プロットが悪い。
「お初にお目にかかります。私こそ真のゲマトリア、今は矢生ランと名乗っております。以後、お見知りおきを」
鍵のかかっていない部屋。まるで待ち構えていたかのように深々と頭を垂れた紫の少女は、反応を返さない一行の様子を感じ取って顔を上げた。
一行はユリを消したその手段がわからないため、その様子を注意深く伺って動こうとしない。
見れば、その部屋には奇妙な形をした箱や年代を感じさせる雑貨のようなものが積み上がっている。それらが放つ異様な空気に息を飲んだ面々を見て、紫の少女は子供に諭すように言葉を投げる。
「触らなければ特に害のない物品たちですの。そこまで警戒することはありませんわ」
「"これは、ゲマトリアの有する装置だと思っていいのかな"」
「ええ。正真正銘、ゲマトリアの持ち物ですわ」
先生の警戒度合いが上がる。そのことを紫の少女も気が付いているはずなのに、どうとでもなるという判断なのか、余裕を見せるその姿勢を崩さない。
誰が切り込むのか、硬直しかけた状況を斬り裂いたのは、やはりゲーム開発部のムードメーカーである桃色の少女だった。
「ユリはどこ? 絶対連れて帰るんだからね!」
実力行使も辞さないとばかりに銃を構え直した少女を煽るように、紫の少女は嘲るように笑みを浮かべる。
一行の様子を伺うように見回した後、可笑しそうに口を押さえ、彼女は告げる。
「彼女は消しましたわ」
場の空気が変わる。
差すような視線が紫色の少女へ突き刺さる。
その中で唯一の大人は、自身のやり方でこの場を切り抜けんと手札を切る。
「"嘘だね。もしそれが事実なら、君は『引き取る』という言葉を使わなかったはずだよ"」
それは、目の前の少女が桃色の少女のように言葉の誤用をしないというある種の信頼であった。
アリスの一件が無ければ、優秀なミレニアムのセミナーすらも騙し続けていたはず。先生が突つきさえしなければ、ユリのボロが露見することもなかっただろう。
少なくとも、バックアップから引っ張って来なければならないほどミレニアムの学籍システムを掌握して鬼灯ユリという記録を自身に上書きして隠せる知識を有している彼女の言葉選びは、ゲマトリアを名乗っていることもあって迂遠なことはあれど大きく事実と乖離することはないだろう。
見咎められた少女は目を細め、評価を改めたのかその表情に少しばかり力みが混じる。それを現況を打破するための糸口だと認めた先生は、ここぞとばかりに言葉を重ねる。
「"もう一度聞くよ。ユリはどこ?"」
「……答える必要がありませんわ。少なくとも、皆様方が代替わりするまで外に出すつもりはありませんもの」
「"やっぱり、どこかには居るんだね"」
先生が、手を挙げる。
それが合図だったのだろう。双子が銃を構え、臨戦態勢を取る。遅れてその集まりの長も覚悟を決めたように紫の少女に銃を向けた。
元は外から来た自分もキヴォトスに染まったものだと先生は思う。
しかし、キヴォトスではこのやり方が最も手っ取り早いということを、ここに至るまでの経験で学習してしまっている。郷に入っては郷に従えの精神で、以前なら選択肢にすらなかったその行動はいつの間にか第一の選択肢としてカーソルが合うようになっていた。
「こうなったら、全部ひっくり返してでも探してやるんだから!」
その声を皮切りに、戦闘が始まった。いや、紫色の少女が全く動きを見せなかったことを考えれば、その行為はただの攻撃行動だったのかもしれない。
銃撃音が狭い部屋に鳴り響く。
紫色の少女は涼しげな表情で動かない。銃弾は彼女の後ろにあるコンピュータに当たって、その画面を軋ませているというのに、その前にいる彼女は意に介した様子もない。そも、彼女に銃弾が効いていると思えないほどに、彼女は一切の反応を見せなかった。
そして、それに気付いた一人の声によって、その戦闘は終わりを迎える。
その人物は最初から戦闘に参加していなかった。ただ困惑し、ずっと動けないままだった。だが、それでもそれが良いことではないと確信したからこそ、声を上げる。
だからこそ、彼女は勇者なのだ。
