「――アシスタントコーチ、ですか?」
勇が東雲さんが言った言葉を確認するように聞き返した。
……アシスタントコーチ。練習や公式戦において、監督の補佐として共に選手に指示を出したりしてチームを支える大事な役職である。
「ええ。私は試合ではマネージャーとしてではなく、アシスタンスコーチとして参加することになっているの」
「去年から葵にはその任についてもらっていてな。今年も橙乃がマネージャーとなってくれたこともあるし、継続して彼女にはコーチとして試合に望んでもらう予定だ。
「……そんなことが可能だったんですか?」
たしかにその方が喜ばしい。しかし不信感を抱いているような言い方をする西村ほどではないのだが、俺も疑問に感じてしまう。
正直な話、俺には裏技のようにしか聞こえない。マネージャーならともかく、監督やコーチとなると本来は学生が務めるものではない。そんなことがまず認められるのか、とても楽観視はできない。
「問題はないさ。正式な申し出をして通ったことだし、事実去年も東雲は何も通達されていない」
「それに、前例がないわけではないのよ? コーチとして選手がベンチに入ったこともあるそうだし、今だって東京都では女子高生が監督として出場している高校があるって聞いたことがあるわ」
「漫画の世界だけじゃなかったんですね、それって」
だがいらぬ心配だったようだ。ここまでこの二人が太鼓判を押しているというのだから俺達が気にすることではないのだろう。
……女子高生が監督として試合に出ているという話には驚いたが。それこそ本当に漫画の世界のようだ。
「ま、よかったじゃんか橙乃。これでお前も何も気に病むことなく、皆と試合にでれるってことだ」
「ああ。だから明日も大仁多のマネージャーとしてしっかり頼むぞ!」
「……は、はい!」
小林さんが肩に手を置いて、彼女への期待をこめて言い放つ。
また橙乃もそれに応える様に明るい声で、小林さんの目を見て言った。
……いやー、やっぱり小林さんは凄いな。一つ一つの言葉に重みがあるというか、さすがは主将って感じだ。赤司は同年代だったためか、あいつとはまた違ったものが感じられる。頼りになる先輩というのはやはり良いものだと改めて感じる。
「おめでとさん、橙乃」
「あ、ありがとう白瀧君」
「いや、俺は何もしてねえって。……さて、それじゃあ俺は次の授業の準備を任されているのでお先に失礼します」
同級生たちに一言言って、先輩達にも挨拶をした後俺は席を立った。
……橙乃が無事にベンチ入りか。だとしたら、肝心の選手である俺らがベンチ入りしないわけにはいかないよな。
まだ午後の授業も残っているし、部活までは時間がある。
しかしいつも以上に俺は早く時間が過ぎてほしいと強く思ってしまうのだった。
――――
そしてその日の午後。
秀徳との練習試合前日、最後の練習が行われていた。
ロードワークや基礎練、コンビネーション練習などを終えて、最近は毎日のように行われているハーフコート5対5が繰り広げられていた。。
一軍の選手達は誰もが『自分がレギュラーの座を掴むのだ』という意気込みをプレイで見せ付けるように、いつも以上にキレのある動きを見せている。藤代もまた、彼らの動き一つ一つを見逃すまいとその眼光を光らせていた。
その視線の先は現在、AチームとBチームの方へと向けられている。
オフェンス側である中澤がマッチアップしている小林に半身を向けながらドリブルを続け、隙をうかがっている。……しかし、全国区の実力を持つ小林はその些細な隙さえ与えず、常にプレッシャーをかけている。
「……中澤さん!」
「っ! ――よしっ!」
そんな中、お得意のスピードで佐々木のマークを外れた白瀧が声を出し、バウンドパスを受け取った。
すぐさま佐々木が詰めるものの、白瀧は受け取るや否やその腕を振るい、ゴール下の光月へとパスをさばく。ボールを持っている時間が短かったがために、佐々木はそのパスに反応できない。光月は松平に背を向けた状態でパスをもらった。
藤代の判断により、チーム交換となった両名。しかしそれでも彼らが対決するということには変わりない。
「さあこい、光月!」
「……はい!」
光月のポストプレー、第一段階は成功した。
相手を待ち構えるように、大きく手を開きながら松平は声を張り上げる。
しかしその声に威圧されることなく、光月もまた力強く声を出す。
現在ポジション争いが激しい一軍メンバーの中、その中でも未だに勝負が明白にはついていない者同士の対決だ。否でも応でも彼らの気迫は上昇していく。
(光月、たしかにこいつのパワーは俺でも勝てない。純粋なパワー勝負では厳しい。……しかし、その代わりこいつはシュート精度に難があるせいで最初に必ずぺネトレイトしてくる。だからこそそこを狙う!)
