黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第百十話 夏の延長戦

「本当に大丈夫なのか、白瀧」

 

 休憩時間中の事。

 藤代主導による栃木県の作戦会議が終え、各自がそれぞれのルーティンを行い試合に向けて集中力高める中。楠が一人瞑想する白瀧へと声をかけた。

 

「……ええ。あなたが言いたい事はわかります」

 

 『一体何が』と聞き返す必要はない。

 先の作戦会議を振り返れば、彼が一体何を案じているのかはすぐに理解できた。

 そしてそれは声に出さずとも楠以外にも同様に考えている者がいるだろう。特に前半戦でコートに出ていた選手ほど秋田県——陽泉の、紫原や氷室をはじめとした敵の力を知るからこそ、思いが強いはずだ。

 わざわざドリームチームのメリットを捨ててまで、大仁多の選手だけでキセキの世代を擁するチームに挑むなど。

 

「俺とてわかっていますよ。紫原はおそらくキセキの世代の中でもトップクラスの才能を持つ。おそらくこの先も高校バスケ界であれほどのスペックを誇る選手など現れないでしょう。たとえ他のキセキの世代であろうとあいつから点を挙げる事は容易ではないと思います」

 

 高く、速く、早く、強い。

バスケに求められるありとあらゆる能力が抜きんでている紫原。彼が目標としている選手でさえも得点をする事は難しいと考えられる。しかもこの試合ではすでに攻撃にも参加しているのだ。とてもではないが、彼を止める事は簡単な話ではなかった。ただ勝つ可能性を上げるならば、前半戦同様に全戦力で挑むべきだろう。

 

「ですが、もうそういう話じゃないんです。今この時を逃せば俺達が俺達の誇りを取り戻す機会は来ないかもしれない」

 

 だが、勝機よりも大切なものがあるのだと白瀧は語った。大仁多が栃木県の王者として臨んだIHの敗戦。陽泉との試合で失った王者のプライドは、勝利でしか取り返せない。

 

「だから、絶対に勝ちます。死んでも勝つ。絶対に」

「——そうか。愚問だったな」

 

 ゆえに挑むのだと気迫の籠った姿勢を貫く後輩の姿を見て、楠もそれ以上言葉を続ける事はしなかった。

 神奈川・黄瀬との戦いに続き、この一戦も彼にとっては過去を清算する戦いだ。

 ここで乗り切らなければ先へと進めない。白瀧は必勝を誓い、再び強敵との戦いに身を投じていく。

 

 

————

 

 

「さあ試合再開だ!」

「秋田のリードは8点。これ以上離されると栃木は厳しいぞ!」

 

 栃木の選手が大きく入れ替わった事で大きく変化した戦力の下、後半戦が始まった。

 わずかに選手の違いはあるものの、ほとんどIHの準々決勝と似たような形となり、観客の視線はより熱を増す。

 果たしてこのまま秋田が突き放すのか、それとも栃木が意地を見せるのか。

 

「行くぞ、白瀧!」

 

 観客たちの注目を知ってか知らずか、早速ボールが小林から白瀧へと渡る。

 秋田の2-3ゾーンを崩すように神崎のスクリーンで氷室を足止めすると、スリーポイントラインの外、ノーマークという最高の条件でボールを手にした。

 

「ナイスパス!」

「させないし!」

 

 試合開始直後と同じようなシチュエーション。ならば当然相手も警戒をしていないはずがない。 

 先ほどまでゴール下にいたはずの紫原が瞬く間に距離を詰めると、ノーフェイクでシュートを撃とうとした白瀧の前に立ちはだかった。

 

(早——いや、速い!)

(さっきまで光月とポジション争いをしていたはずなのに!)

 

 直前までゴール下にいたはずの選手がスリーのブロックに跳んだとなって神崎や小林の顔に冷や汗が浮かぶ。

 まるで白瀧の動きを読んでいたような動きだ。おそらくIHと前半戦の経験から予測していたのだろう。彼の早打ちでも間に合わないほど完璧なタイミングで、コースをふさぐ鉄壁だった。

 

「——えっ?」

 

 だが、その鉄壁の封鎖が完全に終わるよりも早く、紫原の指の先をボールが通過していく。

 ボールは何人たりとも触れる事さえ許さず、静かにリングへ吸い込まれていった

 

「なっ!」

「紫原が読んでいたのに、間に合わなかった!?」

「後半戦も先制点は栃木! またしてもこの男が決めた!」

 

 (栃木)36対41(秋田)。

 後半戦も白瀧の一撃が炸裂し、栃木が幸先よくスタートを切る。しかも今回は紫原のブロックを潜り抜けたという事もあって観客席の歓声は増すばかりであった。

 

(……どういう事だ? 敦が不意を突かれたというのならばわかる。でも、今敦は彼がパスを受け取るよりも早くに動いていた)

(しかも前半戦であいつのタイミングはわかっていたはずだろ)

(今までよりも動きの早さが増しておるというのか? ……まさか!)