「ストップ! ストップです! これは……、これは違うとアリスは思います!」
その声に皆が彼女の方を向く。
手を止め、皆の意識が自分に向いたのを確認して、アリスはランへと質問を投げる。
「どうして、ランは抵抗をしないのですか?」
「する必要がないからですわ」
それは先生が自分を攻略できないという自信の言葉にも聞こえてしまう。
しかしアリスはそう思わなかったようで、視線を落としながら続けてランに向けて言葉を放つ。
「それはつまり、探してもユリは居ないということではありませんか?」
「それはそうですわ。彼女は私が作り出したホログラムですもの。元から偽物。存在なんてしていないのですわ」
ユリは隠れているわけではなく、隠されているわけではなく、現実に存在しない。それは即ち、ランが外に出そうとしなければ会うことが叶わないということ。
どうあがいてもユリを取り戻すという目的が叶わないことを突きつけられた一行の空気が凍る。
その中でアリスは視線を落としたまま、その言葉を鵜呑みにせずに首を横に振る。
「それは嘘ではないのかもしれません。ですが、本当でもないとアリスは思います。だって、ユリは自身の意思で行動していました。イヤホンの件や瞬間移動の件はホログラムで説明がつくかもしれませんが、アリスはユリがランの意思で動いていたとは思えません」
「それこそ勘違いですわ。すべて私の完璧な演技ですもの」
「"それは嘘だね。電話のデータ内で、君とユリが同タイミングで話をしているタイミングがあった。君とユリが同一人物なら、それは有り得ないことだよ"」
「それこそ固定観念に囚われていますわ。遠隔操作してそういう風な演出をしただけですわ」
「わざわざそんなことをする理由がないと思うけど」
ミドリが冷静に指摘する。
なぜなら、それが本当ならば先生をここに誘導する以外に理由がないからだ。そしてこの場所に来たことは彼女にとって好ましいものでなかったことは今までの態度からしても明らかだ。懐柔するにしろ攻撃するにしろ、この期に及んでまだ目的を実行しない理由がない。
つまり、矢生ランは先生を自室へと招く計画はなかった。それ即ち、鬼灯ユリという人格が存在するという証左なのではないか。
「ランがユリを表に出せる権限を持っているというのは、本当なのだと思います。だから、お願いです。ユリとまた一緒に過ごさせてください! ホログラムだとしても、私はユリとまた一緒に冒険したいです!」
「私からも! まだ決着がついてないんだよ! この前は勝ったけど、通算だとまだ負け越してるんだから勝ち逃げされちゃ困る!」
「ユリがいないと、お姉ちゃんと同レベルの相手がいませんからね。早く帰ってきてもらわないとこちらも大変なんです」
「私も、あんまり話せてなかったけど、いてくれた方が賑やかで、楽しいと思うよ」
結局のところ、皆の願いは。
「また、ユリと一緒に過ごさせて!」
純粋でまっすぐな、少女たちの願い。
ランはその眩しさに目がくらむ。見れば、先生が人型ロボットのようなものを見えるところに持ってきていた。それが意味することは判る。それが目の前の少女たちの覚悟なのだ。鬼灯ユリがどんな存在であったとしても、受け入れて共に過ごすという意思の表れ。
『"もしもユリがホログラムのような存在で、データしか存在しなかったら"』
エンジニア部から伝えられた仮説を聞いたとき、それでもと少女たちは前を向いた。
その正体が機械であろうと、共に歩むと決めている。
既にアリスという成功例もあるのだ。できないわけがない。
「"どうかな。君の意思でどうにかなるのなら、ユリをこちらに移してくれないかな?"」
先生から諭すようにそう問いを投げられ、看破されたランは惑う。
目の前の少女たちの覚悟は本物だ。その見た目に大きな差はあるが、機械という括りであるならばAL-1Sという成功例も存在する。
全員がランの言葉を固唾を呑んで待ち続ける中、静寂を打ち破る声が響く。
《もういいよ、ラン。》
それは囚われの姫のはずの、皆が帰還を待ち望む少女の声であった。
1章はあと2話で終わりです。
2章も同じぐらいの話数なので折り返しですね。