黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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伊月君のダジャレが思いつかなくて投稿が一週間も遅れてしまいました(え


第十八話 共に戦うために

 火神を見定めるという用件を済ませた今、これ以上俺たちがここに長居する理由はない。黒子とも話したいことは山ほどあるが……今はまだいいだろう。本来はまだ再会する予定ではなかったし、あいつとてインターハイ予選に向けて意識を高めたいはずだ。

 誠凛高校の校門を出てもう一度だけ体育館を一瞥すると、後は振り返らずにその場を後にする。

 

「誠凛高校か。見た感じ火神以外の選手はそれほどって感じだったけど。……要は本当に、インターハイ本戦まであいつらが勝ち上がってくると思ったのか?」

「可能性はどこの高校にだってある。それに火神だけでなく黒子もいるのだからなおさらだ」

「ふーん。随分黒子に肩入れしているんだな。お前にしては珍しい」

「いや、妥当な評価だよ。試合を見ればお前もわかるはずだ。あいつの強さをな」

「……まあたしかに黒子さんの本質は……ちょっと、ね。実際に見ないとわかんないっすよね」

 

 俺の先ほどの言葉を思い出して、勇は思ったことをそのまま述べる。たしかに選手層も薄くポテンシャルも高いとは言いがたいが、それが全てを物語るわけではない。強力な選手の影響力というものは、強さ以上に表れることもある。東京都代表に選ばれるのは難しいが、全国制覇経験者にアメリカ仕込みの帰国子女のダブルルーキーがいるならばひょっとしたら、と俺は考えてしまう。

 

「それにしても誠凛の人達ってちょっと情報不足じゃないですか? 白瀧さんのことも全然知らないし」

「そう言ってやるな 西村。キセキの世代(あいつら)ならともかく、俺が本当の意味で活躍できたのは三年前だけ。全国経験者はいないようだし、黒子以外のメンバーが知らなくても仕方がない話だ。次の対戦相手だとか、そういうわけでもないから尚更だよ」

「俺からしてみれば『無知は罪』、と言いたいところですけどね」

 

 誠凛高校の顔を見回したが、黒子以外の選手は一度も見たことがないような顔ぶれだった。

 そんな彼らが俺のことを知らなくても無理はない。西村の怒りもわからないことはないがな。

 

「……ねえ、白瀧君。今一つだけ聞かせてくれない?」

「え? どうした橙乃。そんなに改まってさ」

 

 先ほどから……正確に言えば誠凛高校の体育館を出たころから黙り込んでいた橙乃だったが、どうしたのだろう。やけに表情が重苦しいものだ。

 

「教えてほしい。中学二年生の時、黄瀬君にスターターを奪われてしまったことはわかってる。

 でもそれならばどうして……どうして秋の大会・新人戦であなたは、ベンチにさえいなかったの?」

「は?」

「……なるほど。そのことね」

 

 何事かと思ったら、そういうことか。

 ようやく理解できた。なぜ橙乃がそこまで俺のことを知りたがっていたのかを。何を疑問に思っていたのかを。今日のことで余計に彼女の気持ちを煽ってしまったのか。俺も少しばかり言いすぎたかな。

 

「うーん、どこから話せばいいんだか。……ちなみに、橙乃はどこまで俺のことを知っている?」

「多分、ほとんど全て」

「ほとんど全て? どういうことだ?」

「白瀧君のことは中学時代に何度も見ていた。私の学校も、何度か帝光と試合をしていたから」

「え!?」

 

 ということはつまり、中学時代に何度か交流はあったのか?

 たしか東京都の中学に通っていたと話していたから練習試合か、あるいは予選で対戦していたのだろうが。……選手ならともかく、マネージャーともなるとそこまで思い出せない。

 

「……西村。お前は覚えてる?」

「白瀧さんが覚えていないこと、俺が覚えているわけないでしょう! 俺の記憶力のなさを舐めないで下さい!」

「それは別に舐めてないよ。十分に理解している」

 

 駄目元で西村にも聞いてみるが、やっぱり駄目か。むしろ知っていたら驚いていたところだ。

 

「覚えてなくても仕方がないと思う。うちは中堅校だったし、特に目立った選手もいなかったから」

「ああ。そうか、悪いな」

「ううん。……初めて見たのは、中一の夏。予選で帝光と戦った時だった」

 

