黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第二話 新たなる邂逅

 ――四月。

 高校ならば新入生達が入学式を迎え、無事に新たな一歩を踏み入れた時期である。咲き乱れた桜の花びらも、新一年生を迎え入れるように踊るように舞っている。

 

 ここ、私立大仁多高校(おおにた こうこう)でも何事もなく入学式が終了し、早くも一週間がたとうとしていた。

 授業も少しずつではあるが本格的に始まりつつあり、生徒間でもそれなりに仲の良いグループが形成され、コミュニケーションが取れ始めてきたころだろう。

 

「……以上。本日の授業はここまで! 今日も一日ごくろうだったな。

 なお、今日の放課後は二年以上の先輩方による各部活動の勧誘があるそうだ。皆それぞれ自分の部活動について真剣に考えておくように! それでは……解散!」

 

 壇上の担任の先生が最後に今日のメインイベントのことを告げ、教室から去っていく。その姿を見届けると、生徒達はそれぞれ親しい友達と話し始めたり、教室から早くも去って行ったりとそれぞれの行動に移っている。

 一週間。それは俺達が部活動を決める時期でもある。(しばらくの間は仮入部であろうが)

 最も、俺はスポーツ推薦でここに入ったために最初から入る部活は決まっている。バスケ部以外にありえない。むしろそれ以外の部活に入る気はない。そのためにここに進学したのだから。……というか、スポーツ推薦で入ったやつがその部活を辞めたりしたらどうなるんだろう? 先が恐ろしいからそんなこと間違っても口にはしないけど。

 

 ま、とにかく俺が迷うようなことはない。もう放課後だし早いうちにバスケ部の先輩に挨拶をしておこう。

 

「おーい、要!」

「ん? ……ああ、勇か!」

 

 帰り支度を済ませて目的地へ向かおうと立ち上がったところで、丁度声がかかった。

 隣の列の前の席から一人の男子生徒が歩いてくる。ツンツンした短めの黒髪――神崎勇(かんざき いさみ)だ。クラスメートであり、俺と同じくバスケ部に入る予定の男。なんでもそこそこ強豪校だった中学の主将(キャプテン)を務めていたという。ちなみに当時のポジションはSG(シューティングガード)だそうだ。

 俺の帝光中学時代の話を聞いたことがあったらしく、入学式が終了してまもなく勇のほうから声をかけてきた。同じ部に入るということで意気投合し、今ではお互いの名前で呼び合っている。早いうちにこういう親しみのあるやつと出会えたのは幸いだった。入学早々孤立するなんていやだからな。

 

「これからバスケ部に行くんだろう? 付き合うぜ」

「ああ。もとより俺にはそれ以外の選択肢なんてないからな」

「違いない。お前だってそれを望んだからこそここに入ったんだろ?」

「当たり前だよ。俺からバスケを取ったら何も残らないからな」

「おお、さっすが。バスケ馬鹿の言うことは違うねぇ」

「そこはせめてバスケ一筋と言え!」

「あっはっは!」

 

 おかしそうに勇むは笑い出す。まったく失礼な。

 バスケ馬鹿とは青峰のような男を――いや、昔の青峰のような男を言うだろうに。

 俺はそこまで常識知らずじゃないっての。ただバスケを好んでやっているだけの人間だ。

 

「ま、さっさと入部届けを出しに行こうぜ。先輩達の印象も良くなるかも知れないからな」

 

 勇の言うことも一理あるな。

 早いうちに入部届けをだすということは、それだけその部活に興味があるということを先輩達に示すということでもある。先輩達も俺たちに好印象を抱くかもしれない。

 最も……

 

「安心しろ。推薦という時点で俺の印象は最高級だ」

「そっか。それなら安心……できねえよ! それって要だけじゃねえか! っつーかそれ卑怯だろ!」

「卑怯とは心外な。向こうから呼んだんだぜ? 歓迎されても文句ないだろ」

「それもそうだよな。……ああ、そんなところにも推薦って影響するのかよ……」

「……ま、十中八九ないだろうけどね」

「嘘かよ!?」

 

 こいつの反応面白いな。盛り上げ役になれるんじゃないか? 黄瀬とはまた違ったタイプだ。

 ……実際これだけの強豪校ならば、呼ばなくても来るやつは来るからな。勇だってそこそこの実力はありそうだし。何よりも先輩達とてレギュラー争いが苛烈になるために俺にはむしろ厳しくなるかもしれない。

 それに推薦に選ばれたってことは認められたってことなんだろうけど。……どうせ歓迎されたとしても最初だけだ。すぐにその熱は冷めることになる。実力を示さなければ生き残れない弱肉強食の世界なんだから。

 

