黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第三十話 人事を尽くした男達

 ――今から三年前、緑間真太郎は帝光バスケ部に入部した。

 

「一年B組、緑間真太郎です。ポジションはSG(シューティングガード)を希望、よろしくお願いします」

 

 バスケの強豪と名高い帝光だが、その先輩達を前にして自己紹介をする緑間の声に一切の震えはない。はっきりと強い意志がこもった声であった。

 『強豪で凌ぎを削ることでこそより強くなれる』。そう考えたのだ。

 人事を尽くす己の力を疑うこともなく、緑間は入部テストでその力を発揮し、前代未聞の入部後の即一軍入りを果たした。

 

「よっし、休憩終了! 次スクウェアパス!」

「はいっ!」

 

 一軍の練習ともなるとその密度は想像を絶するものであった。それでも音を上げることはしなかった。

 ダッシュの後休憩時間を挟むとパス&ランの練習。ボールを受け、走りこむチームメイトにパス。自分も走り出しパスをキャッチすると再びパス。

 さらにスリーメンやディフェンスのメニューなどをこなし、ようやく練習が終了する。

 

「集合! ……これで今日の練習は終了とする」

「ありがとうございました!」

 

 監督の解散の言葉を合図に部員達はわかれた。

 何人かの部員は仲間の元に駆け寄り、話をしたりしているが緑間は違う。

 その年に入部した一年生のうち、緑間の他にも四人の選手が同様に一軍入りを果たしている。しかし緑間はその他の仲間たちには特に興味を示すことはなく、練習以外での必要以上の接触は避けていた。

 緑間は解散となるとすぐに動き出し、打ち込み練習へと移った。

 

「……」

 

 黙々とシュートを撃ち続ける。スリーポイントラインから撃っているにも関わらず、一本も外れる気配はない。

 入部してから緑間はずっとこの調子であった。

 部活の用事や練習以外では特に他人と触れ合うことなく、ひたすら自主練習に励む。

 真面目と言えば聞こえがよい。しかし必要最低限のコミュニケーションしか取らない為に、緑間の周囲にはあまり人が集まらない。

 それは自覚しているはずだが、緑間は何も思うところがないのか、何も行動に移そうとはしなかった。

 

「――なあ、君。緑間君、だよな? ちょっと良いか?」

「む? ……なんだ、俺に何か用か?」

「打ち込みの途中に悪い。ちょっと君にお願いがあってさ」

 

 話しかけられるとは珍しいなと思いながら、緑間は一度シューティングを中断し、後ろを振り返る。

 そこにいたのは緑間と同じように、入部早々に一軍入りを果たした選手の一人――白瀧がいた。

 

「俺にスリーを教えてくれない?」

「俺がお前にスリーを? 何故だ、他に適任がいるだろう?」

 

 白瀧が頭を下げる。

 『何故自分が』と考えるのは当然だろう。

 帝光には当然のことながら監督もコーチもいる。それなのになぜ自分に頼むのか、と緑間は疑問に感じた。

 

「いや、監督は普段練習に来ないし、コーチも忙しくて練習後はあまり時間が取れないって言われちゃってさ。

 そうなるとチームメイトでシュートが上手い選手に頼もう、って思ったわけ。それで今日見てたら……」

「……俺が目に入った、というわけか?」

「そういうこと」

 

 白瀧は満足げに頷き、緑間の言葉が正しいということを示した。

 たしかに彼の言うとおり、帝光の監督は普段は練習を見にこない。通常はコーチが統率して、監督のつなぎ役となっている。しかしそのためかコーチも仕事が多いようで選手全てに時間を裂く余裕はなかった。特にシューティングのようにアドバイスだけではなく、その選手を見続けなければならない練習に至ってはなおさらだ。

 そこで白瀧はチームメイトの中でもシュートが上手い緑間に依頼したと言う。

 

「緑間君のシュート綺麗だし、フォームも乱れないから適任だと思ったんだ」

(……参ったな)

 

 その言葉を心の底で嬉しいとは思いつつ、緑間は顔をしかめた。

 別に付き合ってもよい。しかし自分の練習を遮ってまでわざわざ手伝ってやるほどの義理もないと考えた。

 

