黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第五十話 渇望するモノ

 ――盟和高校男子バスケットボール部。

 この二年連続でIH栃木県予選で準優勝という結果を残し、実質的に大仁多高校に次ぐと謳われている強豪校である。

 だがそれまでの実績は決して良いとは言えず、県内ベスト8の壁を破ることができずにいた中堅校であった。

 そんな中、盟和高校の命運を変えた転機が訪れる。

 

「橙乃勇作! 星栄中出身! ポジションはSFを希望です!」

 

 当時すでに身長が180センチを越え、将来盟和を支えるエースとして期待された勇作がバスケ部に入部したことであった。

 優れた運動能力を持ち合わせた彼は唯一の一年生レギュラーの座を勝ち取り、瞬く間に県内で活躍していった。

 

「っしゃあ!」

「キター! 盟和高校、再逆転!」

「一年生エースの活躍でついに決勝進出を決めた!」

 

 ボールがネットを潜り、拳を握り締める勇作。湧き上がる歓声。

 スコアラーとして頭角を現した勇作の活躍もあり、盟和高校は並み居る強豪を次々と撃破。

 ついにIHをかけた決勝戦――大仁多との対戦の日が訪れる。

 ここまで勝ち上がったのは偶然ではない。流れに乗っている勢いもある。ひょっとしたらバスケ部設立後初めての全国へ行けるかもしれない。盟和の選手達は、彼らを応援している人々はその希望を誰もが抱いていた。

 

「なっ――!」

 

 ……だが。

 

「まだまだだな。この程度では大仁多には届かない!」

 

 呆然とする勇作をクロスオーバーで突破するのは、当時大仁多高校で唯一の一年生レギュラー、それも司令塔を務めていた小林圭介だった。

 年が同じである上に体格もそれほど差はなかった。だが並外れた技術とチームワーク、そして戦術。それらが全て相手の方が上だった。

 さらにチームメイトにも差があった。大仁多には小林圭介の他にも全国に名を轟かせた強者が揃い、一人一人の実力差が明確であった。

 

『――試合、終了!』

「大仁多高校! 6年連続のIH出場決定!」

 

 結果、大仁多高校はトリプルスコアという大差をつけて盟和高校を下し、IHへの切符を手にした。

 

「……ははっ! マジか、ここまで違うもんか」

 

 初めて味わった大敗。しかしそれほど悲観はなかった。差がありすぎたからなのかもしれない。

 

「上等だよ! 今度こそ絶対に倒してやるよ!」

 

 負けた悔しさよりも次へのリベンジの気持ちの方が強かった。

 勇作はこの日から気持ちを新たにし、トレーニングを積んでいく。

 冬は準々決勝で常盤高校に敗れ、リベンジはできなかった。しかし勇作はゴール下の動きをひたすら練習し、その年の三年生の引退後からはPFにコンバート。

 新たなる力を手にして――二年生の夏。再び大仁多高校への挑戦への機会を手に入れた。

 

「……ふうっ」

「緊張してるのか、勇作?」

「馬鹿言え。これは武者震いってやつだ」

「あっそ。ひとまず今日もお前にパスだしてくからよろしくな」

「ああ。任せとけ細谷」

 

 この年から同学年の細谷もレギュラー入りを果たし、勇作もより心強い仲間を手にした。

 今度こそ、必ず大仁多に勝とう。そう意気込んで決勝の舞台へ上がる。

 

『試合、終了!』

「大仁多高校、7年連続優勝! IH出場だ!」

 

 ――結果は、準優勝。盟和高校は再び大仁多高校の前に屈辱を味わうこととなった。

 

「くそっ! 何でだよ! 何でまだ届かねえんだよ!!」

 

 試合が終わった後、勇作は一人荒れていた。壁に腕を叩きつけ怒りを露にする。

 実力をつけた。負けたくないという気持ちは強かった。……それでも届かない、遥か高み。

 さらに追い打ちをかけるように、WC予選も準決勝で大仁多と対戦し敗北を喫する。

 彼の不満は徐々に募っていった。そんなある日のこと。彼は耳にしてしまった。

 

「やっべ。タオル部室に忘れてきちまった」

 

 先輩達が引退し、主将に任命された勇作。仕事と責任が増えたが、トレーニングを減らすことはなかった。

 この日も朝早くから夜遅くまで練習を行い、ようやく寮へ帰ろうとしたところ、忘れ物に気づき部室に戻る。

 

「冬もあっさり終わっちまったな。せっかくだから決勝までは行きたかったんだけどな」

「仕方ねえよ。だって大仁多と準決で当たっちまうんだもん」

 

 部室内にはまだ部員達が残っていた。彼らの話し声を耳にして、勇作は扉を開けようとした手を止めた。

 

「それもそうだよな。むしろよくやった方じゃね?

