黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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敗北の味

 『大仁多高校を倒し悲願であるIHへの出場を果たす』。

 おそらくは栃木県に存在する大仁多以外の高校男子バスケ部全てが共通して抱いているであろう願い。

 その中でも一際思いが強かった盟和高校。二年連続で準優勝という結果を残している中、今年は歴代の面子と比べても遜色ない選手が揃っていた。

 主将・勇作を筆頭に細谷、神戸など過去の雪辱に、最後の機会に燃える三年生。さらに彼らと同じく優勝を目指す二年生SF古谷と一年生SG金澤。

 栃木県ブロック予選を難なく勝ち上がり、県予選でも順当な勝利を収め、大仁多高校が立ちはだかる決勝戦へと駒を進めた。

 三度目の正直。再び目前に迫ったIHへの切符。大仁多との対戦に向けて練習は十分すぎる程こなした。選手たちの士気も抜群。今年こそ、そう意気込み試合に臨んだ。

 しかし――。

 

『試合、終了――!』

「大仁多高校8連覇達成! IH出場だ!」

 

 満を持して挑んだ決勝戦。試合開始直後こそ大仁多への対策も上手く機能し、敵が万全の布陣ではないことも相俟って試合を優位に進めていた。

 だが前半戦終盤にエース・白瀧が戻ると大仁多は地力の差で徐々に押し返し、第三Qでついに同点にされた。第四Qも大仁多の大型ルーキー・光月が復調により終始大仁多に流れを掴まれてしまう。

 こうなってはもはや盟和高校に逆転するだけの余力は残されていなかった。昨年同様IH出場の権利を目前で失い、決勝戦で姿を消すことになった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「はぁーーーー……。部活かー。チクショー」

「どうしたんですか古谷さん。滅茶苦茶長いため息でしたよ」

「当たり前でしょ? 本当なら今頃、IHへの出場を決めて浮かれているはずだったのに」

「……まあ、その気持ちはわかりますけど」

 

 大仁多との決戦の翌日、盟和高校。敗戦のショックを引きずり、ため息を零す古谷を金澤は苦々しく見つめた。

 激闘を終えた後の為に体の疲労や痛みは残っている。しかしそれよりも『敗戦』という心に負ったダメージの方が大きく、何に対してもやる気が起きない状況だった。

 重い足取りの中、それでも部室で早々に着替えを済ませて二人は体育館へと向かっていく。

 

「でも、俺達はまだ良いほうですよ。キャプテンや細谷さん、それに神戸さんに比べたら、俺達はまだ来年もあるんですから」

「……それはそうですけどねー」

 

 三人の名前を挙げるとさすがの古谷もこれ以上愚痴を零すことはできなかった。

 そう、古谷は二年。まだ来年もある。金澤に至っては今年が最初の大会だったのだ。

 だが今この場にはいない共に戦った三年生達は昨日の試合が最後の機会だった。IHという大舞台に挑むことができる、残された一回の挑戦権。それをまた同じ形で大仁多高校に奪われた。彼らが感じた悔しさ、無念は二人の比ではないはず。

 

「せめて普通に振舞いましょうよ。IHは終わったけど、WCはまだ残っているんですから」

 

 だからこそ自分達が弱々しい姿を見せるわけにはいかないと金澤は笑った。

 勇作達も冬まではまだ部活に残り、大会に出る。全国の機会は残されている。だからそれまでは頑張ろうと。

 

「……ったく」

 

 彼とて思うところがあるのだろう。それにも関わらず先輩を立てようとする健気な姿を目にして、古谷も自然と口角が上がった。

 

「ま、確かに気落ちするところを見られるのも癪だし。いっそ落ち込んでる先輩方の背中を蹴飛ばすくらいの感覚でいきますか」

 

 その方が自分の性には合っているしと楽しそうに二カっと笑う。

 二人が話し込んでいる間に気がついたら体育館の入り口へとついていた。

 

「さーて、あの馬鹿は今頃一体どんな顔をしているのやら」

 