「ごめん。お前の反応を見たかっただけ」

「このドSが!」

「ありがとう、俺にとっては最高の褒め言葉だよ」

「だれかこの男どうにかして!? 俺の心が蝕まれる!」

「これから毎日そうなるよ」

「うおおおぉぉぉぉ! 俺の高校生活が早速真っ暗!?」

 

 ……超面白え。本気でSに目覚めそうだ。

 これだけいじりがいがあるやつと会うのは初めてかもしれない。『キセキの世代』だったら絶対ありえない人材だぜ。よかったな勇、お前今なら黄瀬に勝てるかもしれないぞ。

 

「……君達。取り込みの最中悪いんだけど、少し良いかい?」

「ナイスタイミング! ようやく、俺にも救いの手が……デカッ!!」

「お? なんだ、何か俺達に用事でも……うわぁお」

 

 勇をいじっていると後ろから太い声がかかった。どうやら意識が完全に持っていかれたらしい。

 こいつに逃げられないように気をつけて振り返ると……そこにはキセキの世代にも劣らない体格を持つ巨人がいた。

 勇ほどではないが、思わず口から感嘆の声が出てくる。それくらいの衝撃だった。

 見た感じだが190cm以上はあるんじゃないか? すごく、大きいです。俺が179cm、勇だって176㎝。その差はすぐにわかる。制服の上からだからよくはわからないけれど、筋肉も凄そうだ。腕もかなり太い。

 ……え? それでそんな人が一体俺達に何の用? 言っとくけどこれ肉体言語ではないよ?

 

「君達に聞きたいことがあるんだが……」

「どうぞどうぞ。一体何の用でしょうか?」

「俺達にできることならなんでも!」

 

 やべえ。こいつ自覚あってかなしか知らないが、こうして向かい合っている今もかなりの威圧感をかもし出している。高い視点から見下ろされているから尚更だ。言葉が丁寧なのも逆に怖い! これから一体どんな言葉がでてくるのか想像するのも恐ろしい!

 

「バスケ部に入部したいんだが、一体どこに行けばいいのか教えてくれないか?」

「……へ?」

「……え?」

「先ほどバスケ部の話をしていただろう? できれば僕も一緒に行きたいんだけど、良いかい?」

「……あ、どうぞ」

「……うん。全然大丈夫。システムオールグリーン。いつでも行けます」

 

 俺と勇は想像を反する言葉を受けて思わず脱力した。この人、自覚がないパターンでした。

 意外なところで見つけたチームメイト二人目は、異様に存在感が大きい巨人だった。しかも一人称が僕って……

 

 

 

「……なるほどな。明はこの前の説明のときにいなかったのか。それじゃあ知らなくても仕方がない話か」

 

 俺達三人は先輩達が勧誘を行っているであろう、バスケ部のブース目指して並んで歩いている。

 ――光月明(こうづき あきら)。それが二人目のチームメイトの名前だった。見た目に反して……いや、見た目通りなのだろうか? 大らかな性格で、器が大きい男だった。もちろん色んな意味で。

 なんでも明は以前先生が部活動勧誘の説明をしていたとき、他の先生に頼まれていた仕事で席をはずしていたという。あとで何があったのかは聞いたようだが、詳しい内容は聞いていなかったそうだ。

 そこで、俺達がバスケ部の話をしていたのを耳にして俺達に近づいたってこと。……なんだ。全然正論じゃないか。

 

 ちなみに明もバスケ経験者で中学時代のポジションはC(センター)。昔はPF(パワーフォワード)だったらしいが、去年中学の最上級生になってからセンターに変わったと言う。なにせこれだけの体格だ。動きをマスターすればゴール下でも十分活躍できるだろう。……ちなみに、身長は192cmだそうだ。

 

「いや、さっきは本当にすまなかった。おどろかせてしまったかい?」

「全然。勇はすごい驚きようだったけど」

「お、俺は普通だっただろ!」

「ほう。これを見ても……?」

 

 ある程度は自分のことを理解しているようだな。それならばもう少し抑えてほしかったが……

 強がる勇には携帯の画面を見せつける。そこにはいきなり明を目にしたことで、驚愕のあまり顔をゆがめて硬直している勇の写真が綺麗に写っていた。

 

「……ねえ、要君。これいつ撮ったの?」

「お前がビビッているときに」

「本当なのか? 僕も全然気づけなかったが……」

 

 俺はいつでもシャッターチャンスを狙っているからな!

