黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第九十四話 己を知る者の為に

 大仁多の得意戦略であり、通常は劣勢のチームが逆転を狙って使用するゾーンプレス。この試合に関して言えばこの戦略を展開している間に逆転し、逃げ切りを図ろうという苦肉の策であった。

 不安要素が多い状況に加えて時間制限もある中、鉄壁の陽泉を相手にこの戦略は十三点差ビハインドからのスタートという絶望的状況だ。されどここから逆転勝利を収めるためにはこれしかない。

 大仁多の選手たちがボールを奪おうと陽泉オフェンスを襲撃する。

 

「ぐうっ!」

(このタイミングでゾーンプレス!)

(しかも最前線に守備範囲が広い白瀧だ。スローインもままならない!)

 

 予想外の奇襲。しかもファーストラインに機動力に優れた白瀧がいた。他の選手たちにも厳しいマークがへばりつき、宮崎は容易にパスを出す事ができなかった。

 

(だが、今の大仁多は身長はうちには到底及ばない。この前線さえ超えてしまえば)

「ならば!」

 

 機動力は大仁多が勝り、身長は陽泉が圧倒的というのが今の戦力図だ。

 つまりこのマークを突破するには相手の上を通すしかない。ゴール近くの敵をかわすことが出来れば得点できる。

 そう結論付けると、宮崎は白瀧の上を通すロングパスを放った。

 

「させるか。読んでいないとでも思ったか!」

 

 だが、宮崎の手から放たれた鋭いパスは白瀧の手によって弾かれる。

 

「なっ!?」

(防いだ? 速いパスを出したはずなのに)

(飛びつくまでが早い! やつの瞬発力が勝ったか!)

 

 彼自慢の瞬発力が相手のオーバーヘッドパスを封殺する。軌道が変わったボールは、ディフェンスが取りやすい山なりの軌道を描いていく。

 

「もらった!」

「ナイス小林!」

 

 そしてそのパスは中央の小林が奪い取った。

 これで陽泉はターンオーバー。ボールを奪った大仁多の攻撃が始まった。

 素早くドリブルで駆け上がる小林。ミドルレンジに侵入し、福井を引き付けると素早くパスアウト。スリーポイントラインの外にいた神崎へとパスをさばく。

 

「うおっ!」

(また外からオフェンスを展開するのか!)

(今度こそ!)

「撃たすか!」

「つっ!」

 

 今度は正真正銘、神崎が得意のスリーを放った。だが撃つ直前、宮崎のプレッシャーが神崎の感覚を鈍らせた。

 触れる事は出来なかったものの、神崎のシュートはリングに嫌われる。

 

(……くそっ。外れた!)

(神崎がスリーを外した!?)

「もらったアル!」

 

 スリー成功率が高い神崎らしからぬ失敗。スリーで陽泉の意識を外に向けさせたかった大仁多にとっては痛い場面であった。加えてリバウンドも戻ってきた劉が確保した。

 

「そう簡単に渡すわけにはいかねえ!」

「うおっ!」

「アウトオブバウンズ! 陽泉()ボール!」

 

 だが大仁多もただでは終わらせない。着地した劉が胸元へボールを呼び寄せた瞬間を山本が狙っていた。彼の手からボールを叩き落とし、敵のカウンターを防ぐ。ボールはエンドラインを割り、再び陽泉ボールに。

 今度は劉がボールを受け取り、スローインを試みるとやはり大仁多はもう一度ゾーンプレスで圧力をかけていく。

 

(仕掛けが早い! 大仁多はこの先ずっとゾーンプレスをするつもりか!)

(だがさっきみたいにはいかないアル! さすがに俺が投げれば頭上のパスは取れないはず――)

 

 攻撃失敗の直後でありながら大仁多の動き出しは早かった。今度こそ得点を奪ってみせようと力を注いでいる。

 対して陽泉はスローワーが変わって長身の劉だ。この身長差ならパスを防ぐことは出来ないはず。そう劉が考えていたところに。 

 

(死んでもここから先は通すものか!)

 

 白瀧の気当てが、劉の全身を襲った。突如全身に走る悪寒が彼の集中力を鈍らせる。

 

「うっ」

(まさかこいつ。本当に止めるつもりアルか!?)

