黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四十七話 牙を剥く伏兵

「ディフェンス! 一本集中!」

 

 チームを引っ張る小林の声がコートに響く。

 最初の攻撃を決めさらに士気高まる大仁多のディフェンスが盟和の選手達に強くプレッシャーをかける。

 

(くそっ! やっぱりパスコースがない!)

 

 特にボールを保持する細谷に対する小林のチェックは厳しかった。高さもあるというのだから厄介である。

 大仁多のマンツーマンディフェンスを前にボールをキープするだけでも難しい。パス一つでも油断するわけにはいかなかった。

 

(けど、な!)

 

 トップに立つ細谷は緩急で揺さぶると、ボールを左手に移して右へドライブで切り込めるよう重心を傾ける。

 すかさず小林も対応して彼を追う。

 だが細谷はそこからボールを横にさばいた。誰もいないはずのその場所に、Lカットでマークマンである山本をかわした金澤が飛び込む。

 

「なっ……」

「しまった!」

 

 掌に収まると同時にボールの軌道を変えてゴール下へ。

 神戸がロールターンで黒木をかわし、そのボールを受け取った。

 

「ナイスパス!」

 

 マークを振り切った神戸はそのままジャンプシュートを沈める。

 (大仁多)43対56(盟和)。盟和もすぐさま得点に成功した。

 

「すまない」

「ドンマイ、気にするな! ボール早く!」

「山本さんもオフェンス切り替えていきましょう!」

 

 気落ちする黒木に声をかけ、小林がボールを要求する。白瀧も山本に話しかけるが、彼は自分の相手である金澤を見て固まっている。

 

「あいつ、あんなに早かったっけ?」

「は? 速いって……それほど動きが急に変わったようには見えませんでしたが」

「いや、動きそのものじゃない。速さじゃない方の、早さ」

 

 今先ほどのプレイ。その動きから金澤が前半戦とは違うことを察知していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やばいな、得点は決めることはできたが。……やはり大仁多のベストメンバーは攻撃力が違いすぎる」

 

 細谷が愚痴を零すように言った。

 前半戦と違い、現在は小林が司令塔のポジションに入っている。トップに総合力に長けた選手が入ったことにより、両ウイングの山本・白瀧の両選手も動きやすくなる。

 マンツーマン2-3ゾーンも破られるとなると、現状大仁多の攻撃を全て防ぎきるような上手い手はなかった。

 

「……だがエースさえ止めれば話は別だろ」

 

 そんな細谷の呟きに反応したのは意外にも勇作であった。後半戦開始直後であるためか表情も冷静で、ある意味一番落ち着いている状態だった。

 

「俺が白瀧にマッチアップする。エースさえとめれば、流れは取り戻せるはずだ」

「意気込みは買うが、できるのか?」

「元々俺はそのつもりでこの試合に挑んでいる」

 

 気迫溢れる強い言葉を受け、細谷は悩む事無く決断した。

 

「わかった、なら白瀧はお前に任せる。俺もとにかく抜かれないことに専念しよう」

 

 エースに対抗するのはエースしかない。

 もう一度流れを引き寄せようと盟和の選手達も気合を入れなおした。

 小林と山本が交互にボールを回して迫ってくる。トップに小林が立ち、ボールが彼に戻ったところで一度前進を中断した。

 

(さっきのでドライブを警戒したか。距離をあけて突破を防ごうとしている)

 

 冷静に細谷の体勢を見て、そして全体にも視線を向ける。

 

(光月は、やはりまだ辛いか。白瀧には勇作か)

 

 不安視している光月は古谷のマークを外せそうにない。

 一方、気になっていた白瀧のマークには勇作がビッチリとマークについている。

 

(……やはり俺を止めにきたか)

「行かせない! 今度こそ止めてやる!」

 

 予想していたことなので白瀧にも特に驚きはない。

 勇作はフェイスガードを行い、自由にはさせまいと体を動かすが……

 

「だが、それでは無理だ!」

 

 しかし白瀧を止める為にはまだ足りない。

 チェンジオブディレクション。外に一歩踏み出し、すぐに方向転換。一気に加速して勇作をかわし、ミドルへ。

 そこに小林がノーモーションからのパスをさばく。細谷の頭上を越えて白瀧に通った。

 

(ちっ! やっぱり高さが違う!)

