また、短編と同様の台詞がありますが、同じ状況だと考えてください。
以上の二点を頭に入れた上で、五十六話――どうぞ。
――その二人を止められる者はいなかった。
「くっ。来るな……来るな――!!」
たった一人、唯一ゴールに戻ることが相手校のガードの選手。幾度も彼らの速攻に苦しめられた彼の目にはもはや恐怖しか映っていなかった。
彼の叫びも虚しく二人のスコアラーが迫り来る。
銀髪のドリブルをしている選手が先に突出する。自分で決めようという意志が現れた動きに、すかさずチェックに出るがそれを見た彼は横へバウンドパスをさばく。
「ぐっ!?」
「よっしゃあ! ナイスパス白瀧!」
「ぶち込め。――青峰!」
パスを受けた青髪で色黒の少年、青峰は力強くリングにボールを叩きつけた。
白瀧と青峰。帝光中学入部早々に一軍入りした二人は瞬く間に頭角を現した。
「来たぜ、これで二十得点目!」
「相変わらずだな、本当に」
「へへっ」
「ははっ」
二人は笑みを浮かべて拳を交わす。
恵まれたスピードを活かした彼らの速攻はDF不可能のオフェンスだった。
時には敵を引き付けてパスを出し、時には自ら得点を決める。
それはまさに理想の連携とよべる速攻の形であった。
帝校バスケ部に入部早々に一軍入りという異例の事態を引き起こした五人。
しかし同じ学校の出身というわけでもなく、最初からそれほど親しかったわけではない。少ない同僚ということで接してはいたものの親密と呼べるほどではなかった。
その中で最初に交流が深くなったのは実は青峰と白瀧の二人であった。
「おい、お前! 練習見てたけどやっぱりやるな。なぁ、この後1on1やろうぜ!」
最初に声をかけたのは青峰の方であった。
二人はフォワードのポジションで同じスコアラーとして積極的に得点をあげていき、ゴールを狙っていく似た立場の選手。故に青峰は他の一年生の誰よりも白瀧に注目していた。
「ああ、いいよ。俺も早めにチームメイトと戦っておきたかったし。
……俺は白瀧。白瀧要だ。よろしく!」
「おう! 俺は青峰大輝だ。じゃあさっそくやろうぜ!」
実力はほとんど拮抗していた。並外れた突破力と得点力を持つ二人の戦いはお互い譲る事無く、どちらも大きく勝ち越すことはできない。
だが中々勝利を収めることができない中でも二人は笑みを浮かべていた。
「今度こそもらう!」
「甘ぇよ、白瀧!」
突破を許したものの白瀧はすぐさま追いつき、青峰のシュートコースを塞ぐ。
だが青峰は白瀧の動きを読みきり、空中でボールを逆の腕に持ち替え、手首のスナップだけでリングへ撃っていった。ボールがリングに吸い込まれていくのを見届け、白瀧は驚愕し青峰は拳を握り締める。
「ダブルクラッチ!?」
「っしゃあ! 今度は俺の勝ちだ!」
「こんなのも出来るのか。……面白い!」
全力でぶつけ合い戦うことができる存在はお互いを刺激することとなった。
競い合う仲間。連携もよく二人はよきチームメイトでありライバルであった。
その後も二人は勝負こそするものの大きな衝突はなく、練習の後にはよく1on1を繰り返していた。
勝敗は問題ではない。対等の勝負を、純粋にバスケを楽しめる好敵手の存在に、二人は満足していた。
そして二人の関係が良好であった理由は何もバスケだけが原因ではなかった。
「おい白瀧。今回のマイちゃんの水着写真やベーぞ。ほらこの胸!」
「……勘違いするなよ。俺は別に胸に引かれたとかそういうのじゃ」
「そんな変な意地張らなくていいじゃねーか。この前だってお前さつきの揺れているのを見て目を見開いていたくせに」
「ちょっ!? 違っ、おい青峰。まさか桃井さんに言ってないだろうな!?」
焦りを感じられる問いかけに、青峰は『さてどうだったかな』と曖昧に答えて写真集を眺めていく。
グラビアアイドル、堀北マイ。一度青峰が彼女の写真集を部室に持ち込み、それを白瀧に冗談半分で見せた結果、白瀧の健全な心は揺れ動いた。
共通の趣味を持ち合わせたことも二人の関係を強固のものとする一因となった。
さらに桃井から青峰への差し入れをこっそりと白瀧に処理してもらっていたこともあるという裏事情もあり、二人は月日が経つのと比例して仲を深めていた。
だが彼らの世代が二年生に進級し、新入部員も入部して少し日が経過したころ。少しずつ、だが確実に異変が生じていった。
「チッ!?」
(くそっ、掴まった!?)
