黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第二十五話 覚醒の片鱗

 県大会三回戦、若松高校との試合を終えた大仁多の選手達は一度学校へと戻っていた。

 別にこれから練習をするために戻ってきた、というわけではない。すでに時計の針は五時を回っており、選手達も試合の疲労がある。

 目的はただ一つ、敵校の分析である。次の対戦相手となった聖クスノキ高校の分析。

 彼らは今空き教室で偵察部隊が撮影した一本のビデオを見ていた。大仁多と同時に行われていたがためにベンチ入りメンバーは見ることができなかった試合――常盤高校対聖クスノキ高校の試合を。

 何せ優勝候補と呼ばれた常盤高校を倒した高校だ。相手の実力が高いためか、顔が強張っている。特に気が長くない方である本田は舌打ちさえしていた。

 

「……留学生か。こいつら日本人としてのプライドはないのかよ」

「俺もあまり良い気分ではないな」

 

 彼の気持ちに共感したのだろう、松平も口を荒げている。

 視線の先にいるのは聖クスノキ高校のセンター、ジャン。前半戦、聖クスノキ高校の得点の大半を決めた選手だ。

 日本人離れした体格と能力を持ち合わした彼は、常盤高校のディフェンス人を寄せ付けなかった。

 三人のディフェンスのプレッシャーさえものともしないと言う様に、果敢に攻め立てる。

 そのプレイを見て、『留学生の力を借りてでも試合に勝つ』という考えに不満が募ったのだろう。

 そんな彼らを落ち着かせるように小林や佐々木が宥める。

 

「たしかにな。だがそれも一つの方法だ。むしろそんなチームに負けてしまうというのが問題」

「留学生が入ったとしても、それだけではただのワンマンチーム。対応策はある。常盤だって序盤は優位に進めていたわけだし……現に聖クスノキ高校は去年もこのジャンという選手はいたが、盟和高校に敗れている」

「へ? そうなんですか?」

 

 二人の説明を聞いて、昨年の大会の詳細を知らない神崎が問いかけた。

 盟和高校が準優勝したという情報は持っているが、対戦校などの知識は持っていなかったのだ。

 それは彼以外の一年生も同様であり、他のメンバーにもわかるようにと山本が後方に座る一年生達の方へと振り返って答える。

 

「ああ、結構苦戦していたけどな。……昨年の三年生センターと勇作がダブルチームでジャンを封じ込め、最終的にたしか……85対72で勝利していたぜ」

「他の選手達のレベルがそれほど高くないのが幸いしましたね。あと一人、点を取れるエースが、スコアラーがいたら盟和高校とて危なかったかもしれない」

「――でも今年は、その選手(スコアラー)がいる。そうですよね?」

「……その通りです。厄介な選手はもう一人、それが彼です」

 

 中澤の発言を受けて、今まで沈黙を決め込んでいた白瀧が口を開いた。

 彼の脳裏に浮かぶのは聖クスノキ高校の八番。第四Qより登場し、柊さえをも凌駕した選手だ。

 藤代は白瀧の答えに頷くと、少しだけビデオを早送りする。――第四Q、楠のプレイまで。

 

「こいつ……スラッシャータイプのSG(シューティングガード)。山本さんと同じバスケスタイルか!」

「……速い!」

 

 そう呟いたのは三浦と黒木。しかしそれ以外のメンバーも内心では驚愕していた。

 

(……しかも、スラッシャータイプである上に背も高いみたいだからブロックも難しい。

 まだ緑間と違って右利きだから癖がわかりやすいものの……地上戦で抑えるのが無難か。おそらくは俺か山本さんのどちらかがマッチアップすることになるだろうし)

 

 楠のバスケを、ビデオに映っている姿を見て白瀧は冷静に分析する。

 ビデオを見る限り、楠は緑間や神崎といったアウトサイドシュートを中心としたシュータータイプではない。

 どちらかと言うと山本のように自ら中に切り込んで勝負するというスラッシャータイプの選手であった。

 さらに背丈が高い。マッチアップした柊と比べると10cmほど背丈が高いように見える。

 