「ナイスパス!」

 

 距離を開けていてもカットは難しい。白瀧はそのままシュートの構えに。

 

「させっか!」

 

 すかさず勇作が駆け込みながらブロックに跳ぶ。

 だがシュートフェイクだった。白瀧はピボットで勇作をかわし、ゴール下へ。

 

(このやろ、フェイクかよ! だが、まだ……!?)

 

 それでもすぐに体勢を立て直し、背後からのブロックを狙う勇作。

 

「無駄だ。あなた達じゃ俺を止められない!」

 

 すると白瀧の体がジグザグに動き、背後の勇作を、さらにヘルプに出た神戸を惑わした。

 そのまま二人をかわしてレイアップシュートを沈める。

 (大仁多)45対56(盟和)。再び11点差に。

 

「なに!?」

(今のはまさか、彼が準決勝で見せていたステップか……!?)

 

 ジノビリステップ。複数が相手であろうとも、止めることは容易ではなかった。

 

「白瀧のジノビリステップ!? そんな、秀徳(うち)と戦った時はそんなの使ってなかったはずじゃ!?」

「ああ。どうやらこの短期間で完成させたようなのだよ」

「なるほど。ヘルプに出た相手だけではなく、抜いた相手も死角からのブロックができない。

 たしかにこれは白瀧にとって強力な武器となったな」

「……俺は止めてみせます」

 

 練習試合で見られなかったプレイを目にし、高尾が驚愕の声を上げる。

 大坪も感心する中、緑間は一人彼への対抗心を強めていた。

 

(速い! ただ純粋に速い! 動きのキレが良すぎて捉え切れない!)

 

 それはコートに立つ選手も同様のこと。だが一つ違うのは、今ここで止めなければならないという状況だった。

 

「……古谷。ちょっと力を貸せ」

「いいですけど。やるならしっかり決めてくださいよ?」

 

 勇作が並んで走っている古谷に声をかける。言いたい言葉を察し、古谷も短く了承の言葉を返した。

 盟和のオフェンス。細谷はじっくりとボールを運ぶ。味方が大仁多のマークを外すことを祈りながらボールをキープした。

 すると古谷が勇作のマークについていた光月の動きを体で封じた。

 

(スクリーン!)

(オフェンスでも来るのか!?)

 

 古谷のスクリーンで勇作が光月のマークを外れる。すかさず細谷がパスをさばく。

 ボールを受け取ると同時に、彼の前に白瀧が立ちはだかった。

 

「あくまで俺を倒す、そのつもりですか?」

「当たり前だ!」

 

 ゴールからやや離れているが、ミドルレンジでもシュートを撃てるのが勇作の強み。

 トリプルスレッドの体勢から瞬時に勇作の上体が上がり視線がゴールへと向く。

 その動きにつられ、白瀧の動きが硬直。そして勇作が動き出した。

 

「抜いた!」

 

 シュートフェイクと見せかけ、白瀧の右横から勇作のドリブル突破。

 だがそこに白瀧が右腕を伸ばしバックチップでボールを弾いた。

 

「うっ!?」

「俺が目の前で素通りさせるとでも?」

 

 白瀧のスティールが成功。ボールを山本が拾い、盟和の攻撃を防ぎきった。

 

(勇作を止めるか! やはりディフェンスも並大抵ではない!)

 

 エースをいとも簡単に止められて、岡田の表情に曇りが生じ始めた。

 再び大仁多の攻撃が始まる。今度は小林は一度中の黒木にボールを入れると今度は外の山本へとボールを回す。

 

「はいはい、それじゃ俺も行かせてもらいますか!」

(ッ! 来る!)

