黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百九話 超攻撃型

「同、点」

「ここまでの全試合で無失点だった秋田代表を相手に栃木代表が互角の戦いを演じてる!」

「すげえ! これは本当に神奈川戦に続いて『キセキ越え』が起こるのか!?」

 

 16対16。一時は秋田に逆転を許したものの、栃木が中盤から盛り返し、第1Q内で試合を振り出しに戻した。

 圧倒的な才能を誇る『キセキの世代』を相手にここまで戦う事は並大抵の事ではない。栃木の健闘を称えようと観客席からの声援はより一層の熱が篭った。 

 

「これは本当にわかんねえな」

「ああ。このまま行けるのならば(・・・・・・・・・・・)な」

「なんだよ真ちゃん。含みのある言い方をして」

 

 高尾も他の観客と同様にまだ試合の行方はわからないだろうと思っている。しかし彼の横で試合を眺めていた緑間は楽観視できず、不穏な空気を感じ取っていた。

 

「いや、緑間の言う通りだ」

「えっ?」

「確かに第1Qの展開は互角と呼べるだろう。ただ、どちらにより余裕があるかと問われれば間違いなく秋田だ」

 

 それは大坪も同意見である。高尾をいさめる様に、冷静な意見を淡々と語るのだった。

 

 

 難攻不落と呼ばれる最強の盾。魔神を擁する難敵に、攻撃最強が今一度猛攻を仕掛けていく。

 

 

 

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 秋田高校ベンチ。 

 選手達が引き上げてくると荒木は落ち着いた声で第1Qを振り返り、第2Qの指針を示す。

 

「問題はない。16失点は予想を超えるものだったが、同じ展開は続かないだろう。引き続き作戦を続行する」

 

 秋田はこの試合で初の失点を喫したものの、荒木はそれを嘆くことはしなかった。そもそも神奈川を倒して勝ち上がってきた相手がこれまでの敵と同じように抑えられるとは思っていない。

 あくまでも平然と努め、その上でまだ自軍の優位は続いていると選手達に語った。

 

「なぜなら栃木は現状彼らが持ちうる限りのインサイド最強の布陣を敷きながら、うちのゴール下を攻略する事は出来ていないからだ」

 

 理由は栃木の出場選手である。

 栃木は主将である小林を下げてまでパワーと身長(タッパ)に長けた選手で固めながらゴール下では押されていた。リバウンドも秋田が多く獲得し、チャンスをものにしている。元々陽泉の選手達が得意とする展開で十分押し切れていたのだ。

 リバウンドを取れない戦況は非常に厳しいものである。単純に考えてシュートチャンスを確実にしなければならない為、選手達に掛かるプレッシャーは相当なものとなっていた。

 

「いずれボロが出る。加えて氷室の攻略が出来ていない上にうちは紫原が控えている」

 

 この状況は長くは続かない。加えて氷室のシュート、紫原の攻撃参加というオプションが秋田にはある中、優位は揺るがないものだった。

 

「このままインサイドと氷室の個人技で押していけ。そうすれば自然と点差は広がるだろう」

「はい!」

 

 その為秋田は引き続き第1Qと同じ方針を継続する事を決める。

 皆異論はなかった。それこそが自分たちが得意とするものだと理解している。このまま攻撃最強をねじ伏せようと声に力を篭めるのだった。

 

 

――――

 

 

 一方、栃木ベンチ。

 こちらは対照的に指揮官である藤代が大きな賭けに出ようとしていた。

 

「——このままではじり貧になる可能性があります」

 

 秋田ベンチで荒木が告げた説明とまったく同じことを選手達に告げる。

 藤代も理解していた。栃木が持ちうる限り最強の面子で固めても真っ向から打ち勝つのは難しい。

 

「二つ手を考えています。一つは、このまま現状維持。これでも決して押し負けるとは言いません。ですが徐々に厳しくなる可能性もある。もう一つは博打となります。上手く行けば一気に押し勝てる。しかし失敗すれば逆にこちらが不利に陥りかねない危険な手です」 

 

 慎重な物言いに選手達は息を飲んだ。

 どちらも一長一短があって明確な答えはない。非常に難しい問題だった。

 

「そんなの、考えるまでもないだろ」

 

 そんな中真っ先に口を開いたのは勇作だ。

 

「このまま押される可能性があるなら、勝機がある方に賭けたい。賭けるべきだ」

「同ジク一票」

「俺も攻めるべきだと思います。手を打つなら先手を取った方が良い」

 