「そこまで詳しい情報はありませんが――聖クスノキ高校の二年生、楠ロビン。父親が日本人、母親がアメリカ人で中学はアメリカだったそうです」

「こいつ、ハーフなのか!?」

「はい。それで去年、祖父が理事長を勤めている聖クスノキ高校に帰国子女として入学したそうです」

「なるほど。それで苗字が同じだったんですね……」

「少なくとも去年の県大会では登録されてなかったみたいよ」

「理事長の孫ってことで、大切に扱われていたってことか」

 

 敵の情報について調べていた東雲と橙乃が彼についての情報を話していく。

 理事長の孫、しかも日本人とアメリカ人のハーフ。楠はかなり特殊な立場にいる。

 留学生は1人しかコートに立てないが……帰国子女、ハーフというならば話は別。この数年で聖クスノキ高校は大きな戦力の確保に成功していたのだ。

 

(……というかそこまで知っているなら、むしろ詳しく知っていると言えるんじゃないのかな?)

 

 一方、マネージャー二人の説明を聞いて光月は思う。

 しかし光月の疑問は誰にも届く事無く彼の胸中で消えた。

 

「だが厄介だな。ジャンだけなら打つ手もあったが……」

「そうなると楠が黙っていない。おそらく今度は最初から出てくるだろう。同時に二人を止めなければならない」

「ああ。強敵だ、聖クスノキ高校」

 

 全員が聖クスノキ高校の戦力を理解して、改めて感じた。

 ――来週は三回戦までのようにはいかない、と。

 聖クスノキ高校との試合の翌日には盟和高校との試合もある。おそらくこの二日間は、ここまでのように大仁多の一方的な試合はなくなるだろう。

 選手達の気持ちが引き締まったことを見て理解した藤代は、静かに立ち上がり……そして告げた。

 

「……今のうちに言っておきます。今日はこれで解散としますが、明日からは練習をさらに本番を――聖クスノキ戦、盟和高校戦を意識したものとします。

 そして、できればIH本戦まではとっておくつもりだったのですが……小林さん、白瀧さん。お二人を中心に、今までにはなかった練習メニューを組み込みますので、頭に入れといてくださいね」

「はい!」

「わかりました」

「……?」

(二人を中心とした……?)

 

 明日からはさらに大仁多高校は変わることになると。

 藤代の意図を理解し、小林と白瀧は大きく頷いた。

 

「よろしい。それでは今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでください。また明日会いましょう」

 

 他の部員達はその意味を図りかねて首をひねるが、藤代の一言でその場は解散となった。

 詳しいことはまた明日聞けばよいだろうと皆次々と教室を後にする。

 

「なあ、橙乃」

「え? なに?」

「話がある。ついてきて」

「……え?」

 

 そんな中、白瀧が橙乃を呼び止めた。

 彼女の腕を引っ張り、教室から出て、さらに渡り廊下へと移動し、建物の影になっている場所まで移動した。

 誰もいない空間で中々人が来ない場所。二人きりで話をするには丁度いい場所であった。

 橙乃はこのような環境で行われるある場面を創造して、頬を赤く染めた。

 

「え、っと。……こんなところで、何?」

「一つだけ調べて欲しいことがある。できるだけ早急にだ」

「……調べる?」

 

 だが、白瀧が話すことはまったく無縁のものであった。それは橙乃が考えたこととは何も関係ない、調べ物だった……

 

 

――――

 

 

 一方、同時刻。聖クスノキ高校の部員達も同じように大仁多高校の試合を研究(スカウティング)していた。

 テレビにはベンチ入りしていなかった選手が撮影したビデオが移っている。

 

「といった具合だ。大仁多はやはり選手一人一人の質が高い。ベンチメンバーとて相当だ。

 スターター五人――その中でも特に司令塔の小林、今大会最多得点を記録中の白瀧。彼らがやっかいだ」

 

