祈られた少女たちのメヌエット   作:息抜きのもなか

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エピローグ これから未来(さき)のこと

 メヌエット。パヴァーヌと同様に舞曲でありながら、既に本来の役目を離れた音楽の一種。

 一組ずつ踊ることが許されたその踊りは、自分の番が来るまでただじっとその時を待ち続ける。舞踏会の一員になってしまえばそれは避けられない運命で、僅か数分の踊りを踊るためだけに座ることも許されず待ち続ける。

 舞踏会やパーティーの挨拶としても用いられたその踊りは、主だけでなく後に続くものにも品定めされながら足を運ぶ。主の不興を買えば首が飛ぶかもしれないし、ミスをすれば他の家から舐められる。全員がその舞踏を終えるまではその緊張の糸を切らすことは望めない。

 自由にステップを飾れるパヴァーヌとは違い、決められたステップにしがみ付く。

 それはまるで自らの役割を自分たちで選んだ勇者とその従者と、役割を終えることしかできなかった彼女たちを対比しているかのように思えてしまう。

 

「先生、ここにいたんだ。ユウカが呼んでたよ?」

 

 ミレニアムに建てられた百鬼夜行風の小さな祠の前で祈りを捧げていた先生は、背後から掛けられた声に瞼を開き、その身を翻す。

 声の主であるユリはひらりと手を振り、先生の背中越しに入れ替えられた花をその瞳に映して少しだけ細め、すぐに先生に目を戻した。

 

「信心深いね。作った甲斐があったけど、そんなに熱心に祈っても、ランは自分でやれって言うだけだよ?」

「"はは、ユリがそう言うのであれば、そうかもしれないと思っちゃうね"」

 

 矢生ランは、鬼灯ユリの祈りを聞き届けた。

 ランが言っていた『策』は、彼女がユリの神性を奪うことだったのだ。

 助けてほしいと言う切実な祈りは、ユリから神性を消失させるという奇跡を生み、しかし彼女が最も大切にしていたものも奪っていってしまった。

 ユリは先生の隣に並んで、静かに両の手を合わせながら、その口を開く。

 

「実はさ、ランは私をホログラムにしたときに、もう一度祈りの力を使えば自分は力を使い果たすだろうって、言ってたんだよ」

「"だからあの時、ユリは必至でランを止めようとしてたんだね"」

 

 ユリはコクリと頭を縦に振る。

 力を使い切ったランは小さな狐の姿で、力なくその場に丸まっていた。気絶しているだけかのように見えた彼女の状態を把握していたのは、奇跡をその身に受けたユリだけであり、彼女はランの許に駆け寄ってその身体を抱え、その灯火が消えてしまったことに涙した。

 

「ランはさ、不完全な神だったんだよ。でもそれは、ランが人口神だったからじゃなくて、単純に時間が足りなかったからなんだ。本来であればもっと集めるはずだった信仰と畏怖を集めきる前に彼女を知る者がいなくなってしまった。だから彼女は中途半端な力しか持たない神に成ってしまったんだ」

 

 ランは自身のことを半神だと言っていた。

 だが、実際には本物の神だったのだ。人々の祈りと信仰によって生まれた、知識の神。実体となって顕現するほどの好奇心と祈りの塊が、力を持たないはずがない。

 彼女は知識の神であるが故に、その力は彼女自身が知識を得ることで膨らんでいく。だから彼女は研究者たちに望まれるがまま知識を吸収し、祝福を彼らに授けていたのだ。

 その力が影響力を得る前に、彼女はテクスチャを超えることになってしまったが。

 

「だからそもそも、私をホログラムにする段階で彼女は死にかけた」

「"……え?"」

「一回で私を生徒にするには、彼女には力が足りなかったんだよ。生徒の力を模したホログラムにするのが精々で、その程度すら死にかけた彼女に、私が願ったんだ。『死なないで』って」

 

 ランも以前言っていた。自分の力ではユリをホログラムにするのが精々だったと。

 先生はそれを当たり前のように受け止めてしまっていたが、神の力を使い切るということは、神でなくなるということに他ならない。

 神でなくなるということは、それ即ち神にとっては死を意味する。

 そこまで想像が届いていなかった先生は、ユリの言葉でようやくその重さを理解する。

 ランは、アリスの寿命についても言及していた。それは、ユリの生きてほしいという願いを叶えた存在である自身が、どこまでも生き続けることを知っていたから出た発言だったのだ。ユリのように狂うような神の力は既になく、アリスと同じように自分も朽ちることのない存在だったからこそ、彼女はアリスを見届けるとそう言っていたのだ。

