黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百四話 必勝の信念、周到なる計画、渾身の努力

「よぉーし、お前ら良い調子だぞ! よくやった皆!」

 

 神奈川の監督である武内が上機嫌で五人を出迎えた。満面の笑みを浮かべて手を叩く素振りはあまり見られない光景だ。それだけこの試合を優位に運べている事を喜んでいるのだろう。相手が強豪という事もあってご機嫌な様子であった。

 

「白瀧を抑えて第1Qで10点差つけたんだ。これなら……」

「そっスね。白瀧っちには悪いっスけど、IHでの借りを返しに来たんだからこんな所で苦戦してなんていられないっスよ。このまま試合を決めるっス」

 

 森山はタオルで汗を拭く。そしてこのリードをもたらした最大の貢献者である黄瀬を讃えて肩を叩いた。

 先輩の言に黄瀬も頷き、さらに意欲を高めていく。

 黄瀬はIHで青峰に敗れてからというもの、次こそはリベンジを果たそうと強い決意を抱いていた。この国体でも勝ち上がれば青峰を擁する東京都と戦う可能性がある。

 それまでは負けていられない。この試合は黄瀬にとっては通過点の一つにすぎないのだから。

 

「神奈川10点リード。これ程とはね」

「ああ。エース対決が黄瀬に分があるとは思ってたが、ここまで露骨に結果が出るとは予想外だったな」

 

 その頃、観客席。

 葉山が意外そうに呟くと根武谷も彼の発言に追従した。

 彼らも白瀧と黄瀬が1対1の形になれば黄瀬が勝つだろうと考えていた。しかし第1Qでここまで引き離すとは予想外の事だ。IHで大仁多が陽泉を相手に善戦していたイメージがあるので得点差が現れるとしてももう少し先と考えていたのだ。

 それがまさか序盤で二桁差になるとは。

流れも神奈川が握っている。この状況をひっくり返すのは簡単ではないだろう。

 

「征ちゃん、あなたはどうかしら?」

 

 一方実渕は沈黙を決め込んでいる赤司に意見を求めた。ジッと選手達を観察している彼の様子が気になったのだろう。 

 

「確かに皆が言う通り、僕も涼太の方が有利とは考えていた。しかし……」

 

「しかし?」

「要の様子が、どこか気になる」

 

 一度言葉を区切ると、赤司は白瀧を見てそう口にする。

 彼の目には白瀧の動きが彼らしくないと映っていた。白瀧にとって黄瀬は因縁の相手。それは誰よりもわかっている。しかしタイムアウトの後まで一対一を仕掛けていたのが気になった。彼にとって非常に意味のある敵ではあるが、それでも彼が戦う理由を考えればここまで暴走する事はないはずなのに——。

 

「まさか」

 

 そう考えて赤司は、そして桃井は白瀧の、強いては栃木の戦略に思い至る。

 

「ひょっとして白瀧君は、わざと第1Qを捨てた……?」

 

 半信半疑のつぶやき。彼女の視線の先で白瀧がコートにゆっくりと入っていった。第1Q終了後の休憩は終了する。彼の表情には気負った様子は見られず、常の冷静さを保っていた。

 

「やっぱり引き下がったりはしないっスか」

 

 すると同じくコート入りした黄瀬が白瀧に近づき、声をかける。

 

「なら俺もこのまま行くっスよ。容赦はしないっス!」

 

 得意げな口調で、黄瀬らしいなと白瀧は思った。

 自分の勝利を信じて疑わない。

 ——やはり黄瀬は俺の事を倒すに値する敵だと思っていない。倒して当然の相手だと思っている。

 そう考えた白瀧の胸中に、悔しさは浮かんでこなかった。

 

「そうかよ。だが勝つのは俺だ」

 

 白瀧は拳を力の限り握りしめて黄瀬に反論する。

 

「誰かが信じる俺を、これ以上裏切るわけにはいかない!」

 

 これはもはや彼一人だけの戦いではないのだから。弱い自分を信頼してくれた人の為に、今こそ誓いを果たそうと語気を強めた。

 

 キセキの世代。

 最強のSF、最高のオールラウンダープレイヤー。

 どのような技も見て模倣するという天才。

 何度も挑んでいるというのにその度に強くなり、こちらを上回る十年に一人の逸材。

 ——だからどうしたというのだ。

 もはや覚悟したことだ。

 その天才に勝つために、俺はここにいる。

 

 

 

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 第二Qは栃木のスローインから再開する。

 

