ゴーストギター   作:アオノクロ

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第5話

 あの暑い夏の日に見つかった夢。

 

 あのお化けのようにギターを弾きたい、

 あのお化けのように音楽をやりたい、

 あのお化けのように人を魅了したい、

 

 あのお化けに、

 

 

 

 勝ちたい。

 

 

 

 

 それが僕の夢だ。

 

 

 

 

 

 

「リズム良し、テンポ良し、練習も重ねてんのが分かる」

 

 震える手を握りしめながら大場君の言葉を受け取る。

 

「ただ足りねぇ、がんばったのは分かるがそれだけだ」

 

 一直線に突き刺さる言葉の刃を全身で受け止める。なにせ憧れからの言葉だ、神妙に受け取るべきだろう。

 

「だから聞くぞ。お前、なにしてた?」

 

 全身から力が抜けた。

 

 

 

「はいそこまで」

 

 倒れそうになった僕を支えたのは店長だった。ボクの腕の下から頭を生やし、優しくそれでいてちゃんと掴んで立たせてくれる。

 

「大場君、キミは言える立場だけど言ってはいけない言葉もある」

 

 それは優しく、バイト先の店長ではない家族のような温もりが込められていた。

 

「………………べつに貶したわけじゃねぇよ、でもまぁ………………すまん」

 

 拗ねたように視線を逸らす大場君。普段の気安さももしかすれば彼なりの信頼なのだろうか。

 店長は笑っていた。

 

「その言葉がちゃんと言えるならいいんだよ、景浦君もバイト初日なのにがんばったね。今日はも帰ろうか、良かったら来るまで送るけど」

 

 どうする? と聞いてくれる店長の優しさにこらえてた熱いものが目に溜まる。

 鼻を啜り、震えて上手く動いてくれない口を時間をかけてどうにか動かした。

 

「だい、じょうぶです。ひとりで……かえれます」

「そうかい、ならそうしようか。大場君、キミも今日は終わり。いいね」

「………………うーす」

 

 渋々ながらも頷くいたのが視界の隅で見えた。

 

 その後はどうしたのか覚えていない。一人暮らしの新しい部屋に辛うじてたどり着き、荷物も服もどこに置いたのか分からない。

 

 ただ親に無理を言って頼んだ防音の賃貸で助かった。

 

 それだけは覚えている。

 

 

 

 その日から一週間、大学に入学したばかりでまだ分からないことだらけの僕は、右に左に流されながらも大学生活を過ごした。

 取るべき授業の選択、必要な教科書の購入、高校なんかとは比べ物にならないキャンパスの広大さになんとか慣れようとしていた。

 慣れない大学生活に覚えることばかりのバイト、忙しすぎて部屋に帰れば寝る。

 そんな生活を送っていた。

 

 大場君は以外にも優しく、ぶっきらぼうにも仕事を教えてくれた。好きなバンドの話なんかもした。

 

 以外にも有名バンドもあまり詳しくなくて、聞けばマネして演奏したいかどうかだけで曲を聞いているらしい。

 

 あぁ、すごいなぁ。

 

 僕は上手く笑えていただろうか。

 

 

 

 

 

 そして日曜日、僕はシフトが終わるとロッカールームで着替えていた。店から貸し出されているエプロンを取りロッカー内のハンガーにかける。代わりにリュックサックを取り出して、少しきしんだ音を出す扉を閉めて。

 

 今日もまた、微かに聞こえるギターの音に振り向く。

 

 また音が漏れているから店長に伝えておかないと、そう思って踏み出した足は、

 

 

 

「え」

 

 スタジオに踏み込んでいた。

 

 

 

 

 

 あの日と変わらない、いや少しだけ物の位置が変わっているか。

 忘れることなんてできない。

 パソコン、機材、書類や楽譜が散乱した部屋、その奥に。

 あの日と変わらずたくさんの楽器に囲まれたお化けがゆらゆらと、楽しそうにギターをかき鳴らすその姿。

 音を、音が、音の、その全てが自分の何かを揺らし続ける。

 

 肩からリュックサックが落ちる。

 

 

 担いでいたギターケースを開けて、愛用のギターを取り出す。

 

 

 

 重いスタジオの扉を開けるとそこには僕に気が付かないお化けがいる。

 

 

 

 

 

 お化けは誰にも気がつかれない?