 監督の言葉に、選手一人一人の顔が引き締まる。

 『栃木の常勝校』という呼び名は伊達ではない。ここまで全ての試合で敵を圧倒し、優勝チームとしての姿を示している。とても楽観視はできなかった。

 

「面白イ。これは骨がある敵でラッキーダ」

「ほう。ジャン、あくまでお前の敵ではないか」

「勿論。またゴール下は俺に任せてくれればイイ」

 

 しかしそんな雰囲気の中でジャンは監督に軽い返事をして、笑った。

 豪快な性格で自信家のような発言だが、その言葉は真実である。現にここまで彼を止められた選手はいないのだから。

 

「ならばジャンにはまたインサイドで暴れてもらうとしよう。

 だが準決勝は楠、お前にも最初から出てもらうぞ。白瀧――中学時代には『神速』という二つ名で恐れられ、全国制覇を経験した男だ。お前でなければ相手は務まらないからな」

 

 頼もしい言葉に期待を示し、さらに奮起を促す。

 さらに監督の視線は楠へと移る。三回戦で柊さえ止めてみせた楠。監督が彼へと期待するのは当然であった。

 監督の、チームメイトの熱い視線を、期待を向けられた楠は一度ビデオの白瀧を一瞥し……瞳を閉じて言った。

 

「了解しました。……しかしそうなると、それは残念な話ですね」

「残念? 何がだ?」

「その二つ名は、準決勝で返上となるからですよ」

「……ふっ。確かにそうかもしれないな」

 

 もう白瀧が『神速』と呼ばれることは、なくなるのだと。

 挑戦者とは思えない大胆不敵な姿。

 あまりにも頼もしすぎる二人の選手、ジャンと楠。監督もチームメイトも、自軍・聖クスノキ高校の勝利を思い描かないわけがなかった。

 今度こそ栃木は大仁多高校の一強ではなくなるのだと。

 

 

――――

 

 

 こうして栃木県では苛烈な戦いが行われていたが、当然のことながら熱戦はここだけではない。

 激戦区に数えられている東京都でも、戦いの火蓋はすでに切って落とされている。

 その中でも特にバスケに燃えている男がいた。

 ――誠凛高校一年、火神大我である。

 彼は白瀧との1on1を終えてからというもの、バスケに飢えていた。

 その日の試合終了後、直帰することはなくいつも使用しているストリートコートへと向かう。

 瞳を閉じ、想像するは自身のマークにつく敵。だが――火神はフルドライブで一閃する。

 ダンクを狙おうと勢い良く跳躍、しかし相手もそう簡単にはシュートを許さない。二人の選手がブロックに跳ぶ。

 その二人を越えるかのように、高い位置まで跳んでいる火神。相手のブロックなどお構い無しに、ボールをリングへと叩き込んだ。

 

「――たりねえ!」

 

 思わず不満を叫んでしまう。

 まだ足りない。これではまた届かないのだと我武者羅に叫ぶ。

 あれから火神は走りこみを中心に自主メニューを大幅に増やしていた。そして今までのバスケの経験から、実戦の動きをさらに極めるためにシミュレーションを。

 ここまでの予選、誠凛高校は1回戦を除いて全て100点ゲームで勝利していた。その中で特に勝利に貢献していたのは火神。攻守で活躍し、スコアラーとして十分すぎる結果を残している。

 だが、それでも彼は『足りない』と叫んでいた。

 

「もっとだ。もっと強く! キセキの世代(あいつら)に勝つためにも――キセキの世代(あいつら)に挑むまで誰にも負けられねえ!!」

 

 彼の目標であるキセキの世代に挑むために、ひたすら強さを求めていた。

 

 

――――

 

 