 きっと今まで見たことがないような顔をしているのだろうなと、古谷は脳裏に勇作の不甲斐ない姿を思い浮かべる。その時はまず一発背後から仕掛けてやろうかと企みながら、そっと体育館の入り口へと手を伸ばした。

 

「ちわーす。皆さん元気にしてます――」

「うおらああああ!!」

「か――うおおお!?」

「な、なにっ!?」

 

 さっきまでの沈んだ姿勢はどこへ消え去ったというのか。普段と変わらぬ気の抜けた声で挨拶をしようとすると、勇作が彼の声を遮ってダンクを決めていた。

 突如目の前で派手なプレイが炸裂し、扉を開けた古谷も、一歩後ろにいた金澤も驚愕を隠せなかった。

 

「……あ? なんだ、遅いぞお前ら。先輩達より遅くに到着するとは、随分な身分になったもんだな」

「お、来たか。早く体動かしとけ」

「今日も軽くだけどメニューをこなすみたいだからね」

 

 着地をした後、ようやく二人の到着に気がついた勇作が声をかける。

 彼の声の調子は昨日までとまったく変わっておらず、背後にいる細谷と神戸も相変わらずのようだった。

 

「あれれー? どうなっているんですかこれ?」

「……むしろ俺達の方が気にしすぎていたんですかね」

 

 あれほど思い悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えてくるほどの光景が広がっていた。二人は先ほどとはまったく別の意味でため息を零した。

 「何ため息なんかついているんだ」と声をかける勇作を見て、二人は少し前の自分に罵声を浴びせることにした。

 

 

――――

 

 

 神戸が話していた通り、その日の練習メニューはいつもよりも軽く、早く時間を切り上げて終了した。

 岡田が選手たちの疲労を考慮してのものだったが、かえって体力が余った為に自主練習に励む者もいる。

 古谷や金澤もそうだった。古谷はドリブルスキルの向上を図り、金澤は打ち込みに励もうとそれぞれのメニューに取り組んでいく。

 

「よっしゃ。それじゃあ俺達は先に上がるぞ」

「勇作。この後は……」

「第二講義室だろ? わかっているよ。さっさと着替えて行こうぜ」

「じゃ、俺も行くかな。お疲れ!」

「え? あ、お疲れ様です!」

「……おつかれーっす」

 

 バッシュのスキール音とボールの弾む音が体育館に響く中、勇作と細谷、神戸の盟和三年生レギュラー達がその空間を後にした。

 

「珍しいですね。先輩達が練習せずに切り上げるなんて」

 

 金澤は日課となっているシューティングを一度止めて古谷に声をかけた。同感だったのか彼は頷き、涼しい顔で答えた。

 

「やっぱり色々と割り切れてないんじゃないですか? 俺達(後輩)がいるようなところでは話したくないようなことだってあるだろうし」

「……やっぱり、そうなんですかね」

 

 今日最初に会った時はバスケに熱中していたということもあって彼らが失意に沈んでいる素振りはまったく見られなかった。

 だがそれが古谷達、後輩と顔を会わせることになるからこそではないかという考えが二人の頭によぎる。先輩である以上、これ以上後輩の前では不甲斐ない姿は見せられない。だからこそ彼らは何も言わずにこの場を後にしたのだと。

 

「でも、このまま放っておくのも何か気が引けるし……追いかけてみます?」

「え?」

「今度こそキャプテン達がへこんでいるところを見れるかもしれませんよ?」

 

 ならばこそ、それを知って何もしないわけにはいかない。

 古谷は意地の悪い笑みを浮べて金澤に誘いかけた。

 

「俺は先輩が意地を張るのなら、ちょっかいをかけたくなるタイプなんでね」

「……行ってみますか。第二講義室、でしたよね?」

 

 思いを共有したい。今まで助けられたのだから、少しでも自分が勇気付けられるなら行動したい。その思いに駆られて金澤もボールを手放し、三人の後を追うことにした。

 

 

――――

 

 