「行くぞ、黄瀬!」

 

 10点差を追いかける最初の攻撃。確実に決めたい攻撃、ボールは小林から白瀧に渡った。

 鋭い切り返しで中に切り込む。

 黄瀬が辛うじてついていくと、白瀧はレイアップシュートの構えからビハインドパス。マークを躱してジャンへ回した。

 

「ヨシッ! オラァッ!」

 

 小堀のマークを外れたジャンがワンハンドダンクを叩きこむ。

 第二Q、まずは栃木が攻撃に成功した。

 

「落ち着け! まずは一本、きっちり返していくぞ!」

 

 ダンクシュートという派手なプレイにより会場が湧く。敵が勢いづきかねない雰囲気の中、笠松は冷静に声を出した。

 笠松はボールを運びながら敵味方の位置を見る。

 両県とも選手交代はない。やはり栃木県は個人技に長けた選手が集まっているだけあり、皆簡単にマークは外せない。

 ならば一番得点できる可能性が高いのは——。

 

「キャプテン!」

 

 黄瀬が笠松を呼ぶ。

 そう。このマッチアップで勝率が高いのは間違いなく彼の所だ。

 すぐに笠松も小林のマークを警戒しつつ、黄瀬へバウンドパスをさばいた。

 

「ッ!」

 

 ボールを無事に手にした黄瀬。先ほど同様に一対一を仕掛けようとするも、眼前で敵対する白瀧の様子を察し、彼の表情はこわばった。

 

「来いよ、黄瀬」

(この感じ……! 間違いなくこの試合一番の集中力っスか!)

 

 体から滲み出る気迫に冷や汗を覚える。

 間違いない。白瀧がおそらくここを勝負時と睨んで挑んでくるだろう。

 ——ならば尚更勝つ。ここで勝てば神奈川の勝利はグッと近づくはずだ。

 そう考えて黄瀬はすぐに仕掛けた。

 ミドルレンジまで侵入すると勢いをそのままに跳躍。ゴールに左半身だけを向けて、体の後ろから右手でボールを放つ、レイアップフックシュートを放った。

 

「舐めるな!」

「なっ!?」

 

 止める事は難しいシュート。だがこれに白瀧は反応し、彼の指先がボールに触れる。

 瞬発力に長けた彼ならば不可能ではないかもしれない。しかしそれでも反応が早すぎる事に黄瀬は驚きを隠せなかった。

 

「うおおおおっ! (リ)バウンドぉおお!」

 

 シュートは白瀧が防いだが、安心するのはまだ早い。ボールがリングに弾かれると、早川が真っ先に飛びついた。

 何故かラ行の発音が覚束ない奇妙な叫びをあげながら、それでも両腕でボールを把持して着地する。

 

「させねえよ!」

「ンガッ!? ああっ!」

 

 すると、着地を狙っていた勇作が早川の手からボールを叩き落とした。

 零れ落ちたボールはすぐ近くにいたジャンの下へ。

 すかさず小林へとボールを回し、再び攻撃の権利を手にする。

 

「ナイスです勇作さん!」

「おう。——しっかり止めやがって。行けそうだな」

「……はい」

 

 白瀧がボールを奪った勇作と拳を重ねた。

 そして敵には聞こえないように小さな声で会話を交わす。

 先ほどの黄瀬の技、あれは元は勇作が第1Qで見せたものだった。それをしっかりと理解しているという事を確認し、勇作は白瀧と共に攻撃に参加していく。

 

「笠松」

「ん?」

 

 二回目の攻撃を組み立てている中、小林はドリブルを続けながら笠松に語り掛けた。

 

「さっきお前は、混成チームだから連携に穴が出てしまうと言っていたな。残念だが——それは違う」

 

 その言葉で話を終えると、ワンドリブルで中へと切り込んだ。

 突然の事だがしっかり反応する笠松。

 直後、小林はサイドハンドパス。彼が元いた場所目掛けた軌道に、楠が駆け込んだ。

 

「行かせるか!」

「いや、通らせてもらう」

 

 森本が警戒をする中、楠が素早く切り返す。何とか森本が食らいつこうとするが、追いかけようとした直後、彼の行く手に白瀧が立ちはだかる。

 

(スクリーンか!)

「黄瀬!」

「わかってるっス!」

 

 すかさず黄瀬がスイッチ。中に侵入する楠に対応した。

 すると今度は白瀧が動き出す。森本から離れるようにターンし、フリーの位置に走り出した。

 

(ピック&ロール!)

