黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第十三話 決意のリスタート

『なんだよ今日の試合は! お前、いつまで足を引っ張る気だ!?』

『……ごめん』

 

 ロッカーで一人の男の声が響く。

 怒声の先にいるのは自分よりも大きな巨漢であるものの、一歩も引く姿勢は見られない。胸倉を掴み、怯む相手をにらみつける。

 その後も他のチームメイトが止めるまで彼の怒りは収まらなかった。いや、それでもなお彼の怒りは向けられたままだ。

 

『光月。悪いが次の試合からお前には外れてもらう。最後の年くらいとは思ったが、チームの勝利のためだ。……すまないな』

『……いえ。何もできなかったのは、僕ですから』

 

 中学三年、栃木県地区予選一回戦でスターターとして出場した光月明は力を発揮することが出来ず、次の日にはすでにコートには姿がなく。

 チームもまた三回戦で敗北を喫し、彼の中学でのバスケ生活は終わりを迎えた。

 

 しかし、それでもバスケを諦めることは出来なかった。――光月は一般受験にて地元の強豪校・大仁多高校へと進学する。

 今度こそ自分の弱みを克服するために。今度こそコートで仲間を支えられるように。

 

 

――――

 

 

 大仁多高校対秀徳高校。今は第1Q中盤、試合は序盤からお互いの本領を発揮する展開となっていた。

 大仁多は栃木のナンバーワンガード・小林を軸に、白瀧・山本の速さに優れたメンバーが早いパス回しで秀徳のディフェンスを中に外にとかく乱。

 さらにディフェンスにおいてもスティールを果敢に行い、白瀧のワンマン速攻により一瞬で切り返すという得意の速い展開で攻撃を盛り立てる。

 

「うおおおおっ!!」

「――ッ!!」

「とったぁ! 大坪がオフェンスリバウンドを制し……そのまま決めるーー!!」

 

 しかし、秀徳もまた負けていない。大坪が外れたボールを空中でキャッチし、そして自分で決める。

 オフェンスにおいてもディフェンスにおいてもリバウンドを制しているのは秀徳だ。大坪・木村のインサイド二人が黒木と光月を圧倒し、チームを支えている。

 ここまで緑間は速攻と高尾のスクリーンによってできた隙に撃った一本を決めたのみ。それ以外はすべて二点シュートだけではあるものの、試合の流れは変わらない。

 

 第1Q残り4分を切ったところで得点は(大仁多)10対9(秀徳)。

 ここで初めて大仁多ベンチの藤代が動いた。

 

「大仁多高校、選手交代(メンバーチェンジ)です!」

「光月!」

「……はい」

 

 呼ばれたのは光月だった。

 ウォームアップを済ませた松平がコートに入り、代わりにここまであまり活躍できなかった光月がベンチへ。

 不満そうな表情はないものの、残念そうな顔つきでベンチへ歩いていく。 

 

「……おい、明」

「え? なんだい、要」

 

 しかし、その途中で白瀧が光月へと声をかける。時間はないものの伝えたいことがあった。

 

「この試合、このままではじり貧だ。松平さんが入ったとしても、大坪を抑え込めるとは思えない。

 ……もしも勝てるとしたら、お前が本領を発揮するしかない。それまで俺達が頑張るから、お前も頼むぜ」

「なっ……いや、でも僕は……」

「甘えんな。練習の時のお前はもっと強かったぜ。……お前なら、できる」

 

 そう言うと白瀧は光月に背を向ける。

 光月も審判に促されてようやくベンチへ戻った。橙乃からタオルを受け取り、椅子に腰掛ける。

 

(ちくしょう……)

 

 疲労もあるが、何よりも相手の木村を相手に何もできなかったという事実が彼に重くのしかかった。

 

「……光月さん」

「は、はい!」

「一体どうしました? 調子が出ないようですが」

「いえ、別に何も……」

「それはおかしいですねえ。私の見た分には、君はもう少し強い印象があったのですが……私の買いかぶりでしたか?」

「……」

 

 挑発にも聞こえる口調だが、光月の闘志が燃えることはなかった。

 光月は藤代と視線を合わせていられず、顔を沈める。他のベンチメンバーも心配そうに彼を見つめていた。

 

「……僕、本番になると駄目なんです」

「……ほう」

「中学の時も、それが原因で試合には殆ど出てなくて……三年の時も、一回戦に出た後は一度も……」

「なるほど。やはりそういうことですか。白瀧君から君の様子がおかしいとは聞いていたのですが、納得しましたよ」

 

 本音を打ち明けて、ようやく藤代は満足そうに頷いた。

 試合の前から藤代は白瀧より彼の不調について報告を受けていた。しかし確信はなく、試合になれば戻るという可能性もあったためにそのまま彼を起用したのだが……もっと早く話を聞いていればよかった、と後悔の念が浮かんだ。

