黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十六話 怒りに燃える

『第二Q終了です。これより10分のインターバルに入ります』

 

 栃木県予選決勝もついに前半戦が終了。試合はインターバルに入り、選手達は各々の高校の控え室へと引き上げていく。

 

「41対54、13点差か。大仁多は結構離されましたね」

 

 選手達の姿がコートから消え、観客の話題は前半戦の振り返りだ。

 秀徳高校の選手達も然り。高尾の呟きに大坪は前半戦を思い返しながら答える。

 

「大仁多はレギュラー二人の不在に加え、盟和が大仁多対策に練習してきた奇策を最初から出してきたからな。

 加えて主力であるエース・勇作が絶好調。この勢いを止めるのはなかなか難しい。しかし……」

「第二Qで白瀧が復活し、連続得点に成功した。これで大仁多も大分勢いづくはずです」 

 

 先の言葉を予測して同じ意見に辿りついた緑間。大坪も首を縦に振って続けた。

 

「そうだな。エースがいるといないではチームの形そのものが変わる。

 ここから先は大仁多も逆転に向け、より攻勢に出るだろう。となると後半戦の注目は」

 

 一度言葉を区切り、盟和の選手達が先ほどまでいたベンチを見つめる。

 

「大仁多の攻勢に対して盟和がいかに自分たちのスタイルを貫き通すかによる」

 

 少なくとも攻めに転じる大仁多に対し、下手に守りに入ることは得策ではない。準決勝の聖クスノキ戦のような結果に陥る結果となる可能性が高い。

 ならば後半戦も攻め続ける姿勢を持つこと。それがこの試合の結末に大きく関わっていくだろうと大坪は予想した。

 だが彼がそのように考えている中、当の盟和を率いている監督の岡田は――

 

「…………」

 

 控え室で選手達が体を休めている中、一人考えにふけていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

(後半戦の対策が、まったく決められん! 相手がどのようなメンバーを組んでくるのか、全然読めん!)

 

 岡田の悩みの種は、後半戦の大仁多が打ってくるであろう手を、向かってくる選手の面子を読みきれないということにあった。

 

(いや、正確にいえば全然とういうわけではない。しかし考えが多すぎてまとまらない……!)

 

 理由は大仁多の選手層の厚さ。一年生も活躍していることにより、どの選手が出てきてもおかしくないという状況である。

 いくつかの選択肢の中ようやく三つのパターンまで絞り込んだもののそこからは検討がつかなかった。

 一つ目の考えは、第二Qと同じ選手達で後半戦も望むという考え。

 PG:西村

 SG:白瀧

 SF:小林

 PF:本田

 C:黒木

 前半戦を良い形で終わらせることができたため、その勢いを続けるためにもこの編成が最も可能性が高いと思えた。

 この場合はスリーは白瀧のみに警戒すればよいのでより中を固めるべくボックスワンかゾーンディフェンスが有効と考えられる。

 

 二つ目はSGに山本か神崎のどちらかを投入し、代わりにPGを務めていた西村を下げるという編成。

 PG:小林or白瀧

 SG:山本or神崎

 SF:白瀧or小林

 PF:本田

 C:黒木

 外からの攻撃を2枚とし、より外角のシュートを狙ってくる。

 加えて中に切り込んでくるスラッシャータイプの選手がいるため対処が難しい。マッチアップを考えなければならないが、相手の出方によっては組み合わせも変わってしまう。

 

 三つ目は大仁多がベストメンバーの布陣で臨むという場合。

 PG:小林

 SG:山本or神崎

 SF:白瀧

 PF:光月

 C:黒木

 山本の消耗が大きいためSGは神崎の可能性もあるが、それ以外は本来の形に戻すということ。

 だが光月は準決勝の聖クスノキ戦で生じた不安も大きく、その翌日ということで解消されているわけではないだろうという考えから最も可能性が低いと考えられた。

 とはいえ、一番厄介であるのがこの五人であるというのも事実。

 経験した試合時間が一番長く、選手としての能力が高い組み合わせ。もしも藤代がこのメンバーを選出したならば相応の覚悟で挑まなければならない。

 仮に光月が本来の力で挑んできたならば、白瀧も復活している今、止められるだけの余力はほとんどないのだから。

 

(どれも可能性がある。しかもオフェンスもディフェンスも対応はまったく変わってくる。

 ……っくそ! 勝っているのはこちらのはずなのに、全然そんな気持ちがしない!)

