黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第二十六話 好敵手に望む

 正邦、敗れる。三大王者の一角に数えられ、インターハイ常連校となっていた正邦がまさかの準決勝での敗退を喫した。この結末は多くの観客の予想を裏切り、波乱を呼んだ。

 これにより、インターハイ東京都予選Aブロックの決勝の組み合わせは、誠凛高校対秀徳高校となった。誠凛にとっては北の王者・正邦に続き東の王者・秀徳という王者の連戦となり厳しい現実である。

 決勝戦は準決勝から日をおかずに三時間後に行われる。

 選手達の疲労は完全には回復しない。ゆえに少しでも体力を回復し、力を温存させることが必要であった。

 

「――ようやく来たか。待ちくたびれたのだよ」

 

 しかしそんな状況下で、秀徳のエースである緑間は自軍の控え室を離れていた。

 準決勝はほとんど出場していなかったとはいえども、彼を知る人間ならば『緑間が試合前にどれだけ念入りに調整するか』ということが頭に入り、疑問に感じることだろう。

 徐々に近づいてくる足音に気づき、緑間はゆっくりと顔を上げて目の前の相手へと視線を移す。

 

「そう言うなよ。こっちだって先輩も一緒にいたんだ。そう勝手に抜け出せないだろ」

「ふん。お前の都合など知ったことではないのだよ。とにかく試合を控えている俺を待たせたのは、大きな問題だ」

「お前から呼び出しといて随分と偉そうだな、まったく。……で、一体何の用だよ?」

「誠凛と戦う前に、お前と少し話をしておきたかっのだよ。――白瀧」

 

 自分勝手に物事を進める緑間を笑う相手は白瀧。

 以前練習試合で秀徳高校が対戦し、苦汁を飲まされた相手であった。

 緑間は相変わらず鋭い視線を白瀧へと投げかける。決勝戦の前に、どうしても緑間は白瀧と会わなければならなかったのだ。

 

 

――――

 

 

「まずは決勝進出おめでとう、と言っておくか。大坪」

「まさかお前達が観戦に来ているとはな。一応礼を言っておこう。……だが、まずは次の試合が終わってからだ」

 

 そのころ秀徳高校の控え室付近の廊下では小林と大坪が対面していた。

 お互い強豪校の主将として名の通った選手であり、そして同時に因縁を持っているライバルでもある。

 小林が大坪の力闘ぶりを褒め称えると、大坪も微笑を浮かべてそれに応えた。

 しかし頬が緩むのもわずか一瞬。すぐさま次へと意識を切り替えている。まだ彼らの戦いは終わっていない。

 

「誠凛高校か。たしか昨年はお前達が……」

「ああ、決勝リーグで戦った。あの時は大差で勝利したが、油断はない。お前達のようなケースがあるからな」

大仁多(うち)との練習試合のことか? まあたしかにな」

 

 そう言われては小林も少し居心地が悪くなる。

 何せ小林達が先の練習試合で、昨年の結果――屈辱の敗戦を覆して見せたのだ。

 その結果からわかるように、勝負は何が起こるのかまったくわからないのだ。油断など見せるわけにはいかない。まして彼らは王者として勝ち続ける誇りがあるのだから。

 

「……試合を見たが、また随分と鍛えたみたいだな」

「お前もな。県大会のことは聞いているぞ。大仁多も随分派手に暴れていると」

「もちろん。まだまだみっともない姿は見せられないさ」

 

 準決勝を思い出してそう語る。インサイドを掌握し、相手を圧倒する姿は見事の一言に尽きた。

 大坪もまた、小林達の奮戦ぶりを讃える。県は違えども、情報はある程度入っていたのだ。

 お互いがお互いの成長ぶりを実感できている。戦うことはできないが、それだけで今は十分であった。

 

「ふん、いいだろう。……まずは今日、俺達秀徳は必ず決勝リーグへと進む。よく見ておくんだな」

「ああ。存分に見させてもらうよ」

 

