黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十三話 二人の関係

 IH初日、一回戦。大仁多高校の二回戦進出を皮切りに、同時刻に別コートで始まっていた試合も決着を迎えようとしていた。

 場所を移してメイン会場、Cコート。東京都代表である初出場の誠凛高校の試合。対するは徳島県代表の平石高校である。前半戦こそ初出場という理由もあってか選手達の動きが硬く、リードを許していた誠凛であったが、第四Q序盤についに逆転を果たすと、そのままリードを保っていた。

 

「伊月! よこせ!」

「よしっ!」

 

 声を張り上げたのは日向。黒子のスクリーンによってマークマンをかわしてフリーになることに成功すると、伊月から正確なパスが彼の元に届く。もはや誠凛の主将としても、スコアラーとしても欠かせない人材となっていた彼は全国の舞台でも変わらない。一定のリズムからスリーポイントシュートを放つ。

 

「日向! スリーだ!」

「打たすかぁっ!」

「ぐっ……!」

 

 負けじと平石高校も意地を見せる。

 日向がボールをリリースする瞬間、ヘルプに出た選手がブロックを敢行する。触れることはできなかったものの、圧力に押されてシュートが力んでしまう。結果シュートは決まらずリングに衝突する。

 シュートの失敗を察して焦りを浮べる日向を、ゴール下で体を張っていた一人の選手が救った。

 

「うおおおおっ!」

「ぁぁっ!?」

「くそっ!?」

 

 木吉である。二人を相手にリバウンドを捥ぎ取り、ボールは離すまいと懐に入れる。

 さらに着地するとすぐさまターンアラウンド。両腕を上げてシュート体勢に移ると平石の選手達が打たせないとブロックに跳ぶ。

 それを、待っていた。木吉はブロックの横に腕を通してボールを上空へと放る。

 

「なっ!?」

(フェイク!)

「しまった!」

 

 意図に気づいたところでもう遅い。彼を止める選手はこのコートにはいない。

 リングとは別方向へ向かっていたボールの軌道上に、火神が飛び込んだ。右腕で掴み取ると勢いそのままにリングに叩き込む。火神のアリウープが炸裂した。

 

「決まった! アリウープ!」

「火神、試合を決定づける一発が炸裂!」

「……ッ! 急げ! リスタート、早く!」

「行かせるな! 最後まで集中しろ!」

 

 沸き上がる観客。平石は残り時間と点差を感じて焦り、誠凛は最後までリードは渡さないとディナイを続ける。

 平石高校の司令塔が何とか誠凛ディフェンスをかわしてハーフコートまで運ぶも――その瞬間、終わりの合図が鳴り響いた。駄目もとでシュートを放るも、奇跡は起こらない。無情にもリングに届くことさえできずに、やがて力を失ったボールが動きを止めた。

 

『試合、終了――!』

「誠凛高校一回戦突破!!」

 

(誠凛)98対93(平石)。誠凛高校、初日の試合を勝ち抜き二回戦へと駒を進めた。

 

「よっしゃあ!!」

「やった! IH初勝利だ!」

 

 ベンチ全員が立ち上がり、コートの選手が勝利に酔いしれる。

 初の全国大会で、誠凛は見事に初勝利をものにした。明日の二回戦――大仁多の対戦相手は、誠凛高校。

 

 

――――

 

 

 一方、サブ会場にて同時刻から始まっていた試合も同様に終わりを迎えていた。

しかしその一角は異様な空気に包まれていた。

 

「なんだよこれ……?」

「俺達、バスケの試合を見に来ているんだよな?」

「しかも、全国大会だぞ? それなのに……!」

 

 呟きが誰のものだったのかは定かではない。だが抱いている思いは皆同じだっただろう。

 途中から見ては信じられるないほど――否、最初から見ていたとしても目を疑う程の試合が繰り広げられていたのだから。

 

「これが“キセキの世代”の実力だというのか!」

 

(陽泉)72対6(成実学園)

 秋田県代表、陽泉高校。最強センターと呼ばれている紫原を擁するディフェンスは並大抵のものではない。

 今また、相手の希望を打ち砕く紫原のブロックが決まり――息が詰まる40分間が過ぎ去った。

 

