黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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国体編を飛ばすとしても、ここだけは書いておきたかったという話。


第百二話 主人公

 分かっていた事だった。納得していたはずだった。

 帝光中は完全な実力主義。たとえレギュラーに名を連ねる者であろうとも、どれだけチームに貢献した者であろうとも、さらに力がある者が現れたとなればより強い者が優先される。

 だからこそ俺達だって入部したばかりである一年の時からベンチ入りを許されていたのだから。

 

《二年の黄瀬涼太っス。バスケは経験ないけど、これから学んでいくんでよろしくお願いします!》

 

 故にその逆もまた例外ではない。そして同じポジションにその存在が現れた以上、続く展開は当然の事であった。

 全国に名を轟かせようと、全国を制覇しようとそんな事は関係ない。ただ勝者だけがチームを背負う事を許される。勝者が全ての世界。だからこそ帝光は全国の覇者と呼ばれていた。

 

《ちょっと俺と、勝負してくんないっすか? 白瀧っち》

《白瀧。スタメンの入れ替えだ。背番号8は、今日この時から黄瀬のものだ》

 

 それくらい俺だって受け入れていたはずだった。そして勝負に敗れた以上、俺が彼らの言動について何か文句を言える立場でもない。

 ただ、それでも。それでも俺は————

 

 

 むにゅっ。

 

 

「……むにゅ?」

 

 何だ? 今までの雰囲気を全て台無しにするような、変な感触は?

 突然の背後からの柔らかい衝撃は経験のないものだった。心当たりが思いつかず、そっと顔を上げて視線を後ろへと移す。

 するとそこにあったのは大仁多の、今は栃木県選抜マネージャーの橙乃の姿で。そして彼女が背中から抱きついた為に彼女と体が密着し、たわわに実った胸部が俺の背中との圧力で変形を——

 

「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 驚きのあまり、思わず男らしからぬ悲鳴が俺の口から木霊していた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「なっ。なっ。なぁっにっ!?」

 

 慌てふためきながら白瀧は橙乃の拘束を脱出する。すぐさま振り返って突然現れた彼女に要件を尋ねた。本調子ではない、裏返っている声色で。

 

「ビックリしたよ」

「いや、ビックリしてるの俺!」

「いきなりいなくなったって聞いたから」

「いきなり後ろから抱きついてくるから!」

「大丈夫? 何かあった?」

「まさに今大丈夫じゃない出来事があったんだけど!?」

 

 あまり咬み合っていない問答が続く。

 未だ心の騒めきが止まらない白瀧に対し、橙乃は何事もなかったかのように落ち着いた

物腰であった。

 一度冷静になろうと遠ざかろうとする白瀧。しかし、その行動は橙乃が彼の袖を引っ張る事で中断する事を余儀なくされた。

 

「座って。何が、あったの?」

 

 今一度、橙乃は真剣な視線で白瀧に問いかける。

 

「……はぁ。わかった。確かに心の整理をするためには、話した方がいいかもしれない」

「うん。話して」

 

 観念したのだろう。前にも同じような事があったため、白瀧の抵抗も少なくなっていた。大きく息を吐いて呼吸を整えると、白瀧は落ち着きを取り戻し、橙乃に話し始める。神奈川代表、黄瀬との戦いに当たって彼が抱いていた負の感情を。

 

「別に何かあったわけじゃない。ただ、明日の試合に対する不安が止まらなかった。眠れそうにもない、何かをしても集中できない。それをどうにかしようと思っただけだ」

「不安? ずっと明日の試合に向けて練習してきたのに? ミーティングでもきちんとゲームプランをみんなで立てて練習してきたのに」

「そんなの関係ないんだよ」

 

 心からの本音を打ち明けていく白瀧。橙乃はそんな彼をフォローしようとしたが、白瀧は少し語気を強めて彼女の意見を否定する。

 

「じゃあ聞くけど、橙乃。明日俺が黄瀬に勝つ可能性はどれくらいあると思う?」

 

 そして白瀧は自分と黄瀬、明日激突するエース対決で勝算はどれほどあるのか意見を求めた。橙乃はしばし考え込み、そして彼への信頼も込めて答えを出す。

 

「……50%くらい?」

 

