黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

40 / 119
第三十九話 似た者同士

「……いよいよ、だな」

 

 決勝戦開始まで残された時間はわずか。

 盟和高校の控え室も選手達が集中力を研ぎ澄ましているためか、沈黙が広がっている。

 そのため細谷の呟きは部屋中の選手に聞こえた。ここまで長かったと思えるし、ついに目標までたどり着けたとも思える。

 

「ああ。もうすぐだ」

 

 もうすぐ試合が始まる。因縁を果たす機会がようやく訪れる。

 盟和を率いる主将である勇作もその事実に胸を躍らせて――

 

「もうすぐ、茜に会える!」

「ごめん。お前に言った俺が悪かった」

「この試合さえ終われば茜も大仁多の呪縛から解放される!

 大仁多()に囚われた妹を助けるため決戦に向かう兄! これは勝ったな!」

「……あー、そうだな。うん」

 

 ――踊らせてはいなかった。が、別のベクトルで燃えている。

 しかし実際のところ妹は自分の意志で大仁多に進学した模様。

 うるさいと感じるほど士気を高めている勇作を細谷はため息を一つ吐き、適当にあしらった。

 

「センパーイ、マジキモいです。頼みますから静かに寝ててもらえませんか? 未来永劫」

「さりげなくお前も酷いこと言うな、古谷」

「事実を言っただけでーす」

「妹の価値がわからんとは。これだからゆとり世代は!」

「そう言っているお前もゆとり世代だろうが」

 

 勇作を冷たい視線で射抜くのは、二年のSF、古谷。敬語こそ使うものの、勇作への敬意が一切感じられない。

 共感を得られなかった為に古谷に突っ掛かる勇作。さすがの細谷もツッコミが間に合わないと焦りを感じ出した。

 

「はあ……」

「だ、大丈夫ですか細谷先輩?」

「ああ大丈夫だ。金澤、ありがとう」

 

 試合前に疲労感を漂わせる細谷を見て、一年SGの金澤が声をかける。

 後輩に心配されるとは情けないと思いつつ『大丈夫だ』と気丈に返した。

 

「勇作のバカっぷりは前からわかっていたことだ。それでも試合中は頼れる存在だからな」

 

 今でこそこのようなふざけた態度(あるいは本質)ではあるが、それでも試合中は最も頼れるという点はわかりきっていること。

 だからこそ細谷も呆れ、文句は言いつつも勇作を見放すような真似はしない。

 最も付き合いが短い金澤にとってはやはり許容しがたい面があったようで、なおも勇作に厳しい言葉をぶつける。

 

「でもさすがにここまで妹想いだと異常ですよね」

「それを言ったらお終いだよ。まあ性格は人それぞれだから何とも言えない……」

「やっぱり常識的に考えて姉妹なら姉でしょうに。清楚で凛としていて頼りになる存在に惹かれるものだろうに」

「……本当に何とも言えなくなってしまった」

 

 どうやら許容しがたい面は内容の詳細にもあったようだ。

 勇作のシスコン(妹)に続き、金澤のシスコン(姉)という見つけたくもなかった意外すぎる発見に、ついに細谷の脳が理解することを放棄した。 

 

「お子様が何を言うか! R18が読めるようになってから出直してこい。抱きしめたくなるような可愛らしく、そして守りたくなるような保護欲を駆りたたせるような一面を持つ妹こそ最強だろうが……!」

「変態がほざかないで下さい。姉だって可愛いです! しかも天然な一面もあってギャップが感じられる上に気立てがよくて美人なんです! はい論破した!」

「それは違うぞ! それを言うなら将来的に、かつ長期的に考えても妹の方が良いだろう! はい論破した!」

「……」

「……」

『あぁん!!?? やんのかこらぁっ!!??』

「いいぞーやれやれー」

「駄目だこのチーム。早くどうにかしないと」

 

 もはや手遅れな気がするが。それでも細谷はまだ間に合うだろうと信じている。

 つまらぬ論争から争いになる勇作と金澤。それを煽る古谷。

 いつかは悪化した状況も直るだろう。でも今は無理だと戦略的撤退を決めた細谷はレギュラーの中で唯一集中力を高め続ける仲間の下へと向かう。

 