 

「光月さん、コートを見てください」

 

 藤代に言われて光月はようやく顔を上げてコートを見る。

 今まさに高尾をかわした小林がジャンプシュートを放った瞬間だった。しかしヘルプの宮地の圧力からか、ボールはすんなりと決まらない。

 リングを二、三度行き来してボールははじかれた。

 

「リバウンドォッ!!」

 

 ベンチメンバーが叫ぶ。交代直後の攻撃で取られてしまえば、流れは持ってかれかねない。

 ゴール下で大坪がまさに跳ぼうとする。しかし、実行に移す瞬間彼の前より突然衝撃があった。

 

「なっ……白瀧!!」

「二人とも、頼みます!」

 

 そこにいたのは白瀧。20㎝ほどある体格差を恐れず、スクリーンアウトに徹して大坪を跳ばせないことに全力を尽くす。

 

「よっしゃ頼まれたぞ白瀧!」

「ちっ! (しまった、オフェンスリバウンド……!)」

 

 その間に松平がリバウンドを取り、着地と同時に山本へ。ここをきっちりと沈め、再び三点差とした。

 

「ナイスガッツ!」

「痛いっす!」

 

 自陣に戻りながら松平が白瀧の頭を叩き、功績を讃えた。

 リバウンドが取れない戦況が続き光月がベンチに下がった後に、この成功は大きかった。

 

「……あなたよりも小さい体でありながらも、白瀧さんは引く事無く大坪君にぶつかっていきますよ。緑間さんの相手をしていたというのにだ」

「……はい」

 

 光月はそれをどこかうらやましそうに見ていた。

 白瀧はオフェンスでも緑間のマンツーマンディフェンスを受けていた。

 おそらくチームの中で一番運動量が多い。精神的にも厳しいものがあるだろう。

 それでも白瀧は引く姿勢を見せず、見せ付けるように動いている。

 

「あなたが怖いのは何ですか? 失敗ですか? 相手がですか?」

「……どっちもです」

「ならその怖さを捨てなさい」

「なっ。……そんな簡単に捨てられるならば苦労は……」

「そんなに仲間が頼りないですか?」

「……え?」

「あなたの仲間を信じられませんか?」

 

 ――苦労はしないという言葉を遮り、藤代の言葉は重くのしかかる。

 仲間が頼りない? そんなはずがない。小林や白瀧はもちろんのこと、この大仁多の仲間が頼りないはずがない。

 仲間が信じられない? それもまたありえない。短い期間とはいえ、部活でも学校生活でも世話になり、頼りになると思った。そんな仲間を信じられないわけがない。

 

「そんなことはありません」

「ならばもう大丈夫じゃないですか。バスケは一人で戦うわけではないんですから。

 ……今の白瀧さんのプレイだってそうだ。一人で駄目ならば助けてくれる、フォローがある。失敗しても取り返す。

 これでもまだ問題がありますか? 君を信じて今も戦っている仲間を、ただ見ている理由がありますか?」

「……いいえ。いいえ、ありません!」

 

 だからこそ最後は力強く藤代の問いに答えた。これ以上、自分を信じてくれた白瀧を見ているだけというのは嫌だった。

 力はある。ただその前に心が怯んでいてしまった。……だけど、もうそんなことを言っていられない。

 もとよりその弱さを克服するためにこの場所に来たのだ。ならば今こそ前に進むときである。

 

「光月さん。……ラスト30秒、行けますか?」

「……はい、行かせて下さい!」

「わかりました。それではそうしましょう」

 

 藤代が椅子から立ち上がり、選手交代を依頼する。

 残り時間20秒でようやく時計が止まり、選手交代のアナウンスが響いた。

 

「大仁多高校、選手交代(メンバーチェンジ)です!」

「松平さん!」

「……おう、もう行けるのか?」

「はい、すみませんでした」

「謝る暇があったら、さっさと勝って来い!」

「ッ……はい!!」

 

 強くタッチを交わし、光月の顔が歪むものの気持ちは伝わった。

 光月が再びコートに入り、再び試合開始と同じ顔ぶれとなる。しかし、顔つきは試合開始とはまったく違った。

 

「……要」

「……ああ。もう大丈夫なんだろうな?」

 

 疲労しているものの、白瀧も気を遣うだけの余裕はあるようだ。先ほどよりもいくらか気が晴れた仲間の顔を見て、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

「おかげさまで。迷惑をかけたね。……でも、今度こそやれる!」

「……そうか。それなら行こうか」

「光月。出来れば最後はお前で決めたい。一発で頼むぞ」

「……はい!」

 

