祈られた少女たちのメヌエット   作:息抜きのもなか

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二部のプロットを編集したので、文章量とクオリティが少しだけ上がりました。
時系列は迷いましたが、アビドス三章の後、デカグラマトン編の前になります。


10.寂しそうにしていた少女

 ランから彼女の特異性についての説明をされた数日後、先生はミレニアムで買い物袋を提げるランと遭遇した。あまり外に出るイメージがなかったために少し驚きつつ、その横顔に声を掛ける。

 ユリの一件の後に彼女から告発があり、ミレニアム中に仕掛けられたランの監視装置を撤去した影響か、ランは先生と会うのが予想外だったようで少しの逡巡の後に先生の方を向き、そしてぺこりと頭を下げた。

 

「"買い物の帰りだった?"」

「ええ。ユリに行かせようとしたのですが、あの子にエンジニア部の部室に泊まると言われてしまったのですわ」

 

 ランとユリの関係は、あの一件の後も続いているようだった。

 ただ、身体を得たことでランの思い通りにはできなくなったようで、ユリの自由意志に手を焼いているらしい。ボタン一つで彼女の回収ができていた転送装置を核としたホログラムの時とは打って変わって、今日のようにラン自身が出向かなければならないことも増えたんだとか。

 また、ユリはセミナーから正式にミレニアムの生徒として認められたことで寮に入れることになり、彼女自身の部屋を持つことになった。元々のランの居住スペースではベッドを(はじめ)とした生活用品が足りないということもあり当然の措置だったのだが、ランはどこか不満そうだった。

 

「"もしかして、ユリがいなくなって寂しい?"」

「まさか。私はそこまで寂しがり屋ではありませんのよ。私の必要な物を学校帰りに買ってきてもらうという手が使いにくくなってしまったから辟易としているだけですわ」

「"それは自分で行けばいいんじゃないかなぁ"」

 

 そんなことを溢せばキッと睨みつけられて、「なんでもありません」と先生は目を逸らす。

 彼女はどうやらあまり部屋から出たくないようだった。その理由を問えば、彼女は少しばかり迷うように目を彷徨させて、そして何かを認めるように瞼を降ろし、先生の方を向く。

 

「私はあの部屋で、ゲマトリアの遺物を管理しているのですわ」

「"遺物?"」

「ええ。オーパーツは施設を出るときに廃棄しましたが、管理方法が煩雑で怪奇現象を引き起こす奇特な品がありますの。既定の手順を踏んだ対応が必要なものなので、異常事態が起こる可能性を考えるとあまり目を離したくないのですわ」

 

 以前彼女の部屋に突入した時にいろいろなものが置かれているのは見ていたが、そんな物体があるのは知らなかった。その時も触らなければ害はないと言っていたが、目を離したくないと宣うあたり、触らずともこちらに影響を及ぼす代物も混じっているのだろう。

 それを一人で管理しているというのは、中々に危ない気がする。昔のとはいえ黒服が引用したゲマトリアの扱う代物である。危険度という意味合いでは今も昔も遜色ないのではないかと思ってしまう。口に出したら怒られそうなので内心(うちがわ)だけに留めておくが。

 そんなことを考えているうちに目線が落ちて、ふと彼女が提げていた買い物袋の中身が目に入ってしまう。それだけなら意に介することもなかったのだろうが、その中身があまりにも偏っているのを認めてしまい、先生は思わず言葉が口から零れてしまう。

 

「"……牛乳とナッツ、買いすぎじゃない?"」

 

 その言葉に先生の視線の向く先を察したのか、ランは一瞬だけ体の後ろに袋を隠そうとして、途中で観念したように袋を先生の方に向けて広げた。

 彼女が抱えていた袋の中に存在していたのは牛乳とナッツ、そして食パン。それらが複数個ずつ袋に詰められていて、他の物は影も形もない。自分も食生活について生徒たちから注意を受ける側の人間であるためにあまり強くは言えない先生だったが、流石にその偏り具合を見せられるとどうしても心配が勝ってしまう。

 その表情を悟ったのかランは先生から少し目を逸らし、先生に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「ナッツは少量で良質な脂質と熱量(カロリー)を得られる優秀な食べ物ですわ。たまたま、そう、今日はたまたまナッツを買いたい気分だったっだけで、いつもはもっといろんなものを食べていますわ」

「ほんとに?」

「……本当ですわ」

 

 嘘だろうな。露骨に目を逸らしたランを見てそう察した先生はジト目をランへ向けるが、彼女はこちらと目を合わせない。

 結局ランが話題を変えて、そのままその話は流れてしまう。

 

「先生、ユリの様子を見てきてくださいます? あの子、身体を得て健康管理をしなければならなくなったというのに、以前のホログラム時代と変わらない無茶な生活を続けてますの。私に対しては反抗期とでも言いましょうか、ちょっと素っ気ない態度を取ってきますので、先生からも言ってあげて欲しいのですわ」

 

 恐らく先程も言っていたエンジニア部での泊まり込みのことを言っているのだろうが、生活で言えばランも人の事を言えないのではなかろうか。まあ、ユリもちゃんと食事を摂っているようなイメージは湧かないが。むしろヴェリタスの面々のエナドリ狂い具合を考えると、健康的な生活を送っている想像をする方が難しいまである。

 聞けば、以前はゲーム開発部で見たような強制回収で無理やり休ませていた部分もあったらしく、それが使えなくなった今、ユリを止める者がいなくなってしまったようだ。最初はランに止められていた記憶を思い出して自主的に休んでいたようだが、そうするかしないかが自分次第だと気付いてしまったのが運の尽き。平気でエンジニア部の部室に泊まり込み、徹夜での研究を繰り返す研究モンスターが誕生してしまったらしい。

 