「しまった!」

「白瀧!」

「ナイスパス!」

 

 小林から楠、そして白瀧へ。パスを受けた白瀧は素早くミドルシュートを放つ。森山のブロックは間に合わず栃木が連続得点に成功した。

 

「チッ」

「先ほどのお返しと言わんばかりのプレイだな」

「ああ。向こうを勢いづかせちまっては駄目だ。次は決めるぞ」

 

 第2Qに入って間もない時間帯だが、神奈川が最初の攻撃に失敗した中で栃木は二連続で得点し、点差を詰めている。

 次も得点失敗となれば栃木にこの第2Qの流れを掴まれてしまいかねない。笠松はチームを盛り立てようと小堀からボールを受け、試合を組み立てる。

 ——だが、笠松の思惑通りに試合が動かない。

 黄瀬にボールが集中しすぎて動きを読まれるのを嫌い、笠松は自ら敵陣を崩しに行くも小林のブロックに捕まってしまった。

 

「ヌオオオオオ!」

「ぐっ!」

 

 加えてジャンがリバウンドを確保。小堀との争いに打ち勝ち、攻撃の芽を摘む。

 

「よしっ。反撃だ!」

「マズイ。止めるぞ!」

 

 さらに勢いづいた栃木。

 今度は小林が白瀧にボールを預けると、勇作のスクリーンで笠松のマークをかわす。

 

(このやろう!)

「スイッチ!」

「おおっ!」

 

 すかさず早川がスイッチ。小林の行方を追う中、白瀧から小林へリターンパスが通った。

 シュートはさせまいと早川が迫る中、彼の注意が疎かになった足元へ小林がボールを落とす。

 

「あっ!」

「まさか!」

 

 その先に駆け込む勇作。しっかりとボールを掴むと勢いそのままにレイアップシュートを放った。笠松が果敢にブロックを試みるも、身長差もあって触れる事は出来ない。

 再び栃木の得点が記録される。

 

(スクリーンでマークを外し、外から中へか!)

「あいにくと俺達は夏の時から共に同じ練習を重ねていたんだよ」

「なっ」

「加えて、敵だったからこそお互いの動きは手に取るようにわかる。それだけ研究してきたからな」

 

 第1Qの動きからは信じられないくらいに洗練された連携を見せた栃木に、神奈川の面々は驚きを隠せなかった。

 彼らが考えている以上に栃木の選手達は長い時間を共にし、そしてお互いを理解している。

 先の笠松に反論した小林の言葉には敵への絶大の信頼がこめられていた。

 

「くそっ」

(マズイっスね。先輩達もオフェンスは苦労しているから、俺が得点したいところなのに)

 

 笠松達の抱く焦りを黄瀬も敏感に感じ取っている。

 だからこそ自分が何とかしてオフェンスで反撃の糸口をつかみたい。黄瀬はそう考えた。

 

「撃たせねえ!」

「ッ!?」

 

 しかしパスを受けた直後、敵の不意をついたジャンピングスリーを白瀧のブロックに阻まれてしまう。

 ——ありえない。

 最高到達点に達する前に撃った為に高さはいつもよりはでていなかっただろう。反面、撃ち出しまでの速度は今までの比ではないはずだ。

 それなのにどうして、相手はこれに反応できたのか。黄瀬は思わず目を見開いた。

 

「アウトオブバウンズ。神奈川()ボール」

 

 ボールがラインを割って時間が止まると、白瀧が黄瀬に歩み寄る。

 

「わからないのか? どうして俺がお前と対等に戦えているのか」

「はっ? いきなり何スか。そりゃいきなりここまで対応されたらわかるわけないじゃないっスか」

「ああ、お前にはわからないだろうな。それだけの力を持ちながら(・・・・・・・・・・・・)俺の立場に立ちながら(・・・・・・・・・・)、苦しむ仲間の姿を見て見ぬふりをしたお前には!」

 

 飄々と言葉を返す黄瀬に、白瀧は複雑な感情が入り混じった声をぶつける。

 

「だからお前はここで、格下と侮った相手に負けるんだ!」

 

 白瀧がここまで黄瀬と渡り合える理由。それは、かつて彼が敗れてから常にリベンジを果たそうと勝利を誓い、研究を続け、必死に努力を重ねて来た事だった。

 

 

————

 

 

 時間はさかのぼり、神奈川との対戦が決まった翌日のミーティング。

 藤代から海常の選手——特に黄瀬の強さを説明が行われると、さらに監督から補足を促された白瀧が立ち上がり、口を開いた。

 

