黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十一話 意地のディフェンス

 連続得点の勢いに乗った盟和は再びオールコートマンツーマンを展開する。

 前線から凄まじいプレッシャーをかけ、大仁多に攻め寄せられる前にボールの奪取を狙った。

 

「やられっぱなしというわけにはいかないんだよ、俺達も!」

「ッ―ーまずい! 小林が行ったぞ!」

 

 しかし大仁多もそう簡単に相手の狙いには乗らない。

 山本のスクリーンを使って確実にボールを入れると小林がドリブル突破。一気にフロントコートへ突入する。

 

「さすが小林さん! 盟和の守備網をものともせず!」

「くっ、舐めるな小林!」

 

 瞬く間にペイントエリアへ。かろうじて神戸がマークにつく。

 

「ふっ!」

「ッ!?」

 

 しかし小林はシュートフェイクからゴール下へノールックパスをさばく。

 

「よし!」

 

 このパスは逆サイドの黒木に通った。突然のパスに神戸は動けない。

 フリーの状態から黒木のワンハンドジャンパーが炸裂する。

 (大仁多)10対15(盟和)。大仁多も一歩も譲らずにこれ以上点差を広げさせない。

 オールコートは一度包囲網を突破されると脆い諸刃の剣。小林が確実に盟和を切り崩し、攻撃を展開した。

 

「ようし!」

「いいぞ黒木! いいぞ小林!」

「さあディフェンス! 点差を縮めるぞ!」

 

 再び小林を起点として攻撃を決める大仁多。

 まだ完全に試合の流れは渡さないと、チームの精神的支柱がチームを支えていた。

 

「さすが、と言うべきか。チームが万全の状態でないというのにここまで堪えるのか。でもここは止めさせない!」

 

 細谷は自分と同ポジションである小林の姿勢に敬意を表しながらも、だからこそここで決めなければと決心する。

 ボールが入り、盟和の反撃。

 細谷は一度中の勇作へ入れ、ボールを戻させると今度は外の金澤へ。金澤はボールを受け取るとすぐにスリーを放つ。

 当然、マークにつく山本はこれに反応。ブロックは成功しなかったものの、跳躍してプレッシャーをかけた。

 

「……短い! リバウンド!」

(こいつドライブはそんなに速くないし、典型的なスリーポイントシューターだな。かといってスリーも確立がそんなに高いわけではなさそうだが。

 ……ひょっとして何か隠しているのか? それとも本調子じゃないだけか?)

 

 失敗を悟り、ゴール下に声をかける金澤。そんな彼を見て山本は冷静に分析する。

 ドライブで切り込んでいくようなスラッシャータイプではないようだが、スリーも高確率というわけでもない模様。

 ならば一体何かあるのだろうか、と考えるが今考えても仕方がないだろうと思考を切り替える。

 

「……負けない!」

「ッ、ああ、もう! やっぱりキミ強いな!」

 

 一方、ゴール下では黒木と神戸が体をよせて競り合っていた。お互いチーム一のビッグマン。

 強豪の意地と経験からか黒木がやや優勢である。神戸を押さえ込み、ポジションを確保していた。

 そしてボールが落ち、二人は殆ど同時に地面を蹴り、ボールへと飛びつく。

 

「でも、俺だって負けないよ!」

 

 ポジションを優位に獲得していた黒木の方が有利であった。 

 だが神戸は左腕だけを伸ばし、肘から先だけを動かしてボールをコートの中へ弾いた。

 

「しまった!」

「ナイス神戸センパーイ!」

「こいつ、またか!」

 

 ボールは味方の古谷へ。すぐに松平が詰める。ハンズアップを行い、すぐにはシュートを撃たせない。

 

「無理ですよ、あなたじゃ俺を止められない!」

 

 古谷は一つシュートフェイクをいれた後、カットイン。

 鋭いキレをもってゴール下へ侵入すると見せかけ――そして再び突如斜め後方へと後退した。

 

「ぐっ!? またか!」

「もう一本もらっとけ!」

 

 松平が歯を食いしばっても結果は変わらない。松平は背中越しにボールがネットを射抜く音を耳にする。

 (大仁多)10対17(盟和)。大仁多、中々点差を縮められない。古谷が得点を重ねていく。

 