松平の目が鋭く光る。腰を落とし、いつでも反応できるように体勢を整えた。
今光月がいる場所はペイントエリアギリギリの場所。今までの対戦から、彼のシュート精度が高くないということはすでにわかっている。ゆえに彼のドライブインに最大限の注意を払い、集中力を高めた。
……だが、光月は相手が警戒しているということを察すると、その場で軸足を中心に回転してリングの方向へと体を向け、そのままジャンプシュートを放った。
「なにっ!? (そのまま直接撃ってきただと!?)」
――ターンアラウンドシュート。インサイドでプレーする選手が多用する技ではあるが、今までは一度も使っていなかったがために意表をつくことができた。
驚きながらも、それでも対応を忘れる事無く松平はそのままブロックに飛ぶ。
練習とは比べ物にならないほどの条件だが、それでも光月は迷う事無くシュートを撃つ。
手からボールがリリースされ、松平の指の上空を通過していく。
両チームのセンターである黒木と三浦、さらに白瀧がゴール下でリバウンドを狙うものの……彼らの出番はなかった。ボールはリングを潜り抜け、光月の勝利を示した。
「……よしっ!」
「よくやった、明。ナイッシュ!」
ゴール下で小さくガッツポーズする光月。そんな彼を讃えるように白瀧も声をかけた。
「……くっ!」
「ドンマイ、松平」
「わかっている。(やつにミドルシュートはないと勝手に判断していた。その結果がこれか……!)」
そんな彼とは対照的に松平は自分の甘さに腹が立ったのか、握っている拳が震えている。
チームメイトの小林の声も彼の怒りを静めるということにはならなかった。
「……練習の成果、ですね」
その一連の動きを見て、藤代が呟いた。
放課後光月がひたすらシュート練習を繰り返していることは藤代も知っていた。
今日まで中々結果に現れることはなかったものの、ここで松平ほどの選手を相手に見事に決めたのだ。この一発は藤代の中での光月の評価を一気に上昇させた。
「よし、一本決めていくぞ!」
攻守を入れ替え、ボールを受け取った小林が自チームを鼓舞する。
3,4回とドリブルを繰り返し……そしてそのままドライブイン。速度を一気に上げていく。
「……くぅっ! 小林、さん……!」
マークについていた中澤がすぐさま体を反転させるも、止めることができない。やはりここで身体能力の差が大きく響いたようだ。
すぐさま白瀧がヘルプに入り、小林の行く手を塞ぐ。
それを見て小林はスペースに駆け込む味方選手を確認し、横へビハインドパス。さすがに背中を通すパスは止められず、白瀧が即座に視線をその先に向けると、佐々木がフリーの状態になっていた。
「ナイスパス!」
「……くそっ!」
ボールを受け取った佐々木はそのままフォームを整え、ジャンプする。
……が、そう簡単にはいかない。白瀧は相手が体勢を整えている間に距離を詰め、ブロックに飛んだのだ。
「なに!? ……速い!」
「俺はそんな簡単に点をやらない!!」
「……まだだ!」
このまま撃てば間違いなく叩き落とされる。しかしここで攻撃そのものはやめない。
佐々木はセットしていた右手を下げ、そのまま山形にボールを遠くへ浮かせた。その先にいるのは、チームメイトである神崎。
「よっし、任せろ!」
跳躍し、両手でがっちりとボールを確保する。
神崎も最近はあまり良いところを見せられていない。ここで一つ形を残したいと意気込みはばっちしだ。
「いいや、そう簡単にはやらせねえよ!」
「……があっ!?」
しかし神崎が両足で着地すると同時に、彼の体の間から何者かの手が伸びてきて、ボールをはじいてしまった。
スティールを実行したのは山本。神崎の着地の瞬間を狙ってのスティールであった。