 

 

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「……ええ。わかりました。仕事お疲れ様です。すぐに合流しましょう。場所は――」

 

 おそらく相手は偵察部隊だろう。藤代監督がスマホで連絡を取り合っている。

 一回戦を終えて、荷物を片付けた俺達は移動を始めていた。

 翌日にはすぐに二回戦が待っている。だが、だからといって何の用意もせずに試合に臨むというわけにもいかない。勝利に近づく為の情報を手に入れるため、次の対戦相手を偵察しているチームメイトとの合流を果たさなければならなかった。

 話が終わったのか、藤代監督は通話を切り、スマホをしまうと選手達の方へと向き直った。

 

「1回戦は全て終了しました。明日、私達が二回戦で戦う相手は――東京都代表誠凛高校です」

 

 対戦相手の知らせを聞いて、「やはりか」と納得する声が飛び交う。

 初日で1回戦27試合全てが消化され、出場校は59校から32校に絞られた。

 そして俺達大仁多が次に戦うのは誠凛。秀徳を倒した因縁の相手。予選でも三大王者を相手に番狂わせを起こした為、誰もが予想していたことだ。驚くものは一人もいない。

 しかし、初出場の高校が初日を終えてまだ残っているというのは、本当に凄い話だと思う。

 

「至急、偵察班と合流しホテルに戻ります。小林さんのビデオも含め、誠凛の戦力を分析しておきましょう」

「はい!」

 

 藤代監督を先頭に、俺達は会場を後にする。今日はこのメイン会場で試合をしたが、二回戦は組み合わせの都合上、サブ会場での試合となる。もう一度ここで試合をする為には勝ち残る以外に術はない。皆がここに帰ってくることを決意して出口へと足を運んだ。

 

「しかし、小林。一体誠凛のビデオなんてどこで入手したんだ?」

 

 興味本位で佐々木さんが小林さんに問いかけている。誰も疑問に感じていた内容だった。

 藤代監督が語っていた小林さんのビデオとは、俺達が撮影した秀徳―誠凛戦のものではなく、それ以前の地区予選のビデオだ。当然のことながらノーマークであった誠凛のビデオを偵察部隊が撮影したわけがない。小林さんが監督に直接渡したものだという。

 なのに何故小林さんはそのビデオを持っていたのか、と佐々木さん以外も疑問に思っていることを視線で感じ取ったのだろう。小林さんは何かを思い出すように、苦笑して頬をかく。

 

「まあ、色々と伝手があってな」

 

 そう言って小林さんは視線を戻した。

 伝手、とは気になるがこれ以上は個人的なことになる。佐々木さんも「そうか」と一言呟くと話題を打ち切り、また別のことを話し始めた。

 

 

――――

 

 

 ここで話は一度昨日の夜へと巻き戻る。

 IHの開会式が行われた日。大仁多はスカウティングをそこそこに切り上げると、以後は選手達は自由時間となった。遠出をしなければ外出を許されており、小林は藤代の許可を得るとホテルを出てある人物と会っていた。

 

「お前も律儀だな。わざわざこんなものを届けにくるなんて」

 

 小林がビデオの入った封筒を受け取ると、渡した主――秀徳の大坪は小さく息を零した。

 

「誠凛のビデオか。助かる。初出場ということでデータも少なかったからな」

「……礼なら不要だ。『全国の舞台でお前達ともう一度戦う』という約束を俺達は果たせなかった。そのせめてもの償いだ」

「そうか」

 

 IHへの出場は出来なかったものの、合宿地が近いということで大坪はわざわざ小林のところまで足を運んでいた。

 大仁多と秀徳。練習試合でも激闘を繰り広げ、そしてIHで再戦を誓い合ったライバル。

 その中でも特に小林と大坪の因縁は深かった。だからこそだろう。申し訳なさそうに視線を落とす大坪を見て、小林も相槌を打つに留まった。

 

「ああ。それと、合宿地が同じということで今日は来たが、さすがに試合まで見にいけそうにはない。さすがに俺にも主将としての仕事があるのでな」

 

