黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十五話 ピンチをチャンスに

 第2Q終了間際、ついに白瀧がコートに帰ってきた。

 エースの復帰により大仁多に活気が湧き始めていた。

 

「白瀧さん。……すみません」

 

 だがそんな中西村の表情は優れなかった。白瀧がいない状況下でゲームを優位に進められず、それどころかここまで押し込まれている。

 そんな自分の力のなさを許せず、西村の第一声は謝罪だった。

 その西村に対して白瀧はフッと小さく笑みをこぼす。

 

「何を言っているんだ。お前は十分に役目を果たしてくれた。

 それにまだ負けたわけじゃない。お前だってこの程度の逆境、今まで何度も跳ねのけてきただろう!」

「あ……」

「だから謝るな。俺達には後悔している時間なんてない」

「はい!」

「うん、それでいい」

 

 帝光時代でこれ以上の苦戦を経験してきた。だがそれらを乗り越えてきたという経験が西村に自信をもたらした。

 いつもの状態に戻ってくれたと、白瀧は安堵する。事実彼の言葉通り西村は周囲の期待に応えるだけの成果を残している。ならばそれを褒めることさえあれ責める理由は存在しなかった。

 

「だが、大丈夫なのか? お前だって万全の状態じゃあ……」

「どうした本田? お前の口から俺を気遣う言葉が出るとは、どういう心境の変化だ? 勇作さんに目の前で暴れられてすっかり弱気になってしまったか?」

「……あぁ!? て、テメエ! 人が心配してやってんだからもっとな!」

「よし。怒る元気があるならお前も大丈夫そうだな」

「あ?」

 

 ニヤリと蔑みにも似た笑みを浮かべる白瀧。

 それを見て、本田は心配した俺が馬鹿だったと、白瀧にくってかかる。

 しかしながら当の本人は本田を軽くあしらい、小林達にも聞こえるように言った。

 

「問題ないです。点差も20点ですよね? ……じゃあ、さくっとひっくり返しましょうか! この点差!」

 

 笑みを深くし、最後は敵にも聞こえるようにとわざと大きな声で。

 当然それを耳にした盟和の選手達の心境は穏やかなものではない。特に勇作のような沸点の低い選手は。

 

「へえ」

「じょ、上等だぁっ! ひっくり返せるものならやってみろ! 絶対に0点に抑えてやるぞ!」

「……いや、さすがに0点は無理だろ」

 

 煽り耐性のない勇作は簡単に挑発に乗る。他の選手たちも気持ちは同じだろう。

 だが発言者の白瀧は彼らの反応を無視し、もう一度四人に対して言った。

 

「時間がないので簡潔に言いますが、まず最初のうちの攻撃、俺達で決めます。西村、お前の力を借りるぞ」

 

 大事な最初の攻撃。それを決めて反撃の狼煙を上げる。

 

 

 

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「山本さん、お疲れ様です!」

「……ああ。ありがとな」

 

 神崎よりタオルとボトルを受け取り、腰掛ける山本。

 やはり前半戦の疲れが溜まっているのだろう。彼の声は幾分か気が抜けているように聞こえる。

 モチベーションを保つのも難しいのだろうか。そんな不安が過ぎる中、藤代が彼に呼びかけた。

 

「山本さん」

「はい、何ですか?」

「早いですが今のうちに栄養補給をしておいてください」

「ッ!」

「この試合に勝つためにも、後半戦必ずあなたの力が必要です。

 もう一度試合に出てもらいます。前半戦残りの2分、そしてインターバルの10分。この間に体力を回復させてください。もう休まなくてもよいくらいに」

 

 あくまでも交代したのは体を休ませるため。そしてまだまだ山本の力は必要とされているのだとはっきりと告げる。

 わずかではあるが他の選手よりも多く休ませ、前半戦ラストの動きが激しくなると予測される勝負時の時間帯に代えることで消耗を抑える。

 しかも運動量の激しい白瀧の復帰により後半戦は負担も大幅に減るはず。これならば大丈夫であろうと、藤代は期待を込めて山本に視線を向けた。

 

「……元々俺は最後までいけましたけどね。まあ、わかりましたよ」

「ええ。ありがとうございます」

 

 このように指導者から信頼の言葉を投げかけられ、奮起しない人間はまずいないだろう。

 山本もまた然り。いつもの彼のように笑みを浮かべ、頼もしい言葉を口にした。藤代も期待通りの返事を耳にして笑みを深くする。

 これで彼のモチベーションについては問題がなくなった。そう確信すると、藤代は改めてコートの選手達へと意識を注げた。

 