 夏だって準優勝。しかも昨前よりも点差はなかった」

「ああ。WC予選もここまで勝ちあがれるほど実力がついたってことだ。

 俺達凄いと思うぜ? 今まで盟和がここまで勝ちあがれたことなんてなかったろ?」

「言えてる! どうせ次の夏も大仁多が優勝だろうけど。向こうと当たるまでは勝ちてーな」

 

 結果に満足しきっている声だった。この現状を受け入れている声だった。

 これでは打倒大仁多など叶うわけがない。彼らは大仁多に負ける前にすでに自分に負けている。叶わぬ野心に絶望し、勝利そのものを放棄している。

 部員の弱音を耳にした勇作の怒りは尋常ではない。だが今すぐにでも殴りこんでやろうという気持ちを、主将という責任感で縛り付ける。

 

「……根性なしどもが!」

 

 その日勇作は部室に戻ることなく、寮へと帰っていった。

 翌日、副主将となった細谷、そしてつい最近レギュラーとなった神戸を呼んで事の経緯を説明する。

 

「ふーん。まあそういうやつらの気持ちもわかるけどな」

「はあ!? お前もそんなことを言うのか!!」

「落ち着きなよ勇作。……別に細谷だって本気で思っているわけじゃない。彼らの気持ちもわかるってだけだよ。そうだろう?」

「ああ。たしかに全国にはいけていないけど、俺らは結果は残せている。

 現に世間では俺達が栃木内ではナンバーツーとか呼んでるやつもいるほどだからな。喜ぶやつがいるのも仕方がねーよ」

「馬鹿な! そんな考えで優勝できるわけがねえだろ!」

 

 まるで弱音を吐く者の肩を持つような態度の神戸と細谷に対し、勇作は激怒した。

 勇作は椅子から立ち上がり窓から青空を見上げ、誓うように口にする。

 

「俺はそんなんじゃ絶対に喜ばない! もう負けるのなんて御免だ!

 二番なんて不名誉で喜ぶなんて馬鹿げてる! ……必ず、優勝する! 必ず!」

 

 盟和の中でも、勇作の『勝ちたい』という気持ちは並外れている。

 一年生のころから味わった敗北は彼の勝利への飢えを成長させた。

 

「……わかってるさ。いつまでも甘んじてるわけじゃねーよ」

「うん。そうだね。……僕達も来年が最後なんだ」

 

 細谷は一つ息を吐き、勇作を諌めるように言った。神戸も少し寂しそうな笑みを浮かべ、二人に並び立つ。

 ――来年が最後。それを逃したらもう機会はない。

 「だから絶対に勝とう」。三人が心を一つにした日だった。

 

「俺をベンチに? いいんですか? 正直、俺嫌われているもんだと思いましたけど?」

「本当ですか? ……はい! 頑張ります!」

 

 さらに盟和はこれまで先輩への態度の悪さから部内で上下関係の問題を起こし、実力こそあったがベンチ入りできていなかった古谷。

 そして運動能力こそ高くはないものの、補佐型のSGとして実力を発揮していた金澤。

 この二人の新戦力を抜擢し磐石の態勢を整えた。

 チームは完成した。闘志は十分すぎるほど高まっている。後は――勝利を手にするのみ。最後まで準優勝という屈辱でおわるわけには、いかない。

 

 

 

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「うああああああああ!」

 

 様々な思いが含まれた叫びをあげ、勇作が全身に力をこめる。

 試合も終盤。ここまで常にゴール下で競り合いを繰り広げた疲労もある。だがそれを微塵も感じさせないように、勇作は全ての力を持って光月と対峙した。

 今までとは比べ物にならないほどの力と気迫を光月に向けた勇作のポストアップ。光月は多大なプレッシャーを受けながらも重心を下げ、持てる力を振り絞る。

 

「ッ……! 負けない! 大仁多が勝つ! もう後戻りはしない!」

「ふざけんな! 勝つのは盟和だ! もう準優勝なんて不名誉はいらない!

 俺が盟和を、茜をインターハイへ連れて行く!」

 

 お互いが譲れぬ信念を武器にぶつかっていく。

 一歩も退かないゴール下のぶつかり合いが繰り広げられるが、光月の奮戦の前に勇作はなかなかポジションを取ることができない。

 

(これだけやってもどかねえか! ……なら!)

 

 それならば勇作は別の手段を探り出す。

 他のチームメイトの動きに目を向けて、そして邪魔を受けないように一直線に走り出した。

 目指すはゴール下から離れたスリーポイントライン。

 

「よこせ! 細谷!」

 

 駆け込みながら勇作は司令塔の細谷の名前を呼んだ。

 細谷は小林の厳しいマークを受けながらも、なんとか身を動かし彼の横からパスをさばく。

 

「光月! 気をつけろ!」

「そいつのオフェンスはゴール下だけじゃない!」

(……わかってます!)

 

 勇作の手にボールがわたり大仁多の警戒心が高まった。

 先輩達の注意は光月も十分承知しており、若干距離をあけてぺネトレイトに備える。

 相手のシュートレンジの広さを知っているからこその対応だった。しかし――

 

「邪魔なんだよお前ら!」

 

 勇作はスリーポイントラインの外からシュートを放った。

 

「なっ――!?」

(馬鹿な! 勇作がスリー!?)

 

 ありえない。誰もがそう思った。

 たしかに勇作が中距離からもシュートを撃てることは知っている。だがスリーともなれば話は別。ここまでのデータにもなく、到底撃つとは思えなかった。

 無謀な試みだと大仁多の選手達が考える中、ボールがリングの中心を射抜く。

 

「決まった!?」

「嘘だろ……」

 

 (大仁多)97対85(盟和)。勇作のスリーが炸裂。

 

「気にするな。所詮単発では何も変わらない!