 

 パスを出そうとした瞬間に訪れた警告音により、劉はパスを中断。他のパスコースを探そうとするも、宮崎や福井も神崎と山本のマークを振り切れない。パス先を悩んでいる間に時間は少しずつ過ぎていく。

 

「5秒オーバータイム! 大仁多()ボール!」

 

 ついに劉がパスを出せないまま5秒が経過。5秒バイオレーションに引っかかってしまい大仁多にボールが渡る。

 

「また大仁多が攻撃権を確保したか!」

「なんてプレッシャー。パスさえ出させないのか」

「……お前らにはわからねえかもしれねえけど」

「勇作?」

「本当に、眼で殺すんだよあいつは」

 

 ディフェンスの立場でありながら、相手のオフェンスを許さない大仁多の仕掛け。特にかつて白瀧に同じ目に合わせられた勇作は、その時の事を思い返して苦笑いを浮かべていた。

 

「まして今はフローに入っているんだ。もはや殺意の塊だな」

 

 特に今の彼は極限の状態にいる。赤司は彼をそう例え、その脅威を物語った。

 

「くそっ」

「ドンマイ劉。あまり気にしすぎるな」

 

 審判が白瀧にボールを渡す中、彼と入れ違うようにコートに入った劉は悪態をついた。福井は彼を宥めようと一言声をかける。

 『ここを防いでしまえば問題ない』と続けようとして。

 話しかけていた劉の背中に、ボールが当たった。

 

「えっ?」

「はっ?」

(今のは、一体何が?)

(ボール?)

 

 突然背中に起きた軽い衝撃に劉は理解が追いつかなかった。それは福井も同じ事で、白瀧がそのボールに向かって動き出したことを目にして、ようやくそれが白瀧のスローインであったという事に気づいた。

 

(まさか!)

「試合始まってる! 白瀧だ!」

「なっ。そんな。……うおおお!」

 

 白瀧はボールを見ていない劉の体に当てる事で即座にプレーを再開していたのだ。即座にボールを確保すると、ワンドリブルでゴールとの距離を開けると、そのままシュートを狙う。

 敵の狙いに気づいた福井、劉は二人そろってブロックに跳んだ。

 

「もらった」

 

 敵の動きを見るや、白瀧が空中で体勢を変える。福井の右側へと上体を倒すと、右手だけでボールを山形に放った。

 

(ダブルクラッチアルか!)

(この一瞬で入れ替えやがった! なんてやつだ!)

 

 二人とて瞬時に判断して動いていたというのに、白瀧はその上を行った。彼の冷静さに驚くばかりであった。

 

「俺の事忘れてんじゃねえよ、白ちん!」

 

 だが陽泉にはまだ最後の砦がいる。

 戻ってきた紫原が白瀧の背後からボールを叩き落とした。

 ボールは転々とし、サイドラインの外へと落ちていく。

 

「アウトオブバウンズ、大仁多()ボール!」

「させないよ。そう簡単に得点は許さない」

「……勘弁してくれ。まだ止めるっていうのか」

 

 またしても攻撃が失敗。すでに何十点もの得点を防いでいる中、紫原はブロック数を増やしていく。強すぎるかつての味方に、白瀧も愚痴をこぼした。

 大仁多ボールが続くとはいえ、厳しい時間が続く。

 今度は小林のスクリーンからマークをかわした山本がジャンプシュートを狙うも、岡村のブロックに掴まった。ボールはゴール下、屈強な選手たちのリバウンド争いに託される。

 

「うおおおっ!」

 

 すると、この戦いを制したのは光月だった。紫原とのポジション争いに勝った光月はリバウンドを確保し、すぐにパスアウト。外の神崎へボールを託す。

 

「ぐっ!」

(光月!)

(こやつもまだ、これほどの力があるというのか!)

「ナイス!」

 

 ボールを受け取った神崎。彼がスリーを打とうとするも、やはり宮崎のブロックがこれを阻もうとする。

 

(くそッ!)