 心なしか嬉しそうな表情をして話し始める橙乃。

 中一の予選なら俺もスターターに入っていたころだな。黒子や西村と言った選手達は未だにその姿を見せなかったものの、帝光というチームの戦力が後の『キセキの世代』と呼ばれる選手の加入に伴って一新したとき。

 

「一年生でありながらも堂々とプレーをしてて。22得点、5アシストと脅威の数値をたたき出した」

「はっ!? 入部早々でそんなに!?」

「白瀧さんはその年の全国ベスト5にも選ばれてたほどですから」

「……たしかにそれを考えればおかしくはないのか」

「……」

 

 自分のことではあるのだが、こうして聞いていると……少しばかり気恥ずかしい。

 勇ではないが入部早々に試合に出場していたしな。今となっては懐かしい。青峰とかも純粋なバスケバカだったり、俺もまだスリーが苦手であったり、ダブルクラッチとかもできないようなころだった。

 

「数値も凄かったけど、何よりも白瀧君のプレーしている姿がとても印象に残った。

 瞬く間に目の前を駆け上がって、相手選手を綺麗にかわして突破して、得点を決めて。チームの勢いとなっていた。チームメイトにも声をかけて楽しそうにバスケをやっていて。あの人に似ているな、って思って気になっていたの」

「……ん? あの人って言うと?」

 

 何か嫌な予感がする。恐る恐る呟くと……

 

「うん。もっと昔――小学生くらいのころに、私がバスケを知ることになった相手。純粋に、ただバスケを楽しんでいてね。それを見て私もバスケって面白いなって思ったのが、マネージャーをやるきっかけだったんだ」

「……そうか」

 

 橙乃は本当に嬉しそうに語る。だがそんな彼女には悪いのだが。……少しばかり残念ではある。

 やはり異性から好意的に見られるのは嬉しいものの、それが誰かを重ね見てとなると、微妙な心境だ。

 まあ嬉しいことには変わりはないから良しとしよう。俺だって初めて橙乃を見た時に桃井さんを重ねて見たこともあったから。だから西村と勇、そんな『ドンマイ、また次があるさ!』みたいに語っているような、哀れむような視線はやめろ! なぜか悲しくなるから!!

 

「ちなみにその人は今どうしているんですか?」

「わからない。本当に昔のことで顔も名前もよく覚えていないから。多分今もバスケはしていると思うけど……」

「そうですか……」

 

 早くその話題から離れたいと思っていたのに、なおも深く立ち入ろうとする西村。

 だが橙乃がその相手のことを覚えていないと知るとなぜか俺に向かって親指を立てる。……いっそこいつと絶交してやろうか。それも悪くないかもしれない。

 とにかく一つ咳払いをして話を変えるとしよう。主題から逸れている。

 

「こほん。――えっと、橙乃が俺のことを気になった理由はわかった。それで?」

「うん。その後も練習試合で戦ったり、中二の予選でも姿を見たんだけど。……その年の秋。対戦したときはあなたの姿がなくて。それに比例して他の選手ばかりが名を上げるようになって……」

「……それが納得できなかった、か」

 

 そう呟けば橙乃は無言で頷く。

 ここまで知っているということは余程俺のことが気になっていた、ということだろう。……今話してはっきりとしておいた方が、彼女のためにもなるか。

 

「わかった。じゃあ教えるよ。どうして俺がその大会にいなかったのか」

「う、うん!」

「……簡単な話だよ。そのとき俺が怪我をしていた、それだけの話」

「え?」

「……怪我? お前が?」

「……」

 

 そう、それだけ。それだけの簡単な話。

 そのはずなのに橙乃は驚き、勇は信じられないと語り、西村は無言で俯いた。

 

 

――――

 

 

「ねえねえ! あったよ、白瀧が載っている号の月バス!」

 

 一方、誠凛高校の体育館では明るい声が響いた。

 声の主は小金井。練習の休憩中に更衣室に戻った彼は室内を探し回り、いくつかの月バスの探していた。

 ――月刊バスケットボールマガジン、通称月バス。月に一度発行される有名なバスケの雑誌。バスケ界について幅広く掲載され、それは中学バスケも例外ではない。

 

「何々。……三年前の記事。白瀧達が一年の時のものか」

「全中が終わった後で新人戦が始まる前、といったところだな」

 