「……断るのだよ」

「あれ、駄目? やっぱり急すぎた?」

「お前に教える理由が俺にはないのだよ。まして……」

 

 そしてもう一つ、理由がある。

 

「俺は何の努力もせずに人を頼る人間を好まん。人事を尽くさないものに天命は下らない、近道しようなどと考えるな」

 

 最初から人を頼ろうとする白瀧の姿勢を嫌ったのだ。

 たしかに打ち込み練習はフォームをチェックするサポートが必要だ。それは緑間もわかっている。

 だが相手の事情がそれを許そうとしない。

 今まで緑間も白瀧を見ていたが、居残り練習にしてもチームメイトの1on1がメインであり、シュート練習はさほどしていなかった。

 その白瀧が、突如スリーを身につけたいからと誰かに頼み込みなど、都合がよい話だと思った。

 

「……そっか。悪かった、練習続けてくれ」

 

 これ以上言っても無駄だと考えたのだろう。白瀧はその場を後にする。

 緑間はそれを気にする素振りを見せず、打ち込み練習を再開した。やはりシュートは落ちない。

 

 

――――

 

 

 ――翌日、朝6時30分。

 

(……酷い雨だな)

 

 雨が降る中、緑間は傘を差して学校を目指す。右手に傘、左手にはラッキーアイテムのチョコレートを手にしている状況だ。

 前日の天気予報が見事に命中し、朝早くから雨が降っていた。

 バスケ部の朝練は7時15分。雨だからといって遅れる訳にはいかない、と真面目な緑間はいつもよりも早い時間に家を出た。

 その結果、余裕を持って学校に着くことができた。まだ時間はあるので十分にストレッチをすることもできる。

 更衣室で着替えを済ませて、一軍が使用する体育館へと向かう。

 ……すると、扉を開けようとしてボールの跳ねる音が耳に届いた。

 

「誰かいるのか?」

 

 まだ時間は早い。それなのにもう練習に勤しむような選手がいるのだろうか。

 疑問を抱きつつ、緑間は音を立てないようにそっと開いた。

 ……いた。バスケットの正面に立ち、シュートを繰り返す一人の男が。緑間も見たことがある、それどころか昨日話したばかりの男が。

 

「白瀧……?」

 

 ポツリとその男の名前を呟く。当然のことながら相手の耳には届かない。

 緑間が来たことに気づいていないのか、白瀧は打ち込みを続ける。……だがフォームは安定性を欠き、シュートが決まる確立は定まらない。

 

「ああっ! やっぱりまだ駄目か……」

 

 白瀧はボールを回収しながら愚痴を零す。

 焦りや悔しさが感じ取れる。しかしそれでも練習を止めることはしない。籠にボールを戻し、再び打ち込みを始めた。

 その姿を見ていられなかったのか、緑間は一つ息を零して白瀧に近づいていく。

 

「はぁ。……お前は一体何をしているのだよ」

「え? あれ、緑間君か。おはよう」

「おはよう、ではないのだよ。何故こんな早くにお前がいるのだよ?」

「緑間君だって早いじゃん」

「俺のことはどうでも良いだろう。それで、何故こうも早いのだ?」

「何故って言われても……」

 

 昨日の出来事が原因だろうとは想像がついている。それでも緑間は問いかけた。

 白瀧は頬をかきつつ、困ったような表情を浮かべて言った。

 

「今日雨が降っててコートが使えそうになかったから」

「コートだと? 何を言っているのだよ?」

「ストリートコートのことだよ。近くの公園にあるだろ? あそこのコート。この雨だから無理だと思って、コーチに電話したら『鍵は開けておく』って言われたんだ」

「ストリートコート?」

 

 確認するように繰り返して問う。白瀧は首を縦に振った。

 つまり白瀧が普段体育館だけでなくストリートコートを利用して練習をしているということだ。体育館の使用時間以外にも練習しているということだ。

 別に人事を尽くしていないというわけではない。ただ緑間がそれを知らなかっただけ。

 

「……以前から個人的にシュートの練習をしていたのか?」

「まあね。もっとも緑間君みたいに上手くはいかないけど」

 

