黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第三十三話 王者対ダークホース

 IH東京都予選Aブロックは誠凛高校が秀徳高校を下し、終わりを告げた。

 それと時を同じくして他の会場でも同時に行われていたブロック代表を決める試合が決着を迎えていた。Aブロック同様に、見ている者達の心が湧き上がるほどの激しい接戦が繰り広げられる決勝戦。

 しかしそんな中で唯一点差がかけ離れている試合があった。決勝戦とは思えないほど点差が生まれている中、それでも観客達は一人の選手のプレイに目を奪われている。

 

「――遅え」

 

 Bブロック決勝戦。桐皇学園対霧崎第一高校の試合。

 黒を基調とした桐皇と書かれているユニフォームに袖を通し、5番を背負うエース。彼が一人で試合を決めていた。

 青い短髪で恵まれた体格をもつ、色黒の男。

 彼は驚異的な反射速度で相手のドライブを見抜き、後ろからボールを奪い去る。

 

「――くっそっ!?」

「悪いな。あまりにも鈍すぎて、話になんねーわ」

 

 己の攻撃を防がれ、表情を歪める相手チームの主将を見て、お前のオフェンスなど眼中にないのだと語る。

 桐皇のカウンター。5番にボールが渡ると同時に、会場の雰囲気が変わる。

 彼はPGよりボールを手にするや否や、速攻を防ぐべく立ちふさがる敵を瞬く間に抜き去り、ワンマン速攻を決めた。

 

「クソッ! クソッ、クソッ!!」

 

 何もできずにただボールを奪われ続ける現実を受け入れきれず、苛立ちが募る。

 霧崎第一の4番――つまりチームを率いる主将(キャプテン)を務めている選手、花宮真は怒りを隠す事無く、マークにつく桐皇の5番をにらみつけた。

 

「なんなんだよ、テメエは! なんなんだよその目は――青峰!」

 

 怒りの矛先を向けられた五番――青峰大輝、“キセキの世代”のエースとも呼ばれた彼は、しかし花宮の叫びを聞いても何一つ表情を変えない。

 眉一つ動かす事無く、花宮の叫びや怒りなど自分には届かないことだと、興味ないことだと示しているようだった。

 だが青峰はその問いに答えない代わりに、ポツリと一人の男の名を呟いた。

 

「……白瀧」

「あぁ? 白瀧だ? ……ああ、なんだ。かつて仲間がやられたから、その仕返しってか? 敵討ちを考えるだなんて、中学時代は好き勝手やってたテメエも随分良い子ちゃんになったみてえだな」

 

 かつて帝光時代、青峰と同じチームで共に戦った男の名前を。花宮にとってはかつて自分がある目的のために潰させた愚かな選手であった。

 まさか仲間が潰されたからその敵討ちにきたのだろうか。そのような甘い男になったのかと、花宮はそんなわけないとわかっていながらも鼻で笑い、青峰を挑発する。

 

「はあ? 馬鹿かあんたは? 俺はテツや緑間じゃねーんだ。仲間がどうとか、そんなツマンネーことに対していちいち腹を立てたりしねーよ、メンドくせぇ」

「……ハッ。だろうな。そうじゃなきゃ興醒めだ。たかが控え一人潰された程度で変わるほど、お前は甘ちゃんじゃねえよな」

「ああ、そうかもな」

 

 そしてやはり、それは違う。花宮の挑発を、青峰は『見当外れもいいところだ』と言ってため息を吐いた。

 やはり青峰はそのような男ではないと認識しつつ、花宮は味方からのパスを受ける。

 トリプルスレットの体勢から、果たしてどうゲームを展開していこうかと考えると、

 

「ただ……」

「ッ!?」

 

 青峰の呟きと同時に、自分の手からボールの感覚が消えた。

 

「ただあんたは俺からライバル(楽しみ)を一つ奪った。ただそれだけのことだ」

 

 先ほどとは打って変わって青峰は厳しい目つきを花宮に向ける。強張った表情は見る者を硬直させるほどの迫力があった。

 

「俺にとっちゃそれは一番しちゃならねーことなんだよ。

 数少ねえ好敵手(ライバル)とも呼べたあいつを、俺と並んで走っていたあいつをあんたは傷つけた。

 だから……だからあの時あいつが受けた屈辱を、今俺があんたにも味あわせてやるよ」

 

