ユリの不自然な挙動を知った翌日。
先生はゲーム開発部の皆からユリの話を聞こうと彼女たちの部室の門を叩いた、のだが。
「ユリぃ!」
「モモイィ!」
「"……何これ?"」
普段はここにはめったに来ないと聞いていた調査対象が目の前でモモイとゲームに興じている様を見て、先生は目を瞬く。
そして彼女が居ないところで彼女の印象を聞こうと思っていた先生の思惑を裏切るように、アリスは純粋な笑顔を先生に向けた。
「先生がユリについて知りたがっていたので、直接聞けるようにユリを部室に呼びました!」
「"どちらかという情報収集パートの方でお願いしたかったんだけど……"」
「アリス……もしかして間違えてしまいましたか?」
「"いや、大丈夫! いやー助かったなーあははは"」
アリスが目尻に涙を溜め始めたのを見て、先生は慌ててフォローに走る。
ミドリがそれを呆れたような目で見つめていたが、先生は気付かないことにして、本来の目的を完遂せんと質問を投げる。
「"ウタハから聞いたんだけど、ユリにまつわる都市伝説があるんだって?"」
「あー、確かによく聞きますね。瞬間移動とか、二人いるとか、実はホログラムなんじゃないか、とか。私たちも何度かびっくりしたことはありますね。私やユズちゃんと一緒に居たと思ったら、次の瞬間にはお姉ちゃんのところに居る、みたいなことが結構あるんですよ」
「何々? 先生、ボクの話してるの?」
ミドリに話を聞いていると、モモイとの勝負が終わったのかユリがこちらの話に割り込んできた。内容が内容なのでどう答えようか悩んでいると、ユリは「ホントは聞こえてたんだよねー」と言って笑い、「ボクの都市伝説があるのは知ってるよー」と事も無げに話してみせる。
そして今までの笑顔が嘘かのようにスッと目を細めると、値踏みするようにこちらの瞳を覗き込んで、彼女は問うた。
「それで、誰の差し金? 会長? それともネルパイセンかな? 誰かから言われてなきゃ、こんなコソコソ嗅ぎまわったりとかしないでしょ?」
「"普通に話を聞こうと思ったけど時間が無くて、こんな形になっちゃっただけなんだけど……"」
「ふーん、言い訳するんだ、ふーん。ま、いいけどさ。で、何を聞きたいのさ?」
あっけからんとした雰囲気に戻った彼女は、快活に笑って何を話そうかと先生に投げかける。
ユウカにあんな啖呵を切った手前、学籍のことを聞くのは憚られる。何を話題に出そうかと思案するときにここがどこなのかを思い出して、対戦を始めたユズとモモイに目線を向けた。
「"ゲーム開発部の皆とは、結構前から仲がいいの?"」
「え? ああ、いや、結構最近かな。ウタハ先輩経由でたまーに話すことはあったけど、本格的に遊ぶようになったのはアリスちゃんとゲーセンで会ってからかな。そうだよね?」
「はい、アリスとネル先輩が遊んでいたときに『私もやっていい―?』とユリが話しかけてきたのが最初だったと記憶しています!」
「そーそー、そこで交代でやってたらモモイ君やミドリ君も来て、最終的にアカネさんが来るまでわちゃわちゃやったんだよ。いやー懐かしいね」
そう語る彼女の顔は、純粋に過去を懐かしむ少女のように見える。そこに何か特段事情があるかのような儚さはなく、先生の目には年相応の子供のように映った。
だからこそ分からない。どうして学籍を偽装してまでここにいるのかが。
彼女の精神性ならどこの学校でも上手くやれただろうと思ってしまうが故に、わざわざ非合法の手段を持ち出して自分の居場所を作ろうとした彼女の行動の理由だけが霧に飲まれているみたいに見えてこない。
「そういえば、ユリって転校生でしたよね? 昨年編入してきたと聞いていますが」
「"え、そうなの?"」
ミドリからの援護射撃。彼女にその気はなかったのかもしれないが、先生は彼女の質問に感謝しながらユリの回答を待った。
転校前はどこにいたのかなどが分かればユウカも安心するだろうかと思って彼女の方を向けば、
「え? あー、そっか。そういうことになってるんだっけ」