「キャプテン!」

 

 失敗すると判断したのだろう。神崎はシュートを中断し、トップの小林へとボールを戻す。

 

「——あの子、下がっちゃったかもしれないわね」

 

 そんな神崎のプレイを見て、同ポジションの実渕は残念そうな表情でそう言った。

  

「多分、最初のシュート失敗で紫原のブロックを強く意識してしまったのでしょうね。取り返そうとしたスリーも失敗。敵のマークを引きはがせない中、突破しても中にはキセキの世代がいる。強気の姿勢が失われているわ」

「そうなると大仁多つらくない? シューターがオフェンスに消極的になると、中がかなりの密集地帯になるじゃん」

 

 ドリブルで切り込んでは紫原のブロックが待っている。それを知っている宮崎はスリーを徹底的に防ごうとしている為に神崎がスリーを打つのも容易ではない。

 そうなると厳しいのは大仁多であろう。よりインサイドのディフェンスが厳しくなると葉山は予想した。

 

「——ならばこの密集地帯、俺が突破する!」

 

 だがその厳しい領域に白瀧が切り込んでいった。

 小林からパスを受けると、その小林と交差するようにポジションを入れ替え、彼をスクリーンとしてまず岡村をかわす。

 さらにクロスオーバーで一度切り返した後、ゴールへ向かって幾度もの方向転換。動きが読みにくいジグザグのステップで敵のマークを引きはがす。

 

(これは、やつの得意技!)

(しかも今までで一番速い!)

「……ッ。させない!」

 

 フローに入っている今では紫原でさえ動きを読み切る事が困難だった。

 しかし先ほど防いでいるという経験から紫原は動きを予測し、白瀧が跳んだ瞬間に合わせて跳ぶことに成功した。完全にシュートを止めることは出来なかったものの、彼のシュートコースを右手でふさいでいる。

 

「いいや。譲らない!」

 

 対する白瀧も負けてはいなかった。指でボールに回転をかけ、紫原の手をかわすようにシュートを放つ。するとボールはボードに衝突して軌道が変わり、リングの内側へと吸い込まれていった。

 

(そんなっ。ジノビリステップからのヘリコプターシュートだと!)

 

(大仁多)61対72(陽泉)。

 彼の得意とする連続技により、白瀧が得点に成功。久々に得点板が動きを見せた。

 

(やはり厄介だぜ。だが、こっちだって負けていられねえ!)

「来るぞ! こっちも早く突破するんだ!」

 

 今度は陽泉の反撃。先の失敗を考慮して、宮崎と福井がすぐさま行動に移していた。

敵に完全に掴まる前に前線を突破する。

まず宮崎がボールを受け取ると、その間に福井が山本にスクリーンをかける。これで劉をフリーにし、左右の揺さぶりで白瀧を振った宮崎がスローイン。劉にパスを通す。

 

(ぐっ。まずい!)

(横にパスが通ったか!)

(これは、突破される!) 

 

 前線の三者は敵がこの包囲網を突破することを察し、すぐにカバーに動くが遅かった。福井がすぐに動き出すと劉からのリターンパスを受け取り、ドリブルで駆け上がっていく。

 すでに岡村と紫原は走っている。小林が時間を稼ごうとするも、ロッカーモーションで揺さぶると、横から抜き去る。

 最後に光月が止めようとするが、岡村がスクリーンで彼の身動きを許さない。白瀧、山本達が追いつく前に宮崎がボールを放る。これを紫原が受け取り、ダンクシュートを決めた。

(大仁多)61対74(陽泉)。

 あっという間に陽泉も得点に成功。そう簡単に点差を縮める事は許さなかった。

 

「——くそっ」

 

 ようやく得点できた直後の失点。白瀧は突破を許してしまった事で、嫌な予感を抱いていた。

 

(まずい。予想以上に消耗が大きい。今のだって、普段の体調ならそう簡単にはパスを出させなかったはずなのに)

 

 先は宮崎の動きに後出しで反応したとはいえ、フローに入っている状態ならば遅れを取らないはずだった。しかし消耗が重なっている今、シュートの直後という事もあって反応が遅れてしまった。

 このままの状況はまずい。何か、流れを変える一手が欲しい。

 

「なあ、要」

「あ? 勇?」 

 

 白瀧がどうするか考えている中、神崎が声をかける。神崎らしくない、どこか不安を覚えている声色だった。

 

「悪い。今、シュートが決まりそうにねえ。次のオフェンス、俺にはパスを出さないでくれ。スクリーンとか皆のサポートに徹するわ」

 

