ヒマリからの連絡は、ユリの行き先がどうやらミレニアム郊外に位置する『廃墟』と呼ばれる地域だと判明したという報告であった。
最終的に一つの建物内に入っていったらしく、それ以降の動きは見えないらしい。
必死で自身を制御し耐えているのか、あるいは周囲に誰もいないから暴れることもないのか。理由は何であれ、彼女がそこにいることは間違いない。皆に迷惑を掛けないように一人でいることを選んだ彼女が。
「私に策がありますの」
各々が廃墟に向かう準備を整える中、密かに先生に近付いたランはそう告げた。
あの場では突然のことで手が回らなかったが、自分はユリを安定させる手段を持っている。
そう言い切ったランに先生は少しばかりの違和感を覚えたが、その正体が何かわからずに言語化することができない。
その代わりに飛び出たのは、別の心配事であった。
「"それは、君が管理している『ゲマトリア』の遺物を使うってこと?"」
その先生の問いに、ランは少しばかり目を見開くような所作を見せ、そしてその瞼を閉じて首を横に振る。
道具を使うわけではなく、自分たちの性質を利用するのだと語るランは、得意げな顔を先生へ向ける。
「私とて、中途半端ではあれど神。神には神なりの戦い方があるのですわ」
「それはアリスにもできますか?」
「いえ、確かにあなたの力も強力ではありますが、それは使うべきときではないですわ。それに、今回は純粋に戦力として頼りにしてますの。道中何があるかわかりませんから」
「わかりました! 今回は護衛クエストというわけですね!」
「ええ。よろしくお願いしますね」
突然首を突っ込んで突然皆に戻っていたアリスを見送って、再び先生とランは向かい合う。
今の会話だけでも気になることはあった。
アリスは別の世界から来たシロコと戦ったときに、その力を使ってバリアを壊す一撃を放った。それは観測されていた光の剣の火力では到底叶わなかった事象のはずの出来事だったが故に、そこにアリスの神としての力を行使されていたと聞いて納得してしまう。
だが気になったのはそこではなく、『使うべきときではない』という発言の方である。
それではまるで、自分がまた彼女の力を借りなければならない事態に陥るというように聞こえてしまって。
そんな先生の慄きを見透かしたように、ランから言い聞かせるような言葉が飛んでくる。
「先生、人の力を借りることを、躊躇してはいけませんわ」
「"君に言われると、少し言い返したくなるけどね"」
「そうですね。自覚はありますわ。でも、自分の変わりはいくらでもいる、という考えはよろしくありませんわ。それは世間一般においては事実ですが、あなたに限ってはそうは行きませんの」
「"自分では、そんな大層な人間じゃないと思ってるんだけどね"」
「そうでしょうね。そういう精神性を含めて、あなたは
救世主。
自分には似つかわしくないラベルを貼られて、先生は言葉を呑む。
大人として、先生として、力が及ばないことばかりなのに。それなのに自分がそう呼ばれることがとても苦しいと思う。
それを知ってか知らずか、ランは言葉を重ねる。
「色彩に暴露した砂狼シロコの世界も、あなたが潰れたから壊れたようなもの。それだけあなたが鍵となる存在であることは、忘れないでくださいまし」
「"そんなことは――"」
「――あるのですわ。納得できないのならば、少なくともあなたが消えればそこにいる子たちが酷く悲しむという事実だけは、覚えておいてほしいものですわ」
そう言いながらゲーム開発部への面々へと視線を向けるラン。
それは生徒の為ならば全てを投げ出してでも助けようとする、自分への戒めなのか。
そう問おうとして、
否定する言葉は、どこにもない。
「変わる必要はないと思いますわ。変わってしまったら、意味がありませんから。でも、どこか頭の片隅に置いておけば、もしものときにあなたを救うと思いますの」
「"それって……"」
「先生! こっちは準備できたよ!」
「C&Cへの連絡も完了したわ。途中で合流するって」
生徒たちが準備を終えて集まってきたのを見て話は終わりだと言うようにランは先生から離れていく。
策があると言っていたのに部屋に戻る素振りを見せない辺り、彼女の言葉通りきっと神としての力を使うということなのだろう。そこに幾らかの不安を感じないこともないが。
「それで、先生、向こうに着いた後の
ユウカに問われて、ランの方に一度ちらりとだけ視線を向ける。
ランがセミナーの生徒たちに回収してもらった自身とユリの荷物を確認しつつ、しかしこちらへの意識も切らしていないことを認めた先生はユウカたちに向き直って一つの計画を口にする。