「マジかよ。あの松平さんが連続で得点を許すなんて。あの野郎、あんな隠し技を持っていたのか!」

 

 同ポジションであり、常日頃の練習から松平の実力を知っている本田は驚愕を隠せない。

 1回ならまだしも2回も連続で一対一から得点を決めることは並大抵の実力ではない。

 相手の技もわからずただ驚愕するだけだった。

 

「……あれは、おそらくは」

 

 だが隣に座る白瀧は彼の技術に心当たりがあり、すでに古谷の技を見切っていた。

 

 

 

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「――ステップバックシュート、だな」

 

 古谷が駆け出そうと踏み出した瞬間、小林が呟く。

 無表情を装うようにと感情を殺す古谷だが、瞳が大きく広がる瞬間を小林は見逃さなかった。自分の推測が正解だというサインを。

 

「ドライブの最中、マークマンのいる方向の脚を勢いよく蹴り上げ後方に下がるステップ。

 そしてステップによってできたスペースはディフェンスのブロック不可能とする。NBAのキキ選手が得意とすることからキキムーブとも呼ばれている技だろう」

「……へえ」

(こいつ、俺のステップシュートを二回見てもう見抜きやがった。自分は目の前で見てないというのに)

 

 そしてまさにその通りであった。小林は古谷の技・ステップバックシュートを見抜いていた。

 あっさりと技の本性を見抜いた洞察力に古谷は焦りを隠すことができなかった。

 だが古谷は知らないが彼の技を見抜いた選手が大仁多にはもう一人いる。

 

「ただ、あのステップはかなりのボディバランスを必要とする。俺は正直、あんなに自分のもののようにはできないと思います」

 

 今はベンチで控えている白瀧だった。小林と同じ見解に至った彼は藤代と東雲に報告し、情報を共有する。

 

「なるほど。盟和も随分と厄介な選手を獲得したものですね」

 

 ――まあ私達が言えることではありませんが。藤代は笑いながら言った。

 そこは笑うところではないだろうと誰もが心の中でツッコムが、藤代は気にも留めず、すぐに表情を元に戻した。

 

「ですがそれでは松平さんでは厳しいかもしれませんね。やはりここは動くべきか――うん?」

「……盟和、オールコートをやめましたね」

 

 さすがにここは動くべきだろうと藤代が判断した直後。

 盟和のディフェンスに異変が生じた。いや、ここは元に戻ったと言うのが正しいだろう。

 先ほどまでオールコート・マンツーマンを展開していた盟和がディフェンスの方針を変え、全員が速攻に備えて戻っていく。

 

(一時的なものなのか、それともこれも彼らの作戦でしょうかね? 果たして今度はどうするつもりですか岡田さん?)

 

 試合の様子を見て、まずはこの盟和の行動の真意を察してからの方がよいだろうと藤代は判断した。

 そして視線を盟和の監督・岡田へと向ける。彼はどっしりとベンチに身を構え、作戦の行く末を見守っている。

 

(この第一Qをどのような形で終えるかに試合の行方が懸かっていると言っても過言ではない。確実に大仁多を沈めろ、お前達!)

 

 岡田の心中では激しい熱意が広がっている。

 そう、盟和にとってはこの第一Qを含め前半戦が全てであるといってもおかしくない。レギュラーが全員先発出場している盟和に対し、大仁多はまだ余力を残しているのだ。

 最大戦力とも呼べる白瀧は勿論の事、不安要素があるとはいえゴール下で無類の力を発揮する光月。さらに準決勝で力を見せ付けたロングシューターの神崎が控えている。

 他にも経験豊富な控えメンバーがおり、交代要員の質は間違いなく盟和が負けている。

 だからこそ彼らが出てくる前に点差を開き、追いつかれないようにとあらかじめ選手達に厳命していた。

 

「もうオールコートは終わりか? それとも最後まで体力が持ちそうにないのか?」

「馬鹿にすんなよ。まだまだ俺達はいけるぜ! よく見てろ!」

 

 小林の挑発に勇作は強気に返答する。たしかに元気はあり余っている様子だった。

 おそらく何か仕掛けてくるだろうと小林は考え、いつきても大丈夫なようにと思考をクリアにする。

 大仁多の攻撃。オールコートがなくなったため再び中澤がボールを保持し、ディレイドオフェンスを組み立てようとする。

 

