黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第五話 力の証明(前編)

「さて、それじゃあ明。最初の一仕事しっかり頼むぞ」

「おう! 任せてくれ!」

 

 この試合においてはチームの主将となっている白瀧から激励を受け、光月が力強く答えた。

 試合開始のジャンプボール。両チームとも最も背の高い選手が選ばれた。3チームからは5番の光月、4チームからは9番の山中が前へ出る。二人はセンターサークルの中でセンターラインを挟んで向かい合う。主審も他のメンバー全員がライン外に出ていることを確認してボールを構えた。

 

「……それでどう思いますか小林さん。この試合については?」

 

 その様子を見て、コート外で椅子に座って観戦している藤代監督が、同じように隣で座って見ている小林に尋ねた。見所はやはり白瀧の動きであろうが、果たして彼がどのようにゲームを作っていくのか、キーポイントを主将としてはどう考えているのか個人的に知りたいと思ったようだ。

 

「そうですね。やはり両チームとも最初の立ち上がりが重要だと思います。白瀧のチームはまだポジションに不慣れという心配があるでしょうし、4チームも相手に白瀧がいる以上は一つのミスも許されない。となるとどちらのチームもまず確実に一本を取りにいくかと」

「はあ、なるほど。……たしかに彼らにとっては高校で初めての試合ですし、私達が見ていますからね。少しでも緊張をほぐすためにも先取点は欲しいところでしょう」

 

 お互い即席チームであるし、まだ完全に力量を知り尽くしているわけではない。相手の実力のこともある。今年初めての試合でもあることも考えると、最初は慎重に攻めて試合の流れを掴み、チームの士気を高めることが最良の手。……というのが二人の考えであった。

 

「まあどちらにせよ、俺にとっては白瀧のバスケを見られれば構いませんよ」

 

 そう言うと小林は視線をコートへと戻す。

 白瀧たちも始まりの時を未だ遅しと待ちわびている。そして今まさに、その試合が始まろうとしていた。

 全員の準備ができたことを確認し、主審はボールを垂直に上空へとトスする。そしてそれを見てジャンパーである明と山中は空中へと飛び上がった。

 

「ッ……!」

試合開始(ティップオフ)!!」

 

 山中がボールをタップし、ボールは味方の本田の下へとわたる。すぐさま渡辺が詰めるが、その前に本田はポイントガードの牧村へとパスする。牧村も危なげなくボールを受け取った。

 

「始まった。まずは4チームボールでスタートだ!」

「よしっ! ……まずは一本。ここ大事に攻めていくぞ!」

 

 ボールを最初に取ったのは4チーム。

 牧村は右手でドリブルをしながらも前線へと上がろうとしている味方に指示を出す。その慣れている姿から、彼がポイントガードとして長い間コートの中で味方を指揮していた事が伺える。

 

 牧村とて白瀧の噂は聞いている。光月など他にも要注意選手もいるが、それでも危険視すべきは白瀧だ。

 白瀧がいる以上、先制されるのはまずすぎる。帝光バスケ部の実力から考えて、リードを許してしまえば点差などあっという間に開いてしまうし、勝っていたとしてもあっという間に点差は縮められてしまうのだから。だからこそ、なんとしてもその前に先制して流れを引き寄せる。そのためにもこの一本を確実に決めて味方を落ち着かせよう。

 ――そう牧村が思っていた瞬間、一筋の風と共に目の前を何かが通り過ぎた。そして牧村がそれが人が通り過ぎたのだと気づいたのと同時に、今度は彼の右腕からボールの感触が消えた。

 

「なっ……にぃっ!? 」

「なにを悠長なことを言っているんだよ。……俺の気はそれほど長くはないぞ」

 

 その言葉を受けて、白瀧のスティールだということを理解する。自分の横には先ほどまでいなかったはずの銀髪の男が、自分の目の前まで来てボールを奪っていた。

 『いつの間に走り出していたのか』、と白瀧の接近に気付けずに動揺する牧村をその場で抜き去り、白瀧は疾走する。

 

(まずい……やられる!)