 栃木県大会三回戦が終わってから数日後。

 大仁多高校は新たなメニューを取り入れた練習をも藤代の指導の下で乗り越えた。

 そうして次への戦いに向けて準備が進む中、大仁多の主力メンバーを率いる小林が、白瀧・光月・神崎・西村の一年生達を率いて東京へと赴いていた。(本田は個人的に体を動かしたいと言って欠席)

 準決勝を間近に控えた中、彼らが向かっているのは――IH都予選、Aブロックの予選会場となっている体育館である。

 

「もう試合は……始まっていますかね?」

 

 西村が自身の腕時計を見て顔をしかめる。

 試合開始から最後まで見届けたいという思いが強いためだ。

 なぜなら彼らが観戦するのは――東京都が誇る三大王者の試合なのだから。もっとも、さらに言えばその王者に挑む挑戦者の試合も、なのだが。

 

「まあそれでも第一試合の第二Qからは見れるだろう。そんなに焦ることはない」

「でも、王者の試合だと俺らが行ったころには点差が離れているんじゃないですか?」

「……その可能性も否定できないがな。だが決勝とてあるんだ。それで良いだろう」

 

 歩きながら小林が答える。彼もお目当てのチームの試合を早く見たいという思いがある。最年長者として落ち着いた姿勢を崩さなかった。

 たしかに東京都が誇る三大王者は他の高校を完全に引き離している。だからこそ王者だ。

 ゆえに神崎の言うとおり、戦力を見極めるためにより長い時間、より選手達のプレイを見たいところだが……もはや今さらではある。

 

「決勝か。小林さんは決勝の予想は――秀徳と正邦、王者の一騎打ちという予想ですか?」

「そうだ。まさか三大王者の二校が同じブロックとは予想外だが、逆に言えばその二校が決勝で争うということになる。

 それがどうしたんだ? 何か気にしている高校でもあるのか?」

「まあ、知り合いがいるので。……どうなるものか、と思いましてね。あくまで参考として聞いただけです」

 

 並んで歩く白瀧の問いに、小林が不思議そうに聞き返す。

 だが白瀧は詳しくは告げずに視線を前方へと戻した。

 

「知り合いってことは、要の中学時代の? それなら気にするのも仕方がないか」

「ああ、元チームメイトだ。……もっとも気にするというか、楽しみというか」

 

 白瀧の表情に穏やかな笑みが浮かぶ。友のことを考えてだろうか、本当に楽しそうな笑顔だ。

 それを見て光月も、本当に仲が良かったチームメイトだったのだろうと理解した。事情を知る神崎と西村も、意図を察して一つ息をこぼした。

 

「なるほど。それで先ほどの質問か。まあ見ればわかることだ。……さて、どうなっているか」

 

 白瀧を一瞥して小林は観客席へと入っていく。三大王者の試合とだけあって、すでに席はほとんど満席であった。

 広く渡っているその空間は同時に行っている二試合のどちらをも見ることを可能としている。空席となっている席を見つけ、五人は腰を降ろした。

 まず目が行くのは、小林達がここに来た目的であり、彼らがつい先日対戦したライバル、東京都『東の王者』――秀徳高校の試合。

 (秀徳)24対6(銀望)。第1Qをまるごと一分残していながら、すでに大差をつけていた。

 

「……圧倒的ですね」

「これが本当に準決勝かよ?」

「……大坪め」

 

 スコアボードが目に入り、西村は称賛し神崎は呆然とした。

 とても準決勝とは思えないような、そんな内容であった。ここまで試合を完全に制すことは簡単ではない。

 小林は好敵手からさらに強くなっているような印象を受けた。一瞬感じた焦りを悟られないようにと、前髪をかき分け表情を隠す。

 

「これはこっちの試合は決まったかな」

「ああ。何せ、もう緑間がベンチに引っ込んでいる。秀徳は余裕を残してこの展開だ。間違いないだろう」

 

 光月の呟きに白瀧が答えた。白瀧が見ているのは彼のライバル、緑間である。ベンチで彼が常時行っている左指のテーピングをしていた。

 すでに秀徳はエース・緑間をベンチに下げている。まだ前半はおろか第1Qさえ終わっていないのに下げるということは、この後同日に行われる決勝のことを考慮してのことだろう。この試合で出た理由は調整のため、とも思える。