「さあ、行くぜお前ら! 気ぃ抜くんじゃねえぞ!」

『おう!』

 

 そこで勇作を初めとした盟和の五人が動いた。

 

「ッ――! これは!」

「2―3ゾーンか?」

 

 前衛に細谷と金澤。後衛右に古谷、左に勇作、中央に神戸が配置される。

 陣形は有名なゾーンディフェンスの一つである2-3ゾーンであった。

 

(今度は徹底的なインサイド封じか? ……にしても、やけにパス出しづらい位置にいるなこいつら!?)

 

 中央の中澤は細谷にボールを取られないようにとドリブルを止め、保持に専念した。

 そして同時に敵味方の位置把握も忘れない。

 現在大仁多は中央に中澤、右に山本、左に小林、ハイポストに松平が、ローポストに黒木がいる。

 だが盟和の選手たちのポジションが中々厄介な場所であった。

 細谷は中澤をマークし、金澤が小林と松平のほぼ中間でパスをカバーするようにおり、中澤のドリブルだけでなく二人のパスを警戒している。

 さらに古谷もスリーを警戒してか山本のすぐ近くで待ち構え、神戸が金澤と共に松平を挟むように立っている。勇作は一番ゴール下に近いポジションで黒木の動向を観察していた。

 そのため陣形が少し斜めに偏っている。パスをさばこうにもすぐにヘルプがついてしまうような陣形になっていた。

 

(小林さんは――10番(金澤)の位置取りが邪魔だし、オフェンスが小林さん主体になっていたから一度組み立てなおした方がいいか)

「山本さん!」

「っし!」

 

 残り十二秒、中澤は思考の末山本にパスをさばく。

 ボールを手にしトリプルスレッドを取り、さらに腕のフェイクを入れ古谷を惑わす。

 

「いかせねえよ!」

「なっ……」

 

 だがそこに中澤のマークについていた細谷がチェック。

 仕掛けようとしていた山本は動きを封じられてしまった。

 

(ダブルチーム!? でもこれで中澤のマークが……)

(……いや、違う!)

 

 己の守備位置を無視したかのような細谷の行動。

 しかし動いたのは細谷だけではなかった。細谷が山本のマークについたのと同様に金澤が中澤のマークにつき、さらに細谷の到着を待っていたかのように今度は古谷が流れるようにローポストのカバーに入る。

 

(形そのものが動いた!)

 

 全体が動いたことで左ウイングの小林はフリーになったが、神戸が中央に立っているためにスキップパスは出せない。

 他の四人も盟和のディフェンスを振り切れていない。

 

「――ッ、松平!」

 

 中央にボールを入れる。カットされることなく松平にボールは通ったが、安心するにはまだ早かった。

 

「チェック!」

「詰めろ!」

 

 すかさず盟和の包囲網が襲い掛かる。細谷・金澤・神戸の徹底したマークが行く手を阻んだ。

 

(こいつら!)

(ボールが動いた瞬間動き始めてやがる! フリーにさせない気か!)

「それなら!」

 

 これ以上の保持は困難と判断した松平はマークをかわしトップの中澤に戻す。

 すると中澤はマークが詰め寄る前に左ウイングの小林にパスをさばいた。

 

「ナイスパス!」

(小林か!)

「させねえ!」

 

 対するは勇作。ハンズアップによりパスコースを塞ぎ、自由を奪う。

 

(……黒木は遠いし松平も厳しい。俺が行く!)

 

 パスを出すことが難しいと判断すると小林は仕掛けた。

 勇作を左右に揺さぶり、隙を突きゴール下へカットイン。勇作の左横を行った。

 

「悪いな、そっから先は行き止まりだ!」

「なにっ!?」

 

 だがすでに神戸と古谷が待ち構えていた。

 勇作を加えた三人でトライアングルを形成し、小林のドライブを封じる。

 

「これは!」

「隙あり!」

「しまっ……」

 

 一瞬見せてしまった油断。その間に勇作が小林からボールを奪う。

 大仁多の反撃は失敗に終わった。

 

「よっしゃあ! 今度こそ速攻!」

 

 先ほどのような失敗はしないと勇作が自ら最前線へボールを放る。

 飛び出したのは細谷。中澤も負けじと並走する。

 細谷にボールが通る。他のメンバーはまだ後ろを走っている為間に合わない。中澤と一対一の状況のまま細谷はゴールへ一直線に切り込んだ。

 

(止めてやる!)