 これで話は終わりだと大坪は小林に背中を向けて秀徳高校の控え室に戻っていく。

 小林も大坪(ライバル)に心の中でエールを送り、彼の背中を見送った。

 試合中は敵であるためにそれどころではなかったが、今こうして見るとやはり大きく、そして頼もしい背中だと小林は思った。

 

 

――――

 

 

「……で? なんでお前達がこんなところにいるんだよ?」

 

 同時刻、トイレに入った火神の第一声。

 その視線の先には彼が見覚えのある制服を着た男子生徒三人の姿があった。

 ――大仁多高校の一年生である神崎・西村・光月である。

 

「お、火神じゃん。久しぶりー」

「随分活躍してるみたいじゃないですか。しかも次は決勝戦でしょ?」

「……どうも」

 

 一度面識のある神崎と西村は気さくに話しかけ、初対面である光月は少しおどけた口調で返す。

 

「たしか誠凛に白瀧と一緒に来てた……えっと……」

「……ああ、そういえば俺達はまともに自己紹介していなかったか。神崎勇だよ」

「西村大智です」

「あ、えっと……はじめまして。光月明です」

「おう、そうか」

 

 腕を組み、思考回路を全力で起動させる火神。

 その姿を見て誠凛高校ではほとんど名乗っていなかったことを思い出した神崎が名乗り出た。西村と光月もそれに続く。

 それでようやく納得して火神は知恵熱になる一歩手前で思考を放棄した。

 

(こいつも大仁多高校の選手? この前白瀧たちが誠凛(うち)に来た時は見なかったが、でけえ。センターかフォワードだろうな。しかも……)

 

 そして視線を今一度光月へと向ける。

 一人だけ火神が見たことがない選手である。その体格から光月のポジションを予測できるが……

 

(……こいつは強い!)

 

 この時、火神は瞬時に光月から漂う強者の匂いを感じ取っていた。

 野生の勘とも言える、火神の鋭い強者への飢えが光月に反応したのだ。

 白瀧とはまた別種の――火神がアメリカで幾度も体感した強者の匂いを。

 

(あれ? そういえば……)

 

 そこで火神の思考は一度リセットする。

 ここにある人物がいないことに気づき、視線を動かすがどこにも見当たらない。

 「どうかしましたか?」と彼の行動を不審に思った西村が問いかけることでようやく彼らへと意識を戻した。

 

「今日はお前らだけかよ? 白瀧は来てねえのか?」

「いや、一緒に見てたよ。ただ、今はちょっと緑間に呼び出されてここにはいない」

「は? 緑間が白瀧を? あの野郎、一体何のためだよ……?」

 

 思わず火神は声を荒げる。

 実を言うと火神は一度緑間と会っていたのだ。

 秀徳は誠凛にとって昨年のリベンジを果たす相手でもある。それを知った火神がリベンジ相手に名前を覚えておくようにと緑間と接触したのだ。(当然のことながら私情も挟んでいた)

 その時火神が感じたのは、緑間の高飛車な性格。常に上から人を見下すかのように話し、こちらの精神を攻撃してくる気に食わない相手。それが緑間の印象であった。

 思わず「『キセキの世代』にはまともなやつがいないのか!?」と黒子に問いかけてしまったほどである。「いません」と即答された時にはどうしようかと思ったが。

 ……そんな緑間が一体試合前になぜ白瀧を? と疑問が残るが、それを解決したのは中学時代から彼らを知っていた西村であった。

 

「多分プレイのこととかじゃなく、ちょっとした気分転換とかラッキーアイテムとかそういうことだと思いますよ。

 試合前に改めて意識を切り替える、そのために白瀧さんと話をしようとしたんじゃないですか?」

「……待て。気分転換はわかる。ラッキーアイテムって何のことだ?」

「聞いてません? 緑間さん、いつもおは朝占いを見て、そのラッキーアイテムを持ち歩いているんですよ」

「んだよそれ!? 馬鹿じゃねえのか?」

「……本気だからたちが悪いんですよ」

 