 こんなに美味しい機会を逃すなんて三流がすることだ。それにこれくらいできないようでは『神速』の名が泣くぜ。……『使いどころ違うのだよ』という緑間のツッコミが聞こえた気がするが気のせいだろう。きっと。

 

「これ、いくらで買う?」

「……要! 貴様……ッ!」

「ま、まあまあ。白瀧も神崎をいじめるのはそこらへんにしたらどうだい? やりすぎはよくないぞ?」

「む? ……たしかに、悪乗りが過ぎたか。すまない」

「……要が素直に退いた。明、マジ心強い!」

 

 明の言うとおりだな。あまりやりすぎると問題に発展する。

 ここらでやめてやろうと携帯をしまうと、勇は感動の目で明を見ている。……おい、俺が素直じゃないみたいな言い方するなよ。しかもかなり油断しているけど、データはそのまま保存しているってこと忘れてないか?

 

「これから一緒に戦っていく仲間なんだ。仲良くするに越したことはない」

「……まあ、それはそうなんだがな……」

「ん? どしたよ要? そんな真剣な顔して」

「いや、なんでもない」

 

 ……こいつら、本当にわかっているのだろうか?

 ここはバスケの強豪校。当然実力者が集う場所だ。中学とはまた比べ物にならないほどのレギュラー争いが起こるだろう。いや、レギュラーどころか強豪校ではベンチメンバーに入れるだけでも良い方なんだ。

 これから先、誰がそのメンバーに選ばれるかわからないというのに……大丈夫なのか? ま、楽しむのに越したことはないとはいえ、本質を忘れてもらっては困る。共に戦うって言うのなら、ちゃんと生き残ってもらうぜ?

 

「それよりも、ほら。もうバスケ部のブースに着くぞ」

「おう」

 

 視線を先のほうへとやると、数個先に『バスケ部』と書かれたブースがあった。

 そこには先輩であろう男女一人ずついる。おそらく女子のほうはマネージャーだろうな。

 

「……ちょっと緊張する」

「いや、今回は入部届けを出すだけだから」

「そうだよ。別にテストだってないんだし、気楽に行こうよ」

 

 先輩を目にしてあせる勇に二人で落ち着くよう諭す。どうせまだ仮入部だし。

 この言葉には少しは効果があったようで、勇はすぐにいつもの調子に戻ったので安心した。

 

「……ようこそ、大仁多高校バスケ部へ!」

「バスケ部入部希望者か? 喜んで歓迎するよ」

 

 最も、男の先輩の顔を確認した瞬間再び硬直していたが。

 俺も以前月バスの記事で顔を見たことがある。……大仁多高校バスケ部三年生。チームがIH準決勝まで勝ち残る原動力となった、自身も点を取れる長身PG(ポイントガード)。主将の、小林圭介(こばやし けいすけ)さんだ。

 

 

――――

 

 

「圭介君、今年は一体何人くらいの部員が入部すると思う?」

 

 時は少しだけ巻き戻る。

 バスケ部のブースでは二人の男女が新入生を未だ遅しと待っていた。

 軽いウェーブがかかったセミロングの髪を揺らし、女性が男性のほうへと振り返って尋ねる。圭介と呼ばれた黒髪の男――小林圭介は手元の紙を整理しながら視線だけを女性の方へ向けて答えた。

 

「そうだな。去年のIHの結果も考えて、30は越えると思うぞ」

「それくらいか。じゃあ、その中であなたのおめがねに適いそうな人材は?」

「……5人いればいい方だと思ってくれ。それ以上は期待できない」

「ありゃりゃ。それは厳しいことで」

 

 答えは厳しい数値であった。だがそれは仕方がないこと。

 たしかにここに集まるのは『我こそは』と自負するバスケの強者達。だが、小林が望んでいるのは高校バスケでも通用するような即戦力だ。そうなるとどうしても数は激減する。

 小林も今年が最後の三年。ゆえにすべてをかけて挑もうとしている。そのために自分と肩を並べてすぐに戦えるような一年生がほしかった。

 

「今年はあのキセキの世代が入ってくるんだ。それだけ各校の力も大きく変わる。

 だけど俺達は負けられないんだ。必ずや、今度こそ頂点に上り詰めてみせる! 去年果たせなかった夢を現実にしてみせる!」

「……うん、そうだね」

 

 昨年のインターハイ、大仁多高校はベスト4まで勝ち残った。しかしそこまでだった。準決勝でキセキの世代の影に隠れた天才集団、『無冠の五将(むかんのごしょう)』率いる洛山高校と対戦したものの大敗し、そこで彼らの快進撃は終わった。WC(ウィンターカップ)にも出場したものの、大仁多高校は主力であったほとんどの三年生が引退したことで戦力が半減しており、結果ベスト16敗退という悔やまれる結果に終わった。

 だからこそ、自分の代である今年は何が何でも優勝を果たす。そのためにこの半年ずっと鍛え上げてきたし、今ならばキセキの世代であろうとも太刀打ちできるという自信が小林にはある。

 