 

 重心の傾きから金澤が動きを予測し外角への切り込みに集中する。

 すると山本はクロスオーバーと見せかけて逆をつき、中への侵入を果たした。

 

(速っ! インサイドアウト!?)

 

 ボールをそのまま手首の動きで返し、ディフェンスをかわす――インサイドアウトで金澤をかわす。

 さらにシュートフェイクで神戸を引っ掛けると黒木へパス。ゴール下のシュートへと繋げた。

 

「よっしゃあ!」

「ナイスアシストだ山本!」

「黒木さん、ナイッシュ!」

 

 (大仁多)47対56(盟和)。ついに点差が一桁に縮まった。

 

「9点差……かよ。やばいな」

 

 とてもではないが守りきることが難しい。細谷の嘆きにも聞こえる呟きが、全員の心境を表していた。

 

(どうにかしたいけど、でも個人の能力が高くて止められない)

(となるとオフェンスで取るしかないんだが……)

 

 せめて得点に繋げたい。そう思って全員が体を動かす。

 

「まあ、好きにはさせんがな!」

 

 そこに大仁多のディフェンスが襲い掛かる。小林が細谷の手からボールを弾いた。

 

「ぐっ!?」

 

 細谷自身、思考に浸っている余裕はない。油断すればたちまち持っていかれる。

 幸運にもボールはラインを割り、なんとか大仁多にボールを奪われることだけは防げた。

 

『盟和高校、タイムアウトです!』

 

 まだ後半が始まって二分も経過していない。しかしここで岡田はタイムアウトを選択した。

 

 

――――

 

 

「やはり、厳しいか」

 

 岡田の問いに選手達は声も出なかった。無言で俯いている姿がその答え。

 ベストメンバーを相手にして、改めてその実力を思い知った。

 

「……白瀧に勇作と古谷のダブルチームを当てる。こうなってはある程度点を取られるのは仕方がない」

 

 ならばせめて要所を締める。他が甘くなってもエースが勢いづくことだけは避けようとの考えだった。

 

点の取り合い(ランガン勝負)に持ち込む。金澤を基点にして仕掛けていけ」

 

 守りに入れば流れをみすみす失うことになる。ならばリードを守りきるために盟和も攻めにいく。

 タイムアウトを取った盟和が方針を決めている中、大仁多高校も同じように今後の流れを決めようとしていた。

 

「……おそらく、ただ流れを切るだけのタイムアウトではありませんね。

 何か考えがありそれを実行するために。このタイムアウト後、良くも悪くも局面が動く可能性が高いです」

 

 後半戦始まってすぐのタイムアウト。おそらくインターバルで指示を徹底できなかったからこそのものだと藤代は考えた。

 そしてそうだとすればこの後、盟和が大きく動くことになるだろうと予測できる。

 

「それなら大仁多も動いていきますか?」

「それも良いのですが、しかし今うちは流れに乗っている。オフェンスも得点できている今、下手に動きたくない。

 それに加えて岡田さんの考えも読めない今、できれば向こうの出方を窺いたい、というのが心境です」 

 

 対して大仁多は点差も縮め、選手達のコンビネーションも上手くいっている。

 このまま続けていきたいと藤代は考えており、あえて細かい指示を出すことは避けた。

 

「点差はありますが、ひっくり返せないような大差ではない。確実に攻めていきましょう」

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 そして試合が再開される。古谷のスローインから試合が始まった。

 細谷が受け取り、ボールを運ぶ。やはり先ほど同様小林が迫るが……

 

(ここを決めて、流れを掴む!)

 

 今度は完全に掴まる前にパスをさばく。

 細谷から中央へ駆け出す金澤へ。そしてすぐに古谷へパスをさばいた。

 古谷は白瀧がマークについていたが、突如バックステップしてかわし、その手元にボールが収まっていた。

 

(しまった! こいつは直接ボールを持ってなくてもマークをかわすために……!)

