黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十一話 インターハイ

 決戦の時は刻一刻と近づいてくる。それは誰にでも等しく訪れる、決して覆すことはできない事実で、彼らに許されている準備の期間は殆ど残っていなかった。

 ここから先は個人にできることは調整に勤めるばかりで、今から新技を身につけようとも間に合わない。たとえ修得に励んでいたとしても、未だに完成できていないのならば実戦で使いこなすのは殆ど不可能だろう。

 

「…………ヤバイ。これは、多分間に合わない」

 

 ゆえに、努力と成果がつりあわない選手には焦りが募るばかり。

 三校合同合宿4日目の練習後。一人自主練習に励んでいた白瀧の口からこぼれた言葉は、まさに彼が心中で抱いている焦りを象徴するものだった。

 限られた時間の中で精一杯足掻き続ける。それでも必ず上手くいくわけではない。人に出来ることは限られている。白瀧とて例外ではなかったのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なっ……!?」

「は?」

 

 合同合宿5日目、すなわち最終日に行われる最後のミニゲーム。

 細谷が、勇作が、連合チームの選手達が目を丸くし、シュートを決めた白瀧の背中を見つめた。彼ら五人のうち、まだ誰一人としてディフェンスに戻っていない。それなのにすでに得点を許していた。

 

「よしっ!」

「さっすが小林さん! ナイスパス!」

「小林、テメエ今のは……!」

「俺達があれから何も得ていないとでも思ったか?」

 

 相手の防御さえ許さない速攻を成功させた本人、小林は涼しげな顔で勇作達の鋭い視線を受け流す。

 県予選の激闘を経て成長したのは、誰もが同じこと。小林も来るIHに向け着々とその実力を高めていた。

 

「ディフェンス!」

『おう!』

 

 オフェンスだけではなくディフェンスも好調が続いている。相手は一人でも点数が取れる能力を持つ選手が揃っているが、簡単に攻撃の機会を与えない。足をよく動かし、前線からプレッシャーをかけていく。

 

「ちっ……!」

「細谷さん!」

「ッ、頼む!」

 

 トップの細谷から楠と交代で途中出場した金澤へボールがわたる。得意のVカットで山本をかわし、詰め寄られる前に、積極的に仕掛けた。

 

「行った!」

「山本さん!」

(行かせるかよ!)

 

 山本が進路を塞ぐ。45度から中央への侵入を防ぎきった。

 

「ぐっ!?」

「舐めんじゃねえ!」

(駄目だ、これ以上は獲られる!)

 

 ボールの保持が困難と察すると金澤はパスを選択。ゴール下の古谷へ。パスを受け取った古谷へ白瀧、さらに光月が寄り――勇作へのパスコースが空いた。

 

(しゃあない、ゴー!)

 

 ワンドライブで白瀧を引き付け、バウンドパスをさばく。光月とすれ違うように、ボールが勇作へ渡った。

 

「おっ……」

「ぶちかませ!」

「ナイスパスじゃねえか古谷!」

 

 ボールを手にし、バランスを整えると勇作は跳び上がる。

 全力のワンハンドダンク。右腕を大きく掲げたシュートは、しかし光月のブロックを前に防がれてしまう。

 

「なっ!?」

(テメ、今体勢崩れてただろ! それなのに……身体能力だけならマジで大仁多一だ!!)

「ナイスブロック光月!」

 

 すぐさま体勢を立て直してディフェンスに戻り、勇作へのブロックショットを敢行する。パワーは言うまでもなく、ボディバランスをはじめとした基礎能力が非常に高い。光月の働きもあって合同チームはオフェンスを決めることができないままボールが大仁多へと渡った。

 

「ハハハハ! もはや笑いしか出てこないな!」

「監督……」

 

 ベンチでは合同チームを率いる岡田が笑っていた。押されている現状下で本当に面白いものを見つけたかのように、腹を抱えて笑っていた。

 

「激戦を潜り抜けてきただけあって、連携はベンチメンバーも含めて完璧の一言。しかも各個人がどんどん強さを身につけている。さすがに俺達を破ってIHに挑むだけのことはあるぞ!」

 