 ここまで万全に試合を進める秀徳が負けるとは、到底思えなかった。強敵の変わらぬ安定ぶりに、小林は視線を厳しくする。

 

「やはり秀徳が一歩有利か。大坪だけではなく緑間もいるこのチーム、簡単には止められない」

「そっすね。となると気になるのはもう一試合……あれ?」

「正邦が、負けてる?」

「何!?」

 

 すると、隣のコートを見た神崎が、つられた西村が自分の目を疑った。

 二人の言葉に小林も驚愕してすぐに正邦の試合を見る。

 だが、彼らの言うとおり正邦が、三大王者が劣勢に立たされていた。

 (誠凛)19対13(正邦)。誠凛が6点のリードを保っている。

 

「誠凛……やはりか」

「え、まさか要の言っていた知り合いって……」

「ああ、誠凛高校のことだよ」

 

 予想通りだと白瀧は笑った。

 誠凛高校、かつての友と新たなライバルが所属する高校である。

 誠凛高校一年、黒子テツヤ。同じく一年火神大我。二人のルーキーを引き従える高校、白瀧が注目するのも無理はない。

 予想以上の健闘ぶりに神崎も賞賛した。

 

「でもすげえな。正邦を相手にここまで試合を優位に進めるなんてさ」

「本当だよ。王者をここまで……って、正邦の選手達、何か動きが変じゃない?」

「ああ、そういえば確かに。動きが、何て表現すれば良いのかわからないけど、独特?」

 

 コートに立つ正邦の選手達の動き。それに違和感を感じたのだ。

 光月が呟くと同じことを思っていたのだろうか神崎もそれを口にする。

 

(……言っていることはわかる。だが、あの動きどこかで見たような……ん? まさかあの走り方……)

 

 ただ一人、白瀧だけはその動きに既視感を覚えていた。

 心当たりに行き着き思考をめぐらせるが――

 

「……あれ? 白瀧っちじゃないっスか」

「あ? ……ッ! 黄瀬!?」

 

 突如通路を歩いてきた住人に声をかけられて思考が止まる。

 相手の顔を見て白瀧は驚愕した。そこにいたのは白瀧にとっては因縁の敵――海常高校の黄瀬涼太がいたのだから。

 

「なんでお前がここにいる? お前達海常は神奈川だろ!」

「いや、それを言ったら大仁多だって栃木じゃないっスか」

「俺達は偵察だよ。秀徳とは色々縁があるからな」

「俺も同じっス。誠凛には練習試合で貸しを作ったんでね」

「……そうか。そういえばそうだったな」

 

 かつて黄瀬に誠凛高校と練習試合を行ったことを聞いたことを思い出し、白瀧は納得して引き下がる。

 自分達とて同じ理由でこの試合を見にきたのだ。共感するのは当たり前だろう。

 一方、白瀧の発言で目の前にいる男が『キセキの世代』の一人であることを理解した小林達の顔は強張った。

 

(黄瀬涼太。こいつが……!)

(帝光中学時代、白瀧さんからレギュラーの座を奪った天才プレイヤー)

(バスケ初心者でありながら、急成長を遂げ続けるオールラウンダー)

(とりあえずイケメンは死ね!)