 当然のことだ。IHの試合は秀徳の合宿練習時間と重なってしまう。

 今は自由時間だからこそこうして自由に行動できる。しかし私情で主将が練習を抜け出すわけにもいかない。

 

「だから俺ができるのはここまでだ。――勝てよ」

「……勿論だ」

 

 敵討ちを望んでいるわけではない。ただ勝って欲しい。そう言って大坪は小林と別れた。

 小林は改めて必勝を誓い、そして今度こそ彼らと再戦する日を願い、その場を後にした。

 

 

――――

 

 

 ホテルに戻った俺達は早々に誠凛のスカウティングを行っていた。今日の誠凛―平石戦の映像がテレビに映し出されている。

 

「――4番日向さんと10番火神さん。この二人のオフェンスが要注意ですね」

 

 笑みは消え、試合のそれと遜色ない真剣な表情で藤代監督が呟いた。

 名前に上がったのは誠凛の二大スコアラー、日向と火神。日向はスリーの成功率が高いため余計に警戒しなければならないだろう。火神も緑間を倒しただけあり、並大抵の選手では太刀打ちできない。現に平石高校のダブルチームをものともせず、得点を重ねている。

 監督が話を終えたことを確認し、東雲さんが口を開いた。

 

「都予選のデータを見ても思いましたが、波に乗った時の強さは新設校とは思えません。秀徳を相手に競り勝ったほどです。11番のパス回しもありますし、オフェンスだけなら全国出場校の中でも上位に入るかと」

「ええ。しかも、問題はそこだけではありませんが」

「え? そこだけではって、何ですか?」

 

 山本さんが不安そうに聞くが、藤代監督は答えない。

 ……何だ? 日向、火神、黒子。この三人は誠凛の中でも要注意人物。伊月と水戸部、残る二人のレギュラーが劣っているとは言わないが、小林さんと黒木さんがいればそう警戒するほどではない。ベンチメンバーも特にこれと言って突出した選手はいなかったはずだ。

 

「なあ、要」

 

 考えていると、隣に座る明が俺に問いかけてきた。

 

「どうした?」

「いや、この前見たときと比べて誠凛の選手、一人増えてないか?」

「は? 増えてる?」

「うん。都予選リーグの時にはいなかった気がしたんだけど。……あの7番の選手初めて見たよ」

「7番?」

 

 釣られて俺も視線を明と同じ、誠凛のベンチへと向けた。

 ベンチスタートだったもののこれから交代で出場するのだろう。ユニフォーム姿で体を温めている7番の選手が目に入った。190cmは越えているだろう恵まれた体格と、少し薄い茶髪。安心感を相手に与えるような柔らかい笑みを浮べた男が立っている。

 

「なっ……!?」

 

 この選手を見て、思わず立ち上がってしまったのは仕方が無いことだろう。

 

「――そんな! この人は!」

 

 何故ここに、誠凛にいるのかと。予想できるはずもなかった選手がいたのだから。

 突然俺が立ち上がったことで驚いたのか、明が不安げにこちらを見上げている。

 

「ど、どうしたんだ? 知り合い?」

「……中学時代、“キセキの世代”は無敗を誇っていた。だけど当時、一つ上の代にいたんだよ。その五人に渡り合う実力をもった天才集団が。“キセキの世代”がいなければ、彼らが“キセキの世代”と呼ばれていたと噂される“無冠の五将”」

 

 最強の陰に隠れた五人の逸材。その一人、かつて紫原とも戦った選手。

 

「そのうちの一人だ。無冠の五将の一角。“鉄心”、木吉鉄平」

 

 どのような苦境下においても決して折れる事無くゴール下を支える不屈の魂の持ち主だ。

 

「木吉、無冠の五将か。俺も戦ったことはないけど、話は聞いたことがある」

「ただ最近は全く話を聞いていなかったけどな」

「だが実際そいつがいるとなると、確かに厄介だぞ」

「その通り。彼こそが私が想定している危険人物です」

 

 同世代ということで色々と情報を持っていたのだろう。黒木さんや中澤さん、三浦さんが焦りを覚えると、藤代監督が同調して口を開いた。

 

