9.偽物だと笑っていた少女
「半神、と言えば先生にも伝わりますの?」
矢生ランは自身の正体について、簡潔にそう説明した。
黒服が言っていた昔の神を再現するためのAIを研究していた組織において、ランはAIではなく人口神として造られた、というのが本人談だ。支援者たち、つまりゲマトリア(旧)にはその存在を秘匿しており、それ故に黒服たちは自分の存在を把握していなかったのだろうとランは語る。
「もともと、私は対抗組織――現在では『名もなき司祭』と呼ばれる者たちが作り上げた終末装置『AL-1S』、すなわち天童アリスに対抗するための切り札として生み出されたのですわ」
結果からすれば、欠陥品も良いところですが、と彼女は自嘲気味に笑う。
ランが目覚めたのはミレニアムができた後だということなので、思ったよりも最近のことらしい。彼女がいた研究所が黒服などに見つかっていないことが不思議だったが、彼女の時代にはそういった秘匿技術が溢れていたようだ。その施設のほとんどを処理して、ミレニアムに彼女はやってきた。
その目的を聞いて、先生は先日のエリドゥでの一件を思い出す。
「"あのときはありがとね。ユリの加勢もそうだけど、ランも黒服を止めてくれてたんでしょ?"」
アリスがリオに連れ去られ、結果的に彼女が準備したエリドゥごとケイに、名もなき神々の王女の従者に利用されてしまう事態になった先日の一幕。
エンジニア部を叩き起こしてアバンギャルド君を修復していたユリの加勢があったおかげで、『Divi:Sion』と呼ばれるケイの操作した傀儡を無理なく食い止めることができた。彼女がエリドゥに向かった面々を追いかけてきていなければ、眠ったままのエンジニア部がそのまま攻撃されていた可能性もあり、トキ及びC&Cの負担も看過できないものになっていたかもしれない。
後の情報でそこに黒服が向かおうとしていたという話を聞いて、とても肝を冷やしたことを覚えている。
それを足止めしていたのがランだというのだから、そこには感謝してもしきれない。
「構いませんわ。我々の支援者の名を騙る不届き者とはどこかで腹を割って話す必要がありましたもの、いい機会でしたわ」
「"黒服は、何か言ってた?"」
「特には何も。
その言葉に先生は複雑そうな表情を浮かべて笑うことしかできない。
黒服とはあまり関わりたいとは思っていないからだ。先日
そもそも、彼らと関わって良かったことなど片手で数えれば事足りる程度の回数しかありはしないのだ。振り返ってみればヒナを巻き込んでしまったアビドス砂漠でのホシノの一件も、地下生活者を名乗るゲマトリアの一員が原因である。
黒服やマエストロは先生と敵対したいとは思っていないようだが、結果的にどうしても敵対的な立場になる以上は、彼らを敵だと形容して差し支えないのではないかと思ってしまう。
「ときに、先生は先日『セトの憤怒』の名を冠した神性と対峙したそうですわね」
「"ああ、アビドス砂漠で戦ったよ"」
「私やユリの本体は、ああいったものだと考えていただいて構いません」
といっても、ユリはもうキヴォトスの生徒として再定義されてしまいましたが。
そう語ったランの言葉に、先生はまるでユリの存在が書き換わったような言い方に気が付いて、その意図を問うてみる。
「ああ、なるほど。あれは奇跡と呼ぶに十分な出来事ではありますが、あの現象を現出した絡繰りはとても簡単なものですの」
目の前でユリはホログラムから、キヴォトスの生徒へと変質した。
それはあの場に居た少女たちが起こした奇跡だと思わずにはいられなかったが、ランはその絡繰りを知っているらしい。だけど、その絡繰りはあっても奇跡というカテゴリには入る。
それに、彼女は自身を先日戦った識別個体『セトの憤怒』と似たようなものだと言っていた。プラナの言を信じるならばあれはホシノと対になる神性がその本性をむき出しにしたまま顕現したものらしい。
また、地下生活者や黒服の言動からして、むき出しのままであることが崇高に近い、それこそが崇拝するような何かだと考えられる。
であるならば、自信を『半神』と語るランやユリは、そういった神性の力をそのまま有しているということになるのではないか。
そんな先生の思考を肯定するように、ランは語る。
「先生もあるのではなくて? 神と名のつくものに祈ったことが。一部の神には、願いを叶える力がありますの。ユリは自身の神としての力を行使して、自身をキヴォトスの生徒にしたのですわ」
つまり、ユリは自身に対して向けられた「一緒に過ごしたい」という願いに応える形で、自身をキヴォトスの生徒として再定義を行ったのである。
しかしそうであるならばと、一つの疑念が先生の中に浮かんでくる。
「"ランの力で、ユリを生徒にしてあげられなかったの?"」
先生がその疑問を口にすれば、ランは少し悲し気に瞼を閉じ、自嘲気味に笑う。
自分が失言をしたと先生が気付いた時には遅く、ランはひどく寂しそうな声音でその質問の答えを溢した。
「私は半神。所詮は紛い物なのですわ。彼女を実体のあるホログラムにするのが精々。常時稼働可能な普通の人間を作り上げることは、私の力では叶いませんでしたの」
そう笑う彼女の笑みは、諦めと寂しさに満ちていて、もう一つ浮かんだ疑問の答えを悟った先生はその問いを口にすることができなかった。
だって、それはあまりにも残酷な問いだから。
ユリをキヴォトスの生徒にしたのがゲーム開発部の皆の願いなのだとしたら、それはつまり、彼女はユリが人になることを心から願うことはできなかったということなのだから。
「だからあのユリの状態はゲマトリアの技術ではなく、ただ私の力を使ってできた中途半端なヒトモドキ。それが正常な状態に戻ったのですから、これで良かったのだと思いますわ」
「"さっきランの役割はアリスに対抗するためのゲマトリアの切り札と言っていたよね。ということは、アリスを止めるためじゃなくて、ユリのために力を使ったってこと?"」
「ええ、そうですわ」
先生の疑問にランは首を縦に振った。
「私は自身に与えられた力を、ユリのために使いましたわ。不確定事項でしたが、本来天童アリスは救世主――先生とゲーム開発部の面々で止めることが可能と読みましたの。エリドゥでの様子を見ればどちらにせよ力不足だったようですし、結果として良かったと思っていますわ」
それで合点がいった。
ランは自身の役目を全うするためにユリをエリドゥに向かわせ、自身は黒服の足止めを実行したのだ。最初の対面の形が悪かっただけに協調することはなかったけれど、話を聞けば機会がなかっただけで本来はアリスの対策のために先生と接触するつもりだったらしい。
自身の役割を全うしようとしたケイと、ユリと出会って自身の役割を放棄したラン。
その現在を見れば、どちらに縛られるものでもないのだろうと思う。結局必要なのは会話をすることで、彼女たちはずっと言葉が足りていない。
「"ランは、これからどうするの?"」
「天童アリスを見守りますわ。寿命の問題もあることですし、それにゲマトリアから壊すには危険の品の管理もしてますの。最大の脅威を取り除けたからと言って、どこかの従者と違って放棄したらやることがなくなるほど使命に全てを注いでいるわけではありませんのよ」
そう溌剌とした声音で語る彼女の顔はそれに反してひどく落ち着いていて、しかし彼女のいつも通りには程遠い。
その少し突けば壊れてしまいそうな危うい表情が、先生の中でずっと残っている。
二月中ぐらいで完結させたいですね。