 相手はキセキの世代、全国に名を轟かせた実力者。ただそれでも栃木のエースならばと、大きめの数字を示した。

 

「高くても5%程度だ」

「はっ?」

 

 しかし、質問した白瀧はその1/10しか勝率はないだろうと彼女の意見を切り捨てる。弱音と捉えられる彼の言葉に、橙乃は励まそうとしたが白瀧がさらに話を続けた。

 

「これでも高く見積もってる数字だよ。なにせ、何百戦と挑んで一度も勝てない相手に、0以外の数字を出してるんだ」

「どういう事? いくら何でもそんなに勝負したわけではないんでしょう?」

「したよ! 毎夜、眠りにつく度に。何度挑んでも、その度に負け続けた! もう数えるのも馬鹿らしくなるくらい!」

 

 そんなわけないだろうと否定する彼女の発言に、白瀧は言葉を荒げる。

 彼の手は震えていた。夜の寒さのせいではない。心の奥からよみがえる恐怖のせいだった。

 決して冗談でも過剰表現でもなかったのだ。眠れない夜、繰り返されるフラッシュバック。本当に彼が毎日のように苦悩する事になる原因であるのだから。白瀧は貯まり切った心の内を全て彼女に向けてさらけ出す。

 

「ゲームプラン通りに事が運ぶとして、俺達の狙う試合展開では第一Qは確実に落とす事になる。下手すれば15点差は離されるだろう。第二Q以降にかけて逆転し、逃げ切る必要がある」

「うん。そこは監督もそれが出来ないと厳しくなるって」

「ああそうだよ。だからこそだ。もし少しでも計画にずれが生じれば栃木は厳しくなる。第1Qで予想以上の大差をつけられる、あるいは逆転したとしても再逆転されるような事が起こったなら、キセキの世代の底力を考慮すれば一気に試合を持っていかれるだろう」

「確かに厳しい展開かもしれない。特に黄瀬君とはあなたが戦うのだから心配に思うのは仕方がないと思うけど」

「……嫌な予感があるんだ。もしも黄瀬と戦い、試合に敗れるような事があれば——おそらく、俺はもう二度と立ち直れなくなる」

「えっ?」

 

 指揮官と立てた試合計画は、どこか一つでも流れに異変が起きれば致命傷になりかねない。そしてキセキの世代は常に予想以上の進化を遂げてきた。彼らが誇る才能は底知れない。

 その黄瀬と戦う白瀧は『もしも黄瀬に敗れるような事になれば再起不能に陥るだろう』。そんな直感が働き、結果として彼の恐怖をより強く鮮明に呼び起こしていた。

 

 そして——今まで抱え込んでいたものすべてが、堰を切ったようにあふれ出す。

 

「わかってるよ。俺だってわかってる。俺はエースとしてチームの命運を託されるんだ。だからこそ誰よりも勝利を信じなければならない。今までの試合だって仲間達に信じろって言って鼓舞してきたんだ。わかっているはずなのに、他でもない俺が勝利を信じられない。本当に馬鹿げている話だ。勝ちたいと願う程、勝つ方法を考える程、勝とうと努力する程、余計に勝てないと思うようになるなんて! だって仕方がないだろう? 俺がずっと頑張って、ようやく身に着けた技術も、結局やつの目の前では殆どを倍返しで見せつけられた。俺がやってきた事をあいつは出来て当然みたいにあっさりと越えて行ったんだ! 俺よりもずっと高い完成度の天才ぶりで! ……何なんだよ模倣(コピー)って。何も俺だけに限った話じゃない。選手は皆時間を費やして、思いを込めて集中して、ようやく自分の物にしてきたっていうのに。あいつはそれをただ見ただけで完全に真似をする。まるで努力する事の意味を完全に否定されているようだったよ。別に誰かに努力を認められたく頑張ってきたわけじゃない。少しでも強くなれる様にと考えたからずっと続けてきたんだ。それでも、眼前であんなにあっさりと見せつけられて、何も思わないわけがなかった。だってこれじゃあ努力している奴がバカみたいじゃないか! まだあいつが長年バスケをやってきたというなら納得もできただろうさ。でもあいつは中二からバスケを始めたんだぞ? それなのにやつの何十倍、何百倍とバスケをやってきた選手達を一瞬で抜き去っていった。悔しかった。何とかしたかった。でもそれ以上にこんな化け物をどうやって止めればいいんだって思いが強くなってしまう。勝てないんじゃないかって思ってしまう。明日の試合だってそうだ。別に勝ちたくないだなんて思ってない。勝ちたいさ。今まで何度も黄瀬に勝とうと必死に対抗策を練ってきたんだ。考えうる限り最善の提案が出来たと思ってる。でもあいつはいつも俺の先を行ってきた。俺のライバルも、立ち位置も、誇りも、全て手にしていった。そして明日もまた俺は皆失ってしまうんじゃないかって考えてしまう。わかるか? 戦うのが怖いんだよ。戦いたくないんだよ! 勝ちたいのに勝つ姿が思い描けない。次第に余計な考えが生まれてくる。——何度も夢を見るために考えた。どうして、どうしてあいつなんだ! どうして俺じゃない!? どうして俺はあいつ程強くなれないんだ! 俺達の努力なんて歯牙にもかけない進化する天才に! どうして勝てるだなんて信じられるって言うんだよ!?」