 彼に続きジャン、楠の二人も賭けに出るべきだと意志を示した。栃木はオフェンス能力に長けた選手が集う。その力を活かすためにも攻勢に出るべきという考えは間違ってはいない。

 

「白瀧さん、光月さん。お二人の意見はどうです?」

 

 藤代はここで彼ら3人と同じく試合に出ている二人へ意見を求めた。

 

「お二人にとって、大仁多の選手にとっては酷な選択だとは思いますが」

「どういう意味です?」

 

 あまり教え子達に聞くべきではないと知りながら藤代は問う。

その口調に楠達が首をかしげるものの、その理由は単純かつ明白なものだった。

 

「そう簡単な話ではないんだ。彼らは……」

「私達大仁多は、その賭けに乗って陽泉に敗れたんですよ。夏のIHで」

「ッ!」

「……そうか」

 

 かつて大仁多は陽泉を相手に全てを賭けて挑み、そして力尽きている。しかも白瀧と光月の二人はまさにその賭けの途中で戦線離脱を余儀なくされた選手であった。何も感じないわけがない。

 

「勿論これが正しいなんて言う事はできません。ですが——」

「大丈夫ですよ、監督」

 

 彼らの心中を察する藤代。しかし白瀧はそんな指揮官の声を遮り、強い瞳で訴えた。

 

「俺達は大丈夫です。もう負けない。その為にここまで来たんです」

 

 黄瀬に勝った今、もはや敗北を恐れる事はしない。白瀧の目に迷いはなかった。

 

「……僕も、同じ気持ちです。やりましょう」

「俺達は攻め続けるべきです」

 

 光月も彼の声に続く。

 自分たちはここまでどんな相手に対しても攻めの姿勢を崩さなかった。だから今回もその気持ちを切らすべきではないと話を続ける。

 

「――そうですね。では、これより作戦を告げます」

 

 皆気持ちは同じであった。

 教え子たちがここまで勝利を、自分たちの力を信じている以上、指揮官が退くわけにはいかない。

 藤代は柔らかい笑みを浮かべて第二Qの指針を告げた。

 

 

――――

 

 

『これより第二Qを始めます!』

「よしっ!」

「行くぞ!」

 

 第二Q開始の合図が響き、両県の選手達がベンチから飛び出していった。どちらも選手交代はなく先ほどと同じ10人の選手が再び相対する事となる。

 

「ああそうだ。橙乃、どうだ? 氷室先輩のシュートを見て、何か分かった事はあるか?」

 

 白瀧も他の4人に続こうと立ち上がって、先にマネージャーである橙乃に頼んでいた事を思い出して振り返った。

 対黄瀬戦の時にも攻略のヒントを与えてくれた彼女である。今回も何か見出してくれただろうかと期待の眼差しを向けて――

 

「遅い」

 

 彼女の短く、強い言葉に打ちのめされた。

 

「あっ。うん、ごめん。もっと早くに聞くべきだった」

「え? 違うよ、そうじゃなくて」

「へっ?」

「耳を貸して」

 

 また橙乃を怒らせてしまったのだろうかとエースが委縮する。そんな縮こまった彼を見かねて、橙乃は助け船を出すのだった。

 

「……なるほど。了解、試してみるよ」

「うん。頑張って」

 

 橙乃が手短に要件をささやくと、その趣旨を理解した白瀧が今度こそコートへ戻っていく。

 

「さあ、行くぞ!」

 

 そして試合が再開された。

 氷室のスローインから始まり、ボールを受けた福井が運んでいく。

 敵陣に迫るやすぐに敵の出方を確認したが、マークの変更などは特に見られなかった。

 

(栃木も作戦続行か?)

「なら!」

 

 同点で第1Qを終えたのだ。決して不思議な展開ではない。

 福井はワンドリブルで楠を引っかけると氷室へとパスをさばいた。

 

「よし!」

「……来い!」

 

 再び氷室と白瀧の戦いの火蓋が切って落とされる。

 

「残念だが、俺のシュートは止められない!」

「ッ!」

 

 そう語るや氷室はすぐさまに飛び上がった。相手に動きを読ませる暇も与えぬようにノーフェイクでシュートを放つ。

 

陽炎(ミラージュ)シュート!)

「ッ、アアッ!!」

「むっ!?」

 

 対して白瀧のブロックも早かった。加えてより高く、氷室のシュートコースを阻むように手を伸ばし続ける。

 

(氷室さんのシュート、最初の頃と比べて放ってからリングを潜るまでの時間が長かった。決まる時間が遅かったの)

(……つまり滞空時間が長いという事か?)

