黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第四章 IH編
第六十二話 白瀧、健在


 大会の始まりを告げる開会式が終了した。

 IHに出場する選手達は試合のないシード校を除き、翌日の初戦に向けて準備を進めることとなる。勿論初日に試合のないシード校とて何もしないというわけではない。選手の調整は勿論、他校の試合の偵察、日程の確認などを今のうちにしておかなければならない。

 高校最強と謳われた洛山高校も例外ではなく、主将である赤司は慣れた動作で部員達に指示を出し、集合時間と集合場所を確認すると一人その場を後にした。

 開会式直後に主将が何故単独行動をするのかと、すれ違う者が彼に気づけば疑問を覚えることだろう。様々な思考が篭った視線を受け流しながら赤司はゆったりとした足取りで歩いていく。

 会場の外に出ると待ち合わせ場所である大きな木の下に向かおうとして、そこに待つ一つの人影に気づく。それだけで誰なのかを察すると赤司は少し歩く速度を速めた。

 残り数メートルのところで相手も気づいたのか、銀髪の少年はスマホから視線を上げて赤司へと向ける。

 

「やあ、待たせようだね」

「――別に待ってねえよ。仮に待ったとしても、お前に主将の仕事があるということくらいわかっているんだから気にしたりはしない」

「そうか。理解を示してくれて助かるよ」

 

 懐かしい相手との会話に赤司は柔らかい笑みを浮かべた。試合時の殺伐とした表情は微塵も感じられないもので、この姿だけを見れば多くの者は勘違いするだろう。

 

「こうやってまたお前と再会できたのは実に感慨深いな――要。栃木も近年は地区レベルが高くなっていると聞いていたから、少し心配していたよ」

 

 それは赤司が彼のことを――白瀧のことをIHの舞台まで上がってくるのかという一つの興味対象として見ていたことを意味していた。勝てないのならばその程度の器だったということだが、再び相見えたことで、赤司の中で白瀧が再評価する選手になったことは間違いない。

 

「酷いな。俺はお前達と戦うまでは負けられないと考えていたぞ。心配ではなく、信頼して欲しかったけどな」

「ああ。訂正しよう、僕はお前のことを過小評価していたようだ」

「お前でも予想を外すことがあるんだな」

「いいや、何も予想していなかったわけではない。ただお前が地区予選で姿を消すということも想定していただけだ」

 

 苦笑する白瀧と、涼しい表情を崩さない赤司。お互いのことを分かり合っているようで、しかしどこか根本がずれている。二人の距離感は今はこれがベストだということなのかもしれない。

 

「だったら今の内に再考しておくことを薦める。準決勝で計算外が起こらないように」

「なんだ、お前の方こそ心配しているのか? ならば不要だ。まさかそれを言うためだけに、僕を呼び出したなどとは言わないだろうな?」

 

 不機嫌を露にするように、赤司の目が見開く。何もかも見通しているかのような視線を向けられて、白瀧の体が強張った。

 

(……ったく、試合でもないのにこれだけ相手を威圧できるのだから大したものだよ)

 

 中学の時、共に戦った時よりも洗練されている視線に当てられ、それでも白瀧は踏みとどまってもう一度笑みを浮べた。

 

「そんなわけないだろ。お前ほどの人物を呼び出すのに、そんな些細な話であるわけがない」

「……だろうな。目的を達するまでは余計な選択は全て排除する。お前はそういう人間だ」

「戦う前に、勝つ前に、お前には一度聞いておきたかった事があるんだよ」

 

 強がりで浮べていた笑みを消して、白瀧も真剣な眼差しで赤司に問いかける。

 彼が中学時代から疑問に抱いていた、赤司の行動の真意を。事の真剣さを察すると赤司は口を挟むことを辞め、次の言葉を待った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……正直な話、俺はお前に感謝している。お前の一言がなければ、俺は今こうしてバスケを続けていたかもわからない」

 