 

 わかっていたはずなのに、警戒していたはずなのに体が反応できなかった。一瞬で牧村の体が危機感に支配される。

 ただでさえボールの支配権を自分達が手に入れたと思いこんでいたせいで、すでに味方二人の選手が前線に上がってしまっている。今自分も抜かれたせいで守りは完全に手薄だ。しかも相手はあの『神速』と謳われた白瀧だ。あっという間にゴールまでたどり着いてしまうだろう。

 

「くそっ! そう簡単に行かせるか!」

 

 だが、まだ一人自陣深くで警戒していた北野がフォローへと回っていた。

 先には行かせないと北野が白瀧のマークに当たるが、それでもスピードを追うだけで精一杯の状態。しかも目の前まできたかと思った瞬間白瀧はロールターンでかわし、あっという間に突破していった。

 

「ああもう!(別に特別なことはしていない。プレイそのものは普通なはずのに……追いつけない!)」

 

 目で姿を追うのがやっとのことだった。北野は白瀧の動きに目を取られて思わず足を止めてしまう。

 そうして二人の選手を置き去りにして、白瀧は真直ぐゴール向かって直進していく。

 

「……ッ!?」

 

 しかし、そんなとき白瀧の視線が斜め前方へと流れた。そこには自分に接近するようにアウトサイドから回り込みながらも、ゴール下へ走りこんで行く敵チームの選手。

 

「行かせねえよ白瀧!」

「へえ……。(こいつ、まさか最初から俺の動きを読んでいたのか?)」

 

 本田がゴール下へと回り込む。彼は白瀧がボールをスティールした瞬間から、いや彼が牧村に接近しはじめたときにはすでにディフェンスへと走り出していた。ゆえに白瀧が二人を抜いている間にできたわずかな時間で、なんとかディフェンスに戻る事ができた。

 体格に関しては言うほど大きな差はないものの、パワーなどは本田の方が若干上だろう。

 時間をかけずにこのまま突っ込んだほうがよいと判断したのか、一度視線を横へ流すフェイクを入れると白瀧は勢いそのままにジャンプし、レイアップシュートのモーションに入る。

 

「(これは、フェイクじゃない……? 俺一人なら問題ないってことか?)だが、そうはさせねえ!」

 

 本田もシュートコースを塞ぐように飛び上がる。これで思うようにシュートはできない。

 しかし、白瀧は本田が飛び上がったことを見るとレイアップシュートには入らずに、ボールを持った右腕を真後ろへと放った。

 

「なっ……パスだと!?」

「さあ思いっきり決めてやれ、――明!」

 

 二人の体が重力に従ってゆっくりと地面へと落ちていく。そしてその姿と交錯するように、白瀧の真後ろから巨体が空中へと躍り出た。

 走りこんでいたのは光月だった。白瀧からボールを受け取った光月は、一気にジャンプする。そのまま光月は両腕を勢いよく振り下ろしてボールをリングに叩きつけた。

 

 ドガッ!

 激しい音が上空で響き渡る。それにわずかに遅れてリングを潜り抜けたボールが落下し、そしてダンクを披露した光月も危なげなく着地した。

 

「ふうっ……」

「お、……おおおおっ! 試合開始直後に、いきなりダンク炸裂! 光月だ!」

「その前の白瀧のパスもすげえ! なんでシュートモーションからあんなパスが正確に出せるんだ!?」

 

 最初から派手なダンクが決まったことで、観客席からは歓喜の声が上がる。その前の白瀧のプレイもあって周囲は最初から盛り上がりを見せていた。

 先制点は白瀧率いる3チーム。二点、スコアボードが開始早々に変わる。しかも白瀧のスピードと明のダンク、相手に強い印象を与えることができた。これは点数以上に大きなものがある。

 

