黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第二十七話 明かされた力

 緑間のロングスリーによって始まった試合。

 そのオープニングシュートは幕開けには派手すぎるほどの威力を持つシュートであった。

 

「聞いてねえぞこんなの。だって今のシュートはハーフラインから……」

「しかもノータッチで決めていたぞ! 決してまぐれなんかじゃない!」

「……!」

 

 当然のことながら、対戦相手である誠凛の選手達の、特にコートに立つ選手のダメージが大きい。

 事前にここまでの秀徳の選手達のデータは取っていた。しかし緑間の力量がこれほどとは、想像できなかった。

 この緑間の奇襲は誠凛の度肝を抜き、出鼻をくじくには十分な成果を果たす。

 

「……ハッ! 上等じゃねえか!」

「火神……?」

 

 最も、その中でも揺れない人間はいる。

 ベンチとて驚愕の色で染まっている状況で、火神は笑みを浮かべていた。

 

「ようやくここまで来たんだ。その程度でびびってられっかよ!」

 

 念願の『キセキの世代』との試合。それが果たせた今、火神の闘志はこれ以上ないほどにヒートアップしている。

 むしろ緑間の強大な力を目にして、『ようやく試練を乗り越え、ここまで来た』と改めて感じ、恐怖はおろか嬉しささえ抱いていた。

 バスケ馬鹿と思える考えではあるが、しかしその姿はチームメイトを勇気付けるという効果もある。最も、火神本人は自覚がないだろうが。

 

「ちっ。コイツは相変わらず単純というか、何と言うか……」

「まあこういう時に限っては頼もしいがな。……ハッ! 緑間、秀徳で新技を習得! キタコレ!」

「……伊月。さっさとボール回して死ね」

「死ね……ええっ!? まだ第1Qなのに主将が正PGに死の宣告をするか!?」

「いいか。火神の言うとおり、いきなり怯んでたら一方的にやられちまう。攻めるぞ!」

 

 日向も火神の言葉を耳にして、意識を切り替えた。

 つまらない冗談を吐く伊月には毒づき、チームに渇を入れる。

 伊月は「仕方がないか」と息をこぼすと表情が変わり、水戸部も力強く頷き、走り出した。

 こうして火神の姿に勇気付けられた誠凛であったが――火神の他にもう一人怯まない選手がいた。

 

「何を……一体何を焦っているのですか、緑間君」

 

 中学時代から緑間を良く知る黒子である。しかも黒子は火神と違い冷静な状態で。

 黒子だけはその会場の中で唯一そのシュートの威力に驚くことなく、緑間が胸中で抱いている焦りを敏感に感じ取っていた。

 

 

――――

 

 

 緑間が得点を決め、誠凛の攻撃へと移る。

 秀徳は誠凛の攻撃に対し、オーソドックスなマンツーマンディフェンスを展開した。

 選手一人一人の能力を考慮した上でのディフェンス。火神に対しては緑間がマークにつき、エース同士の対決が繰り広げられることになった。

 

「火神!」

「ナイスパス!」

 

 緑間を背に、ポストアップする火神。

 伊月も自分に向けられる視線から意図を感じ取り、高尾のマークをかわしてパスをさばいた。

 

「止められるものならとめてみやがれ、緑間!」

「ちっ……!」

 

 ボールは火神へ。自慢のパワーを活かし、インサイドへと押し込む。

 緑間も何か言い返しその口を塞ぎたいところであるが、この対決は分が悪い。 

 有利である火神はとまらない。利き足を軸にターンし、ターンシュートを放つ。

 

(しまった……!)

「王者を舐めるなっ!!」

 

 突如の動きに緑間は反応できなかった。

 目線だけ火神を追う。火神はフリーだと確信し、そのままシュートを撃ったが、ボールは秀徳のセンター・大坪に叩き落とされた。

 

「なんだと!?」

 

 ――今のは全力で跳んだはずだったのに。

 渾身の力を真っ向から捻じ伏せるその姿に、思わず火神は冷や汗をかいた。

 

「舐められたものだな。力をつけてきたのが自分達だけだとは思わないことだ」

 

 ブロックショットを決めた大坪は言った。勝利に飢えているのは誠凛(お前達)だけではないのだと。

 ボールは空中に浮かび、いち早く反応した木村が飛びつき、確保する。

 

「っし、反撃だ。速攻!」

 

 今一度攻撃の機会を得て、木村が声を張り上げて宮地へとパスをさばく。

 

「――そうは、させません!」

「なっ……!?」

 