 寂しげな表情を浮かべて紡がれた言葉には白瀧がバスケ人生で最も苦しんだ時の感情が篭られていた。今でも想像できる。相手との差が大きすぎて、戦う事が辛くて、自分のやっていることが正しいのかさえわからなくなって、白瀧にも迷いが生じていた時のこと。

 

「救われた気がした。ここまで戦い続けることが出来ている。その事は、本当に感謝している」

 

 そう言って今一度白瀧は笑みを作った。

 

「――だけど同時に、お前のことを恨んでいる」

 

 だが、続いた言葉と同時に表情は一転する。視線は鋭くなり、言葉の端にも棘を感じる。赤司も敏感に彼の変化を感じ取って目を細めた。

 

「あの時、部長であったお前なら俺だけではない、青峰達の暴走だって止められたはずだった。それだけの力がお前にはあった。それなのにお前はあいつ達を止めることをせずに、かえってあいつ達が孤立することをよしとした」

 

 帝光時代、主将として君臨していた赤司の行動を責める白瀧。言葉尻が強く、怒っている口調でさらに白瀧は続ける。

 

「今でもお前の考えがわからないよ。なあ、何でだよ? 何でだよ赤司!?」

「……」

「才能が第一だと考えるなら、どうして俺のことを救った? 俺のことを救ったのに、どうしてあいつらを止めてくれなかった? どうしてチームから引き離した? どうして俺が進む道を迷った時に、あんなことを言ったんだよ!?」

 

 今にも泣きそうな表情で、赤司に訴えられた叫び。教えてくれと、必死に呼びかける。

 

「――今はまだ、お前の問いに答える時ではないな」

 

 それを涼しい顔で赤司は受け流した。かつての同僚の苦しむ姿を見ても心が動く事はなく、眉一つ動かない。

 変わらない冷静さに、これ以上は無理だと白瀧も察せざるをえなかった。

 

「……そうか。ならばまだいいさ。お前達洛山の前に立って、もう一度聞くよ」

 

 頑なに表情を崩さない赤司を見て、かえって振り切れたのだろう。白瀧も平常心を取り戻し、すれ違い様に赤司に宣戦布告する。次に会う時には答えをハッキリさせてやると意気込み、白瀧は歩みを進めた。

 

「一つ、忠告しておこう」

 

 立ち去り際、背中越しに赤司の声が届いて白瀧は足を止めた。

 呼び出したのは白瀧の方で、赤司はそれに答えただけ。赤司にも何か用件があるのだろうかと疑問に思いながら彼の言葉を待った。

 

「お前の考え、願いはすでに崩壊している。それに気づかない限り、お前は自らの手で自分を追い詰めることとなるだろう」

「なに? おい、赤司!」

 

 どういう意味だと、そう問いかける白瀧の声には振り返らず、赤司はその場から立ち去っていった。これで話は終わりだと意味しているのだろう。

 

「――戯言か。お前の口からそのようなことは聞きたくなかったよ、赤司」

 

 揺さ振りであると判断し、白瀧は深く考えることをしなかった。早く今のチームメイトと合流しようと駆け出していく。

 だが、白瀧は知っていたはずだった。赤司が戯言のようなものを口にするはずがないということを。知っていたはずなのに、深く考えようとはしなかった。

 

 

――――

 

 

 翌日、IH一日目。

 今日で一回戦の全ての試合が消化される。つまりシード校を除いた代表校全てが試合をこなし、そのうち半分が一日で消えることとなる。負ければ終わりのトーナメント。その初日、しかも相手も各地区を勝ち残った代表校ということもあって会場は緊張と歓喜の色で染まっていた。

 特に今年は“キセキの世代”が高校に入って初めての全国大会。その為観客の注目は“キセキの世代”を擁するチームに――Aコートで試合が行われている桐皇学園に集まっていた。

 

「――さっさと終わらせてもらうぜ」

 

 ジャンプボールを制したのは桐皇。今吉がボール受け取るとフロントコートまで丁寧に運び、そしていきなり青峰へとパスが通った。

 

「最初から来たぞ! “キセキの世代”のエース、青峰の一対一(ワンオンワン)!」

「これだよこれ! 俺はこれを見に来たんだよ!」

 