(多分そうだと思う。ボールがすり抜けるなんてありえないもの。ひょっとしたら緑間君のような高軌道のシュートを撃っているのかも)

 

 白瀧が考えていたのはタイムアウト直後、橙乃から得たヒントの事だ。彼女の話によると、氷室の陽炎(ミラージュ)シュートは本来のシュートと比べてボールがリングを潜り抜けるまでの時間が長くなっているという事だった。

 氷室は基本に忠実な選手である。

 これらの事から総合して、白瀧は陽炎(ミラージュ)シュートが高弾道の放物線を描くシュートであり、その為ブロックが難しいのではないかと結論付けた。

 

(なら答えは簡単だ。止めるのではなく、ボールに触れてシュートをずらす!)

 

 氷室よりも背丈で劣るも、白瀧の瞬発力をもってすればシュートコースを塞ぐことは可能である。

 今度こそ止めた。

 白瀧はブロックを確信する。

 

「ああ。やはり君は諦める事はしなかったんだね」

「なっ!?」

「だが無駄だ」

 

 しかし白瀧の懸命なブロックがボールに触れる事はなかった。

 氷室の台詞の直後、ボールは綺麗にリングの中央を射貫く。再び陽泉の得点が記録された。

 

「これでも、駄目か!」

「白瀧君だったね。あえて言っておくが、俺のシュートと君の力は相性が最悪なんだよ。君では、俺を止める事は出来ない」

「……ッ!」

 

 策を講じても届かない。まるで中学時代、黄瀬との戦いを彷彿させるような展開だった。

 

「白瀧、大丈夫か?」

「問題ないですよ。そもそも全部を止められるなんて思ってもいないですから」

「そうか。なら――」

「はい。行きましょう!」

 

 それでも白瀧は今さら怯んだりはしない。楠の声に応じ、彼と共に反撃へ転じて行った。

 

「取られたら取り返す!」

「行くぞ! 走れ!」

「一気に攻め寄せろ!」

 

 白瀧と楠を中心に栃木の選手達が高速でボールを運んでいく。コートの半分を超えるとさらに5人全員が細かいパスで繋いでいき、敵陣に切り込んでいった。

 

「むうっ!?」

(第1Qよりもさらに速い攻撃! 格段にテンポが上がっている!)

「栃木はラン&ガンのスピードバスケットを仕掛けてきたか!」

 

 秋田の選手達や荒木は栃木の意図を一瞬で理解する。選手全員の総力とパスワークで攻撃を仕掛けるチームバスケット。あくまでも栃木は守るのではなく、点を取ろうと挑んでいるのだと。

 あっという間に敵ディフェンスの合間を縫ったパスは勇作からジャンへとつながり、レイアップシュートへと流れるように進んでいく。

 

「今さらそんなのさせないし!」

 

 だがここでずっと自陣で守っていた最強の盾が立ちはだかった。紫原の高いブロックがジャンのシュートを阻む。

 

「——チッ。オラ!」

 

 するとジャンはシュートを中断。手首を返して逆側へとパスをさばいた。

 ボールは彼の手から離れてゴール下へと駆け込む楠へ。

 

「ナイスパス!」

 

 無事にボールを手にした楠が今度こそレイアップシュートを放った。

 

「させんぞ!」

「ぐっ!」

 

 だがこの間に戻っていた岡村のディフェンスに捕まってしまう。

 得点が決まる事はなく、ボールはリングに弾かれてコートへと戻っていった。

 

「あいにくとこういう手には慣れているアル!」

「ちいっ!」

 

 劉が勇作との争いに勝ちリバウンドを取り、栃木の攻撃は失敗に終わる。やはりブロックを潜り抜けなければ栃木が得点する事は難しかった。

 

「さあ反撃だ!」

「わかっただろう藤代。リバウンドを取れぬ以上、お前達がこのまま安定して点を取る事などできない」

 

 再び攻撃の機会を得て秋田の選手達は活気が湧く。

 この流れを見て荒木は一人、藤代へ向けて小さく呟いた。

 第1Qは上手くいったものの長くは続かない。得意の速攻も紫原が時間を稼ぐ間に他の選手が戻ることだって出来るのだ。

 栃木が易々と勝利をつかむ事は出来ないのだと。

 改めてそれを教える様に、陽泉の選手達はゴール下から攻撃を仕掛けていった。劉がパワードリブルでジャンを押し込んでいく。その後、ロールターンからジャンプシュート。かろうじてジャンの指がボールに触れるも、やはり勝負は秋田が得意とするリバウンドに託された。

