(……本当に、どうしよう)
聖クスノキの正PGである山田は内心穏やかではなかった。表情には出さないように努力するが、しかし心の落ち着きは中々取り戻すことはできない。
彼はこの試合、小林という全国区のプレイヤーとマッチアップしており、それだけでも彼にかかる負担は大きかった。
それなのに目の前であのような派手なプレイを目の前にして、自チームの最強ともいえる二人が一挙に敗れる姿を目にして、落ち着けるはずもななかった。
「さあ、ディフェンス! この一本しっかり守るぞ!」
小林が声をかけることにより、大仁多のディフェンスがより引き締まったように思える。彼自身もハンズアップに加え、厳しいディフェンスをしている。
シュートはおろかドリブルで仕掛けることもできない、隙がないディフェンスだ。パスをさばくのも精一杯の状況であった。
「……楠!」
時間を目一杯使い、山田は楠へとボールを回す。
この試合は楠がゲームメイクの殆どを兼任しているが、それも仕方がないことだった。
楠がボールを手にする。同時にいつでも動けるようにとトリプルスレットの体勢へと移る。
――それと同時に、楠に今まで感じたことがないほどのプレッシャーがかかった。
「お、うおおっ!?」
おもわず体がよろけてしまう。
勝負所を思わせるように、白瀧が詰めて来た。手を大きく伸ばし、積極的にボールを奪いに来る。
(なんだコイツ!? さっきまで距離を開けていたのにいきなり!)
「だが……!」
突然のプレッシャーに戸惑いを覚える楠。
しかし彼もただではやられない。体を入れ替え、横に大きくスライド。
白瀧もスライドステップで食いつくが、そこから楠はロールターンで切り返し、ハイポストへ侵入した。
「いいや、悪いけどこっから先は行き止まりだ!」
「ちっ……!」
さらに中へ入ろうとするも山本のヘルプにつかまってしまう。そこに白瀧も追いつき、挟み込まれて二対一の体勢になってしまった。
(さすがに、この二対一ではこちらが分が悪い!)
劣勢を悟った楠が一度ドライブをやめてボールの保持と味方の位置の把握に努める。
皆大仁多のマッチアップに苦戦しているが、山本のマークから外れた沖田がフリーの状況になっている状態が窺えた。
「楠! こっちじゃん!」
「……沖田先輩!」
すぐさま楠が沖田へとパスを出す。
「させねえよ!」
だがそれを山本が許してはくれなかった。
虚をつかれてパスが甘くなっていた。それを山本が見逃すわけもない。
簡単にパスカットされてしまい、再び大仁多ボールとなる。
「さあこの調子で点差を詰めるぞ!」
小林が時間をかけて外でパスを回す。
浮かれることなく全体を見て指示を出せるその姿は実に様になっていた。
(この攻撃を止めれば流れは変わらない。でも逆に大仁多が決めれば、流れが変わる可能性も出てくる)
それだけこの攻撃が重要ということだろう。山田は冷静に小林の姿を捉えながら、思考を巡らせた。
現在大仁多の得点は八点のみ。しかもそのどれもが単発であり、いまだ連続得点には成功していない状況だ。
そして今、先ほどのオフェンスで白瀧が決め、ディフェンスで山本がボールを奪った。
この攻撃の結果によっては第一Qの行方が決まりかねない。だからこそ、小林もゆっくりと確実にボールを運んでいるのだろう。
(ならばこそ、ここは止めなきゃ!)
だがそうはさせない。
再び小林にボールが戻る。山田は腰を落とし、すぐに反応できるよう神経を研ぎ澄ませた。
「小林さん!」
「ッ……!?」
中より声がかかる。
白瀧が山本のスクリーンで楠をかわし、先ほどのように中へと侵入していた。
(まさか、また……!)