 西村がどこか遠い目をしている。中学時代に似たような経験があったということが推測できた。

 キセキの世代の思わぬ情報を手に入れてしまい、火神も微妙な表情となる。ちなみに神崎と光月は練習試合でそれを聞いたため、『やっぱりか』とため息をついていた。

 

「そういえば白瀧は……中学の時の怪我は、もう影響ないんだよな?」

「ッ!」

「……聞いたんですか、怪我(その)のこと」

 

 白瀧の名前から彼の怪我のことを思い出し、火神にしては珍しく細々と言う。

 神崎も西村も、後から話を聞いた光月も表情が歪んだ。

 白瀧から彼の覚悟について話を聞いたものの……やはり、それを聞かれると辛い部分があった。

 

「全然大丈夫だよ。今となっては当時の話を聞かない限り、誰も信じないくらいだ」

「そうだな。俺も要と再会した時は気がつかなかったし」

「……そうか。いや、黒子がやけに真剣な表情をしていたから、ちょっと気になってな」

 

 高校から一緒に練習するようになった光月と神崎がこう言うのだから、本当に問題ないのだろう。

 火神は胸を撫で下ろす。白瀧の話を聞いた時、黒子の表情がただ事ではなかった。それゆえにそのことが今でもずっと気になっていた。

 だがそれも余計な心配だったとわかり、火神は安堵した。

 

「火神さんが気にする必要なんてない。……そんなに気になってたなら、以前白瀧さんが言っていた言葉をそっくりそのまま送りますよ」

「あ? 一体何だよ?」

「『覚悟を決めた者に対する手加減は、最大の侮辱だ!』」

「ッ……!?」

 

 火神の姿から白瀧への同情やそれに似た感情を察知し、西村が忠告をする。

 ――白瀧に対する侮辱をさせないために。これ以上白瀧に屈辱を味わせないために。

 その言葉を受けて、火神は肝を冷やす感覚を覚えた。

 トイレから退出し、廊下を歩きながら西村はさらに言葉を繋げる。

 

「中学時代にもあったんですよね。白瀧さんのリハビリ明け、事情を知っている選手はどうしても気にかけてしまう。

 ……白瀧さんはそれを望んではいないというのに。むしろそれが白瀧さんを余計に傷つけているというのに」

「つまり要も本気の勝負をお望みだったってことか? たしかにあいつ、今もよく1on1とかするけど……」

誇り(プライド)もあったでしょう。ただでさえ自分よりも強い選手が身内にいたのに、そんな状況下で敵に本気を出してもらえず、しかも逆に心配される」

「……それは確かに誰だって嫌になるかも」

 

 状況を想像しても嫌な気分になるのだ、それを実体験したとなると、どれだけ白瀧が辛い思いをしたのかわかった。

 口を挟まなかったが、火神も同感であった。火神も過去に似たような覚えをアメリカで経験している。そして今も白瀧と初めて会った時にあれだけ言われていたのに。

 ――危ないところだった。

 もう少しで俺はまた同じ過ちを繰り返してしまったかもしれない、と火神は深く自分の失態を嘆いた。

 

「――それも、白瀧(あいつ)の強さってわけか」

 

 そして同時に納得した。

 過去の栄光を失い挫折を経験しても、今でも挫けることなく戦い続ける白瀧の強さを。

 

「ありがとなお前ら。俺も良い気分転換になったぜ。……白瀧に一つだけ伝えとけ。『俺は緑間にもお前にも負けねえ!』 ……ってな!」

「……リョ―カイ。責任持って伝えとくよ」

「それじゃあ、決勝頑張って」

「おう! よく見とけ、そんでしっかりデータでも取ってろ!」

 