 

 同時にこの1プレイは秋田の選手にとっては脅威に映る。

 どのような敵であろうとも、真っ向勝負で紫原が負ける可能性は非常に低いと考えていた。しかも白瀧が最も得意とするドリブル勝負ではなく、揺さぶりのないノーフェイクのシュートで、紫原は助走の分スピードも高さも出ていたはずなのに。

 信じられない気持ちが浮かぶ一方で、岡村はIHで彼が見せた真の力を思い返し、目を見開いた。

 

「他の『キセキの世代』でさえ紫原から得点を決める事は難しい。確かに俺はそう言った。——だが! すでに『キセキの世代』の一角・黄瀬涼太を倒した今ならば!」

 

 驚く敵を他所に、白瀧は味方を鼓舞すべく声を張り上げる。

 着地し、顔をあげた彼の体からは身の毛がよだつほどの凄まじい気迫があふれ出していた。

 すなわち、今までの集中力とは比べ物にならないほどの没頭状態——フローに突入している。

 

「『キセキの世代』最高、何するものぞ! この試合で、二人目のキセキを超えてやる!」

 

 たとえ相手がどれだけの力を誇ろうとも、恐るるに足らず。『仲間を奮い立たせる』という彼が信じる理想のエース像を体現していた。かつて一度は屈した絶望に真っ向から立ち向かっていく。

 

「……白ちん。正気?」

 

 第三Qから人の全力をも超えるフローの開放。

 とてもまともな考えとは思えずに紫原が問いかけると、白瀧は旧友に好戦的な笑みを浮かべて答えるのだった。

 

「当たり前だろう。——これで5点差。陽泉(お前達)ボールからのリスタート。さあ、あの時の続きと行こうじゃないか、陽泉!」

「……ッ!?」

IH()の延長戦だ。今度こそ勝たせてもらう!」

 

 これで得点差はかつてのタイムアップ時と全く同じものとなる。

 ——あの日手にすることができなかった勝利をこの手に。

 白瀧の凄みが留まる事はなかった。

 

 

 

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(……まさか、こうも早く手を打ってくるとはな)

 

 敵エースのあふれんばかりの闘志を目撃し、荒木も白瀧がフローに突入した事を察していた。

 だが、それを理解しながらも彼女はタイムアウトはおろか新たな指示を出そうとすらしない。悠然とベンチに腰掛け、選手たちの動向を見守るのだった。

 

(これが彼の独断によるものなのか、あるいは藤代の指示によるものなのかは不明だが、今はこちらまで動く必要はない。向こうが消耗戦を挑むのならばこちらは守りに徹するまで。さすがにあの状態のまま第3Qを乗り切るような事はないだろう)

 

 理由としてかつての大仁多戦において、白瀧のあの状態は長くもたなかったためだ。神奈川戦でもフローに入った兆候は見られたが、それも長い時間ではなく、彼にも限界はあると考えられる。

 ゆえにディフェンスに特化した秋田は守りに入れば時期に有利となる、そう考えたのだ。

 

 

 

「さて、どうすっか」

 

 ボールを運びながら福井は攻め方を思案する。

 栃木は前半戦から大きくメンバーが入れ替わったためにその出方を警戒する必要があった。

 白瀧がフローに入った今、より慎重を要する必要がある。

 まずは相手の出方を観察しようと、マークマンの小林を警戒しつつ秋田自慢のゴール下へと目を向けて——

 

「——チッ。やっぱりか」

 

 栃木の警戒網の厚さに思わず舌打ちした。

 

「結局、こうなっちゃうんだね」

「紫原!」

「止める!」

 

 秋田のエース・紫原には白瀧と光月のダブルチームが体を張って守り、後は岡村に黒木、氷室に神崎、福井に小林がそれぞれマンツーマンでついている。

 

(やっぱり紫原のマークが一番厳しい。小林がマークについてるから余計にパスを回すのは厳しい。ここはフリーの劉を起点に攻めさせるか……)

 