「今年こそ、絶対に勝とうね。私もこれが最後の仕事になるし、精一杯がんばるよ」

「お前にも迷惑をかけることになるな。すまない、葵」

 

 「なーに言ってるの」、と葵と呼ばれた女性は小林の肩をたたいた。

 大仁多高校三年、バスケ部マネージャーを務めている女性――東雲葵《しののめ あおい》。マネージャーとしてチームを影から支える大切な存在だ。彼女も部活は今年が最後の年となる。今まで共に戦ってきた者達と最後の一年。悔いは残せない。

 

「三年間ずっと一緒にやってきた仲じゃない。いまさら水臭いよ。こういう時は、素直に『ありがとう』って言いなさい」

「……ああ。ありがとう。よろしく頼むよ」

「ええ。小林キャプテン」

 

 バスケ部のブースに明るい笑い声が起こった。

 こうして引退の最後の時も皆と笑えればいいなと、このとき小林は思った。

 

「……さて、それで勧誘組の調子はどうかしら? 誰か優秀な人材を見つけてきてくれればいいんだけど……」

「そうだな。呼ばずとも来るやつは来るだろうが、埋もれている人材もできれば見つけてほしい」

「うん、そうだね。まあそちらの戦果はあまり期待せずに待って……うん?」

「ん? どうした葵」

 

 途中で言葉を止めた東雲に小林が疑問の声を上げる。

 東雲の視線が自分ではなく、どこか一点でずっと止まっているのだ。

 

「……向こうから来るの、そうじゃない?」

「どれどれ? ……ほう。中々でかいやつが来たな。それにあれは……」

 

 見えたのは男子三人組。その中でも頭一つ飛び出している長身の男が目に飛び込んできた。

 バスケは体格のスポーツとも言われる。背が高い、それだけで十分アドバンテージになりうる。小林の中で新入生への期待が一気にあがった。

 そして、さらに次にその長身の男と共に歩いている銀髪の男へと視線が移った。彼が待ちわびていた存在に。

 

「ついに来たな。『神速』」

「……あれが、そうなんだね」

 

 小林の高揚した声から東雲も察したのだろう。バスケの推薦で入学した一年生のことは彼らも知っている。

 かつては『キセキの世代』と呼ばれていた男。五人の天才と肩を並べていたプレイヤー。……白瀧要のことを。

 

 彼らがバスケ部のブースの前へと立つ。

 二人の姿を見て、白瀧や光月と共に立っていた男子生徒は緊張からか固まっていたが、残る二人はついに来た、というように待ちわびたような顔をしていた。

 

「……ようこそ、大仁多高校バスケ部へ!」

「バスケ部入部希望者か? 喜んで歓迎するよ」

 

 東雲と小林は一年生が緊張しないよう、明るい声で振舞う。

 ……これが、新たなスタート地点。ようやくここまで来たのだ。これから始まる、激しい戦いの幕開けだ。

 

 

――――

 

 

「よ、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「どうぞ、よろしくお願いします」

 

 ……勇は緊張しまくりだな。声も落ち着きがない。あくまで挨拶なのだからもっと堂々できれば良いのに。

 それに比べると明は場慣れしているのだろうか? 調子が全然変わらない。肝っ玉の持ち主ってところかな? 精神的に強いやつは今年は重要になる。なにせあいつらがいる以上、心が弱いやつは下手すれば二度と立ち上がれなくなるから……。

 

「ああよろしく。俺は大仁多高校バスケ部の主将を務めている小林圭介(こばやし けいすけ)だ。それとこっちは……」

「バスケ部のマネージャーをやってます。三年の東雲葵(しののめ あおい)よ。よろしくね」

 

 俺達が設置してあった椅子に腰掛けるのを確認して、二人が自己紹介をした。

 ……やっぱりこっちの女の人はマネージャーだったか。しかもこちらも三年生。それは気負う物も違うわけだ。二人とも最上級生というだけあってまとっている雰囲気が違う。

 

「ここに来たからには君達も知っていることだろうけど、私達バスケ部は栃木の中では強豪校と呼ばれているわ。去年もインターハイベスト4という結果を掴み取った」

「……だがこの現状に甘んじているつもりはない。俺達はさらに上に上ろうと考えている。

 そのためにも実力ある選手を待ち望んでいる。たとえ一年生であろうとも実力さえあればすぐにベンチメンバーに、いやスタメンの一員として使っていこうと思っている」

 

 小林さん達の熱意が痛いほど伝わってくる。言葉一つ一つに気持ちがこもっている。

 実力主義であるこの世界、別に一年生がベンチ入りするのは不思議なことでない。しかしスタメンに抜擢すると推薦枠の俺に言い放つとはな。……よほど勝利に固執しているようだ。今の言葉で勇も明の表情も選手のそれへと変わっていた。

