祈られた少女たちのメヌエット   作:息抜きのもなか

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第一部エピローグ。


8.祈った少女

 声はランの後方にあるデスクの方向から聞こえているようだった。

 その声にアリスが視線を上げる。真っ直ぐな目線は変わらず、声がした方向へと目を向ける。

 

《もういいよ、ラン。しかも何で煽るようなことを言うのさ。本当に弾が当たったらタダじゃ済まないでしょ?》

「あなたの作ったシステムと、私の技術。上手く連携して稼働していると思いますわ」

《そういうことじゃない。やっぱり、そういうことじゃないんだよ》

 

 第一声を外に出したユリは、もう自身の存在を隠そうとはしていなかった。

 ランはユリの意思を尊重しているのか、身体は部屋の入口の方を向きながら、目線だけを自身の後ろ側に向けてその会話に応じる。もはや言い訳をするつもりもないのだろう。ユリは自由意志を持っている。ランのプログラムではない、意思を持った存在である。それはもう疑いようない。

 先生はその事実にほっと胸を撫で下ろす。ほとんど疑ってはいなかったが、もしかしたらユリがただのプログラムで、ランがそれらしく振る舞っているだけという可能性を捨てきれなかった。ゲーム開発部の皆を巻き込んだのにそんな結末だったらと、内心戦々恐々としていたのだ。

 ふと意識を戻すと、こちらの視線に気が付いたランが、自身の後ろにある卓上から頑丈そうな箱を取り上げ、それを開けて中から何かを取り出す。

 それは小さな装置だった。それが何であるか、この場に居る面々は語られずとも理解できる。

 既にアリスの呼びかけで攻撃は止んでいる。後ろから撃たれないと判断したのか、ランはくるりと身を翻してPCへと向き直り、先の攻撃で少しばかり画面が見づらくなったモニターが不要なのではと思わせるほどスムーズにキーボードを叩いていく。

 ひょいとランは先程の小さな装置を放り出す。

 落ちる、と皆が息を呑んだその瞬間、ザザ、と装置の周りの空間が揺らぎ始め、装置は空中に静止する。そして、あの日モモイたちの前から姿を消した時の逆再生のようにミレニアムの制服姿の少女が現れた。

 それはいつもと変わらない、皆が知る鬼灯ユリの姿であった。

 

「ユリ!」

 

 その姿が露わになるや否や、我先にと側に駆け寄っていく一行。

 モモイに抱き着かれ、ミドリに後ろから頬をつねられ、あまり交流の無かったユズにまで腕を抱えられて揉みくちゃにされれば、さしものユリも苦笑せざるを得ない。

 

「ん、ありがと。いやー、熱烈なラブコールを貰って参っちゃうな、ホント」

 

 照れくさそうに笑う彼女は、どこかまんざらでもなさそうな表情だ。傍から見ても微笑ましい光景である。

 しかし先生は一つ気がかりがあった。

 ここへ来てからずっと、アリスの様子がおかしいのだ。モモイたちの攻撃にも参加していなかったのは先程言ったような疑念があったからだと理解できる。だが、自分たちが知る天童アリスという少女はユリの姿を見れば真っ先に飛びついていくような少女のはずだ。

 それなのに、アリスは皆が駆け寄っていたユリではなく、ランの方に向かっていった意図が分からない。

 それに、ランと向かい合っているように見える今も、アリスはずっとランがいるところではなく机の上ぐらいの位置に目を向けていて、ランと目が合わないような場所に目を向けているのだ。

 それが何を意味しているのか、先生には理解することが叶わない。

 

「はあ、もうやめですわ。セミナーもユリの存在を認めていますし、この『AL-1S』と同じような処理をしてもらえばいい話ですわね」

「ちょ、やめてください! アリスは『AL-1S』ではなく天童アリスです!」

 

 ポンポンとアリスの頭を叩きながらそんなことを言うラン。それに対してアリスが抵抗するが、ランは意に介することなくこちらを向く。

 

「やはり、皆様を納得させることは難しいですわね。元々の予定では諦めて帰っていただく予定でしたが、案の定こうなってしまいましたわ」

 

 ですが、だからこそ問題ないのでしょうね。

 そう溢したランの顔は、先程有していた焦りの感情などを排した穏やかな笑みをたたえていた。

 そしてその視線は、未だモモイたちに引っ付かれているユリに向く。

 

「ユリ。この後、早瀬ユウカのところに行くのですわ。そうすれば正式な学籍を作ってもらえるはずですの」

「ん、わかった」

「あれ、ちょっと待って! 今思ったけど何でユリに触れるの!?」

 

