黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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2018年最後の更新となります。ありがとうございました。2019年もよろしくお願いします。


第百話 君の名を呼ぶ

「そういえば、何でお前らって三人だけ名前で呼びあってるんだ?」

「え?」

 

 ある日、練習が終わって選手達が各自が片づけをしている最中。

 白瀧と光月と神崎。三人がたわいもない会話を交えつつ次の試合の事についてはなしていると、当時の副主将であった山本が三人に問いかけた。

 

「いや、一軍にはお前達も含めて五人の一年がいるが、お前ら三人は名前で呼び合っているけど他の二人は違うなってふと思ってな。何かあったのかなって気になったんだ」

 

 三人の他に、大仁多の一軍に登録されている一年生は西村と本田がいる。だがこの二人は最初に上げた三人と異なり苗字で相手を呼び、その逆も然りだ。

 同級生で同時期に一軍に選ばれたのにこの違いは何なのだろうと気になったのだろう。

 

「僕達は勇の提案からそういう風になっただけですけど」

「ええ。初めて会った時、まだ入部する前にですね」

「高校に入ったばかりで全然知り合いがいなかったんで。それで同じバスケ部に入るなら余計に仲良くなっておきたいなって事で、まずは呼び方から、と」

「……あっ、そっか。そういえばお前らクラスメートでもあるんだったな」

 

 その説明で合点がいく。

 同じ部活であるという前に彼らは同じクラスに所属している。バスケ部に入る前から交流があったのだ。その点で他の二人よりも交流が深いのだろう。

 

「そうなんですよ。西村は一軍に入ってから知り合って既に雰囲気出来てましたし……」

「本田に至っては最初は敵として戦ったからな」

「そんなミニゲームもあったね」

 

 「懐かしい」と光月が昔を思い返して呟いた。入部直後、新入生の力試しに行われたミニゲーム。

あの時は三人同じチームで本田の属するチームと戦った。

 期間が少し空いた事に加えて敵としての邂逅。これが三人と二人のちょっとした違いだったのだ。

 

「……まあ、俺は仮にクラスメートであったとしても、本田や西村を名前で呼ぶ事はなかったかもしれないな」

 ただし、白瀧はたとえ出会いが異なったとしても同じ結果になっていただろうと語った。何故と疑問の視線が彼に集中する。

 

「どうしてだい?」

「あいつの性格だよ。本田は負けん気が強いからな。多分ミニゲームの結果と関係なく突っかかってきただろう。加えて俺は今もあいつに1対1の相手をやってもらっているが、そっちの方が都合もいい。容赦なく向かってきてくれる」

「あー。確かに。なんとなく想像できた」

「でしょう? 本当に隔たりなくお互いの力を必要となったならば話は別かもしれないですが。そんな時は来ないかもしれません」

「なんだかんだ言って張り合っているもんね……」

「お前ら二人、練習からガチすぎるんだよ」

 

 キセキの世代対策としてやっているのだから、ある意味嬉しいことではあるけれど。

 事実、白瀧と本田の戦いは常に激しい。練習であろうと、試合であろうと。この時はまだ行われていなかったが、後に行われる盟和戦や誠凛戦でも協力はしつつ衝突があったのだ。

 本田は譲ろうとしない。白瀧もそれを引き受け、そして煽るような節があり止まる事はない。ひょっとして、白瀧は全力で自分と戦ってくれる相手の存在を嬉しく思っているのだろうか。ならば確かにこの二人が隔たりなく接するというのは難しいかもしれない。

 

「じゃあ西村は? あいつはそんな性格じゃないだろ?」

「あいつは同中だったからじゃないですか?」

「そういえば中学の時から敬語だったって話を聞いたよ」

 

 ならばもう一人、西村はどうなのか。山本が最後の一人の名前を口にした。

 西村は誰に対しても丁寧な姿勢で接し、礼儀正しい人物だ。本田のような心配はないだろう。

 ただし彼は白瀧と同じ帝光中。中学からの付き合いという事で、高校から変える事はないだろうと神崎が代弁する。

 また、光月も言う通り以前から彼の敬語は続いていた。白瀧に対しては言わずもがな。ならば彼もこの理由で名前を呼ぶ事はないのだろうと光月は考えた。

 