 場面は入れ替わり、第二講義室。

 普段は授業の講義場所として使用される教室であり、放課後は活動拠点とする部活動も存在しないため、先生の許可をもらえれば誰でも使うことが出来る空間であった。

 その場所は今日、 バスケ部部長・勇作の申請により、彼を含むバスケ部員三名が占領していた。

 三人は教室の中央付近の机に陣取り、スクリーンに映し出されているある映像を真剣に眺めていた。どんな些細なことさえ見逃すまいと彼らの目が真剣に物語っている。

 音声も流れていたため、音がわずかながら外の空間にも漏れ出てしまい、扉に耳を当てて様子を窺う古谷と金澤にも聞こえていた。

 

「……何かビデオを見ているんですかね?」

「そのようですね。さすがに内容までは聞こえないですけど」

 

 さすがに詳細を聞き取ることまでは敵わず、三人が映像を眺めていることだけを把握した二人。しかし一体何を見ているのかはまったく検討がつかず、二人は揃って首を傾げていた。

 

「ただ、少なくとも三人で慰め会ってわけではなさそうですね」

「どうやらそのようですね。ちょっと残念」

 

 三人が予想以上に敗戦を嘆いていないことに嬉しさ半分、悔しさ半分で息を零す古谷。

 暗い気持ちになられるよりはマシだが、しかし多少は気にして欲しい部分があったということは言うまでもなかった。

 

「ま、これ以上ここにいても何も起こらないし、早く入りましょう」

 

 言うや否や古谷は扉に手をあて、入り口を勢いよく開けた。

 

「どーもー。先輩達は揃って何をしているんですか?」

 

 物静かな雰囲気を壊す場違いな声が講義室に響く。

 聞きなれた声に三人が驚き、振り返るのを見て少し満足げに笑う古谷。

 

「古谷? 金澤も……」

「なんだ、もう自主練は上がったのかい?」

「ええ、一応は。先輩達はここで一体何をして……え?」

 

 古谷の後ろに立っていた金澤はスクリーンに映し出されている映像を目にし、一瞬呼吸を忘れた。

 それは彼らにとってはあまりにも衝撃的で、そして苦々しいものだった。

 

「……今年の決勝、大仁多との試合映像ですか?」

 

 数秒見ただけで答えを察した古谷は確認の意味で三人に問いかけた。

 

「ああ。そうだ」

 

 勇作はその問いに無表情で淡々と答えを口にする。

 

「……とりあえずお前らも適当に座れ。試合が終わってから、まだ見ていなかっただろ?」

「ええ、それは、だって……」

「それがキャプテンとしての命令だというのなら、仕方ない」

 

 戸惑いを覚えつつ、勇作に諭されて二人は並んで席に着いた。

 見ているはずもない。見れるわけが無かった。二人はまだあの戦いを振り返るほどの余裕はできていなかったのだから。

 それでも勇作達がいるのならばと、少しの安心感を抱いて味わったばかりの敗戦を噛み締めることにした。

 

 

――――

 

 

『大仁多高校、選手交代(メンバーチェンジ)です!』

「……やっぱり流れが変わったのはここかな?」

「ああ、そうだな」

 

 前半戦の終盤、白瀧がコートに戻ってきた場面を目にし、神戸は言葉に悔しさを込めて呟いた。口にはせずとも全員が彼の意見に頷いている。

 少なくともここまでは盟和が優位に立っていた。この流れを保てていれば勝利は決して夢ではなかった。それほど順調であったというのに。

 ここから試合の行方を決める流れは変わっていった。そう五人は確信していた。

 

「……白瀧もそうだが、大仁多の五人はそれぞれが試合の流れを変える力を持っているからな。西村とかに関しては総合力では二、三年の方が上という印象があるが、やっぱベンチ入りするだけあって実力は相当だ」

 

 脳裏に刻まれている記憶を再現するように、白瀧や西村、本田が連携して奮闘する光景が流れる。悔しいが彼らの実力は認めざるを得ない。負けず嫌いの勇作だが、この時ばかりは敵を素直に称賛していた。

 ハーフタイムを挟み、試合は後半戦へ突入。大仁多の選手が入れ替わり、ベストメンバーが集結していた。

 