 相手に飲まれるな! 優位なのはうちだ!」

 

 突然の一発を受けて生じる気の迷い。それを小林が断ち切る。

 

「……はい」

「こっちも返すぞ! 一本集中!」

 

 大仁多のリードは現在12点。選手一人一人の力も勝っている。

 ならば盟和のペースに押し切られない限り、負けることはない。

 主将の一括により気を引き締め、大仁多は攻撃を開始する。

 

(だが、先ほどの咆哮でスイッチが入ったのか勇作の勢いが尋常ではない。

 もしあいつに止められるようなことになれば……万が一の可能性がある。ここは!)

 

 小林が外の山本へパスをさばいた。

 勝負所に慣れている三年生。ここで決めるのは山本がベストだと。

 

「オッケー。俺も同意見だしな」

「行かせない!」

 

 金澤が体に鞭撃ってコースを塞ぐ。

 せっかく勇作が決めたというのにここで得点を取られては意味がない。

 流れをもう一度盟和へ。そう願いを込めた必死のディフェンス。

 その思いを引き裂くように山本は切り込んだ。

 

「あっ!」

(もーらい!)

「撃て、山本!」

 

 加速したドライブを止めることができず、山本の突破を許してしまう。

 金澤を抜き去った山本がミドルからシュートを狙う。

 

「させっかああ!!」

「うおっ!?」

 

 そこに勇作の渾身のブロックが炸裂した。

 

「行くぞ! 攻めろ!!」

「しまった! 戻れ!」

 

 さらに盟和にとっては幸運なことにボールは誰もいない前方へと転がっていく。

 真っ先に飛び出し、ボールを確保した細谷はすぐさま斜め前へボールを放る。

 細谷に気を取られた小林は勇作がパスを受け取る姿を目撃した。

 

「止めろ! ここは絶対に守りきれ!」

 

 大仁多のベンチから悲痛な叫びが響く。

 

「なっ――!」

「やはり最後に立ちはだかるのは、あなただと思っていた!」

「白瀧!」

「勇作さん! ……止める!」

 

 その叫びに応えるように白瀧が先回りし勇作を待ち構えた。

 

「……盟和が息を吹き返すか」

「え?」

「この速攻を決めれば点差は10点。残り時間は二分強。なんとか逆転可能な域に戻すことができる。

 だが逆に失敗しカウンターを決められるようなことになれば詰みだ。今度こそ士気は取り戻せなくなり逆転も不可能になる。

 盟和が持ちこたえるか、あるいはこのまま大仁多が押し切るか。――この勝負で決まる!」

 

 勝負時を感じ取った大坪は一瞬たりとも見逃すまいと目を見開いた。

 下手すればこの速攻の結果で試合は決着を迎える。それほど重要度が高い。果たして二人はどう動くというのか。

 

「ですが……そういう勝負所で勝負を決めるのが、白瀧です」

 

 しかしならばこそ白瀧が止められないわけがない。

 勝負師たる力を持つ彼ならば、必ずやこのような場所でこそ真価を発揮するのだと。

 彼のことをよく知る緑間は彼の勝利を確信していた。視線の先で敵を待ち構える白瀧は重心を落とし、自然体の構えで勇作を観察している。

 

「あのディフェンスは! 俺との一対一で見せていた――!」

 

 同じく観客席で試合を見ていた楠は白瀧の姿勢を見て昨日の試合を思い出した。

 第三Q、楠の最後のプレイ。それを止める為に一度だけ見ることが出来た、彼の本気のディフェンスを。

 

(……考えろ。相手の動きを。見切れ。相手の手の内を。読め。相手の策を)

 

 勇作の動きを目で追いながら白瀧は集中力を高めている。

 ここまでのデータから想像できる敵の打つ手を、それに対応する手段を必死に模索していた。

 

(先ほどのプレイでスリーも考えられる。だが本職でないためか、やはりシュートを撃つ前に硬直が見られた。

 ならば後出しでも反応できる。それよりも困難なのは相手が切り込んできた場合だ)

 

 相手の攻め手が多い以上、完全な後出しでは分が悪い。身体能力では完全に自分が劣っている。

 だからシュートを撃たれる前に止めるのがベストだ。そう白瀧が考えている間に、勇作はすぐ目の前まで迫ってきた。

 もはや思考する時間はない。

 

(スリーは必中じゃないしシュートの前に止められる可能性が高い。

 味方を待つのも得策ではない。……このまま切り込み、そして決める!)

(集中しろ! 狙うは突破の瞬間。敵が切り返すその時だ!)

 

 お互いが必勝の策を練り、実行に移す。

 勝負は一瞬で決まる。だからこそ迷うことは許されない。

 ――勇作の右手から左手にボールが切り替わる。

 

殺戮本能(キラーインスティンクト)!)

 

 その瞬間、白瀧の瞬発力が解き放たれた。

 一歩踏み出し大きく伸ばされた手が、勇作の左手に納まるはずだったボールをはじき飛ばした。

 

「――ぁっ!?」

「獲った!」

 

 白瀧のスティールが成功。突破される前にボールを奪った。

 すかさず反撃に出ようと白瀧は勇作を横目に走り出す。

 

「だから言ったろ! 元々あんたのことを信じ切っているわけじゃねえってよ!」

「なにっ!? ……古谷!」

(スティールを読んでいたというのか!? 何で!?)

 

 予想外の出来事に白瀧は目を丸くした。

 ボールを手にしたのは、勇作後ろからを追っていた古谷だった。

 彼とて決して勇作を信じていないわけではない。だからといって完全に信じているわけでもない古谷は勇作が失敗する可能性も考え、白瀧がスティールすることを読んで追っていたのだ。

 

「だから――!」

「まずい!!」

 

 古谷がシュートモーションに入る。

 失点するわけにはいかない白瀧は当然ブロックに跳んだ。その足元に、古谷がボールを通す。再び勇作の手に渡った。

 

(パス、だと!?)