 やはり主力選手のチェックが強く、攻めるのは容易ではなかった。

 その分ダブルチームによって自由な身である劉を使うという手段がおそらくは最も決まる可能性が高いだろう。

 

「——よこせ!」

「……ったく。そんな急かさなくてもくれてやるっての」

 

 しかし、可能性と選手の意気はまた異なるものだ。

 ゴール下で片手を高々と掲げ、声を張り上げる紫原。彼も先ほどの挑発を受け、これ以上白瀧を調子づかせるのはマズいと考えたのだろう。

 敵のエースが決めたのだ。ならばこちらもエースで行くべきか。

 そう決断すると、福井は劉にチラッと合図を送る。このアイコンタクトはきちんと通じ、劉はドリブルする福井を追おうとした小林をスクリーンで封じる。

 

「チッ! 行ったぞ!」

「おらっ!」

 

 小林をかわすとすぐさま福井がパスをさばいた。

 白瀧や光月でも届かない、紫原だけが取れる高さのあるパス。これならばたとえダブルチームであろうと関係ない——

 

「——そこか」

 

 そのはずだった。

 福井が小林を突破するとみるや、白瀧は福井がパスをさばく瞬間に大きく前進。彼がさばいたパスへと突っ込んでいき、そして跳び上がった。

 

(突撃! 白瀧、紫原とのボール争いでは勝てないと判断して、スティールにきやがった!)

 

 横ではなく縦の、それもマークマンから離れてまで敢行したスティール。

 これが功を制してボールは紫原に届く前に白瀧の腕に衝突し、リングに叩き落とされる。

 

「くっ!」

 

 だがボールを奪うまでには至らず、氷室がボールを胸元へと手繰りよせた。

 すかさず神崎がチェックに入るものの彼のフェイクを警戒してか深く迫ろうとはしない。

 

「やあ。今度の相手は君か」

「どうも。新参者同士、仲良くやりますか」

「……ふっ。俺を止めるつもりか?」

「もちろん」

 

 夏の大会では両者ともスターティングメンバ―には名前を連ねなかった者同士のマッチアップとなった。

 軽い調子で氷室が神崎に問いかけると、事もなげに頷く。彼もこの試合に対する意識が高いのだろう。

 

「そうか。——なめられたものだな」

「ッ!」

 

 とはいえ前半戦で白瀧からも得点を挙げた氷室は簡単な話ではない。

 自信満々な神崎の姿を目にした氷室の様子は突如変貌、怒りがにじみ出ているような気迫を放った。

 来るのか。動き出しを警戒し、神崎が一段と腰を低く落として相手を睨みつける。

 その直後、氷室の上体が両腕から一気に上がり、シュートモーションに入った。

 

(シュートか!)

 

少なくとも、神崎にはそう映った。

 だからこそ即座に神崎はブロックすべく跳び上がったものの、彼は空中で氷室の体が全く動いていない事に気づく。

 

「——やべっ!」

「悪いが君では力不足だ」

 

 本物にしか見えないシュートフェイク。気づいたときには時すでに遅し。神崎を置き去りにした氷室が敵陣へ切り込んでいった。

 

「十分だ、勇」

「ッ!」

「後は任せろ」

 

 その氷室に対し、またしても飛び出したのは白瀧だ。極限まで集中力が高まった白瀧が再び秋田の前に立ちはだかる。

 

(確実に決めたい後半戦の最初の攻撃。彼を引き付けてパスをさばくか? あるいは、陽炎(ミラージュ)シュートを撃つか?)

 

 氷室にとっては初めてフローに突入したエースとの対峙だ。

 後半戦が始まって最初の攻撃だけあって氷室としても確実に決めたい場面だ。パスをさばいても、シュートを撃っても問題ないこの局面。

 

(——迷うな。俺の陽炎(ミラージュ)シュートは止められない!)

 

 ゆえに、氷室は一対一の勝負を選択した。

 秋田——陽泉は氷室の加入に伴い、紫原と氷室のダブルエース態勢となっている。それだけ監督が氷室のオフェンス能力を買っているという事であり、彼自身も自分の強さに絶対的な自信を持っていた。

 だからこそエースが逃げるわけにはいかない。

 ここで決めて、相手の士気をくじくべく氷室は白瀧へと挑んでいった。

 

陽炎(ミラージュ)シュート!)