「今日は俺がもらった!」
「……このっ!」
いつもと同じように1on1に興じる二人。
青峰の攻撃。ドリブル突破を見切られ、白瀧を振り切れない。フェイクにもつられず次の動作へと繋げることが難しい。
すると青峰は強引にシュートモーションに入る。あまりにも正直すぎる動きに白瀧がブロックに跳ぶ。
だが青峰は上体を強引に後ろに倒し、彼のブロックの上を通り越すようなループシュートを放った。
「ハァッ!?」
シュートミス。そう感じられる動きであるが、ボールがリングを潜り抜けていた。
フォームなど関係なしにシュートを沈める青峰に、白瀧は驚きを隠すことができなかった。
「ちょっ、何だよ今の!? 何であれが入るんだ?」
「ハハハッ。どうだ? 最近結構調子よくてな。ある程度体勢が崩れても、感覚でシュート撃てるようになったんだぜ」
「……お前には驚かせてばかりだな。よし、じゃあ次は俺の番だ!」
友の無茶苦茶な考えに呆れを抱くも深くは考えることなく攻守を入れ替え、再び勝負が過熱する。
この時はまだ二人の関係は殆ど変わっていなかった。
だがその戦いを境に、徐々に青峰の勝率が高くなっていった。
「ぐっ!?」
「甘ぇよ!」
白瀧のドリブルを看破し、青峰がボールを奪い取る。
オフェンスだけではない。ディフェンスでも青峰が圧倒していく。
対等のライバルと日々戦うことにより、青峰のバスケの才能が開花した。
「くっそー! またやられたか! 本当最近お前動きが別人みたいになったな」
「…………」
「おい、青峰? どうした?」
「あ? あ、ああ。いや何でもねえよ」
「そうか?」
注意が散漫し、青峰は白瀧の言葉を聞き逃してしまう。
――何時からかもはや白瀧が相手でも負けることはなくなっていた。
「なあ青峰。今日もこの後1on1やっていくか?」
ある日の練習終了後。白瀧は解散と同時に青峰に声をかけた。
もはや習慣とも化していたその誘いに、しかし青峰は表情を曇らせた。
「あー。……いや、ワリィ。実は今日この後ちょっと家の用事があってな。先に抜ける」
「お? そうだったのか。わかった、お疲れさん」
「ああ、じゃあな」
快く送り出す白瀧とは対照的に青峰は心苦しく思いながら体育館を後にした。
嘘だった。本当は用事なんて何もない。あったとしても青峰のようなバスケ馬鹿ならば誘いを受けた時点で頭から抜け落ちた可能性が高い。
(……駄目だ。戦ってもどうせ結果は変わらねえ)
彼が断った理由は、白瀧との1on1をつまらないと感じるようになってしまったからだった。
青峰は入部当初からは想像出来ないほどの強さを得た。すると白瀧では相手にとって不足だと感じるようになった。
接戦を演じてもそれでも最終的には青峰が必ず勝ってしまう。それがわかってしまったから。
バスケが楽しいから、勝負が面白いから青峰はバスケを続けている。だがそれを感じることができなくなってしまうのは嫌だ。
青峰は自分に言い聞かせるように足を進めていく。
「……あれ? どうしたんスか、青峰っち?」
「あ?」
「こんな時間に珍しいっスね。今日はもう帰宅なんスか?」
そんな青峰に一人の選手が声をかける。
二人の関係は完全に変わろうとしていた。
――――
その後も白瀧は青峰に何度か誘いをかけた。しかしながらこの数日間、青峰はずっと今まで好きであったはずの1on1の誘いを断り続けた。
そんなある日のこと。
「……あれ? 白瀧さんじゃないですか?」
「うん? えっと、君は?」
練習後。白瀧は二軍が使っている体育館へ向かっていた。
するとその途中で茶髪の生徒に名前を呼ばれて立ち止まる。どこかで見覚えがあるものの中々名前を思い出すことができない。
悪いと思いつつ問いかけると彼は幼さの残る笑みを浮かべて言った。
「二軍の西村です。同じ二年生です。覚えてないですか? 以前二軍の練習試合の時に白瀧さんが同行したとき、一緒にプレイしたんですけど」
「……ああ! あの時のか! ごめんごめん。敬語使うものだから、てっきり後輩かと思っちゃって……」
「同学です! ……まあ別に大丈夫ですけど。それで白瀧さん、一体どうしたんですか? そっちは二軍の体育館しかないですけど」
苦笑しつつ西村は先の体育館へ目を向けた。