 

 リードを保っているとはいえ、相手の実力を考慮すればいつ逆転されてもおかしくない。

 追われている立場のプレッシャーは相当なものであり、ここで判断を間違えるわけにはいかなかった。

 

「――よし! 聞け、お前達!」

 

 そして、岡田は覚悟を決めた。

 

「お? 何です? 考え事していたようですけど、まとまりました?」

「ああ。後半戦に向けて話しておく」

 

 お気楽な気持ちで聞いてくる古谷に苦笑しつつ、岡田は全員を呼び寄せた。

 

「後半戦、大仁多は第3Qから逆転するくらいの勢いで攻めてくることが予測される。

 しかし情けない話だがどう攻めてくるか、俺には判断がつかない。そこで……ディフェンスはお前達選手の判断に任せる」

 

 結果、岡田はディフェンスの判断を五人のレギュラーに託すことにした。

 今結論を急ぎ、その予想が外れたならば精神的にも余裕が消えてしまう。

 ならば現場の判断に任せ、選手達の行動を信じようと。それが岡田が出した結論である。

 

「……本気ですか監督?」

「ああ。細谷、最終的にはお前がチームを纏めてくれ。タイムアウトを取るまでは、お前の判断でチームを動かす」

「あらら。そいつはまた責任重大ですね」

 

 相手が大仁多ということもあり、細谷の表情から笑みが消えた。

 前半戦の消耗が激しいのは彼も同じ。そこにさらに司令塔としての重責が増える。

 心中で不安と言う闇が濃くなっていく。

 

「ハッハッハ! いいじゃないっすか! そういうの俺好きですよ!」

 

 そんな闇を振り払うかのように、勇作の笑いが響いた。

 

「難しいこと、今考えても仕方がない。それならばいっそのことその場の勢いで行く。何の問題もない!」

「……お前のその性格、今は本当に羨ましい」

「だろ? ま、だからあんまり気にしすぎるな」

 

 勇作は立ち上がり、細谷の肩を叩いて言った。

 

「難しい指示はお前に任せる。その代わり後は任せとけ」

「行動に関しては僕たちの役目だからね」

「その代わり、責任はきっちり取ってもらいますけどねー」

 

 神戸と古谷も笑みを浮かべ、細谷を見た。

 不思議と重責が随分と軽いように感じられた瞬間だった。

 思わず細谷の表情にも笑みが浮かんだ。

 

「……言ってろ。だが俺だって自分でも動くからな。足引っ張るなよ」

 

 強がりを言えるだけの余裕も戻っている。これならば大丈夫だろうと岡田は息をこぼした。

 

「よし。ディフェンスに関しては以上だ。

 オフェンスに関しては相手がどう出ようと関係ない。……金澤、お前の出番だ」

 

 岡田はずっとビデオカメラを覗き込んでいる金澤へと視線を向ける。

 ビデオの内容は当然のことだが前半戦の映像だ。一つの行動も見逃さないと言わんばかりに集中しているようだった。

 

「前半戦、大分見ることができただろう? そろそろ仕事を果たしてもらうぞ」

「……ええ。体の方も大分温まってきました。いけます!」

 

 顔を上げた彼の表情は、溢れんばかりの自信を象徴しているかのように、笑みでいっぱいだった。

 

 

――――

 

 

 大仁多の控え室に戻るや否や、口を開いたのは他でもない藤代監督だった。

 