「……いや、西村に関してはちょっと違う理由だ」

 

 ただ、白瀧は三人の意見を否定した。中学からのつながりであるとか、自分への口調といったものとはまた別の理由があるのだと彼は言う。

 

「違うって、じゃあ何で?」

「あいつが俺を目標としているからだよ。中学の時からそうだった。目指してくれるのは嬉しいことではあるが、やっぱりそれじゃどうしても憧れが真っ先に入るだろう?」

 

 理想とされるのは嬉しいことだ。ただ、それだけでは駄目だ。

 憧れてしまえば、それを気高いものと考えて必要以上に大切にしてしまう。真に理解する事も助け合う事も出来なくなってしまうかもしれない。ましてその理想を越えようという考えも薄れてしまうだろう。

 

「……それは仕方がないんじゃ?」

「ああ仕方がない。だから、もしも俺があいつの事を名前で呼ぶとしたら」

 

 ゆえに白瀧は異なる関係を望むのだ。

 憧れとはまた違う。自分とはまた違う。

 

「——あいつが、西村だけの強さを手にして、俺と真っ向からぶつかってきてくれた時かな?」

 

 追いかける立場とは違う、独自の武器を手にした一選手として確立する。

 そんな強さを西村には身に着けてほしかった。対等な立場に立ってほしかった。そしてその時が来たならば、二人は真に仲間と呼べる関係になれるだろうと考えていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その日の練習が終了。各選手は個人練習に励むことになる。

 

「西村さん、白瀧さん。お二人とも時間よろしいでしょうか?」

「え?」

「構いませんが」

「お話があります。監督室にきてください」

 

 すると藤代は二人から了承を得て、背を翻し監督室へと向かう。

 西村たちは何の要件なのかわからず視線を合わせるが、どちらも心当たりがなかった。

 従わない理由もなく、監督に続いて監督室に入る。藤代監督が椅子に腰かけると、いつもよりも真剣な声色で話し始めた。

 

「まずは練習お疲れさまでした。今日は白瀧さんの復帰初日でしたが、問題なく動けていたと思います」

「ありがとうございます」

「これで新体制の全戦力が揃ったと言えるでしょう。ここからが真のポジション争いも始まると言える」

「そうですね。これからは実践に向けての練習が本格化するでしょうし、加賀先輩たちもレギュラー争いは激しくなりそう」

 

 その通りです、と西村の予想にうなずく藤代。いつもならばここで笑みを浮かべてもおかしくないのだが、今はずっと無表情のままだ。変化のない様相が、白瀧には嫌に思えてきた。

 

「ですがその前にまず一軍の編成をしっかりしなければならない。現在は白瀧さんが補充の形で入って一人あふれている状態。人数を合わせておきたいですからね」

「ええ、そうですね」

「そこで今回、お二人にこの場に来ていただいたわけです」

 

 ここで一度藤代は言葉を区切った。

 西村はまだ監督の意図を理解できないようだが、白瀧は嫌な予感が確信に変わり、冷や汗が頬を伝う。

 

「単刀直入に言いましょう。西村さん」

「はい」

「……監督! まさか!」

 

 藤代が西村の名前を呼んだ。その先を言ってはならないと白瀧は声を荒げるが、藤代の言葉は最後まで紡がれた。

 

「あなたには、明日から一軍の編成を外れて二軍に加わっていただきます」

「……えっ?」

「ッ!」

 

 それは、西村への二軍落ちを告げる非情な宣告。

 呆然とする西村は、返事をすることが出来なかった。

 白瀧は鋭い視線で藤代をにらむ。歯を食いしばる形相は監督に向けるようなものではない。

 ただ、それを受けても藤代はすまし顔を崩さない。

 監督の残酷な決断を覆すすべは、この場にはなかった。

 

「お、俺が二軍に?」

 