 

「――ええ。そうでしょうね。だから、ここから勝負と行きましょうか」

 

 ならば栃木が何もしないわけがない。

 藤代が深い笑みを浮かべた。

 

「むっ!?」

「何っ!」

 

 彼の視線の先で、光月・ジャン・勇作の三人に加えて楠までがポジション争いに加わり、二対一の体制を二つ作る事で栃木が優位に立っていた。

 

「はぁっ!? シューターの選手までリバウンドに参加!?」

「これでは秋田にリバウンドを取られればパスアウトで容易に失点しかねない!」

「……いえ、おそらく白瀧に全てを託しているのでしょう」

 

 高尾も大坪もこの栃木の戦術に驚愕を隠せない。楠までパワー勝負に向かってしまっては外ががら空きだ。取れる可能性は上がるかもしれないが、もしもボールを奪えなければ失点につながりやすいもろ刃の剣。

 しかしそれらを全て白瀧がカバーするつもりなのだろうと緑間は察する。彼の守備範囲を信じて、栃木の選手達はボールを取る事に全力を注いでいた。

 

「取ったぞ!」

「ぐっ!」

 

 そしてこの戦術が実を結ぶ。無事に勇作がディフェンスリバウンドを獲得し、秋田の攻撃を防いだのだ。

 

「よっし!」

「さあ、今度こそ反撃だ!」

 

 ようやくリバウンドを確保し、栃木が活路を見出す。今まで秋田に負けてばかりであった分野で勝てたのは大きかった。今度こそ得点を決めようと選手達は一目散に走りだす。

 

「——どいつもこいつも。結局は『みんなでやれば勝てる』とか言うんでしょ。舐めんな!!」

 

 だが、紫原という天才を突破する事は容易ではなかった。

 白瀧から勇作へとパスがつながったものの、劉のプレッシャーに当てられてボールはリングに弾かれる。

 先ほどと同様に楠もリバウンド争いに加わるのだが、紫原が光月・ジャンの二人を背中で封じ込め、彼らを外へと押しやっていった。

 

「馬鹿ナ!」

「……ッ!?」

(なんだ、この規格外の力は! まだ全力じゃないのか!?)

「あんたらなら、多少力を入れても壊れないでしょ(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 まるで今までは手加減をしていたかのような紫原の口調。二人がかり、しかも栃木が誇るパワープレイヤーたちが相手であるというのに、紫原は真っ向からねじ伏せている。

 

「これで、またこっちのものじゃ!」

「ちいっ!」

「ゴール下でいつまでも好き勝手はさせないアル!」

「ぐうっ!」

 

 こうなると栃木は手も足も出なかった。勇作は劉に、楠はジャンに押しやられてポジションを奪われてしまう。

 

「もらったぞ!」

 

 そしてボールは岡村の方へと跳ねた。勇作に奪われまいと確実に両手をボールへ伸ばす。

 

「ええ。だから言ったはずですよ。勝負に出ると」

「……ッ!?」

「ゴール下であなた方に勝つためです。こちらもすべての力で挑ませてもらいます」

 

 瞬間、一人の選手が猛スピードで駆け出した。

 藤代の瞳に栃木のエースがボールの方角へと一直線に突き進んでいく光景が映る。

 

「岡村! 気をつけろ! 下だ!」

「らああっ!」

 

 そして白瀧の飛び込みリバウンドが決まった。福井の注意を呼び掛ける声が響く中、岡村の両手よりも早く、白瀧の左腕がボールを掻っ攫う。

 

「なっ!」

「白瀧!?」

(——なんで、白ちんまで!?)

 

 思わぬ伏兵の登場に誰もが目を疑った。

 白瀧は栃木にとって外の攻守を担う最後の砦であったはずだ。彼まで飛び出してしまえば、もしも秋田の速攻を受けてしまえば失点は免れないものであるはずだというのに。

 

「まさか自分の速さなら間に合うとみこしての、ノーガード戦術か?」

「アッハッハ! なんだそりゃ! 攻めることしか考えてねえ!」

「……あいつらならやりかねないのだよ」

 

 これを見て、歴戦の王者と呼ばれる大坪達も肝を冷やしていた。高尾が語るようにオフェンスに特化した行動だ。だが彼らなら考え、そして実行する事を厭わないだろうと緑間は心のどこかで納得する。

 