 

 一瞬の反応の遅れ。その遅れが古谷のジャンプシュートを許してしまう。

 (大仁多)47対58(盟和)。盟和が点差を二桁に戻す。

 

「ちいっ!」

「やはり古谷のステップも上手いな。慣れないととめることは難しいぞ」

「はい、わかっています」

「あいつ……」

「ドンマイ。切り替えていけ!」

「あ、ああ」

 

 小林が白瀧と山本に声をかけていく。二人とも返事をしているが、山本は相槌を打つにとどまった。

 今の動きを見て、金澤のプレイに気が着いたことがあった。

 

(金澤、あいつはカットが上手い。一歩目の踏み出しが早くなっている)

 

 カット、すなわちオフェンスがディフェンスを引き剥がす動きのこと。

 ボールを持っていない状態で金澤は山本のマークから外れるためにカットを駆使していた。

 

(不意をつかれるということ。それに一気に走っていくからディナイが出来ない。さっきもそうだったがこれが盟和の狙いか?)

 

 狙いに気づくものの対処はそう簡単ではない。どうにかして止めなければと山本は考えながらオフェンスに参加するが、さらに盟和は動きを見せた。

 

「むっ!?」

「これは、白瀧にダブルチーム!?」

 

 白瀧に対して勇作と古谷がマークにつき、行く手を阻んでいた。

 

(エースの白瀧に二人、これではパスは出せないか)

 

 長身の二人がついているため、白瀧がマークを外せない限りはパスを出せない。

 まず一本、もう一度白瀧にボールを回そうと考えていたために不意をつかれた形となった。

 

(だがそれならば光月がフリーになる!)

「行け! 光月!」

 

 ダブルチームのために光月には誰もディフェンスがついていない。

 小林はドリブルで細谷を引っ掛け、ゴール下の光月へ直接パスをさばく。

 ボールを手にした光月はそのままジャンプシュートへ。

 

「撃たすか!」

「ッ!」

「光月!」

「ぁっ……」

 

 そこに素早くヘルプに出た神戸がシュートコースを塞ぐ。

 光月はシュートを撃とうと考えていたが、呼ばれるがまま黒木に軽く放るようにパスを出し、黒木が両手(ボースハンド)ダンクを決めた。

 (大仁多)49対58(盟和)。両者一歩も譲らず。

 

「ナイス光月! よく見てたな!」

「は、はい……」

(さすがに理解している分神戸のヘルプは早いか。しかし黒木もいればゴール下も決められる)

 

 白瀧が封じられている分、ゴール下のディフェンスは比較的手薄の状態になっている。

 冷静に周囲を見渡せている黒木の助けもあれば、このまま攻めきることもできるだろう。

 

「……大丈夫か、光月は?」

 

 一方、観客席で観戦している大坪は光月に対して不安を覚えていた。

 

「パスを出したというより、パスに逃げたように見える」

「でも今のは黒木さんもフリーになってたし、それでよかったんじゃ?」

「たしかにな。だが光月は体幹の強さがある。加えて自ら決めにいくだけのパワーがある。

 より確実な選択肢であったかもしれないが、自分を印象付けるためにも決めにいってもよかったのだが……」

 

 練習試合で彼の力を目にしたからこそ、余計に残念だと思った。

 

「決められる分には仕方ない。だけどこっちも取り返す!」

 

 対して決められた盟和の選手たちのダメージはそれほどではない。

 失点は覚悟の上。それでも必ず取り返してリードを守りきるのだと。

 再び金澤を経由してのパスワーク。金澤から今度はゴール下の勇作へ。小林によって封じられているゴール下へのパスを成功させる。

 

「……ッ! 来い!」

「悪いが、白瀧以外のやつに止められるかよ!?」

 

 勇作は体をぶつけながら切り込んでいく。一瞬光月が怯むが、屈強な体格を誇る光月は勇作のパワーに耐えた。

 さらに侵入を防ぐべく力を込めて対抗する。……その瞬間勇作は利き足軸にターンアラウンド。ゴール側へ飛び出した。

 

「なっ! そんな!」

「勇作の技術が勝った!」

「もらった!」

 