 ――もっとも、あいつが受けたものとは到底比べようもねえがな。

 心中で挫折した白瀧の姿を思い浮かべ、一瞬表情が暗くなる。しかしそれも本当に一瞬のこと。次の瞬間には再び研ぎ澄まされた動きを見せていた。

 点々とするボールは桐皇が確保。再び桐皇のカウンター攻撃が始まった。

 怒涛のごとくゴールに攻め寄せる桐皇。霧崎第一も必死に走り、ゴールを守ろうとするが――青峰にボールがわたると、彼らの顔に絶望の色が生まれる。

 

「……くっそ! 来いよ、青峰!」

「無理だ、あんたじゃな」

 

 青峰のオフェンスは相手のディフェンスを嘲笑う。

 ――チェンジオブペース。 ドリブルの速度に緩急をつけた変速ドリブル。

 白瀧が得意とするチェンジオブディレクションと対をなすバスケの基礎であり、そして同時に青峰が極めたバスケの技術でもある。

 

「ちっ、ぐっ……!?」

 

 縦横無尽に攻めるその動きに、花宮はタイミングさえ計ることさえ出来ない。

 やがて彼の体が先に悲鳴をあげた。青峰についていこうと無理な動きをしたためにバランスを失う。足がもつれ尻餅をつく形で崩れてしまった。

 花宮のマークをかわした青峰はさらに霧崎第一の厳しいマークをかわし、相手のブロックを奇想天外な変則シュート――型のないシュート(フォームレスシュート)でものともせずに得点した。

 

「くそがっ……!」

 

 床に握りこぶしを叩きつけ、歯軋りし、悪態をつく花宮。

 もはや試合をひっくり返すことさえできず、さらに相手に簡単に翻弄されて気分を害したのだろう。

 

「ははははっ。珍しいもの見せてもろたで」

「……今吉、さん」

 

 そんな花宮に声をかける選手がいた。

 桐皇の4番――主将の今吉翔一(いまよししょういち)だった。かつて中学時代に花宮と同じチームで共に戦った選手である。

 糸目で柔和な笑みを浮かべているが、穏やかな雰囲気を醸し出す一方で何を考えているのかわからない。そんな印象があった。

 その今吉はうっすらと目を開くと、

 

「お前が尻餅つくとこ見んのなんか初めてや。ホンマに青峰にはかなわんなぁ。

 なあ、どないな気分や花宮? ワイも経験がないさかい、教えてくれんかぁ? ――惨めに地ぃ這い蹲って、他人に見下ろされとる気分をなぁ?」

「……ッ!!」

 

 ニヤリと口角を吊り上げて、花宮を見つめた。

 露骨に嫌悪を醸し出す花宮の反応でさらに笑みは深くなる。

 だが答えは最初から期待していなかったのか、今吉はそう言い残してディフェンスに戻った。

 その途中で青峰に歩み寄り、声をかける。

 

「あれでえかったんか? あいつもなかなかええ顔しとったで」

「ああ。俺が言うよりも今吉さんが言った方が効果あるだろ」

「どないな意味やそれ? ワイを何やと思とんや? そこらにぎょうさんおるごく普通の高校生やで、そんな性格悪い男みたいに言わんでもええやんけ」

(……むしろ性格が滅茶苦茶悪いからこそあんたに頼んだんだよ)

 

 楽しそうに語る顔を見て、性格が良いと感じる人間は少ない。

 毒を持って毒を制すとはこのことだろう。と、青峰にしては珍しく脳内に存在する知識をフル活用し、そう思った。

 

 そのまま試合の行方は変わる事無く――95得点。青峰はBブロック決勝戦にて一人で95点もの得点を稼いでしまった。

 一時期は桐皇の正センターが負傷で離脱したために心配もあったが、青峰の参戦により試合は終わってみれば一方的なものだった。

 試合結果、164対46で桐皇学園がトリプルスコアで決勝トーナメント進出を決定する。おそらく今の東京都で最強と言っても過言ではないのだろう。それほどまでに、圧倒的であった。

 

 

――――

 

 

