黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百五話 理想の敵

『これより休憩に入ります。後半戦第3Q開始は10分後です』

「第2Q終了!」

「第1Qこそ劣勢を強いられた栃木が、第2Qで黄瀬を攻略して猛追!」

「ついに振り出しに戻しやがった!」

「行けるぞ栃木! 頑張れ!」

 

 10分間の休憩を知らせるブザーが鳴る中、観客たちは選手達を鼓舞すべくむしろより一層声を大きくした。

 試合の流れは栃木にある。そう言うように声援は栃木を押す者が多い。

 

「よくやった白瀧! ナイッシュ!」

「うっす!」

 

 コートでもラストシュートを沈めた栃木は歓喜に湧き、皆笑顔を浮かべていた。

 

「ちっ!」

「ふんがーっ!」

「落ち着け。休憩だ、戻るぞ!」

 

 一方の神奈川は引き離すどころか同点に追いつかれた事で皆気が立っている様子だ。

 

「——」

 

 それは黄瀬も同じこと。

 言葉は発しないものの、歯を食いしばって悔しさをかみしめている。

 黄瀬がここまで追い詰められたのはキセキの世代を除けば非常に珍しい事だった。

 

 

————

 

 

「さて、どうする?」

 

 控え室に戻った神奈川代表の一同。真っ先に口を開いたのは森山だ。

 彼が言わんとしているのはもちろん栃木の対策の事だ。

 理屈は不明だが、間違いなく敵は黄瀬の動きを読んでいる。今までならば絶対にありえない事だったがそれが現実に起こっているのだ。

 初めての出来事に、皆どうすれば良いのか判断に悩み、中々提案は生まれてこない。

 

「黄瀬、お前はどう思う?」

 

 停滞する状況の中、武田が黄瀬に問いかけた。

 黄瀬は手に持つビデオカメラの映像を眺めながら、ゆっくりと口を開く。

 

「——多分このまま続行しても白瀧っちは俺の対策をしてくると思うっス。そうなると正直、第1Qの時のように点を重ねるのは難しいかも」

「やはりそうか」

「そうなると正直打つ手がないぞ。唯一手があるとしたらIHの時に使った青峰の模倣だが、あれはお前の負担が大きすぎる。もっても5分が良い所だろう」

「そっスね」

 

 冷静な分析は正しいものだった。もはや敵は今までの相手とは違う。黄瀬も白瀧を性格や姿勢だけではなく、力も認めていた。

 黄瀬だけではない。

他の面子も皆意見は同様のようで、突破口は中々見出す事が出来なかった。

 

「だから、監督」

「うん? どうした?」

「頼みがあるっス」

 

 ゆえに、この逆境をどうにかしようと黄瀬が口火を切る。

 

 

————

 

 

 同時刻、栃木県控室。

 選手達の補給を済ませながら、藤代は後半戦の方針について説明していた。

 

「第3Qは選手を入れ替えます。そしてその選手主体で攻めていきます」

 

 前半戦を互角以上に戦ってきた栃木は、その五人を入れ替えて後半戦に臨む。

 

「この20分で神奈川は白瀧さんの黄瀬さんに対する対策をしているという事はもうわかっているでしょう。これを突破するとなればキセキの世代、青峰さんの模倣でしょうが——白瀧さん」

「はい。おそらくですが青峰の模倣は黄瀬の体がもたない。出来ても良くて5分。となると使うとするなら試合の終了間際に使うはずです」

 

 藤代の言葉を引き継ぎ、白瀧が説明した。

 IHの試合を見て、彼らは黄瀬の青峰の模倣についても理解し、分析をしていた。その上で神奈川の関係者と同じ結論を下している。

 キセキの世代の模倣は出来ても体の負担が大きく、続けられても5分が限度であると。

 

「後半戦に入ってしばらくは黄瀬さんよりも他の4人で動いてくるはず。ならばこちらはそちらを抑えたい。加えて白瀧さんの負担を減らすという意味もあります」

「え?」

「終盤間際、敵の反撃を警戒してって事ですか?」

 

 敵の動きを予想したうえで、対処する。それは理解できる。だが白瀧の負担を減らす必要まであるのかと疑問が湧いた。 

 

「それもありますが。……正直に言えば、フローの状態に入った時は体力の消耗が大きくなるんです」

「ええ。流れを取りに行くために前半戦から使用しましたが、本来は避けたいもの。ゆえにここからは白瀧さん以外の4人を主体としたオフェンスに切り替えていきます」 

 

 白瀧が悔し気にそう呟く。

 没頭状態に突入すると能力を存分に震える代わりに、体力消耗も大きくなるのだ。体力消費の効率に長ける白瀧でもそれは変わらない。

 ゆえに後半戦は少し方針を変えようと藤代は試合方針を決めていた。

 

「ですが、だからと言ってやる事は変わりありません。青峰さんの模倣がくれば対処は難しい。それまでに点差を引き離しておく必要があります。故に——ただ攻めあるのみ!」

『おう!』

 

 選手の気を引き締めるよう、藤代が活を入れる。

 栃木は前半戦の良い流れを維持したまま後半戦に臨むこととなった。

 問題ない。

たとえ敵がどのような手を打とうとも、栃木も対抗するだけの戦力がある。対策もある。何より黄瀬打倒に燃えるエースがいる。

誰もがそう思っていた。

 

 

————

 

 