 

 先に細谷が跳ぶ。レイアップの構え、フェイントではない。

 中澤もこれ以上の失点を防ぐために後退しながら跳躍し、両腕を伸ばした。

 真正面のシュートコースが腕に隠される。すると細谷は空中でボールを右手から左手へと移すと中澤の右腋を通すように伸ばし、空中に軽く放る。

 

(くそ! ダブルクラッチか!)

 

 細谷のダブルクラッチ。

 ふんわりと浮かんだボールは小さな弧を描いてリングを潜る。

 (大仁多)10対19(盟和)。盟和高校、さらに大仁多を突き放す。

 

「決まった! ナイッシュ細谷!」

「速攻を確実に沈めた! これで九点差だ!」

 

 流れ途切れず。さらに盟和が優位な展開を繰り広げていく。

 

「ちっ……」

「……中澤、俺が突破しよう。ボールをくれ」

「は、はい!」

 

 敵のゾーンを突破すべく、小林が中澤からボールを受け取る。

 今度は小林がトップに、司令塔として盟和のゾーンの突破を図った。

 だが、今度は細谷と金澤の二人がダブルチームで侵入を阻む。

 

「ッ!?」

「駄目だ、捉まった!」

「――山本!」

 

 すかさず小林は山本へとパスをさばく。盟和のディフェンスも反応するがその前に山本はローポストの黒木へ。マークが詰め寄る前に縦に敵陣を裂く。

 

「つながった!」

「撃て、黒木!」

 

 この機を逃さず即座にシュートを撃つ。

 

「ッ……!」

「いや、駄目だ」

 

 だがシュートを撃つ黒木の表情が歪む。

 ボールの行方は――藤代が悟ったように、リングに嫌われた。

 

「それが盟和の狙いなんですよ」

「り、リバウンド!」

「任せとけ!」

 

 かろうじて松平が反応し、ボールを奪い取る。

 着地と同時にパスアウト。再びボールを回していく。

 しかし盟和のディフェンスの攻略法が見つかったわけではない。

 

「……より0度に近い位置に、シュートが決まりにくい位置に相手を追い込んでいく。

 より狭いスペースでのプレイでオフェンスの自由を奪う。

 ドリブルは時にはダブルチームで、パスはディナイで封じる。

 マンツーマンディフェンスと2-3ゾーンディフェンスを組み合わせたディフェンス――マッチアップ2-3ゾーンか」

 

 盟和のディフェンス――マッチアップ2-3ゾーン。

 よほど鍛えこんできたのだろう。選手達の動きも実に精密であり連携にミスがない。

 かろうじて中澤のスクリーンを使い、小林がマークをかわしミドルシュートを撃つが……

 

「決めさせるかよ!」

「……勇作か!」

 

 勇作のブロックショットが炸裂する。得点に繋げることができなかった。

 転々とするボールを山本が確保し、中澤に繋げる。ゆっくりと攻撃を再展開するものの突破口は生まれない。

 

「なるほど。小林さんは体が大きい分あの狭い領域では動きにくい。盟和のインサイドに囲まれたらシュートも困難だ。

 かといって中澤さんではあのダブルチーム突破は難しいし、白瀧さんもまだ司令塔は不慣れ。トップであのような徹底的な司令塔潰しをされたら難しいだろう。中に入ってもあのフロントラインに捉まったら対応策も限られてくる。

 たしかに有効な策だ。シュートを止めるのではなくボールの供給を止め、そしてシュートの成功率を下げるつもりか」

 

 盟和の目的は少しでもシュートの確立を下げるためにオフェンスを0度に追い込むことだ。

 体格の良い小林はダブルチームに捉まり、中にボールを運べない。

 中澤ではあの包囲網を突破できない。白瀧ならば突破は可能かもしれないが、司令塔としての経験は浅い。オールコート2-3ゾーンのシステムを攻略することができずに盟和のインサイド陣に捉まれば、小林ほどの身長がない白瀧も攻撃失敗する可能性がある。

