黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第十七話 飽くなき挑戦者

「……まさかこんなに早く白瀧君と再会することになるとは、思ってもいませんでしたよ」

 

 購入したバニラシェイクを口にしながら、黒子は目の前の席に座る白瀧をまっすぐに見つめる。

 彼の無表情な顔からは感情の変化は読み取れないが事実であろう。黒子にとってこの再会は想定外のことであるに違いない。

 

「俺もだよ。本当ならばもっと先の……一番早くてもインターハイにと考えてたんたが、黄瀬の話を聞いたらいても立ってもいられなくてさ」

「ということはやはり、今日僕を訪ねてきた理由というのは……」

「ああ、お前の相棒についてだよ。どうやら無事に新しい光を見つけられたらしいな。よかったじゃないか」

「……はい。そうでもしなければ、僕が『キセキの世代』を倒すことなどできませんから」

 

 そしてそれは白瀧にとっても同じこと。

 言葉では旧友が順調に力をつけていることを喜んでいる白瀧ではあるが、その言葉にはどこか裏が感じ取れた。だからこそ黒子も深くは聞かず、淡々と答えていった。

 

「だろうな。たしか新しい光の名前は――火神大我といったか? お前が期待を寄せるのだからそれなりの実力を持つのだろうが、まさか俺よりも先に黄瀬を倒してくれるとは……思ってもいなかったよ」

「すみません。白瀧君の仕事を奪ってしまったようで」

「なんでお前が謝るんだよ。悪いのは負けた黄瀬だろう? まあ、そうわかっていても納得できないからこうしてここまで来たわけだけどさ」

「……」

 

 うつむく白瀧のわずかな表情の変化を黒子は見逃さなかった。

 ――理解することとそれを受け取るということはまったく別のことである。

 きっと白瀧は自分の好敵手の敗北を理解しても、自分以外の相手に――しかも名も知らないような選手に――負けてしまったことを受け入れられなかったのだろう。

 だからこそ、事実を確認するためにこうして黒子の元へ来た。彼が迷いなく先に進むために。

 

「……だからこそ黒子。火神ってやつに会わせてくれ。俺がこの目で見極める」

 

 果たして本当に『キセキの世代』の打倒を果たせるような選手なのかを。真に実力で黄瀬を倒したのかを。

 その先の言葉は語らずとも黒子には伝わった。

 白瀧から向けられた鋭い、射る様な視線。彼が本気で“敵”と対峙するときの目だ。

 黒子がこの目を見るのは数年ぶりだ。それだけ火神という選手に固執しているということが理解できる。

 

「わかりました。でもその前に、このバニラシェイクだけは飲ませてください」

 

 だからこそ黒子も白瀧の要望に是と答えた。

 あくまでマイペースを崩さない黒子の姿勢に苦笑しながらも、白瀧は頼みを受け入れてくれた相手に感謝の言葉を告げて、ようやく笑みを取り戻した。

 

 

 

 白瀧と黒子が久しぶりに言葉を交わしているその一方で、その二人の様子を伺っている者達がいた。

 隣のテーブルに座っている三人の男女。白瀧と共にここまで来た、大仁多高校に在籍しているメンバーである。

 

「……本当に黒子君って、白瀧君と仲がよかったんだね」

 

 そう呟いたのは橙乃。彼女の視線の先には白瀧と談笑している黒子の姿があった。

 

「ええ。昔白瀧さんが黒子さんにバスケを教えていたこともありましたし、帝光中のメンバーの中でも特に相性よかったですよ」

「黒子テツヤ、ねえ。俺はやっぱりその名前聞いたことなかったんだけど。……そんなに強いやつなのか?」

 

 二人の関係を知る西村がそう語るが、神崎は黒子が本当に白瀧ほどの選手が気にかけるほどの相手なのかと、理解できなかったのだろうか疑問を口にする。

 このなんとも言えない質問にはなんと答えればよいのかと、悩む西村は苦笑しながらも問いに答えた。

 

「強いのかと聞かれれば強いとは答えられないけど……試合では活躍してましたよ。

 帝光中学に存在した『幻の六人目(シックスマン)』って噂、聞いたことないですか?」

「あ、それ私知ってるよ。たしかパス回しだけに特化した、目で追えない選手って」

「俺も聞いたことあるな。気が付いたらパスが通っている魔法のパスとか。それがどうしたんだ……って、え? まさかそれが……」

 

 言いたいことを察して神崎はその先を促す。

 

