黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百三話 進化する天才

「ッ! 黄瀬テメエェッ!!!!」

 

 黄瀬の挑発を受け、白瀧が叫ぶ。

 今にも飛び掛かりそうな激情が篭った声色だった。開始直後にかつての厳しい思い出を再現させられたのだ。無理もないことだろうと誰もが考える。

 ——されど体ではこれだけ強い反応を見せても、白瀧の頭は冷静さを保っていた。

 攻撃に成功した神奈川の選手達が速攻に対処するために自陣に戻ってから、白瀧は栃木ベンチに向けてハンドサインを飛ばす。

 

「……橙乃さん」

「はい。続行、問題なし、です」

「そうですか。よかったです。黄瀬さんが予想通りに予想を超えてきたのでどうなるかと思いましたが。彼が無事ならばタイムアウトは問題なさそうですね」

 

 藤代が橙乃に聞くと、白瀧は試合前と変わりないと報告した。

 それならよいと藤代は息をこぼす。もしも彼が苦しい様子ならば一度試合を止めようかとも考えていたが、その必要はないと判断したのだ。

 

「では橙乃さん、ここから先は」

「わかりました。西條先輩、しばらく記録の方などお願いします」

「ええ。こっちは任せて」

「お願いします。私は見る事に専念します」

 

 ならばと栃木は作戦を続行する。監督の指示により、橙乃は集中力を高めてコートへと視線を戻した。ワンプレーも見逃さないと神経を注ぐ。彼女の視線の先には海常の強いては神奈川のエース、黄瀬の姿があった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 黄瀬がいきなり見せつけた彼の力、“模倣(コピー)”。彼はどんな技であろうとも、たとえ今見たばかりの技であろうともそっくりそのままお見舞いする。

 例外はキセキの世代のように真似する事が困難な選手のプレーくらいだ。そうでなければ黄瀬は相手よりもさらに高い威力でお返しする。相手が自分の技を自分よりも上回るレベルで繰り出す為に、対戦相手が受ける精神的ダメージは大きなものとなる。

 これを攻略するためには黄瀬が真似できない技を見せるか、純粋に基礎能力で上回るくらいしかないのだが。

 ——相手はキセキの世代。全国最強の一角。そのように単純な話ではなかった。

 

「全国デビューだ。遠慮なくやらせてもらうぜ!」

「んがっ!?」

 

 ゴール下、勇作がパワードリブルで早川を押し込んでいく。

 強引な攻めに早川も堪えようと力を篭めるも、勇作はタイミングをうかがってロールターンから即シュート。早川の指先を超えてシュートを沈めた。

 

「ああっ!」

 

 一対一の仕掛けならば負けないと、初の全国とは感じさせない動き。序盤から栃木は攻める姿勢を見せていく。

 

8番(小堀)。ポジション取リモ含メ、ディフェンス厄介ダナ)

「ナラ!」

「よしっ!」

 

 彼だけではない。ジャンがインサイドでディフェンスを引き付けると、外へパスアウト。走り込む楠へとボールを回した。

 パスを受けた楠が森山のブロックを受けながらシュートを放つ。普通のシュートよりも早いタイミングで放たれたボールは、相手のブロックを寄せ付けなかった。

 

(くそっ! シュートモーションが早い!)

 

 森山が後ろを振り返った先で、楠のスリーがリングを潜り抜けていく。

 全国でも名の知れた神奈川を相手に、栃木の個人技に優れた選手達が、それぞれの武器を活かして活躍していた。

 

「させないっすよ!」

「ッ!」

 

 対する神奈川もやられてばかりであるはずがない。

 黄瀬が白瀧のレイアップシュートを叩き落とすと、ボールを拾って反撃に移る。笠松から始まった速攻。栃木は笠松に小林が当たると彼の切り込みを防ぎ、シュートも指先で触れて一次速攻を防いだ。

 

(さすがブロックの高さもありやがる!)

「だが、リバウンドならうちには奴がいるんだよ!」

 

 攻撃を防がれた笠松だが焦りはない。神奈川のインサイドにはリバウンドならば全国でも随一の男、早川がいるのだから。

 

「んがあああああ!」

「ぐっ!」

(こいつ! 抑えていたのに!)

(クソッ。オフェンスリバウンド!)

 

 勇作、ジャンという栃木の屈強な男達とのリバウンド争いを制した早川。着地すると、同じくリバウンドを確保しようと近くにいた黄瀬へとパスをさばく。

 ゴールに近い位置から黄瀬はピボットによる方向転換をした。白瀧をかわしてゴールに正面を向いて跳躍し、右腕を大きく振りかざす。

 

(今度はジャンのピボットターンからのワンハンドダンク!?)