帝校バスケ部は複数の体育館にわかれて練習を行っており、自主練でもそれは変わらない。それなのに二軍の体育館に向かう白瀧の真意が読めず、首をかしげた。
当然の反応に白瀧も微妙な表情で頷く。
「桃井さんに用事があってね。他のマネージャーに聞いたら、今は二軍の体育館にいると聞いたから向かっていたんだ」
「桃井さんというと、えっとたしか……マネージャーの一人でしたっけ?」
「ああ。赤司――二年の副主将が『次の試合の為に相手校のデータを取ってきて欲しい』という依頼だってさ」
「……あの。白瀧さんまさかコキ使われているんですか?」
「赤司は元からそういう男だよ。俺に限ったことではない」
脳裏に用事を頼んだ本人の顔を浮かべながら目的地へ近づいていく。
いつも赤司が何かをするには相応の理由がある。それが相手に求めるものの場合、相手は最初はその理由はわからない。終わってから周囲のものが気づく程度だ。
だからきっと今回も何か理由はあるのだろうと思いつつ、白瀧はその目的を達するべく足を速めた。
「お、いたいた」
「ああ。やっぱりあの人ですか」
「そう。情報のスペシャリストだよ」
入り口の先で桃井が立ち尽くしている姿が見えた。
探す手間が省け、白瀧は早々に用事を果たそうと彼女の名前を呼ぶ。
「桃井さん!」
「え? あれ、白ちゃん? どうしたの?」
「赤司から伝言です。次の練習試合の日程が決まったので、データを取って置くようにと。これが相手校の資料だそうです」
「そっか。わざわざありがとう」
「いえ。桃井さんこそ仕事を頼んでしまいすみません。……ところで、何で桃井さんがこの第二体育館に?」
白瀧は用事を済ませると、彼女の居場所を聞いた時から感じていた率直な疑問を口にする。
マネージャーである桃井なら今頃他のマネージャーと共に練習の後片付けをしているはず。それなのに今この二軍の体育館にいる理由が思いつかなかった。
「うん。ちょっと二人の様子を見届けたくてね」
「二人?」
「あれを見てみろ。凄いものが見れるぞ?」
「はあ……」
「何ですかね?」
隣に立ち尽くしていた主将の言葉を受け、白瀧は視線をコートへと移す。西村も横から顔を出し、コートを見た。
「ッ!?」
目に映った光景に、白瀧は目を丸くした。
「……青峰?」
口から出てきた名前は、今ここにいるはずのない選手の名前。
だが何度己の目を疑おうとも、今目の前で熱戦を繰り広げている片割れはたしかに彼が今まで共に競い合っていたライバルの姿であった。
(何であいつがここに? だってあいつはもう帰宅したはずじゃ……)
思考がまったく追いついていなかった。
ここ数日は私用があって忙しく、残ることはできない。青峰の言葉を信じていた白瀧には、とても信じることができない光景だった。
「お前と並び、一軍のスコアラーとして働く青峰。そしてその青峰に負けじと挑み続けているのが――先日二軍に入った黄瀬涼太だ」
主将はそう誇らしげに語り、この勝負を楽しむばかりで何も疑問に感じてなどいなかった。
まるで二人の勝負はずっと前から行われていたかのような説明に耳を疑い、白瀧は無意識で口を開いた。
「……いつからですか?」
「ん? 何か言ったか?」
「いつから青峰は、黄瀬涼太と練習後に1on1をするようになったんですか?」
「俺も練習を常に見ているわけではないから、詳しいことは知らないが……」
「あ、それなら俺が知っていますよ。黄瀬さんが青峰さんに声をかけて一緒にバスケするようになって。たしか、六日ほど前のことだったかな?」
「……そうか」
彼が知りたかった答えを西村が的確に教えてくれた。
六日前。それはすなわち青峰が白瀧の誘いを断り始めたのと同じ日だった。青峰はその日からずっと黄瀬との戦いを繰り広げていた。
知らなかったのは白瀧のみ。親しいと思っていたはずの相手のことをまったく知らないでいた自分が馬鹿らしく感じられた。
(しかも、その相手が最近噂になっている黄瀬涼太だとはな)
つい最近緑間が話していたことを思い出す。バスケを始めたばかりの初心者が二軍で活躍しているという話を。
だが、これが初心者とレギュラーの勝負だと言って一体誰が信じるだろうか。
とても初心者とは思えない動きのキレで黄瀬は青峰のオフェンスに立ち向かっている。
まだ自分と青峰が戦っているという嘘の方がよっぽど信じることができそうだった。
(何でだよ、青峰?)