「ええ。それこそが黒子さんのことですよ」

 

 そして西村はそう断言した。

 橙乃と神崎は再び黒子を一瞥する。今にも消えてしまいそうな薄い存在感を醸し出している。当の本人である黒子には悪いと思ったものの、彼がそのような芸当を出来るとは思えなかった。

 視線を戻して西村に本当なのかと今一度問うが、やはり返答はそれを肯定するもので。その後すぐ二人の悲鳴が重なった。

 

 

――――

 

 

 誠凛高校はいまだ歴史の浅い新設校である。バスケ部も去年は中々の成績を残したものの、全国大会への出場は敵わず、現在も部員数は全員がベンチ入りできるほどの少数。

 しかし今の彼らにはそれらを感じさせないほどの勢いと自信があった。

 

 その理由は大きく二つ。

 一つは今年入った新戦力の存在である。あのキセキの世代とも渡り合った大型ルーキー、火神大我と中学バスケ界で最強と謳われた帝光中学の『幻の六人目』、黒子テツヤの加入。この二人によって誠凛の戦力は倍増した。

 そしてもう一つは先の練習試合で神奈川の雄・海常高校に勝利したこと。毎年のようにIHに出場し、黄瀬を獲得したことですでに今年のIHの優勝候補とも呼ばれている強豪校に勝利したのだ。この影響は大きい。

 

 運命の決戦であるIH予選は刻一刻と迫ってくる。誠凛高校もその試合のために調整を行っていた。

 最近では連携を重視したチームオフェンスの練習時間が増えており、今も試合形式での練習が行われていた。

 

「火神!」

 

 ボールマンであったPGの伊月がさばいたボールはエースである火神の手に渡る。

 マークにつく小金井を振り払うように、左右にフェイントを織り交ぜる。そして突如大きく腕を右に振るい即座に切り返して前進。加速することでさらに勢いを増し、まるでバネのように足を爆発させて高く飛ぶ。

 その高さはもう誰にも止められない。センターの水戸部のブロックをものともせずに、ボールをリングに叩きつけた。

 

「――ッし!」

「ナイス、火神!」

 

 着地と共に拳で小さくガッツポーズを作る。調子を上げることができていることは大切なことだ。彼の好調ぶりを理解して主将の日向も珍しく火神を褒めていた。

 

「皆特に気負っているところもなく、調子良いみたいね。火神君もどんどんレベルアップしているみたいだし」

 

 練習風景を見ていた誠凛高校の監督、相田リコは呟いた。

 彼女自身、生徒でありながらも監督を務めているがゆえに思うところがあるものの、こうして仲間達の本調子を見ていると、今年はなんとかなるのではないのかと感じてくる。ならば自分は少しでもできることをやるだけだ。

 

「……それにしても、黒子君は一体どこに消えたのかしら? これは帰ってきたらお仕置きが必要のようね」

 

 その一方でなぜか今日の練習で未だに顔を見せない黒子のことが気がかりであった。

 常に神出鬼没であったとはいえ真面目に練習には参加していたので(周囲の人間が認知していたかは別として)、火神から遅刻するという知らせを聞いたときは不思議に感じた。しかも理由も言わずに去ってしまったというのだから尚更だ。リコの中で徐々に怒りによってフラストレーションが溜まっていく。

 

「まず参加していなかった分のフットワーク練習は二倍で設定しましょう。でもその前に軽く海老反りの刑かしら? ふふふ……」

「……監督。反省していますのでどうかお仕置きはやめてください」

「うわあ! く、黒子君!? いつからそこに!?」

「火神君がダンクを決めたところからです」

 

 一人黒子の制裁について考えていると、突如後方より聞きなれた声が響く。

 驚いて振り返ればそこにいるのはまさに話の主題であった黒子本人がそこにいた。一体いつからいたのかと問えば、丁度リコが独り言を呟き始めたときにはすでにいたと言う。

 

「……ならなんで私に普通に言わないの?」

「話しかけようとしたのですが、タイミングを逃してしまって。……すみません」

 

 どうして今年の一年生はこう人を驚かせることに長けているのか。

 八つ当たりのような響きだが黒子には決して悪意があるわけではないようだ。それを理解するとリコはこのことを諦めて、一つため息をこぼした。

 

「まあいいわ。戻ってきてくれたなら、すぐに練習に参加してもらうわよ。

 ……ああでも、ちょっと待って。その前に一つ聞かせて。どうして今日は練習に遅刻を――」

 