 青峰がボールを持った瞬間、観客が湧き上がる。一体どれほど注目度が高いのかと呆れてしまうが、しかしそれだけ青峰の、“キセキの世代”のレベルは高かった。

 マークに立つディフェンスを速さの緩急で惑わし、体が硬直した一瞬の隙を突き、青峰は急加速。がら空きとなったディフェンスの真横からドリブル突破を果たした。

 

「はっやっ!」

 

 マークマンが思わず口走ってしまうほどの動きのキレだった。エースを最警戒し、全身系を注いでいたディフェンスを嘲笑うように、青峰はそのまま加速を続けると――高く跳躍し、ボールを持った右腕を振り上げた。

 

「こんのっ! 一年が!」

「舐めんじゃねえ!」

 

行動の先を察したゴール下の選手二人が飛び出し、ブロックを敢行する。

IHでも見劣りする事のない体格を持つ選手達を相手に青峰は小細工をしなかった。

うっすらと笑みを浮べるとゴールへ向けて直接右腕を振り下ろす。

 

「がっ!?」

「うあっ!!」

 

 その威力は凄まじく、ブロックに跳んだ二人は空中で蹴散らされ、ボールはリングへと力強く叩きつけられた。

 尻餅をつく敵選手へ向け、青峰は好戦的な笑みを向ける。

 

「ハッ。ブロックしようだなんて十年早いんだよ」

「きっ、決まった! 青峰今大会初ダンク!」

「ブロックなんてお構いなし!」

「なんてやつだよ。おい、あいつこの前まで中学生だったんだろ!?」

 

 激烈な先制点を叩き出した青峰を目にして、歓声は留まる事を知らなかった。

 目を奪われ、無意識に声を上げ、そのプレイだけに没頭するものさえ現れる。

 ルーキーでありながら、すでに高校最強のプレイヤーと言っても過言ではない程の実力を発揮していた。

 そして桐皇は青峰だけではない。ディフェンスでも前線から積極的にプレッシャーをかけていく。外からボールを回していくものの、ディナイが厳しく、ついにはシュートを撃てないまま諏佐にボールを奪われてしまった。

 

「ぐっ!」

(駄目だ、シュートまで持っていけない! 俺達の行動を読んでいるみたいに先回りしやがる!)

 

 悔しそうに歯を食いしばる敵選手を誰よりも冷静な視線で見つめる人物がいた。

 桐皇のベンチに座るマネージャー、桃井である。彼女は全国大会においてもそのデータ収集力を活かし、チームメイトに指示を出していた。おかげで桐皇はディフェンスにおいても敵を好きにはさせず、再び自分達のゲームを展開していく。

 攻守が入れ替わり、ボールは再び青峰へ。

 

「くそっ! 何度も突破できると――」

「できんだよ。テメエらは遅すぎる」

 

 前へ前へとプレッシャーをかけるマークも、青峰の目には稚拙に映った。

 制止した状態から目にも止まらぬ速さのクロスオーバー。相手が気づいた時にはすでに突破を許していた。ヘルプが出るものの、青峰の敵ではない。上体を左半身に傾け、左へ切り返すと見せかけ――再び右へドリブル。インサイドアウトで二人目を抜き去る。

 ゴールが目前に迫り、シュートを放とうと跳躍すると再び二枚の壁が立ちはだかった。今度は決めさせないと気迫が篭るも、青峰は右手から左手へボールを移し、上半身を左に傾けるとブロックの横腹から上空へボールを放った。

 

「俺に勝てるのは、俺だけだ」

 

 地に足が着いていない彼らには、もはや抵抗の術はない。彼らは背中側からパサッとボールがリングを経過する音を耳にした。

 青峰には全国大会とか初戦とかいった緊張はまったくない。

 一人でこの大舞台を、大人数の意識を支配していた。

 

 

――――

 

 

「……正直、何て言えばいいのかさえわからねえよ」

 