「よく聞いてください。後半戦――第三Q、ここからまた選手を交代します」

 

 告げられたのは選手交代(メンバーチェンジ)の指示。

 おそらくこのままではいずれ対策を打たれてしまうと考えた監督はその前に動こうと考えたのだろう。

 

(……やはりな)

 

 俺もその考えには同意見だった。

 第二Qで勇作さんを止めて連続得点を挙げらたとは言え、その主な理由は奇襲に成功したからだ。

 だが慣れられると盟和も黙ってはいないだろう。そうなると今の五人は身体能力はあまり高くないために押し切られる可能性もある。第二Q終盤の試合展開が良い例だ。

 だからこそ、手を打つならば早い方が好都合であった。

 

「西村さん、そして本田さん。お二人に代わり、山本さんと光月さんに入ってもらいます」

「ッ! は、はい!」

「……うす」

「よっしゃあ! 了解です!」

「え? あ、はい」

 

 四人はそれぞれ異なった反応を示しつつ監督の指示に答えた。

 二人の選手交代。これで大仁多は本来のレギュラーが揃うこととなる。つまり、ようやく元々予定していた布陣で盟和と戦うことができるということだ。

 

「それに伴い、オフェンス・ディフェンス共に方針を少し変えます。

 PGに小林さんを戻し、オフェンスをいつもの形に戻す。そしてディフェンスは同じポジションの方とマッチアップです。勇作さんには光月さんを当てます」

 

 エースの勇作さんには同じPFの明に止めてもらう。

 ……辛いだろうが選手の能力として最も可能性が高いのはあいつだ。俺もさっき対決して強く思った。高さも力も勇作さんは秀でている。

 もっとも、明本人はまだ割り切れてはいないようだが。

 

「監督、いいんですか? 勇作には白瀧を当てたほうが……」

「いいえ。勇作さんにはシュートレンジの広さだけではなく、ゴール下の強さもある。

 ただでさえ今こちらはリバウンドを確保できていない。こちらが対抗するためには、光月さんが適任です」

「しかし」

 

 小林さんが意見するが、やはり藤代監督は譲らない。

 そう、俺では盟和の選手達からリバウンドを取れない。勇作さんが相手ならばなおのこと。そして向こうのゴール下を制するためにも明は適任だ。だからこそ監督の判断は正しい。

 まだ納得しきれないのだろうが、小林さんは口を開こうとするが山本さんに引き止められた。

 

「山本……」

「わかりましたよ。少しでも楽にできるよう、俺らがサポートします」

「ええ頼みます。古谷さんのステップバックシュートは勿論のことですが、抜かれたらすぐにヘルプに出てください。

 この第3Qで一気に点差をひっくり返すくらいの勢いで挑みますよ!」

『はい!』

 

 どうやら山本さんの体力の心配はないようだ。俺も山本さん達の負担を減らせるように動かなければならない。

 

(……俺は古谷のマッチアップだが、勇作さんの性格上向こうから来る可能性が高い。

 いざという時、明が立ち直れないときはマークチェンジしてでも俺が止める!)

 

 指示に背くことになるかもしれないが、今大切なのは勝つこと。

 考えたくはないが信じすぎるわけにもいかない。覚悟は必要、か。

 

「……橙乃! 悪い、もう一度テーピングをやってもらってもいいか?」

「うん、ちょっと待ってて」

 

 橙乃は呼ぶとすぐに駆けつけ、足のテーピングを巻きなおしてくれた。

 レッグスリーブの代わりにつけているこれのおかげでいつも通りに動けている。

 自分のプレイに不安はない。後は自分の役目を果たすだけだ。

 

「ありがとう。これで後半戦も戦える」

「きっと大丈夫だよ。前半戦は休んでいたんだから、しっかり挽回してもらわないとね」

「……ああ、そうだな。まだ大仁多が負けている状態なんだ。早いうちに――できれば第3Q中にひっくり返して、橙乃も安心してみていられるようにしないとな」

「うん。そのためにも白瀧君も頑張ってね、エースなんだから」

 