「そういうわけで、よろしくお願いいたしますわ!」

「あっちょっと……」

 

 先生が呼び止める間もなく、すたこらと駆けていくラン。

 野生動物張りの逃げ足の速さに舌を巻きつつも、先程依頼されたユリの様子を見に行ってみようかとエンジニア部の方に足を向けることにした。

 

 

 エンジニア部に到着した先生は、いつかのように実験をしている黄色い少女を発見した。

 今回は先輩たちが不在だからなのか、はたまた実験が次の段階に進んだからなのか、自身がプレイエリアに入ることはなく、自分に見立てたドローンを自分に見立てて動かしているようだった。

 そんな状態でも先生という来客にすぐに気づいた彼女は、手元のタブレットを操作するとこちらに目を向けて手を振ってきた。どうやら自動操縦に切り替えたようで、彼女が目を離している状態でもプレイエリアのドローンはその動きを止めずに実験を続けている。

 

「やっほー、先生。もしかして、ランに言われてきた?」

「"お、するどいね。ユリが身体を持って浮かれてるから注意してくれ、って言ってたよ"」

「あはは。流石にそこまで浮かれてるつもりはないんだけどね。ただ単純に自由に使える時間が増えたから使ってるだけだよ。まあ、確かにちょっと無茶してるかもしれないけどさ」

 

 そう苦笑するユリはプレイエリアに目を戻し、手元のタブレットを操作して戦闘を終了させる。

 そうしてプレイエリア内に歩いて行ってドローンを確認して、あまりその結果に納得いっていないのかその眉を寄せていた。

 

「"実験は順調?"」

「あんまりかな。撃つ側のモードを精密射撃モードにしてる場合は結構上手く行くんだけど、ランダムでブレたり精度を落としたりすると逆に当たっちゃうことが増えるんだよね。機械相手ならいいんだけど、人相手だとちょっとまだ信用できないかな。牽制狙いのつもりが当たっちゃうとかも結構あって」

 

 その言葉を聞いて、ふと先生は前回のユリの言葉を思い出す。

 彼女は確か、機械やロボット相手を仮想的としていなかっただろうか。なのに、今の発言はどちらかというと対人を想定しているような言い方である。

 それはつまり、ユリの実験の目標(ゴール)がスライドしたということにならないだろうか。

 そこまで考えて、先生はユリと一緒に居た紫色の少女のことが頭を過ぎる。ユリと長らく時間を共にしていた、アリスの暴走を止めることを目的の一つとして挙げていた少女。ユリの実験内容の変化に彼女が関わっているのかもしれないと先生の頭の中で点と点に線が結ばれて、先生はユリに一つ疑問を投げる。

 

「"ユリは、ランのために装置を作ろうとしているの?"」

 

 黄色の少女がタブレットに落としていた眼を、こちらに向ける。その瞳に映るのは純粋な驚きと感心の色。ユリはまるで悟られるとは思ってなかったような眼差しで先生を見た。

 それは言外にその問いに肯定を返しているのと同義だろう。

 ユリは力になりたかったのだ。一人でアリスの暴走に立ち向かおうとするランが、機械の兵士たちとぶつかることになるであろうことが分かっていたから。だからこそ、彼女は機械の兵士たちの攻撃からランを守る手段を開発していた。

 最近それが機械から人へターゲットを変えたのは、天童アリスについて脅威が去ったと考えているからなのだろう。そしてランが自分一人で外に出る機会が増えたことによる、絡まれたり巻き込またりする事故を防ごうとする意図もあるのかもしれない。

 

「先生って、恋愛ゲームの主人公か何かだったりするの?」

「"……へ?"」

 

 きゅっと身を隠すように抱えるユリの言葉に、先生は思考を中断される。

 どうしていきなり恋愛ゲームなんて単語が出てきたのだろう。確かにユリとゲーム開発部の面々は親しいから、ゲームを話の中で引き合いに出すこと自体には納得できるのだが、なぜ恋愛ゲームというチョイスなのだろう。

 そうして考えるうちに彼女が自分の事を恋愛ゲームの()()()だと発言したことを思い出して、先生はひどい誤解をされていることを悟り、全力で否定を開始する。

 

「"待って! そういう意図はないから!"」

「そりゃそう言うよね。ガツガツしてるって思われたくないもんね。でもやってることは相手を落とそうとしてる行動そのものだし、もしかしてボクって()えてガツガツ行くことで落とせる系のヒロインだと思われてる?」

「"だからそういうつもりはないよ!"」

 

 あははっ、と先生をからかうように笑うユリを見つつ、その頬が少しだけ朱に染められているのを認め、それがユリの照れ隠しなのだろうと無理やり話題を逸らされたことを受け入れる。

 同時に彼女はやはり良い子だな、と思う。

 

「……でも、私は結構先生のこと嫌いじゃないよ」

「"……え?"」

「……あはっ! 何? 本気にしてるの? もー先生、生徒をそういう目で見るの、良くないよ」

 

 前言撤回。彼女はちょっとお灸を据える必要があるかもしれない。

 それから先生はもう少しだけユリと話をして、ミレニアムを後にした。

 後日ランに会ったときにはまたナッツを買いこんでいたし、ユリは関わっている面子の影響かエナドリ中毒者になりつつあった。ユリに聞けばランはいつも大体ナッツばかり食べているらしく、しかしその理由も知っている様子の彼女は、少しだけ迷って「本人から聞いてよ」とだけ言葉を返した。

 その答えを知ったのは、そんなやり取りをした数日後のことだった。




ユリの一人称の表記ゆれはわざとです。
余裕があって自分のキャラを意識できているときは『ボク』を使って、そうでないときは『私』を使います。今回のようにからかうためにわざと『私』を使う場合もありますが、それでも嘘はついてません。
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