「相変わらず派手だな、オイ。しかも俺達を飛び越えてダンクを決めるとはな。……そこはどうなの?」

「いや、僕に『初っ端から派手に決めろ』って言ったの要だよね!? パスを出したのも要だし!」

「まあな。……まあなにはともあれ、ナイス!」

「ああ!」

 

 自分の上から決めたことに不満を漏らす白瀧に光月は講義する。最も本気で怒って言っているわけでは無いのですぐに白瀧は笑顔になった。ゴール下で二人はハイタッチをかわし、並んで戻っていった。

 試合開始前に白瀧が光月に耳打ちしたこと。それは、『試合開始直後に自分がボールを持ったならば、すぐに走り出すこと。そしてもし相手の戻りが早いようならば、自分の近くに回りこんでおくこと』ということであった。

 

 白瀧は序盤はじっくり攻めようなどとは、最初から微塵たりとも考えていなかった。むしろ主導権を握るために強襲を仕掛けるつもりでいた。そこで明に自分が攻めたときにはどんな状況でも対応できるよう、指示しておいたのだ。レイアップのシュートモーションに入る直前に光月の姿は横目で確認していたためにパスも安心して実行できた。

 その結果、作戦は成功した上に良い印象を敵チームならびに観客の先輩達に与える事に成功。幸先いい展開だ。

 

「いや~。今年の一年生はなかなかどうして派手ですね~」

「ええ。しかも絶妙なタイミングで決めてくれました。白瀧以外にも優秀な選手はいそうですよ」

「小林さんの予想、いきなり外れましたね。まあ私もですが。

 開始早々にこれほどのものを見せてくれるとは。……彼みたいな選手、私は好きですよ」

 

 藤代監督や小林も今のプレイは好評だった様子。ドリブルにパスと高い技術を見せた白瀧だけではなく、得点を決めた光月も注目の的の一人となったようだ。そんな二人の会話をたまたま聞いていた橙乃も安堵の息をつく。頬が自然と緩むのを感じ取れた。

 

「おっし、DF集中! 一本止めるぞ!」

 

 彼女が視線を戻すと、白瀧が早々にセンターラインにまで戻って全体に指示を出している。かつて橙乃が見た彼の姿とはまた違うものの、コートで生き生きとした姿を見れることには変わりない。そのことが素直に嬉しかった。

 

「ちっ!」

「落ち着け、すぐに取り返すぞ!」

 

 一方、4チームの中では突然の急襲で早速焦りが生じている。

 試合は本田からリスタート。ボールを受け取った牧村は悪態をつく本田に落ち着くよう諭す。たしかに先制されてしまったのは痛いが、まだ試合は始まったばかり。ここで相手のペースに乗せられるのはまずい。白瀧のお得意の速い展開に持っていかれないよう、時間をかけて攻めあげていく。

 

 牧村は前に残っているメンバーの様子を見ながらドリブルを開始するも、センターラインを越えたところまでボールを運んだところで一旦停止する。白瀧が自分のマークについたからだ。

 

(……相手ディフェンスはハーフコートマンツーマンか。しかも俺に白瀧がついているところを見ると、うかつに進めない!)

 

 見ると他のメンバーにも一人ずつマークがついている。

 牧村には白瀧が、北野には神崎が、山中には光月が、青樹には真鍋が、本田には渡辺がそれぞれ相手を好きにはさせまいと張り付いていた。マンツーマンディフェンス、たしかに今回はお互いが即席チームだし妥当な布陣であろう。

 特に辛いのはボールを保持している牧村だ。相手は守備範囲も広い白瀧だし、正直分が悪い。悪すぎると言っていい。ドライブはよほどのことでない限り考えないほうが良いだろう。

 

「牧村、くれ!」

「ッ!」

 

 どう攻めるか牧村が考えていると、青樹から声がかかる。真鍋のマークを振り切って直接ボールをもらいにきたようだ。牧村は白瀧にボールを奪われないように体を動かし、斜めのバウンドパスで青樹へとボールを渡す。

 パスは何とかつながった。受け取った青樹はそのまま真鍋をかわし、ドライブで切り込みジャンプシュートを放った。

 渡辺がヘルプに入り、シュートを止めるべく跳躍して手を伸ばすが……彼の指先はわずかにボールには届かない。

 

 ガンッ、パシュッ!