「神戸。もうお前しかいない。頼む、あいつらをどうにかしてくれ」

「う~ん?」

 

 三人を指差して細谷は嘆願する。相手は同じ三年生C、神戸だった。

 

「別に良いんじゃないかな? 三人とも試合前にコミュニケーションを取れているようだし」

「お前にはあれがコミュニケーションに見えるのか?」

「うん。勇作も上下関係を強制するような人間じゃないし、大事な決勝戦を前に皆が緊張しないようにとわざとやっているんだろう」

「……ごめん。俺が悪かった。俺の心が汚いんだな」

「そんなことないさ。皆がまとまっているのは、副主将の細谷が支えてくれているおかげだろう?」

「……本当に、ありがとう」

 

 人が良すぎる性格の彼は勇作の性格さえも前向きに捉えていた。

 盟和の数少ない良心である神戸に、細谷の心は満たされた感覚を覚えた。

 

「よーし、お前ら準備はできているか!? ……って、何をやってんだよオイ。しっかりしろ。もう時間だぞ!」

 

 控え室に監督の岡田が入ってくる。

 しかし言い争う勇作と金澤。それを観察する古谷。その近くで神戸に励まされている細谷という光景に、岡田は現状を理解できなかった。

 それでもすぐに頭を切り替え、一喝。選手達の気をもう一度引き締めさせた。

 

「……オッス」

「わかってます」

「リョ」

「はい!」

「準備万全」

「それでいい。いよいよ決勝戦だ。プランに変更はない。……今さら『できません』なんて弱音は許さんぞ?」

『おう!』

 

 試合の時と同様の顔で、選手達は控え室を出て行った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 会場内には観客が続々と詰め掛けていた。昨日よりもさらに多く、とても高校生の県大会のものとは思えないほどであった。

 大仁多高校の応援席には恒例なっている『百折不撓』の横断幕が掲げられており、大仁多高校の勢力の強さを示している。

 そしてその光景を見ながら立ち尽くしている一人の男の姿があった。彼はただ一人静かに旗を見つめている。

 

「おーい、真ちゃん。何やってんだよ。さっさと席につこうぜ」

「……ああ。わかっているのだよ」

 

 連れの同級生である高尾に引き連れられ、彼――緑間は席へと歩いている。

 緑間は昨日に続き今日も栃木に出向き大仁多の、強いては白瀧の試合を観戦しに来ていた。

 

「ボーっとしちまうなんてらしくねえな。夏が終わって緩んでるんじゃねーの?」

「黙るのだよ。そんなわけがないだろう。ただ、少しだけ大仁多のことが気になっただけだ」

「気になった?」

「……ああ」

 

 茶化そうとする高尾だが、どこか寂しげな緑間の表情を見て、それ以上問いただすことはやめた。

 自信家な緑間にしては珍しい素振りを今まで見たことがなかったからだ。

 

(もしも俺達の道が重なっていたならば。もしも高校も同じだったならば。果たして俺達の関係は、どのようなものだったのだろうな)

 

 今さらありえないことだとわかっていても、考えが浮かび上がってしまった。

 誠凛との決戦後、今度こそ白瀧の考えと真っ向から向き合いたいと思い至り、そして考えずにはいられなかった疑問。

 ――今も白瀧と同じベンチで共に戦えたならばどうなっていたのだろうかと。

 

(女々しいな。高尾ではあるまいが、本当に緩んでしまったのかもしれん)

 

 自分らしくないと一笑に付すことは簡単だが。緑間はそれを受け入れた。

 

「――さて、栃木の代表決定戦。大仁多高校はどうなりますかね?」

 

 椅子に腰掛けて無人のコートを見る二人。

 高尾は試合が待ちきれないのか、試合予想について口を開く。

 すると二人を連れてきた大坪が問いに答えた。

 

「前評判では大仁多有利との話だった。実力から考えてもそうだろう。だが、秀徳(うち)のようなケースもあるからな。何よりも盟和はリベンジに燃えている」

「疲労度も大仁多の方が大きいかもしれません。昨日の準決勝はダブルスコアの大勝だったとはいえ、非常に内容の濃い試合でした」

「あー、そういえば真ちゃんは昨日も見に来てたんだって? 誘ってくれても良かったのによー」

「……ふん。たまたまそういう気分になっただけなのだよ」

「どういう気分になったら東京から栃木まで行くんだよ……」

 