 遅刻をしてしまったのかと、リコは理由を聞こうとしたがその先の言葉は突如体育館の入り口から響いてきた拍手によって遮られる。

 リコは当然のこと、練習に参加していた日向や火神達も何事かと視線を発生元へと向ける。

 

「すばらしい。天性のバネと圧倒的なパワー。……なるほど、今のプレイだけでも黄瀬が一目置くのも頷ける」

 

 そこには他校の制服を着た男女が四人いた。

 その中の一人、銀髪の男子生徒が前に出て火神を見ながらそう言い放った。

 

「……黒子君、ひょっとして知り合い?」

「はい。というか僕が案内しました。今日は彼に呼ばれて遅刻してしまったんです」

 

 リコに問われ、黒子は自分が彼を連れてきたのだと答える。そのついでにバニラシェイクの誘惑に負けてしまった責任をちゃっかり彼に擦り付けている所業はさすがとしか言いようがない。

 

「――誰だテメー? いきなり現れやがって。黄瀬の知り合いか?」

 

 事情を知らない火神は荒い口調で問いかける。先ほど彼が言っていた『黄瀬』という言葉は間違いなく火神が対峙した選手のことを指している。そこから考えられるのは黄瀬の知り合いということだろうが……

 

「これは失礼した。まずは自己紹介が先か。

 ……帝光バスケ部出身。今は大仁多高校バスケ部の一年、白瀧要だ」

「なっ!?」

 

 案の定、知り合いどころか目の前の彼――白瀧は彼らと共にバスケをしていた選手である。

 部員全体に驚愕の色に染まる。大仁多高校といえば栃木の常勝校。

 そして帝光出身の一年ということは、それはすなわちキセキの世代と同世代ということだ。

 火神の表情が驚愕から歓喜のものへと変わる。それはまさに、彼が強敵を見つけたときのものであった。

 

「なるほどな。同じ『キセキの世代』として、黄瀬の敵討ちをしに来たってことかよ?」

「……は? 俺が同じ? ……あー違う違う。お前何か勘違いしているよ」

「あ?」

「残念ながら、俺はそんな大層な名前で呼ばれてない。当時俺ベンチだったからね」

「はあ? ……なんだよそりゃ」

 

 だが、白瀧がベンチメンバーであったことを知ると火神は残念そうに呟き、視線を彼からはずした。期待が大きかっただけにその反動として失望も大きかったのだろうか。

 今の火神はキセキの世代と謳われた天才との戦いを渇望していた。自分を楽しませてくれる好敵手を。

 相手が強豪校に所属する選手だとしても、とても自分を楽しませるほどの相手ではないと感じ、火神は白瀧への興味をなくした。

 

「……おい、お前白瀧さんに対してそんな態度は……」

「やめろ西村。俺があいつらに劣っているのは事実だ」

「しかしそうだとしても……」

「いいんだ。それが俺の今の立場だからな。心配してくれてありがとう」

 

 尊敬する白瀧に対してそんな態度を取る火神を許せず、西村が詰め寄ろうとするが当の白瀧によって制せられた。納得がいかないもののしぶしぶ引き下がる。橙乃や神崎、そして旧友の黒子も何か言いたげな様子ではあったが、白瀧の意図を察して言葉を発することはなかった。

 

「それで、そんな強豪校の選手が一体誠凛(うち)に何しに来たんだ?」

「ただ単に黄瀬を倒したという火神のことを見に来ただけだけですよ。あいつには大きな借りがあったんでね。どんな相手なのかこの目で見たくて……」

 

 日向の質問に答えながら、白瀧は火神を探るように見る。

 190cmという大柄な体はバランスよく鍛え上げられていて、高いポテンシャルを秘めていることは容易に想像できる。

 

「……なあ火神。俺と一度戦ってくれないか?」

「はぁ? 何で俺がお前とやらなきゃいけねえんだよ」

「俺がお前を見てやる。これでも俺はキセキの世代(あいつら)と一番長く共に戦っていたからな。あいつらのことはよく知っている。……お前がここから先、他のキセキの世代と渡り合えるか判断してやる」

 

 そう提案する白瀧であったが、火神はあまり気が乗らずすんなりと答えることはない。

 目の前の男が本当にそれだけの力があるとは思えなかったからだ。見たところ白瀧は上背がなく、体つきが良いとは言えない。

 

(こいつからは……臭いが感じねえ)

 