 ボールはバックボードに一度当たると、計算された角度でリングをくぐり抜けていった。

 

「4チームもすぐに返した!」

「まだ始まったばかりだ、頑張れよ!」

「……すまん」

「気にするな、それよりも次だ。切り替えていくぞ」

 

 すぐさま同点となった。あっという間に抜かれて失点の原因となってしまった真鍋が謝るが、白瀧は気にせずにリスタートのボールを受け取る。

 

 今度は相手チームも隙をつかれないようにと、戻りが速い。先ほどのような奇襲というわけにはいかないだろう。

 4チームのディフェンスはゾーン。……しかも陣形はトライアングルツー。山中・青樹・本田の三人のゾーンでインサイドを固め、外の白瀧には牧村、神崎には北野がそれぞれマークについている。

 

(うちのチームの攻撃力を下げるためか。元々俺のことは知られてたみたいだし、さっきの明のダンクでインサイドはだいぶ印象づけた。となるとここはアウトサイドから攻めたほうがいいか。……いや、まだだ。それはまだ早い。もうちょい中を警戒させるとするか)

 

 想定外のことではあったが、白瀧は落ち着いている。

 4チームがとった方針は妥当なものであろう。たとえ牧村が白瀧に抜かれてもこのゾーンならばすぐにフォローに入る事もできる上にインサイドも固められる。それなりの高さもあるし、十分な陣形だろう。

 

 相手の動きと自陣のポジショニングをしっかりと確認すると、白瀧は突如体勢を低くし、ドリブルのスピードを速める。

 

「ッ!(来る! ……右か!)」

 

 牧村は瞬時に白瀧の動きの変化に反応し、彼の速さについていけるように右後ろへと足を引く。

 

(反応は中々。だが、残念ながら不正解だ)

 

 しかし白瀧は前進するかと思いきや、前へとはじいたボールを自分の股下を通して後ろに戻し、左サイドへと切り込んでいった。

 

(そんな……逆!? しまった、抜かれる……)

「悪いな、通させてもらうよ」

 

 レッグスルー、白瀧が得意としている技術の一つ。

 彼の速さに注意が行き、焦ってしまった牧村はこの動きに対応できなかった。体が急速な変化に対応できずにその場でよろけてしまう。牧村を抜き、白瀧はゾーン内側へと突入する。

 

「ヘルプ!」

 

 すかさず白瀧に本田がマークにつく。これで牧村も体勢を立て直せば挟み撃ちにできる。

 しかし白瀧はそのままシュートへはいかず、フリーになっている真鍋にパスを送った。パスを受けた真鍋はすかさずジャンプシュートを放つ。

 

「ぬあっ!」

「うっ!(しまった。シュートがそれた。……これは、入らない!)」

 

 真鍋がそのままシュートを放つも、そのパスに反応して動いた青樹の指がボールに触れた。

 当たった場所が指先とはいえ、思わぬ衝撃を受けたボールは描く弧の形を変えている。これは入るかどうか厳しいところ。いや、このままではおそらく入らない。シュートがはずれた場合に備えてゴール下では選手達がポジションを争いながら待ち構えている。

 

「ゴール下、リバウンド頼むぞ!」

「おう!!」

「ちいっ、こいつ……!(どっしりと構えてびくともしねえ! なんだこのパワーは!? これじゃあポジションを奪えない!)」

 

 ボールの行方を察した白瀧の声に応えるように、ゴール下では光月と渡辺が良いポジションを保持していた。

 山中がなんとか光月からポジションを奪おうとするが、光月の体を張ったスクリーンアウトの前に、身動きさえとることができない。

 

