第百一話 栃木県選抜
ある日の放課後、盟和高校の体育館。
「キターーーーーーーーーー!!!!」
岡田監督から一通のプリントを手渡され、その内容を目にしたバスケ部の主将である勇作は歓喜を露わにした。
「いつも以上におかしくなってるね」
「細谷先輩達も渡されてましたけど、そのプリントは何なんですか?」
そんなチームメイトの騒ぐ姿を微笑ましく見守る神戸。
一方、金澤は彼がこれ程取り乱す原因となったプリントが気にかかり、勇作と同様にプリントを受け取った細谷・古谷の両名にその内容を問いかけた。
「ああ。これですか? ま、あのバカがバカ騒ぎするだけの内容でしたよ」
「まさかこんな形で選ばれるとは思ってなかったからな。——国体出場選手の招集だって」
古谷は小さく息を零し、細谷は微笑を浮かべてそのプリントを二人に見せる様に前に出す。
これは藤代が持っていたプリントと同じ、国体出場選手ならびに関係者に渡される用紙であった。
「浮かれるのも良いが、お前たちにとっては初めての全国大会だ。この大会は多くの経験を積むチャンス。俺もコーチとして大会に参加する。後のWCの為にも、ここで強くなれ!」
「はい!」
気をよくする選手達を見て、岡田は彼らの気を引き締めるべく活を入れる。彼も今回はコーチとして招集を受けていた。
この大会はWC前の最初にして最後の機会。初の全国大会ではあるが出場するだけでは意味がないのだと語気を強める。
「やってやろうぜ。勇作、お前も選ばれて嬉しいのはわかるけどさ。もう少し皆と、」
「違う! 確かにそれは嬉しいがそっちじゃない!」
「は? そっちじゃないってじゃあ一体何をそんなに喜んでいるんだ?」
未だに体育館の端で一人喜んでいる勇作を細谷が呼び寄せようと肩を叩く。
しかし彼がここまで心を躍らせているのは国体のメンバーに選ばれたからだけではなかった。理由を問う相手に、勇作は「これを見ろ」とプリントのある部分を指し示す。
そこにはマネージャーの項目に『西條奈々、橙乃茜』と記されていた。
「茜と同じチームキターーーーーーーーーー!!!!」
「あ、はい。そっちね」
ああ、そういえばこいつは
橙乃勇作、細谷武士、古谷周平、岡田尚志。以上4名、栃木県代表に選出。
————
「あー。羨ましいな。まあ俺たちじゃ流石に実力差が大きすぎたから仕方がないけど、さ」
「バスケ部から初の全国大会出場者となれば、仕方がない話じゃん。むしろ二人も出たんだから十分」
「西條も選ばれてますからね。今までは栃木代表は大仁多の独占だったから大戦果ですよ」
同時刻、聖クスノキ高校。
こちらでも石川からジャン、楠、西條の三人に栃木代表選手への要項が手渡されていた。
選ばれた三人を羨ましく思う他の面々。しかし沖田の言う通りこれまでは常に大仁多の選手達だけで栃木県代表は大会に臨んでいたのだ。三人も選出されたのは喜ぶべき事である。
「フン。大仁多ヲ倒シテカラガ良カッタガ仕方ナイ」
「先輩たちの分まで戦ってきますよ」
「私も選ばれてると言うのが驚いているんだけど……」
ジャン、楠の選手二人は代表に選ばれ嬉し気に、誇らしげに胸を張った。一方マネージャーとして参加する事になった西條は自分が選出されているという事に半信半疑に状態であったが、そんな彼女を諭したのは石川だった。
「俺の方から藤代監督に提案したんだ。最初は県大会三位のチームという事で俺にスタッフとして参加しないか声をかけられたが、藤代・岡田の両指揮官と比べれば指揮は劣る。船頭が多すぎても仕方ない。ならばサポートとしてうちの西條はどうか、ってね」
「そうなんですか? よろしかったんですか?」
「構わないよ。それに、お前達選手だって華があった方が良かっただろ?」