 敗れた憎き敵であるが同時に栃木の代表でもある。自分達の思いを背負って戦ってくれる頼もしい仇敵の奮闘ぶりは、岡田の心を大いに揺れ動かした。

 

「……たしかに、そうですね」

 

 同じくベンチで試合を見守る楠も彼の意図を汲み取り、静かに頷いた。

 コートでは攻守が入れ替わって大仁多が攻撃中。

 小林が高さを活かしてゴール下の黒木へ直接パスをさばいた。

 これでジャンとの一対一。体格差があり、この合宿中一番苦労しているマッチアップといって過言ではない組み合わせだが……

 

「ナニッ!?」

「……いつまでも負けるわけにはいかんのでな」

 

 黒木はジャンのブロックを許さず、得点に成功した。

 

「よし、黒木!」

「ナイッシュ! よくあのジャンから得点を決めた!」

 

 チームが沸き、士気は上がるばかり。IHに向け、大仁多はチーム全体がよい形で調子を上げていた。

 

 

――――

 

 

 合同合宿最後のミニゲームの終了を知らせるブザーが鳴る。

 (大仁多)47対38(盟和・聖クスノキ)

 本戦の出場に燃える大仁多の勝利で強化合宿を締め括った。

 

「ハァ……」

「結局、この合宿中は一回しか勝てなかったか……」

 

 毎日メンバーの交代を行いながらミニゲームを行った。しかし合同チームが勝てたのは三日目の一度のみ。終始大仁多が優位にゲームを進め、最後も大仁多が勝利し、万全の上体でIHに挑むこととなった。

 

「お前達のおかげで皆一丸となれた。礼を言うぞ」

「ハッ。さすが全国出場校のキャプテンはきっちりしているな。……次に戦うまで負けんじゃねえぞ」

 

 小林と勇作が握手をかわす。再戦を誓い合い、お互いにエールを送った。

 

「皆、お疲れ様!」

「お疲れ様でした!」

「順番に補給してください!」

 

 東雲、西條、橙乃達マネージャーよりタオルとドリンクが配られる。

 補給物質を受け取り、体を休ませると他校の選手とも話を交え、試合とは打って変わって緩やかな空気に包まれた。

 

「……これで合宿は終わりか」

「ええ。良い経験になったと思います。今回はありがとうございました」

「礼を言うのはこちらだ。選手達に大きな刺激となったのだから」

 

 選手たちを見守る指揮官もそれは同じこと。藤代も岡田も選手の成長に満足し、顔に笑みを浮べていた。

 

 

――――

 

 

 大仁多高校体育館の外。

 盟和高校、聖クスノキ高校の選手達が学生服に着替え、整列している。

 大仁多高校の選手達はジャージ姿のまま、二校と対面するように並んでいた。

 疲労もある中、選手達の表情は笑顔ばかりだった。

 

「IHで下手な試合すんじゃねえぞ?」

「借りを返すまで、絶対に負けるな」

「お前達も今のうちに力をつけておけ」

「俺達は全国で暴れてくるからよ!」

 

 勇作と真田、両校の代表が手を出すと小林と山本が二人に応えた。

 あっという間に過ぎていった5日間。長いようで短かったようにも感じる合宿だった。

 これで終わりと考えると寂しさを覚えたものもおり、涙腺が緩む者も現れた。

 

「白瀧。もしもまた機会があれば、また戦おう」

「……ええ。今から楽しみにしています」

 

 楠が手を差し出し、白瀧も短く答えて握り返した。

 こうして五日間におよぶ三校合同合宿が終了した。

 盟和高校、聖クスノキ高校の選手達が大仁多高校を後にし、大仁多高校の選手達は彼らの姿が見えなくなるまで見送った。

 

 ここからIH本戦が始まるまでの間、大仁多は仕上げの段階へと突入する。

 全国の舞台は――もうすぐそこへ迫っている。

 

 

――――

 

 

 二校の選手達を見送った後、藤代はバスケ部に所属するメンバーを招集した。

 体育館にいる者達は全員顔が引き締まっており、溢れんばかりの気迫を感じさせるものだった。

 

「皆さん、まずは合宿お疲れ様でした。誰一人として大きな怪我をすることなく、特にハプニングが起こることなくここまで来られたこと、嬉しく思います」

 