 ボールが徐々に落下して行く。

 ガッガッ、とボールは二度リングにぶつかり、そして内側をくぐる事は無くコートの方へと落ちてくる。

 

「おおうっ!」

 

 空中のボールの所有権を巡って光月、渡辺、山中、本田の四人が空中へ舞い上がる。

 全員が全力でボールへと手を伸ばす中、最初のポジショニングで山中よりも内側に入っていた光月が両手でがっしりとボールを確保した。

 

「くそっ! このやろっ!」

「要!」

 

 オフェンスリバウンドを取った光月は、着地すると自身へのークが厳しくなる前にボールをすばやく白瀧へと回す。牧村がブロックに手を伸ばすが、間に合わない。ブロックを気にすることなく白瀧はジャンプシュートを放った。

 

 シュッ、と何も妨害を受ける事が無かったボールは綺麗な弧を描き、リングにぶつかることもなくリングをくぐり抜けた。これで白瀧の初得点。

 

「ナイスリバン!」

「ナイッシュ!」

 

 4対2。再び3チームがリード。白瀧と光月の活躍に否応でも士気は上がる。先輩達も盛り上がってきた。

 3チームの面々がディフェンスに戻ろうとしている中、渡辺のスローインから再開。本田がボールを受け取ると、すぐさまそのボールをハーフコートを越えるような勢いのロングパスを放った。

 

「やばっ……!」

「速攻!」

 

 そのパスの意図に気づき、すぐさま白瀧は身を翻して一挙に加速する。

 振り替えってみると、すでにリバウンドに参加していなかった青樹がハーフライン付近にまで上がっていた。得点直後に油断していた白瀧たちの隙をついた速攻。その場でジャンプし、手を伸ばしてパスを受け取った青樹は、フリーのまま無人のコートを上がっていく。

 

(さっきのお返しだ……!)

 

 仕返しとばかりに、青樹はレイアップシュートを放つ。

 ……しかしシュートを放とうとした瞬間、いきなり横から何者かの手が伸びてきて、ボールをはじいてしまった。弾かれたボールはボードへ命中し、コートの中へと戻っていく。

 

「なっ……白瀧!?(嘘だろ。さっきまでオフェンスに参加していたっていうのに。……こいつ、いつのまに戻ってやがった!?)」

「おいおい、俺がお前達の速攻を許すとでも思っていたのか?」

 

 白瀧は青樹の攻撃を防ぎ、悠然と語る。仮にも速さを極めた男がそう易々と相手が速攻を語ることを許すはずがなかったということだ。

 完全にフリーだと思っていたのに、ブロックに現れた白瀧に驚愕を隠せない青樹。そんな青樹をおかまいなしに、白瀧は着地するや否や先ほどはじいたボールへと向かう。まだサイドラインを割っていない、ボールは生きている。そして全速力でボールを確保すると、白瀧はそのままの速度を維持してサイドラインに沿ってゴールへと向かう。

 

「そう何度も行かせるとでも……」

「行かせて貰うさ! 勇!」

 

 すかさず牧村がフォローに入るが、白瀧は相手にせずに斜め前方の神埼へとパスを回す。

 

「うっ……?」

「行け、要!」

 

 牧村の意識がボールに、そして神崎へと移る。その間に白瀧は牧村を逆方向から抜き去り、ハーフラインを越えて行った。すると、パスを受けた神崎がすぐさま走りこんできた白瀧にリターンする。

 

「(連携プレーか。しかもこんなスムーズに……対応できない!)まずい、白瀧を止めろ!」

 

 牧村も全力で追いかけるが、白瀧がドリブルをしているというのにも関わらず追いつけない。そう言っている間にも白瀧は再びゾーンへ進入する。このままではまたあのスピードに掻き乱されてしまうと牧村は思い、ディフェンスに戻っている三人に叫ぶ。