 慣れた手つきであっという間にテーピングは終了した。こちらに向けられた表情には笑みが浮かんでいて不安の色は窺えなかった。

 よほど信頼されているのか、それとも俺に心配させたくなかったのか。俺には答えはわからないが健気なエールには応えたい。

 

「任せておけ。IHの出場、さくっと決めてやる」

 

 だから、改めて決意を言葉にした。そう言うと橙乃は笑みを深くして頷いてくれた。

 

「応援してる。それしかできないけど、ちゃんと見てるよ」

「十分だ。それだけで十分だよ」

 

 決して嘘ではない。あの頃に比べれば見守ってくれる人がいるだけでどれほど心強いだろうか。

 思いが伝わったのか、橙乃が少し恥ずかしげに首を縦に振った。

 

「……それとね、私からもう一つ言ってもいい?」

「なんだ?」

 

 一つ間をおき、橙乃が口を開く。

 どこか恥ずかしげにも見える表情。俺の知らないところで何か試合中にあったのだろうか?

 

「この試合が終わったら、私……」

「ん?」

「白瀧君に、話したいことがある」

 

 …………………………いけないいけない。一瞬思考がクリアになって呆然としてしまった。

 ちょっと待って、橙乃さんそれは言ってはいけない敗北フラグです。大仁多が負けてしまいます。 

 勿論冗談で言っているのではないだろうが。そう言われては俺も対応に困ってしまう――

 

「おい、要。今ちょっといいか?」

「どうした? 何かあったか?」

 

 対応に困った俺に勇が助け舟を出してくれた。席を立ち、勇の元に向かう。

 よくやった。何も知らないだろうが、今度何か驕ってやる。200円までなら。

 

「あっ。……逃げた」

 

 背中越しに何か聞こえたが、今は聞こえないフリをした。

 悪寒などを感じたが次の勇の問いで全てが吹き飛んだ。

 

「試合中、本田の調子はどうだった?」

 

 思いもしないチームメイトの名前であった。明ではなく、本田の名前とは。少なくとも第二Qであいつの動きに鈍さなどは見られなかった。

 それに本田は最後のプレイで勇作さんのブロックにも成功している。監督の信頼に応えた、見事な動きをしていた。

 決して不安視するようなことはないと俺は思っている。

 

「いつも通りに動けていた。俺の言葉にも耳を傾けていたし、周りも見えていた。

 特に心配するようなことはないと思うけど、何かあったのか? そういえば姿が見えないな」

 

 周囲を見渡しても本田の姿が見えなかった。後半は選手交代とは言っても体を休め、いざという時に備えておかなければならないのに。

 

「俺もそこが気になってさ。いざ声をかけようと思ったらいつの間にかいなくなってて……」

「あ、本田さんなら監督の話の後、すぐにトイレに行くって言ってましたよ」

「本当か?」

「はい。ただその後は全然戻ってきてませんけど」

 

 話を聞いていた西村が答えを教えてくれた。

 ……体調が悪いようには見えなかった。試合前も試合中も軽快な動きを見せていた。

 それなのにまだ戻ってきていない? ちょっと心配になってきたな。

 

「わかった。ちょっと俺様子見がてらトイレに行って来る」

 

 本当は明に声をかけておこうと思ったいたが、事情が変わった。

 

(ひょっとしたら、自分を責めているかもしれないな)

 

 性格を考えるに本田の自尊心があいつを許さないと思えた。

 だから放って置いては駄目な予感がした。かつての友のように、いつの間にか人が変わってしまうような事になるのではないかと、いやな予感が。 

 

「白瀧さん!」

「はい? 何ですか?」

 

 すぐに向かおうとした矢先、監督に声をかけられる。

 