「白瀧さん、あなたも彼のことは覚えているのですね?」

「……帝光中時代に一度だけ戦ったことがあります。あの時は俺もまだレギュラーだったし、何よりも木吉さんが紫原を相手に一歩も引く姿勢を見せず、最後まで戦いぬいていたことを覚えています」

 

 とても印象深い試合だった。点差がどんどん開き、自身も紫原に圧倒されている中、木吉は一人ゴール下を守りぬいた。彼は肉体的な強さだけではなく、精神的な強さも持ち合わせていたのだ。

 

「ならば白瀧、お前はこの選手のことをよく知っているだろう。どう思う?」

「それがよくわかりません」

「は?」

「わからない?」

 

 小林さんの問いに曖昧に答えると、当然周囲の視線が俺に集まった。

 だが生憎俺自身未だに木吉という選手を完全に理解したわけではないので反応に困ってしまう。

 

「そもそも、俺も直接戦うまで聞いていた話と全くタイプが違っていました。当初はタッパがある司令塔と聞いていたのですが、試合では開始直後から最後までセンターのポジションに入っていたので」

「……PGとCってことか? 真逆のポジションじゃねえか」

「その後も強豪相手にはセンターのポジションを任されていたことから、おそらくはチーム事情でコンバートしたのだと思います。センターとしての実力は圧倒的でした。高さとパワーは勿論、ゴール下からパスも出せる異色のセンターというイメージです」

 

 言葉にするのは簡単だが、実際こなすのは難しい。

 PGとCという本来なら正反対のポジションのセンスを持つ選手は異例のことである。しかもそれで天才と称されるだけの実力を発揮するのだから尚更だ。

 何にせよ、鉄心という強力なセンターが入った今、誠凛のゴール下は大きく強化されたことだろう。

 

「となると、ヤバイな。ひょっとしたら明日、この人スタートから出るかもしれないだろ?」

「……いや、それはないだろう」

「ええ。そうですね」

「え? なんで?」

「だって実力なら間違いなくレギュラーだろ?」

 

 勇が最悪の展開を想像して呟くが、小林さんと俺が即座に切り捨てた。

 だが勇は、続いた本田は理解していないのだろう。疑問の声を上げる二人に、小林さんが口を開いた。

 

「おそらく木吉は本調子ではないのだろう。一回戦、彼がスターターに名を連ねなかったのがその証拠だ」

「でしょうね。誠凛は全国大会初出場。帝光出身という11番を除けば全員が初の全国大会の試合だったでしょう。ならば経験者がいるなら間違いなくスタートから出すはず。現に序盤は選手達の動きが硬いですからね」

 

 小林さんと藤代監督の説明に納得したのか、二人は「へー」と頷いている。果たして本当にわかっているのか判断に困る反応だった。

 

「だからおそらく楠とかと同じ事情だろうな」

「最近名前を聞いていなかったことからも想定できますね」

 

 山本さんがそう言うと西村も続いた。

 おそらくはこれが答えだろう。楠先輩と同様、何かしらの怪我を抱えていて、それで先発出場できない理由がある。だからこそ誠凛にとっては今日の一回戦のメンバーがベストメンバーのはずだ。木吉が出るとしたら早くても第二Qと考えるのが妥当だろう。黒子がフル出場できないことを考慮すれば、誠凛の出方をある程度予想することができる。

 

「……となると、明日の試合は手の探りあいになりますかね?」

 

 どこか言葉の端に裏が感じ取れる。現に藤代監督はうっすらと笑みを浮べていた。

 正直な話、読みあいでこの人に勝てる気はしない。経験はそうなのだろうが、それ以上に別の何かがある気がしてならない。裏をかいたらそのまた裏だった、とかありそうだ。

 

「では、皆さん。明日の試合、まずは第1Qの入りから話します。よく聞いてください」

 

 そう言って藤代監督は誠凛の打つ手を予想しながら話を始めた。

 俺を含め、何人かの選手の表情が驚愕に染まる。それでも藤代監督は笑みを絶やす事無く、冷静に誠凛を攻略する戦術を語り続けた。

 