 下手にシュートを狙って敵にボールを奪われることを危惧したのだろう。神崎は自分が得点する事は一旦諦め、味方の支援に徹すると白瀧に進言した。

 

「……だめだ」

 

 しかし白瀧は拒絶する。中に注意が集まっている今、どうしても神崎の力は必要不可欠だった。ここで彼に攻めに消極的になるのは大仁多に望ましくない。神崎のこれからの成長にとっても、ここで一つ勇気を振り絞る必要がある。

 

「いや、でも」

「諦めるな。負ける前に諦めてしまったならば、お前はきっと後悔する。だから、諦めるな勇。お前はこういう時の為にやってきたものがあるだろう」

 

 なおも引き下がらない神崎に、白瀧は話を続ける。

 今の神崎は、これまでキセキの世代に圧倒される選手に似ていた。自分のバスケスタイルを見失い、消極的になり、ついには絶望してしまった選手に。

 だが白瀧は見てきた。神崎もまた、この試合のような苦境を乗り越えるためにしてきた努力を。今こそそれを見せてみろと。白瀧は彼を信じてそう口にする。

 

「……悪い。わかった!」

 

 気を引き締めて、神崎は了承の意を返した。

 彼とて目の前の同僚が限界に近い事を知っている。それでもキセキの世代にたち向かっているのだ。

 なのに、彼より先に音を上げてどうする。

 弱気な自分を捨て、今度こそ決めてやろうと神崎は気迫をたぎらせた。

 審判からボールを受け取ると、スローインし試合を再開させて走っていく。

 

「あのさあ。白ちん、何でそんなこと言うんだよ」

「はっ?」

 

 すると、彼らの会話を聞いていた紫原が白瀧に問いかけた・

 

「もう十分だろ。これ以上、やつらの為に戦う理由があるの?」

 

 白瀧がチームメイトを気にかける理由がわからない。彼がフローに入り、自分たちにも匹敵する力を見せつけている今となってはなおさらその考えは強まった。

 

「一体あいつらが俺たちに何をした? ただ力を求めるだけ求めて、強すぎるとわかれば掌を返して嫌悪して、勝手に諦めた。そんな奴らが、白ちんがそこまでして戦うほどの何かをしたっていうのかよ!?」

 

 自分がボロボロの状態になっているというのに、味方を勢いづけようとしている白瀧は、紫原からしてみれば考えられない存在だった。

 これは彼がバスケを始める切欠に、バスケを続けてきた結果に起因する。

もともと紫原は自主的にバスケを始めたわけではない。体が大きいからと、ミニバスに誘われて打ち込むようになった。そして長身の紫原に誰もかなわず、誘ってきた相手でさえ紫原には対抗できなくなる。帝光に入っても同じことだった。皆口をそろえて『敵うわけがない』と言って、紫原のバスケに対する無関心は強まった。

 どうせ誰もが同じように最後は諦めるのだ。だから無駄な足搔きを嫌う。足掻こうとする敵をつぶしたくなる。

 それなのに、どうして自分と互角に渡り合うまでになった白瀧が、彼らを支持する?

 

「……ああ。そうだよ」

 

 紫原の問いかけを聞いて、白瀧はうなずいた。

 

「言っただろ。俺は思いだした。仲間はもちろんの事、お前だってよく知るあいつが」

 

 理由ならあると。白瀧が仲間の為に戦う理由なら確かに存在すると。

 

「赤司が俺に向けて言ってくれた言葉をな」

 

 他でもない、帝光時代主将を務めていた赤司が道を示してくれたのだと。

 

 

————

 

 

「いい加減にしろよ黄瀬!」

「うるさいっスね。いいじゃないっスか。どうせ青峰っちや紫原っちだってもう練習にきてないんだから」

「ふざけるな! それが自分も練習に参加しなくていい理由になるとでも言うのか!」

 

 時は二年前にさかのぼる。中学二年時、まだ白瀧の怪我が癒えていない時だ。

 放課後、部活に参加せずに帰宅すると言い放った黄瀬に、白瀧は憤りを覚えていた。

 この時すでに青峰と紫原は部活の姿を見せていなかった。青峰はコーチに諭されて、紫原は赤司の許可を得て。理由は異なれ、すでにレギュラー二人が不在という異常事態。ここで黄瀬までいなくなることになれば、バスケ部は完全に崩壊するだろう。

