「……強化合宿?」
夏休みを目前に控えた大仁多高校。
午後の練習後、迫るIHという大舞台に備えて更なる追い込みをかけるべく、藤代が提案した言葉を選手達はそれぞれ復唱していた。
「本来ならばうちのような全国常連校はこの時期に複数の強豪校が集まるカップ戦に出場します。昨年までも東京で開かれる正邦カップに出場していました」
しかし、とここで藤代は言葉を区切り肩を竦めて続けた。
「今年は実質的な主催校である正邦が予選で敗退。三年生が引退し、次期主力である二年生を中心に出場するようです」
「え。……正邦って冬は三年生出ないのか」
「東京の場合は冬の予選に出られるのは夏の上位八校までなんだよ。だから自動的に引退になっちまうんだ」
「そうだったんすか」
東京都三大王者と呼ばれている高校の最上級生引退という事実に驚く本田に松平が彼の疑問に答えた。
各地域によって代表校選抜の方法は違う。現に栃木では再び冬もトーナメントが行われる。上位校はシードが与えられ2次予選から始まるとはいえ、多くの高校が冬も機会を与えられるのだ。進学校など学校側の都合を除けば三年生は冬まで部活に参加できる。
だが東京都は違う。夏に勝ち残れなかった高校はそのまま冬の出場機会まで逃してしまう。正邦の三年生達も後輩達に後を託すしかなくなってしまったとうわけである。
「秀徳高校は元からこのカップ戦には出場せず調整合宿を行っていましたし、泉真館も今回は出場を辞退することにしたそうです」
「……泉真館もか」
「予選で桐皇に負けて、誠凛にも苦戦したから色々思うことがあるのかな?」
かつてカップ戦で対戦したことのある強敵。彼らを思い出した山本の呟きに対し小林もそうだろうなと頷いた。
「そこでうちにも打診は来たのですが、それならば大仁多も今回は辞退するという旨をお伝えしました。代わって今年は4泊5日の強化合宿を行います」
「合宿か」
(またハードになるのだろうか……)
「泊りがけとかマジ楽しそうじゃん」
さらに厳しさを増すことが予測される練習を想像し、顔をしかめる者が多数現れる一方。神崎など行事イベントを好んでいるメンバーは笑みを浮かべている。まさに対照的な反応だった。
「ただし、今回はただの合宿というわけではありません。四泊五日の合同強化合宿となります」
「合同?」
「てことは、どこかの高校を呼んだということか」
合同合宿とは想定していなかったのか選手達の中から疑問の声が発せられる。
多種多様な反応が見られる中、藤代がそっと口を開いた。
「今回は――聖クスノキ高校、そして盟和高校の二校と合同合宿です」
そして続けられたのは大仁多が予選で苦戦を強いられた二校であった。
「……あいつらか!」
「てことは、今回は三校による合同合宿?」
「栃木上位三校が集うってことかよ!」
あまりにも唐突な、そして衝撃的な内容だった。
当然とも思える選手達の表情の変化を一巡した後、藤代は視線をある一点に向けて言った。その先には大きな紙が貼られていた。
「IHには彼らのような強者が溢れています。万が一にもこの合宿中彼らに遅れを取るようなことがないよう、気をつけてくださいね」
『……はい!』
監督が伝えようとしていることを理解し、選手達は大きく頷いた。
紙には『全国高等学校総合体育大会 全国高等学校バスケットボール選手権大会』と大きく書かれており、その下にトーナメント表が掲載されていた。
つまり――IHの組み合わせである。
(……すぐ戦うことになるだろう。それまで、待っていろよ)
白瀧は親しかった旧友達の姿を思い浮かべ、闘志を滾らせる。
大仁多高校は右下のブロックに入っている。
一回戦の相手は石川県代表・鈴順高校。
二回戦は東京都代表・誠凛高校と徳島県代表・平石高校の勝者。お互いが上手く勝ち残ることができれば、二回戦で大仁多と誠凛は戦うことになる。