 いや違う、彼はお化けだけど誰もが見てしまうお化けだ。

 僕のような人間を全て虜にして捕まえようとすればするりと消える。

 

 あの日、僕が目指した夢はいつの間にか消えてしまった。

 

 絶望しながらも、いつか出会える日を夢見て今日まで続けて来たんだ。

 誰もが見つけられないお化けを僕は見つけたんだ。

 

 僕の夢は憧れを見つけることじゃない。

 

「大場君」

「あ? ………………景浦か、どうした」

 

 扉を開けたのに気がつかれない。その程度の僕だが、それでもだ。

 

「僕と」

 

 向けるのは敵意とピック、まっすぐに前を見て目標を定める。

 緊張のつばは飲み込め、焦る鼓動はそのままに、抑えることなく響かせろ。

 全ては音を奏でるために。

 全身全霊をこめて鳴らせ。

 

 

 

「勝負してほしい」

 

 笑うお化けと同時に互いのピックが振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 息も絶え絶えに立つのもやっとだがまだ立っている。

 

「ふぅー」

 

 目の前には大きく頬を膨らませて息を吐き出すお化け、いやここまでくると本当に化け物じみてる。

 

 

 

 僕らは好きに演奏し合った。

 オリジナルのフレーズを交互に、互いの知っている曲を同時に、どれだけ細かく素早く弾けるか、どれだけ艶やかに穏やかに鳴らせるか。

 

 審判も審査員も誰もいらない。

 僕と彼だけの二人だけの世界で僕らは弾いた。

 

「景浦」

「はぁ、はぁ、なに大場君」

 

 まだ息が切れているのに向こうはもう平常だ。汗もかいているが土砂降りの僕と比べたらにわか雨。同じ室内で天気も違う。

 

「お前、高校の時なにしてた」

 

 あの時と同じ質問、あの時はもうなにも答えることができず帰るしかなかった。

 悔しかった。

 ただそれだけで自分を否定したと、そう思ってしまったけど今なら分かる。

 

「はぁ、ギター、はぁ、ボーカル」

「………………なるほどな」

 

 納得したように頷き、軽く音を鳴らしながら考えだす。何を思ったのか分からないが、今日も僕は負けた。全力で挑んで、不意打ち気味だったのに受けてもらって、それでもまた、僕は負けた。

 

 

「おえっ」

 

 吐く気はないが吐きそうになる。マラソンで全力で走った時と同じように、ただ吐き出したいものは今はない。

 

 吐き出さず、こらえて飲み込む。

 初めての時はその酷さに何もできなかった。

 

 敗北の味だ。

 

「景浦」

 

 下がった頭の上で声がする。こちらの状態なんてお構いなし、けど仕方がない。なにせ彼は勝者だ。

 敗者の僕は何をされても文句は言えない。

 

「今日も俺の勝ちだ」

「はぁ、はぁ………………だね」

 

 飲み込みたいがとんでもなくキツイ。殴られたわけでもないのにお腹に重く、下を向いているのにのしかかる。

 

「提案がある」

 

 提案? 普段の様子からは想像できない言葉だ。いつ見ても店長に怒られているか、機材や販売品を眺めてまた店長に怒られて、怒られてるとこばっかりだ。

 

「もし、この先また俺に挑むって言うなら」

「挑むよ」

 

 辛い顔を無理やり上げて顔を見る。驚いているが当然のことだ。

 

「僕は、はぁ、はぁ、っ君に勝ちたくてギターを始めたんだ」

 

 まっすぐと目標を、憧れを、夢を穴が開くほどに強く見つめる。

 見下ろされる視線に何が込められていたのかは分からない。

 でも分らなくていい。

 僕だってこの夢を誰かに分かってもらいたいとは思わない。

 あるとするなら、

 

「僕は必ず君に勝つ」

 

 相手への宣戦布告だけ。

 

 

 

 珍しく大場君が笑った気がする。緩んだ空気に緊張も解けて思わず下を向いた。多少は落ち着いたがそれでもまだしんどいのだ。

 座らないのはただの意地。

 負け惜しみに近い。

 

「俺もな、ここでの弾くのも悪くないがステージでもやりたい」

 

 意外な言葉だ、その気になればすぐにでも出られるだろうに。

 

「だけどただ出るとめんどくさいことが多い、それでだ」

 

 顔をあげると、そこには自信満々な大場君。表情豊かな彼とはいえ、初めて見る顔だった。

 

「俺以上に人気の奴がいれば誰もを俺を気にしなくなる。けどそんな奴滅多にいない、そこでだ」

 

 まっすぐと自分を指さすお化け、フードで隠れた目が合って輝いた気がした。

 

 

 

 

 

「俺がお前を鍛えてやる。だからいずれ俺を超えて、俺を消し去るほどの奴になれ」

 

 

 

 

 

 大きく弧を描くお化けの大馬鹿な言葉。

 言い返すだけなら簡単だった、否定の言葉も思いつけた。

 なにせ目の前の化け物を超えるバケモノにしてやると、悪魔のような取引を示していたのだ。

 

 自分を覆い隠す代理人のような存在、代筆をすることをゴーストライターと言うらしい。

 

 

 

 ならばさしずめ、ゴーストギターと言うべきか。

 

 

 

 ただ欲張りな化け物は自分もしたい、とわがままを言う。フリではなく生身で。それを覆い隠す目立つお化けになれと言う。

 

「は、ハハ」

 

 そんなバカげた相手を、提案を前に、僕の口は弧を描いていた。

 

 

 

 

 

 それはさしずめ、お化けのように。

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