「本田さんを探しにいくのなら、一つお願いがあります」

 

 どうやら俺達の会話が聞こえていたらしい。

 監督から一つの依頼を受けて、再び本田の下へ向かった。

 

 

――――

 

 

 その頃、男子トイレの個室に本田の姿があった。丁度他に使用している者はなく、本田以外の存在は見られない。

 そんな中トイレに響いたのは悲痛な声だった。

 

「ちっくしょう。出すもの出ないで、余計なものばかり出てきやがる……!」

 

 目を隠すように手で覆う。目頭が熱くなり、あふれ出たものは止まることを知らなかった。

 

「情けねえ。結局、一人じゃ何もできなかった! あいつの手を借りなきゃ止められなかった!」

 

 第二Q、ディフェンスを期待されて本田は出場して勇作とマッチアップした。

 しかしその結果本田は勇作の得点を許してしまい、リードを広げられる一因を作ってしまった。

 たしかに最後の一本を止めて後半への流れを掴むことは出来たが、それも白瀧がいてのこと。一人では何もできなかったのだと、自分の無力を嘆いていた。

 

(散々越えてやるとか言っときながら、試合では助けられてんだ。これじゃあ本当にただの馬鹿だ)

 

 相手の方が力量が上で、ミニゲームで一度は負けを経験して。それからは常に白瀧に敵対心にも似た感情さえ持っていた。

 その相手に試合で助けられた。口だけの人間と思われても仕方がない。

 馬鹿野郎と心の中で自分に対して何度も悪態をついていると、トイレの入り口が開く音が聞こえた。

 

(……ッ!)

 

 咄嗟に口を閉じた。誰であろうとこんなみっともない姿を知られたくなかった。

 早く去ってくれと祈る。しかし入ってきた男は扉の前で立ち止まり、呼びかけてきた。

 

「本田、いるか?」

 

 白瀧の声だった。できれば今一番会いたくない相手の声。

 戸惑い反応に困る本田であったが、白瀧は壁越しに話を続ける。

 

「答えないってことは、やっぱり本田だよな?」

 

 違うならば一言話せば済む話。答えないという行動が、中にいる人物が本田であるという事実を物語っていた。

 本田もそれを理解し、問いかけに応じることにした。

 

「ああ、そうだ。何の用だよ?」

「監督から話があるとのことだ。試合が始まる前に、できればすぐに戻れと」

「監督が? ……そうか」

 

 何の用件だろうか、考えるがすぐに答えは出た。おそらくは二軍への降格だと。

 先ほども悩んでいたことだが試合に出ておきながら結果を残すことができなかった。一年生であるために実績も少ない。ならば当然のこと。

 そう思うと抱いている苦悩も馬鹿らしく感じられ、逆に気分が楽になった。

 

「……俺からも言いたいことがあるが、いいか?」

「何だよ?」

 

 できればそっとしておいてほしいが、この男は譲らない。それくらいは共に行動しているのだからわかる。

 本田は観念してその先を促した。言いたいことがあるなら何でも言えと。

 

「さっきは助かった。ありがとう」

 

 だが、まさか礼を言われるとは思ってもいなかった。

 

「は? 何を言って……」

「お前がいなかったらおそらく勇作さんをとめられなかった。お前がいたからこそ最後の勝負時に失点する事なく繋げられたんだ。

 俺一人ではできなかったんだ。お前は十分に役割を果たしてくれた。後は俺達に任せておけ。以上だ」

 

 続けざまに言葉を放つ。

 やめろと言いたかったが口を開くと感情があふれ出てしまいそうだったので言えなかった。

 その後白瀧は用件を済ませたのかその場から立ち去っていき、そして途中で立ち止まった。

 

「それと、監督から言うはずだがあらかじめ言っておく。

 ……一軍内定。今後も他の一年生の方々同様、さらに力をつけつつ頑張ってください、だそうだ」

「え……」

「よかったな。お前の奮闘、監督もしっかり見ていたぞ。後半も呼ばれたならまた頼む。信じているぞ」

 