 だがインサイドを三人で固めるものの、人数は4対3。完全にアウトナンバーだ。これでは止めるのは難しい。

 

「二本目、もらった!」

「このっ……あまり調子に乗るなよ!」

「……なーんちゃって」

「……え?」

 

 ここで勢いづかせるわけにはいかないと、本田がすぐに白瀧のチャックに出ようとするが、ディフェンスの間合いに入る前に白瀧はボールを自分の股の下を通してバックパスする。てっきりドライブしてくると思った本田の動きがその場で硬直してしまった。

 

「外すなよ、勇」

「当たり前だ!」

「いっ……!?(またしてもリターン!? 駄目だ、追いつけない。……やられる!)」

 

 ボールは白瀧の後ろに走りこんできた神崎の手に収まった。

 白瀧の声に応えるように、彼の後ろでボールを受け取った神崎の体が飛び上がる。牧村も本田も突然のことで体が反応することさえできない。フリーになっていた神崎はそのまま高い打点でボールを放った。安定した綺麗なフォームだ。

 外れたときに備え、ゴール下では敵味方四人の選手が準備に入るが……無駄なことであった。ボールは静かにリングを射抜いた。

 

「……っしゃあ!」

3P(スリー)、決まった!」

「これで7対2。3チームが乗ってきたぞ!」

 

 ボールの行く先を見届け、神崎はその場で歓喜の声を上げる。初発で決められたのは大きい。

 神崎のスリーポイントシュートが決まり、先輩方も一斉に歓声を上げた。試合開始からわずか1分が経過したところでいきなり7対2。流れは白瀧のチームになっている。

 

「……ふむ。今スリーを決めた9番の彼、たしか神崎君と言いましたか? 彼の動きも良いですね。白瀧君と動きを合わせられる彼との相性もそうですが、何よりも彼のアウトサイドシュート。シュートフォームが整っていて綺麗だ」

「たしかに。パスを貰ってからの反応も中々のものでした。うちはSGの層はあまり厚くありませんし、彼にもかなりの期待が持てそうです」

 

 この試合初めてのスリーを決めた神崎にも藤代と小林の注目が集まった。

 今の動きを見ても、十分すぎるほどの働きを示してくれた。大仁多高校は去年スタメンであったSGの選手は健在であるものの、現ベンチメンバーにはこれといった選手はさほどいない。そういったチーム事情からも神崎の姿は二人の目にはより濃く移った。

 

「ナイス、勇!」

「おう!」

 

 白瀧と神埼が笑顔でハイタッチをかわす。光月もその場に雑じって互いの手を軽く叩きあう。

 ……白瀧が上手い具合に周りを生かしている。一人の強力な選手が入るとワンマンチームになりがちだが、この試合ではチームとして機能している。一人一人の個性が出ていてその人の役割もはっきりしていて、これならば先輩達も評価しやすいことだろう。白瀧もそれを理解していてその上でゲームメイクしている。

 

「さあ、ガンガン行こうぜ!」

「おう!」

「「おおっ!!」」

 

 白瀧の力強く頼もしい言葉に、チームメイトもはっきりと答える。チームの士気も上がってきた。盛り上がった雰囲気のまま続けられればまず問題ないだろう。波に乗っている今の彼らの攻撃力は相当なものだ。

 プレイだけではない。こういったチームメイトへの声かけなど、白瀧は精神的な支えとなっている。

 もしも白瀧が速さだけの選手だと感じていたような選手がいるのならば、この場で撤回すべきだろう。仮にも彼は帝光中で『キセキの世代』と共に戦っていた男だ。そんな生半可な男であるはずがない。それをその身で証明するかのように、再び白瀧はコートを駆けて行く。

 

 

――――

 

 

「……すごい」

 