 藤代は笑みを浮かべ、周囲を見渡す。

 誰一人欠けることなくこうしてこの日を迎えることができた。当然のことのようで達成することは意外と難しい。選手たちもお互いを見て、今ここにいる現状を喜んだ。

 

「合宿は終了。ここからはIH本戦に向けての調整期間とします。そして、今年のIH本戦に望むメンバーは……変更はありません。予選と同じメンバーで戦っていきます!」

 

 そして告げられるはIH出場メンバー。合宿中も特に大きな事故がなかった以上、実力・実績確かなメンバーで固まることは殆ど決まっていた。それが今、確実となった。

 

「ッ……!」

「ふーっ……」

 

 集団の一部――ベンチ入りを果たせなかった三年生11人が息を零した。IHへの出場が叶わない今、彼らの大仁多高校でのバスケ生活が、今終わってしまった。彼らはIHでの結果とは関係無しに、この先公式の試合に出ることは二度とない。

 非情な宣告を耳にして、それでも選手としての意地が感情を爆発させることをよしとせず、その場で立ち尽くした。

 選手達がしっかりと意志を保っていることを確認し、藤代は続ける。

 

「ここまでよくついてきてくれました。

 ベンチ入りしたメンバーは気を緩める事無く、練習に励んでください。そしてベンチ入りを果たせなかったメンバーはチームのサポートに励んでください!

 一致団結し、共に全国の舞台で戦いましょう!」

『はい!』

『……はい!』

 

 こうして大仁多高校の最後の追い込みが始まった。

 戦うことなく終わってしまった者達の思いも背負い、選手達はさらなる高みを目指す。

 

 

――――

 

 

「うおりゃっ!」

「ぐっ!?」

 

 小林のパスから山本のカットイン。その鋭いドリブルに神崎の反応が遅れた。

 中央への突破を許してしまい、たまらず佐々木がヘルプに出る。佐々木の姿が目の前に映ると、山本はパスアウト。45度の白瀧の手にボールが渡った。

 

「ッ!」

「ナイスパス!」

 

 ノーマークになった白瀧のスリーが炸裂する。連携を確かめるゲームで確実に成果を残していた。

 

「よっし!」

「――終了! そこまで!」

 

 ゴールの後、藤代の声が響き渡る。今日は一度しかミニゲームを行っていなかった為に選手の動きも悪くなく、調整の完成度を示すことが出来た。そのため藤代の笑みもいつもよりも深く見える。

 

「皆さんお疲れ様です。今日は合宿の最終日でしたので、軽めにここで切り上げようと思います。疲労が溜まっているでしょうから、しっかりストレッチをして上がってください」

 

 五日間の疲労を考慮し、今日の練習はここで終了となった。選手達も不満はなく、安堵の息を零す。

 解散の合図でそれぞれストレッチへと別れていくが……白瀧は一人ボールを手にして光月、本田の下へと歩いていく。

 

「お前ら、ちょっと良いか?」

「あ? なんだよ?」

「ストレッチの事かい? 僕達もこれからやろうと思っていたけど」

「いや、そうじゃない。本当に悪いと思うが、これから練習したいことがあるんだが、二人でディフェンスの役をしてくれないか?」

 

 それはストレッチの誘いではなく、むしろ逆だった。きっと物足りないことがあったのだろう。白瀧は二人に練習の付き添いを頼んだ。

 

「……二対一でってこと?」

「そういうことだ」

「どういうつもりだ? 1on1ならわかるが、俺らなら二人でもいけるってことかよ?」

「違う、そうじゃない。むしろこれからやることはまだ使いこなせていない。だけど、少しでも実戦レベルで試しておきたいんだ。だから頼んでる」

 

 言葉の通り、自信はないのだろう。表情は少し暗く、まだ迷いがあるようにも窺えた。

 彼の様子で困惑したのか二人は顔を見合わせ、やがて「仕方がないか」と息を零した。

 

「俺としてはディフェンスの練習にもなるだろうし、別に構わないぜ」

「僕も同じく。以前から教えてもらってばっかだったから、少しでも役立てるなら手伝うよ」

「……ありがとう」

 