 

「まあまだ部活に正式に入ったわけではないし、君たちは今はそんなに深く考えなくていい」

「そうね。それじゃ、真面目な話はここまでにして。……はい、これに記入してね」

 

 東雲さんが俺達に一枚ずつ紙を手渡してくる。……入部届けか。懐かしい。これを書くのは三年ぶりだな。

 名前とクラス、学籍番号。それだけではなく出身校や経験者ならば中学時代のポジションなど。結構内容あるな。あらかじめデータをとっておきたいといったところなんだろうが……

 一通り書き終えたので、東雲さんに用紙を返却する。……帝光中学出身という記述を見て驚くどころか期待しているような目で見てくるということは、俺が推薦で入ってきたということをすでに知っているようだ。あとは俺に実力で勝ち取れってことか。

 勇と明も入部届けを書き終え、東雲さんに紙を渡している。

 

「……うん。確認終了。皆ありがとう。それじゃあよろしくねー!」

「明日から活動は始まる。放課後、授業が終わり次第体育館に集まってくれ」

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 ……無事に入部(仮)は終了だな。先輩も良い人そうでなによりだ。

 今日はもうやることはないので、俺達はこのまま帰路に着く。近くのコンビニでお菓子やアイスを買い、小腹を満たしながら他愛無い話をしていた。

 

「いやあ、ついに明日から本格的に部活かよ! 俺すっげー楽しみだわ」

「まあ明日は本格的にはやらないだろうがな。様子見程度にしか動かないだろう」

「……そうかな? 僕はてっきり入部テストでもするのかとも思ったが、そんな心配はいらないのか?」

「うーん、テストねえ。……多分、やるとしても最低3~4日は日をおくと思うがな」

 

 明日からは始まる部活のことを考えて元気いっぱいに笑う勇。それに対して明は心配そうに部活のことをつぶやいた。

 明の心配事は最もではあるが、そんな急にテストはしないと思う。最初は一年生に軽く練習に参加させ、少しずつ動かせてそれから……という風に俺は考えている。

 まだ部活や先輩になれていないというのもそうだが、何よりも体を起こさせるということが目的だ。

 俺は推薦で早めに入学が決まったからいいものの、勇達のような一般受験で入ったやつはつい最近まで勉強に縛られていたんだ。体だって鈍っているだろう。そういった人たちへの配慮があると思う。

 

「でも俺としては皆の力を早く見たいってのはあるな。勇や明だって、どこまで通じるか試したいって気持ちはあるだろ?」

「……ああ。どこまで通用するかはハッキリしたい」

「僕も。自分の力を早いうちに試したい」

 

 やはり選手としての(さが)だろうか。二人とも闘志に燃えている。明なんかは握った拳が震えているな。

 これはテストが楽しみになってきた。小林さんも即戦力ならばスタメンも考えるといっていたし、機会はそう遠くないうちに訪れるだろう。

 それならば……

 

「なあ二人とも。少しこれから俺に付き合わないか?」

「え? 付き合うって何かあるのか?」

「別に早く終わったから時間はあるけど。……一体何を?」

「ちょっと本番前に、1on1(ワンオンワン)やらないか? お互いの実力を知るために」

 

 それは甘い誘惑。

 そして返ってきた答えは……やはり、俺の想像通りのものだった。

 

 

 

 

 

「へえ。こんなところにバスケットコートがあったのかよ」

 

 勇が物珍しそうに呟いた。俺達三人が来たのは高校から少し離れたところにある公園。

 バスケットゴールにコートも用意されており、ストリートバスケを行うのには絶好の場所だ。俺も栃木に来てから何度かここで個人的に練習をさせてもらっている。

 

 ボールも持ってきているし、まずは軽い準備運動だな。

 制服の上着を脱いで体を少しずつ伸ばしていく。……こうやって誰かと一緒にバスケをやるのも去年以来だ。

 

「……しかし、やっぱり明は体つきすごいな」

「だよな~。おそらく今年の新入生の中では一番ガタイいいぜ」

「そうかな? まあたしかにパワーには自信があるよ」

 

 上着を脱いだことによって見えた腕を見たが……凄い筋肉だな。しかもほとんど無駄がない。

 この様子なら服の下も相当鍛えたのであろう。インサイドなら俺じゃ絶対に勝てないな。身長とかリーチの長さまでまるっきり違うし。まあポジションが違うのだから仕方がない話か。

 味方にするなら頼もしいが、敵には回したくないな。……これから1on1するわけだけど。

 

「よっと。……それじゃあ、そろそろ大丈夫か?」

 

 軽いジャンプを済ませ、一通り体を動かすと二人も準備を終えていた。

 頷いて返された答えに俺は笑って返す。……果たして二人がどれほどの実力なのか。

 勇のほうはあまりわからないが、明のほうは相当なものだろうな。覚悟しておかないと。

 