(それを言うか……)
楠の質問に石川は軽い口調で返した。指揮官とは言え、全国大会の空気には触れたかったであろうに、それを感じさせないような態度だ。残念に思う気持ちがないわけではないだろうが、それよりも教え子達の経験を重要視しているのだろう。
「滅多に味わえない貴重な体験だ。みんなの分まで、三人は頑張ってきてくれ!」
「はい!」
最後に指揮官から笑顔で送り出され、それに応えるよう三人も力強く頷いた。
ジャン・ディア・ムール、楠ロビン、西條奈々。以上三名、栃木県代表に選出。
————
「国体、要はオールスターというわけだ。……出たかったな」
同時刻、大仁多高校体育館にて。
ボソッと小さく呟いたのは本田だ。先輩達や同級生が代表に選ばれたという話を聞き、羨まし気な視線を送る。
県大会を制したとはいえ、大仁多高校の選手とて全員が選ばれた訳ではない。これまでの国体では大仁多のみの選手で固めていたものの、今年は違う高校の選手も呼ぶという事で一軍の中でも選出外となった選手が現れた。
「今年は例年よりも県大会で力を発揮する他校の選手が多かった。加えてキセキの世代という勢力が出てきた事で、より個々の力が必要になったのです。選ばれなかった方には申し訳ありませんが、その分選ばれた選手が活躍できるようサポートをお願いします。代表に選ばれた皆さんは、彼らの分まで精一杯戦ってください」
気落ちする生徒、歓喜に湧く生徒の両方へ向けて藤代は発言する。
今年は新勢力・キセキの世代の登場もあって藤代が他校の有力選手を招集する事を決断した。それだけIHで受けた衝撃は大きなものだったのだ。
そんな彼らに負けないよう、引き続き代表を率いる指揮官は各選手に努力を続けるよう奮起を促す。
「頑張って来いよお前ら! キセキの世代ってのがどれくらい強いのか知らないが、お前達なら大丈夫だ!」
監督の話が終わると、加賀は同ポジションであり代表選手となった白瀧、神崎の肩を叩いて応援した。
「ありがとうございます。IHの借り、返してきますよ」
「というか、個人的には加賀先輩が選ばれてないのが驚きです」
「ああ、俺? そもそも今回みたいに色々な高校の選手を呼ぶ場合は県予選の記録を主に見て選ぶらしいぞ。だから予選に出てない俺はそもそも選出外ってわけだ」
「そういう仕組みなんですか」
神崎の疑問はもっともだが、加賀は「最近試合にでてなくて勘も鈍ってるだろうしな」とあまり気にしていない様子であった。
確かに県代表として戦うならば参考にするのは県予選のデータとなる。なるほどなと神崎は納得し、加賀が受け入れているという事もあってそれ以上追及する事はなかった。
「国体か」
「すみませんね、小林さん。主将を引退したばかりのあなたに任せるのはどうかと思ったのですが、やはりこういう連合チームとなれば4番を背負うのは貴方しかいないと判断した のです」
「構いませんよ。確かにあいつらもいるとなれば、中澤では少し辛い所もあるでしょう」
「否定しにくいのがなんとも言えない。俺からもお願いします」
「任せておけ」
オールスターの主将には小林が選ばれていた。大仁多の主将を中澤に譲ったばかりだが、国体という県の代表試合の主将は彼以外考えられないという総合的な判断であった。藤代も中澤も任された小林もそれを良くわかっている。反論する者は誰もいなかった。
「IHでは最後まで戦えなかったからな。今度は絶対に、戦いぬくぞ」
「……はい」
再びの全国への挑戦となり、特に先のIHで悔しい思いを抱いた者たちの決意は強い。黒木は雪辱を果たすと誓い、光月も彼と思いを同じくした。
「皆。頑張ってね」