 

「……オールコートマンツーマン。そしてマッチアップ2-3ゾーン。

 これがお前達が大仁多と戦うために準備してきた作戦か」

「ああ、そうだぜ。シュートを撃たせない。シュートを成功させない。そしてインサイドで勝つ。

 感謝しろよ。お前を倒すためにここまで考えて、そして練習してきたんだからな」

「そうか。ありがた迷惑という言葉を知っているか?」

「その言葉があるということは知っているぜ?」

 

 小林の指摘に勇作は隠す素振りもなく、堂々と答えた。挑発に乗ることもなく淡々と返し相手の焦りを促す。

 思わず舌打ちしてしまう。この現状は決して良いものではない。

 再び山本にボールが渡り、右ウイングから侵入。今度は自分でミドルシュートを沈めた。

 

「決めた! 山本さんナイッシュ!」

 

 (大仁多)12対19(盟和)。大仁多が約1分の時間を費やして攻撃を決めた。

 かろうじてチームの勢いを繋げる山本のオフェンス。だが問題は解決しない。

 

「攻撃は決まったが、逆サイドに攻撃を展開できていない。やはり中央の突破力が必要か」

 

 藤代が不安視しているのは攻撃が偏っていることだ。

 盟和のディフェンスはトップから両ウイング、そして0度へのディナイは緩い。その代わりリターンパスや逆サイドへのスキップパスに対しては厳しくディナイしている。

 そのために一度中央からボールを入れると攻撃が偏ってしまうのだ。この問題を解決するためには中央から突破し両サイドへのボールの供給を可能とすることが必要となる。

 

「だが、大仁多でもそれは無理だろう。むしろ小林や白瀧という選手がいるだけでも十分以上というものだ。

 小林の司令塔としての能力、そして白瀧の突破力。両方を兼ねたPGがいれば可能だろうが、それは贅沢な話だ」

 

 岡田は自軍の作戦の成功を確信し、満面の笑みを浮かべる。

 大仁多の司令塔である小林と中澤、そして新たにその一端となった白瀧でも無理であろうと考えたからだ。

 

「よくやった山本!」

「ああ。……なあ、小林」

「うん?」

 

 得点を決めた山本に拳を突き出す。

 山本もそれに応えて拳をあわせると、付け加えるように小林に言った。

 

「まだいけるだろ? ここで踏ん張らねえと、相手に調子に乗られるぞ?」

「……そうだな」

 

 口角を上げ、視線をちらりと勇作に向ける。

 たしかに不利な状況だが持ち直さなければこのまま試合を制せられてしまう。それだけは防がなければならなかった。

 

「――よし! ディフェンス! 一本集中!」

「ハンズアップ! 声出していけ!」

「へっ。……絶対に追いつくぞ! 止めるぞ!」

 

 頬を叩き、集中を高めると小林は声を張り上げ、山本も味方を鼓舞する。

 松平も二人に続き全員に声をかける。

 今コートに立っている三人の三年生が大事な正念場で奮起を促した。

 

(だけどこっちも決めなきゃやばいんだよな)

 

 対し、ボールを運ぶ細谷も心中では熱くなっていた。

 ここで点差を放すことができれば優位に立てるだろうという思いが彼の動きを洗練させる。

 中央からのドリブル突破。中澤の横を抜き去る。

 あっという間にスピードに乗る。大仁多のマークが迫るが、細谷は半身後ろに向け、大きくパスアウト。

 外の金澤へ。

 

(もらった……!)

「させるか!」

「嘘!?」

 

 スリーが放たれた瞬間、ボールに山本の指先が触れる。

 予想外の衝撃により軌道が変化。空中で勇作がボールを確保する。

 

「しつこい! だが……!」

 

 ローポストの勇作からハイポストの古谷へパスが通った。

 

「撃たせん!」

「……うるさいなあ。まったく」

 

 松平が素早くチェック。先ほどよりも反応が早い。

 そんな相手に嫌気がさしたのか古谷は乱暴にボールを叩くと――

 

「あんたじゃ止められないんだよ!」

 

 再びドリブル突破からステップバックシュートへ移った。

 

「ッ!!」

 