「このまま終わろうだなんて考えるな! 点差を縮めて後半戦に臨むぞ!」

 

 小林がコートの全員に一喝し、ボールを西村へと投げ入れる。

 ――試合、再開。代わって入った白瀧が山本のポジションに入った。

 今日始めてコートに出てきた白瀧も周囲を観察しながら動き回るが、そこに一人の選手が立ちはだかる。

 

「……やはりあなたですか、勇作さん」

「随分な口を叩いてくれたじゃねえか。お前は早々に潰す!」

「悪いがそういうわけにはいきません。俺もエースの肩書きを背負っていますので」

 

 マークチェンジ、勇作が白瀧のマークにつく。代わって金澤が小林の、古谷が本田のマークにつき、ローポストを警戒している。

 西村と小林が外でボールを回し、一度ゴール下の黒木にボールを入れ、そして再びトップの西村へと戻す。

 その瞬間、白瀧が動き出した。

 

(ッ! 走った!)

 

 右サイドから中央へと加速する。

 中央でフリーになるつもりか、そう勇作は判断した。しかし彼の思惑ははずれ、白瀧は途中で動きを中断し両腕を胸の前で交差する。

 そして西村を追っていた細谷の進行方向上に立ちはだかり、彼の動きを制した。

 

「なっ!?」

(白瀧の、スクリーン!?)

「スイッチ!」

「チッ!」

 

 細谷は西村の動きに、勇作は白瀧にそれぞれ惑わされ、反応が一瞬遅れた。だがすぐに細谷の掛け声によって勇作は立て直し、右サイドから侵入するであろう西村に備える。

 

「甘いっすよ!」

 

 しかし西村は一瞬で切り返し、細谷のいる中央側からドリブル突破を果たした。

 

「……って、あれ!?」

「はら?」

 

 目の前を来るであろうと思っていた西村が気がついた時には勇作達の横を通り過ぎていた。

 完全に虚をつかれ、二人揃って試合中とは思えない間抜けな声を挙げる。

 

(白瀧のスクリーンを完全に無視(スルー)!?)

 

 スクリーナーである白瀧を利用した動きであった。おかげで西村は苦労することなく盟和の主戦力二人を抜き去った。

 

「あんの、馬鹿ども!」

 

 中央を突破されては簡単に決められてしまう。やむなく古谷がヘルプに出る。

 

「それならば!」

 

 ならばと西村も古谷の目の前で静止し、斜め後ろへとバウンドパス。

 

「よしっ!」

 

 左サイドから同じように走りこむ小林へとボールがわたった。

 

「小林―ー!」

(駄目だ、俺ではブロックは間に合わない……)

「撃たすかッ!」

「ここは防ぐ!」

 

 目の前の西村が壁となりシュートを止めることが出来ない。古谷が半ば諦める中、勇作の怒声が響く。

 彼は小林の動きの反応し、背後からのブロックを狙い、高く跳んだ。さらに金澤も跳び、シュートコースを制限する。

 見ると小林の跳躍よりも勇作の方が高さが出ている。これならばジャンプシュートも防げるだろう。

 

「……おいおい、忘れたのか?」

「ッ!」

 

 だが、彼は失念していた。

 

「俺は司令塔(PG)だぞ?」

 

 目の前の選手の本職が司令塔であるということ。

 そして今の大仁多には絶対的なスコアラーが戻ってきているということに。

 小林は振りかざしていた右腕を大きく振り下ろし、右サイドへバウンドパスをさばく。

 その先へと視線を向けると――中央にいたはずの白瀧が、走りこんでいた。

 

「ナイスパス!」

(白瀧――!?)

 

 スリーポイントラインの外側。丁度先ほどまで彼がいた場所の近く。

 そこで今度こそフリーになった彼は安全にスリーを放つ。

 天才と称された男にシュートを学んだ白瀧がそれを外すわけもない。ボールがリングを確実に射抜いた。

 (大仁多)37対54(盟和)。白瀧復帰後の最初の攻撃、成功。

 

「え、エクスプロージョン! しかも、白瀧のスクリーンで!?」

「これは、さすがの俺も予想外だったのだよ」

「うむ。今のは白瀧に盟和の選手たちの意識が集まっていたとはいえ、西村もよく決断した」

 