 だがそのボールは黒子のスティールによって遮られた。

 今まで姿が見えず、突如現れた相手に木村は反応することはできなかった。

 

「ナイスだ、黒子!」

 

 転々とするボールは伊月の手にわたり、そして再び火神へと渡った。

 しかも今度はゴールと正対しているために、体を入れ替える必要はなくすぐにでもシュートを狙えるのだ。

 

「――撃たせるな、囲め!!」

 

 それを見て、秀徳の監督・中谷は声を張り上げて指示を飛ばした。

 その声に反応してか、それとも言わずとも理解していたのか大坪・緑間に加えさらに宮地も火神にプレスをかけるように接近する。

 ここまでの試合の流れから、誠凛が怖いのは火神という脅威な爆発力を誇る選手がいるからだと秀徳は考えていた。

 一回戦から数えてほとんど全ての試合、誠凛の初得点は火神。そしてその火神が得点してから波に乗ったかのように畳み掛けてくる。

 だからこそ火神の得点は何としても阻止しなければならない。

 先のポストプレイも強く印象に残っており、とにかく徹底して止めなくては。そう秀徳の選手は考えていた。

 

「そうでしょうね。きっとそう来ると――思っていたわよ!」

 

 そしてそれは誠凛も予想していたことであった。

 ベンチで監督であるリコがうっすらと笑みを浮かべる。

 ――すると火神は完全に囲まれる前にパスアウト。外にいる日向へとボールをさばいた。

 

「日向!?」

(しかも、スクリーンまで!?)

 

 外から中、そして再び中から外へ。このパスは絶妙であった。

 火神に意識が集まり、日向はフリーになっている。

 木村がチェックに入ろうとするも、水戸部のスクリーンによって動きは遮られてしまう。

 その間に日向はスリーを放つ。日向ほどの高精度のシューターをノーマークにしてはいけないというのに、秀徳はそれを怠ってしまった。

 緑間と同様、ノータッチでリングを潜り抜ける。

 

「っしゃあ!!」

「ナイッシュ、キャプテン!」

「火神もナイスパス!!」

 

 シュートが決まるのを見届けて日向は吼えた。

 誠凛ベンチも盛り上がる。これでお互いスリーを決めて3対3となった。

 

「……なるほど、人事を尽くした良いシュートなのだよ」

 

 同じシューターとして思うところがあったのだろう。緑間にしては珍しく、日向のスリーを褒め称えた。それだけ日向のスリーは脅威であるということを意味している。

 

「ぼさっとするな! 取られたならばすぐに取り返すぞ!」

 

 大坪は大きな声で渇をいれる。

 高尾に入れてリスタート。周囲を用心深く見て、警戒しながらゆっくりとボールを運ぶ。

 センターラインでは火神が待ち構えている。大方緑間を徹底マークするということだろう。

 最初のスリーを連続で決められては話にならない。ならば徹底的に緑間をマークする、という誠凛の考えであるのだろうが……

 

(まあ実際そうしなきゃ無理だって話なんだろうけどさ。秀徳は真ちゃんだけじゃないんだぜ?)

 

 その考えを、高尾は甘いと考えた。

 仮にも秀徳は東京都の王者。昨年はIHベスト8まで勝ち残り、その実力は明らかである。

 緑間がいない状況でそれだけの結果を残したというのに、火神抜きの誠凛で、そのメンバーを防ぎきれるとは思えなかった。

 センターラインを越え、やはり想像通り火神は緑間の徹底マークにつく。

 緑間は外れる可能性のあるシュートは撃たないと知っている高尾は緑間を抜いた戦力でゲームを組み立てた。

 高尾のマッチアップは伊月。誠凛もディフェンスはマンツーマンであった。

 

(やっぱインサイドが貧弱だな。容赦なく攻めさせてもらうぜ!)

 

 高尾のカットイン。

 速さがウリである高尾のドライブは並大抵のものではない。そのスピードに、伊月は反応が遅れてしまう。

 中央から一気に崩してやろうという考えであったが、

 

「――ッと!?」

 

 高尾は突如停止。ボールを自分の体の後ろに回し、ドリブルを続ける。

 先ほどボールがあったところを誠凛の11番――黒子の手が通過したのだ。

 

「あっぶねえな、お前。危うく盗られるところだった。いきなり音もなくしのびよるとか、タチが悪いんじゃねーの?」

「……?」

 

 スティールを見破った高尾は、冗談交じりに語った。

 一方の黒子は違和感を抱きながら高尾を見る。

 ――たしかに、タイミングはバッチリだったのに。

 自分の動きはたしかに虚をついていた、その自信があるからこそ黒子はかわされた理由がわからなかった。

 だが黒子のヘルプで切り崩すことが難しくなったことも事実。

 

「宮地さん!」

 

 高尾は右手を起用に操り、ビハインドパスを出す。まるで見ていないのに見えているかのように、正確に宮地へとわたった。

 

「ッシ! 任せとけ!」

 

 ――一閃。

 宮地は一つフェイクを入れただけ。それだけで十分だった。

 鋭いドライブで日向を抜き去る。一瞬の出来事に日向は身動きが取れなかった。

 

(ドリブル上手え! これが王者・秀徳のレギュラーか!)