 そして火神の野生の勘が、相手から強さを感じなかった。

 黄瀬と対峙したときにも感じた身が凍るような感覚、今にも押しつぶされそうな圧力(プレッシャー)を感じなかったのだ。だからこそここで相手をする意味を感じられなかった。

 

「はっ。折角の誘いだが、俺にはお前と戦う気はねえよ。弱いやつと戦うつもりはねえし、お前が本当にあいつらのことを知っているって保障もねえしな」

「……あの、火神君。それについては本当ですよ。現に白瀧君はレギュラーを務めていたころもありましたから」

「は? そうなのか?」

 

 断ろうとしたものの、相棒である黒子の補足を受けて再び白瀧の顔を見る。

 

「そういうこと。ま、俺に勝てる自信がないってことならば逃げてくれても構わないけど?」

「……はっ! 逃げなんてしねえよ。テメーこそそこまで言うんだから、それなりの力を見せてみろ!」

 

 ――それならばあえてその挑発に乗ってやろう。

 クスリと笑う白瀧に、火神も感情を高ぶらせて言い放った。

 

 

 

「要と……黄瀬を破った火神ね。果たしてどうなるのかこの勝負……」

「そんなの白瀧さんでしょ」

「絶対白瀧君」

「……まあ、俺もそう信じてるけどさ。やけに即答だな二人とも。やっぱり怒ってる?」

 

 淡々と答える二人を見て神崎は苦笑した。

 何に対して、とは言わずもがな。白瀧に対する火神の態度である。

 

「当たり前ですよ。天狗になってるんでしょうけど、白瀧さんのことも知らずにあんな態度を取るなんて」

「私もあの態度は嫌い。白瀧君を甘く見ているにも程がある」

「そういう俺も同感だけどね。ま、本人が一番怒っているだろうけど」

「まあそうなんでしょうけど。……多分怒っている対象が違うと思いますよ。あくまで自分のために怒る人じゃないですから」

 

 三人は火神への嫌悪感を醸し出しながらも、それをぶつけることはなく白瀧を見やる。

 表情は穏やかなものだが、きっと内心は穏やかではないのだろう。しかし神崎が考えているようなものではないと西村は言った。

 

「……」

 

 それを聞いて橙乃はどこか辛そうな表情になる。彼女も西村と同じことを思ったのかもしれない。

 

「……ねえねえ、あの三人もやっぱり大仁多高校の一年生なのかな?」

「おそらくな。さっき白瀧がタメで話してたし、間違いないだろう」

 

 大仁多勢三人の意識が白瀧に集まるその一方で、誠凛のメンバーはその三人にも注目していた。

 小金井と伊月が二人で彼らのことを話していると、日向と黒子もその話に便乗して答えた。

 

「……俺もあの短髪の男は見たことある。たしか俺らが中三の時に全国ベスト16入りしていたチームのスターターに入ってた、シューターだよ」

「もう一人の茶髪の生徒も帝光出身ですよ。三年の時にベンチ入りを果たしたPGです」

「マジで!? すご、さすがは強豪。一年にも良い選手が集まるんだな……」

 

 白瀧も含めて体格が恵まれているわけではない三人の選手であったが、二人の説明で納得したように頷くのは小金井。これだけの選手達が入るのだから、しばらくは大仁多が栃木の王者であり続けることは間違いない。

 

「そして一緒にいる女子生徒はマネージャーだろうな。さすがに彼女のことは知らないが……」

 

 日向はそこで言葉を止める。そして視線が橙乃の体のある一点で止まった。他のメンバーも同じところで視線を止める。制服の上からでもわかる、彼女の大きなふくらみ。

 彼らは一度視線を橙乃から監督であるリコへと移し、そして再び橙乃へと移して全員が呟いた。

 

『……いいなあ』

「オイ、オマエラ。一体今どこを見た? 何を比べた?」

 

 口は災いの元。リコはドスの利いた声で日向達に語りかけ、「練習メニュー三倍」という制裁を与える。刑の執行を受けた哀れな男達の悲鳴が絶叫が木霊するが、リコは我関せずと白瀧と火神の方へと移す。

 まさに目の前では火神が白瀧よりボールを受け取り、対決を始めようとしていた。

 

 

――――

 

 

「……ったく。やけに今日はうるせえな」

「悪いな。どうやら俺の仲間が原因のようだ。気が散ってしまったようですまない」

 

 外野の声が聞こえてきたのか、火神は心底嫌そうに視線をコートの外へと向ける。

 白瀧はそんな相手の様子を見て、彼のチームメイトが悩みの種になっていることを察して謝罪した。……もっとも本当に悪いのは大仁多高校の面子ではないのだがそれを指摘するものはいなかった。

 

「別にこれくらい支障ねー。それよりも……行かせてもらうぜ」

 

 火神がドリブルを開始。リズムを取りつつ、徐々にその速度を上げていく。

 

(にしてもこいつやけに深く守ってんな。俺が外が苦手なの知っているのか……?)