 第1Q開始直後から絶好調の活躍を見せ付ける青峰。

 敵ディフェンスをものともしない動きに魅せられ、日向は言葉を失っていた。

 

「予選で戦った時はとにかく圧倒されるばかりだった。でも今観客席から見ると、『もしもあの場にいるのが自分だったら』という恐怖もあるが、無駄がないプレイに尊敬さえ覚える」

「……すげえ」

 

 日向だけではない。他の誠凛の選手達も、全国の強敵を圧倒する姿を見て、ただ目を見張っていた。

 

「――ハハッ! いいじゃねえか、ねえっすか! 燃えてくるぜ! ……です!」

 

 誰もが絶句する中、一人闘志を燃やしているのは火神。未だになれない敬語で話しながら、視線だけは青峰を見据えている。決勝リーグで散々な目に合わされた相手に、リベンジの気持ちは強く、気後れの気配は一切ない。

 

「ったく。お前は本当にいい性格しているよな」

「ま、火神のそういうところに助けられるわけだけどな」

 

 呆れて息を零す日向に、木吉は諭すように言う。木吉は決勝リーグに出ていないものの、ビデオで試合の様子は窺っていた。だがやはり実際の目で見ると印象は大きく違うのだろう。彼も少し火神に羨ましそうな視線を送っていた。

 

「とにかく! あくまで私達は偵察に来たんだからね! 気合を入れるのならともかく、落ち込んだりなんてしないように!」

 

 午後の試合、下手な真似は許さないと付け足すリコに促され、全員が視線をコートへと戻すのだった。

 

 

――――

 

 

 そして、青峰達の試合を観戦しているチームは誠凛だけではない。

 

「……緑間のスリーを見たときも大概だったが、本当“キセキの世代”ってのは馬鹿げてるな」

 

 日向の様に、呆れを含んだ呟きを零したのは神崎。

 大仁多高校の面子も桐皇学園の試合を観戦に来ていた。中には白瀧の姿もあり、青峰の動きを視線で追っている。

 

「青峰さんのプレイスタイルに基本的な型はありません。だからこそディフェンスは対処が難しく、止める事はまず不可能」

「……一見出鱈目に見えるシュートも、リングに掠りさえしねえんだもんな」

 

 元同僚である西村が冷静に解説すると、改めてその異常な実力を理解できる。

 シュートフォームは勿論、シュートのループさえもばらばら。それでも確実に得点を重ねていく。いっそ何か裏があるのではないのかと山本は考えた。

 

「そして当然のように身体能力も高い。パワーも、スピードも桁違いだ」

「……どうやって止めろっていうのですかね、まったく」

 

 先のプレイで見せ付けた青峰の身体能力。小林の目からしても、そして多くの選手を見てきた藤代の目からしても尋常ではなかった。

 高い身体能力、変幻自在のバスケットスタイル。青峰を倒す事は容易ではないと全員が焦りを抱く。

 

「そして、今年の桐皇の強みはもう一つあります」

 

 だがそれだけではない。白瀧が呟いた直後、センターの若松がダブルクラッチを読みきり、ブロックショットを決めていた。

 

「……ディフェンスか」

「はい。桐皇のマネージャー、桃井さん――ああ、彼女も帝光中出身なんですが、情報収集に長け、相手の動きを予測し選手たちに伝えています」

「そしてそこから対応策を打っていくと」

 

 中澤が確認の意を込めて問うと、白瀧は首を縦に振った。

 一見オフェンスに特化したチームだが、桃井の加入によってディフェンスも強い個人技主体のチームが完成していた。身体能力が高い選手が集っているためリバウンドを獲ることも用意ではない。

 第1Qを終わった時点ですでに20点差以上のリードを桐皇が作り、試合を自らのものとしていた。

 

「……どうです、皆さん。燃えましたか? それとも挫けましたか?」

 

 試合が休憩を挟んだところで、最前列の藤代は全員に向けて問いかけた。

 

「いずれ戦わなければならない相手です。このような所でへこんでいては、栃木の他の人たちに笑われますよ?」

 