 息を飲む西村。監督の指示をすぐに受け入れられず硬直する。

 突然の二軍行きの命令だ。こうなってしまうのも当然の反応だろう。白瀧とてすぐに言葉を繋げることが出来なかった。

 

「白瀧さん。新たに一軍が編成されて、最も負担が小さかったポジションはどこだと思いますか?」

 

 二人が黙り込んでしまうと、藤代が話を進展させようと口火を切る。

 話題を振られたのは西村ではなく白瀧だ。

 三年生が引退して、それでも変化はあまり見られなかったポジション。この質問の意図をすぐに理解したからこそ、白瀧は重々しい口調で藤代が望む答えを返す。

 

「あえていうのならば。おそらくはセンターと。……そしてポイントガードです」

「ええ。センターは元々二年生の黒木さんがレギュラーでした。三浦さんも健在。そしてポイントガードも小林さんが残る上に主将の中澤さんもいる。加えて白瀧さんが復帰となればあなたが司令塔を担う事もあるでしょう。そう考えれば、ポイントガードが最も安泰であると言える」

 

 藤代は淡々と事実を述べる。

 二人の言う通り、大仁多の中で変化が少なかったのはこの二つだ。他のポジションはどこも一軍に名前を連ねていた三年生が引退し、変動が生じた。

 ただセンターとポイントガードだけが例外。しかも後者に至っては人数も多い事に加えて、大仁多の最高戦力と考えられている白瀧や小林が務める事が多い。万全の体制と言えるだろう。

 

「ま、待ってください!」

 

 それくらい西村だってわかっている。わかっているが納得は出来ず、どうにか気を振り絞ると、指揮官に反論した。

 

「確かにその通りかもしれませんが、白瀧さんの本職はスコアラーです。試合の頭から出るケースは少ないでしょう。大仁多の色である攻撃性を重視するならば、バスケスタイルが異なる中澤さんよりも俺の方が向いているはず。加えて今の三人を除けば、一番可能性があるのは俺のはずだ!」

 

 この先の戦いの為に外す事は出来ないだろう。珍しく西村は声を荒げていた。

 西村にも実績と自信がある。そう簡単にこの勧告を受け入れるわけにはいかなかった。

 ようやく白瀧が復帰してもう一度バスケをできると思ったのに、黙っていられない。

 ただ、西村がどれだけ力説しようとも藤代は眉一つ動かさなかった。

 

「たとえそうだとしても駄目ですよ。こちらの期待から外れた行動をとる司令塔は、邪魔だと言っているんです」

「なっ!」

 

 冷たく、突き放すような言葉だった。思わず西村は反論する言葉を失った。

 

「ポイントガードはコート内の監督であり司令塔だ。チームをまとめ、プレイを組み立てねばならない。たしかにあなたは自ら切り込むプレイが得意だが、それでもその役目を放棄することは許されない」

「それは……」

「あなたは陽泉戦で怒りのあまり視野が狭くなり、その役割を忘れていた。私は、チームのために戦えない選手を一軍におくわけにはいきません」

 

 反論など許さないと言わんばかりに藤代は話を続ける。おそらく、西村がポイントガードの選手であるからこそここまで厳しい言葉を選んでいるのだろう。

 

(懲罰降格ということか)

 

 白瀧は客観的に藤代の意志を探り取る。彼は陽泉戦で自分が負傷した後の試合の動向はビデオで見ていた。西村が独断で紫原に挑み、そして敗れて反撃を受けた結果も。

 藤代はこの事を指しているのだろう。

 一試合の結果で選手にこのような宣告を告げる結果は決して珍しくない。帝光でもかつて黒子が結果を出せなかったという事から降格を命じられかけたという噂もあったし、青峰も一度練習中に部活を抜け出したという事で降格するかもしれないという予想がたった。それだけ強豪校では規律を重んじるのだ。

 ましてや西村の司令塔はそもそも試合の組み立てに関わる役職である。その分他の味方への影響も大きい。だからこそ藤代はこの決断に至ったのだろう。

 

「——監督!」

 

 それでも西村は引き下がらない。監督への必死の訴えを続けていた。

 

「しつこいですね。まだ納得がいきませんか?