 変わらぬ緑間のつれない態度で高尾は呆れて笑みを引きつらせた。

 誠凛との戦いの後、少しは変わるかと思われた緑間だがこういう点はまったく変わらなかったのである。

 

「まあ理由はともあれ。準決勝で大仁多が大きな動きを見せたとの話だから、緑間が見てくれたのは秀徳にとってはプラスだな。

 俺は決勝戦から試合を見ようとと考えていたところだし。そういう点ではよくやったと言っておこう」

「褒められる理由がありません。俺はあくまで自分が見たかったから見に来ただけのことです」

「……変なところで意地はんなよ」

 

 わかりきっていた反応とはいえ、大坪も高尾に同意するように『まったくだ』と言って視線を戻した。

 ――大坪は元々今日の決勝戦を見に来る予定だった。大仁多と秀徳は、小林と大坪はライバル関係だ。先の東京都・予選リーグ決勝戦でも二人は会っている。

 予選で散ってしまったとはいえ、二人の関係は変わらない。それにまだ冬がある。先の為にも今日は何としても見に行こうと決めていたのだ。

 そう考えていたところ、高尾から『緑間が栃木の準決勝見に行ったそうっすよ。明日も行くそうです』との報告を受け、二人を連れて会場入りした。

 

(こいつらにももう一度、大仁多を見せるべきだった。だからこそ都合がよかった)

 

 練習試合で戦ったとは言えども二人はまだ一度しか大仁多のバスケを見ていない。

 早いうちに栃木の実力者の力を見せておきたかった。その機会が丁度よく訪れたのだから、主将にとって幸いだった。

 

「冬にもう一度戦う機会が、リベンジする機会があるかもしれん。よく見ておけよ」

「了解っす」

「……わかっています」

 

 主将の呼びかけに、ルーキー二人は了承した。

 そして彼らの頷きからしばらくして――ついにコートと廊下を遮っていた扉が開かれる。大仁多高校と盟和高校。両校の選手が入場した。

 

 

――――

 

 コートに選手達が入場。その瞬間、会場が一気に沸き立った。

 

「おおおお! 来た――!」

「ついに最後まで勝ち残った二校が激突!」

「もはや全国常連と呼ばれ、7年連続IH出場を果たした大仁多高校! 8連覇でIH出場を決めるか!」

「年々王者に追いすがり、2年連続で準優勝まで勝ち進んだ盟和高校! 3度目にして悲願のIH初出場か!」

 

 待ちに待った決戦。開始の時が近いとなれば観客の勢いも盛んになる。

 

「……凄い。こんなに声援が送られるのか」

「注目の決戦だしな。敗れた高校の面子もあるだろうぜ」

「いいじゃねえか。これでこそ、舞台が整ってこそ最終決戦だ」

 

 ニヤリと口角を上げる山本。さすがに三度目となる三年生達には変化は見られない。

 今までと変わらずウォーミングアップをする先輩達の姿は、神崎や本田達一年生には頼もしく見えた。

 

「だが、たしかに観客は多いな。おそらく去年よりも多いだろう」

「調べたところ、ほとんど全ての大会で観客数は増えているみたいよ」

「……おそらく、“キセキの世代”の影響でしょうね。あいつらの世代の選手が高校に入ったから、世間の興味も湧いたんでしょう」

(だからそういうのどうやって調べるのだろう?)