「"ちょっと前にアビドスで同じような形で暴走しちゃった子がいたんだけど、その時はみんなで声を届けたんだ。今回もそれで上手く行けばいいんだけど……"」
「一度成功例があるなら、まずはそれを試してみるのが有効ですね」
「暴走した仲間を勇者たちの声で取り戻す展開ですね! これは闇堕ちした仲間を味方に引き戻す王道のパターンです!」
「そんなに上手く行くのかな……?」
それから少しアビドスで起きたホシノのことをかいつまんで説明し、声を届けるのであればやはりC&Cよりも、より親しくしているゲーム開発部の面々の方が有効だろうという話にまとまる。
少し離れたところで聞いていたランもその作戦に同意を示し、準備を整えた一行は廃墟へ出発することとなった。
建物までの道中はC&Cが先行してくれたということもあり快適に進んだ。
元々廃墟自体はゲーム開発部と先生だけでも進めるような場所であり、未探索領域といえどケセドが拠点にしていたことで危険度が上がっていただけである。
その廃墟を見て思うところがあるのか微妙な顔をするランを横目に一行は建物の前でC&Cと
合流する。
「あんたがランか? ユリの野郎から話は聞いてたが、会うのは初めてだな」
「そうですわね。あの子のこと、よろしくお願いしますわ」
「おう、この先はどうする? ちらっと中を見た感じだと、結構邪魔が入りそうだぜ?」
そう言われてアロナたちに索敵をお願いすれば、想像以上に建物内に機械兵たちが待ち受けていることが判明する。
ルートを探そうにもそこら中にいるため、衝突は避けられそうにない。
「ユリがどこにいるかはわかりますか、先生?」
「"うーん、確証はないけど、敵の分布だけ見るとぽっかり空いている空間があるから、ここだとは思うんだけど"」
そう言ってホログラムを投影し、敵の分布を表示する。
なるほど確かに先生の言う通り、建物内に敵が広がっているのにもかかわらず建物上部の一部の空間だけは敵がいないことが見て取れた。その中にポツリとある一つの反応。恐らくそれがユリなのだろうと思う。
ユリが暴れているから周囲の敵が減っているのか、あるいはアトラハシースの箱舟を使ってシロコとプレナパテスがやっていたようなことをユリも神としての力を行使して再現しているのか、どちらかの判断はつかない。
しかし他にめぼしい場所もなく、アロナの探索が届かない地下のどこかにいるという場合でもなければ、そこを目指して進むのが得策だろう。
「よっし、じゃあいっちょ始めるか!」
そう言って突っ込んでいくネルを先頭に、敵を薙ぎ倒しながら道を進んでいく。
ユウカに度々もっと賢いやり方で任務を遂行しろと言われるそのやり方はやはり敵の注目を集めてしまうようで、その音を検知してか一気に機械兵たちが廊下に押し寄せてくる。
流石にC&Cだけでは対処できず、ゲーム開発部も応戦し、少しずつではあるが押し込んでいく。
そんなことをしていると戦闘に参加していなかったランが先生に声を掛けてきた。
「先生、私は少し別行動を取りますわ」
「"え、でもこの中で一人は……"」
「ユリが作ってくれた試作品がありますわ。人間の姿ではまだ不十分ですが、本来の姿であれば既に不足ない性能はありますの」
そう言いながら首にかけていたロケットペンダントを取り出し、優しい笑みを見せるラン。
ユリを救うために進む道で、ユリがランのために作ったものを使うというのはなんとも皮肉めいたものを感じてしまうが、しかしここが有効活用の機会であることも確かである。
「"待って。もしこの機械たちがユリが生み出したものだったら、途中で対策されちゃわない?"」
「わかっていますわ。でも、だからこそ本来の姿で行くんですの。的が小さい方が被弾を避けられますし、隠密もしやすいですわ」
「"別行動って、何をする気なの?"」
「神の力を行使するのに、少し準備が必要なのですわ。前提条件を整えるために、少しだけ時間が欲しいんですの」
「"分かった。そういうことなら"」
「ありがとうございます、ですわ。では、上で落ち合いましょう」
そう言って身体を紫色の子狐へと変貌させ、駆けていくラン。
こちらに意識を向ける兵隊たちは足元を駆け抜けるランに気が付いていないか、気が付いても前も後ろも詰まっていて味方に誤射してしまっているようだ。
確かに現状であれば巻き添えを喰らいづらい別行動を選ぶ方が彼女にとって得策なのかもしれなかった。
そしてC&Cの戦力に助けられながらも建物内を進み、一行はついにユリの待つ広い空間へと辿り着く。
そこはきっとホール、あるいは
ずらりと並ぶ座席の奥、そのステージ上に、ユリは居た。
その小さな体を丸く蹲らせて。ただ耐えるように身体を強張らせて。
道を違える(物理)。あと二話です。