 二人の承諾を得て、笑みを浮べる白瀧。善は急げとさっそくコートへと戻っていった。

 

「ただ、やる前に一つ聞いておきたいんだが」

「なんだ?」

「お前は一体何を試そうとしているんだ? お前のことだ。どうせ何の考えも無しに、ってことじゃあねえんだろ?」

 

 相手をする以上、どうしても気になる疑問だった。

 本田も白瀧が最近何かを修得するべく練習に励んでいたことは知っていた。だが詳しい事情は知らされておらず、彼がこうして仲間に頭を下げて試そうとしていることが、それほど必要なことなのかと聞かずにはいられなかった。

 しかしまだ確信がないのか、白瀧は表情を歪めた後、一拍置いて本田の質問に答える。

 

「……簡単に言えば、“キセキの世代”、そしてさらにもう一人、正確に言えばヘルプにでたもう一人を同時に相手にしても得点できるようにしたい」

「え? “キセキの世代”と、さらにもう一人?」

「だから二対一を? だがお前のドリブル突破があればそんなのいらないんじゃあ……」

「いや、その考えは甘すぎる」

 

 仲間の力への信頼とも取れる一言を、他でもない白瀧が切り捨てた。

 

「確かに突破はできるかもしれない。だが“キセキの世代(あいつら)”は抜かれても一瞬で立て直し、俺を止めに来るだろう。そうなるとどうしても二対一の形ができてしまう時が来る」

「……まあ彼らも身長がかなり高いし、ブロックに跳ぶだけでもしてくるだろうけど」

「ああ。そんな時、パスしかできないようではいずれ止められる。シュートの切り替えも選択肢が限られているかもしれない」

 

 だからこそさらなる力が必要なのだと、“キセキの世代”の圧倒的な力を目にしてきた白瀧は力説する。

 

「一回抜いただけじゃ足りないんだ。何度でも抜いて、そしてシュートを決める。たとえ二対一でも勝てるように!」

 

 最悪の状況を想定し、最善の手を打つ為に、今できることをする。

 本田も光月も、彼の強い意志を前に口を挟むことはしなかった。

 

 

――――

 

 

 同時刻、東京都誠凛高校。その体育館ではバスケ部員が五対五のゲームに励み、汗を流していた。

 練習の仕上げである五対五(ゲーム)の最中。

 伊月が果敢に切り込んで行き――突如視線の真逆の方向へとボールを放り上げる。

 

「えっ?」

「――うらぁっ!!」

 

 見えていないはずのその先に火神が跳びあがり、ボールを掴むとそのままリングへ叩きつける。

 誰も反応することができず、ボールは力強くコートの床へと落ちた。

 

「よっし、ナイスだ火神!」

「ナイッシュです」

「おうよ!」

 

 着地すると日向や黒子とハイタッチをかわす火神。

 かつて決勝リーグ・桐皇戦で負った足の負傷もすっかり完治し、動きのキレは凄みを増すばかりであった。彼の実力は誠凛でも随一を誇り、練習中では常にチームを鼓舞するエースとして励んでいた。

 

(……IH。キセキの世代と戦えるとだけあって火神君の士気は高い。他の皆も初めての全国とはいえ、彼につられるように調子を上げている。あとは、本番でこの力を出せるかどうか、か)

 

 チームを見守る誠凛の女子高生監督、相田リコはその光景を嬉しそうに思うと同時に、一抹の不安を抱いた。

 彼女も監督として最善を尽くしている。選手もそれに応えてくれている。だが心配が尽きることはない。

 リコが考える問題とは誠凛が選手層の薄い若いチームであるということ。

 決勝リーグでも選手層の薄さを感じることがあった。IHとなればその差は余計に顕著になるだろう。加えて初の全国とあって本番では精神的な面でも不安要素が残っている。

 こればかりは練習だけではどうしようもない事もあり、リコは不安を解決することはできなかった。

 

「……どうしたリコ? 何か心配事でもあるのか?」

「え? ああ、いえ別に……」

「そうか? 今眉間に皺ができていたぞ。こう、くっきりとな」

「あんまり女の子にそういうこと言わないでくれるかしら?」

 