 

 白瀧が少し複雑な表情を浮かべて言うが、まさにその通りだろう。

 例年よりも多い観客。それだけキセキの世代が有名だというころだ。小林と東雲も同じ考えに至り、頷いた。

 もっとも、話を聞いていた光月は変わらぬ情報網の広さに驚いているが。

 

「で、栃木に関しては連覇を狙う大仁多と初出場を狙う盟和。物語性は十分ですよね」

「ちなみに盟和ってインサイドが強いと聞きましたけど、チームとしてはどうなんですか?」

「勇作と細谷を中心にまとまった良いチームだ。特に今年は士気が高い。見てみろ」

 

 佐々木は反対のコートを指差し、盟和をちらりと見る。つられて西村と光月も盟和の選手達を見た。

 

「お兄さん、妹さんを僕にください」

「ふざけんな! 俺のだ!」

「お前のでもねえよ! いやお前の妹ではあるんだけど! お前が言うと何故か意味が違うように聞こえるんだよ!」

「……神戸先輩。どう思いますか、妹という今はどうでもいいことで揉めている面子のこと」

「それだけ大切だってことだろう」

 

 古谷が橙乃の姿を見た後。掌を返して勇作に媚び、勇作はそれを拒絶。

 細谷が暴走する勇作にツッコミを入れる。

 そんな三人を見て興味がない金澤は神戸に話を持ちかける。神戸はニコニコと笑みを浮かべて三人を温かく見守っている。

 

「……試合が始まる前からすでに内部分裂しているように見えるのですが」

「まあ、あれだ。喧嘩をするほど仲が良いと言うだろう?」

「フォローしきれてないです松平さん」

 

 果たして本当にこれでいいのだろうかと、誰もがそう思った。

 

「なんなら私が『私は白瀧君のものです』とか言ってこようか?」

「やめて! 逆に敵が一致団結するから! 全ての怒りが俺に向けられるから!」

 

 平然とした表情でとんでもない発言が飛び交う。

 敵を混乱させる為とはいえ『何でそんな大嘘を表情を変える事無く言えるのだろうか』と、白瀧は初めて橙乃のことを恐ろしく思った。

 

(だけど試合前に敵さんが荒れてくれるなら丁度良い。ただでさえこっちはベストメンバーじゃないんだ。このまま喧嘩してくれれば……)

 

 敵を視野に入れつつ、中澤はこのまま盟和が崩れることを祈る。試合開始までこの空気が続いてくれればと。

 

「ちっ。ここで言っていても仕方がない。何しろまだ茜が向こうにいるからな」

「そっすね。このままではなんの意味もない。だから」

(……ん?)

 

 しかし徐々に流れが変わっていくことが感じられた。

 まるでタイミングを合わせたかのように勇作と古谷は大仁多の選手達を見て、言った。

 

『……先に大仁多を倒してからだ!!』

「よし、それでいい!」

「やっとですか……」

「ほらね。ちゃんと仲直りしただろう?」

 

 大仁多への宣戦布告を。他の三人も安堵して表情を和らげた。

 

「……結局こうなってしまいますよね」

「構わない。こちらも全力で戦うのみだ!」

 

 やはり避けることはできない全面戦争。

 小林の言葉に押され、大仁多の選手達も闘志を滾らせて盟和の選手達を迎え撃った。

 

 

――――

 

「2分前!!」

 

 試合前練習を行う中、コート内にブザーが鳴り響く。

 ――そしてついに、決戦開始の時が訪れた。

 

「頼みますよ。コート内での細かい指揮は小林さんに一任します。――さあ、行ってきなさい!」

「はい! ……行くぞお前ら。戦う覚悟は十分か!?」

『おう!』

「よし! ――大仁多! ファイッ!」

『オー!!』

 

 大仁多高校は藤代の指示が終わると小林を中心に円陣を組み、掛け声と共に駆け出していく。

 

「もういいな。今さら俺から言うことはない。あとはお前達に託す」

「よっし! じゃあ、勝ちを取りに行くぞ!」

『おう!』

「盟和! ファイ!」

『オー!』

「ファイ!」

『オー!』

「ファイ!!」

『オー!!』

 

 盟和高校も岡田に送り出されると、五人が円陣を組み、中央で手を合わせ、そしてコートに躍り出る。

 

「それでは決勝戦、大仁多高校対盟和高校の試合を――始めます!」

『よろしくお願いします!』

 

 こうして、運命の決戦の開幕が宣言された。

 

 

 大仁多高校 スターティングメンバー

 

 #4小林圭介(三年) GF 188cm

 #6山本正平(三年) SG 178cm

 #8松平猛(三年) PF 187cm

 #5黒木安治(二年) C 195cm

 #10中澤秀樹(二年) PG 175cm

 