「ここまでお膳立てしてやったんだ。――さっさと決めて来い、馬鹿!」

「ちっ。……誰に言ってやがる!」

 

 シュートフェイクに白瀧がつられた今、勇作がフリーとなった。

 勇作は生意気な後輩から生意気な命令を受け、うっすらと口角を挙げて跳躍した。

 今度こそ盟和復活の一撃を。このままリングに叩き込もうと腕を伸ばす。

 

「させっか!」

「がぁっ!?」

 

 ダンクシュートが決まる寸前、小林が全速力で勇作のシュートを阻止した。

 リングが揺れる事無くボールが零れ落ち……審判の笛がなった。

 

『ディフェンスファウル! 白、4番(小林)! ツースロー!』

 

 フィールドゴールをとめることはできたが勇作にフリースロー二本が与えられた。

 

「ナイスですキャプテン。今のはファウルしなければ決められていた」

「ええ。正直、助かりました」

(勇作さんを止めることで意識が集中しすぎた。今のは俺の失態だ……)

「いや、白瀧もよく勇作を止めた。古谷のことは仕方がない」

 

 おそらく小林のファウルがなければ確実に決められていたことだろう。

 小林は礼を言う白瀧に声をかけ、全員をプレーへ戻るように指示を出した。

 審判からボールを受けた勇作がフリースローラインに立つ。

 ここで決めなければならないとエースの意識がある中、勇作は確実に二本のフリースローを成功させた。

 (大仁多)97対87(盟和)。点差は10点に。

 

「さすがエース! フリースローを二本とも入れてきた!」

「これで10点差! まだ逆転がありうるか!?」

 

 予想外の追い上げを見せる盟和に、観客席には立ち上がる姿さえ見えた。

 

『大仁多高校、タイムアウトです!』

 

 そんな中、藤代が残されていたタイムアウトを使った。

 

 

――――

 

 

 タイムアウトの申告により、大仁多の選手達がベンチに戻り息を整えている。

 10点差というリードこそあるものの決して浮かれている様子はなく、それどころか士気が沈みかけているようにも見える。

 盟和に連続得点を許し、波に乗らせてしまったことに対し自らを責めているような。

 

「……皆さん、こちらを向いてください」

 

 五人の選手が汗を拭いたりドリンクを飲んだりと体力の回復を行う中。

 藤代は彼らの前に立って意識を向けさせる。そして彼らが顔を上げると――何かが、空気が破裂するような音が響いた。

 

「なっ!?」

「っとお!?」

「ぶふっ!」

「ぅわっ!」

「……ッ!!」

 

 突然の不意をついた猫騙し。それを食らった五人は、緊張が完全に途切れて真っ白な状態となった。

 

「はい。どうでしょうか、気持ちのリセットになりましたか?

「な、なにを……」

「皆さん固い様子でしたので。反省はよいのですが引きずるのは無しです。

 さあ気持ちを新たに。残りのこの二分の話をしていきますのでしっかり聞いていてください」

 

 彼らの反論が出る前に藤代は訴えた。はっきりと流れを区切ろうと。

 言葉の真意を悟り、五人の顔の強張りが消える。決して気が抜けているわけではない、しかし集中している。精神的に余裕を持っている状態だ。

 これならば存分に力を発揮できるだろう。「それでよいのです」と藤代は改めてこれからの方針を語りだした。

 一方、盟和ベンチでは岡田が声高らかに選手を迎えていた。

 

「よく決めた! この得点はでかいぞ!」

 

 ベンチに腰掛ける選手達も嬉しそうに耳を傾けている。

 

「残り時間は短い。しかし勝機が完全に消えたわけではない。なんとしてもこの点差をひっくり返すんだ!」

「はい!」

 

 一時は完全に終戦の雰囲気が漂っていたが、連続得点により悪循環が途切れている。

 特に出場中のメンバーの士気は盛ん。勢いは消えていないと感じられた。

 

「よし。そのためにもまずディフェンスだ。一番厄介なのは大仁多のオフェンスで時間を潰されることだ。

 できることならば早い段階でボールを奪い、カウンターを決めたい。その為にも勇作、お前には……うん? おい、聞いているのか?」

 

 今後の対策を主張する中、勇作が一人うなだれていた。頭にタオルをかけていて表情を窺うこともできない。

 

「……勇作? どうした?」

「まさかどこか痛めたのか?」

 

 心配そうに左右に座る細谷と神戸が顔を覗き込む。

 

「なっ!?」

 

 そして驚愕した。二人の視線の先、勇作の瞳から大粒の雫が零れ落ちていた。

 

「ちょっ、は!? 何で泣いてんのお前!?」

「……マジやめてくんないすか? そういうのイラつくんですけど」

 

 予想外の状態に困惑するチームメイト。

 そんな彼らの気持ちを知ってか知らずか、元凶である勇作が口を開いた。

 

「いや、今こうしてるのが信じられなくて……」

「はぁ?」

「……点差が15点に開いた時には敗北を感じ取った。

 白瀧に止められた時はもうこれで終わりだと覚悟した。

 全てが終わったと思った。なのに、まだこうしてお前らと勝利を目指すことができてる」

 