見ている者まで心躍るような戦いが繰り広げられているというのに、白瀧は心が何かに締め付けられるかのような痛みを覚えた。
(何でそんなにも楽しそうに笑っているんだよ)
黄瀬は必死な表情だが、青峰は笑みを浮かべていた。まるで待ち望んでいた相手との戦いを喜ぶように。
最近、白瀧とのバスケでは笑みが見られなかったのに。むしろ終わった後に寂しそうな表情さえ浮かべていたというのに。
(何でなんだよ、青峰……?)
苦しみが治まることはなかった。これ以上白瀧は見ていられず、元来た道へと振り返った。
「……では桃井さん。後はお願いします」
「え? 最後まで見ていかないの?」
「俺もこの後用事があるので。主将、失礼します」
「えっ、白瀧さん?」
止める声が聞こえないのだろうか、白瀧は逃げるように体育館を飛び出した。
思わず視界が歪む中、迷いを振り払うかのように全力で走る。
(お前はもう、俺と戦ってはくれないのか?
俺はもう、お前と共にバスケをすることはできないのか?
俺達はもうライバルと呼べる立場ではなくなったというのか?
本当にそうだと言うのか? ――青峰!!)
己には青峰と対等の立場である資格がないのかと、自分に問いかけながら。相手の領域に達することができない己の無力を責めながら。
「あ?」
「どうかしたっスか、青峰っち?」
何かに気づき、青峰はドリブルを続けながら体育館の入り口へと目を向ける。
「今、そこに誰かいなかったか?」
「へ? 入り口っスか? 今いるのは主将とマネージャー、それと二軍の正PGくらいっスけど」
「いや、多分違う。他に誰かが……まあ、いいか」
立ち去ってしまったならば余程大切なことではないだろう。
そう結論付けて青峰は再び黄瀬との対決に頭を切り替えていく。
……もしもこのとき青峰が違う選択肢を選んでいたならば、未来は変わっていたのかもしれない。
――――
「はい、青峰君」
「おう、悪いな」
黄瀬との1on1を終え、青峰は桃井よりスポーツタオルとドリンクを受け取り、疲れを癒した。今だ戦いの熱が残る中、先ほど抱いていた疑問を思い出し、桃井に呼びかける。
「なあ、さつき」
「ん? 何、どうしたの?」
「俺と黄瀬が1ON1やっているとき、誰か体育館に来なかったか?」
「誰かって、何か用事でもあったの?」
「いや特にねえけどよ。ちょっと気になってな」
自分でも何故ここまで気になるのかはわからない。青峰がわからないのだから桃井もわかるわけがなかった。桃井は可笑しなことだと笑いながら今日の記憶を振り返った。
「えっとたしか……副主将の松本さんと、三軍の岸君と林君が主将に会いに来たよ」
「それだけか?」
「ううん。あとは白瀧君が私に資料を渡しに来た」
「なっ!?」
それは出来れば今は一番聞きたくない名前であった。この場を見られたくない相手であった。
嫌な予感はこれだったのかと歯を食いしばり、納得を覚えながら青峰は続ける。
「……ッ。あいつ、何て言ってた?」
「『次の試合の為にデータを取っておけ』って赤司君に指示を受けたって」
「そうじゃねえ。俺と黄瀬のバスケを見て何て言ってたかを聞いてんだ」
何か皮肉を漏らしていたのならば。不満を口にしていたのならば。
それは絶対に自分が受け止めなければならないことだ。青峰は白瀧の期待を裏切ってここにいるのだから。
そう考えて青峰は彼女の言葉を待った。
「……何も言ってないよ」
「は?」
「白瀧君は何も言ってないよ。私に資料を渡して二人のバスケを見た後、『用事がある』って言ってどこかに走っていっちゃった」
だが、白瀧はそれをしなかった。
裏切りにも似た行為を見たというのに、何も言わなかった。
何も感じていないということか。いや、白瀧はそのような性格ではない。それ以外だとするならば――何も言えないほど余裕がなかったということだ。
「……そう、か」
「伝えることがあるなら私の方から言っておくよ?」
「いや、何でもねえ」
それは他人に頼んでよいことでもない。桃井の好意を青峰は切り捨てた。