 誠凛と秀徳の決戦を観戦してから数日後。ついに、俺達も運命の日を迎えていた。

 控え室に大仁多の登録メンバーが集う。試合開始まであと少し。各々が気持ちを整え、体をならしている。

 

「……それではもうすぐ私達の出番です。皆さん、改めて今日の試合について説明しますので、集まってください」

 

 藤代監督が控え室の中に入ってきて、メンバーを集める。

 ――栃木県大会準決勝、大仁多高校対聖クスノキ高校の試合。始まりの時間は刻一刻と迫っていた。

 

「今日の相手は知っての通り聖クスノキ高校。常盤高校を破り、今勢いに乗っているチームです。

 スターターに関してはベストメンバーで、小林さん・山本さん・白瀧さん・光月さん・黒木さんの五人で行きます」

 

 スターターの五人を順々に見回しながら藤代監督が言う。確かに相手は優勝候補の一角を倒したチームだ。士気は向こうの方が高いかもしれない。

 県大会に入ってからスターターはこの五人で固定されていた。準決勝でもそれは変わらない。

 

「それで藤代監督、マッチアップは……」

「はい。これについても事前に説明した通り。

 相手のエース・楠さんには白瀧さんを当てます。いけますね?」

 

 小林さんが詳しい戦術について問う。

 聖クスノキには楠・ジャンという二人の厄介な選手がいる。だからこそその対応が気になる。それは全員同じだ。

 楠はSGというポジション上、山本さんが相手するという考えもあったが、相手の能力を考え俺がマッチアップすることとなった。

 あらかじめ言われていたことだし、覚悟はできている。藤代監督の期待をこめられた視線に対し、

 

「……はい。任されたからには、全力を尽くして役目を果たします!」

 

 俺も精一杯応えようと思った。まっすぐ藤代監督を見て意志を伝える。

 

「ええ、頼りにしていますよ」

 

 理解してもらえたのか、藤代監督もうっすらと笑みを浮かべた。

 その後表情を改めて全員に向き直る。

 

「もう一人、センター勝負も厳しいでしょうが、黒木さんにジャンを抑えてもらいます。

 光月さんもすぐにヘルプに動けるようにしておいてください」

「……はい」

「わかりました」

 

 もう一人の厄介な選手、センターのジャンについては同じポジションである黒木さんに一任。

 大坪さんよりも背丈がありパワフルな選手だがそれでもやってもらわねば困る。

 黒木さんは落ち着いた表情で、明も言いよどむことなく頷いた。

 

「頼みます。小林さんと山本さんはミドルを警戒してください。

 楠さんを抑えれば、相手は外の戦力は殆どないと考えても大丈夫です。お二人でチームを支えてください」

「はい、必ずや!」

「言われずとも」

 

 そしてミドルは小林さんと山本さん、二人の三年生がケアする。

 小林さんも山本さんも気迫がこもった返事をして、とても頼りになると感じられた。

 

「他の方々もいつでも出られるように、準備は怠らないように。……それではもう少しの間、鋭気を養っていてください」

 

 最後に控えメンバーにも声をかけて藤代監督は腰掛けた。

 あと少しで試合が始まる。ここまでの予選で戦ってきたとは違い、相手は強豪校を倒した精鋭だ。

 そのためか控え室の雰囲気も今までよりもさらに引き締まっている。まるで秀徳との練習試合の時のようだと思ってしまうのは、仕方のないことだろうな。

 

「……要、大丈夫そうか?」

 

 ふと勇に声をかけられた。こいつも試合を前にして落ち着かないのかもしれない。

 

「ああ。調子も悪くはない。相手も厄介な選手だが、ここで躓いてはいられないからな」

「そっか。いや、相手がまた長身のSGってことで、緑間を思い出すんじゃないかと思ったから心配になったんだ」

 

 ああ、なるほど。俺のことを気にしてくれたのか。

 たしかにスタイルこそ違うものの、相手の体格やポジションなどは緑間とよく似ている。

 ついこの前秀徳の、緑間の試合を見た後だから、俺がそれを意識しているのではないかと思ったのだろう。

 

「……大丈夫だ。今はそれについては考えないことにしている。

 それにそんなことを考えていたら、緑間に怒られてしまうだろうからな」

 

 だが、今はそのようなことは頭に入っていない。今は目の前の相手に集中するだけ。

 勇の心配を拭えるようにと笑みを浮かべて答えた。

 