休憩(インターバル)終了です。これより後半戦第3Qを始めます』

 

 休憩の10分が終了する。

 アナウンスに従って各々選手5人が入場した。

 ただ、前半戦と比べその陣容は少し変化を見せている。

 

楠out神崎in

勇作out光月in

 

 栃木は前半戦で攻守に貢献した楠・勇作の両名に代え、神崎・光月の一年生二人を投入。

 

 黄瀬out中村in

 

 対する神奈川はエースである黄瀬をベンチに下げ、二年生の中村をコートに向かわせた。

 中村真也(2年) SG 181㎝

 

「おっ。両チーム選手交代か」

「栃木は大仁多のルーキー二人を入れましたね。でも」

「神奈川は黄瀬を下げた?」

 

 この動きに観客席では首をかしげるものが多い。

 栃木の選手交代はまだ理解できるが、神奈川が攻守の要である黄瀬をベンチスタートさせる理由が不明だったからだ。

 栃木も黄瀬がコート入りしないとは予想していなかった為に、皆懐疑的な反応を示している。

 

「黄瀬がいないとなると随分話は変わってくるぞ」

「僕たちにとってはやりやすくなりそうだけど……」

「気にするな! 俺たちがやる事に変わりはない! いつも通りいくぞ!」

『ハイ!』

 

 敵の動きに惑わされるなと小林が声を張り上げた。

 主将の檄を受け、他の4人も一気に表情が引き締まる。

 こうして両校に動きがみられるなか試合が開始された。

 後半戦は神奈川ボールで再開。

 ゆっくりと笠松がボールを運んでいく。

 栃木のマークはマッチアップが多少変わったものの、基本的に前半と変化はなかった。笠松には小林、森山に神崎、中村に白瀧、早川に光月、小堀にジャンがついている。

 前半同様に小林の厳しいチェックが付く。だが笠松は冷静にボールをキープし続けて。

 そして仕掛ける時には一気に動いた。

 

「ッ!」

(速い!)

 

 おそらくキセキの世代を除けば一番と言っても過言ではない全速力のドライブ。

 一瞬反応が遅れるが、小林も負けてはいない。すぐに笠松の後を追い、ジャンプシュートを放とうとしたコースを塞いだ。

 

「撃たせん!」

「チッ!」

(やはり高いか!)

「小堀!」

 

 シュートが不可能と察すると笠松は小堀へのパスを選択。ゴール下へパスをさばく。

 ボールを手にした小堀がターンアラウンドシュートを放った。

 だがこれもジャンのブロックによってリングに弾かれる。

 

「オオオッ!」

「くっ!」

「リバウンド!」

 

 ボールが宙を舞い、その行方は残ったゴール下の選手に託された。

 

「うっ!」

(早い! いつの間に!)

「ふんがっ!」

 

 厳しい争いを制したのは、神奈川の早川だ。

 素早く光月の前に回り込むと彼の動きを封じつつボールに飛び込む。そして指先でリングへと押し込み、得点を決めた。

 

「入った!」

「後半戦、先制は神奈川だ!」

「簡単に逆転は許さない!」

 

 気迫で得点へと結びつける神奈川。エース不在といえど、そう易々と流れを渡さないと示すようなプレイだ。

 

「よっしゃあ!」

「ナイッシュ!」

 

 声を精一杯出す神奈川の選手達。後半戦開始直後とあって勢いは盛んであった。

 

「ふうっ。やはり笠松のマークは疲れるな」

「でも小林さんの高さでスリーを抑えられるのは大きいですよ。やはり外からの攻撃を決められるのは厄介ですからね」

「ああ」

「おーい、それなんだけどさあ」

「うん?」

 

 小林が厳しいチェックについているおかげで笠松はスリーを打ちにくく、ドライブの選択肢が多くなっている。栃木にとってこの効果は大きいものだ。

すると小林と白瀧が会話をしている中に神崎が割って入ってきた。

 

「黄瀬もいないって事ならさ、俺と要のマーク変えてくれないか? 俺が中村先輩のマークにつく」

「……ああ、そうだな。確かに5番(森山)のスリーを警戒するという点でもその方がよさそうだ」

 

 戦力としても、因縁としてもその方が良いだろう。神崎の言いたい事を理解して白瀧は彼の提案を了承した。

 直後、栃木の反撃。

 栃木の攻撃に対し、神奈川は大きく方針を変えてきた。

 まず白瀧に対して笠松が、神崎に対しては中村がマンツーマンでマークにつき、残る3人は森山をトップに中を固めるトライアングルツーディフェンスを敷いている。

  

(神奈川は白瀧と神崎。外を警戒してきたか)

 

 小林は横目で自チームの一年生二人のマッチアップを観察した。

 

「前半はうちの馬鹿がだいぶ世話になったな。俺がその礼をしてやるよ」

「……礼なんていりませんよ。俺も昔に随分と世話になりましたので」

 

 笠松と白瀧の組み合わせは勝負慣れしれいる者同士の対戦とあってか、緊迫した雰囲気が流れているように見える。

 

「久しぶりだな、神崎」

「ええ。こんなに早く当たるとは思っていませんでした。中村先輩」

 

 一方、複雑な関係を示しているのが中村と神崎の二人だった。

 同じポジションの組み合わせであるこの二人、実は高校よりもずっと前からの知り合いである。

 小林は試合前、神崎が大仁多のチームメイトに打ち明けた話を思い返していた。

 