 小林が肩を叩き、光月もそれに頷いた。

 残り時間が短いものの、今得点は一点差で大仁多が負けている。できればここで逆転して終わりたい。

 山本がボールを入れて、小林がゆっくりと進めていく。

 遅攻は本来の彼らの本分ではないが、この攻撃を確実に決めてギリギリで終わらせることを考えると、容易に攻めることはできなかった。

 

 そして残り11秒、小林が白瀧へとパスをさばいた。

 

「来た! 両チームエースの1on1! これがラストプレイか!?」

 

 自然とベンチがざわめく。ここまで二人の一騎討ちは勝負はついていない状況だ。

 緑間は白瀧の執拗なディフェンスでスリーを一本しか決められず、白瀧もワンマン速攻以外では彼から得点を決められずにいた。

 

「……ッ!」

 

 ――一瞬だった。白瀧のドライブイン、しかしそれに緑間も反応して動き出す。

 それを見て白瀧もドライブ→ロールからの切り返しでかわそうとするも、まだ振りきれない。すると白瀧はゴールに対し半身の体勢のまま、片手でボールを山形に放った。

 

「――フックシュートか!?」

「いや、角度が悪い。……外れるぞ!」

 

 しかし無茶な体勢でシュートを撃ってしまったためか、ボールはリングの外側へと下降していく。

 

「だがそれでいい!」

「お前が決めろ、明!!」

 

 もっとも、それはもとより狙い通りのことであった。

 白瀧の声に応じるように、光月の巨体が宙へ躍り出る。そして空中でボールを掴み、木村のブロックをものともせずにアリウープを決めた。

 

「……っしゃあ!」

「やりやがったなあいつ」

「おいしいとこだけ持っていきやがって……」

 

 着地し、光月は思わずガッツポーズをした。握っている拳が震えている。

 第1Qラスト7秒というタイミングで、大仁多高校はコートに戻った光月が初得点を決め、逆転に成功。渾身のアリウープはまさにチームを勢いづける一発となった。

 

「ナイス、明!」

「……ありがとう、要」

「気にすんな、それよりもここから先も頼むぞ」

「わかってる!」

 

 拳をあわせ、二人は並んで自陣に戻っていく。

 残り時間7秒、(大仁多)18対17(秀徳)。第1Qは十分すぎるほどの結果を出せたいえる。

 まだ時間があるがすでに全員が戻っている上に、白瀧もセンターラインで緑間を待ち構えている。今の状態ならば相手の最後の攻撃は問題なく止められる、そのはずだ。

 

「やっべ、最後に痛いもの食らっちまったな」

「……高尾。ボールをよこせ」

「へ? ……真ちゃん? でも……」

「いいから早くしろ」

 

 宮地のスローインでリスタート。

 愚痴をこぼしながらもとにかくボールを運ぼうとする高尾であったが、相棒の指示により緑間へとパスをさばく。

 ……そして緑間は自陣のゴール付近で深く体を沈み込ませた。

 

「……は?」

 

 白瀧の口から呆けた言葉がこぼれた。試合途中だというのに、よくこのような言葉を出せるものだと呆れてしまう。

 しかし、事実今まで緑間と共に戦ってきた白瀧でさえ今の彼の行動の意図を理解できなかったのだ。なぜ、そんな自陣深くからシュートを撃つようなそぶりをするのかと。

 

「本来は本戦までとっておくつもりだったのだがな。……白瀧、そして大仁多高校。人事を尽くすお前達に敬意を示し、俺も全力を出すとしよう」

 

 ボールをセットすると、利き腕である左腕でリリースする。

 最初に放った1発よりもはるかに高いループを描くそのシュートは、とても人間業とは思えない。

 そしてそのシュートはまるで弾丸のように鋭く、精密にゴールを貫いた。

 

「なっ……!?」

「……は?」

「……!!」

「……マジで?」

「まさか、嘘でしょ……」

 

 第1Q終了のブザーが鳴り響く中、逆転により意気揚々とベンチに戻り秀徳高校のメンバー。

 それに対して、大仁多高校のメンバーは驚きのあまり微動だにできず、その場で呆然とするしかなかった。

 藤代もこればかりは信じられなかったのか表情が固まっていて、笑みが引きつっている。

 

「俺のシュート範囲(レンジ)はお前達が考えているほど、狭くはないのだよ。

 このコート全てが、俺のシュート範囲(レンジ)だ!」

 

 大仁多ムードが高まろうとした中、絶望を叩きつけるように緑間は高らかに告げる。

 

「……冗談きっついぜ、まったくよ」

 

 想像していた以上の実力を見せ付ける緑間に、白瀧は苦笑いするしかなかった。

 大仁多高校対秀徳高校。第1Q終了。――(大仁多)18対20(秀徳)、秀徳高校リード。


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