 失敗したことに対し気恥ずかしさを覚え、白瀧は頭をかく。嘘ではないのだろう。

 しかしそれならばなぜ昨日言わなかったのか。それが緑間には不思議でたまらなかった。

 

「それならば何故昨日はそう言わなかったのだよ? お前とて努力をしていたならば、それを言えば良かっただろう」

 

 だから思った事を全て口にした。

 

「まあ、たしかにそうかもしれないけどさ……」

 

 そこで白瀧は言葉を区切る。言いたげだが、話したくないことなのか。

 わからないが緑間は口を挟むことなくその先を待つ。

 

「でもやっぱり、自分から他人に言いふらす練習なんて、努力とは呼ばないだろう?」

「なっ……!?」

 

 そしてその先の言葉を聞いて、緑間は目を丸くした。

 

「他人に認めて欲しくてやっているわけではない。だから自分から言うのは躊躇った。それだけだよ」

 

 視線をバスケットに移し、またシュートを撃っていく白瀧。

 入らずともリングに当たるところを見るに距離感は問題ないのだろう。たしかに練習をしているということは理解できた。

 

「……もう一つ、聞きたいことがある」

「なんだ?」

 

 緑間が白瀧に声をかける。白瀧は返事をしつつも今度は振り向かない。ずっとゴールだけを見ている。

 緑間もそんな白瀧の姿を捉えながら、質問を投げかけた。

 

「なぜスリーを身につけようと思ったのだよ? お前にはお前だけの武器があるだろう」

 

 視線の先は白瀧の足へ移る。

 白瀧の武器は脚力であった。ドライブの技術もよく、敵陣を切り裂くその姿には緑間も実は感心していた。

 そんな彼がなぜ急に思い立ったかのようにスリーを覚えようとしたのか、それが不思議だった。

 その問いで白瀧の表情に影が濃くなる。やはり何か切欠があったのだろうか。

 

「……俺、あまり体格よくないのはわかるだろ?」

「ああ」

 

 白瀧は背丈があまりない。

 周囲の体格がよいせいで、白瀧は余計に小さく映ってしまう。

 

「そのせいで戦える環境が限られてくる。最近は速攻を防がれると全然得点を決められなくなった。

 ドライブが通用するうちはいいけど、SF(スモールフォワード)なんだしもっとシュート力があった方が戦えると思ったんだ」

「それでスリーをか」

「それともう一つ」

「何だ?」

 

 ポジションの都合上、より高いシュートの技術が必要だと語る。それにさらに付け加える形で白瀧は話を続けた。

 

「外からシュートを決められたら、凄く気分が良くならないか?」

「……ほう」

「遠くから撃って、そしてリングを通り抜ける瞬間。それが良いなと思った。緑間君のシュートなんて本当にかすりもしないから、芸術かなにかかと思ったよ」

 

 白瀧にもおそらく実体験もあったのだろう。その様子を感慨深く語る。

 その中で緑間のスリーを褒め称える話も手伝って、緑間は機嫌を良くした。

 

「なるほどな。……それは良い。それは良いぞ、白瀧」

「ん? 良いって、何が?」

「それは良い心がけだと、そう言ったのだよ」

 

 満面の笑みを浮かべる緑間。

 「あれ? ひょっとして何か変なスイッチ入っちゃった?」と白瀧は呟くが、緑間の耳には届かない。

 

(ふむ。どうやらこいつにはスリーの価値が通じるようだ)

 

 一人、緑間は考える。スリーの価値を、そして重要さを。

 緑間は自分のシュートに――ひいてはスリーポイントシュートに誇りを持っていた。

 普通のシュートは二点しかもらえない、しかし遠くから撃てば三点ももらえる。

 たかが一点と侮ることはできない。局地的にみればたいしたことはなくても、時間がたつにつれてその意味は大きくなっていくのだから。

 そして遠くから撃つことで、当然ループも長くなる。その滞空時間の後、一気にリングを射抜く。そこまでの一連の流れは普通のシュートでは感じることはできない。その流れに緑間は価値を見出していた。

 ゆえに自分と同じようにスリーに関心を抱き努力する白瀧を、緑間は認めた。

 