『知り合い?』

『はい。ミニバスをやっていた頃なのでだいぶ前になるんですけど、その頃のチームメイトだったんですよ』

 

 ミニバスケットボール、通称ミニバス。小学生のみで構成されたバスケ競技であり、学校や地域のクラブチームなど様々な団体が存在する。

 神崎はそのミニバスで当時神奈川にあったクラブチームで中村と同僚だったというのだ。

 

『当時から二人とも同じポジションでレギュラーを競い合っていたんです。ただ、攻撃を重視するというチーム方針もあって、中村先輩が最後の年の大会でレギュラーとして出場したのは俺でした』

『そうか。そういえばお前の出身地は神奈川だったな』

『中学は別なのでチームメイトとしてはそこで終わったんですけどね。でも、俺が全中ではベスト16で敗退したのに対し、中村先輩は中3でレギュラーとして活躍してベスト8まで勝ち残って。そして地元の強豪である海常に進学した』

『——立場が逆転した、ってことか』

『ああ』

 

 共感したのか、白瀧が悔し気にそう呟くと神崎が頷く。

 

『海常には入りたくなかった。悔しかったのもそうなんだろうけど。……何でだろうな?』

 

 様々な思い入れがあるのだろう。うっすらと笑みを浮かべて首をかしげる神崎。皆静かに口を閉ざし、彼の言葉に耳を傾けていた。

 

『同じポジションの先輩として尊敬していた。けど負けたくもなかった。だからこそ勝敗がつきにくい味方じゃなくて、敵として戦いたかったって事なのかな?』

『それはきっと誰にもわからない。戦わない限りはな』

『——ハッ。それもそうだな。まあ、だから頼みがあります。もし俺が試合にでて、そして中村先輩も試合にでるって状況があるなら。その時は俺に任せてください』

 

 白瀧に諭され、神崎にいつもの強気な姿勢が戻ってきた。

 最後に仲間に頭を下げて頼み込む。

 この試合で超えるべき壁を持つのはエースだけではない。自分も過去を超えたいのだと神崎の想いが籠められた一場面であった。

 

「……くっ!」

「自由にはさせないぞ、神崎!」

 

 場面は現在に戻り、神崎と中村の対戦に。

 中村はディフェンス力に長けた選手であり、その実力は全国でも目を見張るものがあった。

 スリーが最大の武器である神崎にぴったり張り付いて自由にはさせない。ボールを手にしたものの、神崎は身動きを取る事が出来なかった。

 

「戻せ、勇!」

 

 そんな仲間を助けるべく白瀧が横から駆け付ける。

 神崎の後ろへ向かうと、後ろから白瀧へ手渡しでボールを預け、そのまま外へ切り込もうと加速する。

何とか彼を阻もうと笠松が全力で後を追った。

すると白瀧はボールを手にしたと同時に逆に切り返す。笠松の不意を突き、中央へと切り込んだ。

 

「ぐっ!」

(しまった!)

「うおおおっ!」

 

 フリーになり、レイアップシュートに移行する白瀧。すかさずゴール下から小堀が出てブロックに跳ぶ。

 ならばと白瀧は小堀の横からパスをさばいた。

 その先にいるのはジャンだ。マークが存在しない状態を確認すると、勢いよくワンハンドダンクを沈める。ゴールは大きく揺れ、その威力の大きさを示していた。

 

「ナイッシュ!」

「当然ダ」

「白瀧もナイス!」

 

 やはり栃木のオフェンス力は高い。一人を封じようと、他の4人が補えるだけの力を持っている。

 黄瀬のいない現状ではしのぎ切る事は難しかった。

 

(どうだ、黄瀬。何の目的でベンチに下がっているかは知らないが、それならそれでいい。この間に俺達はどんどん得点を——)

 

 得点をアシストした白瀧は『どうだ』と言うように神奈川のベンチ、強いては黄瀬をにらみつける。

 すると、白瀧は黄瀬がベンチに座ったまま、何かを熱心に見つめているのに気が付いた。

 

(あれは、カメラか? やはり青峰の模倣を今一度観察し直しているのか?)

 

 両手に抱え込んでいるのでわかりにくいが、おそらくは試合を記録しているビデオカメラだろう。

 やはり青峰のバスケスタイルそのものを模倣しているのか。

 なおさら攻めの手を緩めるわけにはいかないと白瀧はよりプレイに熱を篭める。

 直後の神奈川のオフェンス。中村から早川へのパスに白瀧が反応し、ボールを奪った。

 

「あっ!」

「スティール!」

「まずい!」

「チイッ!」

 

 すぐさま反撃しようと走り出す白瀧の体に笠松が手を当てる。

 これを見て審判の笛が鳴り、試合が一時中断された。

 

『ディフェンス、プッシング。黒4番!』

 

 栃木の速攻を防ぐにはこれしかない。笠松の冷静かつ的確な判断だった。あのままでは確実に速攻を決められ、逆転されていた事だろう。

 

『栃木県、タイムアウトです!』

「えっ?」

「タイムアウト? しかもうちが?」

 

 そしてこの試合中断と同時に、藤代が取ったタイムアウトが行われた。

 後半戦開始してすぐのタイムアウトに神奈川はもちろん栃木の選手達も疑問を抱く中、すぐさまベンチに引き上げていく。

 