 ――エクスプロージョン。

 ピック&ロールと同様に、スクリーンを使用した選手達のコンビネーションオフェンスの一種である。ただこのオフェンスの特殊な点はスクリーンをかけたスクリーナーとは逆の方向へとボールマンが切り込んでいくという点にある。

 読まれていることを読んで逆を行く。スクリーンに意識が向いたディフェンスの裏をかき、あえてスクリーンのかかっていない方向を突破する。

 特に今回は白瀧が復帰したばかりであるという理由もあり、なおさら盟和の選手達は意識が散漫としていた。その油断を西村がつき、エクスプロージョンを成功させたというわけである。

 二人の関係を知る緑間からすれば、西村がこのような事をするとは余計に考えもつかず、驚愕した。

 

(……勝利の為に自分さえも利用させたというわけか)

 

 そのおかげで効果は抜群であった。勇作と細谷が突破されたことで盟和のディフェンスは崩れてしまったのだから。

 

「しかもその後小林にボールを預けてさらに中央に意識を向けさせる。そして逆に完全に意識から抜けた右サイド――白瀧で決める。

 エクスプロージョンのせいで盟和の選手たちは気づけない。今のワンプレイに、何重にも伏線が仕掛けられていたというわけだ」

「白瀧のスクリーンは囮。しかし西村の中央突破も、小林のミドルでさえも本命ではない。本命はあくまでも、フリーとなった白瀧のスリー」

 

 完全に中央で点を取る流れであった。だがそこでスクリーナーであったはずの白瀧で点を決める。

 彼がスリーを決めることにより、山本が抜けたとはいえどもまだスリーはあるのだと、盟和の選手たちに警戒させることとなった。

 スクリーンと見せかけエクスプロージョンで西村が突破。加えて小林もシュートフェイクで敵をひきつける。そして最後にはやはり小林がパスをさばき、白瀧が外から射抜く。

 

「加えて白瀧、あの男はSGの素質もあったのか」

 

 厄介だなと、大坪が苦々しく呟いた。

 以前の練習試合でもスリーを放っていたことはわかっている。だが司令塔の補佐も行うなど、彼なりに山本のポジションを補おうとしている。

 ただでさえ司令塔のポジションもこなせると知ったばかり。これ以上面倒事を増やさないでくれと祈るばかりであった。

 

「それに……地味にこのメンバー、やばくないですか?」

「やばいとは、何がだ?」

「だって今の大仁多、パスを出せる司令塔(PG)の素質を持った選手がコートに三人もいるんすよ!」

 

 問い返す大坪に、高尾は焦りを隠す事無く言う。

 小林、西村、白瀧。三人ともPGをこなせる選手。それゆえに今のように広くコートを使ってパスをさばき、複雑なオフェンス戦術もこなすことができる。

 司令塔がもはや一つの組織のように機能する。ただパス回し要因として他の二人がいるのではない。それぞれが状況を判断してゲームを組み立てる。

 同じポジションである高尾には余計に脅威に映ったのだ。

 

『よっしゃあ!』

 

 彼の視線の先で、まさに話題に上がっている三人が手をかわし、攻撃の成功を讃えていた。

 

「……ッ! 白瀧! てめえ、よくも騙したな!」

 

 そんな中、勇作が怒りを露にして白瀧を怒鳴りつける。

 完全に裏をかかれたことを悔しがっている。しかも白瀧が出てきた際、明らかに彼が自身の手で得点を決めると匂わせる台詞を口にしていた為、なおのこと腹が立ったようだ。

 だが白瀧はその程度の言葉では動じない。涼しい顔で返事をした。

 

「騙す? 騙した覚えはありませんよ。

 それに俺はさっきこう言いました。『俺達で決める(・・・・・・)』と。言葉通りに動いたつもりです」

「ぐっ……!」

「ああ、そういえばさっきあなたも0点に抑えるとか言ってましたっけ?