 

 大仁多のエース、白瀧を中学時代に倒した相手。小林は鋭い視線で黄瀬を射抜き、西村は苦々しく表情を歪め、光月はただ驚愕し、神崎は嫉妬の炎を燃やした。

 

「でもこの様子だともう少しゆっくり来ても良かったかもしんないっスね。誠凛が古武術の使い手・正邦を圧倒するとは……」

「……古武術?」

「そっスよ。キャプテンから聞いた話によると、正邦は全国でも珍しい古武術の使い手らしいっス。だから動きも妙というか」

「なるほど。やはりあの動きは古武術だったか。それで誠凛がここまで試合を制していたのか」

「は? どういう意味だよ? 何で誠凛が有利って話になるんだ?」

 

 黄瀬の説明に納得して頷く白瀧。

 しかし神崎はその言葉の意味を理解できず問いかけた。

 正邦が古武術を取り入れたチームということはわかった。古武術の応用により、選手のより効率的なスタイルを確立させた正邦。それなのに、『古武術を取り入れたことで逆に誠凛が有利になった』というのは、果たしてどういう意味なのかと。

 

「……多分、俺のせいだ」

『……は?』

「そういうことですか」

「いや、全然意味わからん」

 

 その答えに、事情を知っている西村以外は疑問を浮かべるしかなかった。

 

 

――――

 

 

 正邦の10番、津川智紀は焦っていた。

 高いディフェンス能力を買われ、敵スコアラーを封じるストッパータイプのSGとして名を上げた。その結果ルーキーでありながらスターターに選出され、ここまで相手を圧倒して来た。

 今日の試合相手である誠凛高校とて、昨年三大王者全てに何も出来ずに敗れ去った相手である。それゆえに今年はさらに打ち負かしてやろうと思っていたのに。その思いは呆気なく崩れ去った。

 

「知っていますよ。それ古武術のくずしですよね」

「――ッ!?」

 

 ドライブから一転、パスへと切り替える。フェイクにしては鮮やかだと呼べるその動きに、初見の相手はまず対抗できない。

 しかしそのパスは味方へと届くことはなく、誠凛の11番に叩き落とされる。

 ルーズボールを味方が拾い、再びボールが回ってくるが、それでも焦りは消えない。

 

(……まただ)

 

 一回や二回の話ではない。誠凛の11番、津川のマークについている相手ではあるが、先ほどからずっと翻弄されていた。

 まるでこちらの動きが読めているかのように、知り尽くしているかのようにボールを奪いに来る。

 ならば、と津川は方針を切り替える。単独でのドリブル突破。トリプルスレットの体勢から、一つ間をおき瞬時に体重を下半身へとかける。

 これにより一瞬の爆発力が生まれ、津川は急加速した。

 

「膝抜き。……でも、白瀧君の方がずっと速かったです」

「あっ、嘘!?」

 

 ……だが、それも意味をなさない。

 黒子のバックチップ。後ろから伸ばされた腕に、津川はまたしてもボールを奪われた。

 

 

――――

 

 

「黒子――誠凛の11番のことだけど、あいつはすでに古武術を知っている。

 というのも、俺が中学時代にあいつと何度も1on1をやったり、試合で俺のプレイを見ていたためだ」

「じゃあ、要が古武術の使い手だったってこと?」

「俺の走り方や重心移動、それに動きの切り替えとかは全て古武術の応用だ。だからこそ体力もより少ない消費でここまで来れた」

「……そうだったんだ」

 

 光月は白瀧の説明に納得する。今までのプレイで、何度か不思議に思っていたことはあった。

 走法やドリブルの技術だけではない。白瀧のバスケ――途中までまったく同じような動作で、しかしいきなり分岐するような動き。それが古武術に通じているということなら頷ける。

 さらに古武術の動きはナンバ走りに見られるように、体をねじらずに動かすため体力の消費も少ない。だからこそ白瀧は試合でも無尽蔵に動けるのだろう。

 黒子の動きは読めない、しかし黒子は相手の動きを把握している。この違いが誠凛にもたらす影響は大きい。

 

「……あれ? でも待てよ。お前は走るとき、普通に右手と左足、左手と右足って感じに交差してないか?」

 

 だがここで神崎は一つ疑問に思うことがあった。白瀧の走り方についてである。

 古武術の基礎動作である『ナンバ走り』は右手と右足、左手と左足というように同じ方向の手足を同時に出すことで体力の消費を減らす。

 しかし神崎の言うとおり、白瀧の動きを今まで見ていてもそうは見えなかった。少なくとも正邦のように完全に見分けはつかなかったのだ。

 その疑問に答えるように白瀧が大きく頷いた。

 