「何でもねえよ」
そして自分に言い聞かせるように、何度もその言葉を反芻した。
――――
「くそっ、くそっ! ……くそっ!!」
すでに日が暮れ多くの生徒達が帰路につく中、白瀧はひたすら走り続けていた。
走りなれた外周をペースを考えずにただ闇雲に駆け抜ける。
やがて体力も尽き果て、疲れを覚えてようやく白瀧は足を止めた。
「何をやっているんだ、俺は」
馬鹿らしいと自分で思いながら校門をくぐる。
このようなことをしても解決はしない。心が幾分か晴れると思ってやったものの、まったく気持ちは好転しない。完全に無駄な行動だった。
(ただ疲れを覚えて戻るだけ。本当、どうにかしてる)
早く帰って休もう。結論に至って白瀧は着替えや荷物の置いてある更衣室へ向かう。
「おら! さっさと帰るぞさつき!」
「もう、待ってよ青峰君!」
「ッ!?」
だが、戻ろうとすると青峰と桃井が共に帰路につこうとしている姿が目に映った。
咄嗟に校舎の物陰に隠れてしまう。
(……思わず隠れちまった)
今青峰とあったらまともに話せる自信がない。そのせいかもはや反射で体が動いていた。
二人は白瀧の存在に気づく事無く、会話を続けていく。
「もうちょっと手加減してあげたら? 黄瀬君だってバスケはまだ始めたばかりなんでしょ?」
「手加減? 馬鹿なこと言ってんじゃねえ。――そんな余裕ねえよ」
青峰の本音を耳にして、白瀧の思考は停止した。
彼らが校門を出て姿が見えなくなった頃、ようやく白瀧は言葉を発した。
「……なんだ、この感情は」
胸に手を当てて問いかける。
怒りや悲しみ、自責、寂しさ、様々な感情が入り混じった思いの渦に飲み込まれていく。
その複雑などす黒い感情を、人は嫉妬と呼ぶ。
――――
月日が流れ、黄瀬が一軍入りすると青峰と黄瀬の勝負は一軍でも行われた。
その期間、白瀧と青峰は疎遠関係になっていた。お互い練習や試合で連携はするものの必要以上の会話をすることなく、どちらも自ら積極的に動かない。
だが彼らの関係は変わらずとも、事態は動いていく。
「ちょっと俺と、勝負してくんないっすか? ――白瀧っち」
「……は? え、黄瀬。お前今、何て言った?」
「勝負してくんないスかって言ったんすよ白瀧っち。スタメンの座をかけてね」
自信をつけた黄瀬がスタメンの座をかけて白瀧の勝負を挑んだのだ。
青峰に求められるほどの才能を持つ彼は一軍でも成長が止まらない。そして白瀧ならば勝てると踏み、挑戦を突きつけるほどになった。
しかしいくらなんでもスタメンは早すぎると周囲からは批判的な声が上がる。
そんな中、一人の選手が二人の対戦を後押しした。
他でもない青峰だった。
「別に構わねーだろ、やってやれ白瀧。誰がスタメンなのかをここで示してやれ」
「……いいぜ。やってやろうじゃん」
むしろ――見せてくれと。俺に確かめさせてくれと。
果たして俺のライバルたりうるのは誰なのかを。
期待をよせた言葉に、白瀧も頷くしかなく勝負は成立した。
――こうして青峰は一人の逞しきライバルを得る代償に、一人の心強いライバルを失った。
――――
季節が変わり、夏の大会も終えて次の大会へバスケ部が動き出している頃。
青峰は一人、帝光中学の屋上で昼寝をしていた。
夏の大会で青峰はその実力を惜しみなく発揮した。だが彼の力は圧倒的であり絶望的でもあった。
強すぎるが故に敵に勝ち目がなく、相手は勝負さえ諦めてしまう。チームメイトが相手でもそれは同じであり、青峰はバスケに対する意欲をなくしてしまい、こうして練習に参加しなくなっていた。
彼が望んでいたものは手に入ることがないとわかっている。ならばもう無駄なことはしたくない。そう考えて青峰は瞳を閉ざす。
それからどれほど時間が経過したのか。青峰の耳に屋上の入り口が開かれる鈍い音が届く。
(……またさつきか。今日は一体どんな小言をぶつけることやら)
毎日のように練習に出るように促す幼なじみの姿が脳裏に浮かぶ。