そして三回戦も勝ち進んだならば――準々決勝で当たると予測されているのは、秋田県代表・陽泉高校。“キセキの世代”最強センター・紫原との戦いが待っている。
さらに準決勝は “キセキの世代”主将・赤司を加えた高校最強と呼ばれる京都府代表・洛山高校と戦うことは確実。
決勝は同じく“キセキの世代”を擁する逆ブロックの東京都代表・桐皇学園、神奈川県代表・海常高校が有力視されている。
どこが優勝してもおかしくない。激戦は必至である。しかし白瀧の脳裏には敗北の不安感は一切ない。
そして大仁多高校が夏休みを迎え――ついに合宿開始日が訪れた。
「うわっ。初めて入ったけど、すごいなー大仁多」
「綺麗だし、設備も充実しているね。こういう環境で練習できるのが羨ましいよ」
あたりをキョロキョロ見渡しながら、金澤と神戸は羨ましげに呟いた。やはり施設の充実している大仁多への羨望もあったのだろう。
「あんまりはしゃぐなよ、恥ずかしい」
夏休みに入ったとはいえ、まだ部活動に参加している学生は多くいる。
下手な真似はしないようにと浮かれている同僚達に細谷は注意を促した。
「でも、まさか俺らが大仁多と合宿することになるとは、思ってもいなかったな」
「俺らとしては光栄な話じゃん。全国に出場するところと一緒に練習ができる」
その横では真田と沖田、聖クスノキ高校の三年生達が並んで歩いている。
ここまで盟和高校の選手達と聖クスノキ高校の選手達は揃って来ていた。去年戦ったこともあり、交流がある二校は岡田の指揮下の元、共に行動することになっている。
盟和高校はベンチ入りメンバーが集結しているが、聖クスノキメンバーはレギュラーの五人とマネージャーの西條のみがこの合宿に参加することになった。大仁多という強豪との合宿ということで、他のメンバーはついていくのは困難と判断してのことだった。指揮官・石川の姿もここにはなく、顧問の先生が引率として付き従っている。
「今回、我々は招待された身だ。失礼のない様にな!」
岡田が全員にもう一度気を引き締めさせ、彼らは大仁多の猛者が集う体育館へ足を踏み入れた。
『お願いします!』
盟和高校の、聖クスノキ高校の選手達の声が体育館中に響き渡る。
「おっ!」
「……来たか」
「盟和高校、そして聖クスノキ高校!」
今でも彼らとの決戦は昨日のことのように覚えている。興奮と歓喜が入り混じった表情で大仁多の選手達は彼らを出迎えた。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな藤代」
「お出迎えありがとうございます」
「ご足労いただき恐縮です。今回はよろしくお願いします」
藤代が岡田達へ笑みを浮かべて挨拶を交わす。
今回の合宿は大仁多と盟和、聖クスノキの三校にメリットがある。
盟和や聖クスノキ高校にとっては格上の高校との練習で選手達の士気の向上と技量の上昇に繋がる。宿敵と競うことでより効率のよい練習となるだろう。
大仁多はIH本戦に向けてより実践的なゲームをこなすことができる。盟和と聖クスノキ高校には勇作や楠をはじめ、全国でも通用するであろう選手達がいる。彼らとのゲームを詰むことでより実戦経験を積み、感覚に慣れることができる。
こうして彼らの思惑は一致し、今回の合同合宿へと至ったのだ。
「先に言っておくが、皆先の敗戦で味わった雪辱に燃えていてな。全国を前に自信を喪失しても知らんぞ?」
「それはありがたい。有意義な合宿にできそうですね」
岡田の挑発を藤代は笑って受け流す。余裕とは違う、選手達への信頼の現われだろう。
「ふん。まあいいだろう。勇作、お前も藤代監督に挨拶を――」
後ろを振り向く。しかし岡田の視線の先に先ほどまでいたはずの勇作の姿はなかった。
「……おい、あいつはどこに消えた?」
