黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第十二話 緑間対策

試合開始(ティップオフ)!」

 

 黒木と大坪が宙に浮かんだボールを巡って跳ぶ。

 しかし大仁多高校スターターの中で一番高さ(タッパ)のある黒木でも、ジャンプボールを制するには相手が悪かった。

 大坪がボールをタップして軌道を変える。ボールは秀徳の一年PG、高尾の下へとわたった。

 

 すかさず秀徳のメンバー全員が前線へと上がるが、大仁多も戻りが早い。

 しかも高尾が前線へと上がる味方へと視線を向けるものの、そこで早速一つ驚かされるものがあった。

 

「はっ……あいつマジかよ!?(白瀧、あいつ試合開始直後からいきなり超密着マンツーマン!? 相手は緑間だぞ!?)」

 

 まるで勝負所のように圧力をかける白瀧。

 ひたすら手足を動かし続け、緑間には身動きさえさせない。

 

(いやいや、緑間は身体能力だってムカつく事に高いってのに)

(そのあいつが、振り切れないだと!?)

 

 当然のことながら緑間の実力を知る秀徳メンバーに動揺の色が広がる。

 シューターでありながらも高い身体能力をも持ち合わせた緑間は、並大抵の者では彼の動きについていくことさえ困難なほどだ。

 そんな彼が動きそのものを封じられている、驚かないわけがない。

 

「良いのか白瀧。最初からそれほどとばしてしまって」

「最初から本気出さないで、後で悔やむよりはましだ!」

「――『人事を尽くして天命を待つ』か。なるほど、その覚悟は潔い」

 

 あくまでも譲る気はないのだと白瀧は語る。

 緑間もそんな彼に敬意を示して称賛の言葉を述べた。

 

「……たしかに、緑間に5番(黒木)9番(光月)を当ててしまえばインサイドは完璧に崩壊する。

 なるほど。緑間封じにはデメリットが多いものの、効果は十二分ということか」

 

 ベンチでその様子を伺っていた中谷がポツリと呟いた。

 たしかにインサイドが強固である秀徳を相手にしている中、黒木や光月を緑間にあてるわけにはいかなかった。

 それを考えると高さでは負けているものの、地上戦では互角以上に戦える白瀧にマークを任せたのは妥当な考えであろう。

 

「まあ、そうは言ってもさすがは『キセキの世代』。完全に抑えられているわけではないというのが、実に恐ろしいですねえ」

 

 藤代が心配そうな目つきでコートを見ている。彼の言うとおり、白瀧が完全に緑間を押さえられているわけではない。

 一瞬とは言えども緑間がフリーになるタイミングはある上に、高いパスを出されてしまえばディナイも意味がないだろう。

 

「……くそっ!」

「悪いが、相棒の下には渡させない」

 

 そこで出てくるのが小林だ。目の前に立ちはだかる小林を悔しそうに見る高尾。

 緑間と白瀧のマッチアップ同様、高尾と小林という二人も高さに差があり、経験も違う。高尾はまともにパスも出せない状況であった。

 どんどん時間だけが過ぎていく中、焦りが生じてくる。

 

「地上を白瀧君が抑え、高いパスも小林君が出させない。……ここまでは予想通りで、いいですかね」

 

 ようやく藤代の表情に笑みが浮かぶ。

 こうしてコートを見ていると、昨日のミーティングの内容が思い返されてきたのだ。

 

 

――――

 

「……どうですか? 改めて見た秀徳高校は?」

 

 試合前日。一軍メンバー全員が招集され、藤代がスクリーンに映し出したビデオを見ていた。

 録画されていたのは昨年のWC、秀徳高校の試合である。まだ昨年の三年生の選手も見受けられたものの、大半の選手は未だに在籍する選手達だ。

 

「やはりインサイド主体のチームですね。センターの大坪とフォワード二人がインサイドを盛り立てている」

「そうだな。俺らも実質、去年はパワー勝負に持ち込まれてやられた感じだし」

「……甘くない」

「ちっ。しかも厄介なのは、主力選手が皆今年もいるってことなんだよな」

「大坪をはじめ、宮地に木村。散々うちらを苦しめてくれた三年生達は健在」

「その代わり外はそれほどでもない。去年の三年生も含めて秀徳はシューターに恵まれなかったからな」

 