 

――――

 

 

 一方、その頃誠凛高校も大仁多高校と同様にスカウティングを行っていた。

 リコの友人に撮影を依頼したというビデオを見て、選手達の表情は硬くなっている。

 明日戦う相手の実力をこの目で改めて思い知らされたのだろう

 

「チームの完成度が高いな」

「ああ、それに個々の選手が相当鍛えられている」

 

 日向と伊月が冷や汗を浮べて口を開いた。横では水戸部も無言で頷いている。

 試合が始まってから流れは終始大仁多ペース。相手に反撃の機会は一切与えないほどの徹底ぶりだった。

 ゴール下から攻めきれず、鎌瀬へボールを戻そうとすると、白瀧が瞬時に反応し、ボールを奪いとる。

 

「そして、エース白瀧の存在」

「……やはり、彼の存在は大きいですね」

 

 ワンマン速攻を成功させる強敵の姿を目にして火神も惹き付けられていた。黒子はチームの信頼を受けている彼を懐かしげに見ている。敵として戦うことに複雑な感情を覚えているのかもしれない。

 

「わかっているだろうけど、彼を止められるとしたら火神君しかいないわ。きっと向こうも火神君に白瀧君を当ててくるはず。覚悟しておいてね!」

「――うっす!」

 

 リコの刺激を受け、火神は力強く頷いた。言われなくてもそのつもりだったのだろう、瞳に迷いは無い。

 

「よし。とにかく明日も格上との戦いになる以上、最初から飛ばしていくわよ。スターターは日向君、伊月君、水戸部君、火神君、黒子君。この五人で行くわ」

「よし!」

「ああ! うちのスターとスタートするぜ!」

「了解っす! あとそのダジャレまじ邪魔なんでやめてくれ、です」

「え」

「わかりました」

 

 五人が気迫の篭った返答(水戸部も力強く頷いている)をすると、リコは満足げに頷いた。

 少なくとも変な気負いはなく緊張の色も見えない。後は明日次第だが、初日を乗りこえた今なら大丈夫だろうと確信している。

 

「ディフェンスはいつも通りマンツーマン。マッチアップは伊月君が小林君、日向君が山本君、水戸部君が黒木君、火神君が白瀧君、黒子君が光月君をマーク。とにかく簡単に相手をフリーにさせないで」

「ああ」

「わかっているさ」

「……マッチアップについては相手の出方によって変わるけど、基本は同じポジションの選手をマーク。最も、相手が相手なだけに、今までどおり予想するのが難しいんだけどね」

「え? どういうこと?」

 

 不安げな表情を浮かべるリコ。悩みの種を理解できず小金井が問いかけると、リコは重々しく口を開いた。

 

「大仁多の監督、藤代監督のことよ。あの人、結構策略深い面があるって話だし、選手を効率よく起用するって有名だから」

「確かに。加えて今日も二人のレギュラーを温存して万全の布陣だからな」

「ひょっとしたら、そこにも意味があるかもしれないわね」

 

 「まさか」と日向は笑うが、リコの言う事が的を得ていた。

 一回戦、藤代の目的は二つあった。

 一つは光月と本田、全国大会未経験者に試合を経験させること。早いうちに少しでも不安要素を取り除いて起きたいと考えていた藤代は、全国の舞台でも彼らが活躍できるのかを考えていた。

 そして二つ目は第四Q、最終Qにて選手達の慢心をなくすこと。点差が大きくなると攻撃が単調になる時がある。余裕が生まれれば攻め急ぐ事も出てくるだろう。だからこそ遅行が得意な中澤、さらにディフェンスが得意な本田を投入する事でその不安を解消させた。

 こうして大仁多は不安要素を完全も消し去り、試合に臨もうとしている。しかし誠凛がその真意を知ることはなかった。

 

「ところで、少しでも何か情報があれば知っておきたいんだけど。黒子君、白瀧君も何か黄瀬君のような弱点はある? あるなら、今回は試合の前に聞いておきたいな?」

 