 的確に自分の心中を見抜かれたこと、乙女の気にすることをズバッと言われたことに対する八つ当たりをぶつけるが、しかし目の前の巨漢はどこ吹く風で話を続ける。

 

「あんまり難しい考え事はしない方がいいぞ。俺達(選手)としても、リコには堂々としていて欲しいと思っているし。

 それに……何よりも日向達は強い。どんなに辛い状況でもやり遂げてくれるさ」

「鉄平……」

「な? 暗い顔したって何も良い事は起きないさ。楽しんでいこうぜ」

 

 リコを励ますように茶髪で大柄の男――木吉鉄平は笑う。見るだけで周囲を安心させるような表情に、リコも余裕を取り戻して笑みを浮べた。

 

「……そうね。鉄平にも期待しているわよ」

「ああ! 任せろ!」

 

 木吉鉄平――昨年度の都大会予選で負傷し、治療が続いていた誠凛のエース。

 誠凛バスケ部創立者として、センターとして、仲間の精神的な支えとして快進撃を演じた“無冠の五将”の一人、“鉄心”が、誠凛に舞い戻った。

 

 誠凛高校二年、木吉鉄平 ポジション:C 193cm

 

 

――――

 

 

 神奈川県、海常高校。

 IH常連校として有名なバスケ部は今年も順調にIH出場を決め、本番へ向けて調整を進めていた。

 今日も他校との練習試合を組み、一軍メンバーが試合の勘を確かめている。

 

「甘いぜ!」

「ぐっ!?」

「スティール! まずい、止めろ!」

 

 海常の司令塔・笠松が相手のパスコースを読みきり、ボールを奪い取る。

 すかさず始まる反撃の速攻。笠松が自らボールを運び、黄瀬が続く。

 相手チームとの二対二のマッチアップが生じるが……

 

「きっちり決めろ黄瀬!」

「了解っス!」

 

 この程度のディフェンスを苦とするような伊達な男ではない。

 笠松から黄瀬へバウンドパスが通る。姿勢を崩す事無くパスを受けた黄瀬はマークマンをかわすようにレッグスルーで持ち手を変え、ロールターンで突破する。

 

「なっ!? 今のはまさかうちの……!」

「もらいっス!」

 

 相手の動きをそれ以上の完成度で披露し、シュートを沈める。

 一度相手のプレイを見ただけで完全に模倣し、相手を上回る完成度で圧倒する。黄瀬もまたIHへ向け、着々とプレイの完成度を高めていた。

 

「絶好調だな、黄瀬のヤツ」

「馬鹿野郎。これくらいやってもらわなきゃ困るわ!」

 

 チームも彼の調子を感じ取り、その背中を頼もしげに見つめた。

 スコアラー・黄瀬を中心に主将・笠松が纏め上げたバランスの取れたチーム。

 そう簡単に崩すことはできない実力は未だに健在。今日も練習試合の相手に一度もリードを許す事無く、完勝を収めた。

 

 

――――

 

 

 一方、秋田県陽泉高校。

 こちらもIHへ向けた合宿の最中であり、レギュラーに名を連ねている選手達の紅白戦が行われていた。

 ゴール下で長身の選手達がひしめく中、PGの選手よりボールが通る。

 パワードリブルで強引に相手を押し退けてゴールへと近づいていく。仕上げに相手の体を軸にターンドリブル。ゴールへと正対してジャンプシュート。

 確立も高く、決まったと確信したその瞬間。

 ――その巨体よりもさらに高い場所に、大きな手が立ちはだかった。

 

「なっ……!?」

「よーっと」

「うおっ!」

 

 驚愕する相手を他所に、陽泉高校内でも最高身長を誇る紫原が軽々とブロックを決めた。

 “キセキの世代”最強のセンター、紫原敦。恵まれている体格から繰り出される強烈なブロックはシュートを放った選手の闘志を奪い取るほどだった。

 

「な、ナイスブロック敦!」

「はいよー」

 

 仲間の掛け声にも適当に相槌を打つに留まり、依然としてゴール下に君臨している。

 彼が一人いるだけでも敵のオフェンスはまったく機能しなくなり、陽泉のディフェンスは全国でも最高クラスに達していた。

 