 だからこそ、火神は白瀧に敬意を示して言った。

 必ず勝ち続けてみせると。その瞳には迷いなど微塵もなかった。強い光を宿し、火神はギラギラと燃えるように滾っていた。

 

 

――――

 

 

 火神と別れ、用を済ませた神崎達は飲み物を買いにコンビニへと向かう。

 その道中、彼らの話題になったのはやはりというべきか火神のことであった。

 

「やっぱり熱いなあいつ。俺はああいうの嫌いじゃない」

「それにやっぱり体格がいいよね。決勝、どうなるかな?」

「良くも悪くもチームのムードメーカーのようなものですから、火神さんの出来次第、ってところじゃないですか?」

 

 三人とも火神に対しては悪い印象ではない。神崎も西村も初対面の時は良い印象ではなかったが、今日改めて話して彼の印象が変わったようだ。

 皆決勝戦がどういう結末を迎えるのか、楽しみで仕方がないと議論をかわす。

 

「でも……それでもやっぱり、試合は秀徳が有利なのかな?」

「だな。大坪さんもいるというのに、誠凛はインサイドが火神くらいだし。少なくともセンター勝負は確実に負けている」

「しかし緑間さんがいるから中を固めたら……」

「即緑間の餌食だ。……うっわ、怖い。マジ怖い。そんなチームと戦いたくないわ」

「……俺らが言うことじゃないですよ」

「まあ、僕らも以前そのチームと戦ったわけだからね」

 

 大方の予想は秀徳が有利という見解である。

 選手層の問題もあり、疲労もある。何よりも秀徳がインサイド主体であるに対し、誠凛のゴール下はそれほど強くないという問題もあった。

 しかも緑間の加入により、外も恐ろしいほどの得点源である。まさに隙がない。

 

「俺らが戦った時は要が抑えてくれたからな。ただ誠凛は同じ戦法取ったら……死ぬな」

「そうですね。緑間さんを抑えられるのは火神さんくらいでしょうけど、そんなことしたら」

「インサイドが完璧に瓦解する。ミドルからゴール下まで秀徳ペースだろうね。オフェンスにしたって厳しい」

 

 誠凛高校には優れた身体能力を持った選手は少ない。

 その中でさらにキセキの世代と渡り合えるとなると、火神だけであろう。

 この戦力の中で戦うとなると、どうしても厳しいだろうと思ってしまうのだ。

 

「改めて白瀧さんに感謝ですね。本当に助かった」

 

 こうして西村の中で白瀧への感謝は量産される。

 一日一日少しずつ信頼度が高まっていくのだ。……なお、すでにマックスである。それでも高まるのだ。

 

「そうだな。……しかし、俺ずっと前から気になってたんだけどさ」

「なんですか?」

「西村って要のこと持ち上げすぎじゃね? 中学の時に何かあったの?」

 

 神崎が西村へと問いかける。

 言葉には出さずとも光月も同じことを思っていたのだろう、「たしかに」と頷いて西村を見る。

 「そうですねえ」と西村は顎に手を置いて考えるそぶりを見せた。

 

「たしかにそれもありますよ。バスケを教えてもらったし、勉強の世話だって見てもらいました。

 ……でもそれだけじゃない。というか俺だけじゃなくて、帝光部員全員が多分白瀧さんのことを凄いと思ってますよ」

「どうしてだい? 強さとか実績ならそれこそキセキの世代の方が上なんじゃないのか?」

「そういう問題じゃないですよ。うーん、言葉にするのが難しい……」

 

 どうやったら上手く伝えられるのだろうか、と西村が頭を悩ませる。

 結局良い言葉が見当たらなかったために一つだけ二人に話すことにした。

 

「それじゃあ一つだけ言っておきますと……白瀧さんはキセキには成りえなかったとしても、帝光バスケ部の――帝光バスケ部員の『希望』でしたから」

「なんだそりゃ? ほとんど同じじゃねーか」

「全然違いますよ。少なくとも、キセキの世代は帝光部員にとって『絶望』でしたから」

「……?」

 