 それが嬉しいのだと勇作は言う。

 彼の場合、かつて部員が弱音を吐いている所を口にしているのを耳にしたことがある。

 だからこそそれを許せず、勝利を最後まで求めたいという思いがあった。

 そして今。まさに彼の思いが繋がっている。何度も切れかけた。だが確かに健在だ。

 

「馬鹿。そういうのは勝ってから言え」

「うん。まだ僕らの思いは果たされていないよ」

 

 ならばこそ、その思いはまだとっておけと同級生は諭すように言った。

 

「……ああ、そうだな。悪い」

 

 優勝こそが彼らの本望。だからこの試合をひっくり返して、その後で今度こそ全ての思いを打ち明けよう。

 勇作は思いを一時の間封印し、再び選手の顔に戻った。

 

「頼むぞ。お前の力がなければ逆転など不可能だ」

「わかってます」

「よし、じゃあ話を戻すぞ」

 

 監督の言葉に首を縦に振って答えた。

 再び岡田が話を大仁多への対策に移す。

 

「とにかく重要なことは如何にして得点の機会を増やすかだ。

 体力的に厳しいだろうが……ここから先はオールコートで当たっていけ」

 

 オフェンスの回数は限られている。ならばそれを増やしていこうと。

 盟和はこの勝負時、最後の賭けにでようとしていた。

 そしてそれは藤代の推測どおりでもあった。

 

「十中八九、盟和はこの後オールコートを仕掛けてくるでしょう。

 残り時間が少ない中での十点差。私でもそうする。賭けになりますが、一番可能性が高いともいえる」

 

 ボールを奪うことができれば一気に点差を縮めることができる。

 確かに彼らの言うとおり、今この時こそが仕掛け時であろう。

 

「なのでこちらも手を打ちましょう。……あまりやりたくはなかったのですが、攻めますよ」

 

 そんな中で藤代も最後の一手を、勝負を決めるであろう最後の一手を指そうとしていた。

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 命運を分ける一分が終了。試合が再開される。

 気迫を纏った十人の選手達がコートに入った。選手の交代はない。

 スローワーは小林。まず確実にボールを入れようと試みるが……

 

「行くぞ! 一本! もう一度取っていくんだ!」

 

 細谷の怒声のような激しい叫びが空を切り裂く。

 盟和の選手達が力を振り絞り、最後の賭け――オールコートマンツーマンを仕掛けた。

 

(やっぱり! 藤代監督の予想通りか!)

 

 ここまでは思惑通りに事が運んでいる。そしてその対応策も受けている。

 小林が高さを活かし、細谷の指先を越えるようにボールを入れる。受け取ったのは白瀧。

 

「――なら!」

「こっちも行くぜ! 走れ!」

 

 そしてボールが入るや否や、大仁多の選手達が白瀧をバックコートに残して走り出した。

 

「えっ!?」

(小林まで白瀧を置いてフロントコートに!?)

「まさか! まずい、戻れ!」

 

 大仁多の奇襲のような動きに戸惑う中、逸早く思惑に気づいた岡田は必死に叫ぶ。

 

「いや、今からではちょっと遅いですよ!」

 

 すると彼の叫びを切り裂き、白瀧が単独でドリブル突破を果たす。

 

(これは、PG白瀧のパターンだ!)

 

 知識にあったはずなのに、ここにきて頭から抜け落ちていた。

 この男はただの得点屋ではない。大仁多は白瀧というドリブラーにボールを預けオールコートの突破を委ねた。

 結果――盟和ディフェンスはボールを奪うことができずに簡単にボールを運ばれてしまう。

 オフェンス5人対ディフェンス3人。金澤がなんとか止めようと前に出るが、白瀧がドリブルで引っ掛けてミドルの山本へ。

 勇作がヘルプに出るも小林のスクリーンに掴まり突破される。山本は神戸を誘き寄せたところで黒木にバウンドパス。彼のシュートを許してしまった。

 

「決まった! 大仁多、鮮やかに得点!」

「盟和のオールコートも難なく突破した!」

 

 (大仁多)99対87(盟和)。大仁多、盟和ディフェンスをものともせず。

 

「ぐっ!」

(折角オールコートを仕掛けたのに……これじゃあ相手の力を見せ付けられたようなものだ!)

「とにかく時間がない! 細谷さん!」

「ああ……」

 

 奇策に対する奇策。ひやりとしたものの、いつまでも引きずって入られない。

 細谷はボールを拾い、金澤へと視線を向ける。

 

「今だ! 攻めるぞ!」

『おおう!』

「なに――!?」

 

 だがその視線の先に、彼にとっては最悪の敵――小林の姿が映し出された。

 

「こ、これは!? まさか――!」

「オールコートゾーンプレス1-2-1-1!!」

 

 トップに小林、右に山本、左に白瀧、真ん中には光月、最後尾に黒木。大仁多も盟和と同様に攻めにでていた。

 

「ば、馬鹿な! ゾーンプレスだと!? なぜ大仁多がここで!?」

 

 ――ありえない。岡田は目の前の出来事を信じられなかった。

 確かにゾーンプレスは強力なディフェンスだ。ボールを奪うことができればあっという間に得点に繋がる。点差を突き放す強力な武器となりうるだろう。

 しかし毎回成功するわけではなく、突破されれば失点しやすいという諸刃の剣。追いかけるチームが実行するならばわかるが、逃げ切りを図る大仁多が実行するにはメリットよりもデメリットの方が大きく、到底実践に移すとは思えなかった。