「白瀧さん。一つお聞きします。もしも黄瀬さんがしばらく休むとしたら、青峰さんの模倣が出来る時間が伸びるような事はあるでしょうか?」

「なっ!?」

「は、ハァッ!?」

 

 5人が戻るや否や、藤代が白瀧に問いかける。

 藤代も黄瀬がベンチに下がる意味を考えていたのだろう。突然の指揮官からの問いかけに、白瀧は少し考えた後に口を開いた。

 

「……ありえない、とは言えません。確かに5分というのは試合にフル出場した疲労も考慮しての事。もしも黄瀬が今下がっている理由が休養の意味もあるのだとしたら、間違いなく5分はもち、さらに時間が延びる可能性も出てきます」

 

 中学時代の事も振り返って冷静に言葉を綴った。

 自分でも恐ろしい事だとは思う。しかし昔も黒子や自分を始めとした控え選手との交代の後は変わらぬ調子で、時にはさらに調子を上げて試合に臨んでいた。

 ならば今回も予想を超える事は十分にあり得る。相手は進化する天才だ。万が一が十分起こり得る。

 

「なるほど。ならば少し方針を変えましょう。敵がインサイドとスリーを警戒しているので、そこを突く。白瀧さん、あなたにはしばらくパス回しと味方のフォローに回ってもらい、隙があれば外から狙ってください。また少しだけ入れ替えを行います」

 

 故に栃木は先手を打つ。

 白瀧が終盤で青峰の模倣を振るうであろう黄瀬を攻略するだけの体力を残しつつ、この第3Qで優位に立つべく藤代が手腕を振るった。

 

 

————

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 一分の作戦会議が終わり、試合が再開される。

 神奈川は敵に予想とはずれるような動きがなかったために特に作戦変更はなかったが、栃木はここでさらに動いてきた。

 

小林out勇作in

 

司令塔である小林を下げ、代わりに前半戦でも活躍していた勇作をコートに送る。

 

「そちらの小林を下げてうちの勇作を投入するとは。普段ならば絶対に見られない光景だな」

「ええ。国体ならではです」

 

 二校の主将を務めた事があるもの同士の交代。あり得ない光景に岡田と藤代は面白そうに笑った。

 そんな中、小林が抜けた事でできた司令塔の穴は白瀧が埋める。

 

「さあ一本! じっくり決めていこう!」

 

 先の速攻とは打って変わってゆっくりボールを運ぶ白瀧。

 このタイムアウトで神奈川に何か変化があるかの確認しようという動きだ。

 しかし神奈川に特に戦術の変更がないと理解すると、すぐに仕掛けていく。

 ワンドリブルで笠松を振り切った白瀧。速さに長けた敵とはいえ、それは白瀧も同様だ。そして黄瀬に対抗しようとしている今、白瀧が負けるわけにはいかない。笠松のマークが外れると素早くゴール下へパスをさばいた。

 その先にいるのは光月。早川が背に立っている状態でボールを手にする。

 

「行け、明。真っ向からの力勝負で、お前の力に対抗できるやつなんていない!」

 

 相手がいようと光月には関係なかった。

 白瀧は自信をもって光月にボールを託すことが出来る。

 あの力自慢の陽泉を相手にパワーで挑んでいたのだ。海常であろうとも、光月を止める事は不可能だと。

 

「うおおおっ!」

 

 光月のパワードリブル。異常な力を前に、ディフェンスについていた早川は呆気なくポジションを奪われていく。

 

「なっ!? おっ、おおっ!?」

「早川!」

「くそっ!」

 

 その力を前に早川はあっという間にゴールに近寄られ、光月は素早くゴール側へとターンした。

 ジャンプシュートを放つと、小堀が辛うじて指先で触れる。

 ボールはリングに弾かれた。だが問題はない。

 

「さっきのお返しだ!」

 

 勇作がチップインで得点した。彼の投入によりゴール下の厚みは強まっている。

リバウンド争いも白瀧が参加する必要がなくなったものの、光月の存在もあって栃木がインサイドを支配しようとしていた。

 その後の神奈川の反撃。

 今度は外からシュートを狙っていく神奈川だが、森山のスリーが白瀧に阻まれてしまう。 

 

「うおおっ!」

「ぐっ、うっ、おっ!」

 

 早川が動きだす前に、光月が背中で彼を抑えつけた。

 こうなれば体格で勝るのは光月だ。早川は身動きが取れず、光月のディフェンスリバウンドを許してしまう。

 

「また栃木がボールを手にした!」

「インサイド、一気に栃木が優位に立ったのう」

「早川さんの存在を光月君が抑えているのが大きいです。加えて神奈川は黄瀬君が下がって高さが下がったのに対し、栃木は橙乃(勇)さんがSFのポジションに入ってインサイドが強くなっている。これは厳しいでしょう」

 

 前半戦こそ早川がリバウンドを手にしていたから神奈川はゴール下で力を発揮していた。

 だが今は栃木に光月が入り、ジャンと勇作も引き続きリバウンド争いに参加する事で形勢は大きく変わっている。

 桃井はこの戦況を覆すのは黄瀬がいない限り不可能であろうと、試合の流れを察した。

 

(……皆越えて行く。要も、明も。キセキの世代という化け物みたいなやつらと戦って、それでも心折れずに強くなっている)

 

 キセキの世代と渡り合い、成長するチームメイトの二人を羨まし気に見る神崎。

 二人と比べれば自分はどうだ。相手は紫原でも黄瀬でもない。なのに自分だけが指をくわえて現状を維持するのか?