「順番はどうする?」

「そうだな。……それじゃまず俺と勇。そのあとに勇と明。そして最後に俺と明。……でどうだろう?」

「連戦か。ま、別に構わねーよ」

「僕も大丈夫だ。それじゃまず僕が下がっているよ」

「ああ、頼む」

 

 了承を得て、まずは明が後ろへと下がってもらった。

 ……個人的に明のプレイを見てから戦いたかったという理由があったんだ。勇、悪いな。

 

 二人になったことを確認してまず俺と勇のマッチアップ。先攻は勇だ。

 SGというポジション上、基本的に外からの攻撃に気をつければまずは大丈夫だろう。ポイントはとにかく相手との距離を開けないことだ。守備範囲は広いほうだし切り込まれても対応は可能なはず。問題は勇のボールハンドリングがどれほどのものかだな。

 

 軽くボールをバウンドさせながら勇は俺のことをにらみつける。

 勇の視線が一瞬左に流れる。……が、それにはつられない。ドリブルの腕が右から左に流れる。そして流れるように再び右へ。

 ……フェイントにはだまされない。しかし、それでも警戒は怠らない。

 さらに2回ドリブルしたところで、勇の左足が大きく斜め前へと踏み出された。

 

(来たッ!)

 

 すぐさま俺も体を進路方向へと踏み出す。内側にはいれさせない。手を広げてコースを塞ぐ。

 踏み出しといい、切り込みといいそれほどの速さではないな。勇はピュアシューターか? それならば多少は勝負は楽になるんだが、油断は禁物。

 

「さすが……反応が早いな」

「褒めても何も出てこないぞ」

 

 切り崩せないと思ったのか勇は後ろへと下がるが距離は離させない。さすがに距離をあけると外のシュートが怖いからな。

 すぐさま距離をつめるが、その瞬間勇の脚が地を蹴って空中へと飛び上がった。……ッ! ここでシュートを撃つのか! しかも、体がやや後ろへと流れている。フェイダウェイジャンパーか!

 

「だが、させねーよっ!」

 

 俺の瞬発力を舐めてもらっては困る。

 最初の一歩で一気に距離をゼロにし、すぐさま空中へと飛び上がってボールへと手を伸ばす。

 

 チッ、と指先がボールに触れる音がする。シュートそのものを防ぐことはできなかったがブロックは間に合った。

 想定外の衝撃を受けたボールはその進む軌道を変えて、リングに当たって跳ね返される。跳ね返ったボールは俺の手元へと戻ってきた。

 勇の攻撃は失敗で終わった。これで次は俺の番だ。

 

「……マジかよ。あのタイミングでも触れちゃうわけ?」

「少しだけ危なかったけどな。悪いけど、そう簡単に負けるわけにはいかないんだよ俺は」

 

 リリース直後のボールを叩くつもりだったが、まあいいだろう。ボールを手に取り、攻守交替する。

 勇も膝を曲げて腰を低く構えている。……俺と勇の身長差はほとんどない。インサイドへ切り込むならとにかくスピードとフェイントで振り切るしかないか。

 

 ボールを左右へとバウンドさせる。

 そしてまずは大きく左へと踏み出す。そしてすぐさまドリブルしながら右へまた一歩。

 これに勇も反応して体が横へと流れてきたが、そんなこと関係ない。すぐさま体を360度、左方向へ向けて回転させて勇をいなした。

 

「……ッの!」

 

 クロスオーバーからバックロールターンの組み合わせだ。読んだ動きの逆をつかれて勇はその場から動けない。

 俺はそのまま勇を置き去りにしてレイアップシュートを放つ。……ボールはリングを通り抜けて地面に落ちてきた。

 

「……すげえや。動きのキレが全然違う」

「どうしたよ勇。手加減はいらないぞ?」

「そんな余裕があったらいいのにな……」

 

 ボールを俺から受け取って再び勇が攻勢へと入る。

 視線を左に向けると、すぐさま右へと切り込んできた。今度は止まらない……? いや、これはフェイクか。

 案の定、途中で勇はスピードを緩めて後ろへ一歩下がり姿勢をさらに低くする。先ほどと同じパターンかよ!

 勢いそのままに俺は地を蹴って空中へ身を踊りだす。さっきと違って今度は確実に止められる!

 ……しかし、勇はその場でジャンプせずに左へと切り替えした。

 

(しまった、これもフェイクか! 先ほどのフェイダウェイを意識しすぎた!)