 去年の戦いを思い出しながら、二,三年生が思い思いに意見を述べている。

 画面上ではオフェンスリバウンドを大坪が制しそのまま得点を決めているシーンが映っている。

 秀徳は中がとりわけ強く、全国でもトップクラスの実力を誇っていた。しかしながら外は並であり、警戒するほどではないというのが昨年までの印象だった。

 

「ええ。皆さんの言うとおり、昨年までの戦力を考えればそれでいいでしょう。

 しかしわかっているでしょうが……今年は違う。今年はあの『キセキの世代』のSGが加わったのですから」

 

 だが今年は話が違う。

 圧倒的な実力を誇るキセキの世代ナンバーワンシューターが秀徳に加わったのだから。

 

「白瀧君、君の方から彼のことを説明してくれませんか」

「わかりました。……俺の知る限り、あいつには四つの特徴があります」

 

 かつて彼が見た姿を思い出すように、白瀧は語る。

 共に戦っていたということもあり、この中では彼が誰よりも緑間のことを知っていた。

 

「まず一つは圧倒的な身体能力。シューターでありながらインサイドでも戦えるほどです。ディフェンスも当然並ではなく、生半可な攻めでは抜けやしない」

「……厄介だな。外でも、中に切り込んでも撃てるってことか」

「第二に、シュートの精密さ。『百発百中』の言葉を体現するように、あいつはシュートフォームを崩されない限り絶対にシュートを決める」

「うらやましいぜ、その正確さ」

「第三にあいつの体格です。190cmを超える体から放たれるシュートはまず防げない。一度シュートモーションに入られたらもう見逃すしかないです」

「……ってことは、明並の高さかよ!? それじゃあ届かないわ」

「そして最後に……あいつのシュート範囲(レンジ)です。高いループで放たれるその3Pシュートは、ハーフコート内ならばどこからでも決めます」

「…………」

 

 最後まで説明したところで、誰も声を発せなくなってしまった。

 こうして聞いていると相手の圧倒的な能力に手も足もでないのではないかと思ってしまっているようだ。

 

「ふむ。厄介、という言葉だけでは片付けられませんね」

「ただ、緑間にも弱点がないわけではありません」

「……何かあるのか!?」

「あいつは基本的に外れる可能性があるシュートは撃ちません。密着された状況ではまず相手を振り切ってから、無理なシュートはまずないです」

「ダブルチームで当たるなりすれば、数は減らせるわけか」

「はい。それともう一つ、アシストパスがほとんどないということ。先ほど言った状況ならばパスもありえますが、あいつは……『キセキの世代』は普通一人で決めます」

「成程ね。自尊心が高いのか、周りを信頼していないのかは知らねえけど、一番最後は自分でってことか」

 

 白瀧の説得に納得したのか、徐々に部員達の顔も晴れていく。

 たしかに相手がハイレベルな選手だということはわかったが、やはりまだ一年生で部内でも信頼は薄いはず。それならばまだ対応策は考えられるはずだ。

 

「……ですが、彼にダブルチームは実行したくないですね。

 ただでさえインサイドに重みを置きたいというのに、彼に二人も割いてしまえば大坪君達が黙っていない」

「そうですね……」

 

 最も問題が解決されたわけではない。

 藤代や小林は昨年で秀徳の力を痛いほど知ったのだ。緑間という一人に選手だけに本腰を入れるわけにはいかなかった。

 

「そうですね~。……白瀧君、もう一つだけお聞きしたいのですが」

「なんですか?」

 

 何事かに思い至ったのか、藤代は白瀧の元へと歩み寄り、その顔を覗き込みながら問いかけた。

 

「……緑間君を完全に封じ込める自信はありますか?」

 

 ――かつての同士を止められるか、と。

 中学時代に彼らに勝てなかったというのに、これは重い提案であった。

 

「……はい、あります」

 

 しかし白瀧は迷いなくその問いに答えた。今の自分なら止められると語るその姿は勇ましい。

 決して無謀というわけではない、その顔には自身が溢れていた。ゆえに藤代はその自信を信じ、彼が考えた作戦を実行することに決めたのだ。

 

 

――――

 

 

 大仁多高校はゾーンディフェンスを展開している。

 陣形はトライアングルツー。山本、黒木、光月の三人がゾーンで守り、小林と白瀧がマンツーマン。フェイスガードで緑間にはボールが渡らないように、警戒を怠らない。

 

「宮地さん!」

「ッシ! よくやった高尾!」

 

 ノールックパスでボールが高尾から宮地へ。

 ペイントエリアギリギリで貰った彼は得意のぺネトレイトでゴールを狙うが、

 