「冬はまたこの人達と戦うんですよね」

「いや……山本をはじめとした三年生はいないかもしれない。去年のWC予選でも大仁多は三年生いなかったし」

「あ、そうなんですか?」

「ああ。ただ小林は大学の推薦が来たとか噂で聞いたからわからねえけどな」

 

 次の再戦を想定して早くも焦りを抱く金澤に、細谷が補足した。金澤もまだ一年生。彼らほど知識が豊富というわけではない。

 最も、たとえ三年生が抜けて実力差が簡単に埋るならば苦労しないのだが。

 その金澤の活躍により、盟和が次々と得点する場面が流れる。当初の予定通り、後半戦も勢いを殺す事無く点を重ねていった。

 しかしここで藤代が手を打ち始めた。

 

「……やっぱりこの人の存在も大きいですね」

「涼しい笑みで容赦なく勝機を摘み取ってくるからな」

 

 明らかに動きが変わった大仁多の選手達。ビデオで見て彼らの動きの目的が明白に理解することが出来た。そして自然と彼らに指揮を出す藤代へと話題は向く。やはり全国を幾度も経験し、チームを最良の結果に導くだけあり、彼の指揮には目を見張るものがあった。

 結果第三Qで大仁多に追いつかれてしまい、最終Qへ突入する。

 しかし……

 

「俺も、少しずつ焦り始めていたんだな」

 

 細谷は自分の表情を確認し、己に反省するよう促した。

 第三Qで金澤を封じられ、小林や白瀧といった栃木の名選手との実力差に、余裕がなくなっていた。

 

「それは自分も同感です」

「少しずつ、地力が出始める苦しい時間帯だから、無理もないよ」

 

 だが彼一人ではない。徐々に点差が開き始める試合展開、反撃しようにも力が届かない。

 歯軋りが止まらない選手達がそこにはいた。決して一人の問題ではなかった。

 

『ふざけんな、ふざけんな!』

『おい、勇作?』

『ふざけんなああああああ!!』

 

 ついに終了の時間が近づく中、勇作の絶叫が木霊した。

 音声はそれほど大きくしていないはずなのに、非常に大きく聞こえたのは、感情的なものの為なのかもしれない。

 勇作の叫びを耳にして全員が表情を顰めた。

 思いを察して、その結末を知っているからこそ何もいえなかった。

 この後も全員が奮起した。試合を引っくり返そうと全員が諦めなかった。

 

『ふざけんな! もう同じ思いは、ごめんなんだよ!!』

『決めろ、小林!』

『止めてくれ、勇作!』

『うぁああああ!!!!』

『うぉおおおお!!!!』

 

 最後の攻防。この試合を印象付ける小林と勇作、二人の最後の一騎打ち。

 しかしこの二人の競り合いも小林が制し、そして試合は終わりを迎える。

 (大仁多)119対87(盟和)。

 大仁多の関係者が沸きあがり、盟和の関係者が失意に沈む。

 ここでビデオは録画していた全ての内容を出し切り、会場の光景は消えた。

 

「……やっぱり慣れないね。何度見ても、負けた試合は」

「ああ、そうだな」

「だからこそと思って試合に挑むのに、それだけじゃ勝てねえんだから、本当酷い話だ」

 

 乾いた笑みを浮べる三年生達。

 この一度だけではない。これまで何度も目にしてきた。目標が届かず、屈する光景を。何度も目に刻み、脳裏に焼き付けるように繰り返した。こんな悔しい思いはこれだけで十分だと。それでも最後の挑戦さえも叶わなかったのだ。

 

「……先輩達は凄いですね」

「あ? どうしたよいきなり?」

「そりゃそうでしょ。だってこんな映像見れるんですもん」

 

 未だにショックに打ちひしがれる金澤や古谷は三人の姿が眩しかった。

 ショックがないわけではないだろう。だがそれを割り切れている。自分達には到底出来ないと心の弱さを実感している二人に、勇作は立ち上がって言った。

 

「当たり前だ。見なきゃ気がすまねえんだよ」

 

 窓に近づき、もはや日が沈んで暗くなってしまった外の景色を眺めながら勇作は続ける。

 