「ちいっ!」

「止める!」

 

 着地した岡村、そして紫原は即座にブロックへと移行した。

 

「遅いよ」

 

 だが一手届かない。白瀧も着地と同時に飛び上がっており、彼のジャンピングシュートは敵に阻まれる事なくリングを射貫いた。

 

「……くっ!」

「よっしゃあ!」

「よくやった!」

 

 勇作達が白瀧の頭を軽く叩く。

 ——いける。

 これなら秋田を相手にリバウンドを取ることだって不可能ではない。選手達は希望を見出していた。

 

(……さすがにうちまで全員がリバウンドに行くわけにはいかない。ガード陣の身体能力は向こうが上である以上は紫原達に託すしかない)

 

 秋田も栃木と同様の手を打っても効果は薄い。楠、白瀧という身体能力に長けた選手達がいるからこそ栃木はこのような大掛かりな手を打てたのだ。福井と氷室も優秀な選手だがパワーや高さという点では彼らに劣る。

 ここは自慢のフロントラインに託そうと荒木は三人の巨漢達へ視線を移した。

 

(あるいは、この第2Qでうちも勝負をしかけるしかない、か)

 

 万が一の場合はこちらも切り札を切ろう。そのタイミングを計っていた。

 

 

――――

 

 

「ああああ!」

「ナイス劉!」

 

 そう簡単にリバウンドを取らせるわけにはいかないと秋田の選手達が奮起する。数的不利な立場ありながら、その長い手を活かして劉がディフェンスリバウンドを手にした。

 

「よしっ!」

「よこせ!」

 

 こうなると誰もセーフティがいない栃木は弱い。スティールが決まる前に氷室へとパスをつながれると、そこから福井へと渡り、速攻が始まった。福井が無人のコートを駆け上がっていく。

 

「もらった!」

 

 福井が跳躍した。ゴール下でせめぎ合っていた選手達は間に合わない。

 

「行かせ、ねえ!」

「うおっ!」

 

 ただ一人、白瀧を除いては。レイアップシュートが決まる寸前でボールを叩き落とした。

 

(これはラインを割る)

 

 とはいえ掌を離れたボールはコートを転々とし、横線の外へと向かっていく。

 さすがの白瀧もこれを再び確保する事は出来ないだろう。氷室はこれを見送ろうとスピードを緩めた。

 

「どけっ!」

「ッ!」

 

 その横を高速で楠が走り抜ける。

 トップスピードを維持した彼の走りにより、ボールが線を越える寸前で彼の手が間に合い、コートへとボールをはたいた。

 

(速い!)

「さすが楠先輩!」

 

 そしてこぼれ球を確保したのは白瀧だ。彼は笑顔でこの楠の奮闘を讃える。

 

「——速攻は俺が死んでも止める! だから全員、後ろを構うな! どんどん攻めていけ!」

 

 そしてチームメイト全員へ向けて声を張り上げた。

 ノーガード? 否、白瀧要という速攻のスペシャリストがいる以上、速攻は絶対に許さない。

 だから思う存分向かっていく様にと指揮を飛ばした。味方を鼓舞するというだけではなく。小林(主将)が不在の今、自分こそが栃木の精神的支柱であると語っているようだった。

 

(マズイな。やはり彼が活躍すると栃木の勢いは増すばかりだ)

 

 そんな彼の勇姿を目にし、荒木は短く舌を打つ。

 白瀧の奮起により栃木の攻め手は勢いを増すばかりだ。

 ついに第2Q残り4分の所で栃木は6点のリードを手に入れる。もはや予断を許さない状況となっていた。

 

『秋田県タイムアウトです!』

 

 ここで荒木はタイムアウトを選択する。選手達が引き上げると、ついに荒木はここで切り札の投入を決断した。

 

「紫原。これ以上敵に好き勝手させるわけにはいかない。お前もそろそろ目障りに思っているだろう。——暴れてこい」

 

 すなわち、紫原の攻撃(オフェンス)参加。

 夏のIHでも大仁多を相手に猛威を振るった力の化身が、攻守にわたって栃木に立ちはだかる。

 

「……おそらく、そろそろ紫原さんが出てくることが予測されます。皆さん、気を抜かないように」

 

 藤代もまた、紫原の登場を予見していた。あの力を前には生半可な戦力では太刀打ちする事さえ難しい。それを理解して今一度選手達へ指示を飛ばす。

 

「はあ。面倒だけど。——そこまで捻り潰されたいなら仕方ないよね」

 

 そしてタイムアウト後、さっそく怪物と称された男の蹂躙が始まった。

 

「ならお望み通り、捻り潰してやるよ!」

「ッ!」

(二人で挑んでいるのに、止まらねえ!)