「このっ!」

「舐メルナ!」

 

 これも先ほどジャンが見せていた一連の流れだった。

見せたばかりのプレイだ。そう簡単にダンクなんてさせるものかと、勇作とジャンが再び跳ぶ。

そして長身二人のブロックを吹き飛ばす黄瀬のダンクシュートがゴールを揺らした。

 

「なっ!?」

「馬鹿ナ!」

 

 二枚のブロックをものともしない。技術だけではない。パワーも元々シュートを放ったジャンよりも強いものだった。

 

「……あかんなあ栃木。今のところは五分五分かもしれんが、そろそろキツくなるやろ」

「栃木の選手達は個人技で得点を重ねていますが、その個人技を見せれば見せる程きーちゃん——黄瀬君に吸収されていきます。このままではジリ貧でしょう。加えて、インサイドも栃木は7番(ジャン)こそ圧倒していますが、他の二人は神奈川の方がリバウンド争いでも活躍しています」

「特に神奈川は10番(早川)がな。あいつは俺達(桐皇)の時もリバウンドで荒稼ぎしやがった」

 

 ここまでの第1Qの流れを見て、厳しいのは栃木の方だろうと呟いたのは今吉だ。桃井や若松も同じ考えのようで彼の意見に同調する。

 栃木、神奈川はどちらもマンツーマンで同じポジションの選手が相手をする形となっている。現状は高さのある小林が笠松からゴール下へのボールの供給を難しくしているおかげである程度神奈川の攻撃パターンを限られている状況だ。

 しかしリバウンドを得意とする早川の存在が厄介だった。多少攻撃が厳しくてもシュートを撃てば彼で立て直す事が出来る。加えて一対一の攻撃が主になっている栃木は、次々と黄瀬に模倣(コピー)されていく。白瀧以外の選手も例外ではなかった。

 

「だが、さすがにそのまま見過ごすような監督ではないだろう」

 

 確かにこのままの流れでは第1Qは神奈川が制する可能性が高い。

 ならばここで動くだろうという赤司の読みが当たった。

 序盤から4点のリードを許す栃木がこの試合初めてのタイムアウトを取る。一度選手達の熱くなりすぎた熱を冷やし、作戦の練り直しを図る。特にこの試合のように選手が一対一のオフェンスが多く、単調になりがちな試合展開ならばなおさらだ。

 作戦会議の一分が経過。

 選手達が再びコートに戻り、栃木の攻撃から試合が再開される。

 さすがにここからはワンマンプレーは減る。そう観客は思っていた。すると彼らの予想を裏切るように、パスを受けた白瀧が果敢に切り込んでいく。

 

「なっ!?」

「白瀧?」

「また黄瀬に真っ向勝負を挑んだ!?」

 

 腕の振りのフェイクを交えて黄瀬を揺さぶると、斜め45度の位置から敵陣を切り裂くようなドリブルを見せた。

 慎重に試合を作り直すと考えていた観客は驚きの声を上げる。

 

「俺は必ず勝つ!」

 

 そんな中、白瀧は止まらない。さらに前進し、黄瀬が追いついた直後高速のバックロールターン。もう一度マークを振り切ってレイアップシュートを沈めた。

 

「決めた。が……」

「あのバカ。まさか黄瀬との試合って事でヤケになりやがったのか?」

 

 得点こそ上げたものの、再開直後の白瀧のワンマンプレーと映る光景に、青峰が舌打ちする。

 ただ闇雲に挑むだけでは駄目だ。何かしら対抗策を打たなければ倍返しを受ける。これはこの試合でも明らかになっている事なのだから彼とてわかっているはず。それでもまだ黄瀬に一人で挑んでいく白瀧の行動は、青峰の目には無謀な挑戦に見えた。

 

「らしくねえな、小林」

 

 対戦相手も同じ考えなのだろう。ボールを運ぶ笠松はドリブルを続けながら、対面する小林に告げる。

 

「確かに仕方ねえ事なんだろうな。普段のチームと違って、敵だった選手も集めた混成チームとなれば選手間のコンビネーションもまだまだだ。どうしても連携に穴が出るだろうから各々が得意のプレーをした方が良い結果になるって考えか? だがな——」

「ッ!」

 

 

 そこで笠松は言葉を区切り、大きく切り返した。

 

(やはり速い! しかし——!?)

 

 全国でも屈指のドリブルスピードを誇る笠松だ。すさまじい動きであった。

 侵入させるものかと小林がついていこうとするも、進行先で森山がスクリーンを仕掛ける。

 

(スクリーン!)

「スイッチ!」

「任せろ!」

 

 奇襲を受けたものの、勝負慣れしているだけあって栃木の対応も速かった。即座にマークが入れ替わり楠が笠松を追う。

 

「かかったな!」

「ッ!?」

「悪いな」

(最強の選手達を集めたチームが最強とは限らねえ!)

 

 直後、スクリーナーであった森山が外へポップアウト。フリーの状態でスリーポイントラインの外へ出た。

 

(ピック&ポップ!)

「くそっ!」

 

 小林は全力で駆け出した。長身を生かしたブロックを試みるも、森山は独特なシュートフォーム、回転の悪いシュートを放つ変則シューターだ。タイミングを乱されてしまい、彼のスリーが炸裂する。

 

(どうしてこのシュートが入るんだ!?)