「えっと。緑間、さん?」

「他のやつらはたかがスリーと侮る者もいたが、いいだろう」

「……ああ、はい?」

 

 疑問符を頭に浮かべる白瀧。突然の変化に困惑している。

 気を良くした緑間はそんな白瀧の心境に気づく事はない。

 

「ゆえに言わせてもらう。――やめておけ。それ以上やったところで無駄だ。何の意味もないのだよ」

「なっ!?」

 

 突然出た発言に、白瀧は思わず手にしていたボールを零した。

 無駄、何の意味もない。それは今までの努力を否定する言葉だ。それを白瀧が許せるはずもなく、

 

「ちょ、お前それはどういう――」

「間違ったフォームで打ち続けると悪い癖が身についてしまう。

 まずはフォームを直すところからだ。……しかしさすがに今からでは無理か。時間が足りない」

「ことだ――って、え?」

 

 緑間に詰め寄ろうとしたが、その後の緑間の発言で動きが停止した。

 何を言っているのかわからない。白瀧は緑間を見る。その先で緑間は笑みを浮かべた。

 

「今日の午後練の後からだ。俺が付き添う。お前の動きを見て、指示をだしていくのだよ」

「……本当か? 本当に良いのか?」

 

 先ほどは頑なまでに反対の意見だったはずなのに。白瀧は恐る恐る緑間に確認するが……

 

「人事を尽くす者を俺は評価する。しかし俺が教えるのだから中途半端は許さんぞ」

 

 緑間はニヤリと笑みを浮かべて、その確認が間違いないということを証明した。

 

「それと同学年だから呼び捨てで構わないのだよ。そうでないと不自然に感じる」

「本当か!? ありがとう緑間君、じゃなかった緑間! 今度何かお菓子でもおごるよ!」

 

 気を許し、緑間の頬が緩む。

 白瀧も心底嬉しそうに笑い、緑間の肩を叩いた。

 その素振りに気恥ずかしくなったのか緑間は視線を逸らす。どうやらあまり友達と接すること事態が少ないようだ。

 

「……ふん、そんなものはいらん。それではまるで俺がお菓子につられて教えたようなものではないか。お前はただ、試合で活躍すればそれでいい」

「ええ? 紫原とかならこれで何でも解決するのになあ。 ……でもチョコレート持ち歩いてるし、甘いもの好きなんじゃないの?」

「馬鹿め。これは今日のラッキーアイテムなのだよ。常に持ち歩いているわけではない」

「ああ、なんだラッキーアイテムだったのか。それなら仕方がないか。……って、ラッキーアイテムって何!?」

 

 緑間が手にしているチョコレートが好きなものだと白瀧は思っていた。しかしそれがラッキーアイテムであったという事実を知り、納得することをやめて思わずツッコミを入れた。

 

「おは朝占いで言っているのだよ。今日のラッキーアイテムがチョコレート、そしてラッキーアイテムは肌身離さず持ち歩くことは当然だ」

「溶けちゃうぞ!?」

「ふっ、その程度のこと想定していないとでも思ったのか?」

「え?」

「クーラーボックスを借りる手はずになっている。抜かりはないのだよ」

「そこまでするものなのか!?」

「全力を尽くすからこそ意味があるのだよ」

 

 当然のことだと、堂々と胸を張る緑間。

 

「……凄いの一言しか出てこないのだよ。馬鹿と天才は紙一重なのだよ」

「なっ、真似をするな! 馬鹿にしているのか!?」

 

 緑間の意外な一面を見て、白瀧は複雑な表情を浮かべる。

 口癖を真似て話すことは許せなかったのか、白瀧を問い詰める緑間。だが白瀧ははぐらかす一方で、話しているうちに時間だけが過ぎていく。

 ――苛立ちを覚えることもあったけれど、こういう関係があっても悪くはない。緑間はそう思った。

 

 

――――

 

 

 そしてそれから数ヵ月後。ついに公式戦を迎え、緑間たち一年生も試合に出ることになった。

 メンバーは固定されることはなかったが、それでも頻繁に試合に出る。

 そしてその初戦で、白瀧はいきなりルーキーとは思えない活躍を見せ付けた。

 