 そう語る西村の表情はどこか寂しげで。

 その発言に、二人は首をかしげるしかなかった。

 

 

――――

 

 

 一方、その帝光部員の『希望』と例えられた白瀧は緑間と向き合っていた。

 

「話って何だよ? まさか誠凛のデータについて教えてくれとか言うんじゃないだろ?」

「当たり前だ。そのようなことお前に頼る必要などない。……それにもとより、あのような野蛮人(サル)を相手にデータなど無意味なのだよ」

「サルって……まさか火神のことか?」

「それ以外にいるのか?」

「いや、いないな。うん」

 

 おかしな例えに思わず苦笑する白瀧。

 だが他に心当たりが見当たらなかったのか、白瀧は納得して頷いた。

 もしもここに火神本人がいようものなら『誰がサルだ!?』とツッコミを入れるだろうが、生憎だがツッコミは不在である。

 

「じゃあ何だ? 今さらバスケの技を習得するなんて無理だろ?」

「わかりきったことを言うものではないのだよ。そういうことは常日頃から人事を尽くすからこそ意味がある。

 ……たしかに俺の言い方が悪かったな。正確に言えば、俺がこうしてお前と会っているだけでも効果はあるのだよ」

「は? どういう意味だよ? 俺の顔を見て落ち着く、ってか?」

 

 たしかにこんな短時間で技術を習得することなど不可能だ。

 緑間の言っていることがわからず首をかしげる白瀧。

 場違いな発言に緑間は大きくため息をつき、呆れたように白瀧を見た。

 

「馬鹿なことを言うな。……わからないならば教えてやろう白瀧。

 今日のおは朝占い、俺の蟹座は一位、ラッキーアイテムは狸の信楽焼。そしてラッキーカラーは銀なのだよ」

「いや誰もお前の占い結果なんて知りたくないから。そんなことよりも早く用件を……って、うん? ラッキーカラー? 銀?」

 

 どうでもいいことだと白瀧は今の発言を流そうとするが、気になった単語を発見し、繰り返した。

 

「ふん。ようやく理解したか」

「……ちょっと待て。まさかお前……」

 

 どこか得意げな緑間。

 それを見て白瀧は自分の考えたことが的中していると感じ、恐る恐る先を促した。

 

「その通りだ。試合前にどうしてもラッキーカラー、『銀』を見たかったのだよ。

 お前がいるということは試合中に高尾が『鷹の目(ホークアイ)』で発見していたからな。都合がよかった」

「お前こそ馬鹿なことを言うな! 俺はラッキーアイテムの代わりだってか!? てか、お前そのためだけに俺のことを呼び出したの!? ふざけんな!

 そして、高尾! あいつも能力の無駄遣いをするな! 使い方絶対に間違っていると断言できるから!」

 

 頭が良いというのに、相変わらずどこか抜けている緑間であった。

 白瀧は自慢の体力を生かし息をつかずにツッコミを入れる。お前も必要ないところで体力を使うなとは緑間は言わなかった。

 

「馬鹿め。ラッキーアイテムではない、ラッキーカラーなのだよ」

「どっちでもいいよそんなの」

「白瀧っ!!」

 

 大事なことだと強調する緑間であったが、興味ないと一蹴する白瀧に怒りを覚えた。

 白瀧も雰囲気からそれを察することはできたのだが構わずに話を戻すことにする。

 

「大体、銀色のものならそれこそいくらでも用意できるだろ? 鏡とか、ケースとか」

「鏡などの金属類は破損する恐れがある。ケースはかさばる可能性があるからな。却下だ」

「やけに細かい! ……しかし、それで銀髪の俺を呼び出すとはな。……何だろう。なんかむかつく」

 

 どこか納得いかない白瀧であったが、これ以上は言っても無駄だと諦めることにした。

 