状況があまりにも酷似していたために山田は先ほどのプレイを脳裏に思い浮かべた。
「中を固めろ! 白瀧を自由にさせるな!」
「おう!」
石川も同じことを考えベンチから指示を飛ばす。
これにより聖クスノキのディフェンスに大きく乱れが生じた。
「……まったく」
その一瞬の隙を小林は見逃さない。
小林のクロスオーバー。キレのあるドリブルで山田を抜き去り、そしてミドルからジャンプシュートを放つ。
「げっ!?」
聖クスノキの意識が白瀧に集まったばかりにハイポストががら空きになっていた。
誰もプレッシャーをかけることさえできず、ボールがネットを揺らす。
(大仁多)10対15(聖クスノキ)。ついに大仁多も得点を二桁に乗せた。
「一体いつから、大仁多は白瀧のチームになったんだ? 一人を止めれば大丈夫などと考えるようでは、俺達を止められないぞ」
いとも簡単にシュートを決めた小林は、山田にそう言い残してディフェンスに戻っていく。
そう簡単に第一Qは渡さないと、そう語っているようにも見えた。
白瀧を囮として小林がそのままドリブル突破、ミドルシュートを放ち得点を決めた。
そこからはお互いオフェンスが点を取り合う状態が続き、一進一退のシーソーゲームの様相を見せた。
聖クスノキはミスショットをジャンが拾い、さらに楠の速攻で一気に取り返す。
対して大仁多は小林・山本のガード陣が外から仕掛けミドルシュートを沈め、確実に二点を決めてくる。
楠のスリーも白瀧の密着マークによって格段に回数が減り、両校とも二点を取り合うようになっていた。ゴール下も大仁多が何回に一度はリバウンドを決めるなど気を抜けない展開が続く。
そして第一Qも残り時間は徐々になくなり、大仁多が最後の攻撃を仕掛ける。
「白瀧!」
トップの小林から右ウイングの白瀧へ。
やはり楠が立ち塞がる。第一Q終了間際でも気は抜かない。それを見て白瀧も口角を上げた。
「行くぞ!」
「くっ、そっ!?」
白瀧が先に仕掛ける。
ドリブルをする中、凄まじいキレを見せるクロスオーバーで突破を図る。
楠は抜かれるが体勢が完全に崩れることはなく、追いすがる。そこで白瀧はさらにボールを後ろから通す――バックチェンジで再び切り返した。
二度の切り返しには楠も対応できず、ドリブル突破を許してしまった。
「待テ、白瀧!」
白瀧がゴール下に迫り、シュートを狙った。
そうはさせまいとジャンがヘルプに入る。手を大きく広げプレッシャーをかける。
「残念、はずれ!」
「なっ!?」
だがそれは不正解であった。白瀧の動きはその実ポンプフェイクであった。
白瀧は頭の高さで腕を横に払う。ジャンの真横を通ったそのパスは松平へと渡った。
(――フェイク!?)
白瀧にはこのようなアシストもあるということを失念していた。己の失態を嘆いても遅い。
ボールを手にした松平はワンドリブルでバスケットに向き合うと、即ジャンプシュート。駆けつけた楠がブロックに跳ぶが、松平はそのブロック受けた上でシュートを放つ。
『ディフェンス! プッシング!
シュートが決まった上に、さらにバスケットカウントをもぎ取った。
「よっしゃああ!!」
「松平さん、ナイッシュ!」
「おう! ナイスアシスト!」
審判の笛を耳にすると同時に、松平が雄叫びを挙げる。
アシストを決めた白瀧とハイタッチをかわし、さらに士気を高めていった。
(……やられた! 二つのミスマッチをつかれた!)