 日向や伊月も気になったのか、小金井の元に集まる。しばらくは会わないだろうがやはり気になってしまったのだろう。白瀧のように彼らにとって未知の選手は尚更。

 

 そこにはたしかに白瀧の写真が掲載されていた。

 『帝光』と書かれたユニフォームを身に纏い、『8』という数字を背負ってドリブルで敵陣を切り裂く姿。他にもシュートモーションの写真や、表彰式の写真。さらには水着を着て泳いでいる姿も。

 

「……って、なんで水泳!? バスケ関係ねえじゃん!」

「あ、それたしか白瀧君が取材を受けたときの写真だそうですよ。オフの日で、水泳をしていたとか」

「紛らわしいわ!」

オフ(・・)の日はお風(オフ)呂に浸かればいいのに」

「伊月は黙っとけ!」

 

 ……余計な疲労を感じてしまったと日向後悔した。

 黒子の解説と伊月のボケに的確なツッコミを入れて日向は記事の内容へと目を戻す。

 

「『――帝光中学の全国優勝の立役者。恵まれた体格とは言い難いが、並外れた脚力と技術で敵を翻弄する。試合後半になっても疲れを見せず、スタミナもかなりある。ひたむきな努力型の選手でオフの日でも鍛錬を欠かさず、写真はインナーマッスルを鍛えるために水泳に勤しんでいるもの』」

「脚力と技術、それにスタミナ!? 火神との1on1で実力はわかったけど、スタミナも十分ってことは試合では本当にその力を破るしかないってことか……」

「次は俺が勝つ! ……ですよ」

「あー、強がりはわかったから」

 

 先ほど負けたばかりとは思えないほど燃えている火神だが、残念ながら根性論では白瀧には勝てないだろう。なにせその相手が『スタミナ』という一種の根性論で優位に立てるものをもっているのだから。それがわかっているからこそ、日向は適当にあしらった。

 

「でもおかしいんだよねー」

「おかしいって、何がだ?」

「いや、部屋にあった他の月バスも見たんだけどさ、白瀧の記事だけは全然見つからないんだよ。その次の年のにも乗っていないし、黄瀬とか『キセキの世代』が掲載されていた号にもさ」

「……なに?」

 

 小金井が頬をかきながらそう呟く。たしかにおかしな話ではあった。

 この記事を見ても白瀧の実力は確かなものだとわかる。キセキの世代と呼ばれていないにしても。それなのに、一つも他に記事がないというのはどういうことなのか。

 

「まさか黒子みたいに忘れられたのか?」

「んなわけねーだろ! 黒子の件が異常なだけだ!!」

「……そうですよね」

 

 暢気に呟いた伊月に条件反射でツッコミを入れる日向だが、それが黒子の心を深く抉っているということを指摘する人間は残念ながら誰もいなかった。

 

「でもさすがに一つも記事がないのはおかしいだろ。何かしら彼についても書いてあるんじゃ……うん? これそうじゃないか?」

 

 至極最もな意見を出し、土田が他の号の月バスを見ていると――白瀧という文字を発見した。それは二年前の記事であり、先ほど見た号の丁度一年後ほどの時期に出版されたものだった。

 

「どれどれ? ……ん?」

「え? 少なっ! これだけ!?」

 

 それを見た誰もが目を疑った。たしかに白瀧という文字があったが、それは次の大会における帝光全体について記者が独自に予想したものであり、他の選手のように特に取り上げられたものではなかった。

 

「マジかよ、ですか? それでなんて書いてあるんだ、です?」

「ちょっと待て。えっと――『多くの学校では戦力が半減する新人戦だが、レギュラー五人が健在である帝光中学が今年も磐石か。全中で負傷退場した白瀧要(二年生)選手の復活も期待される』」

「……え? 負傷退場?」

 

 思わずその記事を二度見する。しかしやはり書いてあることに間違いはない。

 

「おい、黒子。コレに書いてあることって……」

「……はい。間違いありません」

「ッ……!」

 

 そう問えば静かに肯定する声が返ってくる。

 その黒子の姿を見て、火神は無意識で戦慄してしまった。落ち着いていると思われた黒子の、まるで怒りで燃えているような表情を見て。

 

 

――――

 

 