 

 胸中に渦巻いていたのは怒りや焦り、嫉妬、悔しさといった負の連鎖だった。それらを涙交じりに吐き出して、白瀧は荒い息をつく。

 白瀧とて勝利への渇望は当然あった。ただ、試合が近づけば近づくほど彼の心に巣くう闇が精神をむしばんでいく。絶望した時から多くの時間、そして体験を経て酷く歪になった感情になり果てていた。

 全てを言い終わって、白瀧は我ながら酷い男だ自己嫌悪する。勝手にいなくなって、勝手に自己弁護の声を上げて、それでもまだ心が晴れる事はない。ため込んだものを吐き出したはずなのに気が楽になるどころか己の浅はかさを自覚しただけだ。

 加えて先にも傷つけてしまったばかりの相手の事を、頼ってしまった相手の事さえも気にかけられない程の心の弱さが心底嫌になった。

 自分でさえ弁明のしようがないくらいの情けなさだと思う。これではそんな声を聞いた橙乃は尚の事、

 

「——大丈夫。あなたは、戦える。あなたは、勝てる」

 

 否。それでも彼女が、橙乃が白瀧を見放す事はなかった。

 

「……なんで。今の話、聞いてただろ?」

「だって、あなたが昔もう一度立ち上がった時だって、勝てると思ったからではなかったんでしょう? あなたは自分の為に戦えるような強い人ではないかもしれないけれど、誰かの為に戦える優しい人だから」

「ッ」

 

 何故だ。あれだけ自分勝手に負の感情を曝け出したというのに、どうしてまだ見放さないのか。

 

「……戦えた、として。それで勝てると言い切れるか? 今まで一度も勝てなかった俺が、ずっと進化し続ける天才に?」

「うん。あなたは勝てる。白瀧君が黄瀬君に負けるわけがない。……知ってる? 私が好きなのはお約束展開なの。鉄板とかご都合主義みたいとか言われる、主人公が最後に大団円を迎えるようなハッピーエンドが好き」

「はぁ? 何の話をしてる?」

「敗北を味わって、怪我をして、でもバスケを諦められないって思い悩んで泣き叫んだ。そうして今ここにいるのは誰? そんな白瀧君が物語の主人公じゃないなかったら嘘でしょう? だからあなたは絶対に負けない。主人公が因縁のライバルに負けることなんてないんだから」

 

 橙乃の言葉は全てがきれいごとだ。

 白瀧にとって都合のよい解釈を取る甘い密。そんなものにすがったところで何かが変わるわけではない。

 それくらいはわかっている。

 それなのに。

 ——ああ、駄目だ。どうも口論で彼女を上回れる気がしない。

 勝利を信じて疑わない彼女の言葉が白瀧の心を震わせた。

 やはり彼は誰かの想いに応えたいと願う人だった。

 

「……面白いことを言うな。たしかに主人公が負けてしまったら締めが悪くなるか」

「うん。だからあなたの勝利を信じて応援している」

「考え通りに行くとは限らない。努力が無駄になるかもしれない」

「でも実らないとも限らない」

「ああ、その通りだ」

 