 すみません。……もう、無理ですね。三点入りましたから」

 

 それどころかさらに挑発し、勇作の怒りを煽った。

 こめかみにさらなる筋肉の収縮が見られる姿を目にし、白瀧は内心で己の考えが功を制したことを確信した。

 

(初めて勇作さんと会った時。あの時も俺と橙乃が一緒だったためか、この人は愚直なまでに感情を露呈していた。

 つまり頭に血が上ると周りが見えなくなるタイプの選手だ。それならば感情を逆なでしてやれば――)

 

 そうすればきっと、プレイの精密性が失われるだろう。

 初めて会った時に勇作の性格を分析していた彼は、確実に勝利するためにと手を打っていた。

 そして現に勇作は怒りによって冷静さを失いつつある。これでは先ほどのように上手くは機能しないだろう。

 

「……上等だ」

「おい、勇作。やめときな」

「そこまで言うなら、いいだろう。やっぱり……!」

「勇作!!」

「ッ……!?」

 

 完全に怒りに身を任せようとした中、勇作を止めたのは神戸の叫び声だった。

 温厚な彼からはとても似つかない力強い声が、勇作の思考をクリアにする。

 

「神戸……」

「一体君は何をやっているんだい?」

「……ったく。馬鹿、一年の挑発に乗ってるんじゃねえよ。

 熱くなるのはお前の良い所でもあるが、キレたら終わりだぞ」

 

 神戸が静かに問いかけ、細谷が勇作の肩に手を置き、彼を落ち着かせた。

 

「仮にもキャプテンを名乗るなら、少しは抑えてくれません? てか、それが無理なら代われ」

「性格は重々承知してますけどね。けど、今は試合に集中してください」

 

 古谷と金澤も勇作を宥める。チームメイトの言葉を聞いて、勇作の心に余裕が戻ってきた。

 

「……すまん。俺が悪かった」

 

 一言、4人にそう向けて謝罪する。表情が元に戻っていた。

 

「それでいい!」

 

 ベンチで岡田が満足げに頷いた。一瞬最後のタイムアウトを取ることも考えたが、勇作が元に戻ったことでその必要がなくなった。

 勇作が盟和の快進撃を支え、神戸と細谷、二人の三年生が勇作の制御役となっている。古谷と金澤の二人も彼らに続き、チームの柱となりつつある。

 盟和も確実にチームとしてまとまり、結束していた。

 

(さすがにそう上手くはいかないか)

 

 雰囲気から白瀧も相手の変化を察知した。

 元々成功するかどうかは半信半疑であったために気落ちすることはない。いや、逆に白瀧にとってもこの方がよかったのかもしれない。

 勝利の為には成功した方がよいが、勝負の為には失敗した方がよいのだから。

 

(それなら、プレイであなたを黙らせるだけだ)

 

 盟和が反撃を開始する。

 細谷と金澤がゲームメイク。他の三人も積極的に動き、フリーになろうとするが、その中でも勇作が特に動きがキレていた。

 その勇作には白瀧がマークについていた。本田は古谷のマーク、小林は金澤のマークとそれぞれ代わっている。古谷と金澤はそれぞれディフェンスが上手い選手が相手と言うことで中々振り切れない。神戸もまた、黒木にマークされている。

 そんな中、白瀧が勇作に声をかけた。

 

「随分と動くようですが。先に言っておきますよ」

「……なんだ?」

「これ以上あなたには活躍させない。必ず防いでみせる!」

「ッ……!」

 

 その言葉に一瞬、対抗心が湧き上がった。だが二度も思考を疎かにしてチームメイトに迷惑をかけるわけにもいかず、すぐに冷静になった。

 

(落ち着け。白瀧の言葉を全て鵜呑みにする必要はない。

 思えば準決勝の聖クスノキ戦でもこいつは奇襲をかけたり、奇妙な動きを繰り返していた。おそらくは自分よりも能力の高い選手を相手に、少しでも優位に立つためのハッタリだろう)

 

 ビデオで見た準決勝でも白瀧は聖クスノキのエース、楠や主力のジャンと言った選手を相手に意表をつく行動を取っていた。

 ならば今の発言も彼のハッタリにすぎないと勇作は冷静に分析する。

 

(だけどな、もうその挑発には乗らねえよ! そんな小賢しい心理戦に惑わされてたまるか!)

 

 もう同じ過ちは繰り返さないのだと、勇作は白瀧の発言を無視した。

 カットを繰り返し、一瞬白瀧のマークから外れることに成功する。

 細谷も絶好のタイミングを見逃さない。ついにボールが勇作の手に渡った。

 

(ん……?)

 

 ボールを掴み、トリプルスレッドの体勢を取る勇作。

 だが、そのまま彼の体は凍りついた。

 

「………………ッ!!!!」

 

 目の前では白瀧が腰を落とし、自然体で待ち構えていた。

 そんな彼と向かい合っただけで、勇作は恐怖し体が命令を拒絶した。

 文字通り、相手から伝わってきた威圧感が、ここから動けば終わりだとそう言っているようだった。

 

(違う! ハッタリなんかじゃ、ない!)