 ——冗談ではない。

 神崎も一人、覚悟を決める。

 

「中村先輩」

「ん?」

「俺だけこのまま負けっぱなしってわけにはいかないんですよ。俺はここで、あんたを倒す!」

 

 自分だけの戦いではない。すでに引退した山本、他のチームメイトの想いも引き継いだのだから。

 白瀧からパスを受けた神崎。

 大きく上体を動かしてシュートモーションに入り、中村を引き付ける。

 そして素早く中へと切り込んだ。山本のドライブを彷彿させる速さは中村のマークを一瞬引き離す事に成功する。

 

「ぐっ!」

(神崎、ビデオでも見ていたが、やはり良いスピードを手にしている!)

「だが」

「残念だな。行き止まりだ!」

 

 しかしドライブを読まれていたのか、ゾーンのトップに立つ森山が詰め、中村との挟み撃ちの形となってしまった。

 パスコースも厳しく、これではまたボールをキープするのも精一杯だろう。

 

「いや、負けない! オフェンスこそが俺の武器なんだ!」

 

 否。相手がディフェンスに長けた選手ならば、神崎はオフェンスに長けた選手。ただで終わるわけがなかった。

 森山が迫る中、神崎は森山に対して右足を一歩踏み込み、そして勢いよく床を蹴って二人から遠ざかる。

 

「なっ!?」

(距離が遠い。ステップバックシュートか!)

(だがそれも陽泉戦のビデオで見ている!)

「撃たせない!」

 

 神崎がIHで新たに手にしていたステップバックシュート。

 ディフェンスとの距離を空ける技だ。

 されどこれも二人はすぐに反応する。距離を空ける神崎との間を一歩で詰めてブロックに跳んだ。

 

「言ったでしょ。俺があんたを倒すって!」

「ッ!?」

 

 だがブロックは届かない。

 確かに距離を詰めたはずなのにまだ距離が出来ていた。後方に下がりながら放たれた神崎のジャンプシュートが、静かにリングの中央を射貫く。

 

「なにっ!?」

「決まった!」

「今のは……」

「ステップバックフェイダウェイシュート?」

 

 神奈川の選手達が驚愕に目を見開いた。

 今のはステップバックシュートと彼が得意とするフェイダウェイシュートの組み合わせだ。ステップバックで一度相手との距離を空けた後、さらにフェイダウェイシュートでさらに相手を置き去りにする。一歩詰めただけでは間に合わない。卓越したボディバランスがなければできない技だ。

 

「よしっ!」

 

 力強くガッツポーズをする神崎。

 彼もようやく、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

————

 

 

 その後も栃木の猛攻は止まらなかった。

 

「さあ、どんどん行くぞ!」

 

 神崎はワンドリブルで中村を揺さぶると、そのままスリーを放つ。

 切り込みも警戒していた中村のブロックは少し遅かった。神崎のスリーが炸裂する。

 

「うおおっ!」

「ちいっ!」

(こいつ。まだタイミングが取れていないはずなのに、瞬発力で強引にコースを塞いでくる!)

「ナイス!」

 

 ディフェンスでも勢いは止まらなかった。

 森山の変則シュートに白瀧が触れると、リバウンドを制したのはジャン。この後一次速攻こそ防がれるものの、ゴール下の光月を起点に攻めて得点に成功した。

 栃木が攻守で圧倒している。この勢いを止める術は、黄瀬を欠く神奈川には存在しなかった。

 第3Q残り2分を切り得点は(栃木)66対51(神奈川)。

 前半戦までは同点だったが、ここまでの戦いで栃木が15点も引き離していた。

 

「……監督。大丈夫っス。行かせてください!」

「ああ。頼む。この流れを変えてくれ」

 

 これ以上はもう見ていられないと判断したのか、あるいは仕込みが完了したのか。

 黄瀬がベンチから立ち上がり監督に頼む。武田も戦況を理解し、それしかないと許可を出した。ついに黄瀬が選手交代を告げに行く。

 

「藤代監督! 来ます!」

「黄瀬さんですか? わかりました。小林さん、行けますか?」

「はい、任せてください!」

「お願いしますよ。またあなたに司令塔を一任します」

 

 すると相手の動きを観察していた西條がすぐに神奈川の動きを藤代に報告した。

 相手に呼応して藤代もすぐに小林の状態を確認し、指示を出す。黄瀬が入るならば相手をするのは白瀧だ。その彼に引き続きPGを任せるのは重荷だろう。ならばこの場面で司令塔は小林以外に務まらない。

 小林もすぐに着替えて選手交代に向かう。

 

選手交代(メンバーチェンジ)です』

 

 そしてボールがラインを割った後、アナウンスが流れた。

 指示に従いって栃木は勇作が、神奈川は中村がそれぞれベンチへと戻っていく。

 

 勇作out小林in

 中村out黄瀬in 

 

「よくやってくれた」

「ああ。気を緩めるなよ」

「後は頼むぞ、黄瀬」

「はい。休んでてください、中村先輩」

 

 皆一言告げて入れ替わる。小林と黄瀬、二人とも気迫に満ち溢れた表情をしていた。

 

(問題はないはずだ。15点差まで離したこの戦況。仮に青峰さんの模倣が伸びたとしても10分丸々できる程伸びるなんて事はないはず。間違いなく栃木が有利だ)

 

 敵のエースが戻ったとはいえ流れはまだ栃木にある。得点差も十分だ。余力も残っている。栃木の優位は変わらないはずだ。

 

(なのに何故こうも胸騒ぎがする?)