「あ、あの馬鹿ならあそこです」
声に苛立ちが含まれていたのは気のせいではないだろう。
古谷はそっと指先を体育館の端へと向けた。その先には橙乃と共に勇作の姿があった。
「久しぶりだな、茜」
「うん。今日の朝も電話で話したけどね。ここまでお疲れ様」
「何を言う。愛する妹に頼まれたら断るわけもないだろう!」
(……誘ったのは橙乃じゃなくて藤代監督だけどな)
(誘われたのもお前じゃなくて盟和と聖クスノキという団体だけどな)
外野から心中で総ツッコミされているとは知らず、勇作は一人自分の世界に入り込んでいた。
「……一応、後で挨拶に行かせますが、改めてよろしくお願いします」
「この合宿で勉強させていただきます!」
「ええ。皆さんよろしくお願いします」
細谷と真田がチームを代表して藤代に一言述べる。
その一方で、勇作とは別に一人、大仁多の選手の下へ歩み寄っている人物がいた。
「存分に鍛えているか、白瀧?」
「勿論ですよ。……ようこそ、大仁多へ。楠先輩」
「5日間よろしく頼む」
「こちらこそ」
楠の問いかけに白瀧が笑って返すと、楠も口元を緩ませた。
こうしてかつて凌ぎを削った者達が共に同じ場所で汗を流すこととなった。
――――
「……よし、後は配膳だけかな。それじゃあ西條さん、茜ちゃん。先に皆の下に行って準備しておいて」
「わかりました」
「はい!」
まもなく12時を迎えようとする中、東雲と西條、橙乃は昼食作りに励んでいた。
夏休みに入り大仁多の食堂も休みとなっている。その為今回の合宿では自炊が基本となった。マネージャー達は選手達の食事作りが重要な仕事となり、台所は戦場と化した。
ようやく仕事に区切りがつくと、東雲は西條と橙乃を先に行かせ、様子を窺わせることにした。
その途中で彼女達の話題に上がったのは楠のことであった。
「え? じゃあ、楠先輩の方から告白したんですか?」
「……まあ、一応、そういうことになるのかしら?」
二人が付き合い始めた当時の話を聞き、橙乃は目を丸くした。西條の方から告白をしたと想定していたのだろう。
西條は居心地悪そうに頬をかいて曖昧に返答する。
「それよりあなたの方はどうなの? 可愛いし、中学時代から色々話がありそうじゃない?」
これ以上追求されるのはまずいと感じたのか、西條は話題を橙乃へと移す。
決して深い意味はないのだろう。現に橙乃は容姿が恵まれており、好意を抱く相手も少なくないはずだ。
「……中学の時は、お兄ちゃんがいたので」
「あっ。なるほど」
「今も入学したばかりだからそういう話はないですね」
しかしそれらの話はことごとく勇作の手によって粉砕されていた。卒業後も地元で兄の噂は残っており、彼の恨みを恐れて男から声をかけることはなかったという。
「それに、今はIHのことで頭が一杯ですから」
そう言って体育館へ入っていく。
「よっしゃあ――!」
「ナイッシュ! 勇作!」
「いいぞ! その調子だ!」
体育館では選手達の熱い声援が木霊していた。
「……凄い熱気」
「盛り上がっているわね。やっぱり、ただの合宿じゃない!」
公式戦というわけではない。合同合宿である。しかしそうわかっていても、今ここには頂上を駆けて凌ぎを削った猛者達が集っている。
並大抵な者ではついていけない。それほどのレベルであった。
「お返しだ!」
「白瀧――!!」
彼女達の目の前で白瀧と楠、栃木を代表するエースが対峙する。
白瀧がボールを足の下をくぐらせ、ボールを持ち返る。レッグスルーでドリブルの勢いを殺した瞬間、白瀧の体が大きく動いた。
「ぐっ!」
あっという間にクロスオーバーで切り返した。しかし楠もスピードが自慢の選手。これで遅れをとるわけにはいかない。きっちりと白瀧の姿を視線で捉え――彼の体が逆方向へ沈んだ。
「なっ!?」
(逆――ダブルクロスオーバーか!?)