 盟和高校 スターティングメンバー

 

 #4橙乃勇作(とうのゆうさく)(三年) PF 189cm

 #5細谷武士(ほそやたけし)(三年) PG 179cm

 #6古谷周平(ふるやしゅうへい)(二年) SF 188cm

 #10金澤良平(かなざわりょうへい)(一年) SG 176cm

 #7神戸直也(こうべなおや)(三年) C  191cm

 

 両校のスターティングメンバーがセンターラインを挟み、向かい合う。

 だが並んだ十人の姿を見て、コートを眺めていた大坪が違和感を覚えた。

 

「む?」

「大仁多、ベストメンバーじゃないっすね? 9番(光月)だけじゃなく、7番(白瀧)までベンチスタートっすよ?」

「無理もないだろう。先も言ったが、大仁多は準決勝で疲労が大きかった。その中でも顕著だったのがその二人なのだよ。おそらくは休ませる為だろう」

「そして控えの二年生PGの起用か。これは、4番(勇作)に小林を当てようという作戦か?」

 

 以前彼らと戦った時とは違ったスターター。面子の違いは緑間の言うとおりだろう。

 しかしPGに控えの選手が入ったということは、それはつまり小林をFとして機能させること、勇作とのマッチアップを考えてのことだろうと大坪は察した。

 お互い主将であり、昨年は共にベスト5を獲得した。その二人が今決勝戦で、因縁に終止符を打とうとしている。

 

「白瀧。まさかお前がベンチスタートとはな」

 

 勇作は大仁多のベンチに腰掛ける白瀧に声をかけた。白瀧も顔を挙げ、真っ向から向き合う。

 

「お久しぶりです勇作さん。俺も本当はコートで挨拶したかったんですけどね」

「あれか!? ベンチで茜といちゃつくためか!? それを俺に見せるためにベンチか!? このムッツリが!」

「……そんなこと欠片も思っていないし、ムッツリでもないです」

「どういう意味だそれは。茜が可愛くないとでも言うのか!?」

「面倒だな本当」

「とりあえず戻ってくれないお兄ちゃん?」

 

 橙乃も諌めようとするが勢いは収まらない。

 とんだ言いがかりをつける勇作を白瀧があしらっていると、救いの手は勇作の後方より現れた。

 

「いつまで呆けているつもりだ勇作」

「……小林」

「お前の相手は俺だ。戯言は勝負の後にしろ」

「いいだろう。お前ともケリをつけたいと思っていたところだ。今ここで倒す!」

「やれるものならばやってみろ。俺も大仁多もお前が考えているほど簡単に敗れはしない!」

 

 激しい火花が散る。選手として主将として。二人は負けられない共通の理由がある。

 だからこそ『目の前の相手には絶対に勝つのだ』と強く意気込んだ。

 こうして両校の選手が早くも激突する中、黒木と神戸の二人がセンターサークルに立った。

 

「今年からは君なんだね。よろしく頼むよ」

「仲良くするつもりはない。そんな甘い関係を築くつもりは、な」

「……始めます!」

 

 審判がボールを構える。

 

(俺のマッチアップは、こいつか。小林じゃなくてよかった)

(小林さんに託されたんだ。今日は俺がチームを引っ張る!)

 

(同じ一年の13番(神崎)ならよかったのに! この人速いから嫌い!)

(一年が相手か。これは負けらんねーな。今日はフルで活躍するくらいの意気込みじゃねーと)

 

(まーた暑苦しそうな人が相手だよ。マジ勘弁してください。俺のライフは0です)

(こいつ、さっき勇作と言い争ってたやつか。去年はいなかったけど……)

 

 選手達がマッチアップする選手と探り合う。

 そして、審判がボールを真上へとトスした。

 

試合開始(ティップオフ)!!』

 

 決勝戦が始まった。

 黒木が、神戸が跳ぶ。

 

「ぬぉああああああああ!!」

 

 普段の彼にはとても似つかない叫びが、黒木の口から発せられる。

 黒木の最高到達点は神戸よりも高かった。はるか高みでボールを叩く。

 

「よし! 黒木さん、ナイス!」

「……ああ」

 