「ああ。確かにお前の言うとおり、正確に言えば俺の走りは『ナンバ走り』とは呼ばない。何せ出る手足の方向が一緒ではないからな」

「じゃあ、何で? 別物じゃねえの?」

「感覚的な問題だ。何度試しても癖が強すぎて上手く修正することはできなかった。

 しかし『ナンバの動きを意識して、取り入れて走る』ことで無駄がなくなった。より効率の良い走り方を感覚で身につけた。だから俺は別物ではあるが、『ナンバ走り』と呼んでいる」

「……」

 

 確かに本物ではない、しかしそれに習ったものが白瀧の走法であった。

 努力を積み重ねても本物には至らなかったものの、だからこそ今の白瀧がいる。決してその時間は無駄ではなかった。

 この白瀧の説明を聞いて、光月の脳裏にある光景が浮かんだ。

 ――『自分の目的のために頑張ったのだから、何かしらそこから得られるものがある。ただそれを有効活用できるかどうかだ。できなかったとしてもそれは無駄とは言わない。試行錯誤した上での結果なのだから』。

 県大会予選、矢坂黎明戦の前日に白瀧が言っていた言葉が鮮明に蘇った。あの言葉は決して嘘ではなかったのだと、そう理解した。目の前に実証済みの選手がいるのだから。

 

「そんなもんっスかね。あくまで古武術基礎動作って話だし、結構上手くいけると思うっスけど……」

「……お前みたいに、見れば何でもできるようなやつと一緒にするな!

 良いんだよ。たとえ本物から派生した偽者であろうとも、それを極めれば本物にも劣らない。それすら越えてみせるさ」

「……そっスか。ま、楽しみにしてるっス」

 

 あまり気持ちが伝わらなかったのか、黄瀬が気楽に言う。その態度が腹立たしいと思い、白瀧は声を荒げる。

 たしかに言葉で語ることと実際にやることはまるで違う。黄瀬のように、見ただけで模倣(コピー)できるような、そんな器用さを白瀧は持っていない。

 だからこそ白瀧は言った。たとえ偽者であろうとも、必ず天才(ホンモノ)を越えてみせると。

 そう語る白瀧を迎え撃つように、黄瀬も不敵に笑う。その恵まれた容姿も合い重なり、異常なほどに強く映る。

 

(……白瀧の道も先は険しいか)

 

 そんな二人を小林はうっすらと口角を浮かべて見守っていた。

 いずれ大仁多の中心となるであろう白瀧も、まだまだ敵は多い。しかしそれを乗り越えたならば、きっとより高みに立てるはず。

 後輩の成長を楽しみに思う反面、未だ知れぬ強敵に勝てるようにと心の中でエールを送った。

 

(だが、今はとにかく目の前の試合だ。たしかに誠凛の11番(黒子)が活躍しているというのはわかったが、それでも正邦ディフェンスを圧倒するとは……)

 

 白瀧を一瞥し、再び誠凛と正邦の試合を見る。

 小林の目に強く印象に残ったのは誠凛の10番――火神大我。

 

「悪いが、お前達に苦戦するわけにはいかねーんだ!」

 

 津川がマークについている中、果敢に仕掛けていく。

 動きを予測した津川が行く手を阻むが、火神は右から左へと切り返す。

 

「う、ぐぅっ……!?」

「もらった!」

「ッ!」

 

 突然の変化に津川の体がふらついた。

 その隙を見逃さず火神はチェンジオブペースからのクロスオーバーで津川のマークを振り切った。

 

「ヘルプ!」

「来い、叩き落としてやる!」

「邪魔だよ!!」

 

 火神のぺネトレイトを止めるべく、センター・岩村が飛び出した。

 チェックが早い。しかし火神の表情に焦りはない。

 火神はその場で停止すると間をおかずにジャンプシュートを撃つ。岩村がブロックを狙って跳ぶが……届かない。

 

(なんだ、こいつの跳躍力は!? なんだこの高さは!?)