だが何と言われようと練習に参加する気がない青峰は寝たフリを決め込み、近づいてくる気配にも反応を示さなかった。
「青峰」
呼吸が止まる。
彼の予想を裏切って聞こえてきたのは白瀧の声だった。そういえば最近怪我から復帰したという桃井の情報を思い出す。
しかしどちらにせよ今さら何も変わらない。白瀧の呼びかけに対し、青峰は寝たフリを続けることで無視を貫く。
「『お前の気持ちはわかる』とか、そういう冗談は言わない。当たり前だよな。当事者でもないのに、同じ立場になったわけでもない人間に気持ちがわかるはずもない」
きっと青峰が寝入っていると判断したのだろう。白瀧は相手の返答を待たずに続けた。
「だから俺はこう言うよ。
お前の気持ちはわからない。だけど、それでも俺は……また昔みたいに、お前が皆と共に笑えるバスケをできるように、強くなってやるよ」
言葉の一つ一つに彼の願いに対する想いが込められていた。
青峰からは窺えないが、このときの白瀧は届かない領域に対する悔しさで表情が歪んでいた。
「ライバルでなくなった、レギュラーでさえなくなった俺の言葉は信じられないかもしれない。
だけどもしもお前がまだ俺のことを一人の選手として見てくれているのならば」
そこで白瀧は言葉を区切り、一呼吸置いてから口にした。
「今の言葉だけは、嘘偽りのないものだと信じて欲しい。必ず果たしてみせるから」
白瀧は後ろへ向き直り、屋上から去っていく。
扉が完全に閉まる音が聞こえてからようやく青峰は寝たフリをやめて上体を起こした。
「……馬鹿野郎」
随分と見当違いなことを言ったものだと、立ち去った白瀧に対してため息を吐いた。
「お前が追いかけ続ける限り、お前は俺のライバルだろうが」
どうしてもっと早くに気がつけなかったのだろう。
どうして力の差があるからと諦めてしまったのだろう。
『諦めた相手との勝負など面白くもなんともない』。そう思っていた。
だが、実際本当に諦めていたのはどっちだ?
自分から切り捨てたはずだった。それでも、こうしている今も白瀧は遠く離れた自分の背中を追ってきてくれていたというのに。
「本当に、馬鹿野郎が……!」
その侮蔑は、果たして誰に向けられたものだったのか。
青峰の表情は後悔と、そして一途の喜びが混じった複雑なものだった。
――――
その日も青峰が練習に参加することはなかった。
白瀧は仕方がないと割り切り、一人撃ちこみに励む。
そんな中、一人の選手がジャージ姿で体育館に現れた。
「……おい、白瀧」
「え? ……青峰! どうした、写真集でも忘れたか?」
「バーカ。ちゃんとマイちゃんのは保存してあるよ」
何て声をかければわからなかった青峰だが、白瀧がいつもの調子であることを理解し、笑みがこぼれた。
「なあ……1ON1、しねえか?」
そしてあの時応える事ができなかった誘いを、今度は青峰の方から提案した。
――――
結果は、わかりきっていたことだった。
覚醒した青峰が怪我から復帰したばかりの白瀧に負けるはずもない。
一本もシュートを外すことはなく、そして一本もシュートを許すこともなく青峰は白瀧を圧倒していた。
(ったく。何をそんな楽しそうに笑っていやがる)
だがそんな一方的な結果とは裏腹に、青峰の心は充実感に満ち満ちていた。
対面している最中、まるで久しぶりに面白いものを見つけることができた子供のように無邪気に笑い続ける白瀧を見て。
怪我明けという事情だけではない。白瀧は普段の練習の後で疲れているのだから、尚更苦しいはず。動きの激しいプレイを続けて痛みさえあるかもしれない。
自分に追いつこうと体を酷使しているそんな中で、それでも疲労感は窺えず、常に笑みを浮かべている。辛そうな、痛そうな素振りなど一切見せることはない。ただ笑っているのだ。
「ハハッ! いいぞ、もっと来いよ青峰!」
「……ハッ! 肩で息をしているのに、口だけは達者だな!」
その事実が心を揺さぶった。『やめろ、そんな風に笑うな』と言いたかった。
(こっちまで楽しいと錯覚しちまうだろうが……!)