「ああ。その年の全中で負傷退場してね。少しリハビリが長引いちゃって新人戦の開始には間に合わなかったんだ」

「そうだったんだ。……その後は大丈夫だったの?」

「そうでなければ今ここにいないよ。たしか新人戦の準決勝あたりには戻ってきてたし。だから心配はしなくていい」

「……そっか」

 

 説明すれば、どこか残念そうだが納得した表情で小さく息をこぼす橙乃。

 これで一つ彼女の心の整理ができたのならば問題ない。予選前に詳しく話しておこうと思っていたところだから、よかった。 

 

「……うん? 待てよ。中二の全中で、負傷退場? ……ああ!!」

「へ? どうした勇?」

 

 物思いにふけっていた勇が突如声を荒げる。何か思い出したようだが、どうしたんだ?

 

「ひょっとして、あの試合中に担架で運ばれていたのって要だったのか!?」

「担架で……?」

「――ッ!」

「……ああそっか。そういえば勇も全国大会に出場していたんだったな。それなら知っててもおかしくはない、か」

 

 世間は狭いな。意外なところで俺は交流を持っていたらしい。

 ちょっとしたアクシデントということで済ませたかったのに。……これでは無理だな。

 

「おそらくお前の言っていることで間違いないよ。

 ……全中の決勝トーナメント一回戦。それが俺の中学時代で二回目の夏が、終わった時だった」

 

 もうこうなったら明らかにしておこう。橙乃のためにも、真実を。

 

 

――――

 

 

 ――二年前。

 その当時神崎は二年生ながらもスターターに抜擢され、主戦力として試合で活躍していた。彼の働きもあって彼の中学校は全中予選トーナメントも突破し、見事決勝リーグに進出するにまで至ったのだ。

 試合開始の時間も近づき、神崎はチームメイトと共に荷物を持ってコートサイドへと移動する。

 

 そしてそこで神崎は驚かされたことがあった。

 それこそがまさに今コートで行われている試合――現在の中学バスケ界では最強と謳われている、帝光中学の試合だ。

 第四Q開始時点ですでに120得点。対戦校とのスコアの差は80にも及ぶ。

 お互い全国のこの舞台まで勝ち上がってきた相当な実力者同士の対決。それにも関わらず、これだけの大差をつける帝光中学の底知れぬ実力を思い知り、神崎はいつの間にか自分の体が震えていたことに気づいた。

 

「すげえや……」

 

 口から漏れたのは一言、ただただ帝光のメンバーを絶賛する言葉だった。

 そしてそう言っている間にも試合は動く。焦りからか、敵チームに連携の乱れが生じた。ファンブル、パスを取り落とすというミスを犯してしまう。零れ落ちたボールにすかさず反応したのは帝光の9番。

 ボールを拾いなおそうとした相手よりも逸早くボールをはじき、ボールは帝光の4番へ。主将は体勢を低くした状態でルーズボールを拾い、そしてその体勢のままボールを前方へ向けてすくい上げた。その先にいるのは、帝光の9番。

 

「速い!!」

「嘘だろ、なんで……」

 

 チームメイトも驚いていた。

 神崎も「なんでお前がそこにいるのか」と本当に疑問に思った。しかしそれを言葉にできなかった。

 帝光の9番はボール奪取の際にボールに飛び込む形になり、その後相手選手とも衝突する形になっていたというのに。それなのに今は主将がさばいたパスを受け取り、コートを駆け上がっていた。

 そうなったらもう9番のワンマン速攻は誰にも止められない。彼は誰にも止められることなく、レイアップを楽々と決めてみせた。

 

「……」

 

 言葉に、詰まる。

 噂話で帝光が誇る『神速』のことを聞いたことはあった。しかし実際にそのプレイを見たことはなく、今年の大会開始前に新入りにスターターの座を奪われたという話を聞いて、去年よりも1つ増えていた番号を見て侮っていた一面があった。だが現実はどうだ? この男でさえベンチメンバーということは、それ以上の実力者が五人はいるということ。その事実が神崎に重くのしかかる。

 

「今は目の前の敵に専念しろよ神崎。気持ちはわかるが、俺達はまだスタートラインに立ったばかりなのだからな」

「あ、はいキャプテン。……そっすね。それくらいはわかってますよ」

 

