夏の日から目指していた夢を叶えるために、憧れに挑む。
最後の音の余韻が消える。
「……フゥ」
胸を張って言える。
紛れもなく今の自分でできる全力だった。
「いや〜初めて聞いたけど上手いね〜」
店長は笑顔で拍手をしてくれた。
お世辞ではなく本心からの称賛だと分かり、安心する。
相手が本音からの称賛なのかそれとも言葉だけのお世辞なのか、高校の時に分かるようになった。
なんか嫌だなと思いながらも頭を下げる。
「ありがとうございます」
「しかも礼儀正しい‼︎ ほんと素晴らしいね‼︎」
別のところでも心からの称賛をされた。
気持ちばかり拍手の音が大きくなった気もする。
今日だけで店長の苦労がかなり伝わってきたが、それはさておき、褒められるのは嬉しいので照れながら後ろ頭を掻いていた。
「おし」
隣に座っていた大場君の。たった一言で緩んでた気持ちが引き締まった。
「大場君も何かないのー?」
「感想言うだけなら別にいいけど」
淡々と演奏をするための準備を整える大場君。
椅子から立ち上がった後はこちらをカケラも見ていないのは、
「勝負だろ」
振り返ったお化けはギターを構えて敵を見据えた。
射抜かれた視線に負けないように見つめ返していると、店長に促されて椅子に座る。
膝に置いた手が汗で滲んできた。
自分の時以上の緊張で体が強張る。
だと言うのに目の前の敵は、
笑ってた。
「初めてやるけど良いもんだなぁ」
軽く鳴らすだけで分かる技量。
「一緒に、じゃなくて勝負かぁ」
ギターを構える堂に入った立ち姿。
「要は相手より凄けりゃ良いんだろ?」
ゆったりと余裕を持った動きから、化け物が飛び出した。
「…………フゥー」
大場君の演奏は終わった。
音の余韻も全て消えた。
だというのに何かが残りづけている。
様々な楽器、譜面台、パソコンやマイクなどの機材。
スタジオにあるべきもの達を上書きする何か。
「…………君は…………ホントさー」
店長が呆れたようにため息をついた。
そのため息すらも消えてしまう、何かに満たされているスタジオ。
本来なら憧れの人の演奏を目の前で、しかも自分のために弾いてくれたというのに顔も上げられず、拍手もできない。
いつの間にか握りしめていた拳は何を掴んでいたのか。
徐々に滲んでいく視界、血液が、熱が顔に集まって熱くなっていく。
分かっていた。
分かってはいたけど、どうしようもないことだ。
素晴らしい、最高、幻想的、何かを称賛する時の言葉はどんな言語でもたくさんある。
僕だって他の人の演奏を聴いて上手いとか、すごいって言うことはある。
ただ彼の演奏には何も言えない。
言える言葉を僕は持っていない。
それほどまで圧倒的な彼の演奏に僕は、
「…………店長」
絞り出すように出した声で聞く。何を?などと聞かなくても分かってくれた。
「……………………大場君だね」
負けた。