 やはり突然距離が開いたために松平は反応できない。

 それでもなんとしてでも止めてみせると前進。腕を伸ばす。

 その結果、彼は古谷の手からボールが放たれた瞬間――

 

「うおおおおお!!」

 

 仲間の掛け声に少し遅れ、バチッとボールを弾いた音を耳にした。

 

「なっ――!?」

「小林!」

「あまり調子に乗るなよ後輩」

「……やってくれるじゃん先輩」

 

 ブロックしたのは小林だった。

 相手の動きを見切っていた小林は古谷のシュートを防いだ。

 

「リバウンド!」

「げっ――!」

「やばい、ゴール下に黒木しかいない!」

 

 だが、小林と松平がシュートブロックに向かった為にリバウンド争いに参加できるのは黒木だけであった。

 さすがに黒木だけでは勇作と神戸に対抗するのは難しい。結果、神戸のスクリーンアウトによって黒木の動きが封じられ、勇作がチップインで得点を重ねた。

 (大仁多)12対21(盟和)。盟和高校が先に20点台に得点を載せた。

 

「やっちまったな」

「……すまない」

「いや、十分だ。一つ守りやすくなったからな」

 

 古谷に二人もディフェンスを裂いてしまい、手薄になったゴール下から得点を許してしまった。

 だがそれよりも古谷を止めたことに意味があると小林は前向きに捉え、味方を励ました。

 

「……古谷を止めたか。それも失点の後で」

 

 盟和のベンチ、岡田から笑みが消える。

 得点源の一人であった古谷の攻撃が防がれたこと。この結果が彼から余裕を消した。

 

「それに、不利な状況下で決して大仁多の選手達が崩れない。これは、まさか……」

 

 そして予想以上の大仁多の選手達の対応によって。

 盟和の思惑通りに試合が運んでいるはずだというのに、大仁多が想像以上に堪えている。

 まさか流れが変わってしまうのではないかと、岡田は危惧していた。

 

 そして彼の予感は半分的中した。

 ここから約二分間、両チームとも無得点という我慢の時間が続いたのである。

 大仁多は盟和のディフェンスを完全に攻略することができず点差を縮められない。盟和も大仁多の必死のディフェンスを前に攻撃が防がれ点差を広げられない。

 お互いにディフェンスリバウンドを制することで攻撃が終了。均衡状態が続いた。

 

「……意地と意地の勝負だな」

 

 両校ともディフェンスがオフェンスを圧倒している状態。

 第一Qからお互い譲れぬ戦いが続いている。

 一瞬たりとも油断を見せることは許されない攻防。

 観客席の大坪は先日行われた秀徳と誠凛の試合を思い出しながら口を開いた。

 

「第一Qも残り時間が少ない中、試合が停滞した。

 流れを掴んでいた盟和だったが大仁多が取り返したわけではない。しかしこれ以上の失点を許さない」

「これ、辛いのは大仁多ですよね? 相手のディフェンスシステムの攻略法が見つかっていないなか、よくやっていますよ」

 

 精神的に辛いのは大仁多高校であるはず。

 突破口が見えない中でよく奮闘している。彼らを動かしているのは意地であろう。負けるわけにはいかないという、王者としての意地。

 高尾も一年生ではあるものの、秀徳という多大なプレッシャーがかかるチームで戦っているからこそ共感できた。

 

「……いや、おそらくそれだけではないだろう」

「え?」

「たしかに意地もあるだろう。だがそれ以上に彼らを支えているのは……」

 

 傍観を決め込んでいた緑間が口を開く。

 大仁多の選手達の戦う姿を見て、そして大仁多のベンチを見て彼が発した言葉は――

 

「チームメイトへの、そして監督への信頼なのだよ」

 

 かつて己が持っていた、自分から捨てたものだった。

 まだ頼れる仲間がベンチにいるということ。そしてこの突破口から導いてくれる監督がいるということ。

 彼らが控えているからこそここまで奮起できるのだと緑間は言った。

 

「…………へえ」

「な、何なのだよ」

 

 無言でただじっと自分を見つめる高尾に、緑間は反応に困って尋ねた。

 

「いや、お前の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったから」

「どういう意味なのだよ!?」

「今日の占いは『仲間と仲良くすること』とでも言っていたのか?」

「キャプテンまで!?」

「ププッ!」

 