 

「……あなた方の勢いは脅威だ。一瞬でも隙を見せれば食われる可能性がある」

 

 彼らは知っている。東京都でも実力では決して負けていなかった。しかし波に乗った新鋭に押し切られた強豪があったということを。それを知りながら二の舞を演じるわけにはいかない。

 

「ならばこそ、そのような余裕さえ与えない。最後まで攻め続ける。オフェンスの機会など与えない。――トドメを差す」

 

 油断などあるはずもない。藤代は目の前の勝利を貪欲に求め続ける。

 

「くそ――!」

 

 細谷は歯軋りが止まらなかった。目の前の小林のディナイはそれほど厳しいわけではない。だがそれゆえに中央へのパスが出せない。間違いなくサイドラインへの誘導を計っている。自分達のマッチアップ2-3ゾーンと同じ目的であろう。

 

(それがわかっている、わかっているけど!)

「細谷さん! 早く! 5秒!」

「ちくしょう!」

 

 相手の目的がわかっていながら、細谷はサイドライン付近の金澤へパスをさばいた。

 

「チェック! 詰めろ!」

「ちっ!」

(やっぱり動き出しも早いか。これじゃあパスも出せない!)

 

 同時に大仁多も動き出す。山本、そして小林が金澤のダブルチームにつき、白瀧も中央に寄ってパスを警戒している。

 

(駄目だ! 動きが封じられた!)

「もらった!」

「あっ!?」

「金澤!」

 

 小林がボールを弾き、そのまま自分のものとした。

 リングはすぐ目の前。細谷がブロックに跳ぶが、何事もなかったようにミドルシュートを沈める。

 

「決まった!」

「大仁多のゾーンプレス成功!」

「これは痛い! 痛すぎる失点!」

 

 (大仁多)101対87(盟和)大仁多が得点を100点台に乗せた。王者の背中が遠のいていく。

 

「もう一回だ! 当たるぞ!」

 

 それでも攻撃の嵐はやまない。

 

「こいつら!!」

(まさか、本当に残り時間攻め続けるつもりか!)

 

 再び大仁多はゾーンプレスを展開する。

 今度はボールを運べるようにと金澤がボールを細谷へ入れる。

 何とか突破して欲しい、そう願うも……小林と白瀧のダブルチームが立ちはだかった。

 

(……プレッシャー半端じゃねえ!)

 

 県内を探してもこの二人ほどの鉄壁のダブルチームは見つからないだろう。

 細谷といえどボールを受け取るものの、ドリブルさえつくことができない。

 そしてパスコースを探している間に白瀧がボールを奪い取る。

 

「ッ!?」

「よっし!」

「……この、一年のくせに!」

「そう何度も撃たせるか!!」

 

 体勢を立て直すとそのままレイアップシュートを狙う。

 だがそう簡単に決めさせるわけにはいかないと、金澤が真正面から、さらに細谷も真横からシュートコースを阻んだ。

 二枚のブロック。そう簡単には決められない。ついにシュートを撃つことができないまま彼の体がリングを通り過ぎ――ボールを左手に持ち替え、背後へ山形にリリースする。

 

「え――?」

 

 バックレイアップシュート。ボールがリングを潜り抜けた。

 (大仁多)103対87(盟和)。短時間で点差はどんどん開いていく。

 

「やべえ! これが大仁多の本気かよ! あっという間に盟和の反撃の芽を摘んでいく!」

 

 尋常ではない攻撃力。高尾は感激さえ覚えた。

 

「はじめてだな」

「そっすね。普通なら勝っているチームがゾーンプレスなんてあんまりしないというのに……」

「いや、そっちじゃない」

「え?」

「おそらくは……大仁多が県予選でゾーンプレスを使うのは、これがはじめてだ」

 

 対して大仁多をよく知る大坪は、冷静に現状を分析していた。

 

「たしかにゾーンプレスは大仁多の得意戦術。しかし本来ならリードを許しているチームが使うディフェンスだ。

 そのために県予選で使うということは殆どない。だが今大仁多は盟和が掴んだわずかな勝機を潰すために、点差を短時間で離す為に行っている」

 

 盟和のことを認めているということを意味するのだが、決してそれだけではない。

 

「それだけの自信と積み上げた練習量がなければ実行しようとはまず思わない。

 藤代監督。つかみどころがないような性格だと思っていたが、なんという大胆不敵……!」

 

 大仁多が実行するだけの力をつけているということ。そして監督も迷わず実行させるということ。

 

「事実、このディフェンスは相当厳しいのだよ。最前列は高さのある小林、左右にはスピードがありスティールに長けた山本、白瀧。たとえこの三人をかわそうとも……」

 

 緑間の視線の先では、細谷が強引にボールを高く放っている。

 スティールされないためには仕方がないことだった。

 

「その先に待ち構えているのは光月、黒木。二人のタッパのある選手達」

 

 だが勇作に渡る前に光月がボールを奪い取る。

 

「あっ!?」

(駄目だ、ボールが運べない!)

 

 またしても大仁多のディフェンスを突破することができず、山本のレイアップシュートを許してしまう。

 (大仁多)105対87(盟和)。短くなっていく残り時間。広がっていく点差。

 再び大仁多はゾーンプレスを展開。

 

(このやろう! こうなったら無理やりにでも突破してやる!)