「あたり前です! ようやく白瀧さんだって戻ってきて、これからという時に!」

「ならば、いいでしょう。あなたにもチャンスを差し上げます」

 

 すると、彼の姿勢に痺れを切らしたのか藤代が立ち上がる。

 

「元々あなたの降格は白瀧さんの復帰による人数調整の意味も籠めていた。あなたが自分が大仁多の戦力になるというのならば、実戦で証明してもらいましょう」

「どういう事ですか?」

 

 実戦で証明。まさか練習試合でも組んでその実力を試すつもりか。だがそう簡単に他校と試合を組む事が出来るはずもない。その間この問題を放置するとも思えない。

 西村は監督の真意を読み切れず、次の説明を待った。

 

「受け入れていただけないならば、残りの一つの椅子をめぐってお二人に戦ってもらいます」

「……ハッ?」

「えっ?」

 

 すると藤代は二人へ視線を向けて、非情な戦いの幕を開けた。

 ありえない提案に二人は目を丸くした。その間に事態はどんどん加速する。

 

「西村さん、白瀧さん。一軍の残る椅子は一つです。1対1、十本勝負。勝利した方が一軍に残り、敗北した方が二軍へ去る。さあ、今から始めてもらいます」

 

 西村と白瀧。望まぬ師弟対決が始まろうとしていた。残る椅子はただ一つ。残るのは一人のみ。

 

 

————

 

 

「おい、お前らすぐにコート開けろ!」

「えっ? なんで急に?」

「白瀧と西村が一軍をかけて戦うんだって!」

「ハァッ!? ど、どういうこと? どうしてあの二人が!?」

「わからないけど監督の指示だ! 急げ!」

 

 藤代が宣言するや、行動は早かった。

 自主練習中の選手に命じてすぐにコートを開けさせると、白瀧と西村の決戦の場とした。

 いきなりの知らせに二人だけではなく他の選手達の間にも動揺が広がる。

 二人とも入部直後から一軍の座を勝ち取った期待の新人だ。しかも同じ中学出身で仲も良い。そんな二人が最後の一枠を巡って争うなど誰が考えられようか。

 仲間たちがコートの外に出る。注目が集まる中、西村と白瀧が向かい合った。しかし少なくとも西村の表情は困惑一色で、とても今から戦うような状態ではなかった。

 

「嘘、ですよね」

「……西村」

「さすがに、本当にこれで降格とかないですよね? いや、もし本当だとしても。適当に得点を合わせて引き分けとかになれば!」

 

 まだ二人とも一軍に残っていられる可能性はあるはずだ。いつもの調子を崩さずに笑いかける西村に対して、白瀧は。

 

「構えろよ。西村」

「ッ!」

「行くぞ」

 

 烈火の如き視線を。倒すべき敵に向ける目を西村に向けていた。

 背筋が凍る。

 白瀧の殺気にも似た圧力に当てられてようやく西村は腰を落とし、オフェンスに備えた。

 ようやく戦いの姿勢を取った西村。

 そんな彼の横を白瀧は一閃する。ワンドリブルで勢いよく切り込むとドライブのスピードだけで西村を抜き去り、レイアップシュートを沈めた。

 

「本、気で?」

 

 手加減なしのプレイ。信じられず、西村は呆然と背後の相手に問いかける。

 

「監督がそんな甘い事を許すはずがないだろう? 来いよ、西村。お前も一選手なら、今の座を守りたいなら、俺を倒してみろ」

 

 白瀧は未だに戦意を宿せぬ西村を煽るように、指をクイっと自分に向けて動かしてディフェンスに移行する。

 まず一本目を白瀧が先取。残りは九本。

 

 

————

 

 

 二人の戦いが進む中、体育館へつながる廊下を駆ける二つの影があった。

 

「どうしてもともと一軍だった二人が戦ってるの? ひょっとして仲が悪かった?」

「そんな事はありません。少なくとも、一年生の中では最も親しかったし、付き合いの長い二人だったと思います」

「んー。じゃあ何でそんな二人で? 監督は何を考えているんだろ?」

「それがわかれば苦労はしませんよ」

 

 北条と橙乃である。

 二人は練習で使用したタオルやボトルを片付けていた為に体育館にはいなかったのだが、白瀧と西村が戦うという知らせを聞いて急いで向かっていた。

 部に入ったばかりで事情を知らない北条は呑気に考えているものの、橙乃は気が気ではない。よりによってあの二人が戦っているのかと、戦いの行方とそれがもたらす結果が気になり、いても立ってもいられなかった。

 

(本当に、どうしてあの二人が?)