「そっか。じゃあ気持ちの面は大丈夫か」

「まあ後は純粋な選手としての問題、になるな」

 

 ……だからこそ、後は実力の勝負になる。

 純粋に俺が楠を抑えられるか否か、勝てるかどうかで試合の展開も変わるだろう。

 こんなところで負けるわけにはいかない。俺はまだ約束を果たせていない。そして楠を倒さなければ、それこそ俺はキセキの世代への挑戦など適わない。勝つしかないんだ。

 

「必ず勝つ。俺も、大仁多も」

 

 この試合の先へと道を続けるために。

 

 

――――

 

 

 先に行われていた女子の部、準決勝が終了した。彼女達が整列し、片付けをする。

 少し時間を置き、試合開始前10分前になる。そうしてついに次に行われる男子の部、準決勝に出場する4チームの選手達がコートに入場した。

 

「出てきた! ここまで勝ち残った4チーム!」

「うおおおお! 頑張れよー!」

 

 大仁多、聖クスノキ、盟和、山吹。今年の栃木で最強を決する4校の登場に、会場が沸く。

 選手達は歓声を受けつつ、ウォームアップをそれぞれ開始した。

 

「おおい、茜!」

「え? ……お兄ちゃん?」

 

 そんな中、大仁多の選手達の郡に近づく者が一人いた。

 盟和高校の選手の一人であり橙乃の兄、勇作である。橙乃の姿を見つけ、彼女の元に駆け寄った。

 果たして試合前に何事かと橙乃は首をかしげた。

 

「一体どうしたの?」

「戦いの前に愛しの茜の声を聞きたくなってな。応援頼むぞ!」

「私、大仁多のマネージャーなんだけど。……まあ、頑張ってね」

「おう! もちろんだ! それと……」

 

 橙乃の問いに胸を張って答える兄の姿に少し呆れつつ、橙乃は兄に声援を送った。

 戸惑いが多分に含まれたものであったが、勇作にはそれでも十分だったのか、満足げに頷く。

 そして同時に、翌日の決勝戦に勝ちあがることを想定して、こう続けた。

 

「明日の試合前にも、それをよろしく頼むぞ!」

 

 自分達が優勝するという意志を含めて。

 

「……駄目。これは譲れないから」

「ちぇっ。はあ、やっぱり駄目か」

 

 さすがの兄でも勝負は譲れず、橙乃は笑みを浮かべて兄の願いを否定する。

 答えはわかっていたのか、勇作もそれほど悔しい顔は浮かべず、そっぽを向いた。

 

「あまりうちのマネージャーをからかわないでくれるか?」

「……小林。からかってなどいない。ただ妹と戯れていただけだ」

「少なくとも今この場ではお前の妹ではなく、うちのマネージャーなんだが」

「どうしよう。今からでも大仁多に転校しようかな」

 

 困り果てた橙乃を助けるように、小林が割って入った。

 あくまで大仁多のマネージャーだという点を強調し、勇作を牽制する。

 その言葉はたしかに正論で、勇作もさすがに強くは出れない。思わず大仁多への転校を考えてしまった。本当にこれで良いのか、盟和の主将(キャプテン)

 

「用件が済んだのならば早く戻ったほうが良い。お前のチームだろう」

「ふん。たしかにそうだが、お前にも一言言うことがあった。……借りを返すチームが、負けてもらっては困るからな」

 

 先を促す小林を、勇作が視線で射抜く。

 そう、勇作達盟和高校は過去に二度、連続で大仁多という壁に阻まれた。

 今年で彼らも三年。つまりは最後の機会となる。だからこそ二年分の借りを返す為には大仁多に負けてもらっては困る。自分達の手で大仁多を倒してこそ意味があるのだ。

 

「なにせ相手は常盤を破り、勢いのあるチームだ。あの攻撃力抜群のチームにお前達が音を上げてもらっては……」

「その心配はない。こちらとて戦力は整っている。それに」

 

 それになによりも、と小林は続けた。

 

「勢いのある槍ほど派手に折れるものだ」

 

 ニヤリと口角を挙げる。自信に満ち満ちた目をしていた。

 負けるつもりは微塵もない。必ず勝つという気持ちが伝わってくる。

 