「橙乃も引き続きサポートよろしくな」
「今回は勇作さんもいるって話だしな」
「任せて。お兄ちゃんの手綱はしっかり引いておくから」
(妹に制御される兄って一体……)
「だから、国体ではもう悔しい思いをしないように、ね」
「……ああ」
マネージャーとして参加する橙乃もチームメイトに声援を送った。
彼女もサポートする側として苦しい思いを味わい、そして仲間が涙する姿を目にした。
だからこそ今度はそうならないようにと選手達の背中を押す。
小林圭介、黒木安治、中澤秀樹、白瀧要、光月明、神崎勇、橙乃茜、藤代雄一。以上8名、栃木県代表に選出。
国民体育大会バスケットボール競技
チーム名:栃木県
監督:藤代雄一(大仁多)
コーチ:岡田尚志(盟和)
マネージャー:西條奈々(聖クスノキ)、橙乃茜(大仁多)
#4 小林圭介(大仁多) 3年 PG
#5 橙乃勇作(盟和) 3年 PF
#6 細谷武士(盟和) 3年 PG
#7 ジャン・ディア・ムール(聖クスノキ) 3年 C
#8 中澤秀樹(大仁多) 2年 PG
#9 黒木安治(大仁多) 2年 C
#10 古谷周平(盟和) 2年 SF
#11 楠ロビン(聖クスノキ) 2年 SG
#12 白瀧要(大仁多) 1年 SF
#13 光月明(大仁多) 1年 PF
#14 神崎勇(大仁多) 1年 SG
かつて県大会でしのぎを削ったライバルが、今度はチームメイトとしてコートに立ち、全国の猛者達との戦いに挑んでいく。
————
日が進み、代表選手達の合同練習日。
合同練習は県大会を制した大仁多高校の体育館で行われる。
そのため大仁多の選手達はいつもよりも少し早めに体育館に集合し、他校の選手達を迎えられるように準備を進めていた。
そして集合時間の十分前。
「ちわーす!」
「おっ!」
「来たか」
「これでようやく、選抜選手が勢ぞろいですね」
「敵としては厄介だったが味方となれば心強い」
盟和高校、聖クスノキ高校両校の選ばれた選手、関係者が体育館を訪れた。
一瞥しても緊張した様子は誰からもうかがえず凛とした表情で構えている。気迫十分といった印象であった。
「お待ちしていました。歓迎しますよ」
「……白瀧か」
「お久しぶりです。県大会以来ですね」
「ちょうどいい。お前には一つ頼みがあったんだ」
「俺に頼み? 一体何で——」
すると白瀧が側に駆け寄り、競いあった相手を出迎える。
気さくに話しかける相手を見るとまず前に出たのは勇作だった。頼みがあると言って白瀧を呼び、そして彼の返答が終わる前に、彼の右頬に拳を振り下ろした。
「なっ!?」
「はっ?」
「おい!?」
突然の暴挙。さすがに白瀧でも無防備の状態では反応する事さえできず、コートに尻もちをつくこととなった。誰もが予想できなかった行動に、全員が目を丸くする。
「ちょっ、何ですか!? 頼みがあると言ったのに!?」
「一発だけ殴らせろ」
「殴ってから言うな! あんたは本当に何なんだ!?」
勇作が発したのは理不尽なものだった。当然納得できない白瀧は反論を述べるが、その間に盟和の選手達が割って入る。
「何考えてるんですか! いきなり何やってんすか!」
「すまない、許してくれ。こいつアホなんだ!」
「アホなら直さなければいけないでしょう! フォローになってないんですよ!」
「くそっ。その通りだ!」
残念ながら仲間のフォローは助けとはならなかった。むしろ怒りを助長させるばかりで解決には至らない。
すると、この問題の元となった勇作が白瀧に向け再び話し始める。
「テメエ、よくも茜を泣かせやがったな」
「ッ!」
それは白瀧自身が今でも悔やんでいる事だった。兄としてなおさら許せることではなかったのだろう。