「黄瀬の力は、相手の技を倍返しするという模倣(コピー)です」

 

 そして話を引き継いだ白瀧が藤代の説明を繰り返し、断言する。

 

「いや、それはさっき藤代監督から聞いたわ!」

「何度も繰り返さなくてもわかってる! そうじゃなくて、何か新しい情報だ!」

「他に何かないのかよ!? 特徴とか、弱点とか!」

 

 先も聞いたばかり、実際の試合でも見たから十分わかり切っていることだ。そんな事は良いからと集まった選手達は先を促した。

 

「おかしいとは思いませんか? 相手の力を倍返しする程の威力なのに、習得(マスター)ではなく模倣(コピー)と呼ばれている事に。」

「……はぁ?」

「どういう意味だ? それって何か違いがあるのか?」

 

 ただ、白瀧は冷静に話を続ける。しかし言葉遊びのような意味合いで皆納得できない様子であった。何人かの例外を除いては。

 

「つまり、本当にそっくりそのまま自分のものにするという事か?」

「あくまでも相手の技を使っているだけだと?」

「え?」

「はい」

 

 理解した一人である小林と楠が問いかけると白瀧が大きく頷く。

 

「例えば、俺のティアドロップをコピーしようとするなら、あいつはシュートだけではなくそれまでの流れをそのまま繰り出します。これが習得との違い。ドライブからシュートの動きは高さや速さは違えど動き自体は同じという事です」

 

 練習の成果として習得したならば、選手は自身のバスケタイルや状況に応じてドリブルやシュートの組み合わせを変えていくものだ。しかし超人的なセンスと体格を持ち合わせた黄瀬は変えずとも決めてしまう。だからこそなのかあるいは彼の性格の為か、相手の技をそのまま相手に返していく傾向にあった。

 

「ということは?」

「たとえコピーされたとしても、動きを読めるという事か?」

「俺達と完璧に同じ動きならそれもできるぞ!」

 

 ならば勝ち目もあるだろう。皆の表情に希望が湧く。

 

「無理です」

『なんでだよ!?』

 

 だが、説明をしている白瀧が彼らの考えを打ち砕いた。納得できないと反論が湧くが、白瀧は変わらぬ調子で話を続ける。

 

「基本的にディフェンスはオフェンスに対して後出しです。どうしても後手に回らざるをえない。しかも相手はキセキの世代。そのスペックは桁外れです。おそらく気づけたとしてもそれはシュートを放つ直前となるでしょう。そうなると止める事は困難です」

「……マジか」

「言われてみれば、確かに」

「相手の出方を絞れるなら話は変わるかもしれませんが、あいつが何を仕掛けてくるかなんて読めませんよ。一応特徴として挙げましたが攻略法と呼ぶには厳しすぎます」

 

 相手が何の技を放つかを気づいた頃にはすでい手遅れなのだ。身体能力で勝る黄瀬に押し切られてしまう。だからこの癖から攻略する事は難しいのだと白瀧はため息を吐いた。

 

(桃井さん並の予測力か、赤司の目、あるいは紫原の反射神経があれば話は別なんだろうが。残念ながら俺には不可能だ。結局、ここまで種がわかっていても俺では対応が追い付かない)

 

 情けない話だと白瀧が自嘲気味に笑う。ずっと黄瀬のプレイを見続け、分析してきたというのに対抗策を見いだせないまま試合となってしまったのだ。やはり自分では届かないのだろうかと不甲斐なさが脳裏をよぎった。

 

「——ねえ。白瀧君」

「うん? どうした?」

 

 すると、黄瀬が出場しているビデオをじっと見続けていた橙乃が、視線はそのまま映像に固定して白瀧を呼ぶ。

 

「たとえばだけど、黄瀬君が仕掛ける時点で選択肢を絞れたならどう?」

「……はっ?」

 

 思いもよらない人からの、予想外の提案に白瀧は目を丸くした。

 

「いや、それが出来たならだいぶ話は変わってくるが、出来ないから無理だと言っているんだぞ?」

「まさか最初の動きだけで見極めろって言うんじゃないだろうな?」

 

 白瀧だけではない。皆不可能であろうと彼女に言う。バスケでは数え切れないほどの戦術が存在するのだ。予測するのは桃井程のスペシャリストでなければ無理だ。

 

「同じなのは動きだけじゃないみたい」

「……何?」

「と、言うと?」

「一体何が同じなんだ?」

 