 

 先ほどの白瀧の言葉は決して大げさではなかったのだと、本能が告げる。

 

(やられる――!!)

 

 この相手には、この勝負は、挑んではならないと。今すぐここから、相手の射程範囲から離れろと。

 

「ふ、古谷!」

 

 勇作は反射的に逆サイドのチームメイトの名前を呼ぶ。

 自分では敵わないと、そう判断しての行動だった。

 

「――遅い!」

 

 それを白瀧が見逃すはずもない。腕がボールを弾き、前方へと転がる。そのまま白瀧が確保した。

 

「あっ!?」

「なっ!」

(何をやってんだお前は――!)

 

 スティールは白瀧の十八番。そして、そこから起きることも然り。

 白瀧は盟和の選手が戻りきる前に、あっという間にワンマン速攻を成功させた。

 (大仁多)39対54(盟和)。大仁多連続得点。残り時間が1分を切り、その差は15点に。

 

「おい! 何をボケッとしてんだあんた!」

「……悪い。思わずビビっちまった」

「は!?」

 

 古谷の責める言葉に、珍しく謝罪する勇作。

 震えているようにも見えるその姿に、古谷も呆気に取られた。

 

(俺が古武術から取り入れたのが、膝抜きやくずしのような身体技法だけだとでも思っていたのか?)

 

 今のプレイもまた、白瀧の古武術の一端であった。

 

「……白瀧と正邦の古武術の違いは、大きく二つあります」

 

 観客席で緑間が今のプレイを疑問に思った大坪と高尾に説明する。

 東京都内でも正邦が古武術をバスケに取り入れている。だが、正邦と白瀧では古武術でも違いがあるのだと。

 

「一つは、正邦がバスケの為に古武術を始めたのに対し、白瀧は元々古武術を習っていた。それを独自にバスケの動きに取り入れたということ。

 そしてもう一つ。これが大きいのですが、正邦は古武術の身体的技術のみを動きに組み込んだ。しかし白瀧はそれだけではないということです」

 

 元々古武術は本格的に身につけるとなると、稽古の都合もあってそう簡単にはいかない。少なくとも高校から始めたならば、高校在籍中に習得することは難しい。だからこそ正邦は古武術の動きの一部のみをそのままバスケに活かせるようにと練習をしている。

 だが白瀧は違う。元々彼は古武術を小学生のうちから稽古していた為に、身につけていた。最もバスケとはまったく別に学んでおり、後に動きを取り入れたために完全ではない一面もある。

 そしてもう一つ。先ほども述べたように正邦は動きの一部のみを取り入れた。対して白瀧は身体技法に加え、古武術で学んだ心法をも取り入れているということ。

 

「心法。――すなわち心の修練です。

 その中でも特に、キラーインスティンクト(殺戮本能)と重ね合わせた力。やつはそれを『気当て』と呼んでいました」

 

 俗に言う『ガンを飛ばす』や『目で殺す』というものである。それを武道で鍛えたもの。

 古武術において戦う場合には構えた時に、あるいは構えずとも対峙した時に相手の強さ、その間合いが相手から伝わってくるという。

 相手から放たれる『威圧感』にも似たような、強い感覚が相手を襲う。

 これは戦う相手も強く、勝負に対して本気でなければ感じることはあまりない。しかし勇作ほどの選手が相手ともなれば、白瀧のキラーインスティンクトも加わって――相当な威圧感が加わることになるだろう。

 

「白瀧のディフェンスは、攻めるディフェンス。積極的にボールを狙う姿勢。そして相手に凄まじい威圧感を与え、スティールを敢行する。

 ……相手のオフェンスを許さず、瞬く間にボールを奪い去り、相手が気がついた時にはゴールに向かい、そして速攻を決める。だからこそあいつは、中学時代に『神速』と呼ばれた」

 

 これこそが白瀧が強敵と戦う為に取り入れたディフェンス。彼は守備であろうと退く事はない。

 

(世間では『攻撃こそ最大の防御』と言うが、俺にとってはそれではまだ甘い。

 『防御こそ最大の攻撃』。相手のチャンスさえも味方のチャンスに一転する。それにより、流れを自分達の下へとひきつける!)

 

 守るときこそ攻め、味方の攻勢に転じる。速攻の速さも相俟ってその脅威は倍増する。

 事実今のディフェンスで大仁多が一気に攻勢に移ろうとしていた。

 

「……本田、少し耳を貸せ」

「あ? 何だよ?」

 

 さらに盟和に追い討ちをかけようと、白瀧が本田を呼んで耳打ちする。

 

(まずいな。せめてもう一本を決めないと!)