 全員の脳裏に、予選で戦ってきた選手の顔が思い浮かんだ。

 大仁多は彼らの代表としてIHの出場校に選ばれた。その認識を藤代が今一度呼び起こす。

 

「意識は高く。怖気つく必要はありません。私達が戦う為に来たということだけは、常に覚えておいてください」

 

 そう告げると、返答はいらないと藤代は視線を桐皇ベンチへと向けた。

 大仁多の選手たちもそれに倣い、表情を引き締めた。勝つ為に来た選手に、迷いはいらない。

 

 

――――

 

 

 その後、桐皇学園は危なげなくダブルスコアという大勝で二回戦進出を決めた。

 他のコートで行われている試合も次々と終わりを迎えていき、数が減っていく。

 昼を挟んで間もなく午後最初の試合、Aコートでは大仁多高校と鈴順高校の試合が近づいていた。

 大仁多高校の控え室では選手達が静かに集中力を高めている。

一方、石川県代表・鈴順高校の控え室では――

 

「……どうなんだ、今年の大仁多は?」

 

 一人、選手が全員に向かって恐る恐る問いかけた。多くの者の表情は強張っており、緊張している様子が窺える。

 

「昨日も昨年までのビデオを見たが、やはり強い。伊達に8年連続でIH出場はしてねえよ」

 

 主将が口を開くと注目が彼に集まった。

 鈴順高校は石川県の古豪。二年ぶりにIH出場を果たしたが、全国大会という舞台で大きな結果を残しているわけではない。

 対する大仁多は数多くの全国大会に出場し、昨年もベスト4まで勝ち残るという強豪。緊張するなというのも中々難しいものだった。

 

「まず主将の小林。昨年もIHに出てた。全国区のPGとして名を轟かせ、今年の県予選でもMVPを獲得するくらい今年の仕上がりは完璧だ」

「……全国区の実力者か」

「そうなると司令塔の負担は非常に大きくなるな」

 

 小林の説明を耳にして、司令塔の表情が曇る。全国でも名の通った実力者、マッチアップする選手にとっては話を聞くだけでも冷や汗が浮かぶ。

 

「他の選手はどうだ?」

「同じくガード陣の一角を担う、副主将の山本。スラッシャータイプのSGで身体能力が高い。ディフェンス面でも活躍している」

「……俺とタイプが逆か。やりづれえな」

 

 鈴順高校のシューターはアウトサイド主体のピュアシューター。インサイドに切り込むことが少ない彼にとってはディフェンスも強い山本と相性が悪い。上手く対応できるだろうかと頭を悩ましている。

 

「ガード陣は固いか。じゃあフロントラインはどうだ? たしか三年生レギュラーは二人だけだったよな?」

「いや、ゴール下も厚い。センターは二年の黒木なんだが、予選で2m越えの留学生を相手に互角以上に戦った技巧派だ。リバウンドにも強い」

「ちっ。またうちとは対照的な……」

 

 フロントラインの話題に変わっても雰囲気に変化はない。こちらもセンターはパワー系と技巧派という正反対のマッチアップ。しかも強敵と渡り合ってきたという経験は向こうの方が上だろう。

 

「……じゃ、じゃあPFは!? 何か無名のやつが入ったとか聞いたが?」

「とんでもない! あいつはやばい!」

 

 ならばとさらに話を展開するが、大仁多のPF――すなわち光月の話になった瞬間、主将の表情が崩れ去った。

 

「光月明。一年生とは思えない桁外れのパワーでゴール下を占領する巨漢。噂によると栃木県予選決勝戦で、チームメイトが少し自分のシュートを邪魔したって理由だけで――その仲間をダンクでぶっ飛ばしたとか」

「……………………おい、誰かマーク変わってくれ」

「いやだよ! お前がマッチアップしろよ!」

「怖いよ! 何だよ、そいつ! ダンクで仲間ぶっ飛ばすとか初めて聞いたぞ!」

 

 想像することさえ恐ろしい話を耳にして、全員が戦慄した。

 噂には尾鰭がつくもの。間違ってはいないものの、光月の決勝戦で起こしたことは色々と話が大きくなっていた。

 