「お前も最近やけに動きが良いのう。IH、全国を前に燃え滾っているのか?」

「はあ? 別に、そんなんじゃないし」

 

 茶化すような口調の主将に汗を拭いながら答える紫原。

 しかしどこか苛立ちを感じさせるような雰囲気を纏って紫原は言った。

 

「――ただ捻り潰したいやつはいるけどね」

 

 有無を言わせぬ威圧感を感じ取り、主将が一歩後ずさる。

 IHの組み合わせが決まり、戦いに燃えているものは多い。紫原もその一人であった。

 

 

――――

 

 

 東京都のあるストリートコートに、一人の男がいた。

 帰宅途中なのか、学校のカバンを近くの地面に置き、制服姿のままバスケットボールを手に、トリプルスレットの体勢を取った。

 

(……右、を読まれて左に切り替えして……そこからもう一回……!)

 

 目の前には誰も存在しない。しかし彼は両の瞳を閉じ、脳裏に自分と全力で戦える、最後まで向き合える相手を想像し、一対一の駆け引きを行い、ドリブルを始めた。

 もはやボールが体の一部のように前後左右、自由自在に行き来する。

 利き足を軸とした体の回転も加えて一歩ゴール側へ躍り出ると高く跳びあがる。

 空中で右腕を振り上げ、さらにそこから一回転してリングにボールを叩き込む。

 ボールが地面に落ち、転々とする中――ようやく青峰大輝は両目を開けた。

 

「いよいよ、か――」

 

 チームが練習に励んでいる中、青峰は単独行動をしていた。

 しかし完全にサボっているかと言えばそれは否であり、こうしてたまに体を動かし、動きのキレを確かめていた。

 今までは強敵の不在を嘆いていた。だがIHではかつて共にキセキと謳われたチームメイトと戦う機会が訪れる。

 

「さっさと勝ちあがってきやがれ。じゃねえと全力でやれねえからよ!」

 

 青峰は闘志をむき出しにして笑っていた。

 

 

――――

 

 

 そして――京都代表、洛山高校。

 洛山高校はIHを決めた全国の強豪校を招待し、その腕試しとも言われる洛山カップに出場していた。

 悠々と優勝決定戦まで勝ち残った洛山高校は最終戦でも堂々とした戦いぶりを観客に見せ付けた。彼らの実力は誰もが目を見張るものがある。

 

「つ、強すぎる!」

「相手は奈良代表、神野高校だぞ! それを……」

 

 多くの観客が息をのんだ。同じIH代表校同士の戦い。しかしスコアは――

 

「圧倒的すぎる。まるで大人と子供の試合のように……!」

 

 (洛山)115対52(神野)

 最終Qの時点でダブルスコア。残り時間を考慮するとすでに試合は決まっており、観客は洛山の選手達の完成されたプレイに目をこらす。

 この後、洛山は点差をさらに広げ、洛山カップで優勝を果たした。

 

「ちっ! 前哨戦とはいえ、歯ごたえのねえ試合だなオイ!」

「無駄口叩かないでくれる? 試合が終わったばっかなんだから、もうちょっと大人しくしなさいよ!」

「あー、でも俺ももうちょっと暴れたかったなー。結局俺30得点で終わっちゃったし」

 

 だが試合終了直後、洛山の選手達に笑みはない。

 調整の意味が強い試合であったとはいえ、勝って当然であり、むしろまだまだ戦い足りないのだと尽きることのない戦意を抑えきれずにいた。

 

「無駄話はそれほどにしておけ。試合の反省は後でする。――行くぞ」

 

 すると赤髪で小柄な男が彼らを諭すように呟く。

 決して強い口調ではなかったが、誰もが彼の指示に従い、無言で後に続いた。

 年下でありながら、試合にもまったく出ていないのだが、他の選手達に不満はない。

 “キセキの世代”の主将、そして今は洛山高校の主将、赤司征十郎。

 高校最強と謳われる洛山高校は万全の状態でIH優勝へと突き進んでいく。

 

 

――――

 

 

 ――時が流れた。

 その日は雲一つない青空が広がっていた。

 

「んー。もうこんな時間か。そろそろ始まっているころっスかね?」

「あ? ああ、そういえば今日が始まりだったな」

 