「ディフェンスが甘いですよ!」

「ぐっ――!?」

 

 素早い動きで敵を翻弄する。やがて相手は細かいフェイクで揺さぶりをかける白瀧の姿を、捉えきれなくなった。

 白瀧は敵のマークを外して駆け出す。それを見てボールマンも白瀧へパスをさばいた。スリーポイントラインの外、ノーマークでボールを取る。

 

「しまった!」

 

 チェックが遅く、プレッシャーをかけることさえできない。

 白瀧は悠々とシュートを放つ。放物線を描き、ボールはリングに当たることなくネットを潜る。

 先制の三点を決めると白瀧はディフェンスに戻りつつ、ベンチに腰掛ける緑間に声をかけた。

 

「よっし、どうだ緑間!」

「ふん。それくらい決めてもらわねば困るのだよ。むしろシュートタッチが悪い!」

「決めたのに駄目出し!?」

 

 得意げな白瀧に、彼の師匠たる緑間は厳しく言い放った。

 あれから緑間の指導の下に練習を重ね、白瀧はスリーを武器にしていた。中に切り込み、外からも撃てるようになった白瀧はまさに脅威の存在となる。

 その結果。彼は22得点、5アシストという成績を残し、チームの勝利に貢献。その後もその勢いは止まらず、帝光バスケ部が全国制覇を果たす立役者となった。

 

 

――――

 

 

「“キセキの世代”、か」

「どうした緑間? 何見ているんだ?」

 

 全国制覇から約一週間が経過した。

 更衣室で緑間はある記事を目にして呟いた。

 彼の呟きが気になった白瀧も背伸びをして、緑間が持つ記事に目を通す。

 

「……全国大会の記事?」

 

 それはついこの間行われた、バスケの全国大会、中学生の部のものだった。

 写真には緑間や白瀧といった一年生のものもあり、記事のタイトルには『“キセキの世代”現る!』と書いてある。 

 

「ああ。その中で、俺達帝光の一年を“キセキの世代”という称号をつけたそうなのだよ」

「なんだそれ?」

「俺達一年が五人も全国優勝に関わったのだ。一人ならまだしも、五人も同時に出現したことで、記者が『この世代はとんでもない』と考え、その呼び名をつけたらしい」

「“キセキの世代”ねえ。奇跡とはまた大げさというか、何と言うか」

 

 少なくとも自分は奇跡などというものではないと白瀧は語る。

 たしかに五人もの選手が一つのチームに同時に現れたのは奇跡なのかもしれないが、それでも言いすぎだと思う。

 

「これだけ注目が集まるとは。しかしこの五人のうち誰か一人でも抜けたら、どうなることか……」

「その心配はないだろ」

 

 それに対し緑間はあまりにも五人を注目を集めすぎると苦言を呈した。

 このような事を言っては新たな勢力が現れた時、その関係が壊れるのではないかという不安がある。また、もしも誰かに敗れた場合、その敗れた選手は一体どうなってしまうのかわからないという気がかりも。

 そんな緑間の苦悩を吹き飛ばすように、白瀧は言った。

 

「俺達五人でここまで生き残っているんだぞ? しかも皆成長している。全国で戦ったという実績も自信もある。これでもまだ不安があるか?」

 

 白瀧は堂々と胸を張る。思い悩むことなどないのだと。

 言っていることが頼もしく、またどこか面白くて。

 

「……ふん。お前も偶には言う時は言うな」

「『偶に』は余計だろ!」

 

 微笑を浮かべて、白瀧に応えた。

 普段のやり取りの中でも緑間は徐々に笑みを浮かべることが増えた。固く、慣れないものであったが、白瀧を中心に他のメンバーと過ごす時間も増えて。

 ここから先、きっと記者が予想したように『キセキの世代』と呼ばれるような実績をこれからも残していくのだと思った。

 ――だから緑間も想像していなかった。わずか一年も経たないうちに、白瀧がその座を失うことになろうとは。想像したくも、なかった。




予定では緑間の過去については短く纏めるつもいだったのですが、思いのほか長くなってしまいました。もう一話続きます。

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