「ならば俺からは一つだけだ。――決勝で会おう。じゃあな、茜」

 

 だから勇作もそれ以上は問わず、小林に背を向けてチームの方に歩いていく。

 橙乃にも手を振って答え去っていった。盟和も彼らと同じように、準決勝で散るつもりなどない。

 

 

――――

 

 

「……なんか、今日は聖クスノキの応援、やけに多くないっすか?」

「普段は大仁多(うち)の方が多いという逆の立場なんだがな。これではこちらがヒールのようだ」

 

 本田が観客席を眺めて呟いた。本来ならば優勝候補の筆頭であり、実績もある大仁多の方が応援も自然と多くなる。

 しかし今日は聖クスノキへの声援の方が大きく聞こえるほど、観客が集中していた。

 この異例は珍しく、中澤も少し不安な表情で頷く。

 

「どうやら今日の試合、相手の聖クスノキ高校は学校側が応援団を募って来ているみたいよ」

「学校が? それだけ聖クスノキがバスケに力を入れてるってことですか?」

「いえ、今まではそれほどではなかったけれど。……常盤を破ったからこそ、だと思うわ」

 

 それほど名前を聞いたことはなかったが、果たして有力な高校だったのだろうか。

 疑問に思った西村が東雲に問い返す。東雲は左手で髪をかきあげながら答えた。

 

「栃木の4強、その一角が崩れた。強敵を打ち破り、しかも次の相手は栃木の王者・大仁多。

 期待するのも無理もない話だと思うわ。ここで大仁多を倒せば、もうIH出場は夢ではなくなるもの」

「それでこんなに観客が集まったのか」

 

 説明を受けて三浦がため息を一つこぼす。別に声援に惑わされるというわけではないが、やりにくくなるという一面はある。

 相手の声援だけが大きくなり、敵が点を決めるたびに会場が湧き、こちらが決めても場が静まる。士気を保つことが難しくなるのだ。

 

(……何も影響がなければいいが)

 

 そして精神的な問題がプレイにも影響することがある。ただでさえ相手は勢いがあるというのに、これ以上不安要素を作る必要はない。

 バスケットボールを握り締めながら、佐々木はコートを見据えた。

 

「まあこちらも応援がないわけではない。あとは俺達も一人一人が声を出していくことだ」

「……わかってますよ。ベンチが静まり返っては、それこそチームが沈んでしまいますからね」

 

 松平の言葉に三浦が笑みを浮かべて頷いた。

 それは誰もが理解している。だからこそ彼らが仲間を信じ、また彼らに応えなければいけない。

 

 

「正直な話、楠さんはSGとしての実力は全国区と考えても良いと思う」

 

 橙乃が白瀧と神崎の前で不安な表情を浮かべた。

 相手の強さを理解しているからこそである。理解しているからこそ不安を隠し切れない。

 

「楠さんはバスケに必要なスキルが殆ど揃っている。

 高さ(タッパ)、スピード、パワー、イケメン、テクニック、彼女、イケメン。

 純粋にスペックの面では白瀧君が圧倒されているかもしれない」

「……ちょっと待て。今言った中でいくつかバスケに関係ないものなかったか?」

「てか、あいつ彼女いるの!? そこらへん詳しく!!」

「どうやらマネージャーの西條さんと付き合っているって情報があるよ」

「情報網がすばらし過ぎる。そしてやはりリア充だったのか」

 

 楠はバスケに必要なスキルを持ち合わせていた。それは先の常盤高校戦で明らかになっていたこと。

 この試合、彼とマッチアップする白瀧の負担は大きいもの。ゆえに橙乃は試合前にあらかじめ白瀧に忠告した。

 呆れつつも心の中で対戦相手の評価を上げておく白瀧。神崎は情報の中でただ一点気になったことに対し、怒りを燃やしている。同じポジションという都合上、対抗心を持ってくれるのはいいことだ。

 

「外角のシュートもあるから、気を抜けない展開が続くと思う。

 どちらかというとドリブルから仕掛けるタイプだけど、気を抜かないで」

「……ああ、わかってる。緑間や勇とも何度か戦って外への警戒心はついている。だからこそ地上戦だ。ここで何としても勝つ」

「そうだな。緑間と違って、楠は外角はそれほど確立高くないみたいだし、プレッシャーをかければお前のスピードで翻弄できるだろ」

「そのつもりだ」

 