 他にも癖はあるという指摘だった。誰もわからず、先を促すと橙乃はゆっくりと話を続けた。

 

「仕掛ける時の、動き出しの位置。要はポジショニングかな。それもまったく同じ」

「えっ?」

 

 驚き、白瀧もビデオをじっと見つめる。

 観客席から取っている映像だ。攻守ではコートが入れ替わる為に左右が逆に映って幾分かわかりにくいが、確かに橙乃の発言している通りに見える。

 

「そう、なのか?」

「うん。ごく稀に違う場所もあるみたいだけど、その例外を除けば同じ」

「……んん? 言われてみれば、うーん? わかりにくいが確かに」

「というか、よくわかったな。左右反転しているから全然気づけなかった」

 

 皆半信半疑の状態だが、そのように見えるのは間違いない。特にリプレイをしたわけでもないのに誰も指摘できなかった点に気づいた橙乃に驚きの視線が集中した。

 

「はい。記憶していたものを整理したら一致したので」

「記憶って。よくまあそんな」

「本当だぞ」

「えっ?」

 

 こんな短期間でできるものかと、古谷が笑い飛ばす。

 すると彼の横に座っていた勇作からフォローの声が上がった。

 

「茜は記憶力が並外れていてな。本とか一度読んだら内容を全部覚えているぞ」

「ガチなんですか!?」

「なんだよそれ!? 天才か!?」

(そういえば誠凛戦でそんな事を言っていたような……)

 

 そして衝撃の事実が発覚する。橙乃が持つ恵まれた記憶力。兄の保証もあってより信用性があがった。神崎も過去の記憶を思い返し、確かに彼女自身も発言していたなと呆れ、感心する。

 

「これが本当なら、可能性はある」

(問題はその例外のパターンか。それをどうするかだな)

「でもそう上手く行くか? あいつが何を仕掛けてくるか絞るのなんて難しいぞ。そもそもこの試合以外の技をやってくる場合だってあり得るだろう」

「いえ、その可能性は限りなく低いです」

「へっ?」

 

 希望が見えた。橙乃の分析通りならば『ひょっとしたら』が起こる可能性は十分ある。

 一方、確かにこの試合のみの技ならば良いが、これまでの試合で模倣した技の対応は難しいのではないかと細谷は疑問を呈した。

 だが彼の問は白瀧が即座に否定する。

 

「もう一つ、黄瀬のプレイには特徴があります。基本的にあいつが模倣する技はその試合で敵味方、特に敵が見せたものが大半です」

「そうなのか?」

「確かにさっきから模倣は対象選手の直後にやってはいるけど……」

「おそらくあいつの性格でしょう」

 

 黄瀬の模倣する物はその試合限りのものばかりだった。ビデオでも白瀧の発言通りになっている。その理由に白瀧は思い至る事がある故に、確信があった。

 

「あいつは見れば何でもでます。——昔言っていました。『何で出来ないんスか?』って」

「……ほう」

「あいつは興味あるものに対しては熱心になりますし敬意も払いますが、それ以外の物に対しては無頓着です。選手に対しても実力あるものは認めますが、そうでない者は侮る傾向がある。おそらく俺も含めてこの場にいる全員の事を何とも思っていないでしょう」

「ハッ?」

「随分と舐められたものだな」

「そしてそういった選手の技に関しては基本その場限り。よほど手数に困ったならば引っ張り出すかもしれませんが、通常はその試合で模倣した物で来ます」

 

 努力が不要な天才、その為技術にかける時間もない。だから技に対して思うところもない。

 黄瀬にとってはあらゆるものが出来て当然の事なのだ。それ以上でも以下でもない。

 自分と対等以上の選手には憧れや関心も抱く。力が及ばない選手には年上であろうと興味を示さない実力主義者。だから相手に対しても特に思いは抱かない。

 

(あいつが認めているのはキセキの世代レベルの選手だ。だが青峰の模倣でも体に負担が大きかった事から使う事はまずないだろう。後はもう一人いるが、それは俺が対応するしかない)

 

 例外であるキセキの世代の模倣は不可能だ。青峰のバスケスタイルはIHで模倣していたものの、体にかかる代償が大きすぎる為にこの試合で模倣するとは考えにくかった。そして他に一人だけ黄瀬が認める選手がいるが、それも白瀧は自分で対処すると活きこんでいた。

 

「——わかりました。では、お二人の考えを採用してゲームプランを立てます」

 

 そして白瀧と橙乃、二人の意見を聞き終えて藤代が決断を下す。

 