 普段の彼からは到底考えられない発言。高尾、さらには大坪まで加わり緑間を茶化した。

 

「ワリー、ワリー。別に可笑しかったわけじゃねえんだ。

 でも、ちょっともう一回言ってくれない? 『たしかに意地もあるだろう』のあたりからさ」

「……ふん。誰が言うか」

「『チームメイトの、そして監督の信頼なのだよ』。……ブフッ!」

「たーかーおー!!!!」

 

 自分の物まね、それも噴出すほど笑い出した高尾を緑間が許すわけもなく、右腕で高尾の肩をつかむ。

 このような場面でも利き腕を守るところはさすがと言うべきだろうか。

 「これ以上の侮辱は許さん!」と緑間は高尾の口を塞ごうとするが、高尾の体の震えは止まることを知らなかった。

 

「……だが、この均衡も第一Q終了までは続かないだろう。

 残りの約二分。試合が動くとするならば――おそらく最初にこの沈黙を破ったチームに流れは傾く」

 

 二人を沈め、今一度大坪は試合へと意識を向ける。

 第一Qラスト二分。流れは最初に得点したチームが掴むだろうと。

 そして試合が動きを見せた。

 

「リ、バッーーン!」

「ちっ!」

「よっしゃあ! 勇作、ナイス!」

 

 勇作がオフェンスリバウンドを制したのである。

 ここにきて盟和のフロントラインが力を発揮し始めた。

 

「うおおおお!」

「させるかあ!」

 

 着地、そして再び跳躍。勇作の体が空中に躍り出る。

 小林も跳ぶ。高さは互角。身体能力では決して負けていない。

 なんとしてもブロックしてみせる。――その思いが、小林を焦らせたのだろうか。

 審判の笛が、鳴った。

 

「ッ――!」

 

 体勢を崩すことはできた。しかしシュートを止めることはできなかった。

 ボールはリングをくるくると一回転し――リングを潜り抜けた。

 

「ディフェンスファウル! 白4番(小林)! バスケットカウント、ワンスロー!」

 

 勇作が得点を決め、さらにバスケットカウントを獲得した。

 (大仁多)12対23(盟和)。二分ぶりの得点である。

 

「決めたあ!」

「第一Q二分を切ったところで、再び試合が動き始めた!」

「バスカン、三点プレイ成功!」

 

 我慢の時間はもう終わり。そう告げるように盟和のベンチが盛り上がる。

 

「……すまん!」

「ドンマイ! リバウンド頼むぞ!」

 

 仲間に頭を下げ、小林もセットに入る。

 

(焦りもそうだが、やはりまだゴール下の動きが慣れないか)

 

 彼の様子を見た藤代は悔しそうに顔を潜めた。

 普段はゴールから離れたポジションで戦う小林に厳しい仕事を任せてしまったと感じたからだ。そして彼は立ち上がる。 

 勇作のフリースロー。審判からボールを受け取った勇作は落ち着いて一本を静める。

 (大仁多)12対24(盟和)。その差、12点。

 

「よっしゃ! 一気に畳み掛けるぞ!」

 

 勇作の掛け声と共に、オールコートマンツーマンが再び展開される。

 またしても厳しいチェック。パスコースは制限され、突破することも難しい。

 ボールを入れることはできたものの、中澤がさばいたパスが金澤に弾かれる。

 山本と金澤が追いかけるがボールはラインを割った。

 

「いいぞ、金澤! ナイスディフェンス! その調子――」

『大仁多高校、タイムアウトです!」

「――だ?」

 

 勇作の仲間を讃える声を遮って、ブザーと審判の声が響き渡った。

 先にタイムアウトを取ったのは大仁多高校。流れを再び盟和に譲る前に、藤代が動き出した。

 

「なんだ、せっかく勢いに乗ったと思ったのに」

「久しぶりの得点だったしな。いやらしいタイミングでタイムアウトとるな、大仁多の監督」

 

 神戸も勇作同様このまま攻めようと意識していたため、がっかりした素振りを見せつつベンチに腰掛けた。

 他のメンバーも同様で、細谷は横目で藤代の姿を見た。

 もう一度流れを取ろうと考えていた矢先、出鼻を挫いた相手を。

 