 

 点差が広がれば広がるほど焦りは募るもの。それは司令塔でさえ例外ではない。

 細谷は焦りと怒りに身を押され、強引にダブルチームの突破を図る。

 

「うぁっ!?」

 

 後方へ倒れこむ白瀧。鳴り響く審判の笛。

 

「オフェンスファウル! 黒、5番(細谷)!」

「なぁっ!?」

(まずい――!!)

 

 強引なドリブルにより細谷がファウルを取られてしまう。

 連続のターンオーバー。流れは最悪だった。

 その上、大仁多は確実に黒木のゴール下から攻め、着々と得点に成功する。

 (大仁多)107対87(盟和)。ついにその点差は二十点に。

 大差がついてなお、大仁多はゾーンプレスを続行する。

 

(こいつら、どんな体力してんだよ……)

 

 執拗なディフェンスにフラストレーションがたまり続ける盟和の選手達。

 それによって集中力にも乱れが生じてしまったのだろうか。金澤のスローインは、山本によって弾かれてしまう。

 

「げっ!?」

「駄目だぜ。うちを相手に少しでも油断しちゃったら!」

 

 山本はすぐに小林へバウンドパス。

 フリーの小林は確実にゴール下からシュートを決めた。

 (大仁多)109対87(盟和)。盟和は一度もフロントコートにボールを運べないまま、残り時間1分となってしまう。

 

『盟和高校、タイムアウトです!』

 

 そして岡田がついに最後のタイムアウトを申告した。

 

 

――――

 

 

「……上出来です。このまま行きましょう」

 

 藤代は文句を何一つ言わず、作戦の続行を指示した。

 選手達は静かに首を縦に振って了承する。

 言葉は少ないが気迫がこもっている。体力にも不安は見られず、このまま押し切ることもできるだろう。

 

(本来ならここでゾーンプレスを止めるのも手だ。だが折角選手達が勢いをつけている以上、続けておきたい)

 

 他にも勝つ為の手段はあるものの、ここから先の戦いのためにも藤代は作戦の続行を決めていた。

 選手達もつらそうな素振りは一切見せていない。ならばこの感覚を維持し、戦い続ける。

 

「絶望的だな。まさかボール運びさえ容易ではないとは」

 

 反対側、盟和のベンチでは岡田が暗く沈む選手達にただ現実を言い放った。

 タイムアウトで完全に戦局は変わってしまった。大仁多のゾーンプレス、完全に予想外であったとはいえ、ここまで離されてしまっては……勇作でさえ常日頃の明るさが消えてしまっている。

 

「だが。……お前ら、まさかこのまま負けてもいいと、諦めているわけではないだろうな」

『――ッ!』

 

 すると続けられた言葉に、五人が感化され、悔しさを倍増させる。

 

「そんな諦めがつくほど、お前らの気持ちは軽くないよな!?」

『当たり前だ!!』

 

 もう一度、強く呼びかけられたその問いに、五人が揃って声を張る。

 予想通りの解答だった。「そうでなくてはな」と岡田が口角を挙げて言葉を繋いだ。

 

「なら、もう一度大仁多を倒しに行くぞ。……お前達の、本来の姿で」

 

 

――――

 

 

『タイムアウト終了です!』

 

 盟和高校最後のタイムアウトが終了。これで得点できなければ、完全に盟和は詰む。

 いや、すでに決着は着いているのかもしれない。もはや観客の中には大仁多の勝利を確信している人達が多かった。

 

(……点差が大きくなっているが、選手達はまだ諦めていない)

(むしろ何か仕掛けようって顔だな。ま、させないけど)

 

 だが大仁多の選手達はそうではない。相手の顔振りから戦意を感じ取り、最後まで圧倒することを誓っている。

 対面している盟和の五人もそれを理解し、細谷は一つ息を零した。

 

(やっぱり気を抜いてはくれねーよな。わかってたから別にいいけど)

 

 これでマークが楽になるならばどれほど難易度が下がることか。

 本気でなければ意味がないとわかっているからこそ複雑ではあるのだが。

 盟和ボールから試合再開。大仁多はゾーンプレスを続行。

 スローインは金澤が行うが、目前の小林に神戸がスクリーンをかけ、ダブルチームを遅らせる。

 

「むっ!?」

(スクリーン! しかも早い!)

 

 おそらく前もって全員の動きを定めていたのだろう。スクリーンが綺麗に決まり、小林が完全に出遅れた。

 加えて受け取った細谷はドリブルフェイクで白瀧を引っ掛けると、横へパスをさばく。

 誰もいないはずの空間。パスミスか、山本が奪おうとするがそこに金澤が飛び込み、前方へ走り込む細谷へと戻した。

 

(金澤→細谷→金澤ときて、また細谷だと!?)

「たとえ動きを読まれていたとしても、このショートパスなら防げないだろう!」

「マジか! 盟和、ついにゾーンプレスを突破!」

 

 神戸がダブルチームを遅らせる間に、再び金澤がパスコースを作り出し、突破口を切り開いた。これほど距離が短いとパスコースを誘導することができなかった。

 数分ぶりに細谷がボールをフロントコートまで運んでいく。

 

「後は頼んだぜ、勇作! 古谷!」

 

 ついに包囲網を破ることに成功した細谷はオフェンスをフォワード二人に託した。

 

「任せとけ!」

「一人でも十分ですけど!?」

 

 ここまでは三人が見事に繋いでくれた。

 後は決めるしかない。勇作がドリブルを続けてゴールに迫る。

 相手も光月、黒木の二人が残っており、光月が勇作のマークについた。

 

(悪いが、今の状態じゃ止められねえよ!)