「まず第1Q、試合の入りになりますが。これは捨てましょう」

『はっ?』

 

 一体何を言っているのかと、藤代の第一Qを捨てるという言葉に全員が目を丸くした。

 試合開始直後、下手すればその後の流れにも関わる重要な立ち上がりだ。その第1Qを捨てるなんてとてもではないが信じられない。

 

「その第1Qを情報収集、そして黄瀬さんに対する模倣(コピー)対象に制限をかけます。橙乃さん、後で例外について教えてください。その点について詳しく考慮しつつ、作戦に組み込みます。基本的にはスターターを一対一に特化した選手で固め、個人技でオフェンスを組み立てます」

「つまり黄瀬の特徴を確認しつつ相手の技に制限をかけると?」

「ええ。相手が仕掛ける位置まで同じであるというのなら、こちらもその位置をあらかじめ選手ごとに決めておけばある程度の予測はつくでしょう。そして第2Q以降は出来るだけコンビネーションを重視したもの、何か黄瀬さんがコピーしにくいもので仕掛けていきます」

 

 藤代の狙いは、ミーティングで明らかになった黄瀬の特徴を完全につかみつつ、第2Q以降の攻略につなげる事であった。

 中途半端に黄瀬を止めようとすれば黄瀬の万能性に圧倒されてしまう危険性もある。ならばいっその事最初の10分を捨てて完全に倒す術を探そうと。

 

「黄瀬さんの強みはやはりこちらの強みを吸収される模倣です。この攻略を最優先にしなければならない。多少のリスクは承知の上です」

 

 こうして作戦計画はなされ、栃木はハイリスク・ハイリターンの戦いに挑む事になった。

 

 

———— 

 

 

(正直、分の悪い賭けだった)

 

 今でこそ黄瀬と対等に戦えている。だからといって白瀧が不安を抱いていなかったわけではなく、むしろ多大なプレッシャーを感じながら試合に臨んでいた。

 そもそも黄瀬の分析が間違っているような事になれば、栃木は第1Qの流れを相手に許した上に、強化された黄瀬を敵にしなければならない。正解だとしても黄瀬を攻略できる可能性は高くはない。

 故にミーティングの後から、白瀧は毎日仲間たちと1on1を繰り返し、その特徴を掴んでいたのだ。

 そして今、彼の努力が実りを迎える。

 白瀧が第1Qで放っていたロングスリーを模倣した黄瀬のシュートに、彼の指先が触れた。

 

「そんな!?」

(他の選手の動きだけじゃない。白瀧っち自身のシュートにも対応している!)

「……お前達が姿を消した中、俺達はただくすぶっていたわけじゃない」

(その距離からシュートを撃つのは俺しかいない。海常の選手はフェイクからパスをやっていたが。やはりお前は、パスで終わるプレイはしないんだな)

 

 仲間だけではない。自分のプレイも完全に把握している白瀧。完全に黄瀬の強みを消し去っていた。

 他にも黄瀬の癖で感じていた事はあったのだ。

 黄瀬が様々なプレイを模倣する中、フィニッシュがパスの物は模倣しないと。

 キセキの世代はパスを出さない。自分で決める。そういう自負がある。IHの桐皇戦では最後にパスを出そうとしていたが失敗していた。だからこそやはり自力で決めようとするだろうという白瀧の読みは当たっていた。

 このおかげで栃木はよりパスを重視した方針を取っている。

 

(橙乃の感じていた例外。あれも第1Q中に分析出来て助かった。本当に、ありがたい)

 

 もはや栃木の黄瀬対策は万全だった。

 試合前に橙乃が例外があると言っていたが、それもすでに解決済み。

 例外とは、即座にシュートを撃つもの。つまりシュートだけを模倣した状況の事だった。

 桐皇戦のビデオなどを振り返っても桜井のクイックリリースを真似した時はシュートの位置が異なっていた。技単体での模倣ならば位置は問わないと。

 ゆえに白瀧は五人の中でスリーを放つ楠と自分、同じジャンピングシュートでスリーを放つ事への対策を行っていた。

 

(ありえねえ! どうなってやがる。黄瀬の動きが完全に読まれているんじゃねえか!?)