 突然、モモイが疑問を投げかける。

 その問いにこの場に居た一同がはっと異常に気が付いた。

 先生は敢えてその疑問を呈さなかった。以前からモモイと取っ組み合いをしたり、ゲーム機を触ったりと物理的な干渉をしている節があった。ホログラムであるはずなら、本来その実態はないはずなのに。

 さきほど姿を現した過程を見ても、ユリがデータから生成されていることは間違いない。

 その説明できない現象に対して、その場に困惑が広がっていく。

 

「ゲマトリアの技術ですわ」

 

 その疑問に対して、ランはあっさりとネタ晴らしを行った。

 先生は再びゲマトリアの名が出てきたことに警戒する。が、以前の会話を思い出して、確認のための質問を行うことにした。

 

「"ラン、君が言っているゲマトリアと言うのは、黒服たちとは関係ないんだよね?"」

「ええ、ええ。もちろんですわ。あんな我々の名前を騙る不届き者たちと一緒にしないでくださいまし。私は正真正銘、本物のゲマトリアですもの。まあ、こちらも正確には支援者の名前ではあるのですけど」

 

 いつか、黒服から聞いたことがある。ゲマトリアという名前は、古い研究機関の名前だったという。確か、神を再現するためのAIを開発する機関を支援する支援者たちの集団。彼女がそこに所属していたということは、アリスのことを考えればもしや彼女は――

 

「――私はAIではありませんわよ。我々を、舐めないでくださいまし」

 

 先生の思考を先読みしたような回答に、思考を中断される。

 じゃあ、ランがAIでないのなら、一体彼女は何者だというのだろう。ただの人間が、そんな悠久の時を生き永らえている筈がない。

 そんなことを先生が考えることもお見通しなのだろう。今度はユリの方が話題を転換する。

 

「ま、そんなわけでボクが実体を持ってるのはランのおかげってわけ」

「なるほど、よくわかんないけどすごい技術なんだね!」

「うーん、そうなのかな? 流石それでも……、いや、でも実際触れているわけだし……」

 

 ミドリの方はまだ半信半疑といった様子。

 だが、ユリから目配せを貰ってしまった以上、先生は言いたくないことがあるのだと悟ってこの場では疑問を吞み込むしかない。

 

「ね、ボクはこんな紛い物だけどさ、皆と一緒に居ていいのかな?」

 

 突然、ユリがそんなことを言い始める。

 当然、この場に居る皆の答えは決まっている。

 

「とーぜん!」

「もちろん!」

「うん!」

「当たり前です!」

 

 その言葉を待ちわびていたかのように、ユリは満面の笑みを浮かべる。

 しかし、その後ろから声を掛ける者がいた。

 

「いいんですの? そちらに行ったら、あなたは能力を失うんですのよ」

「いいよ。みんなといる方が大事だから」

 

 その会話の意図が読めず、ゲーム開発部の面々はきょとんとした顔で二人の会話を見つめている。

 瞬間移動の話が出たということは、エンジニア部に用意してもらった機械にユリは入るつもりなのだろうか。しかしユリは既に実体もある。その必要性は感じられない。

 その会話は二人の間にしか通じない、何かがあるようだった。

 

「本当に分かっているんですの? 人になるということは、あなたは!」

「わかってる。でも、いろいろできなくなっても、皆と過ごしたいんだ」

 

 先生はこの時、理解した。

 ユリは自身のことをAIではないと言った。恐らくそれは、ユリも同じなのだろう。いや、同じだからこそきっと、この二人は出会っている。

 人になる。それはつまり、現状は人ではないということ。

 それならばもしかするとこの二人は――

 

「「「「一緒に過ごそう(過ごしましょう)! ユリ!」」」」

 

 少女たちが、純粋な願いを口にする。

 その祈りは確かに、神に聞き届けられ、奇跡となって現出する。

 

「うん!」

 

 コツリ、と小さな装置が落ちる音がする。

 それは先程までユリを形成する核であったはずの小さな装置だ。それを見て、少女たちは再びユリに向かっていく。

 矢生ランと名乗った少女は少し寂しそうな表情で床に転がった装置を摘まみ上げる。先生の目にはその屈み込む一連の動作の中で彼女が持つ紫色の髪が一瞬、後ろのデスクをすり抜けたように映った。

 その僅かな違和感は目の前で起きた奇跡に歓喜する少女たちの声に塗り潰され、埋もれていく。

 

「ありがとう! これで私もみんなと一緒に居られる!」

 

 こうして、鬼灯ユリは生徒になった。

 その歓喜の輪から外れている矢生ランは一人、鬼灯ユリの後ろ姿を見上げていた。




ひとまず、ユリの話はここでひと区切り。
次の話からラン編ですが、そこそこ時間が飛びます。
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