 

 光月と勇作が必至に力を振り絞る中、彼らの奮闘をあざ笑うようなパワードリブルでゴールへと迫っていく。リングが視界に入ると、今度はその場で回転しながら跳躍。ボールをもつ両手を振りかざした。

 

「邪魔だ!」

「うわっ!」

「ちいっ!」

「――ッ!」

 

 紫原の得意技、破壊の鉄槌(トールハンマー)がヘルプに出たジャンを含む三人のブロックを吹き飛ばす。藤代がダブルチームを選択したものの、紫原の前には時間稼ぎにもならなかった。

 

「させねえ!」

「ッ!」

(スティール!)

 

 そして栃木のラン&ガンも徐々に陽泉のディフェンスに捕まり始める。楠から光月のパスは福井のスティールに阻まれ、秋田の反撃に移った。

 今度は紫原のマークの為に手薄となった岡村へとパスが通る。ケアしようと白瀧が飛び出すと、今度は外の氷室へパスアウト。

 

「ッ!」

(くそっ。駄目だ、紫原が加入したせいでマークが間に合わない!)

「ナイスパス!」

「撃たせるか!」

 

 代わりに楠が飛び上がりシュートを阻む。だがやはり氷室の動きはシュートフェイクだった。上げた腕を振り下ろし、中央へと切り込んでいく。

 

(——ッ。分かっていても、反応してしまう!)

「この野郎!」

 

 ならばとヘルプに出たのは勇作だった。フェイクに引っかからないようにと氷室の一挙一動に目を配る。

 

「敦ばかりに負けていられない。俺も決める!」

 

 直後、氷室は動いた。レッグスルーを1つ入れ、視線をゴールへと向けて上体を浮かす。この幾重のフェイクに勇作の体が硬直した瞬間、氷室は飛び上がった。

 

「ぐぅ。こ、んのおっ!」

「ッ!」

(これでも食らいつくのか!)

「見事。だが!」

 

 フェイクにつられたにも関わらず、まだ食らいつく勇作に氷室は感心する。

 しかしあくまでも勝負とは別物だ。反応できたところで無駄だと言わんばかりに、氷室は陽炎(ミラージュ)シュートを放った。

 

「行かせるか!」

「なっ!」

 

 すると、さらにもう一人の選手が飛び出す。

 白瀧だ。

 逆側のフォローに向かっていた彼がいつの間にか接近し、勇作に遅れてブロックに跳んだ。とはいえさすがに距離があった為に普段のような完璧なブロックは敵わない。あくまでも氷室に少しでもプレッシャーをかける事を狙いとした跳躍だった。

 

「あっ」

「えっ?」

 

 しかし、その白瀧の指がボールに触れる。衝撃により軌道が逸れたボールはリングに弾かれた。

 

「うおおっ!」

 

 そのボールはいち早く反応した岡村が強引に押し込み、秋田の得点となる。

 こうして栃木の失点となってしまったが、ようやく陽炎(ミラージュ)シュートに触れたという一点は栃木に大きなヒントを与えるのだった。

 

(触れた。今のはタイミングが遅れていたはずなのに。——つまり、陽炎(ミラージュ)シュートは軌道が高いんじゃなくて、シュートを撃つタイミングをずらしているのか?)

 

 白瀧は一つの結論に至る。ひょっとしたら、陽炎(ミラージュ)シュートの攻略する可能性が出てきたと希望を見出した。

 

 

 

———

 

 

 その後も両県の激しい攻防が繰り広げられた。

 紫原の攻撃参加後、攻守でリズムを取り戻した秋田が優位に試合を進める。

 第2Q残り1分40秒。ついに秋田は同点に追いついた。その後も藤代の策を力で打ち負かしジリジリと追い込んでいく。

 

 

『第二Q終了です。これより休憩に入ります。後半戦第3Q開始は10分後です』

 

 前半戦が終了。

 得点は(栃木)33対41(秋田)。秋田が8点をリードして後半戦へと臨むことになった。

 

「……8点差」

「決して絶望的な点差ではない。むしろキセキの世代が相手であることを考慮すればよく奮起したと呼べる試合運びだろう。だが」

「ええ。紫原と氷室。未だに完全な攻略が出来ていない二人がいる中、このビハインドは栃木に大きくのしかかるでしょう」

 