攻撃でも守備でも要所要所で働いてみせる副主将、見事なものであった。
「ボールはまだ生きている!」
ボールの行き先を見た白瀧が叫ぶ。
まだサイドラインを割っておらず攻撃権は移っていない。
小林と中澤が急いで奪取に向かう。……そして再び小林の手に渡った。
「……まったく。手ごわいやつらだな」
「……同感です」
腰を落として視線を交わす二人。
すでにこの二人の勝負はついているのかもしれない。だがしかし、司令塔としてチームを支える選手として一瞬たりとも力を抜くわけにはいかなかった。
再び彼らの間で火花が散る。
小林が視線をチームメイトへ向けた。
神崎、佐々木の両名はスピードに優れた敵ディフェンスのマークが厳しい。
黒木は技術が優れているということを利用して黒木を押さえ込んでいる。
そして松平は光月のマークを振りほどくべく動き回っていた。
今のところ確実に得点へと繋げるならばインサイドの二人へとパスをさばくことであろう。
「……ならば後は、やるだけだ!」
一度判断したのならば迷わない。
小林は右にボールをはじいた後再び左へと返し、そのまま切り込んでいく。動きのキレの鋭さのためか、中澤がフェイクだと気づいたときにはすでに小林は自分のマークを外れていた。
小林がフリーのままシュートモーションに移る。
すると先ほどと同様、白瀧が反応しこちらに詰め寄ってくる姿が見えた。
「だろうな。そう来ると……信じていたよ!」
だからこそ、小林は飛び上がるとすぐさまボールを斜め下へ打ち出した。
ボールはバウンドし松平の下へとわたる。……再び二人の対決を迎えることとなった。
受け取るや否や、松平は相手に反応さえ許さないといわんばかりにゴールへ体を向けると、やや後方へと飛び、距離を開けながらシュートを放つ。動作が短かった上にフェイダウェイシュートで相手との距離を離した。これならとめられない。
「させるかっ!」
「な……っ!?」
しかし、気がつけば松平の視界は巨体で塞がっていた。
光月は松平の動きに反応しブロックに飛んでいたのだ。
跳躍力が凄まじいのか、光月の指がボールを触る。ブロックに成功した。
その結果ボールはリングをくぐることはなく、数回リングとボードに激突する。
「くそっ、リバウンドだけは絶対に……」
「取れるつもりか? ……甘いな」
ゴール下では両センターの一騎打ちが飛ぶ前に行われていた。
……しかし、黒木の体を上手く使ったスクリーンアウトの前に、三浦はどんどんポジションを奪われていく。
「……ちいっ!」
それでも飛ばなければならない。
三浦と黒木が同時に地を蹴る。……しかしやはり最初の立ち位置のせいか、ボールは黒木の近くへ落ちてくる。
「そうはさせるか!」
「「なにっ!?」」
そしてやはり黒木がボールを確保しようと思われた瞬間、予想外の出来事が起きる。
先ほどブロックに飛んだはずの光月が目の前に現れ、二人よりも先にボールを確保したのだ。
「……光月」
「(こいつ、着地と同時に走り出してやがった! それでも黒木を抑えてリバウンドを取るなんて……))」
二人は驚愕し、表情を固くした。
それは周囲の選手達も同様のようで、藤代もこのときだけは光月一人にのみ視線を注いでいた。
――――
「――本日も皆さんお疲れ様でした。
やれることはやりました。後は明日の練習試合でぶつけるだけです。
今日までの皆さんの動きを見て、明日のメンバーは決定します。皆さん、期待して待っていてくださいね」
それでは後は頼みます、と小林に言い残して藤代はその場を去っていく。
小林の締めの挨拶が終わるとしばらくして再びコートからはボールがバウンドする音とバッシュがコートを蹴る音が聞こえてきた。いつもよりも音が少ないものの、皆最終調整ということで各々やっているのだろう。ならばそれは選手それぞれであるし、気にとめることではない。