「行かせるか!」

「いいや。通らせてもらうぜ、大仁多!」

 

 光月も必死にマークに着くが、ドリブルの勢いでスピードが増している状態の勇作に分があった。

 ――切り返しは一瞬だった。トップスピードで切り返したことで光月の反応が遅れ、突破を許してしまう。

 

「撃たせん!」

 

 このままシュートモーションに入る勇作だが、最後の砦、黒木がブロックに跳ぶ。

 すると勇作は黒木が跳んだ瞬間を見計らって横にパスをさばく。相手は、同じく得点を狙っていた古谷。

 

「ナイスパスじゃないっすか!」

「ぐうっ!?」

「でも、まだ――!?」

 

 理想的な攻撃パターン。わかっていたとはいえ、ひっかかってしまった。

 それでもまだ防げる、そう確信して光月は走るが、直後古谷の体が後退する。

 

(バックステップ!)

「もーらった!」

 

 一瞬で距離が大きくなり、詰め寄ることが不可能な距離が開いてしまう。

 古谷もフリーであることを確信し、狙いを定めてボールをリリースする。

 最高点に到達すると同時に手から放たれた、その瞬間――背後からボールは叩き落とされた。

 

「なっ!?」

「言ったはずだ、大仁多を相手に油断は禁物だと」

 

 ブロックしたのは白瀧。しかも弾かれたボールを山本が確保し、再び大仁多ボールに変わってしまう。

 

(戻りが早い! あのシュートをブロックするなんて……)

 

 突破されても防ぎきるほど戻りが早く、ディフェンスが機能している。

 ようやく希望を掴み取ったと思った盟和だったが、大仁多の前に勝機が次々と消えていく。

 そして始まる大仁多の反撃。白瀧にボールを戻してあっという間にボールを運んでいく。

 

「ふざけんな!」

「こっちにも意地があんだよ!」

 

 カウンターの速攻を許してしまうわけにはいかない。勇作達も必死に走り、ディフェンスに戻る。

 白瀧は金澤をバックチェンジでかわすと細谷もフロントチェンジからのロールターンで突破。

 その間にフロントライン三人がトライアングルのゾーンでゴール下を固める。外から決める方が確立は高いかもしれない。その間に飛び込むように白瀧は加速した。

 

(俺達なんて目じゃないってのか!?)

(叩き落とす!!)

 

 切り込んでくる姿が好戦的に映り、二人の闘志に火を灯す。

 すると白瀧が本来のレイアップよりもいち早く跳躍。守備範囲であり、反応ができた勇作と古谷がパスに気を配りながらブロックに跳ぶが――白瀧のティアドロップが静かにリングを揺らした。

 

「入った!?」

「そんな――!」

「誰にも俺は止めさせない! 誰が相手であろうとも、止められるわけにはいかないんだよ!」

 

 (大仁多)111対87(盟和)。盟和の反撃も届かず、再び失点――。

 

「まだ気を抜くな! 試合は終わっていないぞ!!」

 

 小林の声と共に、大仁多の選手達が今一度ボールに迫る。

 大仁多のゾーンプレス、未だ健在。

 

 

――――

 

 

 誰がこの現状を見ようとも、同じ感想を抱くだろう。 

 

「声出してけ! 周りをよく見ろ!」

 

 試合の行く末は火を見るよりも明らかだった。

 

「足を止めるな! 最後まで走れ、大仁多につかまるぞ!!」

 

 万策尽きた。体力も限界を迎えた。敗北を理解した。

 だが納得できない、受け入れるわけにはいかない。

 選手としての意地が彼らの体を無理やり動かした。

 その姿勢に対して敬意を表してか、相手も最後まで全力でぶつかってくる。

 

「甘い!」

「……そんな」

 

 最後の頼みの綱、神戸へのロングパスも黒木によって防がれる。

 

「くそっ! 止めろ! 止めるんだ!」

 

 岡田も必死に声を張り上げる中、白瀧が盟和ディフェンスを引き裂いていく。

 

「速っ――!!」

 

 細谷を突破し、古谷と金澤が二人でヘルプにでる。

 すると白瀧は冷静に二人の足元を通すようなバウンドパスをさばく。

 ボールはミドルから走ってきた小林へ無事に収まった。

 

「ナイスパス!」

「……ふざけんな! もう同じ思いは、ごめんなんだよ!!」

「決めろ、小林!」

「止めてくれ、勇作!」

 

 キャプテンとキャプテンが相対する。

 ――この勝負を譲るわけには行かない。お前に勝つ。

 最初に跳躍したのは小林だった。狙うのはゴールのみ。高く腕を振り上げる。

 わずかに遅れて勇作も跳ぶ。振り下ろされるボールに負けじとブロックを敢行した。

 

「うぁああああ!!!!」

「うぉおおおお!!!!」

 

 残された最後の力を全て振り絞り、思いをぶつけ合う。

 殆ど拮抗していた二人の勝負。この激しい競り合いは――小林がリングにボールを叩き込むことで、決着を迎えた。

 

 そして、最後のブザーが、鳴った。

 

 

【挿絵表示】

 




これにて第二章完結となります。
新章突入をはじめ、嬉しい出来事が多くありました。
詳しくは活動報告にて。感想お待ちしています。

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