 これ以上自分の目の前で勝手な行動は許せない。ましてや黄瀬は白瀧に代わってレギュラーの座を手にした選手だ。なおさら引き下がる事は出来なかった。

 

「あーもう。何で白瀧っちにそこまで言われなきゃいけないんスか」

「何で? そんなの、お前が」

「正論はいいっスよ。大体、何を言われようと何とも思わないし」

「なんだと?」

 

 まるで白瀧の存在を歯牙にもかけないような態度だった。どういう意味だと白瀧が食いつくと、黄瀬はため息を一つはいて続ける。

 

「勘違いしないでほしいっス。確かに白瀧っちのバスケに対する意気込みは認めているし、尊敬だってしてる。だけど……あんたに負けるなんて思ってないっスよ」

「なっ」

「もういいっスか? ま、白瀧っちも今は怪我を治すの優先だろうし、お互い自分の事を最優先に考えることにしましょうよ」

 

 最後に、それじゃと軽く言って黄瀬はその場を後にした。

 その背中を見て白瀧は何も言えなかった。左手が痛む程に握りしめて、視線を落とす。結局、白瀧は黄瀬を止める事は出来ず、帝光は三人目のレギュラー不在となった。

 そしてその日の夜。

 白瀧はベッドに横になろうとしても眠ることは出来なかった。上体を起こし、左手で前髪をかき上げる。

 

「何が、キセキの世代だ」

 

 他に誰もいない自室で、白瀧は悔し気につぶやいた。

 キセキとは笑わせてくれる。奇跡は起こらず、希望は消え失せ、理想の夢は次々と崩壊していく。

 

「俺は、敵としてさえ求められないというのかよ!」

 

 何も出来ないどころか、競争相手である相手に敵としてさえ見られていない。

 

「ぁ。……ハハッ。そうか。」

 

 そうして、ある考えに至った白瀧は自らをあざ笑うように口角を上げる。

 

「青峰。お前も、そういう、ことだったのか?」

 

 かつて共に凌ぎを削っていたライバルの存在が思い浮かぶ。

 彼の力が覚醒し、突如白瀧と過ごす時間はなくなった。その後青峰は黄瀬とバスケをする時間が増え、そして「手加減なんてする余裕はない」と語った。白瀧に対しては無感情な様子でバスケをしていた彼がだ。

 こうして黄瀬に対して抱いた劣等感が、同時に青峰との間に長くに渡って続く確執を生み出すこととなった。

 

「くそぅ。くそぅ……!」

 

 目から涙があふれだす。

 決壊した感情を止める術を白瀧は知らなかった。

 誰かに求められなくなるのはこれが三度目だった。一度目は青峰に戦う相手として。二度目は監督に選手として。三度目は黄瀬に競争相手として。

 それが悔しくて、悔しいのに現状を打破できない自分の無力を呪った。

 この日以降、白瀧は悪夢に悩まされることとなる。

 

 そうして、さらに月日が流れ、白瀧が練習に復帰するようになったある日。

 全体練習後に白瀧は赤司に呼び出されていた。

 

「……白瀧。調子はどうだ?」

「本調子とまではいかないが、プレイは問題ない。少しずつ感覚を取り戻していくよ」

 

 体育館につながる廊下で二人は話していた

 やはり長い期間体を動かせなかったためか、鈍く感じるところはある。しかそれを言い訳にすることはできない。白瀧が軽く右肩を回して無事をアピールすると赤司はフッと口角を上げた。

 

「そうか。頼りにしているぞ、お前は貴重な人材だからな」

 

 貴重な人材。きっと赤司は誉め言葉で言っているのだろう。白瀧も理解はしていたが、しかしどうしても引っかかってしまい、赤司に質問した。

 

「なあ。一つ聞いても言いか?」

「なんだ?」

「お前は俺のことを貴重だと言うけれど、それはどういう意味で言っている?」

「質問の意図が読めないな。では逆に聞くが、お前は何だと思ってそう尋ねる?」

 

 白瀧の問いに赤司はわずかに目を細めた。言葉の通り質問の真意を図りかねたのだろう。

 そんな赤司に、白瀧は本当に聞くべきなのか迷いながらも問いかけを続けた。

 