その光景を石川は歯を食いしばりながら見ていた。
ジャンと白瀧というスピードのミスマッチ、そして楠と松平というパワーのミスマッチ。二つのミスマッチを作られてしまった。
ただでさえジャンは白瀧の独特のステップを間近で目にしていたために、余計に翻弄されてしまった。楠もさすがに幾度も強豪校のパワープレイヤーと戦ってきた松平を相手にするほど強いわけではない。
マンツーマンとはいえ、常に同じ相手をマークするわけではない。頻繁に相手は入れ替わる。こうまで分が悪い勝負となると、競り勝つことは難しいだろう。
「ワンショット!」
松平が審判よりボールを受け取る。
両校とも、ペイントエリアに並ぶ選手は光月の時と変わらない。
「……白瀧」
「はい、わかってます」
黒木から短い呼びかけがかかる。それだけで白瀧は意図を理解し、頷いた。
視線を時計へと向ける。――残り時間は十一秒。
外れたとき、このリバウンドを取れば追い打ちとなる追加点だ。最低でも二点詰めることができる。
第二Q以降に良い流れを繋げることにもなる。松平のフリースローが外れたとしても、なんとしてもこの機会をものにしたい。
必ず勝ち取る、そう二人が決意して――松平がショットを放った。それと同時に選手達が動き出す。
「グッ、ヌウウッ!」
「……ちいっ!!」
ジャンと黒木が競り合う。だがやはりパワーはジャンの方が勝る。ジャンが黒木よりも内側に入り、黒木を外へと締め出した。
(ここは、取る!)
「邪魔をするな!」
「うおおっ!?」
その一方で、白瀧は真田の腕を払いのける――スイムでポジションを奪った。
真田も負けじと奪い返そうとするが、白瀧の体を張った必死のスクリーンアウトの前に、身動きがとれない。
各々がゴール下で競う中、松平の放ったボールは、しかしリングに衝突する。さらに幸か不幸かジャンと黒木が競り合う方へと浮かんだ。
「ジャン!」
「マカセロ!」
楠の呼び声に応えるよう、ジャンが跳躍する。
ポジションはキープしたままだ。これなら問題ない、確実に取れる。
「……甘く見るな!」
もっとも、黒木もただではやられるはずがない。
力の限り跳ぶ。最高到達点はジャンには及ばない、それはわかっている。
しかし今のジャンは確実に確保しようと両手を掲げている。対して黒木は片腕だけを伸ばし、ジャンが取るよりも先にボールを指先でちょっと突いた。
「ナン、ダト!?」
ボールを確保できず――そしてリング状をクルクルと回転し、ネットを揺らした光景を目にして、ジャンの表情が強張った。
第一Q終了間際、黒木のチップインが決まる。大仁多高校はさらに二点を記録した。
「よし! ナイス黒木! フォローサンキュー!」
「さすがです、黒木さん!」
「……当然だ」
松平と白瀧の出迎えに、黒木は微笑を浮かべて応えた。
「急げ! 一気に攻めろ!」
第一Qの残り時間はわずか。石川が声を荒げ、聖クスノキは最後の攻撃を仕掛ける。
山田から沖田へ、そして楠へとボールが渡る。しかし白瀧の激しいマークのためにシュートを中々撃てない。
「ぐっ……くそ!」
「撃て、楠木! もう時間がねえ!」
体を仰け反り、ボールをキープするしかなかった。
だが真田が言うとおり時間がもうないということもわかっている。
パスを出せばそれで時間切れ。楠は体が起きている状態で無理やりシュートを放った。
……しかし彼のシュートはリングに嫌われる。
『――第一Q終了!!』
そして審判の笛が鳴り響き、第一Qは終了した。
(大仁多)20対26(聖クスノキ)。聖クスノキが六点リード。しかしまだ試合の行方は誰にもわからない。
――――
最後に黒木さんが決めたチップイン。あの効果は大きかったな。
二点を取れたおかげでこちらも二十点に乗せることができた。それも高さに勝るジャンをかわして、だ。
まだ六点ビハインドだが、流れは悪くない上に決して逆転できないような点差ではない。
俺達五人は後の展開に希望を残す形でベンチへと引き上げていった。
「皆さん、よくやってくれました。劣勢ではありますが決して試合展開は悪くありません」
ベンチに腰掛けるや否や、藤代監督が開口一番選手達を励ました。
前半こそ完全に押されていたがタイムアウト後はきちんと盛り返した。その成果は確かに大きい。
「さて、ここまで第一Qは中を中心に展開していきましたが……そろそろ聖クスノキも何かしら手を打ってくるでしょう」