「――さて、どうしたものでしょうかね?」
体育館内にある一室、監督室で藤代は呟いた。
誰に向けられたものでもないそれは自分に対する問いであったのだろう。
その先の言葉は言うまでもない。『明日の登録選手』のことである。
「少なくとも12人は一軍の中からのみ選抜する。これはすでに確定事項だ」
机の上に20人の選手の名前が書かれた、丸い白い駒が置かれる。
書かれているのは全員一軍の選手。これから選ばれる可能性を持った強者だ。
(……そしてその中でも10人はすでに確定。まずこの中から
さらに藤代は20の駒の中からさらに10個の駒を選出した。
AチームとBチームの選手達。藤代が特に目をかけていた、大仁多高校の中でも最強メンバーと言ってもおかしくない10人だ。
「まず一人目。……小林圭介。ポイントガードとしてもフォワードとしても活躍できる彼は間違いなくスターターだ。去年の秀徳のことを誰よりも知っているし、誰よりも雪辱に燃えている」
最初に手にとったのは小林圭介と書かれた駒。
その駒をバスケコートが描かれている盤の上へと置く。
妥当な人選であろう。主将としても選手としても一流であり全国区と謳われている彼は選ばれて当然だ。背番号4を背負って戦うにふさわしい逸材である。
「そして二人目。……白瀧要。オフェンス・ディフェンス問わず活躍し、緑間君のことも熟知している。その逆もあるものの、キセキの世代と渡り合える数少ない選手だ」
次に白瀧を示す駒へと手を伸ばし、盤上へ設置した。
期待の即戦力ルーキーとして入部し、その期待に答えて躍動している白瀧もまた当然のように選ばれた。
一度同じポジションである佐々木の駒を一瞥し、何か考え事をする仕草が見受けられたものの、すぐに思考を選手選抜へと移す。
「三人目。……黒木安治。高い身長と優れた技術の持ち主。大仁多のインサイドを支えるのは彼だ。秀徳の大坪君と渡り合えるかはわからないが、……それでも、センターとしては彼がうちの一番だろう」
続いて黒木安治の駒が盤上へと移された。
同じ2年生センター・三浦と激しい争いを繰り広げ、終始リードしていた黒木だ。義理堅い彼のことだ、三浦の分までゴール下を守ってくれるだろう。
「ここまでの三人はすでに方針として決まっていたこと。
……問題はあと二人。シューティングガード、そしてパワーフォワードだ」
視線を盤上から残っている四つの駒へと写す。
神崎、山本、松平、光月の四人を示しているものだ。
「……本来ならば、SGは山本君だと迷わず選ぶだろう。シューターとしての能力もそうだが、彼はディフェンスも上手い。速さを生かしたドライブもあり、副主将というチームを支える役割からしても彼は適任だ。
だが、彼は波が激しい。調子が良い時はとことん決めてくれるものの、不調の時はまったくといってよいほど入らない。安定性にかけるというのが欠点だ。……現に去年のWC、秀徳戦での彼はひどかった」
山本の長所と短所を客観的に述べ、昨年の姿を思い浮かべるように瞳を閉じた。
WC対秀徳戦。当時レギュラーであった山本はその日も当然ながらスターターとして出場した。
……しかし、今までチームの得点源となっていた彼の姿はそこになかった。
試合開始から4連続でシュートをはずし、結果としてその日の彼の得点はフル出場ながら11得点で終わった。
「それに対して神崎は一年生と経験が浅く、選手としての実力では劣っている。
しかしその分彼は安定感があり、平均して得点を重ねる。……また白瀧君との相性も良い。果たしてどうするか……」
そしてもう一人のシューター候補、神崎のプレイスタイルについても頭を悩ませた。