 

 細谷がボールを運ぶ。完全に大仁多が勢いをつけつつある。

 ここで決めなければ後半の試合展開にも影響が出かねない。

 だからこそこの攻撃を必ず決めようと意気込むが、西村の厳しいディフェンスが彼の行く手を阻んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 エースの活躍により、大仁多の動きがさらによくなっていく。西村もひたすら脚を動かし、細谷から自由を奪った。

 細谷は西村の俊敏な動きを前に、シュートを撃つどころか中途半端な位置でドリブルをとめてしまった。そのためにボールの確保に専念せざるをえなくなってしまう。

 

(けど、パスコースが……ない!)

 

 ディナイが厳しく、ボールの供給が上手くいかない。金澤も小林のマークでヘルプに向かうことができなかった。

 

「……ッ! 細谷さん!」

「頼む!」

「よしっ!」

 

 カットでマークを外した古谷が飛び出す。

 24秒制限まで時間も少ない。細谷は迷う事無くパスをさばいた。

 ボールを受け取った古谷は鋭くカットイン。45度のポジションから中央へ切り込んでいく。

 本田も機敏に反応するが――

 

(まだ、俺のはこっからなんだよ!)

 

 古谷の本命はここからのステップバックシュートにある。

 瞬間、古谷は右足を大きく踏み込み、後方へと下がる。

 すぐにシュートモーションに入る。だが前進してきた本田が腕を伸ばし、彼の行動を阻止した。

 

「なっに!?」

(……マジじゃねえか!)

 

 本田が古谷の動きを読みきり、攻撃を防いでみせた。

 

6番(古谷)のステップについてだ』

『ッ!?』

 

 この攻撃が始まる前、白瀧の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『ステップバックシュートはたしかにディフェンスとの距離を作る強力な技だ。

 だがその為の踏み込む足は、決まっている。自分のゴール側の足だ。逆に反対の足は使わない。力が出にくいからな。

 足の動きに注目しろ。反応できれば、お前なら止められる!』

 

 ステップバックシュートの攻略法。ディフェンス能力の高い本田は本番で見事に成功させた。

 

「ぐっ、このっ……!」

 

 身動きが取れなくなった古谷は腕だけを振ってゴール下の神戸へボールを回す。

 

(これ以上はもう待てない! 僕が行くしか!)

 

 ゴール下で黒木と神戸の一対一。

 時間の問題もあり、神戸はターンから即シュートを撃つ。

 

「強引に撃ってきた!」

(いや、浅い。これなら――!)

「まだ甘い!」

 

 黒木のブロックショットが炸裂する。

 

「ぁっ!」

「ちくしょう!」

(ディフェンスがどんどん厳しくなっていく……!)

 

 ボールはリングに跳ね返り、かろうじて古谷がボールをキープする。

 トップの細谷へボールが戻る。だがもはや流れは大仁多にあるというのだろうか。隙を突くことができない。

 ゴール下を攻めようにも、シュートまで持ち込むことさえ困難であった。

 

「細谷、よこせ!」

 

 一人、勇作が声を張った。古谷と神戸が防がれ、彼が最も可能性が残っているのも事実。

 ローポストの勇作へとボールが渡る。

 

(平面ならお前の方が分があるってんなら、ここを攻めるまでだ!)

 

 上手く体を使いポジションを確保した勇作のポストアップ。

 先ほどのように奪われない為に、勇作はパワードリブルでリングへ迫る。

 

「ッ! 重っ!」

 

 白瀧の口から思わず言葉が漏れた。当然だ。

 二人の間には体格も強靭さも大きく隔たりがある。勇作が強引に押し込んでいった。

 

(やはり、このポジションは不慣れか!)

 

 耐えきれなかったのか、白瀧の横――ゴール側に切り込むスペースができた。

 勇作は見逃さずにスピンムーブで白瀧をかわしてドリブルイン。そのままレイアップシュートを撃つ。

 

「ッ!?」

 

 跳躍した勇作。彼を迎え撃つように本田も真っ向から跳んでいた。

 

「なっ!?」

「本田!?」

(なんでお前がそこにいる――!?)

 

 まさかこれも読んでいたというのか。多くの者が予想外の本田の動きに呆気にとられた。

 

(ったく、あの野郎は人使いが粗いんだよ!)