 

 考えても藤代の意図を読むことは出来ない。そもそも二人はポジションも違うというのに、どうしてこのような戦いを強いるのか。

 ようやく体育館の入り口に立つ二人。すぐにボードの途中経過へと目を向ける。

 

「……白瀧君」

 

 終盤戦に突入している中、その戦績は一方的なものだった。

 白瀧8本、西村0本。白瀧が一本も外す事なく、一本も許す事もなく勝負を優位に進めていた。

 さらにもう一本。

 白瀧が放ったヘリコプターシュートが西村の指先を超えていく。ボールはリングに吸い込まれていき、白瀧の9本目の成功を記録した。

 

「……どうしてですか!」

 

 西村は悔しさのあまり歯を食いしばらせ、悲痛な叫びをあげた。

 負けているからではない。手も足も出ないからではない。

 

「俺はあなたと戦うために強くなったんじゃない!」

 

 強くしてくれた白瀧と戦う事になってしまった、この運命を呪ったのだ。

 

「ならばお前はここで立ち止まっていろ。先へと進めるのは、今を戦う覚悟がある者だけだ!」

 

 これが西村と白瀧の決定的な違いなのだろう。怒り、悲しむ西村に、白瀧は表情を崩すことなく突き放すように、冷静に告げる。

 ——たとえ相手のことをどれだけ思っていようとも。願いを果たすためならばその相手でさえも倒してみせる。

 想い人でさえ敵に回すと覚悟した白瀧だ。たとえ西村を相手にしようと揺らぐ事はない。

 大切な相手だから戦えない。大切な相手であろうと戦う。この二人の違いは明白だった。

 

「ッ……!」

 

 ここで戦う覚悟がなければ、共に戦う機会を失われてしまうというのか。

 自然と歯を食いしばる力が強まる。

 

「し、白瀧————!!!!」

 

 追い詰められた焦りが西村の戦意を目覚めさせた。

 獣の如き気迫と咆哮を上げて、西村は今日一番のキレで切り返した。

 スピード、タイミング、コース。すべてが咬み合った絶妙なドライブはまさに白瀧が指導した動きだ。

 

「悪いな」

 

 だからこそ白瀧も読んでいた。

 完璧であるからこそ、読み合いに長けたこの男が見逃すはずもない。クロスオーバーでボールが収まり、そのまま直進しようとした左手に白瀧のスティールが牙を向く。

 

「————アッ、ァァッッ!」

 

 瞬時の判断だった。ボールを奪われると本能で察した西村。決して考えての事ではない。しかし、彼の意地が白瀧の読みを上回った。

 白瀧の手が空を切る。西村がもう一度逆に切り返し、白瀧のディフェンスを突破した。

 

「えっ……?」

「なっ!?」

「白瀧が読み違えた!?」

「まさか、西村が白瀧の動きに対応したのか!?」

(違う! 読み違えたんじゃない! かといって今のは瞬時に切り替え出来るタイミングでもなかった! まさか!)