 

 今度はフェイクではない。本物のシュートの動きだ。

これまで何度も披露された氷室の得意技の動きを目にし、選手たちの注目が彼に集まった。

 

「——氷室先輩。残念だが、あなたの技の仕組みはもうわかっているんだ」

「なにっ!?」

 

 白瀧も同じように氷室を見て、そして口角を挙げる。彼はすでに氷室の必殺技のからくりを見抜いていたのだ。

 

陽炎(ミラージュ)シュートの正体。それは——空中でボールを二回リリースすること。一回目はわざと真上に放り、それを空中でキャッチしてもう一度撃っているんだろう)

 

 氷室はシュートと見せかけ、スナップをきかせて自分の真上にボールを打ち上げていた。そのボールを再び掴んでもう一度シュートを放つ。それがカラクリであった。

 

(常人離れした技量を持つあなただからこそ、一度目のリリースが二度目のシュートを隠す陽炎となる。あなただけの専用技)

 

 普通のフェイクでさえ本物と錯覚してしまうほどの技量を持つ氷室だからこそ成し得た技。一度目のタイミングでブロックしようとした相手は二回目のボールに対応ができない。

 

「だから、勇にはあなたの外のシュートだけを警戒させた。あなたが中に切り込んできて、そこからジャンプシュートを撃とうとするならば。——助走をつけた俺ならば、たとえそのシュートが本物であろうと二回目への備えであろうとも両方のコースに跳びつける!」

 

 しかし、跳躍しながら二回リリースするという一件無茶な動きであるからこそ、リリースするポイントは極限に制限された。

 ならばここまでの前半戦で何度もその技を目の前で繰り広げられ、橙乃や藤代をはじめとしたサポートを受けた彼が、その二つの動き両方を止める跳躍コースを分析するのも必然だった。

 

「らああああっ!!!!」

 

 前進しながら跳躍した白瀧の腕が、氷室がリリースしたボールを叩き落とす。偶然ではなく、狙い通り氷室の必殺技を封殺した。

 

「なっ……!?」

「ばかな!」

「ありえない、アル」

「氷室の陽炎(ミラージュ)シュートが止められたじゃと!?」

 

 並外れた瞬発力、そして相手の動きを読み切る心眼があったからこそ成し得たブロックだ。この攻撃失敗は秋田に多くの衝撃をもたらす事となった。

 

「でも誇っていい。俺がキセキの世代以外の選手を相手にこれほど得点を許したのは、あなたの弟(火神)以来だ」

「……ッ!」

 

 驚き、呆然とする氷室にそう言い残し、白瀧はコートを駆け上がる。

 自慢の技を止められた氷室は切り替えるのが遅れ、他の選手たちも勢いがついていた彼を止める事ができず、彼の速攻を許してしまった。

(栃木)38対41(秋田)。

 その点差、わずか3点。後半開始早々に、栃木が試合の流れをつかむ事に成功する。

 

「——よしっ!」

「ナイス要!」

「やっぱお前すげえよ!」

 

 得点を決めた白瀧が拳を突き上げ、その功労者を仲間が称え、栃木の勢いは増すばかりであった。

スリー、スティール、ブロック、速攻。しかも秋田が擁する二大エースから決めたのだ、当然の反応だろう。面目躍如の奮闘は目にする者を魅了した。

 

「……ヤバイな」

「ああ。俺もあいつがどう出るのかと読めない点はあったが、不要な心配というわけなのだよ」

 

 それは観客も同じ事。高尾の意識外のつぶやきに、緑間も素直に同調する。

 

「少なくとも今は白瀧がこの試合を支配しようとしている」

 

 もはや彼の影響力はキセキの世代と同等だと言っても過言ではない。そう大坪は語った。

 

 

————

 

 

「うおおお!」

「ッ! こいつ!」

 

 紫原や氷室へのマークが厳しいとみるや、秋田は方針を変えて岡村と劉、比較的栃木のマークが薄くそれでいて秋田の有利なゴール下から攻めていく。

 しかし劉のジャンプシュートがヘルプに出た黒木の指先に振れ、リングにはじかれた。

 

「邪魔だし!」

「チッ!」

「うわっ!」

 

 リバウンドを紫原が掴むや、再び跳躍してダンクシュートを叩きこむ。光月と白瀧の二人を力で蹴散らして得点を決めた。

 やはり高さとパワー、安定性で勝っているのは変わらず秋田の方だ。ゴール下の勝負では優位を保っている。

 

「リスタート! 急げ!」

 