「どういう事だ」

「む?」

 

 辛うじて早川がリバウンドを制し、自らジャンプシュートを沈める。

 直後の栃木の攻撃を何とか防ぎきりようやく一息つけるものの、思考がうまくまとまらなかった。

 エースが連続で止められている。しかも動きを読まれているとしか思えない状況だ。納得できず、笠松は言葉を荒げる。

 

「俺達とお前達が戦うと決まって二十日程度だぞ! どうしてここまで黄瀬の動きがわかる!?」

 

 栃木と神奈川の対戦が発表され、試合が始まるまでの期間はごくわずか。桃井のような情報の専門家がいるわけでもない。そんな状況で黄瀬の動きをここまで把握できるとは到底信じられなかった。

 

「二十日? それは違うな、笠松」

「何?」

「……二年だよ。あいつが黄瀬に勝つと決めてから」

 

 それも仕方がないことだろう。

 少なくとも白瀧にとって黄瀬は倒さなければならない敵。だからこそ常に機会を窺っていたのだから。

 

(まさか、この試合の俺の癖を見抜いたって訳っスか?)

「……なら!」

「むっ!?」

 

 黄瀬も白瀧が自分のプレイを分析しているという事を理解し、仕掛けを変えた。

 笠松から小堀を経由してパスを受けると、全速力のドライブ。白瀧の左側へ突撃し、突如バックロールターン。

 逆側へと切り返してシュートを狙う。

 

「これは!」

(この試合の物ではない! まさか!)

 

 栃木の選手が披露したプレイではない。これは白瀧も可能性を考えていた、黄瀬が認めている強敵、火神のものだ。

 

「——残念だったな」

 

 今日初めて見る動き。それでも白瀧はそう易々と得点は許さなかった。

 ドリブルで抜かれた白瀧がすぐに体を捻り、ボールを捉える。

 

(バックファイア!)

 

 直後、白瀧の瞬発力が発揮された。オフェンスに抜かれた後、後ろからボールを奪うバックファイア。瞬時にボールを叩き落とし、黄瀬の攻撃を封殺する。

 

「なっ!?」

(背後からのスティール!)

「——見えない位置からのプレイ、果たしてこれを模倣できますかね?」

 

 見れば何でも模倣できる。ならば、見えない位置からの技はどうだ。敵が突然の奇襲に戸惑う中、藤代が口角を上げる。

 

「バックファイアか。陽泉戦でも見せていたが」

「司令塔のポジションも経験した事で視野も広がって、完全にものにしてやがる」

 

 ファウルを取られやすい危険な技だ。それを完全に自分のものにしている。彼の成長が感じられる一プレイに、赤司や青峰は感嘆した。

 

「まだだ。お前への対策は、これで終わりじゃない!」

「うっ!」

 

 さらに白瀧の躍動は止まらない。ボールを勇作が確保するのを見て、白瀧が迷わず走り出した。勇作から小林にボールが渡ると、二人専用のロングパス・タッチダウンパスが放たれる。

 その速さ、軌道はまるで矢の如く。

 黄瀬でさえこのパスを防ぐことが出来ず、白瀧が得意とする速攻が炸裂した。

 

「速い! あっという間に得点した!」

「この攻守の切り替えは、相変わらずやのう」

「……そっか。このタッチダウンパスはきーちゃんでも模倣できない。いえ、たとえ模倣出来たとしても意味がない(・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 すかさず反撃した栃木の動きに皆が肝を冷やす。

 そんな中、桃井は白瀧達の技の真意に気づき、恐る恐る呟いた。

 このタッチダウンパスは前提として二人の選手が必要となる。パスを放つ選手とシュートを決める選手だ。

 模倣しようとしても、笠松達では距離・精度を必要とするパスは出来ないだろう。黄瀬が模倣出来てもそれを受け取れる選手がいない。仮に間に合ったとしても白瀧に防がれる。

 ゆえにこのタッチダウンパスは黄瀬が模倣不可能な技の一つであった。

 

「ッ」

 

 黄瀬もこの技を放った意図を察し、息を飲む。

 そんな相手に、白瀧は先の彼の言葉を否定するように声を荒げた。

 

「才能? 勝機? そんなもの俺は知らない! 俺達は今ある己の力を武器にし、先に待つ目標を頼りに、仲間達との絆を信じた。苦難の中自らの力で活路を見出し、共に進む者達と戦い抜いた。道を自ら切り開いてここまで来たんだ! それが選手の戦う意義であり、エースに託された希望だ!」

 

 才能も勝機も不要。自らの手で仲間達と一緒にお前を倒すと、そう言い放つ。

 

(マジでヤバいっスよ! エース対決の勝敗は試合にも大きく影響する。そうでなくても先輩達だって厳しいマッチアップだってのに!)