「ゾーンディフェンスを仕掛けてきますかね?」
「えっ、と。ちなみにここまでの県大会の試合、聖クスノキはマンツーマンと2-3ゾーン、それとボックスワンの3パターンのディフェンスを見せています」
小林さんの問いに東雲さんがデータを見ながら答える。
「無難に考えれば2-3ゾーンですね。中央にジャンを据え、中を固めてくるでしょう」
確かにそれが妥当だろうな。そして楠がゴール下の方に入ると予測できる。
もしも聖クスノキがゾーンに変えてくれば中からの得点は厳しさを増してくる。
……藤代監督はそれをわかっていて第一Qは中から攻めるように俺達に指示したのだろう。
「ですがそうはさせません。こちらも動いていきましょう。――神崎さん!」
「へ!? は、はいっ!?」
藤代監督は突如視線を立ち尽くしている勇へと向けた。
いきなり名指しされるとは思っていなかったのか、勇は戸惑いつつも藤代監督の呼びかけに返事をした。
その様子がおかしかったのか、藤代監督はクスリと笑みを浮かべて、
「第二Q、山本さんと交代であなたに入ってもらいます。期待していますよ」
山本さんと勇の交代を提言した。
――――
「……悪くはない。悪くはないんだがな」
その一方、聖クスノキのベンチ。タイムアウトの時とは雰囲気が一転していた。
石川は厳しい表情を浮かべてベンチに座る選手達を眺めていた。
「まさか大仁多がここまで勢いづくとはな。過小評価していたわけではなかったが、やはり王者か」
第一Q前半は最大で九点差も開いていたにも関わらず、六点差にまで追い上げられてしまった。
それも大仁多の攻撃が外からならともかく、完全に封じていると思っていた中から決めているというのだから尚更だ。
そしてその流れを作ったのが――間違いなく白瀧である。
「タイムアウトの直後、白瀧の派手なプレイを見せつけてこちらの意識をやつ一人に集中させた。
そしてそこから中をかき回す白瀧を囮として、小林と山本の二人が外から中へと積極的に仕掛けてきた。ジャンを完全に攻略できない現状で、より確実性のある攻撃を選んだと言える」
「はい。たしかにここまでの得点、大仁多は小林さんと山本さん、二人のガード陣に得点が偏っていますね」
あの一回の攻撃で楠とジャン、両選手が同時に突破されたことも大きい。
おかげでゴール下に走りこむ白瀧がよけいに脅威に映った。そしてそれが原因で大仁多を勢いづかせることとなった。
また西條の言うとおり、ガード陣が占める得点が大きい。小林六得点、山本六得点、白瀧四得点、松平二得点、黒木二得点、
松平・黒木の二人も奮起しているためにジャンの負担も大きい。得点こそリードしているものの、不利な状況が続いているのだ。
「オフェンスも辛いですよ。正直小林さんを相手にしてボール運びだって容易じゃないです」
「うむ。やつは栃木最強のPGと言っても過言ではないからな。わかってはいたが、ここからは沖田も加わり三人でボールを回していこう」
「了解じゃん!」
息を整えながら山田が苦しそうに言う。彼の負担がこの試合でもっとも大きいかもしれない。全国区のプレイヤーとマッチアップしているのだから当然だ。
石川もそれを理解し、沖田に指示を出すと改めて今後の対策へと話を移す。
「オフェンスは方針は変わらない。楠も突破できない時はジャンへと回してくれ。それが一番可能性が高い」
「……わかりました」
「うん。ディフェンスはマンツーマンからゾーンに変更。中を固めていこう。2-3ゾーンだ」
オフェンスは楠にもシュートに対して積極的に行動するよう呼びかける。楠も静かに頷いた。
対してディフェンスはここまでのマンツーマンから2-3ゾーンディフェンスへと移行。
「ゴール下にはジャン」
「オウ!」
「その左右に真田と楠を」
「イエッサー!」
「……はい」
「前列に山田と沖田の二人をおく」
「わかりました」
「バッチリじゃん!」
石川は一人一人に視線を送り、彼らと確認の合図を取った。
「大仁多のインサイドは決して油断できん。特に小林と白瀧が中に切り込んだら要注意だ。
ペイントエリアを徹底的に固めて相手のミスを誘え。以上だ!」
最後に選手全員を鼓舞するように声を発し、ミーティングを終える。
今の大仁多に対して打つ手はこれしかないとそう信じて。
――――
「……どちらが先に切欠を作るか、それによって試合が動くだろうな」
「切欠ですか?」