 

 今の動きで勇との間を作られてしまった。ここからじゃどうあがいても間に合わない。

 3Pラインから勇はシュートを放つ。着地してすぐさま再びブロックに飛ぶが、指先さえボールには届かない。ボールは綺麗な弧を描いてゴールへと吸い込まれていった。

 

「ナイッシュ!」

「……少しは見直したかよ?」

「少しな」

「ひどいっ!」

 

 そう言いつつも実際中々たいしたものだ。

 ……安定したシュートフォームだった。相当打ち込んでいるようだな。フリーになったならば基本的にはずさないだろう。良いシューターだ。

 マークをはずしたら俺の負けか。3Pシュートをあそこまで綺麗に決められたらな。……だったら、絶対抑えてみせる!

 

 ボールを受け取り、シュートモーションのフェイクをいれて右へとドリブルで切り込む。

 しかし、深めに守っていた勇はドリブルコースに立ちふさがり、それ以上の進撃を許さない。

 ちっ……! やべ、手をどんどんボールへと伸ばしてくるせいで中々内側へ切り込めない!

 仕方がない。勇とゴールに対して背面で構えていたが、内側へスライドする。

 やはりこれにも反応するが、若干距離が空いている。これなら! ……俺はすぐさま地面を蹴った。

 

 3Pラインよりも外側ということで勇も油断していたのだろう。反応できずにそのままボールを見送る。

 しかし、ボールはボードに跳ね返るとそのままゴールへと吸い込まれていった。

 

「なっ……嘘だろ!?」

「誰も3P(スリー)を撃てないなんて言った覚えないけどな。負けたくないならば一時も油断するなよ、勇」

 

 外では勝負できないなんて、そんなこと言うわけがない。

 仮にも帝光の名を背負ってプレーしていたんだ。そして今とてその誇りはある。いくら草試合であろうとも、負けていい理由なんて存在しないんだよ!!

 

 

 

 

 

「……そこまで! 終了!」

 

 ボールがリングを潜り抜けたのを確認して、明が終了の合図を告げる。

 

「……だー! 畜生! 結局3P一本しか決められなかった!!」

「おいおい。まだ体が鈍っているはずなのに、一本決めただけでも誇って良いんだぜ。むしろ喜べよ」

「それを相手であるお前に言われたくはない!」

 

 お互い五回の攻防が終了し、結果は勇がスリー一本、俺がスリー二本と2P三本を決めて決着がついた。

 あの後の攻防は俺が勇のスリーをとにかく防ぎきり、得点を重ねていった。向こうは止められないかもしれないが、俺は止められないわけではない。ゆえに優先してスリーを潰しにいった。

 実際にやってみて思ったことだが、やはり勇は1on1では不利だな。フィジカルもそれほど強くないためにインサイドはそれほど警戒せずとも、スリーを封じられると弱い。だが試合になって味方のフォローもあればフリーになる機会は多くなるだろうし、技術もそこそこある。十分活躍してくれるだろう。

 

「えーと、それじゃあ次は僕と勇で良いのかい?」

「ああ。ただ……勇、お前は大丈夫か?」

「大丈夫だよ。むしろ今は休みたくないんだ。……さっさとはじめようぜ」

「おっ。そうか、それなら早速はじめるとしようか」

 

 勇はやる気満々だな。負けず嫌いなやつは好きなんだが……果たして明を相手にどう戦うか。

 しかも俺とやった後に明だからな。正直俺と明では完全にタイプが逆に、正反対に感じる。俺がスピードで相手を翻弄するタイプなら、明は自慢のパワーでインサイドゴリ押しと言った印象だ。実際ポジションもセンターと言っていたし。……ああ、違う。そういえば元々はパワーフォワードだったんだっけ。

 

 まあ、判断するのは実際のプレイを見てからだ。

 見せてもらうぜ、明。お前の実力を、お前のプレイスタイルを。

 

 

 

 

 

 ガシャッ! 激しい音が夜の公園に響いた。

 ボールが地面に落ち、遅れるように勇と明の体が地面に着地する。

 ……俺も勇も、驚きで目を丸くしていた。今起きた、明の一度のプレイを目の辺りにしただけで。

 

(いきなりダンクをかますのかよ。……しかも、こいつかなりのパワーを持ってやがる)

 

 先行は明。だが、その戦法はなかなかどうして合理的。

 勇のマークの内側にドライブで強引に切り込んで、勇の上から難なくダンクをかましてくれやがった。

 ……これは、俺と勇ではまともにぶつかっては無理だな。弱音を吐くようだが、完全に体格差で負けている。露骨なまでに差が現れているのだ。一瞬進撃の巨人かと思ったぞ。紫原ほどの力ではないと思うのだが、俺達ではまずポジションが違うもん。勇に至ってはシューターだぞ。

 

「ごめん、大丈夫か?」

「あ、ああ」

 