 秀徳高校の一年生司令塔、高尾が時計を見て呟いた。

 IHは敗れたものの、すでに秀徳は次のWCへ向けた激しい練習が続く合宿。

 時計の針は11時を示している。昼の休みまでもう少しだが、その前に練習の区切りとして小休憩が挟んでいた。

 後輩の発言に、「もうすっかり忘れてしまっていたな」と木村がぼやく。

 自分達とは直接関係ないとは言え、今日はバスケに関わる人間として注目して当然である大会が始まる日。やはり一度脳裏に浮かぶと気になってしまうのは選手の定めだろう。複雑な雰囲気が場を支配する。

 

「前情報だと、やっぱり洛山が優勝の本命らしいっスよ。月バスの特集にも載っていたけど、大本命洛山、対抗馬に桐皇・陽泉・海常。大仁多は“キセキの世代”との戦い方次第。そんで、誠凛はダークホースのような扱いでした」

「……誠凛、か」

「カッ! 当たり前だ。予選で俺達が痛い目にあったんだからな」

 

 乱暴にボールを叩きつける宮地。

 確かに都予選でも誠凛は正邦・秀徳という強豪二校を撃破した。勝率が極めて低い戦いに勝利を収めてIHへの出場を決めた。若いとはいえ、世間が注目するのも無理はない。

 

「……ふん。下らん。何れにせよ俺達にはもう関係のないことだ。そのようなことをここで談義しても意味はないのだよ」

「あれ? 真ちゃん意外と冷め切ってんな。中学の同僚が戦いあうってのに」

「俺が戦うわけではないからな」

 

 至って平然とした態度を取り、緑間は逸早く休憩を切り上げてコートに戻る。

 未だに周囲との確執が消えたわけではない。しかし言葉の棘が減ったことは確かであり、前よりもチームの練習に積極的になっていた。

 

(……桐皇、海常のブロックは間違いなくこの戦いの勝者が決勝へと進む。

 となると問題は逆のブロック。王者洛山、そして洛山への挑戦権を巡った戦い――誠凛・大仁多・陽泉。この三校の争いがどうなるか。そしてそれによっては、あるいは……)

 

 そして口頭では無関係を装っていても、心の中ではかつてのチームメイトの顔が何度もよぎっている。

 数多くの代表校の中でも、やはり見知った相手ばかり想像してしまう。私情を挟まずとも、きっとそうなる運命なのだろうと緑間は思った。

 

 

――――

 

 

 同時刻、秀徳高校が練習に励んでいる中。

 IHの舞台となる会場には、全国から集まった五十九校の選手、ならびに関係者が集結していた。

 優勝候補の筆頭である京都代表・洛山をはじめとして、最近注目度が高い桐皇、さらに陽泉、海常、大仁多などIHの常連校。そして初出場を決めた誠凛の姿もあった。

 もはや見知った光景に感慨深そうな表情を浮かべる者もいれば、経験が少ないために強張った表情をする者もいる。

 様々な反応が見られる中で、いよいよその時は訪れた。

 

「これより、全国高等学校バスケットボール選手権大会、インターハイを開会します」

 

 ――IH、開幕。

 待ち焦がれた戦いの時が、ついに訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒子のバスケ NG集

 

「確かに突破はできるかもしれない。だが“キセキの世代(あいつら)”は抜かれても一瞬で立て直し、俺を止めに来るだろう。そうなるとどうしても二対一の形ができてしまう」

「……まあ彼らも身長が高いし、ブロックに跳ぶだけでもしてくるだろうけど」

「ああ。そんな時、パスしかできないようではいずれ止められる。シュートの切り替えも選択肢が限られているかもしれない」

 

 だからこそさらなる力が必要なのだと、“キセキの世代”の圧倒的な力を目にしてきた白瀧は力説する。

 

「一回抜いただけじゃ足りないんだ。何度でも抜いて、そしてシュートを決める。たとえ二対一でも勝てるように!」

「……一回ヌいただけじゃ足りないなんて。……やっぱり白瀧君って」

「もうすっこんでてくれないかな、橙乃!!」

 

 最後まで言わせない白瀧だった。

 


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