 期待をこめられた視線を向けられ、白瀧は強く頷いた。

 気迫は十分。相手への対策もある。あとは全力を尽くすだけ。

 

 

――――

 

 

「――ついに、ここまで来たか」

 

 聖クスノキ高校に与えられたベンチに腰掛けながら楠は天井を見上げた。

 去年はここまで勝ち上がることもできなかった。しかし今はこうして王者に挑もうとしている。

 あと二つ勝てばIHへ出場できる。その事実が楠を勇気づけた。

 

「よし、お前ら準備はいいな。今日は最初から全力で行くぞ。楠、お前もスターターだ」

「……はい」

「頼むぞ、相手のエース・白瀧を抑えられるのはお前しかいない」

 

 目の前に立つ監督、石川久則(いしかわひさのり)の声に応える。

 ここまで楠が出場した試合は一試合、常盤高校戦の第四Qのみだった。

 その彼が、ついに先発出場を果たす。それだけこの試合が重要かつ厳しいものだということを意味していた。

 それをより示すように、男子バスケ部のマネージャー、肩まで掛かる茶髪の女の子――西條奈々が話し始めた。

 

「相手の大仁多高校は総合力が高く、バランスが取れている隙がないチームです。

 対して聖クスノキ(うち)はセンターのミスマッチを利用して得点する、ゴール下が強い。それはこの試合でも変わらないはず。いつも通りいきましょう!」

『おう!』

 

 西條の言うとおり、大仁多は今までのチームとは桁違い。おそらく並大抵の戦術は通用しないだろう。

 だからこそ、ここまでのように彼らが有利である点でとことん勝負する。

 その意見に同意を示すように、スターター五人が力強い返事をした。

 

「くーっ! やっと大仁多ですか。楽しみだわー、王者を相手にするなんて!」

 

 決戦を前に胸を躍らせ、明るい声を発したのは、PFの真田。

 どうやら彼にはプレッシャーというものはないようだ。活気な声がベンチに響く。

 

「まさか最後の年にここまで来れるとは思ってなかったじゃん。後は当たって砕けるだけだ。――なあ、山田!」

 

 その真田に追従するように同学年、三年の沖田が独特な口調で言った。

 最後だから悔いは残さない、残せない。ある意味良い方向に吹っ切れていた。

 

「……いや、当たって砕けちゃ駄目だと思いますけど。僕としてはあくまで勝ちたいかなー、なんて」

「あくまで物の例えじゃん! 本気で捉えるなよなー。それは皆同じ気持ちじゃん」

 

 呼びかけられた二年のPG、山田は控えめに意見を述べた。

 冗談のつもりが真面目に捉えられてしまい、沖田は苦笑しつつ、勝利への姿勢を見せた。

 その姿が嬉しく思えて、山田もつられるように笑顔になる。

 

「当たり前だ! そのためにここまで来ている。……そうだろう、ジャン」

「モチロン。王者だが何だか知らんガ、全て蹴散らしてヤル!」

 

 真田の呼びかけに、ジャンは凄まじい気迫を持って応えた。

 ここまでの試合の殆どがジャンの独壇場であった。それが大仁多相手でも通用するのか、いや必ず打ち倒す。

 今勢いに乗っている。このまま大仁多を倒すのだと、選手達は闘争心があふれ出していた。

 

「よし。――勝ってこい!」

 

 試合開始30秒前。石川監督が選手達を送り出す。

 

「……ロビン!」

「うん?」

「ちょっと……」

 

 五人がベンチに背を向けて歩き出す中、西條が楠の名前を呼び、引き止めた。

 

「どうした?」

 

 突然の呼び出しを不思議に思い、首をかしげる楠。

 

「……無理だけはしないでよ」

 

 そんな楠を見て、西條は不安げな顔で、細々と言った。

 

「大丈夫だよ。約束しただろう? 必ず優勝をプレゼントするってさ」

 

 楠は彼女の不安を脱ぎ去るよう、爽やかな笑みを浮かべた。

 それだけ言うと、四人を追いかけるようにコートに走っていく。

 

「…………」

 

 それでも、西條の不安が解けることはなかった。

 