彼女は先程とは打って変わって、混乱していることを隠さずに目を泳がせていた。
その様子に思わず「"え"」という言葉を漏らしてしまう。
「あ、え、そうそう、えっと、ボクは去年友達の伝手でミレニアムに来たんだよ!」
「あれ? 私には普通に二年生って言ってなかったっけ?」
「違いますモモイ! アリスはユリが今年入学した同い年の生徒だと聞いたのを記憶しています!」
「"えっと…………"」
「……ユリ?」
疑念の視線が自分に集中していることに気が付いて、ユリは目を彷徨わせる。
彼女が言い訳を見繕おうとしているところに、彼女のスマートフォンが着信を告げる。
その相手を見てユリは縋るような仕草で通話ボタンをタップした。
「ど、どうしようラン! ボク、完全にやっちゃったよ!」
「"ラン……?"」
「え、先生に変われって? いいけどさ……」
ん、とユリは先生に向けて自身のスマートフォンをこちらに向ける。
一瞬先生はそれを受け取るか迷って、しかし何か手掛かりが得られればと耳に当てた。
『初めまして、救世主。いえ、"先生"と、そうお呼びした方がよろしいですの? この度は当方の不手際でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんわ』
「"……君は?"」
『私はゲマトリアの一員、とだけ名乗っておきますわ。不届き者たちとは違って、その正式な後継者ですの』
電話の先の人物が発した単語が、先生の警戒を募らせる。
思い浮かぶのは、黒面のスーツ姿の大人。
しかし通話口の先から聞こえた『不届き者』という言葉に引っかかって、相手に警戒を悟らせないようにしながら会話を続けることを試みる。
「"ラン、と呼ばれていたみたいだけど、それが君の名前かな"」
『ああ、先程ユリがそう呼んでいたようですわね。まあ、どちらにしろ仮の名ですし好きに呼んでいただいて構いませんわ』
ランという名すらも偽名だと宣う彼女に、ユリが騙されているのではないかと不安が過ぎる。ユリは先程から親に叱られる直前の子供のような焦燥と恐れを抱いているように見えるし、二人の間に上下関係のようなものがある気がしてならない。
しかし今この場で問うべきことは別にあると判断して、先生は次の問いをランと呼ばれた電話の先の相手に投げた。
「"じゃあラン、ユリの経歴は一体どれが正しいのかな"」
『その質問に応える必要はありませんわ』
「"……どうして?"」
『彼女の嘘がバレた以上、ユリは用済み。私の方で引き取らせていただきますわ』
用済み。引き取る。
それはつまり、ユリを何らかの手段で害そうとしているということに他ならない。
しかも電話先の彼女はそれが先生を動かすトリガーだと理解しているようにすら感じさせる余裕をもってその言葉を吐き、挑発されているように感じてしまう。
誘いであると判りきっているからと言って、先生が姿勢を崩すはずはないのだが。
「"ラン、ユリをどうするつもり"」
『皆様には関係ない、と既にお伝えしたつもりですわ』
「"何を――"」
何をするつもりだ。
そう問おうとした先生は、眼前のユリを見て言葉を止めた。
その存在がまるでホログラムかのように揺れているのだ。そして思い出す。
鬼灯ユリは、二人いるかもしれない。
鬼灯ユリは、次の瞬間には都市の反対側で見かけられることがある。
それが意味することを理解して、先生は慌ててユリの方に手を伸ばす。
『それでは先生。また機会があれば、お会いしましょう』
そんな言葉を最後に、先生の手の内からユリのスマートフォンが消失する。
先生とゲーム開発部は別れを受け入れるかのような諦めに似た笑みを浮かべたユリが一瞬のうちに消えるのを、ただ見送ることしかできなかった。
前回投稿は4カ月前かぁ……、4カ月!?
後回しにしすぎて二作目のはずなのに追い抜かれまくってて笑うしかない。
2部構成で全16話なので、このペースだと完結は4年後ぐらいですかね……。
嘘です。流石にそろそろ気合い入れます。