 

 その本田は心の中でこれを仕組んだ相手に怒りを覚えていた。

 

『それとな、もう一つ』

『まだ何かあんのかよ!』

『次勇作さんが来るとしたら、多分ゴール下から狙ってくる。

 ポストアップからゴールに切り込んでくることになると思う。俺じゃ無理だから、頼むな』

『は!? ちょっ、おい!』

 

 古谷のステップと勇作のオフェンスについて一方的に話すと、時間がない白瀧はすぐマークに戻った。

 おかげで本田は文句を言うことも出来なかったのである。不満は当然あった。

 だが白瀧にもきちんと考えがあってのことだった。

 

(さっき派手にディフェンスを見せたからな。同じ手は使わないはず。

 そうなると最も自信のある攻撃を仕掛けてくるだろう。即シュートを撃ってリバウンド勝負、という方法は少なくとも俺をかわさない限りしない。じゃないとスティールを受ける危険性がある。

 これで自ずと選択肢はポストアップから仕掛けることに絞られる。ならば後は俺がコースを空けておけば――)

 

 勇作をその場所へと誘導することができる。後は本田の動き次第。賭けではあったが上手くいった。

 

「それでいい。それでこそ本田さんを出し続けた効果があるというもの」

 

 藤代も成功を確信し、笑みを浮かべた。

 試合に出続けたことによって相手の動きの読みも深くなっている。勘が研ぎ澄まされ、より対応が早くなっていた。

 

(野生の勘による、高速のヘルプディフェンス――! 駄目だ、もうボールが!)

「残念ですがこの勝負、俺達の勝ちです!」

 

 すでに勇作の手からボールが放たれている。

 今からではシュート切り替えもパスも出すことも出来ない。

 

「大仁多を、舐めんじゃねえ!」

 

 本田のブロックショットが決まった。

 

「さっすが、本田さん!」

「よこせ、西村!」

 

 こぼれだまを西村が空中で拾い、体を回転させて小林へとボールを回す。

 

「――――戻れッ、戻れ!」

「止めろ! 絶対に守りきれ!」

 

 細谷の、岡田の叫び声が響く。これから来るであろう攻撃の嵐を察したのだ。

 

「行くぞ、速攻!」

 

 ボールを持った小林が先頭となって駆け上がる。

 古谷が戻りながら小林のマークにつく。だが小林はドリブルで古谷をひっかけると、斜め前へとバウンドパスをさばいた。

 誰もいないはずのその場所に、白瀧が飛び込む。

 

「小林さんナイスです!」

(また、お前か――!)

 

 先ほどまで勇作と同様にゴール下にいたはずだというのに、もう最前線まで上がっていた。

 古谷は内心で毒づくが、白瀧を止めることはできない。

 

「行かせるものか!」

 

 これ以上突破されてはまずい。金澤が白瀧の前に出る。

 距離が迫る中、白瀧は減速しなかった。勢いそのままに切り返しを一つ入れる。何もフェイクを入れることなく、スピードだけで金澤を抜き去った。

 

「な、速っ!」

 

 相手の動きについていこうとして足を引っ掛けてしまい、金澤はその場で転倒した。

 もはや背中を目で追うことしかできない。残る細谷に期待を寄せる。

 

「ぐっ……うん?」

 

 そんな彼の目の前を一つの影が通過した。

 

「ちっ、来い白瀧!」

 

 唯一戻ることができた細谷が立ちはだかる。

 文字通り一対一。白瀧は早々に仕掛けた。視線はそのままにフリースローライン上で跳躍する。

 

(ティアドロップか!)

 

 準決勝のビデオを思い出し、細谷はすぐにブロックに跳ぶ。

 

「ッ、駄目だ細谷さん!」

 

 そこに金澤の制止の声が届く。当然ながら地に足が着いていない今では間に合わない。

 白瀧は腕を下ろし、ボールを後ろへと放った。

 

「なんだと!?」

(お前ならばそこにいるだろう――西村!)

 

 ボールは走りこんだ西村の手に。

 

(あいつならば必ず追いつく。ならば俺はあいつの進路上に――コートへの最短ルートにボールを落とすだけでいい!)