「水戸部、ヘルプ!」

 

 伊月が指示を出し、水戸部がフォローに入るが、その分ゴール下ががら空きになってしまう。

 宮地は水戸部が詰め寄ると、すかさず木村へとパス。危なげなく一本を沈めた。

 

「おっし、まず一本!」

 

 見事な連携で確実に得点を決めた秀徳。

 流れは渡さないという堅実なプレーで再び攻撃を成功させた。

 誰もがその連携に『さすがだ』と思わず賞賛してしまう中――

 

「よこせ、黒子!!」

 

 ――火神が全力で敵陣へと走り出していた。

 

「……わかりました!」

 

 相棒である黒子もその意図を理解し、すかさず行動に移る。

 ボールを手にすると、その場で勢いをつけて回転。遠心力を利用し、ボールをレーザービームのように打ち出した。

 コートを横断するほどの勢い。マークについていた緑間も走るが間に合わない。

 火神はゴール下でボールを受け取ると、そのままダンクを決めた。

 

「なにっ!?」

「何だ今のパスは……?」

「一瞬で切り替えした?」

「ビックリショーか何かか、コレ?」

 

 秀徳が攻撃を決めて、すぐ反撃。あまりにも早過ぎる、速過ぎる攻撃であった。

 ダンクもそうだが何よりもそこまで実現させたパスに――パスをさばいた黒子に、会場にいる誰もが驚愕した。

 

「黒子ッ……!!」

「これでまた振り出しに戻りましたね、緑間君」

 

 歯軋りして悔しさを醸し出している緑間に、黒子はそう言い返した。

 ――流れはまだわからない。どちらがとってもおかしくない、それほどの好ゲームであった。

 

 

――――

 

 

「……誠凛には派手な選手が多いようだな」

 

 小林がうめく様に呟く。

 第1Qが始まったばかりの、序盤だというのにも関わらずだ。

 

「コートの端から端まで貫くかのような鋭いパス。あれは彼以外の選手には真似出来まい」

 

 PGであるからこそ、余計にその威力を理解できたのか。

 小林は思わず鳥肌がたった。

 もはやあれは速攻とかそういう次元の話ではない。バスケであるにも関わらず、まるで野球のバックホームを思わせるほどの、矢のようなパス。

 それを正確にゴール下に走りこむ選手にさばくなど、少なくとも小林は『自分には不可能だ』と考えていた。

 

「要は、11番(黒子)のあれを知っていたのか?」

「……いや、あんなパスは知らない。おそらくあれは黒子が新たに身につけた技だろう。あの緑間も反応できていなかったし」

「俺も初めて見ました。そもそも体全体を使ったパスなんて、今まで実践したこともなかったんじゃ……?」

 

 中学時代の黒子の同僚である白瀧も西村も知らないという新しいパス。

 それをこの大一番で決めるその度胸と実力は計り知れない。問いかけた光月は息を飲み、自分よりもはるかに小さい11番(黒子)を見つめた。

 身体能力も低く、影が薄いながらも自分のバスケを貫くその姿に感動し、「――あれ!? どこに消えた!?」 ……そしてその姿を見失った。

 

「それにしても、無名のわりには攻撃が形になってるよな、誠凛」

「……ああ。火神を起点としてゲームを組み立てている。ポストプレイがしっかりしているから、PGもやりやすいだろうな」

 

 火神から他の選手にパスを回し、攻撃を展開させる一連の流れが様になっていた。

 パスは外から中、中から外へと組み立てることで効果を増す。

 今回は火神が珍しく機能しているおかげか、みごとに秀徳の不意をつくことができた。

 

「しかも個人の能力も中々高いですよ。

 一発でスリーを沈めた4番(日向さん)、緑間もちょっと興味を持ったのか、シュート決めた後見つめてましたし」

 