 今度こそ本当に白瀧は去って行った。再び一人になった空間に、また声が響いていく。しかし先ほどのような悲痛な叫びではなかった。

 

 

――――

 

 

 前半戦が終了して10分。インターバルが終了した。

 ついに試合は後半戦を迎え、選手達が再び決戦の舞台へ戻ってくる。

 

「……どうやら、大仁多はレギュラーに全てを託すことにしたようだな」

「不安要素はあるものの、実力はお墨付き。IH出場はこのメンバーで決める、そういう気持ちの現れでしょうか」

「ま、俺らもこいつらにやられたから、この面子での戦いを見たいというのもありますけどね」

「ああ、そうだな」

 

 大仁多の五人の選手がユニフォーム姿で準備している。面子はこの五人。

 PG:小林圭介 188cm

 SG:山本正平 178cm

 SF:白瀧要 179cm

 PF:光月明 192cm

 C:黒木安治 195cm

 最も信頼の置けるメンバーで優勝を勝ち取りに来ている。

 かつて自分達も対戦したメンバーが揃う姿を見て、大坪達はどこか懐かしく感じていた。

 

「後半戦。これで、栃木の代表が決まる」

 

 緑間は大会のプログラムを開き、トーナメント表を覗き込んだ。

 

【挿絵表示】

 

 この一試合で予選が終了。IHへの出場校が決定される。

 王者・栃木か。挑戦者・盟和か。勝つのはどちらか一校のみ。

 

「……勝つぞ! 大仁多、ファイ!」

『オー!!』

「優勝するぞ! 盟和、ファイ!」

『オー!!』

 

 両校のボルテージも最高潮を迎えている。

 選手達が円陣を組み、コートに足を踏み入れた。

 

(……可能性が低いと思っていたレギュラー陣。藤代、勝負に出たな!)

 

 選手の姿を見て、岡田は己の予想が外れたことを察し、藤代をにらみつける。

 当の藤代は視線を受け流し、五人の選手を見守っていた。

 

「勝たせてもらうぞ、小林。今度こそお前達を倒す!」

 

 その先では細谷が小林に宣戦布告していた。

 不安がないわけではない。しかしそれよりも勝ちたいという気持ちが勝っていた。

 相手の思いが伝わったのだろう、小林も言葉に応えた。

 

「やれるものならやってみるといい。優勝も栃木最強PGの座も、譲る気はない。

 それでも挑むというのならば、受けてたとう」

 

 冷静に、しかし内心では闘志が燃え滾っている。言葉一つ一つに自信が満ち満ちていた。

 

「そしてもう一つ言っておくが、気をつけた方がいいぞ?」

「忠告か? 何だよ?」

「前半戦、まさかの13点ビハインドという展開に、怒りを覚えているやつらがいる(・・・・・・・・・・・・・・)のでな」

 

 小林の後ろから白瀧が現れる。

 横を通り過ぎていくだけであったが、彼の表情を見て盟和の選手たちの表情が固まった。

 

(……凄い集中力! 静かなのに、気迫がかなり伝わってくる!)

(自分が出られない状況下でここまで押されていた現実。インターバルでさらに気持ちが高まったか?)

「……上等! イラついているのはこっちもなんだよ!」

 

 だが負けられない、負けたくないという思いは盟和も譲れるわけがない。

 今度こそ初の栄光を掴み取るのだと、五人の選手は王者の姿をにらみつけた。

 

「どうだ、光月? 大丈夫そうか?」

 

 試合再開前から火花が散る中、山本が光月に声をかける。落ち着いた表情で光月は答えた。

 

「……はい。大丈夫、です」

「そうか。前半戦はしっかり休んでいたんだ。お前にも暴れてもらわなきゃな!」

 

 肩を叩き、奮起を促す。反応は小さく、やはりまだ本調子ではないのだろうと窺えた。

 