 流れるような動きで光月をかわし、フリーになってからのゴール下のシュート。

 

「くっ、そおおおお!」

「うっあ!?」

 

 しかし光月は強引に体を回転させ、背後から勇作に迫る。

 その結果勇作は倒れこむような形で着地し、シュートを撃つことはできず、審判の笛が響いた。

 

「ディフェンスファウル! プッシング! 白9番(光月)! フリースロー! ツーショット!」

 

 勇作にフリースロー二本の権利が与えられた。

 

「大丈夫かい?」

「あ、ああ」

(マジかよ。俺にもパワーには自信はあったが……なんつうパワーだ。軽く接触しただけなのに完全に体勢を崩された)

 

 神戸の手を借りて立ち上がる勇作。彼の視線は光月に釘付けだ。

 多少無理でもゴールを狙ってボールを放るつもりだったが、フォームが乱れて実行に移せなかった。自信があった分、勇作には光月のパワーが脅威に移った。

 

(これは復活されたら、マジで盟和はヤバイ!)

 

 不安を抱えつつも勇作は審判よりボールを受け取り、フリースロー二本を沈めた。

 (大仁多)49対60(盟和)。均衡状態が続く。

 

(状況が良くない。光月さんも心配だが、それ以上に金澤さんのパスを止められない点が痛い)

 

 この戦況を見守る藤代も徐々に焦りを感じ始めていた。

 点差を縮めるにはオフェンスを決めるだけではなく、ディフェンスでとめなければならない。

 だが金澤の自在なパス回しを止められずに簡単にボールを通してしまうと、それも困難だ。

 

「……今年のレギュラーのうち、金澤は一年生の中では唯一のレギュラーを勝ち取った。

 たしかに身体能力は山本の方が上だろうが……何も数値だけが全ての話ではない」

 

 金澤は身体能力では山本や楠といった同ポジションの選手には劣る。

 しかしそれ以上の価値を見出して岡田は彼をレギュラーに選んだ。

 

「SGの役割は外の3Pシュートに加えてPGの補佐、すなわちパス回しの役割を担う。

 そのためにもより相手をかわして味方選手へボールを運ばなければならない」

 

 司令塔を手伝うパスワーク。それを実行するための力を持っているからこそである。

 

「だからこその金澤だ。前半戦は撮影したビデオを含めて相手とのタイミングを計り、後半戦はカットでかわして細谷からボールをもらう。

 あいつは思い切りが良い性格だ。一瞬で判断を下し、スペースとなる場所に駆け込み、存在しないはずの細谷からのパスルートを作り出す」

 

 ディフェンスは全てのスペースを守ることは不可能。ゾーンディフェンスであろうとも担当外のポジションは生まれ、さらに敵の動きによっては新たにスペースができてしまう。

 そのスペースを金澤は見逃さない。その場所を一瞬で見分けると迷う事無く飛び出し、そこから味方へとパスを繋げる。

 

(しかもあいつは受け取るとすぐにパスに切り替えている。これじゃあ事前に先回りしないと止められない!)

 

 マークする山本もその脅威を感じ取り、止めなければと意気込むが苦戦を強いられた。

 

(基本的にディフェンスはオフェンスに対して後出しだ。

 相手の動きを予測し、その動きに反応して挑んでいる。当然のことながらそれを全て見切ることは不可能だ。

 それに加えて、細谷さんは金澤さんが動いている最中にパスをさばいているから、コースを読むことも難しい)

 

 いくら身体能力が上と言っても、不利な状況から始まる勝負をひっくり返すことは困難だ。

 こればかりは対応が難しいと藤代も頭を悩ませた。

 

「とにかく、こちらもオフェンスを決めるまでだ!」

 

 小林が細谷のマークを突破。

 ヘルプが来る前にバウンドパス。再び黒木のゴール下から加点に成功する。

 (大仁多)51対60(盟和)。白瀧が封じられている分、小林達は動きやすくなっている。大仁多も確実にオフェンスを決めていく。

 