「……甘く見るな!!」

「――ッ! 高い!」

 

 山本を抜いたものの、黒木が立ちはだかった。レイアップシュートを叩くと、軌道が変わったボールが宙に浮かぶ。

 すかさず光月・木村・大坪がボールに跳びつくが……

 

「一年が、舐めんな!」

「ぐうっ!」

「っしゃあ、ナイス木村!」

 

 光月が木村に押さえ込まれ、そのまま彼に確保されてしまう。

 

(明がパワー負けした? ……いや、大坪さんが相手ならともかく、今のは普通にいけたんじゃあ……)

 

 神崎はこれを違和感を感じながら観戦していた。

 たしかに経験の差とも思えるが、木村と比べると光月の方が体格もパワーも上という印象があった。

 藤代も同じことを思ったのか、今のプレイを見て顔をしかめている。

 

「おいおい、うちの一年をあんまりいじめてくれんなよ!」

「うおっ!?」

 

 そんな中、木村が着地した瞬間を狙って山本が手を突き出す。

 反応できなかった木村の手からボールがこぼれ、すかさず黒木がボールを確保すると小林へとパスをさばいた。

 

「いけっ、白瀧!!」

 

 それを見て緑間と白瀧が殆ど同時に駆け出した。

 ――速攻。小林はボールをそのまま右サイドへと駆け上がる白瀧へと投げ、パスが渡ったものの、まっすぐ自陣に戻った緑間がシュートはさせまいと立ちはだかる。

 

「ちぃっ、緑間!」

「お前がやってくれたように、俺も好き勝手はさせんぞ白瀧!」

「いいや、突破する!」

 

 瞬間、緑間の視界から白瀧の姿が消えた。斜め方向へのドライブイン。

 速さならばキセキの世代にも劣らないそれは、緑間の反応を一瞬とはいえ遅らせた。

 

「……ッ、まだだ!」

 

 だがそれでも緑間は立ちふさがる。

 レイアップシュートを放とうとしている白瀧の右腕を上から包み込むように、腕を伸ばす。

 一瞬遅れたものの、鍛え抜かれた反射神経、そして白瀧よりも長い背丈と手足が彼に味方した。シュート直前に彼のシュートコースは塞がれてしまった。

 

「ああ、そうだろうよ。……でも、悪いな」

「なんだと!?」

 

 それを悟ると白瀧は右腕を後ろへと振るった。

 一度バウンドしたボールは、走りこんでいた小林の元へとわたる。

 

「ナイスパス、白瀧!」

「小林!?」

「行かせねえ!!」

 

 二人を追いかける形で走っていた小林と高尾だったが、小林の方が速かった。

 高尾が回り込んだものの、小林は鋭いカットインから抜き去り、ジャンプシュートへと移る。

 

「撃たせん、小林!」

 

 それを見た緑間が再びブロックに跳ぶ。高く、広くゴールを守る腕はシュートコースを隠してしまうほどだった。

 

「跳ぶな、緑間。そっちじゃねえ!!」

「っ!?」

 

 高尾の声が響いた。しかしその時にはもう二人とも宙に浮いており、行動に移すには遅すぎた。

 小林が両腕を振るった。パスは外へと走っている白瀧にさばかれる。

 高尾が抜かれ、緑間の注意が逸れた瞬間に白瀧は駆け出し、小林にアイコンタクトを送っていたのだ。

 

 今ようやく自陣に戻った宮地がブロックに跳ぶが……その時にはすでにリリースされていた。

 安定した綺麗な弧を描き、ボールはリングを射抜く。放った瞬間にすでに入ると緑間にはわかった。

 ――先制点は大仁多高校。

 

「ナイッシュ、白瀧!」

「ナイスパス、小林!」

 

 大仁多のベンチが活気溢れる。先制点を上げ、緑間の御株を奪うスリーを決めたのだ。幸先の良いスタートを切った。

 コートの中でも小林と白瀧がタッチをかわし、ディフェンスに戻る姿を緑間は苦々しく見ていた。

 

「……白瀧!!」

「なんだよ。……忘れたわけないよな。俺にアウトサイドシュートを教えてくれたのは、他でもないお前だろう。緑間!」

 

 かつて白瀧が苦手だった3Pシュート。しかし今それが指導を頼んだ緑間の目の前で炸裂した。

 これが緑間に与えたダメージは大きい。緑間は歯軋りを止められなかった。


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