 

 誰もがこの結果に驚き、声を荒げた。

 一対一の対決ならばまず遅れを取らないであろう白瀧が突破を許す。誰がこれを予想しただろうか。

 そしてスティールを失敗した今、ゴールはがら空きだ。西村は突破の勢いを利用してそのままレイアップシュートを放った。

 

「ッ!」

 

 得点を確信した瞬間、西村の横に白瀧が飛び上がる。

 瞬発力に長け、誰よりも早く最高到達点にたどり着くスピード。意地があるのは白瀧も同じだ。瞬く間に追いついた白瀧はこの戦い初めて放たれたシュートを叩き落とした。西村の攻撃は白瀧のブロックを前に失敗に終わる。

 

「……くっ、そっ」

 

 衝撃に視線を落とす西村。

 やはり届かなかった。

 最後の白瀧のオフェンス。一気にゴール下まで切り込む白瀧。

 負けじと西村も追う。大きく足を踏み込み、背後から彼のボールへと突き刺すほどの勢いで手を伸ばした。

 だが届かない。

 白瀧はドリブルを中断し、ボールを体の中心へ引き寄せると、ジャンプシュートを決める。

 これが10本目だった。

 

「決着、か」

 

 白瀧10本。西村0本。

 終始エースが圧倒し続け1対1は終わりを迎えた。

 ただ、敗れた西村も一矢報いた。一度だけ白瀧のスティールをかわしたあの動きは、今までの彼にはなかった動きだった。

 

(さっきの動き。あれはまさか、あの人の?)

 

 バスケを教えた白瀧のものでもない。

 「ひょっとしたら」と白瀧は親友が見出した新技に心当たりを思い出し、この土壇場で発揮した彼を嬉しく思った。

 

「……西村。これだけは言っておくぞ」

 

 試合が終わって地面に手をつく西村に、白瀧は背中越しに呼びかける。

 

「俺はな、与えられた勲章に対して誇りを持っている。『キセキの世代』という大層なものだけじゃない。お前でなければ、俺個人の呼び名を他のやつらに呼ばせることなんて許しはしなかった。お前だからこそ許したんだ」

 

 神速の再来。

 かつて西村の活躍を見て人々が呼んだそれは、誰であろうと許したわけではない。一所懸命に努力し、強くなろうと努力し、自分を追いかけてくれたお前だからこそ許したのだと。

 

「だから、もう一度這い上がって来い。——大智(・・)! お前がもう一度俺達のところに戻ってくることを、もう一度共に戦うことを、俺は心の底から待っている!」

 

 かつて帝光の三軍から一軍まで駆け上がった時のように、強くなれ。願いを篭めて白瀧は西村の名前を呼んだ。

 白瀧は西村にそう言い残して決戦の場を後にする。

 

「あっ、白瀧君!」

 

 無言で体育館を去る白瀧。そんな彼を見て橙乃はすぐに追いかけていく。

 

「……どうした?」

「大丈夫なの? 復帰して初日でしょ?」

「問題ないよ。休んでいた体を起こすのには丁度いいくらいだ」

「本当に? どこか痛むところかあるなら」

「大丈夫だ。本当に」

 

 白瀧は復帰初日から練習後に激しい勝負をする事となった。

 いきなりの消耗を心配して声をかけたであろう橙乃に、白瀧は問題ないと手を振った。そして即座にその場を離れようとする彼に、橙乃が後ろから両手を回し、拘束する。

 

「……本当に?」

「ッ」

 

 もう一度同じ問いかけを投げかけた。

 すると痛い所をつかれたのか、白瀧は小さく舌を鳴らして立ち止まる。

 

「ああ、くそっ。どうしてだ。ちょっと休んでいた間に、こんなに弱くなってしまったのか、俺は?」

「いいでしょ。こういう時くらい弱くたって」

「——痛い。ああ、痛いよ。守るだなんて言っておきながら、いつも俺は大切な存在を傷つけてばっかりだ」

 

 すでに弱い姿を見せてしまったからなのか。白瀧の心はあっさりと白旗を上げた。

 大丈夫なわけがない。体が無事であったとしても、長年の付き合いであった相手を容赦なく打ち倒して、心が悲鳴を上げている。

 「本当に弱くなってしまったな」と白瀧は自虐的に笑った。表情はうかがえないが、橙乃は彼が落ち着くまで後ろから支え続けた。

 

 

————

 

 

「それで、わざわざあの二人をぶつけた意図はなんだったんですか?」

 

 すべてが終わった後、中澤は監督室を訪れて藤代監督に疑問を呈した。主将としてすべてを把握しておきたい。そんな思いがあったのだ。

 