「敗北を引きずってたら勝負には勝てない。だが敗北から何も学ばなければ、やはり勝負に勝つことはできない」

 

 必ず敗戦と向かい合う必要がある。それは決して後悔から来るものではなく、次の勝利を掴むためだった。

 

「こいつ、普段は勝った試合とかは観ないくせに、大仁多との試合は擦り切れるほど見るんだもんな」

「そりゃそうだろ? 勝った試合はわざわざ何度も味わう必要はねえよ。どうせ喜びは何度でも味わうんだ。だが敗北の苦味は違う。もう二度と同じ経験はしないと誓う為にも、身に染みこませなきゃいけねえ」

「……勇作らしいよ」

「まったくだ」

 

 自然と笑みがこぼれてきた。敗戦を吹っ切れたわけではないのだが、何故か可笑しくて、突如彼らは笑い出した。

 

「……何いきなり笑い出してんだよ、この野郎!」

「ぐはっ!?」

 

 何故か悔しさがこみ上げてきた古谷は理不尽にも勇作の背中を蹴り飛ばす。幸い怪我は泣く尻餅をつくに留まった彼だが、不意打ちを受けて気分を害さないわけがなかった。

 

「おいこら!? 何するんだテメエ! ここは『良い話だなー』って感激するとこだろ!」

「うるさい! 人が親切にも心配してやっていたってのに、ノンキにも笑い出しているからだよこのシスコン野郎!」

「ふざけんな! 俺を足蹴にしていいのは茜だけなんだよ! この前の1on1の続きでもしてやろうか!?」

「いいですよ。マジで泣かしてやるから覚悟してくださいね!?」

 

 いつものような衝突が飛び交う。二人の間で火花が散る中、やはりこうなる運命なのか二人は決着を着けるべく再び体育館へと向かう。

 

「……行っちゃいましたけど、止めなくていいんですか?」

「別にいいだろ。あいつらああなったら止まらないし」

「それに、古谷も燃え上がっているみたいだし、このままの方が二人にとってもプラスだよ」

「そんなものですかね」

 

 この場に取り残された三人は、いつもの雰囲気に戻った現状に呆れと喜びを抱き、俺達もそろそろ行くかと片づけを始めた。

 

「さて、意外と時間はあるね。僕たちももう少し体育館で体を動かそうか?」

「そうですね。俺もシューティング途中でしたし。細谷さんはどうします?」

「俺はここの鍵を返さないといけないからな。先に向かっててくれ」

 

 勇作のフォローを勤める副主将の細谷にはまだ仕事が残っている。だからこそまずはそちらを処理しなければいけないと指示を出す細谷に、待ったと声をかける人物が現れた。

 

「その必要はない。お前達も体育館へ向かっていいぞ」

「え? ……監督?」

「いつからここに?」

「ついさっきだ。俺も指導者として責任があるのでな。鍵は俺が返しておくから、お前達はもう行っていいぞ」

「本当ですか! ありがとうございます」

 

 礼を言って細谷は鍵を岡田に手渡し、神戸・金澤と共に体育館へと向かった。

 しっかりと戸締りを確認し、そして部屋に鍵を閉めた後、岡田は三人の後姿を見つめた。

 

「……フォローする必要はなかった、か。本当に頼もしい子供達を受け持ったものだ」

 

 非常に嬉しい。その気持ちに偽りは無い。だからこそ、本当に情けないと思った。

 自分達だけでも前へ進もうと積極的に動き、努力を続ける選手達。その彼らの夢を叶えることができず、三年もの間彼らを不名誉のままで、悲願を果たせずにいることが、指揮官として非常に申し訳なく感じた。

 

「いかんな。俺がこのままでは選手の士気にも関わる。いい加減藤代の笑みを止めなければな。俺も頑張るとするか」

 

 選手達が前を向いているのに、自分が立ち止まってはいられない。

 次こそはあの常時笑みを浮かべている表情を崩してやると、岡田は笑みを浮べて彼らが先に向かった体育館へと足を向けた。

 

「……あ、その前に鍵を返さないと」

 

 先へと歩き始める前に、少し寄り道をする必要はあったが。

 


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