『果たしてどちらが勝つでしょうか?』という黒子の問いに、緑間は冷静に両チームの戦力を分析して答えた。
「ああ。現状は両校ともどちらが有利と断言はできないのだよ。それゆえにこの均衡を破る手を打った方に流れが行くだろう」
観客席から見ていると、両校とも歴然とした差があるようには見えなかったのだ。
だからこそこの状況を打ち破った方が有利になれるだろうと緑間は語る。
「……白瀧じゃ、無理なのかよ?」
ならばその切欠を作るのは白瀧ではできないのだろうかと疑問に感じた火神が緑間に問いかける。
緑間も不可能とは思っていないのだろう。少し困ったような顔を浮かべ、口元に手を当ててしばし考えると、やがて口を開いた。
「無理というわけではない。しかしどうやらやつはこの試合、囮となることに専念しているようだからな」
「たしかに大仁多は白瀧君へのパスは少ないように見えますね」
「少ない、というよりもここ一番という時にだけパスをさばいていると俺には思えるのだよ」
タイムアウト後、白瀧は聖クスノキのマークを外し、中を撹乱する一方でシュートの回数は減っていた。
これは大仁多が白瀧を囮として他の四人で攻めるという方針だろう。さらにここぞというところで印象を残すかのように白瀧はオフェンスに関与するために聖クスノキは白瀧をフリーにするわけにもいかなかった。タイムアウト後の最初の攻撃、そして第一Q最後の攻撃がまさにその良い例である。
「聖クスノキのディフェンスを翻弄し、味方のチャンスメイクに務める。アシストとして記録されることはないが、やつが一番オフェンスに貢献しているのだよ」
ただでさえ楠を相手にしていて辛い状況である。だからこそ白瀧はチームを活かすことに専念した。
(……だがそれゆえに、白瀧一人では流れを変えられないのだよ)
そしてその事実は白瀧のマークが厳しくなっているという事実にも繋がる。
緑間は今の現状下では白瀧だけでは流れを変えることはできないだろうと察していた。
(何よりもこれ以上は中の負担が大きすぎる。何か手を打たねば、大仁多のオフェンスも掴まる。それこそ第一Q前半のようになってしまうのだよ)
あと一枚でいい。何かこの状況を変えるカードが大仁多には欲しかった。
――――
『これより、第二Qをはじめます!』
二分のインターバルが終了。選手達はチームメイト達に送り出され、コートに戻った。
石川も選手達を見回し、そして相手の動きを見ようとして、そして異変に気づいた。
「……うん?
スターターであったはずの山本がベンチに下がっていたのである。
そして山本が下がる代わりに13番のユニフォームを纏った選手がコートに入っていた。
「西條、大仁多の13番についての情報はあるか?」
「はい。少し待ってください」
副主将であり、この試合でも活躍していた山本を下げるほどの価値が13番にはあるのだろうか。
疑問に感じた石川はすぐに西條へと調べるように促す。西條も気になっていたのかすでに情報を纏めていたため、返事はすぐに返ってきた。
「――13番、神崎勇。控えのガードの選手です。まだ一年生で今大会でスターターに抜擢されたことはないようです」
「一年、か。ちなみに個人としての成績は?」
「二回戦の対沼南高校戦、ならびに三回戦の対若松高校戦では途中出場し、3アシストとツーポイントショット2本を記録しています」
「……ふむ。ドライブ重視の
事前のデータでも神崎の情報は殆どなかった。目立つ活躍は見られなかった。
小林もぺネトレイトで自ら切り込む性質のため、よりパスを主体にゲームを組み立てるのだろうと石川は予測した。
疑問が完全に解けないまま、第二Qが始まった。
大仁多ボールから再開。スローワーは交代したばかりの神崎。落ち着いて小林へとボールを回す。
「ようし! まずは一本、決めていこう!」
小林は立ち上がりはゆっくりとボールを運んだ。
聖クスノキは予定通り2-3ゾーンを展開。インサイドをより固めた。
対して大仁多は小林トップのワンガードから小林と神崎のツーガードへと移行。
(……やはり、パスを重視してきたのか)
「山田、沖田! 大仁多のパスワークに注意しろ!」
それを見て石川は前列二人に警告を促す。
まだ神崎のプレイを見ていない為に様子見でもいいのだが、まず最初の攻撃は止めて流れを掴みたいところだ。
山田と沖田はそれぞれのゾーンから相手の出方を窺う。すると小林から神崎へとパスがさばかれた。
(さて、お前はどうくるじゃん?)