 本日だけで一体何度目になるかわからない。全く同じ言葉が自然と私の口から再びこぼれた。その原因は全てコートに立っている彼、――白瀧君。

 オフェンスに参加していてシュートも決めていたというのに、一瞬で切り替えして相手の速攻を防いだ。しかも、それだけではない。彼は着地するとそのままボールを奪い、コートを駆け上がる。途中相手ディフェンスのマークにあっても、まるで何もないかのように神崎君との連携でかわし、再び疾走した。

 

「……ああ」

 

 何も言葉にできなかった。白瀧君があっという間に私達の目の前を通過して行く。その躍動する姿がとても勇ましく映った。その姿があの時の白滝君の動きと完全に重なった。

 これで最早相手に止める術はない。なにせ白瀧君がドライブで切り込む上に、先ほどゴール下で圧倒的存在感を放った光月君などもいる。人数も4対3。これで止めろと言うほうが無茶だろう。

 『二本目を決める』。そう言い放った白瀧君の姿、敵には脅威に見えただろう。だが私は彼の頼もしい姿を見れて、言葉を聞けて嬉しかった。

 

 ……しかし、そこで私は再び驚かされる。直接切り込むと思われた彼が、シューターの神埼君へと股下からバックパスをさばいた。ディフェンスの裏をかいたおかげで相手は反応すらできずに、彼のスリーポイントシュートを許してしまう。

 私は思わず持っていたスコアボードを落としてしまった。我に返るとすぐさま拾い直して記述する。

 フリーだったとはいえ、そのように誘導したのは白瀧君で間違いない。これでアシストパスは2つ目。彼の得点も含めて、今のところチームの全ての得点に関与している。

 

「さあ、ガンガン行こうぜ!」

「……ッ!」

 

 白瀧君の声がコートに響き、私の耳にも届いた。書く手が止まり、味方を鼓舞するこの言葉が私の記憶を揺さぶる。……懐かしい。たしかこれを聞くのは3年ぶり。彼がこうやって仲間と躍動する姿も。笑ってコートに立つ姿も。

 

 試合前に言った彼の言葉が頭の中でよみがえる。

 

 『以前の話で言えなかった俺の意志。……この試合で見せる。俺のバスケで』

 

 ……ああ、本当だ。たしかにこの試合で彼の意思がわかった。

 彼は、決して諦めてなんかいない。今もまたあの場に立ちたくて、仲間と一緒にコートに立ちたくて……それで今もバスケをしているんだ……

 

 

――――

 

 

「……ここまで差が生まれるものなのか」

 

 目の前で行われている試合を目にして、小林は思わず驚愕の声をあげた。

 前半戦を三分残した状態で、スコアは19対9。白瀧率いる3チームが10点のリードを守っている。

 お互いが一年生だけで構成されている、まだ若いチーム。それにも関わらず、一人の選手――白瀧によって試合の流れは一方的に傾いていた。

 オフェンスでは味方をサポートしながら自身も得点を重ね、ディフェンスにおいてもその広い守備範囲を利用してスティールを積極的に狙い、敵の攻撃の芽をつぶしている。

 

「間違いない。白瀧要は本物だ。……これが、帝光中学のユニフォームを着ていた男の実力か」

 

 今回の試合で彼の実力を測ろうと考えていた小林であったが、逆に思い知らされた。フォワードとしての力のみならず、司令塔(ポイントガード)としての彼の立ち回り、そして味方を支え鼓舞するリーダーシップ。そのどれもが小林の想像を超えていた。

 

 ……そして彼への期待と同時に、まだ見ぬ強敵『キセキの世代』への恐怖が胸にあふれた。

 この白瀧でさえスタメンでなかったというのだから、彼以上の実力であると言われている、『キセキの世代』の選手達の底が知れない。

 

(だがそれでも、こいつがいるというのならば去年果たせなかった優勝も夢ではない。共に頂点を目指せるというものだ)

 

 気が付いたら小林は笑みを浮かべていた。これから先、白瀧と共に戦う試合のことを考えていたのだろう。

 彼ほどの実力ならがスタメンに選ばれることは当然であろう。きっとすぐに共に戦うことになる。彼ほどの実力を持った選手と共に戦えるということは、一選手として嬉しいことだ。安心して背中を預けられる。