「一つは、彼らに説明した通り司令塔として反省してほしいという事です」

「それならば別にあそこまでしなくても」

「もちろん。二つ目は、彼らだけではなく皆に緊張感を持ってもらう為。もともと一軍であった方の中に気の緩みがみられましたからね。加えて西村さんは中学時代、一年のころは三軍。それから少しずつ伸びてきてここまで来た。成長が著しいと言えば聞こえはいいですが、悪く言えば彼はまだ落ちることを経験していない。最後の年もキセキの世代の控えとしてあり続けたそうですからね」

「皆の競争と、西村の向上心を煽る為、と?」

 

 藤代が大きくうなずいた。

 自省の為だけではない。実力があっても駄目だと部員の気を引き締めさせ、西村にもう一度這い上がらせて実力をつけさせる。いくつもの思惑があったのだと言うのだ。

 

「そして三つ目。彼に、白瀧さんを頼らずに戦ってもらいたいと、そう思ったからです」

「……それはチームプレイの事ですか?」

「違います。西村さんのバスケスタイルは白瀧さんに準拠している面がある。ただ、彼の事を考えれば、その考えに捉われてはいけない。だからこそ一度白瀧さんとぶつけ、そして新たな道を発掘してほしかった」

「それで、監督の台本通りというわけですか?」

「そんなものではありませんよ」

 

 中澤の茶化すような台詞に藤代は微笑を浮かべる。

 藤代は西村に、新たな強さを身に着けてほしかった。その為には一度憧れから脱却する必要があり、その為に憧れの対象である白瀧と戦わせる必要があった。

 

「わかりました。一応納得しておきます。ただ、西村はそれでもいいかもしれませんが、こうなると白瀧が貧乏くじを引きすぎではありませんか? あいつらの仲は監督も知っていたでしょうに」

 

 確かに荒療治ではあるものの西村にとっては良かったのかもしれない。

 では、白瀧はどうなる?

 復帰したばかりなのにこれ程心身に負担を強いるような展開はあまりよろしくないのではと中澤が眉をひそめた。

 

「そのあたりは橙乃さんにしっかりサポートをするようお願いしています。それに、彼の調子が万全であるという事を皆さんに示しておけば、文句を言う人も出ないと思いましたので」

「文句? あいつが一軍に入るという事にですか?」

「いえ、そちらではありません。下手すればそれよりも重要な、他校の選手に対してですよ」

「他校の選手? ——ああ、なるほど」

 

 ただ、藤代は白瀧の為でもあると語った。書類の中から一枚の紙を取り出し、その中に記載された選手の名前を見つめながら説明を続ける。

 中澤もその紙を目にしてようやく監督の考えを理解した。

 

「——国体出場メンバー。IHで負傷したエースがここで完全復活すると示せたという事です」

 

 プリントには『国民体育大会バスケットボール競技』と記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 次章予告 ――

 

 

「あんたじゃ俺に勝てないっすよ。白瀧っち」

 

 秋の全国大会、国体。

 立ちはだかるのは彼の過去。避けられぬ因縁。

 かつて敗れた大敵に白瀧は好敵手達と共に立ち向かう。

 絶望と焦りが渦巻く激戦の中、エースが再び反撃の狼煙を上げる。

 黒子のバスケ 銀色の疾風 国体編

 

「俺は全てに勝って願いを叶えてみせる。そう誓ったんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ正しいだけの選択肢に、何の意味がある?」

 

 WC予選開幕。

 もう一度全国の舞台へ進むため、志を一つにする大仁多高校。

 そんな時響く不協和音。突如もたらされた悲劇の真実が容赦なく摩耗した心を打ち砕いた。

 連戦の中で孤立する白瀧。その姿はキセキの世代を彷彿させるものだった。

 黒子のバスケ 銀色の疾風 WC予選編

 

「——皆、ごめん」




これにてIH編は終了。
新章へ突入するのですが、それについてアンケートを実施します。
詳細は活動報告にて。
来年もよろしくお願いします。
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