クロスオーバーでディフェンスを崩した後、さらに相手の裏をかいてもう一度クロスオーバーで元の手に返すドリブル、ダブルクロスオーバー。
中央を突破され、ゴール下から勇作が飛び出す。だが白瀧は勢いを殺す事無くバックロールターンで勇作もかわした。
「クソッ!」
「……よっと!」
「ナニッ……?」
ジャンがすかさずブロックに跳ぶ。すると白瀧はボールを左手に持ち替え、上空へ軽く放った。
そして遅れて跳んだ黒木がアリウープを沈める。ボールが勢いよくリングに叩きつけられた。
「決まった――!!」
「ナイス白瀧! 黒木ナイッシュ!」
「これで三点差だ! このまま押し切れるぞ!」
大仁多のベンチからしきりに声が飛ぶ。
「……え? 三点差って!」
西條はすかさずスコアボードへ目を向けた。
残り二分。(大仁多)37対34(盟和・聖クスノキ)
得点と残り時間から察するに前半10分、後半10分のミニゲームだろう。
「よし! このままガンガン行くぞ!」
『おう!!』
小林が檄を飛ばせばチームメイトもそれに応えてくれる。ユニフォームを着ていないとはいえ、試合の空気はまさに本番と遜色ないものだった。
「うちと盟和のレギュラーを相手にして、それでもまだ大仁多がリードなんて……」
「すごい……」
西條と橙乃は感嘆の声をあげた。大仁多はレギュラーが揃っているとはいえ、相手はそれ以上と言ってもおかしくない面子が揃っている。
PG:細谷、SG:楠、SF:古谷、PF:勇作、C:ジャン。
(これが、全国に挑むチームの力……!)
そして、ミニゲームの終了を知らせるブザーが鳴り響く。
「よっしゃあ!」
「勝った――!」
「一回目のミニゲーム、大仁多の勝ちだ!」
その後も流れを掴み続けた大仁多が勝利した。
大仁多の選手達がガッツポーズで喜びを爆発させる。本番を前によい刺激となるミニゲームだった。
「……ふう。負けた。やっぱり強いな、お前達は」
「ありがとうございます」
楠の差し出した手を白瀧が握り返す。本番の試合ではない分、余計な憤りなどはなかった。
「ったく。本当に疲れるな、お前達との戦いは」
「勝ったからいいだろう! 負けた方の身にもなってみろ!」
「この合宿中、絶対にお前らに勝つからな!」
「やってみろよ! 返り討ちにしてやるさ!」
小林の呟きに、勇作と細谷が疲労を忘れて叫びだす。
完全に夏の敗戦から立ち直った二人を見て、山本が口角を挙げて口にする。まだ俺達に勝つのは早い、と。
「……凄いですね」
「午前と午後、それぞれの練習終了後にミニゲームをすることにしたんです。実戦を意識して、ね。彼らにもよい薬となるでしょう」
切磋琢磨することで選手達はのびのびと成長する。藤代は満面の笑みを浮かべて彼らの姿を見守った。
「そういえば、お二人が来たということは……」
「ああ、はい」
「昼食の準備は整いました」
「わかりました。ありがとうございます」
思い出したように西條と橙乃が答えると、藤代は選手達の方へ向き直り、集合をかけた。
「皆さん! これで午前の練習は終了とします! 各自しっかりクールダウンして上がってください!」
その言葉で選手達は安堵の息を零した。練習とミニゲームですでに身も体も疲れ果てていた。
「……ミニゲームに出てないけど疲れたじゃん」
「ですね」
「この後も覚悟しておいた方がいいですよ」
「うち、合宿の場合は飯最低でも3杯以上食うようにしているらしいので」
「マジ!? 死んじゃう!」
沖田と山田がストレッチで体を伸ばしていると、神崎と西村が二人に死の宣告を告げた。
スポーツ選手は体が資本であるとはいえ、食事でも徹底されると中々辛い面があった。