 ボールは中澤の手に渡った。細谷の腕をかわし、ボールを確実に手にする。

 

「……ほう。5番(黒木)、俺達が前戦った時よりも迫力が増したな」

「準決勝、あの人は常に留学生を相手にしていましたから。格上の選手と相対して、凄みが増したのかもしれません」

 

 大坪は率直に黒木を称賛した。同じポジションの人間として感じる点があったようだ。

 彼も秀徳戦や準決勝で奮闘していた選手。伊達に激戦を戦い抜いたわけではない。

 

「あっちゃー。すごいな、彼」

「仕方がないか。まずはディフェンス! 一本守るぞ!」

 

 ジャンプボールの勝負に敗北した神戸も、悔しそうな素振りは見せずに黒木を褒めた。

 盟和高校の選手達はマンツーマンで各選手達につく。

 中澤には細谷が、山本には金澤が、松平には古谷が、黒木には神戸が。

 

「随分と主将らしくなったな、勇作」

「当たり前だろう。まあ、それだけだと思わないでほしいけどな!」

 

 そして小林には勇作がついた。

 味方にしっかりと声を出し、主将として動いていることを小林が触れると、勇作も笑みを浮かべて答えた。

 

(……さて、最初の一本はどうしようかな)

 

 ヒートアップする戦況の中、ボールを保持している中澤は落ち着いていた。

 勢いに流されることなく静かにコートの中を見渡す。選手達の位置や動きといった情報を。

 

「やはり、中澤さんをスターター起用して正解でしたね」

 

 時間を使ってゆっくりと攻める中澤。彼のゲームの組み立てを見て、藤代は満足げに頷く。

 

「彼の得意分野はディレイドオフェンス(遅攻)。普段とは違うメンバーで戦う都合上、少しでも調子を上げるためには確実にゆっくりと試合を組み立てたほうがいい。

 まして今回の相手は士気が盛んな盟和高校。白瀧さんが前半戦は出れない今、少しでもロースコアゲームに持ち込みたい。丁度この試合と彼のスタイルがマッチしてくれた」

 

 限られた条件の中、この五人が現状で最良のメンバーだった。

 控えとはいっても大仁多で控えに選ばれる精鋭達。並大抵の実力ではない。他の高校ならばスターターを張れる実力者である。

 

『中澤、ゲームメイクは任せるぞ。お前に全てを託す』

(小林さんに託されたんだ。必ず成功させる!)

 

 その自信と、仲間の信頼が中澤の心を落ち着かせた。

 コート中央、スリーポイントラインよりもやや外側。まさにトップに立っている。

 細谷のマークも隙がない。しかし常日頃練習で経験している小林のマークと比べると、数段劣るものだった。そう考えると思考がクリアになる。

 

(こいつ、いつ攻めてくる……?)

 

 一向に動きを見せない相手に、細谷の焦りが募った。

 ボールを持ってはや10秒が経過。だがまだ動かない――。

 

「ふっ!」

「なっ――」

 

 24秒ルールまで残り10秒。ついに動いた。

 突如中澤がドリブルをやめ、トリプルスレットの態勢を取る。

 慌ててブロックの態勢に入る細谷。だが中澤はシュートモーションから右腕を左腕と交差するように振り、右ウイングの山本へパスが通る。

 

「よっしゃ!」

「くっ!」

(この人はドライブが上手いスラッシャータイプ。とにかく、抜かせない!)

 

 金澤は間合いを取りながら警戒する。

 シュートを撃ってきてもプレッシャーだけはかけようと思ったその時。

 

「――ッ!?」

 

 空気を切り裂き、一直線にボールが飛んだ。

 

(パスをさばくのが早い!!)

 

 反応することさえ許さない。山本からローポストに陣取る小林へ。

 

「ナイスパス!」

「小林!」

「行くぞ、勇作!」

 

 開始早々、両校のエース対決となった。

 勇作を背負う小林。勇作のマークも厳しく、張り付くようなディフェンスを見せる。

 

(司令塔ではない。今の俺はスコアラーだ。白瀧のいない今、それは尚更のこと。だからこそ、ここで決める!)