 一方で爆発力では栃木の方が上だった。

 小林が声を張り上げると、倒れていた光月が中腰のまま即座に主将へとボールを回す。

 基本的に栃木の速攻は二種類。白瀧のワンマン速攻か、彼が動けない時は小林と神崎の二人が同時に攻め上がるツーマン速攻。

 

「くそっ!」

 

両者とも攻撃力が高く、しかも小林は高さがあるため福井一人では止める事は難しい。 

 

「——ひねりつぶす!」

「チッ。神崎!」

 

 そのために紫原も走る事を余儀なくされていた。

 さすがの小林も単独で彼に挑む事は避け、シュートを中断して神崎へとパスをさばく。

 そして二人で態勢を立て直す間に他の三人が上がってくるとハーフコートオフェンスに切り替えた。

 

 

「くれ!」

 

 秋田ディフェンスは白瀧に劉と福井、神崎に氷室がつき、岡村と紫原の二人が中を広くケアしている。

 白瀧と神崎、外に対する意識が強いとなれば他の選手も黙っていない。栃木は何度かパスを経由し、白瀧を介して黒木へとボールが渡った。

 

「しつこいなー。無駄だって言ってるのに」

「——やってみなければ、わからん」

 

 紫原が即座に反応する中、黒木が積極的に仕掛ける。

 まずは紫原へとパワードリブルを使って力をかけ、彼の意識を引き付けるとゴール側へターンアラウンド。一瞬で反対側へと躍り出るもののこの動きにも紫原がついてきた。

 ならばと、そこからさらに黒木は左足を軸に右足をゴールへ伸ばして地面につけ、両足を踏み切るステップイン。今度こそシュートを狙って、それでもマークは振り切れない。

 

「ッ!」

「終わりだよ」

「つっ、あぁっ!」

 

 だが、黒木も粘った。

 紫原の非情な宣告には耳も課さず、ボールを体の後ろ側へと回すと、自身の体を壁にするベビーフックを放つ。強引にブロックとの距離を生むと、ボールは山なりにリングへと向かって行き——

 

「チッ。無駄なあがきだっての!」

 

 すんでのことで紫原のブロックが彼の得点を阻んだ。

 

「くそっ!」

「惜しい! ドンマイです!」

 

 悔しがる黒木を神崎がボールを確保しながら諭す。

 事実、紫原を相手に積極的に仕掛けていくという姿勢は非常に良いものだった。ひるまずに仕掛けていく事で敵の意識は徐々に拡散していくというもの。

 

「勇!」

 

 だからこそ彼も挑んでいく。光月が強くパスを要求すると、神崎のバウンドパスにより望み通り彼の下へとボールが渡った。

 

「光月!」

「紫原!」

 

 何度か苦い目に会ったためか、紫原の集中力も高まる。

 そんな敵の変化を知ってか知らずか紫原の背中越しにボールを受けた光月もパワードリブルで紫原へと力を籠めた。

 

「ッ!」

 

 やはり光月の力はけた違いであり、さすがの紫原も大きく崩れこそしないが彼の表情から余裕が消え去る。十分な距離まで近づけた事を確認して光月は大きく跳び上がった。

 

「白ちん抜きで一対一なんて、馬鹿にしてんのかよ!」

 

 フェイクではなく、前半戦と違って白瀧のヘルプがあるわけでもない。

 そんな状況下で負けるわけにはいかないのだと、紫原も負けじと跳躍したのだった。

 

「馬鹿になんてしてないさ。でも!」

 

 絶対的な存在が立ちはだかるも、光月はひるまない。

 彼とて敗戦から何も学んでいないわかではなかったのだから。

 光月は両手ダンクから一転、ボールから左手をはなし、ゴールに対して半身の態勢をとると右手でボールを山形に放った。

 

(——こいつもフックシュートを!?)

 

 ダンクシュートは囮。本命は黒木も得意とするこのフックシュートだった。

 わずかとはいえ押されていた紫原は無警戒であった事も災いし、このシュートを防ぐことができず、失点を記録してしまう。

 

「栃木の、大仁多のゴール下のテクニックが増している……!」

 

 先ほどの黒木の動き、今の光月の動きは夏の試合よりも洗練された、新たに習得されたものだ。この短期間で自慢の教え子たちと渡り合えるほどにまで腕を磨いた敵の成長に、荒木は背筋を伝う感覚に冷や汗を浮かべた。

 

「これで良いのです」

 