じっくりと神崎の動きを見る沖田。
それを知ってか知らずか、神崎はボールを手にすると同時に地を蹴り、ジャンプシュートを放った。
「なにっ!?」
(ちょっおまっ……そこはスリーポイントラインよりももっと手前じゃん!? そんなとこから撃つか普通!?)
交代直後にいきなり遠くから撃たれ、沖田は反応することさえできなかった。
いや沖田だけではない。選手達が皆突然のシュートに驚いている。
「……ほう」
そんな中、緑間はただ一人感嘆の声をあげた。
「なるほど。人事を尽くした良いシュートなのだよ」
天才に称賛の言葉さえ送られたそのシュートは安定したループを描き――リングを射抜く。
(大仁多)23対26(聖クスノキ)。大仁多高校、この試合始めての三点。神崎が交代直後に早々のロングスリーを決めた。
「なっ……!?」
「スリーポイントシューターとは。今まで隠していたのか……」
ここまでは白瀧が楠の徹底マークを受けていた上にリバウンドもジャンが殆ど確保していたため、山本もスリーを中々撃つことができなかった。
県大会の試合でも神崎がスリーを撃っていなかったことに加え、大仁多はSGの層が薄いという事実もあったために、なおさら警戒が薄れていたとも言える。
そのスリーポイントシュートが、ようやく大仁多から放たれた。
(……思わぬところに伏兵がいたか)
「よっしゃっ! まず一本!」
「ナイッシュ!」
「おう!」
忌々しく石川が思う中、神崎はその視線を向けられている中でガッツポーズし、白瀧と手をかわしている。
(ここまで監督のスリー制限命令もあって全然目立ててなかったからな。今日は俺もトコトン決めてやる!)
「さあ来い、聖クスノキ!」
準決勝まででフラストレーションが溜まっていたのか、神崎も燃えていた。
大きな声を出して堂々と相手を待ち構える。やはり彼も全国を知る実力者、緊張の色はない。
攻守が入れ替わり、聖クスノキの反撃。
大仁多のディフェンスは変わらず、相変わらず厳しいマークが続く。
「このっ、しつこい……!」
ボールを持つ楠には、やはり厳しかった。白瀧の徹底したチェックの前にして、下手な身動きは自殺行為に等しい。
体力も精神力もすり減らされるほどのプレッシャーがかかっていた。
そんな中、楠はすぐ近くに走ってくる真田の姿を目にし、ドライブで仕掛ける。
白瀧もやはり反応するが、真田のスクリーンにより一時的に距離が開く。松平がヘルプに入るが……
「……沖田先輩!」
楠はその前にジャンプし、空中からボールを逆サイドの沖田へと送る。
マッチアップを見た際、沖田と神崎の身長差がほとんどないことに気づいたのだ。
パスはきちんと沖田へと通り、沖田はすぐさまミドルシュートを放つ。
だが神崎のプレッシャーのためかボールはリングに弾かれた。
「――ジャン!」
「後ハ、任せロ!」
そのボールをジャンが押し込む。黒木も跳躍するが、高さが及ばず得点を許してしまった。
(大仁多)23対28(聖クスノキ)。聖クスノキも負けじと得点を決める。やはりリバウンドを取れるか否かは大きかった。
「――っ。走れ、白瀧!」
「はいっ!」
「なっ――!?」
ボールを取った小林が突如叫ぶ。そしてその命令に答え、白瀧が走り出した。
小林のロングスロー。聖クスノキが得点後で油断した隙を突き、白瀧の速攻を企てた。
味方も反応できなかったが、ワンマン速攻が決まれば十分。
白瀧がトップで走り、ボールの確保を狙った。
「そうは、させない!」
だがそのボールは楠によってカットされる。