「第一Q、よくここまで奮起してくれた。均衡を破ったのも大きい。

 ディフェンスはこのまま続行。ただオールコートは控え、状況を見て行え。体力の酷使はまずい。ハーフコートはマンツーマン2-3ゾーンだ」

「はい!」

「それとオフェンス。今日は相手のシューター、山本も好調だからな。前半はもっと中で攻めていこう。

 古谷・勇作・神戸。お前達三人のフロントラインが鍵だ。どんどん勝負していけ! リバウンドも譲るな!」

『おう!』

 

 岡田は集中力の乱れが見え始めた選手に一言かけると残り時間の作戦を指示する。

 だが基本方針に変わりはなかった。ここまで大仁多を相手に優位に進めている。このまま勝負できると信じているからだ。

 彼らが士気を維持している中、タイムアウトを宣告した大仁多では――

 

「そろそろ、攻めていきましょうか」

 

 藤代が攻守転換の合図を出していた。

 

「ディフェンスはマーク交代です。小林さん、あなたは古谷さんのマーク、松平さんは勇作さんのマークをお願いします」

「わかりました」

「うっす!」

「古谷さんの技のこと、わかっていますね?」

「はい。大丈夫です」

 

 小林に確認するが、問題はなかった。彼も古谷のシュートを見切っている。

 たしかに瞬時にスペースができてしまうステップバックシュートは厄介な技術。だが身体能力にすぐれ、高さもある小林ならば止められると確信があるからだ。先ほど実証できたというのは大きかったのである。

 

「ただ、オフェンスはどうしますか? 盟和のあのディフェンスを破るのはちょっと難しいですよ」

「ああそのことですが――言い忘れていましたね。タイムアウト後、選手交代です。中澤さん、一度ベンチに下がってもらいます」

「ッ! はい、すみません!」

「いえ、よく粘ってくれました。当初の目的通り時間を潰しながら攻めた。ありがとうございます。次の出番まで休んでいてください」

 

 ここで選手の交代。試合開始からディレイドオフェンスを繰り広げた中澤が交代することになる。

 盟和に押されている展開、自分に責任があると中澤は謝罪するが、中澤は自分の役割をきっちりと果たしている。ゆえに藤代は彼の功績を讃え、そして次の出番まで鋭気を養うように伝えた。

 

(……となると、小林を司令塔に戻すか)

 

 山本は視線を小林に向ける。

 中澤をベンチに下げるということは司令塔のポジションが空くということだ。

 そうなると第一候補は小林である。白瀧を出すのはまだ早いだろうし、西村もまだ一年。彼に任せるのは責任が重すぎる。

 ならば小林を本来のポジションに戻すこと。それが第一だと思えた。

 それならば交代ではいるのはフォワードの選手だろうか、まさか光月を出すのだろうか。様々な考えが思い浮かぶ。

 

「そして中澤さんに代わって出てもらうのは――あなたです。大丈夫ですね?」

 

 そんな中、藤代は一人の選手の肩に手を置き、交代の指示を出した。

 

「――へ?」

「ほう」

「マジですか?」

 

 告げられた選手を含め、皆が少なからず動揺した。

 

「まあ妥当な判断ですよね」

「ああ。この状況を、乗り越えるためにはな」

 

 白瀧と小林を除いて。

 二人はこの状況を打ち破るには彼が最も適任であろうと理解していた。

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 丁度一分が経過し、ブザーが鳴った。各チームの選手達がコートに戻る。

 そんな中、勇作は大仁多のベンチで先ほどまで出場していた中澤の姿を捉えた。

 

10番(中澤)がベンチ? 遅攻(ディレイドオフェンス)はやめたのか?)

 

 先ほどまで司令塔として慎重なボールの供給を行っていた中澤の交代。

 不思議に思った勇作は周囲を見回す。

 すると彼はスコアラーに選手交代を申請している一人の選手を発見した。

 

「――あいつは!」

「はい。交代お願いします」

 

 背番号から選手を判別する。

 彼はスコアラーへの申請を終えると、一言白瀧に声をかけられ、そしてコートに入ってきた。

 

「さて、と――」

 

 落ち着いた状態で、しかし瞳には闘志を込めて彼は現れた。

 ――この逆境を突破するために。


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