「まあ女子の手料理が食えるだけマシですかね」
「そうだな。西條や大仁多のマネージャーも作ってくれたみたいだし」
それでも前向きに考えようと古谷と真田が笑って会話を弾ませる。
「……大仁多のマネージャー?」
すると一人、二人の会話が聞こえた勇作が眉をひそめた。
「おい、小林」
「なんだ?」
「まさか、ひょっとして……茜も料理に参加しているのか?」
想像するのも恐ろしい結論にたどり着いてしまった。違ってほしいと思いつつ恐る恐る小林に問いかける。
「当たり前だろう。お前が自慢するうちのマネージャーだぞ」
そして彼にとって最悪の返答が突き刺さった。
「……総員、退避――――!!」
コンマ一秒。もはや反射のレベルで勇作は叫び声をあげた。
全員が突然の叫びに何事かと驚愕する中、勇作は顔に焦りを浮かべて撤退の準備を始めた。
「おい、いきなりどうした? 頭のねじでも吹っ飛んだか?」
「馬鹿野郎! 手遅れになっても知らんぞ!」
「……マジ何事ですか? ああ、なるほど。妹の手料理を他の男に食べさせたくないってことですか?」
「違う! いや、それも勿論あるけど意味が違う!」
同僚のツッコミに対して口早に返し、さらに勇作は続けた。
「お前達は知らないだろうが、茜の料理は凄まじい。料理の常識を超えている。一度でも食塊を飲み込んでしまえばこの世のものとは思えない痛みに襲われ、自我は崩壊し、記憶を奪われ、自分が自分でなくなるような虚無感に襲われるぞ!」
「……それ、料理じゃなくて拷問じゃね?」
馬鹿なことを言うなと細谷たちは呆れて彼の言葉を聞き流した。
しかし事実を知る大仁多の選手達は冷や汗を浮かべ、今までの橙乃が作った料理のことを思い出していた。
「まあ、確かにあれは酷かったよな」
「あの時はどうなるかと思いましたよ。……ん? 白瀧さん?」
何度も頷き勇作の意見を肯定する神崎。西村も同調して苦笑いしていると、白瀧の変化に気がつき、顔を覗き込んだ。
「料理? 痛み? 自我の崩壊? 記憶? 虚無感? なんだ、頭の中で何かが……」
「白瀧さん!?」
(よくわからないけど、トラウマを引き起こしている!?)
余程あの日の出来事がショックだったのだろうか。白瀧は一人、細々と単語を口にしていく。頭を抱え込み、何かを抑えこむように必死に耐えていた。
「要、しっかり! 大丈夫なのかい!?」
「あ、ああ。……大丈夫っスよ光月っち。何かが脳裏に蘇ったかと思ったけど、やっぱちげーわ。大体、僕のことを心配するなんて百年早いのだよ。ひねりつぶすよ」
「…………え?」
多分大丈夫じゃなかった。次々と人格が変わっていくかのような変貌振りに、光月は何も口にすることはできなかった。
「はあ。とりあえず安心しろ勇作」
「どうやって安心しろと!? もう出来上がってしまったというのなら早く――」
「その問題なら解決済みだ」
一方、未だに騒ぎ立てる勇作を諭すように小林が立ち上がり、彼の肩を叩いた。
「なん、だと? どういうことだ?」
「橙乃の料理については俺達も知っていた。実は以前からその問題を改善しようと思っていて、丁度この前白瀧が彼女に料理を教えて克服させたところだ」
「……本当か?」
小林の話を聞いてもまだ信じきれない勇作はもう一度問い返す。小林が大きく頷いてようやく彼の顔から焦燥が消えた。
すると安心したのか元の顔つきに戻ると白瀧の元へ無言で歩み寄っていく。
「白瀧。お前、実はいいやつだったんだな」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
(なんか知らないけど仲直りしている!?)