気がついたら青峰の表情にも、自然と笑みが浮かんでいた。
――――
そして今。
東京都代表を決める大一番の試合の始まりが近づいていた。青峰が所属する桐皇も決戦に向けてアップに励む。
だがその集団の中に青峰の姿が見られない。ビデオでも見られたあの姿を見間違えるはずもなく、不審に思った火神は桐皇の選手の元へと近づいていった。
「あの、すんません。青峰は今日はどうしたんすか?」
「ああ? あの自己中野郎のことなんて知らねえよ。誰も連絡つかねえんだ」
「はっ!?」
予想外の応えに火神は凍り付く。
青峰は集合時間になっても現れず、桃井が連絡を取ろうにも電話にさえ出ず、行方不明になっていた。
「すまんのう。うちも今必死で探しとるんやが。……ホント困ったやつやで。ま、気にせんといて。そのうち来るやろ。大方道に迷ったとかそないな可愛い理由やろし」
「誰が道に迷ったって?」
「……おっ?」
今吉が適当に誤魔化そうとすると、背後より低く重い声がかかる。
丁度試合会場に登場し、ユニフォームに着替え終わった青峰だった。
「なんや、やっぱり来おったか」
「青峰君! もう、今までどうしてたの! 心配してたんだよ!」
「集合時間にも来ない、電話にも出ない! 舐めてんのかテメエは!?」
「うっせーな。間に合ったんだからどうでもいいだろうが」
「ああっ!?」
チームメイトの非難の声を完全にスルーし、青峰は火神へ近づいていく。
「よう。テメエが火神か」
「ああ。お前が青峰だな。黒子から聞いてるぜ。わざわざ倒されに来てくれてありがとよ」
「……成程。度胸だけはあるみてえだな。試合後にもお前がその姿勢を貫いているところを願うぜ」
二人の間で火花が散る。性格が似ているのかお互い遠慮する事無く挑発し、相手を牽制した。
余計な会話は無意味と思ったのか青峰はそれ以上は口にせず自軍の元へ戻っていく。
「大丈夫なんやろな? 言うとくがもう準備する時間はないで?」
「準備? ハッ、いらねーよそんなもん」
アップの時間はまもなく終了する。
これで調整ができずに力を発揮できませんでしたなどと言い訳はできない。
気をつかった今吉の問いかけを青峰は鼻で笑った。
「もうとっくに出来上がっているんだ。準備なんてしている時間があんならさっさと始めろよ!」
わかりきっていることは聞くなと青峰は闘志をむき出しにした。
桐皇からこの会場まで青峰は走ってきた。体は勿論のこと、気迫もこれ以上ないほどに満ちている。
負ける要素など微塵もない。後はバスケを楽しめるか否か。
そして試合開始の瞬間が訪れる――。
「それではこれより誠凛高校対桐皇学園高校の試合を始めます!」
誠凛高校 スターティングメンバー
日向順平(二年) SG 178cm
伊月俊(二年) PG 174cm
水戸部凛之助(二年) C 186cm
火神大我(一年) PF 190cm
黒子テツヤ(一年) ?? 168cm
桐皇学園高校 スターティングメンバー
今吉翔一(三年) PG 180cm
若松孝輔(二年) C 193cm
諏佐佳典(三年) SF 190cm
桜井良(一年) SG 175cm
青峰大輝(一年) PF 192cm
――黒子のバスケ NG集――
「もうちょっと手加減してあげたら? 黄瀬君だってバスケはまだ始めたばかりなんでしょ?」
「手加減? 馬鹿なこと言ってんじゃねえ。――そんな余裕ねえよ」
青峰の本音を耳にして、白瀧の思考は停止した。
「だって……あいつ本気でやってくれたら知り合いのアイドルからサインつきの写真をくれるって言ってるし」
「最、低!」
(青峰……)
その後白瀧は滅茶苦茶涙した。
実際エロ峰だったらこの条件を飲みそうで怖い。