 対して藤代は攻撃の成長に満足し、柔らかな笑みを浮かべる。 

 夏の敗戦後、藤代は白瀧にフィジカルを鍛えさせる一方で黒木と光月の二人にはより技術を磨くように指導していた。特に光月は彼の強みを伸ばすために、念入りに。

 

「光月さんは紫原さんよりも重さがある分、身体が安定している。その分空中での立て直しも容易だ。駆け引きを覚える事で、地上戦の強みがさらに活きる事となる」

 

 地上では力で相手を崩し、空中ではそのまま力で捻じ込んでもよし。技で相手をかわしてもよし。

彼一人でも更なる高みに昇れるように。そんな指揮官の目論見が今完全なものになろうとしていた。

 

「ゴール下でも栃木が互角になり始めたか?」

「こうなれば、栃木のオフェンスは止まらない。今や栃木の攻撃オプションは無数にある。ミドルから外にかけては白瀧はもちろん、神崎がいる。小林もいる……!」

 

 中でも失点が出始めれば秋田ディフェンスにも綻びが生じはじめてもおかしくない。

 秋田の反撃直後、光月が紫原を引き付けている間に、小林のスクリーンで氷室をかわした神崎がステップバックフェイダウェイシュートを岡村のマークが来るより早く、確実に沈めた。

 続く秋田の攻撃を劉に強引に押し込まれるも——

 

「——なっ!」

「えっ」

「……おお」

 

 そんな失点など問題ないと言わんばかりの小林のスリーが炸裂する。

 予想外の得点に敵味方の両選手たちが驚愕の色に染まった。

 

「さすがに無警戒の中でもスリーを決められない様では、主将のメンツが立たないんでな」

 

 得点を重ねた小林が冷静に語る。秋田ディフェンスを完全に混乱させかねない一撃を受け、ついに荒木はタイムアウトを使う事を余儀なくされる。

 

「たまらず秋田はタイムアウトを使ったか」

「無理もないでしょう。小林のスリーが大きい。もはや栃木に弱点は消えた。確かにリバウンドでこそいまだに秋田が優位ですが、それ以外の面では栃木が勝る」

 

 これは仕方がないだろうと大坪が頷いた。

 緑間も同意見のようで、事実数字の面からも多くの分野で栃木が押しているのが現状だ。

 

「しかも、なんつうか、栃木の選手が滅茶苦茶気合いが入ってるしな」

「ああ。やはり勝者と敗者では同じ試合でも意気込みが全く違う」

 

 要因は選手たちの力もあるだろうが、それ以上に気持ちの面も強い。高尾の言葉に大坪も同調した。

 夏の借りを返す。この思いは栃木にあって秋田にはないものだ。

 一度の敗戦は負けたもの達に勝利への飢えを与える。それが栃木の選手たちには大きな力となっていた。

 

「——この第三Qは栃木にやっても構わん。だが、ただで終わるわけにはいかない。このまま相手を勢いづかせるな。氷室、お前が決めてこい」

「ありがとうございます。ええ。必ずやリベンジしてきます」

 

 選手たちが戻って来た秋田ベンチでは荒木が声を振り絞って命令を下す。

 苦しいチーム状況を示したものだった。

 結局相手の速攻を防ぐために紫原の消耗を最低限に抑える事は出来ず、ゴール下は白瀧も近くにいるとあってそう簡単に得点できない。

 ならばここで氷室にエースの敗北を取り返させるために勝負に出ようと決断を下した。

 期待された氷室は力強く頷く。

 彼もこのまま終わるわけにはいかなかった。

 

「このまま攻めます。まだ満足してはなりません。皆さん、この勢いをさらに加速させ、第4Qへつなぎますよ」

『おお!』

 

 一方の栃木ベンチは藤代の指示に五人が揃って力強い声で応えた。

 疲労の色は強いが士気は高い。それでいて驕る様子は一切ない、良い状態だった。

 ここまで連続無失点を記録していた秋田を相手に5人全員が得点を記録。夏よりも成長した姿を示した。ディフェンスでも敵の得意パターンを時折封じて反撃につないでいる。

 タイムアウト後も得点を重ねることが出来たのならば、第4Qへの弾みとなる事は間違いなかった。

 再び一丸となって秋田に挑んでいく。

 

 

 

 

「氷室!」

「はい!」

 

 秋田の攻撃は予定通りに福井から氷室へと託された。

 ワンフェイクで神崎を引っかけると、やはり瞬く間に彼のマークをかわし、切り込んでいく。

 

「……ッ。要!」

「わかっている!」

 