「……やはり、止めきれないか。だが白瀧のオフェンスは封じることができている。このまま攻め続けろ!」

 

 エースを封じても攻撃の手は止まない。この展開に苛立ちを覚えつつも岡田は選手を鼓舞するべく声を張った。

 そして彼の思惑通り、第3Qが始まってから数分間、お互いが点を取り合うランガン勝負が繰り広げられることとなった。

 

 

――――

 

 

「しつこい! 今度こそ!」

 

 点を取ろうともすぐに取り返してくる。この流れを断ち切ろうと山本が仕掛けた。

 小林とのピック&ロールで中央突破。パスを受け取り、そのままレイアップシュートへ向かう。

 

「ッ! 山本さん、ストップ! そこは!」

 

 シュートをまさに撃とうとした瞬間。白瀧より制止の声が届いた。

 だがもうシュートモーションは中断できず、山本はそのままボールを放る。すると彼の背後から古谷のブロックショットが決まった。

 

「うおっ!」

「よっしゃあ、ナイス古谷!」

 

 ダブルチームについていた古谷のヘルプにより、ようやく盟和が大仁多のオフェンスを完全に防いだ。

 神戸がボールを取ると細谷へ回し、確実にボールをキープする。

 

「大仁多、ついに攻撃失敗。これは痛い!」

「なんとかディフェンスを止めたいところだが……」

 

 だが未だに金澤のパスワークを攻略できているわけではない。

 一対一ならとめられないことはないが、彼のパス回しそのものにはまだ対応策が見つかっていないのだ。

 

「そういやなんか、あいつのやり方は黒子のタップパスに似ているな」

「いや、黒子とこの金澤のパスは決定的な違いがある」

 

 ふと以前戦った相手のことを思い返す高尾。

 だが緑間は旧友とこの相手には大きな違いがあるということに気づいていた。

 

「一つはミスディレクションを使っていないこと。そのために目が慣れるということが起こらない。

 もう一つはミスディレクションを使っていないために金澤の姿が目に入っているということ。

 後出しとはいえ、金澤を防ぐためにディフェンスは追わなければならない。それにより、逆にそこに再びパスコースができてしまう……!」

 

 金澤が中に切り込んでいくと見せかけ、急遽再び外へ。Vカットで山本のマークを振り切った。

 自分を山本が追いかけたことで今度はその場所がスペースとなる。そこに金澤が飛び込み、細谷がパスをさばいたのだ。

 フリーになった金澤は今度はパスをさばくのではなく、山本が戻る前に己の本業――スリーを放ち、そして決めてみせた。

 

「それに加え、あいつ自身尻上がりに調子を上げていくのでな。スリーもここからは得点源となるぞ?」

 

 (大仁多)57対65(盟和)。岡田の信頼に応える一発が炸裂した。

 第3Q残り時間6分を切り、点差は八点。徐々に詰まってはいるものの金澤のパス回しにより盟和も大仁多ディフェンスをかわし、加点していく。

 

(こいつ本当に迷いがないな。一瞬でも隙を見せればそこを的確についてきやがる!)

 

 一年とは思えない決断力のよさであった。

 シューターとしても思い切りの良さは重要となってくる。迷いがなくなればその分シュートの安定性も増して得点の増加へと繋がるだろう。

 後半戦、金澤の活躍により盟和も盛り返していく。

 

「どうでしょうか、東雲さん?」

「……はい、監督の仰ったとおりです」

 

 そんな中、大仁多のベンチ。藤代の依頼でデータを調べていた東雲が報告に入る。

 

「金澤君、ここまでの試合細谷君と並んでアシスト数が記録されています。

 それに加えて後半戦の方がスリー成功率が高い。前半戦は20%前後に収まっていますが、後半戦はその倍近くになっています」

「なるほど。正直な話、勇作さんが目立ちすぎることと三人のインサイドプレイヤーに得点が偏っていたので頭にありませんでした。

 ですがやはり細谷さんだけなわけがなかった。彼もまた盟和のレギュラーに選ばれるだけの実力は持ち合わせていたか」

 

 フロントラインの活躍に隠れがちであったが、金澤もしっかりと活躍を果たしている。

 こうなると大仁多は早く手を打つべきではあるのだが……

 

(だがどうする?)