 

(だからこそ早く上がって来いよ、白瀧)

 

 小林は心の中で白瀧へ激励のエールを送った。

 視線を再びコートへ向けると、丁度神崎がシュートを放っているところであった。

 3Pラインからのシュート、入れば3点が加わるところだが……マークについている北野がかけているプレッシャーのせいか、体勢がよくない。

 ボールはリングにあたり、はじかれてしまう。

 空中のボールをめぐって再び空中戦が行われるが、流れた方向に恵まれたこともあって今度は渡辺がオフェンスリバウンドを取った。ボールを確保すると、白瀧へ回して立て直しを図る。

 

「さあ、今度はどう攻める?」

 

 ドリブルをしながらも白瀧は前を見据えていた。相手は変わらずゾーンディフェンスを続けている。インサイドのマークが特に厳しい。

 視線を右に移すと……そのまま白瀧は神崎へとパスを出した。

 

「また神崎に? 徹底的にスリーで行くつもりなのか……」

「いや、違いますね」

 

 外からの攻めだと予測するも、それを隣で聞いていた藤代が即座に否定した。

 見るとパスを出した白瀧がそのまま神崎の方へと走り出していた。その動きに気づいた牧村も白瀧を追うように走り出す。

 

「勇、戻せ!」

 

 白瀧の声に反応し、神崎はボールを持った手を後ろへと流した。

 ヘルプに入った白瀧は速度そのままにボールを受け取り、右サイドから攻めるようにフェイントをかけ、逆をついて神崎の左下へとダックイン。

 

「……フェイクか!」

「上手いですね。スペースができている右サイドから攻めるよう見せかけて、インサイドへ。マークについていた4番も引き離せた」

 

 藤代の言うとおり、牧村もフェイクにかかり白瀧はフリーとなった。

 青樹がすかさずヘルプに入るも、白瀧は高速ロールであっさりとかわし、ゴールへ向かって飛ぶ。

 

「させるか!」

「……ッ!?」

 

 しかし、白瀧の好きにはさせまいと二人の選手がブロックに飛んだ。

 

「ブロック二人! しかも、高い!!」

 

 現れたのは本田と山中だった。白瀧よりも背丈が高い彼らはシュートコースを完全にふさぎ、白瀧の前に立ちふさがる。

 ……そんな中、白瀧はボールを所持していた右腕から左手へと移し、二人の腕をかわすようにそのままボールをリングに向けてふんわりと浮かせるように放った。

 

「強引にシュートにいった! ダブルクラッチだ!」

「いや、それにしても体勢が厳しいです。おそらくオフェンスリバウンドを狙った上で……」

 

 だが高速で動いていた上に二人のブロックがあったことで上体のバランスは厳しいものだった。藤代もこれは入らず、味方を信じてリバウンド狙いのシュートだと感じた。

 ……しかしボールは一度ボードに当たると、パスッと小さな音を立ててリングをくぐった。

 

「……これはこれは」

「無理やり決めただと!?」

 

 実力者である二人もこれには驚愕した。あれだけ厳しい条件が揃っていたというのにも関わらず、あっさりと決めた白瀧に対してさらに期待を高めていた。

 

「ナイッシュ、要!」

 

 ディフェンスに戻りながら、白瀧は神崎や光月と拳をあわせた。

 難しいシュートを決めた後とはいえ、その姿に油断は微塵たりとも感じられない。すぐさま全員に指示を飛ばしていた。

 

「これほどとは。噂以上の選手、ですね」

「あれがかつて帝光中が誇った『神速』。――白瀧要!」

 

 圧倒的な速さ。一つ一つの洗練されたプレイ。チームを支える並外れた精神力。

 とてもついこの間まで中学生であったとは思えない彼の動きは、彼の姿は、試合を見ている全ての者達を魅了していた。


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