各々が長所と短所が存在し、どちらを選んでもやはり秀徳を相手にする以上は覚悟しなければならない。
ゆえに監督として最も可能性のある選択をしなければならなかった。
藤代は一度視点を元に戻して考え直すため、SGの話はおいておいてもう一つのことを考えることにした。
SG同様に悩みの種となっているポジション、
「松平君も今年三年。全国を知っているということもあってやはり彼が適任のように思える。
しかし光月君もかなりの素質を持っている上に成長が著しい。実戦経験の少なさがあるものの、試してみる価値はあるというものだ」
こちらも三年と一年。どちらか一人しか選べないとはいえ、どちらも選んでおきたいところではある。
特に光月については未知数であった。当初こそ実力・経験の面から松平の選出を考えていたものの、最近の様子から実戦で全国区の相手と戦い、彼の進化を見てみたいという思いがある。
「……さて、困ったものですね。これだから監督というものは苦労が絶えないんですよ」
選択肢が多いというのも大変だ、と呟きながら再び思考をめぐらす。
誰かを選ぶということは誰かを落とすということ。そんな簡単に決めて良いことではない。
それを知っているからこそ、藤代は何度も何度も考え直し、大仁多の最高・最強メンバーを選んでいくのであった。
――――
練習試合当日。
俺達はいつもよりも朝早くに登校し、行動を開始した。
軽い練習で汗を流し、感覚を確かめたらあとは会場の準備だ。
パイプ椅子を出したりモップがけをしたりと次々と準備を整えていく。
……そして全ての準備を整え、後は秀徳高校を出迎えるだけとなった今。
俺達は藤代監督によって全員が呼び出されていた。その理由はもうわかっている。
「――これより、今日の練習試合に出場するスターティングメンバーを発表します。
名前を呼ばれた方から返事をして前に出てきてください。東雲さんからユニフォームが配布されます」
藤代監督が真剣な表情で宣告する。監督もかなりの時間を費やして考え抜いたのだろう。
――そう。出場メンバーの発表だ。今日この中で戦える数少ない選手。それがようやく発表される。
橙乃より一つのボードを受け取り、高らかに選手の名前を発表する。
「――4番、小林圭介!
「はいっ!!」
名前を呼ばれ、小林さんが堂々と答えて前に出る。
ユニフォームを受け取り、表情を崩す事無くいつもの真剣な表情で俺達と向かい合った。
……まあ、小林さんほどの人がこの程度では浮かれたりしないか。むしろ誇っているように見える。
選ばれなかった中澤さんも、悔しがるどころか自分のことのように嬉しそうだ。よほど慕っているのだろう。
「――5番、黒木安治!
「……はい」
ずっしりとした、図太い声を出したのは黒木さん。
同学年の三浦さんとの戦いに勝ったか。練習中では高い技術を持っていたし、妥当な線であろう。
秀徳はインサイドが強いことで有名なチームだが、きっとそれを相手にしても十分通用するはずだ。
「――6番、……山本正平!
「……っ!!」
「はいっ!」
山本さんの名前が呼ばれた瞬間、勇の表情が曇る。……ダメ、だったか。
ユニフォームを受け取り、こちら側と向かい合うように立った山本さんは嬉しそうにこちらに笑顔を向けている。
……選手として山本さんの方が上だと藤代さんは判断したってわけか。
「……諦めんなよ勇。試合である以上はベンチにいれば出れる可能性は十分あるんだ。だから、諦めるなよ」
「はっ。何を言ってんだ要。言われるまでもねーよ」
吐き捨てるように言い放つ勇だが、決して腐った様子は見られない。
覚悟はしていたようだな。ならば出れるということを、まだ名前が呼ばれるであろうことを信じて勇には耐えてもらおう。
「――7番、白瀧要!