 

 同時に跳んだが最高点に届かず、自分が先に落ちているという始末。

 岩村は結局火神を止められなかった。プレッシャーにもならなかったのか、火神のシュートがネットを揺らす。

 

「また火神が決めた!!」

「正邦のディフェンスさえをも打ち破る、誠凛の脅威のオフェンス力!」

「もうこれは止められない!」

 

 観客が誠凛ムードに包まれていく。

 今まで王者を保ち続けてきた正邦が、ここまで押されているのだ。

 誠凛の挑む姿勢が、その試合展開が観客をも味方につけている。

 

「白瀧、10番のことは知っているのか?」

「火神ですか? いや、俺は特に。……むしろ知っているのは」

「あ、俺っスか? いやー、俺だってあまり他校に情報を流すのは、ちょっとね。キャプテンも来てるので……そろそろ自分の席に戻るっス」

 

 誠凛のスコアラー、火神について小林が問う。

 しかし白瀧も彼については満足に知っているわけではない。ゆえにすでに対戦済みの黄瀬へと視線を向けるが、彼は逃げるようにと自分の席へと戻っていった。その隣には海常の主将・笠松の姿も見える。黄瀬も下手に情報を流してキャプテンに怒られるのは嫌なのだろう。

 

「さすがに駄目か。俺が知っている限りでは、アメリカでバスケをしていたということくらいですけど……身体能力がやはり、ずば抜けていますね」

「ああ。特にあの跳躍力。正邦・岩村のブロックとて障害としない、あの高さだな」

 

 火神の身体能力には目を見張るものがあった。

 ゴール下に強く、インサイドを守り立てている。リバウンドも強い。

 この試合における誠凛の得点はほとんど火神によるもの。誠凛のスコアラーとして覚醒しつつあった。

 

「こうなると、正邦は厳しいですね」

「同感。王者といえど……ここから巻き返すのは厳しいだろうな」

「……正邦。王者の一角が、崩れる……」

 

 西村も神崎も、光月もこの試合の結末を感じ取っていた。

 正邦のプレイスタイルを知る黒子と、正邦のディフェンスさえ粉砕するスコアラー火神。

 このルーキー二人が、正邦をこれまでないほどに追い詰めていた。

 

 

――――

 

 

 そして彼らの予感は的中した。

 前半、火神が一人で16得点を記録。(誠凛)43対31(正邦)で折り返す。

 第3Qからは火神・黒子を同時にベンチを下げ、二年生のみで試合に挑んだ。

 これには決勝・秀徳戦におけるルーキー二人の温存という意味だけではなく、昨年の敗戦を克服するという先輩達の強い意志もこもっていた。

 火神が抜けたことによりインサイドは弱体したものの、先輩達は徐々に古武術の癖を見抜き、正邦の攻撃の芽を詰んでいく。

 オフェンスは主将・日向とセンター・水戸部を中心にチームオフェンスで得点。よりチームワークの取れた連携で正邦のマンツーマンディフェンスに対応する。

 ラスト20秒、ついに5点差まで迫られる誠凛であったが……

 

「決めろ、日向!!」

「わかってる!」

 

 オールコートを突破し、最後は主将である日向がとどめを刺した。

 司令塔・伊月がパスをさばき、日向はスリーを撃つ。小金井のスクリーンによって相手のブロックは間に合わない。

 得点を決められて、急いでリスタートすべく岩村がボールを拾うが……

 

『試合終了――!!』

 

 PG・春日がパスを受け取ったと同時に、最後のブザーが鳴り響いた。

 最終スコア、(誠凛)95対87(正邦)。北の王者と呼ばれた正邦高校、準決勝で敗退。

 ノーマークであった誠凛は今大会最大のダークホースとして、決勝へと進出する。


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