「これだけは絶対に許せなかったんだ」
「……はい」
そうと分かれば白瀧は反論する気持ちはない。だから責める言葉はすべて受け入れるつもりであった。かつて自分がそれを許せないと行動に走ったのだから当たり前の事だ。静かに勇作の話に耳を傾ける。
「故に、感情を力に変えられない優しい茜に代わって、俺がお前を殴る!」
「ちょっと待て。やっぱり殴り返させろ」
橙乃の分であるというのならば話は別である。その優しい妹にタコ殴りにされたんだと白瀧は抗議した。が、勇作は聞く耳を持たず、要件が済むとすぐにその場を後にした。
「大丈夫か白瀧?」
「楠先輩……」
倒れる白瀧に、楠が手を伸ばす。
白瀧は少し表情を歪めながら手を借りて立ち上がり、そして彼に問いを投げかけた。
「あなたも、俺の行動を批判しますか?」
全国大会での陽泉戦を観戦したいたという話は聞いていた。だからこそ試合を見てあなたはどう思ったのかと質問する。
「わかっていましたよ。誰かに言われるまでもない。俺がやろうとしていた事は、決して褒められたものではなかった」
自分でもわかっていた。身近な存在を泣かせてしまうようなやり方を実践しようとした時点で、己の行動が決して正しいものではないという事を。
「それでもああするしかなかった。味方が窮地に陥った中、これ以上絶望を味合わせない為には、戦うしかなかった。少しでも勝利に近づくためならばと」
たとえ責められる方法でも、正しい目的の為ならばと。そう思って彼は戦い抜いた。
「……安心しろ」
「え?」
「きっと俺も、同じことをした」
《もしもお前が俺の立場だったら、俺と同じことをしていただろう?》
「——ああ。そうですね。あなたは、そういう人だった」
しかし楠は彼を責めなかった。だから気に病むなと後輩を諭す。
短いやり取りではあったが、白瀧はかつて戦った時の事を思い返し、やはりこの人は自分と似ているのだなと改めて理解した。
————
「皆さん、お忙しい中集まっていただきありがとうございます。私が栃木県代表の監督を務めることになった藤代です。よろしくお願いします。今年は例年と違い、各校から選抜した混成チームとなりました。皆さんすでに合同練習で顔を合わせていると思いますが、やはりチームとしての連携はまだ不十分な点が多いでしょう。個々の力は十分と考える為、まずはその向上が求められます」
全選手がユニフォームに着替え終わると、藤代が選手達を整列させて話し始める。
今年から始まった混成チーム。普段は違うチームで練習している為にそれよりは連携の質は劣る。合同練習で何度か共にプレイしているとは言え、連携の確認は必須課題だ。
「そのためしばらくは試合形式の練習を重視していきます。また、今回のチームでは特にレギュラーを固定するつもりはありません。誰であろうとも調子が良ければ、相手との相性が良ければスタメンとして起用するチャンスを与えるつもりです。そのつもりで練習に励んでください」
「おっ。これはありがたい」
「一人一人の力は十分。競争は激しくなりそうだ」
続く言葉で選手の間で活気がわいた。
やはり県大会を制したために大仁多の選手が多い。その中であらゆる選手にもチャンスが与えられるとなれば、必死になるのも当然の事だった。
大仁多の選手たちは全国に出場したという意地を、他の選手達は今回こそは自分がという思いが強くなる。
「まずは国体の予選からだよな。そういえば、予選っていつからだっけ?」
「あれ。そういえばもう始まる時期なんじゃないっすか?」
「……まさかお前達知らないのか?」
「えっ?」
ふと国体予選の事が脳裏をよぎり、勇作がボソッと呟いた。言われてみればと神崎も同じく疑問を呈する。二人が首をかしげていると、横から小林が助け舟を出した。