「それなら言わせてもらう。赤司。お前は俺をチームのまとめ役として欲しているのか? それとも、いざというときのベンチ要員として欲しているのか?」

「……なるほど。そういうことか。だが、それならば答えは簡単だ」

 

 理解したのか、赤司が納得の表情を浮かべた。

 このような質問、卑怯だと思ったものの白瀧は聞かずにはいられなかった。

 赤司の言葉にかつて監督とかわした話が思い浮かんだのだ。仲間を支える役割として部にいてほしい。戦力としてでしてではなく、支柱としての役割を赤司も望んでいるのではないかと考えたから。

 

「もしも前者だというのならば。俺はもう、赤司征十郎の指示に従うことはできない」

 

 白瀧にも選手としての意地が、誇りがある。

 今でも皆とともに戦いたい。桃井の願いを実現させたいという願いがある。

 だがそれらが赤司の中ではすべて無視されるというのならば、いくら主将といえど従う気はなかった。

 ゆえに白瀧はそう口にして、赤司の答えを待った。

 

「……どちらでもないさ」

「え?」

 

 すると彼が期待していた、予想していた答えとはまったく違うものが赤司の口からこぼれた。

 意味を理解することができず、呆然と赤司を見据えるとさらに赤司は続ける。

 

()はお前には、帝光の戦力としてここにいてほしい。そう思っている。今までも、そしてこれからも」

 

 瞬間、白瀧の中で何かがあふれ出したような感覚を覚えた。

喜びに震える。

 何もかも失った。希望さえも見失いかけた。だからこそ、あの時交わした問答が白瀧の心を支配した。

 

 

————

 

 

 その言葉が嬉しかった。ただ、嬉しかったよ。

 黄瀬という戦力が入った以上、なおさら価値は下がったはずなのに。監督にさえ選手として見てもらえなかった俺を、赤司は『戦力』と認めてくれた。一人の選手として扱ってくれた。

 いつかこの関係さえ壊れてしまうかもしれない。

 今日か、明日か、もう少し先のことか。目の前で、俺の知らないところで。予想は出来ない。だがきっと終わりが来る。

 でも、それでもいい。あの時戦い続ける勇気が出来たからきっと俺は戦う事ができる。

 彼らが失意に落ちてもバスケ部をやめなかったように。

 彼女が涙を流しても仲間を見放さなかったように。

 俺も、『終わりがあるから』『限界があるから』なんて言わない。求めてくれたもの達の為にも最善を尽くす。

 ゆえに紫原。俺は何度でもお前の疑問を否定する。

 『求めるばかりで何もしない』? 違う。断じて違う。

 彼らが求めてくれたのだ。何もできなかった俺を必要としてくれた。それが俺の希望になった。

 ゆえに、仲間が助けを求めている。それ以上に彼らと共に戦う理由は必要ない!

 

 

————

 

 

「うおおおおおお!」

 

 白瀧が吼えた。

 3人の厳しいマークがつく中、大きく切り返すと中央のわずかな隙間を突破する。かろうじて劉と福井が追いかけてくるも、白瀧はミドルレンジに侵入すると紫原も引き付けてからパスアウト。

 そのパス先は神崎。今度は小林のスクリーンで宮崎のマークも振りほどく。

 

「ナイスパス!」

(まずい! スリーだ!)

「おのれ、撃たせんぞ!」

 

 すると白瀧のマークについていた岡村が反応し、ブロックに跳んだ。

 二メートルを超える長身が神崎に迫る。

 

「ッ。まだだ!」

 

 だが神崎はきちんとこれに反応していた。

 放とうとしていたボールを両手で保持すると、シュートを中断。岡村をかわして中へ切り込んでいく。

 

(ドライブか! しかしそっちは)

「懲りない連中だなー。捻り潰す!」

 

 再び紫原が神崎へと意識を向けた。

 先ほども交代直後にミドルシュートを止めたのだ。今度も止められる可能性が高いだろう。

 

(決めてやる! ここしかねえ!) 

 

 それでも、神崎は今度はひるまなかった。今こそ自分の進化を発揮する時だ。

 斜め45度の位置から真っすぐゴールへ、紫原へと向かっていく神崎。

 そろそろ踏み込むであろうと思われたその時。突如神崎の体が斜め後方にはなれていった。

 

「なっ!?」

(なんだ。急に距離が!)