 得点以上に厳しい現実を悟り、秀徳の選手達の表情が曇る。

 白瀧は氷室のマークに専念する事を余儀なくされ、他の選手達は紫原に蹴散らされ、そこをカバーしようとして隙を突かれてしまっていた。

 途中までは藤代の作戦が嵌り、優勢に立っていたものの紫原の登場で全てが一変。やはりキセキの世代の力はそう簡単に乗り越えられるものではないという現実を突きつけられる。

 

(一体どうするのだ栃木? そして、白瀧)

 

 果たしてこの窮地を栃木は覆す事が出来るのか。決して簡単ではないと知りながら、緑間は旧友が今回も何か逆転の手立てを見出すだろうと予見していた。

 

 

————

 

 

「後半戦も引き続き紫原には出てもらうぞ。お前を中心に攻撃を組み立てる」

「ん。了解」

 

 秋田の控室では荒木がいつも通り作戦を選手達へ伝えていた。今回は紫原も相手の事を理解しているからだろうか、短く肯定の意を伝える。

 

「紫原の攻撃(オフェンス)により栃木はマークを割かざるをえない状況だ。まず紫原にボールを集めて敵の動向を探る。基本的には紫原と氷室の二枚看板で攻めるぞ」

 

 そう言って荒木は紫原に次いで氷室へと視線を移した。栃木がどのような手を打とうとも紫原と氷室の攻撃を止める事は難しい。とはいえ氷室の個人技は仕掛けがある以上、いずれは攻略される危険性もあった。その為まずは紫原を起点として攻める様に指示を出す。

 

「氷室、念のため白瀧のディフェンスには注意しろ。何かをつかんだ可能性もある」

「勿論です。ですが心配はいりません。俺のシュートは止めさせませんよ」

 

 名指しで呼ばれた氷室は強い視線、強い口調でそう答えた。自信に満ち溢れた言動に荒木も満足げに頷く。これならば気負う事なくやってくれるだろう。

 

「ディフェンスは引き続き2-3ゾーンを展開する。白瀧のスリーは常に警戒しろ。後半戦は光月が積極的に仕掛けてくる可能性が高い。くれぐれも油断するな」

「はい!」

 

 前半同様に敵が早い展開を仕掛けてくれば柔軟に対応するも、基本的には陽泉の得意とする布陣2-3ゾーンディフェンスで対応するという結論に落ち着いた。

問題はない。選手達の士気も上々。栃木の選手達は攻略で精一杯であるはずだ。 

 敵がどのような手を打とうとも彼らならば全て跳ね除け、押しつぶすだけ。勝利は確実に近づいていると荒木は確信していた。

 

 

————

 

 

「——以上です」

「なるほど。わかりました」

 

 一方、栃木の控室では白瀧が藤代を含むすべての関係者に氷室の幻影(ミラージュ)シュートに関する仮説を話していた。

 

「それならば確かに理屈はわかります。うまく行けば止められるかもしれない」

「……とはいえ、氷室を止めるだけでは足りません。やはり紫原の存在は脅威です。あいつを止めなければ得点を縮める事は無理でしょう」

「ええ。そこが問題です」

 

 白瀧の話す事が真実ならば、氷室の攻略が現実身を帯びる。

 ただ、秋田を倒すのならばそれだけでは足りなかった。小林が紫原の名前を挙げると藤代は勿論皆の表情が苦悩に満ちる。

 

「……どうするんだ、藤代。何か手はあるのか?」

 

 紫原の力を目の当たりにして、確実な作戦などないと理解した上で、岡田は藤代へと質問を投げかけた。

 予想以上に紫原の才能は突出している。栃木が誇るインサイドプレイヤーたちを蹴散らした彼の力は尋常ではなかった。おそらくこの先彼を超える逸材は出てこないと思ってしまうほどの選手だ。

 その敵を前に、藤代はどのような策を講じるのかと旧敵をじっと見つめるのだった。

 

「まず最初に、私が考えている方針を皆さんに伝えます」

「何ですか?」

「ですがすみません。これにはおそらく、私の私情が幾分か含まれているでしょう」

「はっ?」

 

 どういう意味だと、藤代の語る言葉の真意を理解できない選手達が首をかしげる。

 そんな彼らに藤代はまず後半戦に臨む選手達の名前を一人一人読み上げていった。

 その5人の名前が出そろった時、皆指揮官が胸に抱いている想いを悟る。

 ——ここから本当の秋田県代表と栃木県代表の戦いが始まろうとしていた。

 