「そして、今年の大仁多のエース、白瀧。帝光中出身の実力者。県予選でも最多得点、最優秀新人賞などタイトルを獲得している。現状、最も“キセキの世代”に近いとも噂されている選手だ」

 

 そして最後に白瀧の話が終わると全員が口を閉ざした。

 もはや一人一人の実力差が現れているように感じられ、果たして自分達に勝ち目はあるのかと、自分自身に問いかけるが答えは出てこない。

 

「……ったく。何をダルイことを抜かしてるんすか先輩方」

 

 その停滞した雰囲気を、一人の選手が引き裂いた。

 他の選手の視線が椅子に腰掛ける一年生へと集結する。靴紐を結びなおしているために表情は窺えないが、随分と落ち着いた、自信をもった声をしていた。

 

「鎌瀬……」

「あんな連中にそこまでびびる必要ないでしょ? どうせ“キセキの世代”に比べたら大したことないんでしょうし」

 

 視線が上がると同時に、肩まで届く黒髪が静かに揺れた。

 中学時代から地元では名を馳せたスコアラーであり、鈴順高校に入っても一年生ながらエースを任されたSF――鎌瀬犬(かませけん)。チームメイトを安心させるようにうっすらと笑みを浮かべ、立ち上がった。

 

「エース対決を制すれば、相手も黙るでしょうよ。俺がその白瀧とかいうやつを蹴散らしてきます」

 

 

――――

 

 

「来たぞ! 両校の入場だ!」

 

 時間が経過し、ついに大仁多高校と鈴順高校の試合が始まる時が訪れた。

長い廊下を潜り大きな扉を超えて両校の選手がコートへと姿を現す。

 

「8年連続IH出場を果たした栃木の強豪! 臙脂の炎を身に宿す大仁多高校!」

「対するは石川の古豪! 二年ぶりにIHの舞台に帰って来た鈴順高校!」

 

 選手の入場と共に歓声はヒートアップした。試合開始が待ちきれないと言わんばかりに増す歓声。その中には桐皇学園の時と同様、他校の選手たちも集結していた。

 

「……さて、どうなるんやろな大仁多は」

 

 一回戦を終えた桐皇の主将、今吉は椅子深くに腰かけると視線を大仁多へと向けた。敵戦力を分析する目は桃井にも遅れをとらず、ウォームアップを続ける選手一人一人を冷静に観察している。

 

「総合力に関してはまず大仁多が上といってよいでしょう。主将の小林さんを筆頭によく纏まっています。あとはエースの調子次第かと」

「せやろなぁ。鈴順高校はルーキーのエースを筆頭に勝ちあがってきたチームや。ワンマンチームっちゅうのは良くも悪くも選手の調子に影響される」

「はい、なのでこの試合のキーポイントは両校のエース、白瀧君と鎌瀬君の勝負」

 

 桃井と今吉、分析家と策略家の答えは一致した。この試合、鍵を握るのはお互いの一年生エースであると。特に初戦ということもあって選手の調子を読むことは難しい。興味深そうに選手たちの顔つきや動作に注意を払っている。

 

「……下らねえ。問題はそこじゃねえだろうが」

 

 だが、その二人の意見を切って捨てるものがいた。

 青峰である。桃井の横で退屈そうにコートを眺めている彼は不機嫌さを隠すことなく口にした。

 

「なんだよ青峰。珍しく他校の偵察を見に来たと思ったら、何か気になることでもあったのかよ?」

「そんなんじゃねえよ。つか、うるせえから話に入ってくんな。黙って見てろよ」

「ああっ!?」

「うわあ! すいません、若松先輩落ち着いてください!」

 

 先輩への敬意を微塵も感じられない青峰の態度に、若松が身を乗り出すほどの勢いで食いかかった。隣の席の桜井が何とか押さえ込んでいるが、何時爆発してもおかしくない。普段から仲が悪い二人では合ったが、場所など関係ないほどとは余程のことだろう。

 