白瀧にやや遅れて追いかけていた楠はその長身を利用し、指でボールを弾いた。
「げっ!?」
「止めた!?」
『アウトオブバウンズ、
ボールはサイドラインを割り、速攻の失敗を意味する審判の笛が鳴る。
やはりスピードならば楠は白瀧にも匹敵する。しかも
「ハッ、ハッ……侮るなよ、白瀧。俺はお前達には負けない!」
乱れた息を整えつつ、楠は鋭い視線を白瀧へと向ける。
凄まじい闘争心が垣間見えた瞬間だった。彼にも負けられない理由があると窺えた。
「……やはり、そう簡単には勝たせてくれないか」
一つため息を零して試合が再開される。
小林が神崎よりボールを受け取り、ボールを運ぶ。
やはりゾーンディフェンスにより中が厳重に守られている中、
「だが、俺達とて負けるわけにもいかない!」
小林のぺネトレイト。前列二人の間を潜り抜け、中へと侵入する。
「ぐっ!?」
「行かせるカ!」
中央のジャンが飛び出す。さらに前列二人も反応し、小林を囲んだ。
マークが厳しくなる中、小林は空中で体を回転させて外の神崎へとパスをさばく。
「神崎!」
「ナイスパス!」
「まさか、また……!」
先ほどのスリーを思い出し、沖田が真っ先に動き出した。
膝を曲げ、大きく手を動かす神崎。シュートはさせまいと沖田が走りながら跳躍する。
「……もーらい!」
「ッ!?」
しかしそれはポンプフェイクにすぎなかった。
神崎はフェイクで沖田をかわすとドライブでミドルに侵入。そして急停止からジャンプシュートを狙った。
「させるかっ!」
陣形が崩れ、ミドルの意識が甘くなる中、楠が駆けつけた。
ブロックショットを狙って跳ぶ。
高さならば楠の方が上。ただのジャンプシュートならば止められないはずがなかった。
しかし――
「えっ……?」
楠の手は空中で空を切り、ボールは楠の上を越えてリングを潜る。
「残念、でした!」
神崎の体はジャンプの際に後ろへと仰け反っており、楠との距離が開いていたのだ。それもシュートが山形だったために、余計にブロックは困難だった。
――フェイダウェイシュート。神崎が得意としているシュートである。彼はスリーだけの選手ではない。
(大仁多)25対28(聖クスノキ)。神崎の連続シュートが決まり、再び点差は三となる。
「楠先輩、でしたっけ? 俺の友達のこと甘く見ているのかどうか知りませんけど」
「む?」
神崎は得点を決め、危なげなく着地をすると目の前に立つ楠へと話しかける。
そして相手が話しかけられたことに気づき、神崎の方を振り向くと同時に口角を上げた。
「要は今のシュートを、初見で止めてましたよ?」
「なっ――!?」
「いやー、ホントよくあんなに上から目線で言えたもんですよね。相手のことも知らない未熟者が」
「……ッ!」
調子に乗ったのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべる神崎。言いたいことだけを言い残し、神崎は相手の返答も聞かずに立ち去っていく。
楠は皮肉を言われて羞恥心が募ったのか、歯軋りして悔しがった。握り締めた拳が彼の怒りを示しているようだ。
(……やるな、
(まあ、本来楠とのマッチアップは神崎ではないのだがな……)
一連の様子を見ていた松平と小林は冷や汗をかきながら、『今年の一年生はやはり頼もしい選手が多く入ったものだ』と思った。
だがいずれにしても――神崎という外のカードが一枚出現したことにより、聖クスノキの2-3ゾーンディフェンスは早くも綻びが生じたと考えて相違ないだろう。