「――はい!!」
そして、俺の名前が呼ばれた。
監督の声に負けないように、腹の底から声を出す。
……ようやく最初の階段に足をかけることができた。ならば、後は進むだけだ!
「はい、7番よ白瀧君。……期待しているわ」
「ありがとうございます」
「……応援している。頑張って!」
「ああ。頑張る!」
東雲さんよりユニフォームを受け取り、暖かい声援を送ってくれた橙乃に答え、列に並ぶ。
視線を上げると佐々木さんの姿が見えた。……やはり、どこか寂しげに見える。
俺はその場で一礼し、すぐに姿勢を正した。
……もう後はプレイで報いることしか俺にはできない。皆の分まで戦うだけだ。
俺が呼ばれたことですでに四人の選手が発表された。
残るスターターは一人。――PF。松平さんか、光月のどちらかだろう。
俺が列に並んだことを確認して、藤代監督が最後の一人を読み上げるべく、口を開いた。
「……9番、光月明!
「……え?」
「光月君? いませんか?」
「おい、明お前だぞ!」
「あ……は、はい!」
そして呼ばれたのは明の名前だった。
自分が選ばれたということが信じられないのか、明はその場で呆然としている。もう一度呼ばれ、近くにいた勇に促されたことでようやく明は前に出てきた。
感慨深そうにユニフォームを受け取り、こちらへと歩いてくる。
「よろしく頼むぜ、明」
「……要、僕選ばれるとは思っていなかったよ。……もう、嬉しくて」
「馬鹿。まだ試合もやっていないのに喜ぶな。それは、試合が終わるまでとっておけ」
よほど嬉しかったのか、表情が笑みでいっぱいだ。
……練習したかいがあった、か。よかったよ、お前みたいなやつの努力が報われてさ。
だからこそ試合でもきっちりたのむぞ。お前が今日の試合で活躍することが一番なんだから。
「以上の5人が今日の試合のスターターとなります。現時点で大仁多高校のベストメンバーと考えていいでしょう。皆さん、頼みますよ」
「「「「「はい!!」」」」」
藤代監督より奮起を促され、俺達五人は全員揃って答えた。
……ベストメンバー、その名に恥じないような戦いを見せなければ選んでくれた藤代監督にも他の選手にも失礼だ。最初の試合とはいえ、心配することはない。やれることを最大限やろう。
すると突如他の選手の方から拍手が響く。――松平さんだった。
俺達を応援するように響くそれは佐々木さんや三浦さんを初めとした選手達にも伝わり……そして全員へと伝わった。
激しいとさえ感じるそれはしかし心地悪いものではない。
……改めて、ここにいる選手達の重みが伝わってきた。
「……それでは、これより残るベンチメンバー7人を発表します」
拍手が鳴り止んだころを見計らって、藤代監督がさらなる続きのメンバー発表へと移る。
ベンチを温め、いつでも出れるように準備しておく七人の選手を。
「――8番、松平猛!
「はいっ!!」
松平さんの力強く、頼もしくさえ感じる声が響く。
ユニフォームを受け取り、こちらに歩いてくる。……と思ったら、明の肩に手をおいて、それから並んだ。
……頼んだぞ、ということだろう。いつもなら言葉で言うことだというのに、こういう時はやけに大人なんだな。
「10番、中澤秀樹!
「はい!」
続いて中澤さんが呼ばれた。
並ぶ際に小林さんに一礼してからこちらに並んでいる。
……小林さんのように全国区のPGと呼ばれている選手の2番手のような形だが、それでも司令塔としては他校なら十分スタメンに選ばれるだけの力だ。控え選手としてチームを支えてくれるはず。
「11番、佐々木一!