「そう言うな。助かったことは事実なのだよ。おかげで俺の今日の運気はこれ以上ないほど高まっている。

 おは朝占いに外れはない。これで俺のシュートはまず落ちない。……後は細かい調整か。残りは戻ってからだな」

「あーそうですか。本当におは朝廚が。これで外れたら笑いもんだな。

 ……でも、実際誠凛高校のことはどう思っているんだ? 火神もそうだが、黒子もいるぞ? 他のメンバーも中々の実力のようだし」

「お前は俺が負けると思うのか?」

 

 相変わらず繊細な緑間である。そのポリシーにどこか呆れを覚えながら誠凛について問うが、無駄であった。

 「愚問だな」と言う様に、緑間は言葉を返す。

 たしかにこの男には愚問だったかもしれない、と白瀧は心の中でそう呟いた。

 

「いいや、思わない。……というかそんな光景想像できないし、何より俺が想像したくない」

「ほう。意外だな、お前は黒子を応援しているのかと思ったが、そうではないらしい」

「別に。たしかに俺は黒子のことを応援している。けど今日は公平な立場でいるつもりだ。別に会いに行ったりもしない。お前にだって呼ばれなかったら会う気はなかった。

 俺はただ試合の行く末を見たかっただけだ。ただ……」

「ただ?」

 

 そこで白瀧は一度言葉を区切る。

 先を促す緑間に、白瀧は一度目を閉じて気持ちを整理してから続けた。

 

「ただ、俺は緑間(お前)にスリーを教えてもらったことを感謝しているし、何より俺自身緑間(お前)とももう一度戦いたいと思ってる」

「……ふん。なるほど、あくまで自分のためか」

「そうかもな。でも、やっぱりそれだけじゃない。練習試合の時も言っただろ?」

 

 ――今のバスケの方が楽しいと。

 それを緑間にもわかって欲しかった。そしてそれは自分の手で果たしたい、約束を守りたいというものが白瀧にはあった。

 

「……もう話はないか? ならば俺はそろそろ行かせてもらう」

 

 それ以上の言葉を聞きたくなかったのか、緑間は逃げるように背中を向ける。

 ……ああ、これは拒絶だ。

 やはりまだ緑間には言葉が届いていなかった。

 眉一つ動かす事無く、ポーカーフェイスを貫くその仮面が、この時ばかりは嫌だと感じた。

 

「ああ。……頑張れよ」

 

 だからせめて試合では全力で戦ってくれと声援を送る。

 これが後押しになってくれれば良いと。この試合が切欠となって緑間が変わってくれれば良いと。

 

 ……だがこの時白瀧は気づいていなかった。

 顔を背けた緑間の表情が、殺伐としたものに変わっていたことに。

 

 

――――

 

 

「遅いぞ白瀧!」

「すみません、飲み物買いに行ってて遅くなりました!」

「もう決勝戦、始まりそうだよ」

 

 小林に謝罪を入れつつ席に腰掛ける白瀧。

 荷物を片付けていると、光月より声をかけられ、言われるがままコートへと視線を向ける。

 たしかに選手が入場し終わり、まもなく試合が始まろうとしていた。

 

 両校の先発(スターター)は以下の通り。

 

 誠凛高校スターティングメンバー

 

 日向順平(二年) SG 178cm

 伊月俊(二年) PG 174cm

 水戸部凛之助(二年) C 186cm

 火神大我(一年) PF 190cm

 黒子テツヤ(一年) ?? 168cm

 

 秀徳高校スターティングメンバー

 

 大坪泰介(三年) C 198cm

 木村信介(三年) PF 187cm

 宮地清志(三年) SF 191cm

 緑間真太郎(一年) SG 195cm

 高尾和成(一年) PG 176cm

 

 両校とも準決勝と同じ前触れが、ベストメンバーが揃っていた。

 