 そんな彼の心情を察したのか、主将が肩を叩いて緊張をほぐしてくれた。

 彼の言うとおり彼らのチームはまだ試合も始まっていない。しかも初戦の相手は中学屈指のフォワード、井上を擁する上崎中学だ。それに勝てるかどうかさえ怪しいというのに、今から帝光のことを考えても仕方がない。

 キャプテンの言いたいことを理解して、神崎も幾分か気持ちに余裕を持つことができた。

 

「じゃ、ちょっと気分転換も兼ねてトイレに行ってきます」

「む。わかった、だがすぐに戻れよ」

 

 だがそれでもすぐに切り替えることは出来なかったのか、神崎は一度コートを離れようとする。このまま試合に挑む前に、一度張り詰めた気持ちをリセットしようと思ったのだ。

 時間はそれほど余裕はない。できるだけ急ごうと神崎が歩き始めたその瞬間。

 

 パチン、と。

 試合が行われているコートには不釣合いな指鳴らしのような音が空気を伝わって聞こえた気がした。まるで何かの始まりを、何かの終わりを意味する合図のように。

 

「あっ……がぁ、あああああああああ!!!!」

 

 その直後に木霊したのは、一人の選手の悲鳴。

 その選手がリングに嫌われたボールを確保しようと跳躍して腕を伸ばし、まさに両腕で確保したその瞬間だった。マッチアップしていた相手選手の腕は宙に浮くボールではなくそれに伸びている彼の腕にからみつく。そしてそのまま彼の右腕を力がかかっている方向とは逆向きに、強引に押し出した。

 二人が交錯したのはほんの一瞬の出来事であった。だが、その一瞬が全てを左右した。

 リバウンドを制していたはずの選手は生じた痛みにより着地すらままならず、右肩を庇いながら倒れている。それに対して力をかけた相手は痛みに苦しむ彼を、平然と見下ろしていた。

 

「レフェリータイムッ!!」

「ッ、白瀧!」

「白瀧君!!」

 

 それを見た審判の判断により時計は止まった。

 すかさずチームメイトだけでなくベンチから監督やマネージャーも駆け寄り声をかけるが、それでも彼はまともに動くこともままならない状態で。

 

「誰か、担架を持ってきてくれ! 早く!!」

 

 結局彼はその後担架に乗せられて病院まで運ばれて、試合には最後まで戻ってこなかった。

 その試合は予想通り帝光中学の勝利で終わったものの。……帝光メンバーにとっては初めて感じた、喜びのない勝利であった。そしてこの試合から彼らの運命は、変わってしまった。

 

 

――

 

 

「俺は試合中にマッチアップしていた選手と交錯した。それによって右肩を負傷し、試合はおろか練習にもまともに参加できなかった時期が続いた」

「肩を……」

「やっぱりそうだったのかよ。……本当に大丈夫、なんだよな?」

「さっきも大丈夫だって言っただろ? なあ西村」

「……まあ、たしかに回復後は特に怪我はなく、バスケをしていましたね」

「ほらな。西村だってそう言っているんだから、問題はない。そうだろ?」

 

 西村が同意すれば二人も信じるしかない。不満そうだがしぶしぶ引き下がる。

 ……余計な心配をかけてしまったな。だが、それでも話すことでお互いを理解できたのならそれで良い。

 

「わかった。でもその怪我のせいで白瀧君が機会を奪われたと思うと……」

「怪我なんてものはスポーツにつき物だ。それを恐れてては始まらない。そして」

 

 それでもなお言いたげな橙乃と視線が合うように向き合って

 

「終わったことに対して、『もしも』を考えても意味はない。そうやって立ち止まるくらいなら俺はより先に進む。奪われたものと失ったものを取り戻すために」

 

 今度こそしっかりと、自分の意志を伝えた。

 もう迷わないと俺は誓ったのだから先に進むしかない。

 

「だからさ。心配するくらいなら応援、だけじゃないか。チームメイトなんだから助けてくれよ。練習にしても試合にしても。改めて言うけど。……これから一緒に戦ってこうぜ、皆で」

 

 選手の西村と勇だけではない。橙乃とて共に戦う大切なチームメイトなのだから。

 そう言って笑えばようやく彼女も笑みを見せてくれて。勇と西村も同意するように頷いてくれた。




これで第一章は終了。
次話から新章、インターハイ予選編に入っていきます。

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