 

――――

 

 

 センターサークルに10人の選手が集い、それぞれの思いを秘め、向かい合う。

 

「――それでは準決勝第二試合、大仁多高校対聖クスノキ高校の試合を始めます!」

 

 審判の声で挨拶をかわし、試合の開始が宣言される。

 両チームの先発(スターター)は以下の通り。

 

 大仁多高校 スターティングメンバー

 

 小林圭介(三年) PG 188cm

 山本正平(三年) SG 178cm

 黒木安治(二年) C 195cm

 白瀧要(一年) SF 179cm

 光月明(一年) PF 192cm

 

 聖クスノキ高校 スターティングメンバー

 

 真田雪志郎(さなだきよしろう)(三年) PF 182cm

 沖田真二(おきたしんじ)(三年) SF 176cm

 ジャン・ディア・ムール(Jan Dia Mour)(三年) C 204cm

 山田明弘(やまだあきひろ)(二年) PG 171cm

 (くすのき)ロビン(二年) SG 190cm

 

 チームのバランスは大仁多の方が良いだろうが、聖クスノキはジャンと楠・この二人が飛び出ている。

 センターサークルの中心へ歩いていくジャンに、沖田が声をかけた。

 

「まずは最初景気良く決めるために、ジャンパーは任せたじゃん、ジャン!」

「……沖田、お前ノその話し方、頼むから辞めロ。呼ばれたのか呼ばれてないのかわからなくなル!」

「仕方がないじゃん。こういう癖なんだから……」

「まったク。だが、まあ……任せロ!」

 

 沖田の独特な口調に苦言を漏らしつつ、ジャンは彼の期待に応えようと親指を立てた。

 

(大坪よりも大きい。これは、厳しいか……!)

 

 ジャンと向き合っている黒木は大坪よりもさらに背が高い姿を見て、冷や汗をかいた。

 二メートル越えを見たことがないわけではないが、留学生ともなるとやはり印象が違う。

 勝負の前に自身の不利を察し、厳しい顔つきになった。

 考えたことは他のメンバーも同じであり、白瀧は自分のポジションへと向かう光月に声をかけた。

 

「おい明。最初の一発は辛いかもしれない。いざという時はすぐに動けるようにしとけよ」

「……」

「うん? おい、明?」

 

 念には念をおき、光月に忠告する白瀧。しかし相手から何の反応もないことに違和感を抱き、彼の顔を覗き込む。

 

「……あ、やばい。こいつ完全に飲まれてる」

 

 そして光月の異変を感じ取った。光月は表情が強張り、固まっていた。

 ベンチでは大丈夫だったはず。しかしコートに立つことで緊張が爆発してしまったのだろう。

 特に光月の場合、今までこれほどの歓声の中で、しかも敵の声援が多い中でプレイしたことは一度も経験したことがなかった。

 それゆえに本番のこの空気に彼の精神が耐え切ることができず、こうして危機に陥っていた。

 

(コレは、まず一発決めて落ち着かせないと……)

「小林さん!」

 

 友の心境を察した白瀧は小林に右手を後ろに回し、合図を送る。

 小林も意図を理解し、大きく頷いた。隣の山本も同じく首を縦に振る。

 

(安心しろ。まずは相手の勢いを黙らせるさ!)

「――試合開始(ティップオフ)!」

 

 白瀧が意志を固めると同時に、試合が始まった。

 黒木とジャン、二人の選手が審判が放ったボールにあわせて、ボールを巡って跳ぶ。

 

(……くっそっ!)

「ヌウォラ!!」

 

 最高点に達したボールをジャンが叩く。やはり高さでは大仁多一を誇る黒木でも敵わなかった。

 

「よっし、ナイスですジャン!」

 

 弾かれたボールは山田の元へと渡る。

 そしてすぐさま攻め上げようと顔を上げ、前を見る。

 

「させねえよ!」

「なっ―ー!?」

 

 その瞬間を、狙われた。手からボールの感覚が消える。

 白瀧のスティール。低く身を屈め、そして一瞬で相手からボールを奪い去るプレイに、山田は反応できなかった。

 

「そうだ。白瀧さんの武器は何も瞬発力だけではない。

 帝光という――“キセキの世代”という環境を生き残る中で、数多くの強豪校と渡り合った中で培われた、ボールに対する嗅覚。そして執着心!」

 

 この動きこそが白瀧の武器の一つだった。藤代が満足げに頷く。

 大仁多バスケ部に入部したときに行われたミニゲームの時と同じ。

 たとえジャンプボールを敵に制せられても、白瀧はボールの行き先を瞬時に見極め、ボールマンへと襲い掛かる。相手がボールをもち、油断した隙もついて。

 

「よくやった白瀧! ホラ!」

 

 そしてそこから行われるは――大仁多お得意の、白瀧のスティールからのアウトナンバーの速攻!