「……相手が秀徳であるせいか、余計に誠凛が小柄に見えますね」

「ああ。秀徳はインサイドが強い。この致命的なまでの差をどう埋めるか……」

 

 だが最善の状態でも、戦う前にすでに誠凛は高さというハンデがある。

 果たしてこれをどう乗り切るか、それがポイントだと小林は考えた。

 

「さて、決戦だ」

「この試合に勝てば決勝リーグ。一気にインターハイに近づく!」

 

 整列と挨拶を済ませ、ついに試合は始まりを迎える。

 センターサークルに誠凛からは火神が、秀徳からは大坪が出てきた。

 審判がゆっくりとボールを真上へと上げ――

 

試合開始(ティップオフ)!」

 

 ――誠凛高校対秀徳高校。ついに運命の決戦が始まった。

 

「ぐっ!?」

「ちっ!!」

 

 熱烈な声援を受けた二人が跳躍し……そして互角に渡り合った。

 

「互角!?」

「まさか! 大坪とてこの数ヶ月また鍛えなおしたはずだというのに……」

「198センチと互角に競り合った……!」

「あの野郎!」

 

 大坪が制するであろうと予測されていたジャンプボールが、互角であった。

 それだけ火神の身体能力の高さを示しているのだが……当然ながらこれに驚かないわけがなかった。

 しかし結果的にボールを取ったのは宮地。彼がコート内で逸早くボールの落下点を予測していた。

 宮地は日向に詰め寄られる前に確実に高尾へと送る。

 一年生ながら司令塔という重大な役割を任されたその姿は実に落ち着いていた。

 

「よっしゃ、それじゃあさっそく決めましょうか! ……真、ちゃん!」

「えっ……?」

 

 しかしそれも一瞬。

 鋭いカットインで伊月を抜き去るように見せかけ、意識を自分に集中させたところでバックパス。

 思わず伊月はその場で硬直、ボールの行く先を見て……緑間がボールを手にするところを目にした。

 

「悪いが、俺は本気でいかせてもらうぞ!」

 

 緑間が立っているのは丁度ハーフラインであった。

 リングにはかなり遠い位置である。それにも関わらず緑間はフリーであることを生かし、シュートを放った。

 

「はぁっ!? 何やってんだお前……」

 

 行動が理解できず火神は疑問を口にした。しかしそれでもすぐにゴール下へと駆け出す。

 試合開始直後にこのようなことをする理由は奇襲くらいしか思いつかなかった。

 大坪達の空中戦を頼りにして、と判断してのことだったが……違った。

 キセキの世代、緑間真太郎がそんな甘い男のはずがない。ボールは誰の手にも収まらずネットを射抜く。

 

「なっ……!?」

「いきなり、ハーフコートからのシュートを撃ってきた……!!」

「やっぱりあのスリーえげつねえ!」

 

 長く高い軌道を描き、リングを通過するシュート。

 一度目にしている大仁多高校の選手達でさえ、やはりそのシュートには目を奪われてしまった。

 緑間が放ったシュートは何ものにも防がれることなく、ただ目的のゴールネットを揺らす。

 

「勘違いをするな。俺のシュート範囲(レンジ)は、お前達の想像をはるかに超えているのだよ。

 ゆえに俺のシュートを止められない。そして俺のシュートは落ちない。……お前達は俺のスリーによってここで消える!」

 

 呆然とする誠凛の選手達にさらに絶望を与えるように緑間がそう言い放つ。

 さすがの火神でさえこの一撃には出鼻をくじかれ、表情が固まり緑間を見ることしかできなかった。

 

「さっすが。いきなり容赦ないな。……計り間違えるなよ黒子。緑間の実力を」

 

 それを目のあたりにして、白瀧は自らの友人に警告を鳴らすようにそう告げた。

 

 

 誠凛高校対秀徳高校。高尾のアシストと緑間のスリーにより秀徳高校が先制。

 (誠凛)0対3(秀徳)。秀徳高校の三点リード。


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