余程この一件については彼も思いつめていたのだろう。勇作の方から和解の握手を差し出し、白瀧も困惑しながらであったが応えた。
「でも記憶がなくなるならなんで勇作は覚えているんだい?」
「慣れた」
「それって慣れるものなの!?」
幼い頃から行動を共にしているからこそ適応できたのだろう。並々ならぬ勇作の一途な思いを感じ入り、細谷はひっそりと涙を流した。
「あ、楠さん!」
「うん? なんだ?」
「ちょっと、いいですか?」
皆が勇作や白瀧の話に夢中になっている中、神崎が楠に話しかけにいく。
そして一つの願いを頼み、二人は別れた。
余談だがこの後全員で食事を取ったが、皆美味しく昼食を味わうことが出来た。
――――
午後の練習も厳しいものであった。
本格的な夏を迎えて熱さも増している中、選手達は汗をふき取り、目の前の出来事に専念する。
そして練習の最後には再びミニゲームが入り、一日の練習が終わろうとしていた。
「……試合、終了!!」
(大仁多)41対39(盟和・聖クスノキ)
最後、盟和と聖クスノキの選手達が追い上げるも及ばなかった。
これで大仁多は2連勝という最高のスタートを切ることに成功した。
「ちっ!」
「……あー、しんど!」
選手達はその場に座り込み、疲労回復に努めている。
「……PG・白瀧か。全国でもこの起用を考えているのか?」
「ええ。十分に通用すると考えています」
「そうか、やはりな」
試合中岡田が抱いていた疑問に藤代は簡潔に答えた。
2回目のミニゲーム、後半戦は白瀧がPGとしてゲームを組み立てた。
トップから果敢に仕掛けてくる攻撃的な司令塔。スリーもあるという厄介な存在に、岡田は楠をマッチアップさせたが、完全に防ぎきることはできなかった。
(この合宿中、白瀧も楠や勇作とマッチアップして経験を詰める。まさか本当に……)
まだ予選の際にはどこか不安定な場面も見受けられた。しかし今や上手く仲間も活かしチームに貢献している白瀧の姿がある。
全国の舞台で彼が司令塔を任される場面もあるのだろうかと岡田は早くも全国の戦いを想像していた。
――――
夕食も彼らは共に時間を過ごした。普段は話さない相手とも話を交え、交流を深めていく。学生としてもこのような関係は大事であり、藤代は積極的に会話に混じるようにと指示していた。
こうしていつもよりもにぎやかな夕食を済ませると、選手達は各々の時間を迎える。
「……白瀧!」
「あれ? 楠先輩、どうしました?」
「気になることがあってな」
ボールを抱え、足早に歩いていく白瀧を呼び止めたのは楠だった。
これから彼がやろうこと確信し、その上で白瀧に問いを投げかけた。
「これから自主練習か?」
「ええ。まだやっておきたいことがあるので。そちらは?」
「俺はこの後マッサージを受けて休む。まだ本調子じゃないんでな」
「随分良くなってきたと思いますけどね」
買いかぶりでもなく、白瀧は本気でそう感じていた。
楠もこの数週間は体力づくりに専念しており、怪我以前の状態を取り戻しつつある。今日のミニゲームでも金澤と交代する以外は決して衰えを感じさせないプレイで大仁多の前に立ちはだかった。
それでもやはり本人にしか感じ取れない違和感もあるのだろう。楠は無理するようなことをせず、次の戦いの為に休養することを選んでいた。
「では、また明日相手をお願いします。俺はもう少し残って練習していきますよ」
「……いいや、お前も来い」
「え? うわっ!」