 信じている人の前でその信頼を裏切ることなんてできるわけがない。

 

「それじゃあ、主人公はその期待通り勝利をヒロインに届けるとするか」

(だから、橙乃。俺は今ここで誓うよ)

 

 ——必ず勝つ。黄瀬に勝って、俺は今度こそ過去を乗り越えるとしよう。

 

 

————

 

 

 そして翌日。決戦の日が訪れた。

 国体一回戦、集結した少年男子の代表である47都道府県のうち多くの県が初戦を行う。

 IHと同様に各県の代表とあってレベルの高い選手が集った。どの試合もどちらが勝ってもおかしくない接戦が繰り広げられる。

 ——その中でも、やはりキセキの世代が所属する県は相手を圧倒していた。

 

「マッ、スルゥうううう!!!!」

「ごめんなさいね」

「無駄だよ!」

 

 京都府代表対長野県代表。京都府はIHを制した洛山の選手達がそのまま代表として選考され、前評判通り長野県の選手達を打ちのめす。

 無冠の五将と呼ばれる根武谷、実渕、葉山の三人が個人技で圧倒。皆二十得点以上を記録し、98対43というダブルスコアの大勝を収めた。

 

「よくやった。行くぞ、すぐに引き上げだ」

 

 この試合でも赤司の出場時間は無し。まだ彼は高校に入ってから公式試合で一度もプレイしていない。それでも彼が所属する高校王者・洛山高校は無敵であった。

 

「どっせーい!」

「すみません!」

「あらら。入ってもうたわ」

 

 そしてさらにもう一つ。キセキの世代が属する県で同じ時間帯に行われていた県があった。

 東京都である。

 こちらもIH準優勝した桐皇学園の選手達が試合に臨む。

 若松、桜井、今吉の三人を得点源に、前半から猛攻を仕掛けた。

 

「——知ってますよ。そう来ると思っていましたから」

 

 オフェンスだけではない。ディフェンスでもマネージャーである桃井が活躍。彼女の選手成長予測により、相手選手の動きを先読みし、攻撃を封殺する。

 香川県代表を攻守で圧倒し、104対57の100点ゲームで勝利。二回戦へと駒を進めた。

 

「ちっ。つまらねえ」

 

 試合が終わり、悪態をついたのは東京都のエース、青峰だ。

 彼も赤司と同様にこの試合には出場する事はなかった。最後までベンチに座り、そのままコートを後にする。

 IHで優秀な成績を残した強豪達。彼らはまだ余力を残したまま、一足早く先のステージへと昇っていく。

 

「皆さん、時間です。行きますよ」

「よしっ。全員準備はいいな! 勝ってこい!」

 

 さらに息をつく間もなく、次の激闘が始まる。

 おそらくは国体初戦の中で最も注目を集める試合。

 栃木県対神奈川県。

 IHでベスト8に残った選手達が集う。加えてどちらもキセキの世代に敗れての8強だ。本来はさらにもっと勝ち残っていたかもしれない。

 その為か、観客席である者がこう呟いた。

 “キセキに敗れたキセキ”、同じ境遇の者たちがしのぎを削ると。

 

 

————

 

 

「来た! 一回戦の中でも屈指の好カードが始まるぞ!」

「エース白瀧を含め、大仁多高校を中心に集められた混成チーム、栃木県代表!」

「対するは海常高校から全員選抜。スコアラー黄瀬を始め万能選手が揃う、神奈川県代表!」

「決勝戦でもおかしくない組み合わせだ。どうなっちまうんだ、この試合!?」

 

 国体一回戦、栃木県対神奈川県。

 両県代表の選手がコート入りする。

 初戦でありながら観客席から響く声は相当なものであった。

 

「始まるか。これはただの代表戦ではない。涼太と要、かつてはレギュラーを争った者たちの再戦でもある」

「正直、分があるのはどちらかと言えば総合力で勝る黄瀬の方だ。ただ……」

(白ちゃん、きーちゃん……)

 