 『キセキの世代ナンバーワンシューター』とまで呼ばれた緑間に注目されるとは並外れたことではない。

 その分マークも厳しくなるだろうが、それこそシューターとして認められているという証でもある。

 

「身体能力は高くない。だがたしかに高精度のスリーは賞賛に値する」

「……そういえば、正邦戦でもとどめさしたのあの人だったな……」

(インサイド)の火神、(アウトサイド)の日向か」

 

 先の正邦戦の最後の一発を思い出し、神崎は苦笑いした。

 当たりだしたらもうその勢いは止められない。ここ一番で決めてくるという恐ろしさが日向にはあった。

 中で得点を取るエースが火神ならば、日向は外からスリーを決めるスコアラーにしてチームを引っ張る主将ということだろう。

 

「それにPG、5番の伊月も良い。的確なパスを、しかも敵選手に取られないよう繊細にさばく。あれはおそらく秀徳の高尾と同じだろうな」

「高尾ですか? 同じってことは……視野が広いということですか?」

「おそらくな。正邦戦の時も感じたが、あれも空間認識能力だろう」

 

 秀徳の高尾と同じく、伊月もまた空間認識能力を持っているだろうと小林は言う。

 それは参ったな、と白瀧は愚痴をこぼした。

 立体的に――まるで上空からコートを見ているかのように、視点を瞬時に入れ替える。

 確かに伊月は常に冷静に、敵選手にカットされないパスルートを見極めていた。

 確実に得点を決めるために、パスコースを瞬時に判断し、繋げていく。簡単に見えて、秀徳のディフェンスを相手に、それをこなすのは至極困難なことである。

 

「そして8番(水戸部)。黒木と同じ技巧派のセンターだろうが、まさに『ゴール下の仕事人』だ。

 大坪にはとても歯が立たないものの、だからこそ真っ向勝負を諦め、味方を助けることに専念している。

 日向のアシストもそうだが、その後も火神と共に素早くスクリーンアウトをしていた。あの熾烈なゴール下でよく働いている」

 

 こう言っては水戸部に気の毒ではあるものの、大坪とマッチアップするには彼では荷が重すぎる。全国区のセンターと呼ばれる大坪はそれほど実力があるのだ。

 しかしそんな大坪を相手に必死に食らい着いている。ポジションを取り合い、時には味方の補助に回り、味方を活かす。

 大坪・木村とのゴール下での争いで体力を消耗するであろうに、チームのために動き回るその姿は賞賛ものであった。

 

「その三人に加えてダブルルーキー、10番(火神)11番(黒子)がいる」

「……こう見ると、誠凛もタレントが揃っていますね」

 

 「以前の発言は撤回しなければいけないかもな」、と白瀧は誠凛の選手達の邂逅を思い出して呟いた。

 小林は感心しているが、白瀧も同意見であった。それだけ誠凛は質の高いチームだと言える。

 

「ただ、気になることが。10番(火神)はポストプレイをほとんどしなかったはずです。正邦戦でも外やミドルから切り込んでいたのに」

「それはおそらく、相手が緑間だからだ」

 

 火神のプレイに違和感を抱いた光月に白瀧が答えた。

 

「攻撃を展開する、という理由もあるだろうけど、もう一つはマッチアップしている緑間より優位に立つためだろう。

 緑間はゴール下の動きには慣れていない。ポジションを考えれば当然だが、だからこそそこを狙ったんだろう。得点機会を狙える場所をな」

 

 緑間がスリーだけではなくディフェンスも上手いということは、対戦した大仁多の選手達も知っている。

 しかし緑間とて万能ではない。本職ではないゴール下では動きもいつものそれではない。パワーならば火神の方が勝っているという点もあった。

 だからこそ火神は本来ならばあまり行わないポストプレイに挑んでいるのだろうと白瀧は推察した。

 

「まさか火神さんがそこまで考えて……?」

「いや、それはないだろう。おそらく考えたのはあの監督だと思う」

 

 西村の呟きに、白瀧は誠凛ベンチに座るリコを見ながら答えた。

 火神がそこまで考えるとは思えないという点もあったが、何よりもチームとしての利点の方が大きいことから、火神ではないと考えた。

 そうなると残ったのは当然監督であるリコ。正邦戦でも彼女がベンチから指揮を執っていたし、部員にも実力を認められていることはわかった。

 

「侮れないな、誠凛も」

 

 これは本当に人材が揃っている、と改めて白瀧は思う。

 

「だけどそれでも、やっぱり王者・秀徳の方が一歩有利か……?」

 