 転々とするボールは山本が確保し、そしてあっという間に山田のマークを振りほどいた白瀧にボールが通った。

 

(よし! まずは先制点!)

 

 バスケット目掛け、無人のコートを白瀧が駆け上がる。それに続くように小林や山本達も続く。

 こうなればもはや誰も大仁多の攻撃を止めることはできない。

 

「ッ――!?」

 

 その、はずだった。

 突如白瀧の前に回りこむ選手が現れた。

 ――楠である。彼は白瀧の右腕からボールだけを叩き、白瀧のドリブル突破を防いだ。

 

「なっ――に!?」

「その正確性が仇となったな。ボールの行く先を教えてくれているようなものだ」

「やばっ!」

「戻れ戻れ! 先制点を簡単に渡すな!」

 

 驚愕する白瀧には目もくれずに、楠はすぐに駆け出し、叩いたボールを掴む。

 そして聖クスノキのカウンターがはじまった。

 藤代もコートから指示を飛ばすが、全員が攻めあがっていたためにそう間単に戻れない。

 楠は光月の横をあっさりと突破し、単独でゴールへと向かう。

 

「待て、この!」

 

 小林も含めて誰もがその背中に追いつけない中、白瀧が楠と並走し、戻っている。

 

「よっし! 白瀧が並んだ! これなら止められる!」

「頼みます、白瀧さん!」

 

 唯一防ぐ可能性を持つ白瀧にベンチの期待の声が高まる。 

 

(待て、並走しているだと?)

「……そんな馬鹿な」

 

 しかし藤代はそのように安直に二人の姿を捉えることはできなかった。

 

「何故だ。何故……何故白瀧さんが、ドリブルをしている相手を追い抜けない!?」

 

 並走しているということはすなわちスピードが同じということ。

 ドリブルにより、幾分かスピードが落ちているはずなのに。それでも楠と白瀧のスピードが同じなど、信じられない。

 

(いや、まだだ。それでもわずかに白瀧さんが前を走っている!)

 

 だが同時に、少しずつ白瀧の体が前に出ているように窺えた。やはり白瀧ならスピードで負けることはない。

 ついに体一個分前に出た。もはやゴールは目の前、楠は仕掛けるしかない。楠はゴール下からレイアップを狙う。

 

「させるかっ!」

 

 白瀧が跳ぶ。右手を高々と挙げ、楠のレイアップを叩きに行く。

 

「おし、高い!」

「止めろー!!」

「……無駄だ」

 

 小林が、山本が叫ぶ中。楠は冷静に口角を上げた。

 右手から左手に、空中でボールを持ち替え、白瀧の右横からボールをすくい上げ、白瀧のブロックをかいくぐる。

 

「なっ!?」

(ダブル、クラッチ……!?)

 

 白瀧は驚愕の中、背中でネットが揺れる音を耳にした。

 (大仁多)0対2(聖クスノキ)

 試合開始早々、聖クスノキ高校が先制点を決めた。

 

「上手い! さすが、常盤の柊を倒しただけはあるか楠……!」

「あの白瀧のブロックをなんなくかわした!」

 

 スピードだけではない。白瀧のブロックをものともせずにシュートを決めるあのテクニック。

 準々決勝で常盤高校を、柊を破った実力は伊達ではなかった。

 楠は背中に突き刺さる小林達の鋭い視線を軽々と受け流し……

 

「……その程度か、『神速』」

「ぐっ……!!]

 

 自分よりも背丈の低い白瀧を見下し、そう告げた。

 白瀧は無意識に右手を握り締めていた。




今吉さんマジ腹黒。
関西弁おかしかったら教えてください。

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