 

 だが、長年指導者を務めていた藤代は嫌な予感が止まらなかった。

 

「よしっ。行くぞお前たち。反撃だ!」

「気を引き締めろ。第3Qは残り僅か。さらに点差を広げるつもりでいけ!」

 

 いずれにせよ、ここは大きな分岐点となる。

両県の主将がチームに活を入れた。時間は少ないが、おそらくは第4Qにつながる時間帯となるだろう。

 まずは神奈川ボールで再開。

 何としても攻撃を成功させたい神奈川が命運を託すのは、やはりエースだ。笠松から黄瀬へとボールが渡る。 

 

(ああ。俺が勝つ。もう負けない。負けさせない!)

 

 ボールを持った黄瀬は冷静に、かつ闘志を燃やし対面する敵、白瀧を睨んだ。

 

「白瀧っち。さっき言ってたっスよね。全部に勝つって」

「あ?」

「——じゃあその全部に、白瀧っち自身は含まれているんスかね?」

「えっ?」

 

 突然の問答に白瀧はすぐに答えられなかった。

 そして彼が考えるよりも先に、意味は明らかになる。

 ——黄瀬の体から殺意のような気迫があふれ出した。

 冷や汗が白瀧の頬を伝う。

 「まさか」と脳裏にこの先の未来が過ぎり、そして現実と化した。

 突如大きく切り込んだ黄瀬。

 右横を突破せんとするドライブに白瀧も食らいつく。すると黄瀬は白瀧のマークを振り切れないままレイアップシュートを撃とうと前に跳ぶ。すかさず動きを呼んだ白瀧が跳躍するが、ここから黄瀬は彼の足元をすべるように駆け抜けた。

 

「なっ!?」

(これは、ギャロップステップか!?)

「チイッ!」

 

 跳んでしまった白瀧では間に合わない。黄瀬がジャンプシュートを撃つのを見て、ジャンが代わってブロックを狙う。

 

「無駄っスよ」

「ッ!?」

 

 そのディフェンスに対し、黄瀬は指先を転がすようにボールにスピンをかけてリリースする。回転がかかったボールはバックボードに当たって軌道を変え、リングを潜り抜けていった。

 

(これは、ヘリコプターシュート!?)

(間違いない。今のは、俺の技だ。だけど、今日俺はこの技を見せていないはず!)

 

 今の一連のプレイは白瀧の技そのものだ。しかし今日黄瀬の前では見せていない技の連続を目にして、白瀧は焦りを抱く。

 

「気にするな! 一本決められただけだ! こっちも攻撃を決めていこう!」

 

 ただ恐れすぎてはならない。小林はドリブルを続けつつ、指示を飛ばした。

 まだこちらがリードしている状況だ。一本ずつ決めていけば問題ない。

 

(とはいえ、さすがに黄瀬に活躍されすぎてはマズイ。ここは確実に攻める!)

「光月!」

 

 小林は勝率が高い場面を選び、ゴール下の光月へとパスをさばいた。笠松の頭上を越えるパスは敵も反応できなかった。難なく光月はパスをもらうと、パワードリブルで中へと攻めていく。

 

「ぐぅっ!」

(今だ!)

 

 早川が押し返すのに必死な状況でいると、光月が隙を見てスピンムーブ。ゴール側へと躍り出てワンハンドダンクを放った。

 

「させないっスよ!」

「なっ!?」

(いつの間に!? なんて瞬発力!)

 

 彼のこのシュートを横から黄瀬のブロックが阻んだ。ダンクが決まる寸前、光月の手からボールを叩き落とす。

 

「……このッ! 何時までも好き勝手にやらせてなるものか!」

 

 ならばと今度は白瀧がゴールを狙っていく。

 小林からパスがさばかれるや、一閃。すさまじい切り返しで黄瀬の横を突破する。

 

「無駄っスよ。今の俺に隙はない」

(バックファイア!)

「ぐっ!?」

「よしっ! ナイス!」

 

 だが抜かれた黄瀬は背後からスティールを敢行した。ドライブで切り込む白瀧のボールを叩き、攻撃を封殺する。しかもボールは森山の手に渡り、栃木は機会を逃してしまった。

 

(マズイ。このままだと!)

「うおおっ!」

「うっ!」

 

 このまま神奈川に流れを渡しては駄目だと神崎が奮起する。

 森山が外からシュートを狙うと、指先は触れられないもののプレッシャーをかけたおかげでこのシュートはリングに弾かれた。

 ボールはリバウンドを任された選手達にゆだねられる。

 

「ここ、っスね」

「うっ!」

 

 すると、そのボールにいち早く飛びついたのは黄瀬だった。

 あえてポジション争いにセットしない飛び込みリバウンドで瞬く間にボールを掠め取っていく。

 

(こいつ!)