 観客席の中にはすでに二回戦進出を決めている赤司や青峰、桃井の姿もある。

 赤司は変わらず冷静に選手達を見つめ、青峰は複雑そうに眼を細め、桃井は心苦しそうに息を吐いた。

 帝光の選手達にとって二人のエースの勝敗はそれだけ関心のあるものだ。これから対戦する、しないは関係ない。キセキの世代の中で最も因縁深いでろうこの戦いがどのような結末を迎えるのか。彼らの過去を知る者たちは目を離せなかった。

 様々な思いが渦巻く中、時間は止まることなく流れていき、いよいよ試合が開始する時となった。

 

「相手は全国の雄・神奈川県。しかし恐れる事はありません。皆さんの力は彼らにも匹敵する。それをここで示しましょう!」

「厳しい戦いになるだろうが、気後れはするな。お前達の力を発揮すれば必ず勝てる! 栃木代表の力を見せつけてやれ!」

『はい!』

 

 藤代と岡田。二人の指導者が声に力を篭め、選手に飛ばす。その声に負けないようにと選手達は声を返し、最後に整列の前に選手達が円陣を組む。全員が集結した事を確認し、主将・小林が活を入れた。

 

「俺たちは元々は敵同士だった。ここにいる者の中には思うところがある者もいるだろう。——だが、今はお互いを信じ、背中を預けろ! 敵は全国ベスト8の強豪だ、相手にとって不足はない! 俺達が競い、戦ったその力を全国に轟かせるんだ! 行くぞ! 栃木——ファイッ!」

『オオーッ!』

 

 いつもとは異なる面子、元々のライバル達へ向けて小林が叫ぶ。彼に続いて五人の選手が入場。決戦の舞台へ向かっていった。

 

「オールスター、そんなものは関係ない。うちはうちだ。いつも通りやれば問題ない。勝てるだけの練習をお前たちはしてきた! 行けっ!」

『おうっ!』

 

 対する神奈川県代表は監督の武内が厳しい顔つきで選手達を鼓舞する。

 皆見知った面子とあって息もぴったり合っていた。そしてこちらも笠原を中心に選手が集まり、試合開始前に最後の気合い入れを行う。

 

「監督の言う通りだ。混成チームが相手であろうと、俺達の実力が劣っているなんて事はねえ。いつも通りに叩き潰すだけだ。行くぞ! 神奈川、ファイ!」

『オウっ!』

 

 IHと同じ、海常のレギュラーが笠原を先頭にコート入りした。気迫は十分。あとは試合で決着をつけるのみ。

 

「それではこれより、一回戦第八試合。栃木県対神奈川県の試合を始めます」

「礼!」

『よろしくお願いします!』

 

 栃木県 スターティングメンバ―

 

 #4 小林圭介(三年) PG 188㎝

 #5 橙乃勇作(三年) PF 189㎝

 #7 ジャン・ディア・ムール(三年) C 204㎝

 #11 楠ロビン(二年) SG 190㎝

 #12 白瀧要(一年) SF 179㎝

 

 神奈川県 スターティングメンバ―

 

 #4 笠松幸男(三年) PG 178㎝

 #5 森山由孝(三年) SG 181㎝

 #7 黄瀬涼太(一年) SF 189㎝

 #8 小堀浩志(三年) C 192㎝

 #10 早川光洋(二年) PF 185㎝

 

 神奈川県はIHと同じ選手が並ぶ中、栃木県は様変わりした編成が組まれていた。

 

「えっ? 神奈川県はいつも通りだけど、栃木県は大仁多の選手が二人だけ?」

「後は知らない選手だな」

「この5人は栃木県予選でベスト5を獲得した人たちです。一応予想の一つとして考えてはいたものですね」

「ふーん。つまり、混成チームらしく個人技重視で固めたってわけやな」

 

 栃木を制した大仁多の選手が少ないことで、疑問に思う観客は多かった。特にIHで活躍した光月もベンチスタートというのが驚きだったのだろう。

 情報を持っていた桃井だけはあまり驚いた様子はなくチームメイトに説明をしていたが。

 

「——悪手やろ。神奈川、黄瀬君を相手にこの布陣は」

 

 彼女の発言を聞いた今吉は、栃木の取る戦術は自分たちを追い込むだけだと批判する。

 