 

 上手いとは言い難いシュートだ。だが三点という大きな成果を生み出した。全国に何度も出場している小林でさえ、このようなシュートは見た事ないと目を疑う。

 笠松と森山、綺麗な連携を見せる神奈川。個人技で挑む栃木とは対照的な得点の場面であった。

 

「決まった! 黄瀬だけじゃない。今度は連携で得点した!」

「いいぞ、森山。ナイッシュ!」

 

 観客席と神奈川ベンチが得点に湧き上がる。

 士気が高いのも神奈川であった。先制こそ栃木に許したものの、その後は神奈川がリードを保ったまま第1Qを戦い抜いている。エース黄瀬を主体に選手が活き活きとプレイしており、試合を優位に進めていた。

 

「これで決めるっスよ!」

「このっ!」

 

 そして残り時間10秒。おそらくは第1Qのラストプレイとなるであろう時間帯。

 ボールを持ったのは黄瀬だ。小堀からパスをもらうと、シュートフェイクを交えてインサイドへ切り込んだ。

 鋭いキレのクロスオーバーで切り返すドライブ。白瀧は突破こそ許さないが、ボールを奪う事は出来なかった。黄瀬はゴールに直進し、そのままダンクを狙う。

 

「させるか!」

 

 得点は許さないと白瀧の懸命なブロックがシュートコースを塞いだ。

 

「邪魔っス!」

「ぐぅっ!」

 

 しかし、勇作の動きよりもさらに威力が高まったダンクは白瀧を容易に吹き飛ばす。

 第1Q終了のブザーと同時に黄瀬のダンクシュートが炸裂した。

 

「ブザービーター! 黄瀬が最後にもう一本決めた!」

「強いぞ神奈川! あの栃木を圧倒にしている!」

「これは早くも試合が決まったか!? エース対決、黄瀬が圧巻すぎる!」

 

 最後の派手なプレーはこの第1Qを象徴するかのようで、この試合始まって一段と大きな歓声が上がる。

 第1Qが終了し、(栃木)15対25(神奈川)。得点差は10点。試合が進むにつれて得点差は大きくなっていた。

 白瀧と黄瀬、両校のエース対決の勝敗がそのままチームの得点に現れている内容だ。

 この時点ですでに黄瀬は12得点を挙げていた。一方の白瀧は6得点と黄瀬に二倍の数字を離されている。

 黄瀬のダンクにより蹴散らされた白瀧はいまだに立ち上がれず、コートに視線を落としていた。彼の苦しい現状を表しているようだった。

 

「悪いっスね。もうこの試合はもらったっス」

「……何だと?」

 

 すると、そんな白瀧に対して得点を決めた黄瀬が淡々と告げる。

 

「確かに中学の時より白瀧っちの技術は上がってる。けど俺はそれをすぐに倍返しできる。加えて、俺の方が基本性能(スペック)が上だ。……紫原っちの時のようにはさせないっスよ。白瀧っちに勝機はない。悪いけどこれが才能の差ってやつっス」

 

 まさに昨晩に白瀧が不安視していた事をそのまま口にされているようだった。

 黄瀬に悪気はない。ただ彼が考える正論を告げている。だからであろうか、白瀧も言葉を返す事はなく再びその場で俯いた。

 

「白瀧」

「残念だったな小林。悪いがもうこの試合、白瀧の出番はねえよ。うちのエースの勝ちだ」

 

 そんな白瀧を気遣おうと歩み寄る小林に、笠松が意気揚々と語る。

 笠松もこの時に勝利を確信していた。これだけ互いの最強選手の間に差があるとなれば、神奈川の勝ちは揺るがない。相手の戦意をへし折るように告げ、ベンチに引き上げていく。

 

「おい白瀧。この試合のお前の出番はもうないそうだぞ」

「……そうですか」

 

 敵の主将に告げられて——小林と白瀧は不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうでしたか、橙乃さん」

「はい。やはり事前に話していた通りでした」

「そうですか。ならば——決まりですね。第二Qからは反撃と行きましょう」

 

 そして栃木ベンチでも似たような反応が起きている。

 藤代はここまで試合を見ていた橙乃に問うと、彼女が観察していた選手——黄瀬の動きが試合開始前に考えていたものと同じであったと結論づけた。

 すると藤代もいつも通りに笑う。

 まだ試合の行方は決まっていない、ここからが栃木の本領発揮だと、そう語っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「おい白瀧。この試合のお前の出番はもうないそうだぞ」

「……そうですか」

 

 敵の主将に告げられて——小林と白瀧は不敵な笑みを浮かべた。

 

《相手が自分から負けフラグを立ててきた!》

 

 そういう事を言うのはやめなさい。




ピック&ポップ:ボールを持った選手がスクリーナーのいる選手の方向に切り込み、その後スクリーナーが外側にポップアウト(アウトサイドに飛び出す動き)してボールを受けるスクリーンプレイ。

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