(緊張もそうだろうが、何よりもプレイの不安だろうな。

 その不安を表情に出さないようにと必死に隠しているように見える。それさえ振り切れれば大丈夫だと思うんだが……)

 

 それが難しいというのが現実。精神面の改善は簡単ではない。

 何とか試合中に切欠を掴んでほしいと願うばかりであった。

 

「……俺もサポートする。共にゴール下、体を張るぞ」

 

 黒木が肩を組み、目を見て落ち着かせるように言う。

 

「わかっています。それが、僕にできることですから……!」

 

 今自分ができること、それをやるしかない。光月も声を振り絞った。

 

「さあ、始まるぞ! 第3Q、決戦再開!」

 

 各々の思いとは関係なく時間が流れ、試合は始まりを迎える。

 山本がスローイン。小林がボールを運び盟和ディフェンスに攻め込んだ。

 

「行くぞ! まず一本! 止めて流れを呼び戻す!」

「おう!」

 

 盟和も細谷の指揮の下、動きを見せた。

 

「これは……!」

「前半戦も見せていた、マッチアップ2-3ゾーン!」

 

 盟和が大仁多対策にと練習を続け、実践でも効果を発揮していたマッチアップ2-3ゾーン。

 再び大仁多の攻めを止めようと、容赦なくプレッシャーをかけていく。

 相変わらずパスコースが特に徹底されており、簡単にパスを出せない。

 

(メンバーが変わろうと関係ない! 小林であろうと、絶対に!)

「……甘く見られたものだな」

「え?」

 

 細谷が必死のディフェンスを見せる中、小林は一言残して彼の横を過ぎ去った。

 

「なっ――!?」

 

 フェイクを使っていない、凄まじいキレのあるクロスオーバー一つで細谷をかわした。

 トップからハイポストへ侵入。すかさずジャンプシュートを撃つ。

 

「くそ!」

 

 古谷がすかさずヘルプに出るが――

 

「言っただろ? 怒りを覚えているやつらがいる(・・・・・・・・・・・・・・)と」

 

 彼のブロックは届く事無く、ボールがリングを射抜いた。

 

「決まった! 小林さん、鮮やか!」

「後半戦、最初に得点を決めたのは大仁多! 主将の一発!」

 

 (大仁多)43対54(盟和)。

 小林の得点により、大仁多が幸先の良いスタートを切る。

 

「前半戦、苦労していたゾーンを切り崩した!」

「スピードとテクニックを併せ持つ、オールラウンダーのPG。やはり、衰えんなあいつは」

 

 苦境であろうとも安定した強さを見せ付ける。小林の姿に、大坪は自分が胸を躍らせていることに気づいた。

 

「何度も同じ手が通用するとでも思っていたのか?」

「ぐっ……」

「俺が後輩達が作ってくれたチャンスを無駄にするわけがないだろう。

 さあ、反撃開始だ! 一気に畳み掛ける! 行くぞ!」

『おう!』

 

 頼れる主将、小林圭介ここにあり。エースだけではない。

 大仁多が逆襲に向けてまず大きな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集nanoだよ――

 

 

「言っただろ? 怒りを覚えているやつらが……あっ」

 

 ボールがリングに衝突する。三度跳ねてリングの外に向かい……

 

「うおおおお!」

「させっかああ!」

 

 黒木が勇作のブロックを飛び越え、無理やりねじ込んだ。

 

「よっしゃあ!」

「くそっ!」

「…………」

「…………」

 

 ゴール下で熱い展開が繰り広げられ、対照的に小林の周囲に気まずい空気が流れる。

 

「……言っただろ? 怒りを覚えているやつら(白瀧と黒木)がいると」

「小林さん、無理してフォローしないでください! 余計に格好悪く感じます!」

 

 結果が出る前に言っているので、失敗すると滅茶苦茶恥ずかしい。


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