 試合を見ながら神崎は言った。

 高尾のぺネトレイトから大坪へとつながり、悠々とシュートを決める。

 以前戦った練習試合のときよりも個人の能力はもちろん、連携が上手くなっているように見えた。

 元々誠凛高校が圧倒的に身体能力では劣っている分、秀徳の連携に対応できていないようだった。

 それに対して誠凛は伊月から黒子を中継とした高速パスを使い、秀徳ディフェンスを崩す。

 秀徳もどこから来るかわからないパスには戸惑い、水戸部のシュートを許してしまった。

 

「いや、黒子さんのパスは止められない……」

「敵に回す分にはやっかいだなあ」

 

 もちろん味方ならばこれほど頼もしいものはないのだけれど、と光月は付け加える。

 西村の言うとおり、黒子のパスはわかっていても止められない。だからこそ誠凛も秀徳に食らいつける。

 

「……だが、それがいつまで続くか」

 

 しかし、その黒子のパスはいつまで機能するのか? 体力の問題もそうだが、高尾のような視野の広い選手にそう何度もミスディレクションが通用するのか?

 白瀧の不安はそこにあった。そして白瀧の不安を駆り立てるかのように、秀徳の中谷監督が立ち上がる。

 

 

――――

 

 

「おーい、高尾! 木村とマーク交代、11番(黒子)につけ」

 

 中谷はベンチから指示を出す。

 宮地のレイアップが決まり、ディフェンスに戻る高尾達を呼んで指示したのは、マンツーマンのマーク交代であった。

 黒子のマークが高尾、伊月のマークが木村と変更される。

 

「さっすがー、よくわかってますね監督! ……待ちわびましたよ、ホント」

 

 その指示を聞いた高尾は思わず笑みを深くした。

 誠凛の攻撃。

 伊月がボールを運び、黒子がカットによりマークを外したことを確認し、ボールを回す。

 丁度日向がフリーになっている。そこにパスをさばけば得点できる。

 黒子も日向とアイコンタクトを取り、日向にボールを渡すべく右手を振るった。

 

「悪いが、ここから先お前のパスは通用しねえよ!」

「――ッ!?」

 

 ボールは予想通り日向へと向かっていく。

 しかしその途中で、視界から完全に逃れたはずの高尾が立ちふさがり、ボールを叩いた。

 

「なっ!?」

(黒子がスティールされた? こんなの初めてだぞ!?)

 

 今まで黒子のパスを防いだ者など存在しなかったからこそ、その衝撃は大きい。

 誠凛のメンバー内で動揺が広がる。

 ルーズボールは宮地が確保。誠凛の攻撃が失敗し、再び秀徳ボールとなった。

 

(これは、まずい……!)

 

 この1プレイを見て、リコは立ち上がり、タイムアウトを申請した。

 第1Qが始まってここまで両チームとも攻撃を決め続けた。

 それが今回誠凛は防がれてしまった。しかも切り札である黒子が完全に見破られた状態で。

 下手すればこのまま流れを失ってしまうと先を察知しての行動であった。

 しかし――

 

「よこすのだよ、高尾」

 

 ――問題は決してそれだけではなかった。

 緑間が高尾に声をかけて「ボールをよこせ」と語る。

 誠凛の選手達は早々に戻り、火神もフロントラインで待ち構えている中、自軍深くで悠然と歩いている緑間に――

 

「……いいぜ。やってやれ真ちゃん」

 

 ――高尾はまるで他愛もない会話をするかのように、気軽にパスをさばいた。

 

「言ったはずだぞ、黒子。――俺のシュート範囲(レンジ)は、お前達の想像をはるかに超えていると」

 

 体に大きく力を溜め込み、バネのように解き放つ。

 ゆったりとしたフォームだがそこから放たれるボールは大きな弧を描く。

 

(な、んだよ……そりゃ!?)

 

 火神はシュートを見届けるしかなかった。

 いくらなんでもシュートであるはずがない、そう思ってはいるもののなぜか嫌な予感がする。

 

「そして――俺のシュートは落ちないと」

 

 そして火神の予感は的中した。的中してしまった。

 緑間の言葉と同時に、ボールはリングを突き抜ける。

 

『なっ……!?』

 

 その威力に誠凛の選手達は呆然とするしかない。

 そして呆然としたままタイムアウトが成立し、リコに呼び寄せられてベンチに戻っていった。先ほどより幾分も気落ちした状態で。

 

 第1Q残り四分。

 (誠凛)7対12(秀徳)。秀徳高校の五点リードとなった場面で誠凛高校は前半一つ目のタイムアウトを使用した。


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