 

 それに対して白瀧は通常のディフェンスよりもやや深く守っていた。

 よほどインサイドを警戒しているのだろうか。アウトサイドシュートが苦手な火神にとっては切り込みが反応されやすくなる分、厄介だ。

 

「……集中力が散漫してるぞ、お前」

「なっ……!?」

 

 思考をめぐらしている中、突如火神の耳に届いた重々しい声。そしてそれと同時に体が警戒音を鳴らす。

 何かはわからない。しかしとにかくボールを守るべく手を伸ばすが、ボールは自分以外の手によって払われてしまう。ボールは転々とコートを転がり、そして白瀧がボールを確保することで火神の攻撃は終わった。

 

「はい、おしまい」

「……何だ……?」

 

 淡々と事実を告げる白瀧に対し、何が起こったのか理解できなかったのか火神はおそるおそる呟いた。

 白瀧のスティール、それはわかっている。しかしそれが起こるまでの段階を視認できなかった。目の前でディフェンスの構えを取っている男が、そのままほとんど体勢を崩す事無くいきなり接近したのだ。

 

(いや、本当にそうだとしたらどんな脚力だよ!? 目で追えない速さだなんて……)

 

 黄瀬と同格どころか、今の動きは黄瀬よりも格段に速い。

 しかも奪われる直前に火神が感じたのは……まさに彼自身が求めていた、強者の臭い。

 

「……どうなっている。火神が反応できないほどの速さだなんて……」

「それが彼の持ち味です。そして正確にはスピードだけではありませんよ」

 

 日向が思わずもらした言葉を拾って、彼を良く知る黒子が話し始めた。

 

「彼は移動の際に重心移動を組み合わせ、より体の動きを小さくしている。彼の本分は、鍛え上げられた『瞬発力』。バネのように瞬間的に放たれる、圧倒的なスピードですよ」

 

 それこそが白瀧が帝光で戦うために選んだ彼の武器。

 キセキの世代にも劣らないと称されたその力を前に、火神は切り込むことすらできずにボールを奪われた。

 

「お前。俺のこと甘く見ていただろ? 一体いつから自分が最強だと自惚れていたんだ?」

「な、んだとテメエ!」

「……まあいい。それよりも次は俺の攻撃だな。せめて反応くらいはしてくれよ」

 

 火神に背を向けて白瀧は冷たく言い放つ。その姿に火神の怒りは急激に燃え滾った。

 先の対決と同じように火神も深めに守る。少しでも白瀧の動きに対応できるようにと、相手の行動の一つ一つを見張る。

 ……そして何の前触れもなく、白瀧は動き出した。

 

「――ッ!!」

 

 やはり格段に速い。今までの選手達の動きが遅いと思えるほどに。しかし反応はできた。

 大きく腕を振るい、右に切り込む白瀧。すかさず火神もその姿を追う。

 ……しかしそれはあくまでフェイク。そこで白瀧は止まり、右に左にとボールを素早くたくみに操る。

 

「このっ……!」

 

 思わず目が動きに釣られてしまう。

 そんなことを知ってか知らずか、白瀧の動きはさらには激しさを増す。

 クロスオーバーで揺さぶり、逆側へと切り込むと見せかけてバックターンして前進。火神がバックステップで踏みとどまるものの、それを嘲笑う様に膝下からボールを通して再び切り返す。

 

「――!!」

「残念、はずれだ!」

 

 よろけている体勢の火神には白瀧を止める術はない。

 白瀧は用意にペイントエリアに侵入し、レイアップシュートを放った。

 火神がブロックショットを狙っても、彼が飛んだときにはすでにボールはリングへと向かっていて……ボールはリングを潜った。

 

「これで、決着……」

「バカな!」

「火神が、こんなにも呆気なく敗れるなんて……」

 

 誠凛のメンバーからは信じられないという驚愕の声が溢れた。

 黄瀬を倒し、誠凛のエースとして完全に認められていたというのに、こうも簡単に負けるなど信じられないことだった。

 

