勇者のクエストに付き合ったマスコットは、何か褒美が与えられるべきである。
それは質問に答えたアリスが返した言葉であったが、先生は別にそういった意図で質問を行ったわけではなかった。しかしアリスが情報を報酬としてプレゼントしてくれるということで、先生はありがたく受け取ることにした。
「はい! ユリはほとんどの時間はエンジニア部の部屋かゲーセンに生息しています!」
今日のユズからのクエストでいろんな人と会った彼女は、今日会えなかった友人に会いたいという先生に対して満面の笑みでその情報を教える。それは彼女がユリという友人のことを自慢できる大切な友達だと思っていることの証左であり、先生はユリに会うのが楽しみになる。
アリスと別れた足でそのままエンジニア部の施設へと向かった先生は、そこで黄色い髪の少女が数体のロボットと戦闘しているのを発見した。
何事かと思った先生はサポートに入ったほうがいいかと身構えたものの、買い出しを完了して戻ってきていたウタハやヒビキがその様子を静観しているのを認め、その二人の方に近付いた。
「"あれは一体の実験をしているの?"」
「ああ、先生。彼女――ユリ君と言うんだが、彼女のテーマは機械やロボットに対して幻覚を見せたり誤認を誘ったりする技術の開発でね。これはその実験なんだ」
「積極的に頭や致命傷を狙う『殺戮モード』相手によくやってると思うよ」
物騒な単語が聞こえた気がするものの、その様子を見れば確かに黄色い髪の子は回避行動をとっている様子はない。頭のすぐ横をロボットが撃った弾が通り抜けていっているので少し見ていて怖いと思う部分はあるのだが、多少の被弾はあっても動きに支障が出る位置のものはかなり少なくなっていて、その研究は少なからず結果が出ていそうな感じだ。
しばらくその様子を眺めていると、戦っていた少女が左手を大きく上に上げる。
それが実験終了の合図だったようで、少女と
「ウタハ先輩、そっちの人は?」
「ああ、前に話していたシャーレの先生だよ」
「"ユリ、で合っているかな? よろしく"」
その大人がシャーレの先生だと聞いて、ユリと呼ばれた少女が一瞬だけ反応を見せたのを先生は見逃さなかった。それは単純に驚いただけなのか、はたまた別の思惑があったのか、今の所作からだけでは判別することは叶わない。
先生の挨拶に、ユリは元気よく「よろしくお願いします!」と答え、深々と礼をする。
その仰々しさに苦笑しながら、先生はもっと砕けた感じでいいと伝えておく。
「前よりは大分誤認させられるようにはなっていたけれど、現状はすれすれで当たらないぐらいだったね」
「もう少しは欲しいかなー。このままだと相手の射撃精度次第じゃ逆に当たりかねないし」
「そうだね。次回の実験は走りながらデータを取ってみたらどうだい?」
「確かにそろそろその段階かもねー。そうなるとボク以外の人にも実験に付き合ってもらう必要がありそう」
自分も手伝おうかと先生が手を挙げるが、先生だと当たっちゃったときに大変なことになるからと断られてしまう。それに先生の身体能力はキヴォトス基準だと少し低すぎるので、あまり参考にならないだろうとウタハが容赦ない意見を述べた。
ユリはこの機能は将来的に要人警護とかにも使えるかもしれないのでと擁護してくれるが、メイン層のターゲットは激しい動きをするC&Cや各校の治安維持部隊だと言う。頭の位置が頻繁に上下してもちゃんと対応するように追従させる機能が現状はまだ性能不足気味なので、もう少し動ける人にテスターを頼みたいということらしい。
「"ユリはなんでこんな機能を開発しているの?"」
「え? こういうのがあると変なゴタゴタに巻き込まれたときに安心しない?」
先生がその表情を観察する限り、特に嘘はついていないように見えた。
そのカラッとした態度で質問に回答した彼女は次の瞬間に何かに気が付いたように目を瞬き、スマホを取り出して慌て始める。
「しまった! 今日ナッツ類の特売日じゃん! ごめんウタハ先輩、続きはまた今度!」
そう言って急いで荷物をまとめ、ユリは飛び出していく。
ユウカの話もあって自分から逃げたのだろうかと思考が傾きかけたところに、ウタハから「ユリ君はナッツ類が好きで大量に買い込んでいるみたいなんだ」と彼女の情報が寄せられる。
「"ウタハから見て、ユリってどういう子?"」
「ユリ君はそうだね、真っ直ぐな子ではあると思うよ。教授陣の『良い子』の基準に当てはまるかは微妙なところだけれど、恩を大事にするし、好きなことに実直だ。かわいい後輩だよ」
ウタハがとても優しげな表情を浮かべているのを見て、お世辞ではなく本心から彼女のことを評価しているのだなと先生は安心する。
だからこそ、ユウカから聞いた話の審議をぶつけることは憚られた。彼女自身の口ではなく自分の口からそれを伝えてしまうのは、何か違うような気がしてしまったのだ。
無論、ユリがしているのは良くないことだ。しかし、こうして話した感触からしても、彼女が不正に手を染めるようには見えなかった。作っている機能からしても、コユキのようなタイプにも見えない。
だからこそ、わからない。
先生は自分が騙されているのだろうかとも考えてしまうが、頭を横に振って迷いを振り落とす。
そんなことをしていたら、タブレットが震えた。
画面には、メッセージの通知が一件。先程分かれて別方向に進んだ、アリスからである。彼女はゲーム開発部の方に戻ったはずで、そこまで遠く離れているというわけではないが、それなりの距離はあるはずである。
そんな彼女から届いたメッセージは。
『部室近くのスーパーに買い出しクエスト中なのですが、ユリがナッツを買い込んでいるのを発見しました!』
まだエンジニア部の研究室から出て一分も経っていないであろうユリが、そちらにいるという報告だった。
おかしい。そこまで離れていないとはいえ、流石に一分で到着できる距離ではない。もしかするとネルやホシノなんかは可能なのかもしれないけれど、先生の目から見てユリがそれが可能だとは思えなかった。
「どうしたんだい、先生?」
先生の様子を案じたウタハに声を掛けられて、先生は今アリスから受け取ったメッセージをウタハにも共有する。
それを見てウタハは少し目を瞬きはしたものの、特段多き反応を見せることはなかった。
「ユリ君は神出鬼没だからね。気が付いたら都市の反対側にいるなんてことも日常茶飯事さ」
「"神出鬼没って次元じゃなくない!?"」
これはミレニアム生の間でまことしやかに囁かれていることなのだが、とウタハは少し声のトーンを落として先生の耳を手招きする。
まるで内緒話をするかのように先生の耳元で、ウタハはその突拍子もない話を先生に囁いた。
「ユリ君はね、二人いるんじゃないかとよく言われてるんだ」
先生は目を瞬いてウタハを見るが、悪戯が成功したように笑うウタハは、しかし冗談を言っているようには見えない。先生を驚かそうとしたのは間違いないが、それが作り話ではなく本当に囁かれている噂なのだろう。
先程のユリのテレポートじみた移動の報を受けていたが故に、否定も肯定もできずに固まってしまう。
仲の良いアリスは何か知っているだろうか。明日もう少し聞いてみようと、先生は次の手を思案する。