 

 しかし味方の不意をついてくる相手の解決策は、そう簡単には浮かばなかった。

 

「いっそパスについては諦めて金澤君のマークを外して、他の人にダブルチームを当てるのはどうですか?」

「それは駄目だ橙乃! 金澤にはスリーもあるし自由に得点を許すことになる!」

「あ、そっか」

 

 思考に耽る中、橙乃が提案するが議論の前に佐々木が却下する。

 そう、中澤にはスリーもある。今も目の前で決めたばかり。それなのに彼からマークを外すわけにはいかなかった。

 

「……いや、その考えが良いかもしれません」

「え?」

 

 だが、藤代は肯定の意を示した。

 それはどういう意味なのか。おそるおそるほかの選手達が問いかけるが……

 

「パスコースを全て封じるのは厳しいです。諦めましょう」

「はああああ!?」

 

 思わず選手達は戸惑いの声を上げてしまった。

 

 

――――

 

 

 場面はコートに戻り、大仁多のオフェンス。

 小林から二人をかわした白瀧へ、細谷に奪われないようにと高いパスがさばかれる。

 

「させるか!」

「ちっ……!」

 

 だがボールは空中で勇作に叩き落とされる。ボールは白瀧に渡る事無く、ラインを割っていった。

 ボールを奪い返すことはできなかったが、攻撃を止めることができたという点は盟和にとって大きい。もう一本とめよう、選手達がそう士気を高める中。

 

『大仁多高校、選手交代です!』

 

 再び審判の笛が鳴り響いた。

 

「山本さん!」

「へ? え、俺!?」

 

 ユニフォームに着替えていたのは本田だった。

 交代相手である山本を呼び、選手交代が行われる。

 

「本田? また出てきたのか。しかも山本と交代? 金澤対策か?」

 

 盟和にとってはこの交代は予想外であり、岡田は頭を抱えることとなった。

 

「どういうことだ? 金澤にお前を当てて動きを封じるということか?」

 

 当然ながら何も指示を受けていない小林達も同様であった。

 小林が皆を代表して本田に問いかける。対して本田はその問いに首を横に振って言った。

 

「いや、俺の交代はあくまで伝令としてです。監督がタイムアウトを使うのはまだ早い、終盤に残しておきたいと。

 そのため次のボールデッドで再び山本さんに交代します。山本さんには監督から直々に指示が出ます。それまでの繋ぎです」

 

 本田は四人に指示を伝え、山本に藤代自ら伝えるために代わったのだと。

 その趣旨を理解してもらうと、ようやく本田は藤代より託された言葉をそのまま伝えた。

 

「……は?」

 

 だが、とても指示とは思えない言葉を耳にして光月達は目を丸くした。

 

「本田、念のためもう一度言ってくれるか?」

 

 念を押して繰り返すように言う黒木。

 そのため本田はまったく同じ言葉を口にした。

 

「……金澤のパスを読みきることは不可能。なのでいっそパスを出させましょうと」

「ええええええ!?」

「なるほど!」

「そしてええええええ!?」

 

 黒木と光月は思わず声を荒げた。

 逆に白瀧と小林だけは納得したように頷き、その二人の反応に黒木と光月は再び驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集シャララ――

 

「……は?」

 

 だが、とても指示とは思えない言葉を耳にして光月達は目を丸くした。

 

「本田、念のためもう一度言ってくれるか?」

 

 念を押して繰り返すように言う黒木。

 そのため本田はまったく同じ言葉を口にした。

 

「……金澤のパスを読みきることは不可能。なのでいっそパスを出させましょうと」

「ええええええ!?」

「なるほど! わからん!」

「そしてええええええ……え!? あれ!?」

 

 わかってないんかい。


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