「ま、待てよ! もう一度だ! もう一度……」

「断る。お前のそんな考えでは、何度やったところで結果は変わらない」

「なっ、テメエ!」

「いい加減自分の未熟さに気づけ。そのままではキセキの世代に太刀打ちするどころか……予選で姿を消すことになる」

「ッ……」

 

 なおも食いつこうとする火神であったが、白瀧の一言で黙らされた。

 

「お前は勝負の前から油断していたな。俺がどうせキセキの世代に劣る実力と考えていたのだろうが……それならば聞こう。お前はキセキの世代以外の人間ならば、誰にでも勝てると思っていたのか?」

「……なんだよその質問は?」

「答えられないならば別に良い。だがもしもそうだとするならば、そんなふざけた考えは捨てろ。

 どうやらお前は帝光中のことも知らないようだが……俺達帝光部員は、日々が戦いの毎日だった。部員数は100人以上という環境、少し間違えれば自分の立ち居地さえ危うくなる。油断なんてする暇さえなかった。キセキの世代はどうだか知らないけどな」

「……」

 

 今まで噂で聞いた程度であったその話は、ようやく火神にとって実感を感じるものとなった。

 ……帝光バスケ部は中学バスケ界で最強と謳われていた。当然のことながらその中での熾烈な争いは他とは比べ物にならない。その中で生き残るということは、言葉で語る以上に困難なものであっただろう。そしてその中で戦い続けた白瀧は当然弱いわけがない。

 

「自分の勝利を信じつつも、強者であるという自覚を持ちつつも、俺達は一度でも自分が最強であると思ったことはない。俺達は挑戦者という立場でもあったからだ。キセキの世代という、圧倒的な才能を誇る者達へのな」

 

 仲間であると同時に敵でもあったと語る白瀧。特にキセキの世代はそうなのだろう。

 何せ、その天才五人の存在によって一度も公式試合に出られなかった選手など数多くいる。機会をつかめなかった者達がいる。

 その言葉に昔を思い出したのか、西村は強く拳を握り締め、白瀧の言葉を一つも聞き逃すまいと意識を強めた。

 

「だがお前はそうではなかった。自分の強さを過信して疑わなかった。

 そんなやつがキセキの世代の打倒を目指すなど片腹痛い。お前が倒そうとしている相手は、全国三連覇を成し遂げた最強の存在だと、数多くの選手を打ち負かしてきた相手だと真に自覚しろ。そしてその相手に挑むまで、一つ一つがその挑戦に課せられた試練だと思い知れ!」

 

 それはきっと白瀧が常に考えていたことなのだろう。

 だからこそ容易な考えでキセキの世代の打倒を語る火神を許せなかった。白瀧の怒りはその一点にあった。

 

「……白瀧君」

「ああ、ここから先はもう何も言わない。わざわざありがとうな黒子。

 それと……練習の邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした、誠凛高校の方々。機会があれば……次は大舞台で会いましょう。行こう、皆」

 

 最後に黒子に礼を言い、誠凛部員に謝罪の言葉を述べると、火神には視線を向けずに、神崎達に声をかけて体育館から出て行く。

 

「……ッ! 待てよ白瀧!!」

「……なんだ?」

 

 だが、扉を潜ろうとしたところで先ほどまで顔を俯けていた火神が呼び止める。

 白瀧は立ち止まったものの、顔だけを火神の方へと向けた。

 

「テメーの言いたいことはよくわかった。……だけど俺はいつまでも挑戦者でいるつもりはねえ!

 次にテメーと会うまでに、俺がキセキの世代を倒して、俺が日本一になってやるよ!!」

「……その意気は買う。だがそこまで言ったのだから必ず勝ち抜いてこいよ。――インターハイまでな!」

 

 お前に言われるまでもない、と火神は強い瞳で白瀧をにらみつける。

 それ以上は言葉を交わす必要はないと白瀧は今度こそ去って行った。

 

 今日新たに白瀧のライバルが出現した。

 彼らがもしも公式の場で戦うならば、お互いが勝ち残ってインターハイかウィンターカップでぶつかるだけ。そこまで本当に彼らは勝ち残れるのか、運命のめぐり合わせはあるのか。

 その行方は誰にもわかない。しかしこの時白瀧は火神という男が必ずや自分やキセキの世代の前に立ちはだかることになるとそう確信していた。


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