立ち去ろうとする白瀧だが、楠に腕を引っ張られ、制止を余儀なくされる。
「何をするんですか!」
「……頼む。休んでくれ」
「は? いくらあなたの頼みでも」
「俺じゃない。お前の仲間の頼みだ」
いくら戦いを通じて理解した相手であろうともここは譲れない。そう考え彼の言葉を拒絶する白瀧だったが、楠の真剣な表情を見て、何よりも『仲間の頼み』という一言を耳にして、それ以上強く言うことはできなかった。
「……お前のところのシューター、神崎と言ったか? 彼に相談されたんだ。お前、ここ最近はオーバーペースになりがちだったようだな」
「勇が?」
「お前自身は気にしていないかもしれない。しかし、周りはお前を心配している」
想像していない友人の名前に白瀧が反応する。とめるならば今だと判断したのか、楠はさらに続けた。
「強さを求めるお前の苦しさもわかる。強敵との戦いに焦りを抱いているのもわかる。
だがな、無茶をするお前を見ている仲間の気持ちも汲んでやれ。弱い自分が嫌であるように、仲間が無理するのを見るのも、嫌なんだよ」
それはかつて同じ苦しみを大切な人に味合わせてしまった彼だからこそ出る本音だった。
同じ過ちは繰り返さないでくれと楠は縋るように、祈るように言った。
「……本当に、敵わないな」
一つ、息を零して白瀧は頬をかく。
「わかりましたよ。そんなこと言われて練習するほど図太い精神はしていないので」
「……そうか」
「後で勇には謝っておかないといけないかな?」
「それがいいだろう。良いチームメイトを持ったな」
「ありがとうございます」
礼を言うと二人は並んでその場を後にした。
――――
その頃、大仁多の体育館ではまだ暴れたりないと自主練習に励む選手達が集っていた。
「うおらああああっ!」
「ぐっ!」
渾身の力が込められたパワードリブル。
光月も必死にこらえるが、勇作が一瞬の隙をついてゴール側へロールターン。
「あっ!」
「もらった!」
光月をかわした勇作がジャンプシュートを沈める。動きに無駄のない、県ベスト5にふさわしい動きを見せ付けた。
「くっ! もう一本、お願いします!」
「おう、どんどんやるぞ!」
「はい!」
ひたすら1on1を繰り返す二人。光月も少しでも上達するようにと実戦経験を詰むため勇作と戦いを続けていた。
「……アイツ、俺達ノ時ハ本調子ではなかったガ、やはりかなりのパワーだな」
「当たり前だ。うちのレギュラーだぞ」
そのすぐ横では黒木やジャン、神戸達屈強な選手達が揃ってゴール下のポストプレイの練習に励んでいる。
他にも小林や細谷、山本と金澤など珍しい面子が共に練習していた。
「まったく、今のままでも十分やばいってのに、こんなにストイックなんだから、困ったもんですよ」
彼らの後姿を古谷は一人、恨めしげな視線で射抜いていた。
古谷は先ほどからドリブル練習に励んでいる。共に練習する相手もなく、かといって自分から誰かと練習するタイプでもない古谷は黙々と一人で練習をこなしていた。
(ま、一人の方が気負わないから別にいいですけど!)
慣れた動きでドリブルからシュートを放つ。リングを潜り抜け、落ちていくボールを見届け、今のままでもいいかと思考していると……
「古谷さん!」
「あ? ……何ですか? 大仁多の、誰でしたっけ?」
「神崎です! ちょっと、一つ教えてください!」
予想外の出来事であった。神崎が彼に話しかけ、一つ頼みを申し出た。
――黒子のバスケ NG集――
本編の勇作のノリがもはやNG。
「何でだよオイ!?」