「俺たちに予選はない。国体は毎年成年男子・成年女子・少年男子・少年女子の4種類が行われるが、そのうち一つだけは47都道府県すべてが参加する。今年は少年男子、すなわち俺たちは本戦から出場になるんだ」
「そうなのか!」
「知らなかったっす」
「……要項に書いてあったはずなんだが?」
「ああ。やっぱり何処の高校にもいるよな。渡されたプリントを一部しか読まなくて、重要な所を見逃すやつ」
今年は少年男子が本大会からの出場となり地区予選が免除となる。その為本番までの期間に余裕が出来ている。
知らせに記載があったのだが、それを見逃していた者がいた事で、小林や細谷など真面目な面子は頭を悩ませていた。
「ただ、別に良い事ばかりではない。その分登録可能選手は他の種別より少ないし、本戦も後半は一日二試合が組み込まれていたりと試合は厳しいものとなる」
「そうですね。だからこそ、余計に一人一人の奮闘が必要となる。特に日程が進んでいけば……」
そこにはもはや、全国の中でも屈指の実力者しか残っていないのだから。
楽観する者が現れる中、楠と白瀧が気を引き締めさせるよう、真剣な表情で彼らを諭す。
予選がなくなった分、彼らにも負担が課せられたのだ。
だからこそ油断なんてしてはならない。そもそもIHではキセキの世代が所属する高校が世間の評判通り表彰台を独占した。今回も彼らが所属する県が優勝候補に挙げられるだろう。
ならば彼らは挑戦者の立場だ。キセキの世代に挑む、最強の挑戦者になる必要がある。
————
さらに日が進み、各選手達のプレイにもキレが上がって連携精度も上がってきたころ。
ついに国体のトーナメント表が発表された。
一回戦の相手が明らかになり、より明確な目標が出来て燃え上がる選手が多くなるであろう時期。しかし、栃木県代表の中には暗い空気も流れていた。
「……嘘だろ。よりにもよって、初戦で?」
神崎が珍しく苦笑いを浮かべて呟いた。
あまりにも悪すぎる運命のめぐりあわせだった。
当たるとしてももっとしばらく先であると思っていた。予選がなくなった以上、下手すれば当たらない可能性もあるのではと考えた。だが、そんな甘い期待はあっさりと裏切られた。
「バスケの神様はよほど俺の事が嫌いらしい」
そして、彼よりもさらに大きな衝撃を受けた選手がいた。
白瀧である。
休憩時間、彼は一人で外に出ると嫌になるほど綺麗な青空をにらみつけた。
「初戦の相手がまさか、神奈川県代表だなんて」
国体一回戦、栃木県対神奈川県。関東勢同士の対決が初戦で繰り広げられる事となる。
「神奈川県代表。つまり」
「キセキの世代の一人、黄瀬涼太か」
「神奈川に限らず、キセキの世代が所属する県はそのままIH出場校で選手が固められた。神奈川ならば海常の選手達との全面戦争となる」
「IHベスト8の実力者達。大仁多もベスト8だったわけだから、初戦でIHベスト8まで残った選手達のどちらかが消えるわけだ」
「キッツいな。大仁多って結構くじ運悪いんじゃねえの? IHだってよくはなかっただろ」
「……俺達の全国デビュー戦、面白い事になりそうですね」
他の面々も緊張と意気揚々の半々という印象であった。
国体は混成チームが多い中、キセキの世代が所属する県は各県を制した高校の選手がそのまま代表として出場する事となった。神奈川県も同じ。その為実質栃木県対海常という形である。
全国8強の強敵が初戦の相手だ。そう簡単にはいかないだろう。難敵との対戦が決まり、各々準備を進めながら気持ちを固めていた。
「さて、いきなりキセキの世代との激突になったわけだが、指揮官はどうお考えで?」