 尻餅ついている勇に声をかけて手を貸す明。

 ……気持ちはわかる。なにせいきなり自分の上からダンクをかまされたんだ、仕方がない。かと言ってリーチが長い上にボール保持能力も高そうだからカットも大変のようだ。これは苦戦するぞ。

 

 勇が明からボールを受け取り、ドリブルを開始する。

 これは外から決めるしかないだろうな。インサイドは明の独壇場。そこに勇が挑むのは自殺行為でしかない。

 ……が、かと言ってノーフェイクのスリーでは無理だろう。ある程度の切り込みは必要だ。明はリーチが長いし、足もそれなりの速さを持っている。となるとあいつが俺のときにやっていたフェイダウェイとか色々組み合わさなければならない。

 そしてそれは勇も重々理解していることだろう。

 視線、シュートモーションのフェイクをいくつかやった後、勇は目の前にそびえる巨大な男へ切り込んでいった。

 

 

 

 

 

 放物線の軌跡を描いたボールはリングを潜り抜けて地面へと落ちてきた。

 やはり勇のスリーは安定しているな。フォームも綺麗だし、今のシュートは放った瞬間に決まったとわかった。スリーの確立は相当だしこれであと速さがつけば一気に成長するぞ。

 

「1on1終了だな」

「……あ、ああ」

「さすが、だな。僕ももう少し決められると思ったんだけどね……」

 

 二人の結果。

 勇がスリー一本。2P一本。明が2P三本という結果に終わった。得点で数えても明の勝利と言える。

 どうやら明は外からはあまり撃てないようだな。まあポジション的にあまり必要ではないから仕方がないことだ。

 だが、インサイドでは確実に決めている。勇が一本ボールをカットしてとめたものの、やはり強引に切り込まれたら俺達では止められない。ボールを奪わない限り、勝利はないということだ。……多分ブロックに飛んでも勇のように吹き飛ばされるのがオチだろう。簡単に想像できてしまうのが恐ろしい。

 

「それで、どうする? 最後に僕と要で、やる?」

「う~んどうするかな。……明は、やりたいのか?」

「……正直、遠慮しておきたいけどね。明日以降に響きそうだし」

「お前もそう思うか」

 

 明ほどの男を相手にするのならばこちらもそれ相応の力を出さなければならない。

 ……がしかし、明日から部活も始まるというのにここであまり力を使い切ってしまいたくはない。技もまだ見せたくはないし。

 それに、目的であるお互いの力量を測ることは出来た。これ以上のプレイは完全に個人的な楽しみとなってしまう。それでは本末転倒だ。

 

「オッケー。わかった。今日はここまで、お開きとしよう」

「ええ! なんだお前らやらねーのかよ。俺だけ二試合やってんじゃん」

「ま、今回は体を動かすこととお互いの力量を知ることが目的だったからな。その目的を達成できたからいいだろう」

「そうだね。体も少しは思い出せたし、僕にもいい機会になったよ。誘ってくれてありがとう」

「ちぇっ。……ま、二人がそう言うなら仕方がないか」

「ああ。次やるとしたら、テストのときに全力でやろうぜ!」

「ああ!」

「もちろん!」

 

 最後に三人でそれぞれの右手を前へ出し、お互いの拳をあわせる。

 皆ポジションこそ違えども、お互いの力を認め合った。これから先共に戦うかどうかはわからないが、それでもチームメイトであることには変わりない。

 制服の上着を着て帰り支度を整えると、それぞれの帰路につく。「また明日、部活で会おう」と言って二人と別れた。

 

 

 

 

 

「……あー! 疲れた!」

 

 学生寮に帰って食事をすませるなり、俺はすぐさまベッドに横になる。

 今日は入部届けを出しただけとはいえ、明と会ったり先輩達と会ったり、二人と1on1やったりと内容が濃い一日だった。誰かと一緒にバスケをするのは久しぶりだったせいで、余計に気合が入ってしまったのかもしれない。

 

「明日からは本格的に、部活の始まりか」

 

 まだ部活間での激しい闘争は起こらないのかもしれないが、安心はできない。少しでも早くレギュラーを取って自分の居場所を確保したいところだ。

 人の歓迎は冷めやすいものだ。期待されているうちに成果を残さないと俺はここでは生き残れない。そして、ここで生き残れないようなやつがあいつらに勝てるわけがない。

 俺は、絶対に負けるわけにはいかないんだ。必ず、あいつらを越えてみせる。もう一度、あいつらとバスケをするためにも。

 

「よし! やってやる! ……それじゃ、今日はさっそく風呂入って寝よ」

 

 そのためにも、今日は体を休めたら早めに寝るとしよう。

 明日に疲労を残さないよう、俺は風呂場へと向かうのであった。


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