「……はい!」
そして俺とポジション争いを繰り広げた佐々木さん。
「……勝ってくれよ」
「ええ。いざというときは頼みます」
一言、それだけ告げて立ち止まることなく歩いていった。だから俺も敬意を持ってそれに応えよう。
佐々木さんだって去年の借りを返したいという思いはあるはず。……その代役と言ってはなんだが、勝って雪辱を晴らす!
「12番、三浦隼人!
「はい!」
続いて2年生C、三浦さんが出てきた。
ユニフォームを受け取り……やはりと言うべきなのか、黒木さんの目の前で止まった。
「辛くなったらいつでも言えよ。すぐに代わってやる」
「……ああ。頼りにしている」
「っ!? ……ちっ!」
思いもよらぬ言葉だったのか、三浦さんは顔をそらし舌打ちをすると去っていった。
そんな姿を見て黒木さんはいつもの口癖(?)である、『甘いな』と呟いている。……本当に仲が良いなこの二人。
「13番、神崎勇!
「……はいっ!」
そうしてついに呼ばれたのは神崎。
待ち遠しかったと言わんばかりにその声は明るい。嬉しそうにユニフォームを受け取っている。
「……勇、きちんと準備だけはしておけよ」
「ああわかってる。だからそれまでは頑張ってくれ。俺も精一杯応援する」
「そうだな。お前が出ても試合に支障がでないくらいの試合にしといてやるさ」
「……嬉しいんだけど嬉しくない事態だぞそれ」
冗談だ、と笑って返す。勇も最後は笑みを見せて歩いていった。
明とも会話をして、緊張をほぐしているようだ。……それにしても明の表情がいつもよりも少し固いような気がするな。俺の気のせいかな?
「14番、西村大智!
「……はい!」
おっ、言っている間にも今度は西村の名前が呼ばれた。
あいつもやはり嬉しそうで満天の笑みを浮かべている。……勝ち取ったんだな西村。だから言ったろ? お前は強いって。
「……白瀧さん。やりましたよ」
「ああ。だが、本当の勝負はこれからだ。……気を抜くなよ」
「はい!」
力強い返事をして西村は歩いていく。
もう自信の方は大丈夫そうだな。ベンチメンバーに選ばれるくらいにまで成長したんだし、期待して待っていよう。
「15番、
「はいっ!!」
そして最後の一人。本田が名前を呼ばれた。
ミニゲームで俺達が最初に戦った相手でもあった。得点能力が高い上に、身体能力もなかなか優れている。……こいつも、ベンチメンバーに選ばれたか。
「よう本田。……よかったな」
「……うるせえ。まだだ、まだ足りねえよ。お前らがそこにいるんだからな」
「そうかい。それじゃあ今日のところはその感情を試合にぶつけてくれ」
「言われるまでもない!」
俺の目の前で立ち止まるものの、俺の目を見る事無く行ってしまった。
……強い目をしてたな。あくまでも俺達と並ぶことは諦めていないようだが、かといって周りが見えていないというわけではない。
松平さんがベンチメンバーにすでに登録されているために出番は少ないかもしれないが、あれだけの気迫があればベンチ入り選手としてはなんら問題ない。最後まで自分のできることをしてくれるはずだ。
「以上の12名が本日、秀徳高校との練習試合で選手登録する方々です。
自分がその座を勝ち取ったということを忘れずに試合に挑み、また他の方々も自分達が大仁多高校のバスケ部の一員であることを忘れずに、応援・仕事に励んでください。
……今日もベストを尽くしましょう。皆さんの働き、期待しています!」
そう藤代監督が言って締めくくると再び拍手の嵐が巻き起こる。
選ばれなかった選手の中には不満そうな表情の人もいたが、皆目を逸らそうとはしない。
久しく経験していなかったスターター。その大役に一年生であるにも関わらず選ばれたんだ。期待している人たちも、嫉妬している人たちもいることだろう。
……だが今は一個人としてではなく大仁多高校バスケ部の一選手として戦い、彼らの目に焼き付けるとしよう。新しい大仁多高校のレギュラーの力を。