「あなたに言われると少しくすぐったいですね」
初戦の敵にどう対処するのか、コーチである岡田は藤代に視線を向ける。
「——神奈川、強いては海常は黄瀬さんを中心に総合力が高い選手が集っています。特に黄瀬さんの力を考えれば、彼の攻略法を見出せない限り勝ち目は薄いでしょう。前半の間に何とか突破口を見出すのが最低条件となります。この試合のキーパーソンはやはり」
「そちらのエースか」
「ええ。因縁の相手でもありますからね。あとで詳しくミーティングを行いましょう。特に彼からの情報が必要です」
その言葉で会話を締めて、藤代は全体への指導へと戻っていく。
黄瀬は強敵であり白瀧にとっては因縁の相手。かつて彼からレギュラーのポジション、そしてキセキの世代の名前を勝ち取った相手だ。
ならば彼を止めるのは、白瀧しかいないだろう。経験、能力、ポジション、二人の関係。この試合は彼にとっては越えなければならない相手となる。それが結果的に栃木県の勝利にもつながると藤代は考えた。
————
時間が流れるのは早かった。
まずは初戦を乗り越えなければ始まらない。栃木の選手達は打倒海常、打倒神奈川を目標に練習に励んでいく。
徐々に残り期間は少なくなり、気が付けば試合前日の夜。
「おーしっ! 戻ったぞー!」
会場近くのホテルの一室。神崎と光月はホテルの温泉に浸かって疲れを癒すと、自室へと共に戻っていた。
今回の国体では白瀧、神崎、光月の3人が同じ高校、同じ学年という事で部屋を振り当てられている。
本当は3人で行動を共にしようと思ったのだが、白瀧が一人で考え事をしたいと断ったので、二人で先に温泉に入っていた。長めに湯に浸かって鋭気も養えた。神崎もすっかり本調子になっている。
「おっ? 大丈夫か要?」
「もう寝てるの?」
返事がない様子を不審に思い、覗き込むと白瀧の姿はなかった。代わりに彼のベッドが膨れ上がっていて、頭まですべて布団の中に被さっているようだ。
「疲れている、のとはまた別か」
「明日は黄瀬との戦いだからね」
仕方がないことかと二人は息を吐く。
一回戦の相手は白瀧にとっては実力、精神どちらを見ても厳しい相手だ。序盤からエース同士の一騎打ちとなるゲームプランを聞かされている。
白瀧と黄瀬の関係は皆聞いていた。これを考慮すれば不安に思うのは仕方がないことだろうと理解できる。
「んー、でもさすがに風呂くらいは入っといたほうがいいだろ。そろそろ本格的に寝てしまいそうだ」
「そうだね。一応起こしておこうか」
「おう。おーい、要! 眠いかもしれないけど、一回起きろ!」
それでもさすがにお風呂くらいはすませておくべきだろうと、神崎は勢いよく布団を捲り上げた。
「——えっ?」
だが、そこにあったのは白瀧が持ってきた鞄と鞄に張り付けられたメモ用紙だけ。白瀧の姿はどこにもなかった。
「ハァッ!?」
「えっ、要が消えた!?」
突然の失踪に、二人は驚きのあまり声を荒げる。メモ用紙には「少し夜風に当たってくる。明日までには戻る」とだけ記されていた。
同時刻、ホテルから五分程離れた川沿いの高架下。
《あんたに負けるなんて思ってないっスよ》
「————」
《あんたじゃ俺に勝てないっすよ、白瀧っち》
そこに白瀧はいた。無言のまま膝を抱える形で座り込んでいる。
決戦の前日。白瀧は己の過去に打ちひしがれていた。
――黒子のバスケ NG集――
「テメエ、よくも茜の膝の上で寝やがったな」
「ちょっと待て! あんたがどうしてそれを知ってんだ!?」
多分橙乃がばらした。
勇作「どうだ、茜。元気か? ……そういえば白瀧の奴が療養中と聞いたけど、今何してる?」
橙乃「今私の膝の上で寝てる」
勇作「殺す」
多分こんな感じ。