「で、問題はそこじゃないと言っとったな。どういう意味や?」

「ハッ。どうせあんただってわかってんだろ」

 

 どうどうと若松を制しつつ、今吉は青峰に問う。青峰は鼻で笑いつつ、彼の疑問に即答した。

 

「あいつがこんなところで躓くヤツかよ。問題は、鈴順がどこまで白瀧のプレイについていくか、それだけだ」

 

 勝負はすでに決している。だからこそ問題はそこではないのだと青峰は語る。

 言葉の裏に白瀧への信を感じられ、桃井も微笑を浮べて視線をコートへ向けた。

 ウォーミングアップも終了し、ついに10人の選手がコートの中央に集結した。

 大仁多の先発選手(スターティングメンバー)はレギュラーが揃い、小林・山本・白瀧・光月・黒木の五人。鈴順高校も予選と同じメンバーが並んでいた。

 始まりの挨拶を告げ、試合開始(ティップオフ)の時が近づく。ジャンピングボールに向けて各選手がポジションを確認していると、白瀧の元に鎌瀬が歩み寄っていった。

 

「よう。お前大仁多のエースなんだって? しかも『神速』とか呼ばれているらしいじゃん?」

 

 話しかけられても、白瀧は一瞥するのみに留まり視線を黒木たちへと戻す。

 半ば無視されたような反応に苛立ったのか、鎌瀬はさらに話を続ける。

 

「ハハッ! 中学時代に“キセキの世代”に助けられたのかなんだか知らないけど、結局全部失った気分はどうだよ? 高校でエースの名を取り戻したみたいだけど、今日は俺が瞬殺して、その白髪をもっと増やしてやるよ!」

「―――――あ?」

 

 饒舌に罵り、笑う鎌瀬。

 白瀧が視線を鎌瀬へと向ける。彼のこめかみには青筋が立っていた。

 

 

――――

 

 

 (大仁多)86対49(鈴順)

 

「……瞬殺だったな」

「……そうっスね」

 

 観客席から複雑な表情を浮かべる笠松に、黄瀬は心底同意した。

 第3Q終了の時点ですでに37点差。終始大仁多がリードを保ったまま最終Qへと突入しようとしている。

 白瀧が鎌瀬を圧倒し、得点を連発。チームメイトもその流れに乗り、鈴順を攻略していた。

 さらに大仁多は第四Q開始の際に選手を交代する。

 小林に代わって中澤を、黒木に変わって本田を投入した。

 そして選手が交代しても流れは大仁多のままだった。鎌瀬にボールが回るものの、仕掛けようとした瞬間、白瀧のスティールが成功する。

 大仁多のボール支配時間が長くなる中、中澤はインサイドの光月へとボールを回す。

 

「ひっ! くっ、来るな――来るなー!」

 

 相手のマークマンの悲鳴が木霊するなか、光月の両手ダンクが炸裂する。

 オフェンスはエースを防がれ、ディフェンスは大仁多の猛攻を止められない。点差は開いていくばかりだった。

 

(しかし、何故か今日の明のマークマンは開始直後から異様にビビッているよな。何かしたのか? ひょっとして知り合いか? 明は初対面と言っていたが……)

 

 光月の相手が異常な程反応していることに白瀧は疑問を覚えるが、彼は知らない。白瀧も彼が恐怖を抱いていることの原因となっていることを。最も、白瀧の場合は被害者ではあるが。

 

「決まったのぅ」

「強い……!」

 

 試合の行く末を感じ取り、今吉は一つ息を零した。一方的な試合展開に、桜井は冷や汗を浮かべながら選手のプレイを観察している。

 

「だから言っただろうが。勝敗はもう決まってるってよ」

 

 だが青峰は当然だと言わんばかりに表情を崩さない。中学時代と変わらぬプレイを見せ付ける好敵手の姿を目にして、満足していた。

 

「くそっ! させねえ!」

 

 試合終了の時が近づく中、鎌瀬が必死にハンズアップを続ける。

 

「……そういえば試合前に色々言ってくれていたが、訂正してもらおう」

 