 たまらず名前を呼べば、頼れる男が即座に飛び出した。再び白瀧対氷室、チームの命運を双肩に託された男たちが激突する。

 

「……俺は、火神とは違う!」

「トドメを刺す!」

 

 ここでの勝敗は最終Qにも影響しかねない、そんな思いが両名の気持ちをより確固たるものとした。

 敵が徐々に迫りくる中、やはり氷室は一対一を仕掛ける。彼が詰めるよりいち早く、氷室の体が宙に浮かんだ。

 やはり陽炎(ミラージュ)シュートか。

 すぐに白瀧も反応して——

 

「なっ!?」

 

 思わず小林が、神崎が、栃木の面々が驚愕に目を見開く。

 誰もが跳んだと思った動きは、氷室のシュートフェイク。彼が最も得意とする陽炎(ミラージュ)シュートさえもフェイクとした彼の高度テクニックだった。

 

(ここにきてフェイク!? どんだけ冷静だよ!)

 

 エース同士の戦いで、最も得意とする武器を引っかけに使った氷室。その度胸に皆不意を突かれてしまう。

 

「やはり、そう来ましたか」

「——えっ」

 

 ただ一人、白瀧を除いて。

 今度は氷室が驚かされる場面だった。

 ブロックに跳んだと思われていた白瀧の足が、地面から離れていない。紫原のマークから駆け付けた分勢いもあったはずなのに。そのスピードさえも殺して氷室の動きについてきていた。

 

「……何故?」

「確実に決めたい場面、そしてエースとして自分で決めたいというシチュエーションで、冷静なあなたが無策で同じ手を繰り返すとは思えなかった。ならば、きっと自分の得意な技術を組み合わせて勝負に来るだろうと」

 

 驚く氷室の耳に冷静な声が響く。

 状況や性格、相手の技量。あらゆる情報から次の手を読み切ったからこそ、白瀧は氷室の動きにも何なくついていけたのだ。

 

「……白瀧さん。あなたの心眼は、相手の心理さえも読み取ってしまうというのか」

 

 その鍛え上げられた洞察力、バスケIQは指揮官さえも驚愕させる。

 氷室の動きを読み切った白瀧は氷室の手からボールを叩き落とし、またしても秋田オフェンスを封じ込めたのだった。

 この機会を逃すことなく、小林がボールを拾い上げると神崎がミドルシュートを沈め、さらに二得点が記録される。

 氷室を防ぎ、第3Qの残り時間もわずか。タイムアウト後も栃木ムードが止まらない中、攻撃の手は緩むことがなかった。

 

「引くな! ここで攻め倒す!」

 

 小林の力強い叫びがコートに木霊する。

 彼を先頭に、中央左右に神崎・白瀧、その後ろに光月、最後尾を黒木が守る1-2-1-1ゾーンプレスが展開された。

 

「なっ!?」

「うおおおっ!」

「ここでゾーンプレスか!」

 

 積極的にプレッシャーをかけ、チェックに行く栃木の選手たちに、秋田は面を食らった。

 わずかな時間でさらに得点しようという賭けとあり、凄まじい圧力である。

 

「……やっぱりあくまでも攻め続けるんだ」

「——ああ。俺には、攻めるしか道はない」

 

 もはや呆れを含んだ声色の紫原に、白瀧はそう断言した。

 何とかボールが劉から福井へと通るがそれより先へ進めない。栃木のプレッシャーがボールを奪おうと襲い掛かった。

 

「まだ、攻めるのかよ」

「……攻め続けるだろう。少なくとも、白瀧は」

 

 彼らの姿勢は直接戦っていないはずの高尾まで悪寒を感じさせる。

 ここは守りに入っても、手を緩めても良い場面のはずなのに。

 その一方、緑間はわかっていたのか変わらぬ調子でそう言った。

 

(残された体力や疲労に反して攻勢が強まっていく。その身を捧げて力を得ているかのように)

 

 フローに入っている今、白瀧はいつ壊れてもおかしくない瓦礫の山を歩いているような状態のはずなのに、没頭状態が途切れる様子はなく全く勢いが衰えない。むしろ強まる一方だ。

 

(守ったら、ダメだ。なんでもできる相手に、守りに入ったらダメだ)

 

 白瀧の心中に強い意志が宿る。

 圧倒的な身体能力という黄瀬とはまた違う、自分の持っていないあらゆるものを持っている相手だからこそ、受け身ではじり貧になってしまう。ここで完全に打ちのめすのだと。

 暗い瞳が紫原を射抜いた。

 