「ナイスパスです、白瀧さん!」

 

 完全にフリーだった。細谷が着地した時、西村のレイアップシュートが決まった。

 

『よっしゃあ!!』

 

 速攻を決め、西村と白瀧がハイタッチをかわした。

 (大仁多)41対54(盟和)。前半戦終了間際、13点差まで追い上げる。

 

「まさかお前も目を持っているのか……?」

 

 細谷が白瀧へ問いかける。

 今、白瀧は決して視線を動かさなかった。それにも関わらず背後の西村に迷う事無くパスを出せた。

 コート全体を見渡せる広い視野、それを白瀧も持っているというのか。

 

「目? そんなもの必要ありませんよ」

 

 恐れさえ抱いているその問いに、白瀧は簡単に返事をした。

 残念がら白瀧はそのような便利な能力は持ち合わせていない。

 

「こいつはいつでも、俺の背中を追い続けてきてくれますから」

 

 あるのは仲間への信頼のみ。

 

「『神速』の二枚看板による、セカンドブレイク……!」

「それでも、帝光時代に比べればまだマシに思えるのだよ」

「え? これで?」

 

 これ以上の速攻があるのだろうかと、高尾が問う。

 

「帝光時代は白瀧と青峰の二人が同時に攻めあがったからな」

「……青峰ってたしか、『キセキの世代』のエースとか呼ばれてたやつ?」

「ああ。スピードと得点力に優れた2人のフォワードの速攻。あれは相手が気の毒に思えるレベルなのだよ」

(たしかにマシだ! 俺だったらまずディフェンスに戻りたくねえ!)

 

 昔を思い出しながら緑間が言った。

 白瀧と青峰、たしかにこのコンビの速攻は相手にしたくないだろう。これに主将であった赤司も加わると……想像は難しくなかった。

 

「そして、まだ終わりじゃない……!」

 

 大坪がコートの動きを敏感に感じ取り、警戒音を発する。

 その声によって二人も再びコートに目を向けた。

 

「もう一本だ! 当たれ!」

 

 小林の声を合図に、オーツコートマンツーマンが展開された。

 

「なっ!?」

(こいつら、マジで攻めに来てる!)

(前半戦のお返しのつもりか!)

 

 前半戦残り数秒、大仁多が再び猛攻を仕掛ける。

 厳しいディナイによってパスコースは制限され、選手達の動きも散漫となった。

 

「もらった!」

「ぐっ!」

 

 西村が金澤の腕からボールを弾く。そのままボールを確保するとすぐに中央の白瀧へ。

 

「よし来た!」

「白瀧だ、止めろ!」

「わかってるよ!」

 

 すぐに古谷がヘルプに出る。絶対にブロックしてやると、身を屈めた白瀧の目の前で空を舞う。

 

「甘い!」

「ッ!?」

 

 しかし、白瀧のシュートモーションはそこで止まった。

 

(フェイク――!?)

 

 時間がないというのに、ここでフェイクを入れるのか。盟和の選手達が驚いている中、今度こそ白瀧がジャンプシュートを撃った。

 

「ふざけんな――!」

「むっ!?」

 

 シュートの軌道上に勇作が割り込む。白瀧のシュートを叩き落とした。

 そしてブロックと殆ど時を同じくしてブザーが鳴り響く。

 

『前半終了――――!!』

 

 激しい争いが繰り広げられた前半戦が、終わりを迎えた。

 (大仁多)41対54(盟和)。第二Qの結果を見ると大仁25得点に対して盟和27得点とリードを広げた結果となった。

 しかし第二Qの終盤、白瀧投入後は3連続得点を記録するなど大仁多も負けていない。

 

(ブザービーターで決めるつもりだったが……)

「まったく。そう簡単には決めさせてはくれませんか」

 

 白瀧は勇作をにらみつける。ディフェンスで圧力はかけたはずだが、未だに闘志は消えていなかった。

 

「当たり前だろ! お前ごときのために全国へのチャンスを逃すわけにはいかねえんだよ!」

「……なるほど。ならば後半戦こそ、徹底的に攻めてみせます」

 

 挑発を受け、白瀧も笑みを浮かべて応えた。

 二人ともチームメイトに声をかけられ、その場を後にする。

 前半戦の20分が終了。試合は半分を残すのみ。まだ試合の行方はわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集ナノだよ――

 

「こいつはいつでも、俺の背中を追い続けてくれますから」

「それは本当か白瀧!?」

「あ? なんでそこに勇作さんが反応して……」

「つまり、俺と茜のような関係ということか!」←追う側(兄)

「……え?」←追われる側(妹)

「全然違う! あんたと一緒にするな!」

 

 仮に二人がそういう関係になったとして、追う側と追われる側は基本逆のはずです。


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