「勝たせてもらうぞ、黄瀬」

「ん? ずいぶんと好戦的じゃないっスか、白瀧っち。でもそうはさせないっス。俺にだって負けられない理由があるんで。悪いけど——またあんたを倒す」

「……俺も同じだ。そして、今度こそ俺がお前を倒す」

 

 白瀧と黄瀬、両校のエースがさっそく火花を散らした。白瀧は昨夜こそ不安げな素振りがあったが、今はそれが考えられない程凛とした表情で。迎え撃つ黄瀬も戦意が高まった様相でいる。

 二人ともIHの敗戦を経て余計に背負うものが増えたのだろう。最後まで互いの想いをぶつけて、そして言葉を交える時は終了。今度は戦いで語る時間となった。

 

試合開始(ティップオフ)!」

 

 栃木県のジャンパーはジャン、神奈川県は小堀だ。どちらも精一杯ボールへ向けて手を伸ばす。

 

「モラッタ!」

「うっ!」

(さすがに、高い!)

 

 背丈で勝るジャンがジャンプボールを制した。ボールは楠が確保し、まずは栃木が攻撃を開始する。

 

「ナイス!」

「よしっ!」

「——行くぞ」

 

 ここからの攻撃は速かった。

 ボールを手にした楠は即座に行動を開始する。白瀧に勝るとも劣らないドリブルで神奈川へと襲い掛かった。

 

(ッ!? こいつ!)

(ドリブル速ぇ!)

「止めろ!」

 

 鋭い切り返しとスピードだった。途中でボールを奪う事は敵わず、神奈川は何とかブロックで止めようとマークにつく。

 しかし試合開始直後の奇襲とあって、対応は後手に回ってしまっていた。

 

(マークは散漫)

「ならば!」

「やはり最初はお前だ!」

 

 完全に神奈川が体勢を立て直す前に栃木は動いた。

 楠が敵味方の動向を確認すると、右サイドを走る小林へバウンドパス。さらに小林が素早く後ろへとボールを回し、白瀧の手に渡った。

 

「させねえっスよ!」

「いいや! 先も言ったはずだ。俺が、勝つ!」

 

 他の味方の動き出しが悪かった中、黄瀬は完全に白瀧をマークしていた。スピードに優れる白瀧を振り切らせない。

 されど、勢いがついたクロスオーバーは黄瀬でも反応する事は難しかった。

 白瀧が得意の切り返しで黄瀬のマークを突破する事に成功する。

 

「ッ! こんのっ!」

 

 それでも身体能力に優れる黄瀬だ。すぐに白瀧を止めようと意識を切り替える。

 すると白瀧がブロックさせまいと、フリースローライン近くで跳躍。黄瀬が戻り切るよりも早くレイアップシュートを放った。

 

「おおっ!?」

(ティアドロップか!)

 

 高い弧を描くこの軌道は、白瀧の得意技であるティアドロップだ。一度抜かれた黄瀬はもちろん、他の選手もヘルプが間に合わない。

 (栃木)2対0(神奈川)

 試合開始からわずか8秒。早々に白瀧が先制のシュートを沈めた。

 

「先制は栃木!」

「いきなりエースが決めた!」

 

 いきなり試合が動いて観客席も湧きあがる。特に得点が期待される選手が決めたという事でこの先の期待度も大きく上昇した。

 

「あっちゃー。さすがっスね」

「当たり前だろう。俺は勝つために来たんだ。あの時と同じだと思うなよ」

「ふーん。まあ——それなら俺も全力でやらせてもらうっス」

 

 得点を決めた白瀧は、軽口を叩く黄瀬に淡々と告げる。目つきからも彼の勝利に対する執念がうかがえる程の熱がこもっていた。無駄話はいらない、ただ倒すという意思表示だろう。

 その熱に当てられて、黄瀬も一段階力を入れようと集中力を高めた。

 

「キャプテン!」

「あ? 何だよ?」

「悪いっスけど、俺も一発いいっスか?」

「……ああ。どうやら向こうもそれをお望みのようだ。なら、お返しは早めにしておけ」

 