「まさかあれは、うちの古谷がやっていた」

「ステップバックシュートか!」

 

 ドライブの途中で敵との距離をあけるステップシュート。見覚えがあった盟和高校の選手たちはすぐにその答えに至った。確かに合宿で共に練習していたことを思い出し、そしてこのシュートの成功を確信する。

 

「このっ!」

 

 一歩距離を詰める時間が惜しい。敵はすでに跳んで、シュートを打とうとしている。

 だが紫原の高さならここで思い切り跳べば少なくとも弾くことは出来るはずだ。そう考えて紫原は勢いよく飛び上がろうと膝に力を篭めた。

 

「ッ!?」

「むっ!」

 

 しかしながら実行に移すことは出来なかった。紫原はブロックに跳べず、その場で立ち止まって神崎のシュートの行く先を見る。

 そして、彼の視線の先で神崎のこの試合初得点の瞬間が映し出された。

 

「よっしゃああああ!」

 

 歓喜の声を上げる神崎。ようやく彼らしい姿が戻ってきた。

 (大仁多)63対74(陽泉)。

 神崎のミドルシュートが決まり、大仁多が連続得点に成功する。

 

「やったぞ要!」

「あっ。馬鹿。ちょっと待——」

「……あっ。悪い! 忘れてた!」

 

 励まして、敵を引き付けてくれた白瀧の肩を思い切り叩く。彼が限界であるという事を忘れて加減をしなかった為、衝撃で体が大きくふらついた。何とか体を支える事で最悪の展開は避けれた。

 

「おい、紫原。どうした? まさか——」

「……くそっ」

 

 一方、陽泉サイドでは不穏な空気が漂い始めた。

 紫原の反射神経ならブロックは無理でもプレッシャーをかけることは出来たはず。それなのにブロックできないばかりか、その後のリバウンドの備えにも動かず、その場で立ち尽くしていた彼にチームメイトは違和感を覚えていた。

 

「……まさか」

 

 両膝に手をついて悔しがる紫原。その様子を見て、チームメイトは事態の急変を察する。

 

「そうか。やっと、か」

『陽泉高校、タイムアウトです!』

 

 紫原の異常を感じ取ったのはチームメイトだけではない。白瀧なども彼の状態を理解し、荒木はすでにタイムアウトを申請しており、一時的に試合が中断される。

 

(白瀧だけではない。あいつも限界が来たということか!)

 

 荒木は歯を食いしばる。白瀧を休ませることにもなるが仕方ない。

 紫原はこれまでの試合とは比べものにならないほどの跳躍を連続で行っていた。白瀧達のオフェンスを止めるためには仕方のないことではあったのだが、その負荷が今紫原の体に重くのしかかっている。

 特に今回は早い展開でオフェンスにも参加していたのだ。限界も早まったのだろう。

 

「どうやら、お前も限界が近そうだな。監督の言った通りだ」

「白ちん……」

 

 敵の状態を知った白瀧は、ゆっくりと紫原に近寄っていく。

 

「根比べと行こうか、紫原。体力勝負は、嫌いじゃない」

「……本当に馬鹿だよ。俺がいつまで戦えるかなんてわからなかっただろうに。こんな作戦で来るなんて」

「馬鹿で結構だよ。約束を忘れて一人楽な道を選ぶ卑怯者より百倍マシだ!」

 

 両エースは本調子からほど遠い。されどお互いに言い分は曲げることはしない。

 残り時間八分を切って十一点差。勝負時となったこの時間帯、まだ両チームに勝機は残されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「……どちらでもないさ」

「え?」

 

 すると彼が期待していた、予想していた答えとはまったく違うものが赤司の口からこぼれた。

 意味を理解することができず、呆然と赤司を見据えるとさらに赤司は続ける。

 

()はお前には、桃井の手料理の処理係としていてほしい。そう思っている。今までも、そしてこれからも」

「…………うわああああああああああ!!!!」

 

 桃井の料理を食べることは苦しいけど嬉しい。しかしやはりこんな求め方は嫌で、白瀧は叫ぶ事をやめられなかった。




嬉しかった。ただ嬉しかったよ。
作者本人の叫びでもある。
最近、以前この作品を紹介してくださった方々と知り合いになれました。やったぜ。
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