「間違いない。黄瀬さんがベンチにいたのは休養の為ではない。——白瀧さんのバスケスタイルそのものを、模倣していたんです」

 

 攻守に躍動する黄瀬。彼の活躍を見て、白瀧が、藤代が確信に至る。

 今黄瀬が模倣しているのは、かつてIHで彼がやっていた事と同じ。白瀧の技ではなく、バスケスタイルそのものを模倣している。その模倣を完成させるために、あえてベンチに下がり、ビデオでも彼が観察できなかったものを目にし、自分の物にしていたのだろう。

 

「もしも本当なら最悪の展開やな。青峰と黄瀬君が互角だったのは、二人に身体能力に差がなかったからや。せやけど、今は違う」

 

 今吉が残酷な事実を告げる。

 青峰と黄瀬の対戦とは話が全く違う。何せ白瀧は黄瀬にスペックで圧倒的に劣っているのだ。もしも全く同じバスケスタイルで挑まれたならば勝ち目はないだろう。

 それを示すように、今再び黄瀬にボールが渡ると果敢に切り込んでいく。

 白瀧が必死に食らいつき、自由にはさせない。すると黄瀬はレイアップシュートの構えから持ち手を入れ替えると、ボールを持つ左手を体の後ろへと回す。

 

(ビハインドパスか!)

「させねえ!」

 

 読み合いで勝てれば勝機はある。白瀧は懸命に手を伸ばし、シュートコースを塞いだ。

 そんな彼をあざ笑うかのように、ボールは黄瀬の右ひじに当たって逆側へと向かっていく。

 

「なん、だと……!?」

(エルボーパス!)

 

 パスの先に笠松が走り込んだ。スリーポイントラインの外側でボールをもらい、そのままスリーを放つ。

 

「撃たせん!」

 

 そうはさせるかと小林が跳んだ。

 長身を活かしたブロックだ。触れる事こそ出来なかったが、そのプレッシャーは非常に大きなものだ。これは落ちると小林は視線をリングに向ける。

 そして小林は、笠松が放ったシュートがリングを潜り抜ける瞬間を目にした。

 

「なっ!」

「悪いな。ここで決めなきゃ、主将の立場がねえんだよ」

 

 まさに執念の一発だった。エースが繋いだチャンスを主将が決める。神奈川をさらに勢いづかせるプレイだ。

 

「要のバスケスタイルを模倣したならば、第1Qのような分析も難しい」

「パスだって出すし、そもそも奴の動きは変幻自在だ。止められねえ」

「しかも青峰の模倣と違い、これなら残り時間すべて模倣しても体力が持つ。考え得る限り最高の手だ」

「これならまだ他のキセキの世代の模倣の方がマシだったかもしれないわね。違う戦術なら対抗する術だってあったでしょうに、上位互換となれば話は全く違うわ」

 

 赤司は当然の結末だろうと表情一つ変えずに呟いた。根布谷達もこれは厳しいだろうと結論を出している。

 

「嘘だろ」

(あんなパスは司令塔並の視野がなければできないはずだ。そしてそれを得るためには司令塔としての修練が欠かせない。一朝一夕でできる事じゃないだろ)

 

 一方、敵の鮮やかな動きを目にした白瀧は頭を抱えていた。

 あれほど完璧にこなすには司令塔としての長い日数が必要となるはずだ。いくら黄瀬でもそう簡単にはできないと思っていたのに。

 それすらも、奴は自分の物にするというのか。

 

「——ッ。主将!」

「白瀧?」

「このまま終わらせないですよ。俺が、決めます!」

 

 それでも負けてなるものかとい自分に言い聞かせた。

 小林にボールを要求し、絶対に勝つんだと闘志をたぎらせる。

 まだ白瀧には切り札が残っている。それならば勝ち目はあるはずだと。

 

(フロー強制解放!)

 

 今一度、彼は没頭状態に突入した。

 

「ッ!?」

 

 その直後、彼はこの試合で一番の驚愕を覚える。

 

「——残念だったな白瀧、藤代。お前たちが想定している以上に、黄瀬涼太は天才だ」

 

 武内が冷たい口調で断じた。これが神奈川のエースだと、示すように。

 

(フロー強制解放)

 

 黄瀬も白瀧と同じ没頭状態に突入する。

 

「……ばかな」

 

 思わず白瀧はそう言葉をもらした。

 いくら黄瀬が自分のバスケスタイルを模倣したとしても、これだけは無理だと思っていた。

 何故ならフローは白瀧が自分の力だけでは到達できなかったものだ。帝光時代に偶々彼が追い詰められた精神状態がうまく適応し、解放する条件を満たしたから入れた没頭状態。本来ならば入れたとしてももう少し先の事であっただろう。

 自分だけでは入れなかったのだから、相手とて自分を模倣しても入れないはずと考えていた。

 

(見たもの全てを模倣する。凡百の努力などすべて一笑に付す、進化する天才)

 

 ——何故思い至らなかったのだろうか。

 もしも相手の力量を上回る存在が自分を模倣したならば、たとえ自分の力だけでは至らなかった領域にさえも、届いてしまうだろうと。

 

「隙ありっス!」

「ッ!」

『アウトオブバウンズ、白ボール!』

 

 白瀧の腕からボールをはたく黄瀬。辛うじてボールはラインを割ったおかげで攻撃の機会は続くが、白瀧は目の前に広がる現実に打ちひしがれていた。

 

(ああ、改めて実感させられる。俺がどうしてこれほど黄瀬に怒りを覚えているのか、恐れを抱いているのか。——理想なんだ。俺にとって黄瀬は理想そのものなんだ。俺が追い求めた俺そのものなんだ)

 