 リコは黒子に視線を投げかけた。部屋中の視線が黒子に集まる。語気が強まったのは間違いなく今でも怒りを覚えているからだ。

 ここまであまり口を挟まなかった黒子だが周囲の気配に急かされようやく口を開いた。

 

「……弱点と言っていいのかわかりませんが、あえて言うのならば白瀧君が自分のスピードを完全に制御できていないということです」

「え?」

 

 思わず全員が耳を疑った。

 何しろ相手はスピードに長けた選手。それだけで今まで多くの選手が屈してきたのだ。それなのに黒子は白瀧が制御できていないのだと言う。

 

「白瀧君は瞬発力が並外れています。“キセキの世代”とも渡り合えるであろうスピードは脅威です。しかしそのスピードを制御するだけの減速力、つまりアジリティはそれほど高くありません」

「ッ……!」

「最も、その分白瀧君は方向転換、チェンジオブディレクションが得意なんですが。……その分彼はあらゆる方向に切り込んできますが、逆にその場で止まることはあまりできません」

 

 それは白瀧が抱えていた一つの大きな弱点。

 青峰とも匹敵する瞬発力を持つものの、彼ほどの減速力を持っていない。つまり緩急が不得意であるということだ。

 

「だから、火神君が白瀧君の動きをもし見切ることができれば――とめられる可能性が大きく上がると思います」

 

 ならば、火神ならば可能性はある。

 黒子はそう信じて火神を見る。期待されていることを理解したのか、火神はニッと口角を上げた。

 

「よしっ。任せとけ。そう何度も抜かれてたまるかよ!」

 

 かつて白瀧と1on1を行い、好き放題されてしまった忌々しい記憶を蘇らせ、もう二度と同じ失敗は繰り返すまいと強く思った。

 

「……いざという時は鉄平。あなたにもすぐ出てもらうから、準備はしておいてね」

 

 エースが燃え滾っていることを嬉しく思い、しかしそれだけでは駄目だとリコは視線を木吉へ向ける。試合開始から出せない。だがピンチになればすぐにでも起用する。

 複雑な思いを浮かべ、申し訳なさそうに視線を落とすリコ。それを見て、木吉は微笑を浮べて言った。

 

「わかっているよ。ま、そういうことだから――皆大船にのったつもりで戦ってくれ!」

 

 その言葉には不思議とチームメイトを安心させる効果がある。

 もともとの素質なのか、彼がそういう人間であるからか。わからないが、何にせよ誠凛の大黒柱は通常運行である。

 

 

――――

 

 

 スカウティングを終えた後、藤代監督の指示により、選手達は早めに休養をとるようにと指示を受けて別れた。

 夜の8時半くらいだろうか。俺は一度部屋に戻ると、同室の西村に一言声をかけて――走り込みを行っていた。

 日課だから、という理由ではない。さすがに大会中は制限するつもりではあった。

 しかしどうも最近は夢見が悪く、目覚めた時に気分が良くないことが多い。少しでも万全の状態に持っていくためにと、駆け出した。

 

「あら? 白瀧君?」

「え?」

 

 物音立たない夜道によく通る声だった。突然の不意打ちであったというのに、小さな呟きであったはずなのに、声に反応できたのは相手がつい最近まで共に行動をしていたからだろうか。

 そこにいたのは、県予選でそして合同合宿でも何度か目にしたライバル校のマネージャー、西條さんだった。

 

「あなたは確か、聖クスノキのマネージャーの……」

「西條よ。覚えていてくれたんだ、白瀧君?」

 

 そう言って西條さんは肩までかかる栗色の髪を揺らして歩み寄ってきた。にこにこと笑みを浮べているその姿は整った容姿と相俟ってとても魅力的に映る。楠先輩と付き合っているということにも頷けるものだった。

 

「何故西條さんがここに?」

 

 当然の疑問を投げかけると、彼女は人当たりの良い笑みを浮べたまま口を開いた。

 

「聞くまでもないでしょ? 何故って、あなた達の試合の応援に来てるからよ」

「……大仁多の偵察、ということですか」

「そうとも言うかしら? でも、応援っていうのが丸っきりの嘘でもないの。あなた達が勝ちあがってくれたなら、私達もそれだけ勝ちあがれたかもしれないって自信になるでしょ?」