 黄瀬が笠松に次のオフェンスを任せてくれと頭を下げる。笠松も二人の因縁を少なからず聞いていた上に、先の攻撃もあってこの提案を了承した。

 神奈川の反撃が始まる。

 笠松、森山の二人がボールを運ぶ。

 栃木のディフェンスはマンツーマン。笠松に小林、森山に楠、黄瀬には白瀧、早川に勇作、小堀にジャンと同ポジションの選手がマークについた。

 笠松はゆっくりとボールをキープし続け機会を待ち、そしてその時が来ると一気に動き出した。

 

「行かせてもらうぜ!」

「ッ!」

 

 笠松が全速力のドライブで小林の横を突破する。中央へ侵入するとこれによりできた一瞬の隙を見逃さなかった。

 ヘルプに捕まる前にすぐにパスアウト。外の森山へボールを回し、森山もすぐに近くに駆け込んだ黄瀬へと攻撃を託した。

 

「こっちもお返しするっスよ!」

「ッ!?」

(来るのか!)

 

 力強い叫びと共に、黄瀬の体が大きく沈む。

 黄瀬のクロスオーバー。一瞬で切り返すとマークにつく白瀧の横へ切り込んだ。

 

「なっ、めるな!」

 

 だが白瀧はスピードに長ける選手だ。そう簡単に突破は許さず、黄瀬の横を並走する。

 

「いや、もらうっスよ」

 

 突破は出来ない。それでも黄瀬はお構いなしと言わんばかりであった。

 白瀧のマークが残る中、黄瀬はフリースローラインの手前で跳び、山なりにボールを放り投げる。

 

「ぐッ!?」

「まさかこれは、さっき白瀧が見せていたティアドロップ!?」

(本当に、見たばかりの技を——!)

 

 高い軌道には白瀧のブロックも届かない。

 先ほど自軍のエースが見せた技を相手がすぐさま披露した事により栃木の選手達が驚く中、黄瀬が撃ったシュートがリングを射貫く。

 (栃木)2対2(神奈川)

 幸先よく先制した栃木であったが、神奈川もすぐに同点に追いついた。しかも、相手に多大なプレッシャーを与える形で。

 

「これが、黄瀬の模倣(コピー)か!」

「本当に白瀧と同じ技を同等のレベルで決めやがった!」

「……同等? 本気ですか? 冗談でしょう?」

「えっ?」

 

 ベンチでも選手が皆騒然とした。相手の能力は知っていたが、眼前でみた事でさらにその脅威が明白に映る。

 ただ、そんな彼らよりも藤代が抱いた感情は強いものだった。 

 

「同等なんてレベルじゃない。高さ、シュートタッチ、ボディバランス。技の完成度が黄瀬さんの方が上だ。あれはもはや——原点(オリジナル)を超えた、天才(キセキ)

 

 同じシュートでもその熟練度で優れていたのが、真似したはずの黄瀬の方だったからだ。

 技の持ち主よりさらに勝った力を発揮する天才。

 事前に選手から話を聞いてわかっていても、常識を容易に上回る存在を目にし、藤代の冷や汗は止まらなかった。

 

「勘違いしないで欲しいっス。確かに白瀧っちのバスケに対する情熱とか、絶対にやるんだって覚悟は認めてる。だけど……」

 

 黄瀬は自分に向かってくる相手に敬意を示しながらも、一度言葉を区切ると残酷な真実を告げる。

 

「あんたに負けるだなんて思ってない」

「ッ!」

「あんたじゃ俺に勝てないっスよ、白瀧っち」

「黄瀬テメエェッ!!!!」

 

 ——ただの思いや信念では才能は越えられない。

 冷たい視線が白瀧を射貫いた。

 まるで過去の再現であるかのようなプレー、言葉の連続で。白瀧は怒りに染まった咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「……むにゅ?」

 

 何だ? 今までの雰囲気を全て台無しにするような、変な感触は?

 突然の背後からの柔らかい衝撃は経験のないものだった。心当たりが思いつかず、そっと顔を上げて視線を後ろへと移す。

 するとそこにあったのは大仁多の、今は栃木県選抜マネージャーの橙乃が二つのゴムボールを俺の背中に当てている姿で。

 

「かわいい女の子だと思った? 残念——」

「裏切ったな! 俺の気持ちを裏切ったな!」

「えっ」

「返せよ! 純粋な少年の期待を! 返せよ!」

「よくわからないけどごめん」

 

 期待してたんかい。


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