「……でも、関係ない! 勝つのは俺っス!」

 

 勝ちたいのは黄瀬も同じだ。危機的状況を理解すると、白瀧の力を認め、それでも勝つのは自分だと気迫を篭めた。

 

(黄瀬さんもようやく白瀧さんの事を認めた、のですかね?)

「ですが、まだです」

「ッ!?」

「少々早いですが、ここで取り返しておかなければ厳しくなりますので。故にここで決めさせてもらいますよ」

 

 そんな黄瀬に、栃木が立ちはだかる。藤代が神奈川の猛攻を察し、早めに計画を進めていた。

 

(フロー、強制解放!)

 

 白瀧の全身からヒリつくような威圧感があふれ出す。

 最大の切り札である没頭状態、フローに突入した。

 

「何、スか? これ?」

 

 冷や汗が止まらない。気づけば勝手に口がそうつぶやいていた。

 黄瀬は白瀧のこの状態を理解していなかった。そもそも彼が初めて公式戦でこの状態を見せた陽泉戦はビデオでしか見ていなく、紫原と互角に戦えていたのも途中で適応したためであろうと考えていたのだ。

 だからこそ、黄瀬にとって白瀧のフロー突入は想定外の事であり。

 そして技術で説明できるものではないこの状態を、模倣出来なかった。

 

「隙ありだ、黄瀬」

 

 この驚愕によりできた一瞬の隙を白瀧は見逃さない。黄瀬の腕からボールを叩き落とす。一瞬の出来事に黄瀬は反応すらできなかった。

 

「あっ!?」

(速い! 動きがさっきの比じゃない!)

 

 明らかにキレがよくなったスピード。しかもボールは小林の足元へ落ち、神奈川はどんどん勢いを失っていく。

 そんな中、栃木の猛攻が襲い掛かる。小林を先頭に速攻を仕掛けたのだ。

 何とか神奈川も食らいつく。

 必死に笠松が追いすがると、小林は横の白瀧へとパスをさばいた。

 ボールを受けた白瀧はそのまま前進。黄瀬のマークがつく中、クロスオーバーで切り返す。

 

「ぐっ、こっんのおっ!」

 

 負けじと黄瀬も食らいつく。

 白瀧がレイアップシュートを放とうと飛び上がると、そのコースを塞ぐように勢いよく跳躍した。

 

「外れだ」

「ッ!」

 

 白瀧の上腕が後方へと振るわれ、後ろを走る楠へとパスが通った。白瀧の速攻を防ぐことに必死だった黄瀬も、他の選手も間に合わない。楠のレイアップシュートがリングを射貫く。

 栃木の速攻が綺麗に決まった。

 

「ナイス、楠先輩!」

「ああ、ナイスパス!」

『神奈川県、タイムアウトです!』

 

 白瀧と楠がハイタッチで喜びを分かち合う。

 直後、神奈川はこれ以上の展開は見過ごせないとタイムアウトで時間を止めた。

 しかし黄瀬を止められて敵は序盤は見られなかった連携も万全。

今、流れは完全に栃木にあった。

 

 

————

 

 

「『俺ではお前に勝てない』、お前はそう言ったな。ならば聞こう。そんなこと誰が決めた? お前か? バスケの神様か? ——上等だ。全部まとめてかかって来い」

 

 ないものねだりをする事は止めた。身に着けた自分の力で仲間達と願いを叶える。

 無暗に楽観的な考えを叫ぶ事はしない。勝ち目が薄いならその突破口は自ら作りだす。

 

「俺はそれら全てに勝って願いを叶えてみせる。そう誓ったんだ」

 

 第2Qの最後を締めくくる白瀧のティアドロップが炸裂した。遅れて前半戦終了のブザーが鳴り響く。

 (栃木)41対41(神奈川)。

 第2Qが始まるまでは10点もあった点差がなくなっていた。

 試合は再び振り出しに戻り、後半戦へと続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「ッ」

 

 黄瀬もこの技を放った意図を察し、息を飲む。

 そんな相手に、白瀧は先の彼の言葉を否定するように声を荒げた。

 

「才能? 勝機? そんなもの俺は知らない! 俺達は」

「マジっスか、白瀧っち!?」

「あ?」

「才能も勝機も知らないって、青峰っち以上のアホっスよ!? 大丈夫っスか!?」

『誰かアホだ黄瀬テメエ!?』

 

 白瀧と青峰の二人が数年ぶりに息があった瞬間。




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