 

 小林は一歩ステップを踏み、そして次の瞬間逆側へと高速ターン。一瞬で切り替えした。

 

「来た!」

「――ッ!?」

 

 小林がスピンムーブで勇作をかわした。

 マークを外した小林はフリーのままレイアップを沈め、先制点を決める。

 勇作も追いすがるが、彼が踏み込んだときには既にボールはリングを潜っていた。

 

 (大仁多)2対0(盟和)

 

「よっしゃあ!」

「決まった! 小林さんナイッシュ!」

「先制点は大仁多だ!!」

 

 不安もあった立ち上がり。しかし小林が決めたことにより、大仁多の不安が一蹴され、応援団の声援も高まった。

 

「おお。小林さんも燃えてますね」

「……そうね。ようやく、圭介君も一つ重圧から解放されたからかな」

「重圧ですか?」

「うん。今まで責任が大きすぎる立場だったからね」

 

 東雲は感慨深そうに小林を見つめた。

 『日本では珍しい長身PG』『自分で点が取れる司令塔』などと小林の評価は高かった。

 しかし『主将』『司令塔』『点取り屋(スコアラー)』、3つの立場を持つ彼にかかる負担は相当なものだった。成さねばならない責任が大きく、負担が常に小林にのしかかってきた。

 だが今は違う。今小林は中澤に司令塔という役割を任せてコートに立っている。

 二つならば重みが随分と変わってくる。現に今までは白瀧に『点取り屋(スコアラー)』としての役割を一任していた面もあった。

 小林のFとしての起用。それは何も戦術に限った話ではなく。小林本人の精神的負担を減らすという理由もあったのだ。

 

「小林。普段は司令塔としての働きが多いせいで気づかないが。……やつはスコアラーとしても優秀だ」

 

 観客席から大坪はライバルの姿を見た。

 長年全国という大舞台で戦ってきた者同士。その相手の強さを改めて実感し、大坪は冷や汗を覚えた。 

 

「さあ、ディフェンス! 一本集中!」

 

 幾分かの重みから解放された小林が、自由にコートを躍動する。

 それこそが小林がFという戦法の理由の一角を担っていた。

 

「へっ。準決勝も見たけれど。やはりFとしてもかなりのものだな。……面白い」

 

 今までの対戦とは違うバスケスタイルを目にして、勇作は笑みを浮かべた。

 

「たしかに並大抵の実力者ではないな、小林圭介。さすがの一言だ。しかし……」

 

 先制されたというのに、岡田もベンチで笑みを浮かべてコートを見ていた。

 

「オフェンスならばうちの勇作も負けていないぞ」

 

 彼の笑みが意味するのは――純粋な選手達への信頼だった。

 

「一本! 一本返していこう!」

 

 盟和の反撃が始まる。

 細谷がボールを運ぶ中、大仁多もマンツーマンを仕掛ける。マッチアップは変わらない。

 中澤が懸命なディフェンスにより、細谷のぺネトレイトを防いでいる。

 

「やられたらすぐにやりかえさないと、な!」

 

 すると細谷は中澤の頭上からボールを放った。ローポストの勇作がゴールに対し背中向きでボールを受けた。

 ゴール下、先ほどと同じ組み合わせ。小林と勇作の一騎討ちが展開された。

 

「さっきのお返しだ!」

「受けてたつ!」

 

 勇作が強引に仕掛けた。小林の体を背中で無理やり押し込んでいく。

 

(ぐっ……! この圧力は!!)

「まだだ!」

 

 力に押される小林だが、そこで橙乃はゴールに向かい合うようにターン。

 さらにすぐさまジャンプシュートを撃つ。ボールはリングを射抜いた。

 

「よーっし!」

「さっそく取り返した!」

 

 盟和は先制点を許したもののすかさず勇作が得点し、同点とする。

 

 (大仁多)2対2(盟和)

 

「ちっ! 勇作……!」

「言っただろ。今年こそ俺達が優勝する!」

 

 表情を歪める小林。得意げに言う勇作。

 両校とも立ち上がりはエースが得点し、チームを湧きたてた。

 試合序盤から試合はヒートアップを見せる。試合の流れは、まだ動きを見せない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。