 背が高く、力もあり、何でもこなすことが出来る完璧な万能選手(パーフェクトオールラウンダー)。それは紛れもなく白瀧が追い求めていた目標の選手、模範のSF、夢見た自分だ。

 その理想の相手が理想の自分を体現している事に、白瀧は大きな衝撃を覚えていたのだ。

 

(キセキの世代は他のやつの強さを敬い、認めこそすれど、そうなりたいと思う事はないだろう。俺だけ違うんだ)

『どうしてあいつなんだ! どうして俺じゃない!? どうして俺はあいつ程強くなれないんだ!』

(俺だけが、その存在を憎らしく思っているんだ)

 

 これがおそらくは白瀧とキセキの世代の違い。皆が自分の方が強いと思い戦う中、嫉妬の感情を抱く事をやめられない。

 

(俺はお前のようになりたかった)

 

 声にもならない悲痛な叫びは、白瀧の正真正銘偽りのない想いだ。かつて彼が初めて黄瀬のプレイである模倣を目にした時から抱いたもの。

 ただひたすらに強く、何をも救えるだけの力を手にしたかった。白瀧は黄瀬を羨ましく、そして同時に憎らしく思っていた。

 叶えたくて、されど実現には至らなかった理想の自分。それが今最高の形で、最悪の敵として白瀧の前に立ちはだかる。

 

「……まずいぞ」

 

 何とか小林のジャンプシュートが決まり栃木に得点が記録された。

 しかし栃木が得点を決めたにも関わらず、青峰は栃木のピンチは続いていると警告する。

 

「ここで負けたらおそらく、白瀧のフローが切れる。しかも最悪の切れ方だ。試合の切れ目として途切れるんじゃねえ。全力を出して通用しないとなれば、集中力も戦意もゆらぐだろう」

 

 次の攻防ですべてが決まると青峰は言う。

 残り時間を考えればおそらく次が第3Q最後のプレイだ。そしてその戦いでもし白瀧が黄瀬に敗れるような事になれば、立ち直る事も難しくなる。

 

「絶好調から一転、絶不調だってあり得る」

 

 試合の行方が決まりかねない大事な局面。

 それを理解しているのか、ついに黄瀬へとボールが渡る。

 

「——黄瀬!」

 

 絶対に勝つと白瀧が叫ぶ。

 

「悪いっスね。もらうっスよ、この勝負!」

 

 負けてなるものかと、黄瀬が吼える。

 ピッタリマークにつく白瀧をチェンジオブペースで揺さぶり、一気に加速。

 白瀧が追いすがるも、黄瀬はフリースローラインに到達すると跳躍。軌道が高いティアドロップを放った。

 

「ッ!」

 

 背丈で劣る白瀧はこのシュートに触れる事さえできなかった。

 自分の得意技が綺麗に決まる瞬間を、第3Q終了のブザーと共に目に刻む。

 

『第3Q終了です!』

「ぐっ!」

(強い。強すぎる。俺よりも、ずっと完成度が高い俺そのもの……!)

「おい、白瀧!」

「マズイ!」

 

 体を震わせ、両の拳を力の限り握りしめる白瀧。

 そんな彼の異変を察して小林や藤代がすぐに声をかけようと駆け寄るが。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 それよりも早く、白瀧の叫びがコートに木霊した。

 

「うおっ。何だ急に?」

「やけになったのか?」

「……いや」

 

 突然の咆哮は観客席にも一部聞こえる程だった。

 試合を投げ出そうとしているのかと、葉山達が批判する中、赤司がその意見を否定する。

 

「——フウッ。すみません。大丈夫です」

 

 一つ大きな息を吐き、白瀧は仲間に無事をアピールする。

 

「ギリギリだったな。フローが解けかけた瞬間、強引に声を張り上げて嫌な気持ちを発散させやがった」

「そこら辺は勝負なれしとるのう。ただ、まだ現状を維持できただけやで」

 

 あのままでは間違いなくフローが切れ、絶不調になっていただろう。故にその前に会えて声を荒げる事で流れを完全にそこで途切れさせる事で絶不調にならないようにしたのだと青峰は解説する。

 たしかにこれならばまだ希望は繋いだ。

 だが、まだ勝利の糸口が見つかったわけではないと今吉は笑みを浮かべて言う。

 

「あの勢いなら黄瀬君の力で逆転するのも無理ではないで。栃木が勝つには、白瀧君が自分より強い自分に勝つしかない。できなければおそらく、栃木の負けや」

 

 黄瀬に二人以上割くのは得策ではない。神奈川は高精度のスリーを決める二人がいる上にリバウンドも強い。人数を分散させればそこから突破されるだろう。

 故に黄瀬を止めたければ一対一で止めるしかない。

 だが、今白瀧のバスケスタイルを模倣している黄瀬を止めるのは難しい。

 第3Qを追えて(栃木)68対58(神奈川)。リードしているのは栃木。しかし、追い詰めているのは神奈川の方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

 突然の咆哮は観客席にも一部聞こえる程だった。

 試合を投げ出そうとしているのかと、葉山達が批判する中、赤司がその意見を否定する。

 

「——フウッ。やべえ、疲れた」

「逆効果じゃねえか!」

 

 実際大きな声で叫ぶのって結構疲れる。

 




昔よく聞かれた白瀧の身長に関する設定について、紫原の台詞と共に解説。
紫原「白ちんもあと10センチくらいあれば~」
白瀧179㎝
黄瀬189㎝
……これ以上は何も言うまい。

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