「なるほど。ではその通りに受け取っておきましょうか。応援ありがとうございます」

「ええ」

 

 嘘ではないだろう。確かに偵察がメインの理由であるだろう。だが勝って欲しいという願いには俺も共感できるところがある。もし俺が逆の立場でもそう願っていたはずだ。

 しかし――

 

「――楠先輩は、どうしていますか?」

 

 やはり、西條さんがいるとなるとあの人のことを気にしてしまう。

 彼氏のことならきっと熟知しているだろう。そう思って問いかけると何故か彼女は少し不機嫌そうな表情を取り繕うともせず露にした。

 

「ロビンのこと? 大仁多や盟和との合同合宿の後も練習に励んでいるわよ。大分体力が戻ってきたから、最近はトレーニングの量を増やしているみたい。きっと今日も練習しているんじゃない? 知らないけど」

「いや、『みたい』とか『じゃない』とか『知らない』って……あなたは楠先輩の彼女なのでしょう? いくら本人が傍にいないとはいえ、そんなつれない態度は酷いんじゃないですか?」

 

 素っ気無い態度に惹かれる男性も世間にはいるそうだが、楠先輩がそれに当てはまるとは到底思えない。というかそういう人の気持ちが理解できない。俺なら正直傷つく。

 だから冗談でもやめた方が楠先輩のためになるだろうと、そう思った。

 

「彼女? 私が? ――アハハハ! あなた、本気で言ってる? だとしたら大仁多の情報網もまだまだね!」

「……は?」

 

 故にこの反応は予想外だった。西條さんは場所を忘れて笑い始める。

 ……理解できなかった。事実試合の時だって二人は親密に寄り添っていたし、合宿でも行動を共にしている場面が多かった。それなのに、どうして彼女がこのような事を言うのか?

 何と声をかけてよいかわからず「どういう意味だ」と視線で問う。しばし西條さんは笑い続け、収まったころにようやくこちらの視線の意図に気づいた。

 

「確かに私はロビンとは小学校からの付き合いだし、仲も良かった。でも、付き合い始めたのはその関係がロビンにとって都合が良かったからなの」

「都合が良かった? ……楠先輩がそのような考えをする人間だとは思えませんが」

 

 試合を通して、そして合同合宿を通じて楠先輩が本当にできた人間だとわかった。選手としてではなく人として。物事に対して誠実であり、尊敬できると思っている。そんな人が自分の都合の為に異性を利用するなどとは考えられない。声を荒立てると、彼女は「そうではない」と首を横に振る。

 

「ええ、そう。だから考えたのはロビンではない。彼の祖父よ」

「え? 祖父って、確か聖クスノキ学園の理事長ですか?」

「そこまで知っているんだ? なら話は早いわ。ロビンって顔も人当たりも良いのは知っているでしょう? だから、周囲の女は結構彼のことを気にしていたのよね」

「でしょうね。あれほどの人に異性が惹き付けられないとは考えにくい」

 

 現に試合中、楠先輩が活躍するたびに観客席から黄色い声援が飛んでいた気がしたし。俺にとってはとても複雑だった。おそらくは黄瀬と良いレベルなのではないだろうか? 黄瀬と比較するというのは楠先輩に対して大変失礼極まりないことだが。

 

「でもそういうのはどう考えてもロビンの邪魔にしかならない。だからロビンがバスケに集中できるようにって、彼の祖父が私達をくっつけようと画策したのよ」

「まさか、本当に?」

「こんな事冗談で言えるわけがないでしょう? その時、ロビンは何て言ったか想像できる? 『これからよろしくお願いします』って! 笑えるでしょう?」

 

 何も言う事ができなかった。

 きっと楠先輩も悪気があったのではないのだろう。だが、バスケに打ち込みたいという思いに駆られて祖父の提案に身を委ねてしまった。だからこそ上手い言葉をかけることができなかった。

 

「その時は私も特に考えずに頷いちゃった。外面も中身もよくて、運動もバッチリということは知っていたから私にとってはステータスになると思っていたし」

「ならば、何故そのような不満を抱いているような言い方を?」

 