(良いだろう。お前たちには、他にもあるんだから)

 

 多芸多才の赤司、すでにこれまで多くの分野で活躍したという黄瀬は言うまでもなく。

 完璧な運動能力を持つ紫原、型にはまらない才器の青峰、繊細な指先の感覚を持つ緑間。

 体格もよい者ばかりで、たとえバスケ以外の場面でも活躍できるだろう。

 ——俺は違う。

 いくら速いと言っても専門分野の相手には勝てないし、すでにバスケの動きに適応させすぎてしまった武術は他の競技に活かそうにも時間がかかりすぎる。さらに肩に刻まれた傷が、あらゆる制限を産み出す。

 俺にはバスケしかない。

 これで、バスケまで勝てなかったら、不平等というものだろう。

 だから。

 バスケだけでいい。

 バスケだけでいいから、俺が勝つ。

 だから。

 バスケだけでいい。

 バスケだけでいいから、俺と向き合え。

 だから。

 バスケだけでいい。

 バスケだけでいいから——

 

 

『ああ、じゃあな』

『馬鹿なこと言ってんじゃねえ。そんな余裕ねえよ』

 

 

 ——俺を見ろ。

 

 

 いまだ試合にすら出ていないという旧友に見せつけるように、誇示するように。 

 白瀧のバックファイアが、紫原の背後からボールをはじき出した。

 

「なっ!?」

「常人離れの反射神経と言っても、見えない場所からのスティールなら関係ないだろう?」

 

 

 突破を阻止された紫原をさらに揺さぶるように、白瀧がつぶやく。

 こぼれ球を光月が確保し、再び栃木の攻撃の時間となった。

 次々とパスとスクリーンで敵陣をかき回し、ついに白瀧がフリーの状態でボールを手にする。

 ジャンピングシュートを警戒し、紫原も飛び出したが——

 

「どけよ、紫原」

 

 白瀧のキラークロスオーバーの前に、紫原の反応が遅れてしまった。ついに紫原まで突破され、岡村が精一杯ブロックを試みるも白瀧はここで冷静に横の光月へパスを出す。彼の力強いダンクシュートがリングを揺らした。

 

「やった!」

「ナイス!」

 

 栃木の攻撃が止むことはない。

 ルーキー二人のコンビネーションを止める事は秋田でさえ難しかった。

 さらにそんな秋田を追い詰めるゾーンプレスが容赦なく襲い掛かる。

 

「——ッ!」

 

次々と攻め寄せてくる攻撃の波が、止まらなかった。

 

(……ヤバイ)

 

 疲労とは別の要因が、心臓の鼓動を速める。

 紫原は、背筋が凍る感覚を覚えた。

 

(これが、白ちんがほかのやつらに慕われていた理由だっていうの?)

 

 ちらりと、ボールを持つ敵に向かって行く白瀧へと視線を送る。

 凄みのある、と言えるような彼のプレッシャーは普通ではなかった。

 そんな姿を見て彼が中学時代に仲間の憧れとなった理由に納得する。確かに試合のたびに文字通り死に物狂いで挑める人間は当然強い。すべてを注げる姿勢は人の注目を集める事だろう。

 だが、それは正常ではない。

 そんな事をしていては身体が、心がもつわけがないのだから。

 そして、そんな相手と直接戦えば気後れしてしまう。

 あまりにも自分と差がありすぎる熱意の差に押されてしまう。

 心の底のどこかで目の前の相手を尊敬する感情が芽生えはじめる。

 この時、紫原は初めて他人をすごいと、心の底から思ったのだった。

 

 

 

————

 

 

 

「第3Q終了!」

 

 栃木のゾーンプレスが始まってからおよそ一分後、試合の中断を告げるブザーが鳴り響く。激しい猛攻により栃木がさらに4点を記録し、後は第4Qを残すのみとなった。

 得点は(栃木)64対55(秋田)。

 栃木が後半開始から戦局をひっくり返し、リードを保って最終Qへ突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——黒子のバスケ NG集——

 

 良いだろう。お前たちには、他にもあるんだから。

 多芸多才の赤司、すでにこれまで多くの分野で活躍したという黄瀬は言うまでもなく。

 完璧な運動能力を持つ紫原、型にはまらない才器の青峰、そしておは朝占いの緑間。

 

「俺だけ答えがおかしいのだよ!?」

「……えっ!? 緑間!? 何で心の声が!?」

 

 白瀧の中でおは朝占いのイメージが強すぎた。

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