 

「今回で、ギリギリ繋がっていたランの力を使わせちゃった。だから、彼女の中身は空っぽになっちゃったんだ」

 

 それを覆せるのは、彼女に生きて欲しいと願ったユリだけだった。

 そこについてはもしかするとランもどう転ぶか分からなかったのかもしれない。助けてほしいという願いで全ての祈りを叶える力を失っても、生きて欲しいという願いの効力が持ち続けられるのか、彼女も賭けだと考えていたのではないだろうか。

 それでも、自身が消える可能性があったから、先生やゲーム開発部の面々に対して詳細を語ることをしなかった。

 ユリが口を突いてランに助けを希(こいねが)うまで、じっと身を潜めて待ち続けた。

 

「私が欲を出して神の力を残さなければ、彼女が死ぬこともなかった。だからこれはさ、先生のせいじゃなくて、私のせいなんだ」

 

 己の無力を悔い続けている先生に、ユリは優しく声を投げる。

 結局あの場で事態を解決できたのはランだけだった。他に手段はなかった。分かっている。その原因がユリが生徒になるタイミングで自身の神性を残そうと考えてしまったことであることも、ちゃんと正しく理解しているつもりである。

 でも、だからこそ思うのだ。

 ランは以前の会話で、自分の役割は旧ゲマトリアの遺物を管理し、天童アリスを見守ることだと言っていた。

 だが今となっては、あの場でユリを救うことが彼女の役割だったのではないかと、彼女にダンスの順番がやってきてしまったのではないかと思わずにはいられない。

 それが彼女にとって、メヌエットの決められたステップだったのではないか、と。

 

「まあ、そう簡単に割り切れないよね」

 

 ユリは肩を竦めながら眼前の祠を見つめる。

 偽物だと言っていた彼女をこんな形で祀るのはどうかと思っていたのだが、ユリの強い後押しによってミレニアムに似つかわしくない小さな祠が建てられた。自分にとっては本当の神様だったからと語る少女の横顔は、表情自体は豊かなはずなのにその真意を多く語ることはない。

 ミレニアム生にとっては無用の長物かもしれないが、研究が行き詰ったときには神に縋りたくなることもあるでしょと彼女は嘯く。研究者の祈りで生み出された彼女がミレニアムという場所で祀られるのは、ランにとっては失笑ものかもしれないけどさ。そんなことを続けながら。

 自分の顔を見られていることに気が付いたユリは先生に対して目を細め、バッと体を抱えるようにして大げさに身を引いてみせる。

 

「うーん、先生、良くないよ? 他の生徒とはちゃんと線引いてるんでしょ?」

「"そういう意味で見てたわけじゃないから!"」

 

 先生の慌てた反応を見て満足したのか、彼女は身を翻して先生に背を向ける。

 恐らくエンジニア部の部室に戻るのだろう。彼女はその場所を愛しているから。ランという居場所を失っても、彼女には戻る場所があるのだから。

 

 ユリが立ち去った後、先生は再び祠に対して手を合わせる。

 神の力は強大だった。でもやはり、届かないとは思わなかった。

 次があれば、上手くやれる。そんなことを考えて、次なんてものはないと頭を振る。

 ユリは何の力持たない普通の生徒になった。身体を得てからはそれなりに戦闘能力も高かったが、神性を奪われてからはモモイやノアとどっこいどっこいだ。

 彼女に何かを頼ることはないのだろうなと、そう思う。そんなことが無ければいいと、そう思う。ユリの周りで起こった事件はどちらも彼女が原因ではあったけれど、大切な人を失った彼女をこれ以上何かの事件に関わらせるのは申し訳ないと、そう思ってしまう。

 ランが有していた『ゲマトリア』の遺物は、ユリがその管理を引き継いだらしい。ずっと見ていてその勝手も分かっていたし、それにランもそれぞれの物品の管理方法を残していたようだ。彼女はどこか未来を識っているようなところがあったし、もしかするとこの結末も予期していたものなのかもしれない。

 

 だからこそ、考える。

 彼女が口にしていたことを。自分がやらなければならないことを。

 

『先生、人の力を借りることを、躊躇してはいけませんわ』

 

 それは神の力に晒された彼女たち(ゲーム開発部)に、また力を借りる必要があると言われているような気がして。

 この未来(さき)にそんな事態が起こらないことを、目の前の神様に強く願った。




凄く時間が掛かりましたが、こちらで完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
後書きは活動報告にて。
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