 

————

 

 

休憩(インターバル)終了です。これより後半戦第3Qを始めます』

 

 前半戦の終了から10分が経過し、第3Qすなわち後半戦の始まりが宣言された。

 アナウンスが終わると同時に選手達10人がコートに集う。

 秋田県の面々は皆前半と同様であった。彼らは一足先にコート入りすると、現れた栃木県代表の選手の顔ぶれを見て、目を丸くした。

 

「……おいおい」

「なるほど。そう来たか」

「あくまでも、俺達にリベンジする気アルか」

「ハハッ! 栃木の監督は粋な計らいをするのう!」

 

 驚きと、疑念、歓喜の声がコートと観客席から湧き上がる。

 

「本気なの? わざわざ色んな高校から集めたのに、夏に負けた選手だけで固めるなんてさ」

 

 紫原は苛立ちを含んだ声色を白瀧達へと向けた。

 コートに入った栃木の選手は4番、9番、12番、13番、14番の番号を与えられた5人。すなわち小林・黒木・白瀧・光月・神崎である。

 今年の夏のIH、陽泉を相手に苦汁を味あわされた大仁多の選手達がコートに入場していた。

 

「すみませんね皆さん。後半戦は緊急事態を除き選手交代はしません。——これはおそらく私の我儘です」

「何を言っている」

「そうですよ。あいつらがベストメンバーであることは間違っていません。栃木代表なんですから」

「大仁多の選手以上に、この戦いにふさわしい選手はいない」

 

 改めてベンチで藤代が謝罪する。しかし岡田を始め、楠や勇作はその声を笑って流すのだった。

 栃木県代表を最初に勝ち取ったのは大仁多高校である。だから彼らがこの国体で揃うのも決しておかしくない話だ。だからそんな事を言わないでくれと指揮官を宥める。

 

「行くぞ。夏の借りをここで返す!」

 

 小林の中で闘志が高まった。

 再び主将の任を任されたこの大会は彼にとってもう二度とない機会である。自分以外の同級生は皆涙を流して部を去った。彼らの無念はここでしか晴らせない。

 多くの仲間の顔を思い浮かべ、必勝を胸に誓った。

 

「もう、途中で倒れたりはしない」

 

 黒木は静かに自分の意志を告げる。

 彼は夏の試合、最後まで試合を見届ける事さえ許されなかった。

 あんな想いは二度としたくない。

 この試合は必ず最後まで戦い抜き、勝利を収めると決意を固めた。

 

(……山本先輩)

「よしっ! オッケー!」

 

 神崎が両の頬を自ら力強く叩き、気合を入れ直す。

 彼は5人の中で唯一夏の試合でスターターに入れなかった。

 山本に代わって選ばれたSGのポジションである。

 彼の後任として恥じないプレーをしようと声を張り上げた。

 

「——今度は、守り切る!」

 

 息を整えた光月は力強い声を張り上げる。

 おそらく彼はIHと国体を通じて陽泉の選手と最も多くの時間ゴール下でポジション争いを繰り広げた。

 故に彼らの強さは人一倍理解している。

 その上で、もう恐怖に負けない、友と勝利を手に入れるのだと自分を鼓舞した。

 

「本気に決まっているだろう紫原。——俺達は一秒たりともあの悔しさを忘れた事はない」

 

 白瀧が紫原をにらみつけてその疑問に答える。

 彼も自分の限界に挑み続け、最後まで戦う事は出来ずに力尽きた。

 コートの傍で試合終了の時を迎え、共に涙を流す事も出来ない。あの時の表しようもない感情を忘れるわけがなかった。

 

「俺達は勝つ! その為にここまでやってきたんだ!」

 

 だからここで本当の決着をつける。

 こうして栃木県対秋田県の戦いは、大仁多対陽泉の様相を呈して後半戦を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「耳を貸して」

 

 また橙乃を怒らせてしまったのだろうかとエースが委縮する。そんな縮こまった彼を見かねて、橙乃は助け船を出すのだった。

 

「フ――――ッ」

「!!??」

 

 特に理由のない吐息が白瀧の耳を襲う。

 

「ッ!!?? ——ッ!!??」

 

 耐え切れず白瀧がその場に崩れ落ちる。

 

「白瀧が死んだ!」

「何をやってんだよ! 橙乃!?」

「だってあまりにも無防備だったからつい」

「自分で呼んだのに!?」

 

 スキだらけの白瀧を無視できなかったと後に彼女は語った。


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