 白瀧はドリブルを続けながら鎌瀬へと声をかける。

 直後、彼の試合から白瀧の姿が消えた。

 

「――ッ!」

「くそっ!」

 

 たとえ終盤になっても神速と謳われたスピードが劣ることはない。鎌瀬は反応すらできずに白瀧のぺネトレイトを許してしまった。

 ヘルプが出るものの、その前に白瀧は早めに跳躍してティアドロップを放った。

 ブロックの指先を通って大きな弧を描いた後、ボールはリングを潜り抜ける。

 

「俺の髪は白髪じゃねえ! 銀髪だ!」

(キレてたところそっち――!?)

「気にしていたのか……」

 

 思わず両チームの選手達が総出で白瀧にツッコミを入れた。

 程なくして試合終了のブザーが鳴り響き――勝負の決着を告げる。

 (大仁多)113対65(鈴順)。大仁多高校、一回戦突破を決めた。

 

「決まったわね。やはり、前評判どおりといったところかしら?」

「しかも、大仁多はPGとC、司令塔と大黒柱を最終Q温存で勝利。万全の状態だな」

「エースの白瀧も絶好調みたいだしねー。今年はかなりやるでしょ、このチーム!」

 

 観客席の一角、赤司と共に試合を見ていた選手達、洛山高校の陽気な声が飛び交っている。好戦的な表情をしているのはおそらくは王者の余裕だろう。強い挑戦者の現れに、闘争心を当てられたのかもしれない。

 

「……たしかにそうだね。だが、最も重要なのはそこではない」

「征ちゃん? どういう意味?」

 

 だが一人、赤司はいつもの無表情を貫き、冷静に大仁多の戦略を観察していた。

 意味を理解しかねたチームメイトに問われて赤司は話を続ける。

 

「白瀧――やつはこの試合、中学までに使えた技だけで勝利を収めた」

「……え? マジで?」

「古武術をはじめとしたコンビネーション、ティアドロップ、ダブルクロスオーバーをはじめとした方向変換。動きのキレは増したものの、新しく身につけた技術は何も見せていない」

「あらそう。まだ私達をはじめとした敵にデータは取らせないってことかしら?」

 

 それは同時に、この相手ならば見せるまでもないという余裕を持っているということも意味している。

 予想以上に先を考えた戦略に少し気を当てられたものの、赤司が彼らを手で制した。

 

「いいや、違うな。確かにそれもあっただろうが、本当の目的は違う」

「じゃあ何でだよ?」

「世間への当て付けだ。中学時代に敗者と蔑んだ者達へ遠まわしに示したんだよ。『白瀧要は健在』だと」

 

 ふとコートに立つ白瀧の視線が観客席へと向けられた。誰かを探しているのか、観客席を一周見回した後は再びチームの輪に戻っていく。

 

(見たか、“キセキの世代”。やっとお前達と対等に戦える。ここからが本当の始まりだ!)

 

 もう“キセキ”にすがる弱者はいない。いるのは自ら戦うことを選んだ強者のみ。

 胸のうちに湧き上がった闘志の炎は内に隠し、表面は目の前の勝利をチームメイトと共に喜んでいる。だが確かにこの勝利は彼にとって大きなものであった。

 

「既に賽は投げられた。今さら敗北も後戻りも許されない」

 

 そしてそれはこの大会に参加しているもの全てに言える。

 赤司は口角を上げて、挑戦者を待ち構えるようにコートの選手たちをにらみつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「光月明。一年生とは思えない桁外れのパワーでゴール下を占領する巨漢。噂によると栃木県予選決勝戦で、チームメイトが少し自分のシュートを邪魔したって理由だけで――その仲間をダンクでぶっ殺したとか」

「殺したの!? 死人でたの!? なんでそいつ普通に試合に出てるんだよ!?」

「何でも父親が警察の偉い役職についてて、その事件をうやむやにしたとか……」

「父親怖いよ! 絶対まともな人物じゃないだろ!」

 

 色々間違っているけど色々あっている。


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