 決して西條さんにとって悪い話ではないはずだ。事実、二人で笑いあっていた場面がいくつもあった。初めがどのような形であれ、楠先輩は彼女のことを大切に思っていたはずなのに。

 

「ロビンはバスケにしか興味ないもの。今まで彼の方から誘ってくれたことなんて一度もないし、私が声をかけないといっつもバスケばかりしている。キスさえさせてくれなかったんだもん。これで本当に彼女と言える? バスケしか知らない相手と付き合っているだけなのに?」

 

 そして、何故彼女が不満を抱いているのかをようやく理解した。

 彼女は楠先輩に何よりも自分の事を見て欲しかったのだ。だからこそ不満を抱いている。

 だがおそらく楠先輩は譲れないものが多すぎるのだろう。最も大切な一番を決められない。バスケか、彼女か、どちらか一方の選択などできないのだろう。

 西條さんの質問に、俺は肯定する事も否定する事も出来なかった。意中の女性と別れることになろうともバスケを選んだ俺にとって、この問いかけはあまりにも痛すぎるものだった。

 

「……ねえ、バスケって楽しい?」

「……ええ」

「そっか。羨ましいなあ。付き合いの長い私なんかよりも、一回戦っただけである敵の方がよっぽど理解しているみたいなんだもん」

 

 「そんな事は無い」と言おうとして、しかし口が意志に反して動かない。

 俺が無言を貫いたことで彼女は何か思い至ったのか、くすりと笑った。

 

「……ねえ、白瀧君って彼女いるの?」

「いいえ」

「そうなの? あなただって顔は良いし、バスケだって相当なものなんだから、モテてもおかしくなさそうなんだけどな」

「煽てたって何も出ませんよ」

「……ねえ、付き合ってみない? 別に、今すぐじゃなくてもいいからさ?」

 

 寂しげで、それでいてどこか儚げな笑顔を見せる。それはとても魅力的な提案だった。

 

「申し訳ありませんが、俺もバスケしか知らない人間ですので」

 

 だが、その提案に答えるわけにはいかない。彼女の寂しさを埋めるのは俺ではない。あの人しかいないのだから。

 即座の否定。返答を受け取った西條さんは視線を落として暗い表情を浮かべるも、すぐにまた微笑みへと変えていく。

 

「あら、フラれちゃった。残念、それでは、邪魔者は退散します」

 

 そう告げると西條さんはきびすを返して、立ち去っていく。

 だが二、三歩ほど進んだところで彼女の足が止まった。

 

「……IH、勝ち上がってね!」

 

 もう一度振り返って彼女は言う。ほのかな微笑みで、フッた相手にそう告げた。

 また俺に背中を向けて西條さんは歩いていく。今度こそ帰路につくのだろう。

 

「待ってください!」

 

 このまま行かせてはならない。何か伝えなければならない。そう本能に急かされて、彼女を呼び止めた。

 

「俺は西條さん達の関係を今聞くまで知らなかったし、あなたの言葉が全て真実であるかどうかの判断さえできない」

「そうでしょうね」

「だがこれだけは言える。楠先輩は、あなたの為に戦っていた! あなたに勝利を届ける為ならば、自分の身がどうなろうとも構わないと。そう覚悟して試合に望んでいた! それが、彼がバスケに真摯に打ち込んでいた理由だったはずだ!」

 

 決してどうでもいいと思っているわけではない。ただ不器用なだけなのだ。俺も、彼も。それ以外に方法を知らないだけ。

 必死の叫びが果たして彼女に届いたのか。表情が窺えないこちらからでは、彼女の機敏な変化を知る事ができない。

 時間にして数秒。反応を失っていた西條さんが口を開いた。

 

「……知っているわよ。痛いほどにね」

 

 今度は振り返らずにそう告げると彼女は本当に立ち去って行った。

 送っていくべきか迷って、しかし足が動かない。その間に彼女の背中は見えなくなっていった。

 言いようのない後味の悪さだけが心に残っている。きっと、今日もまた夢にうなされるのだろうなと、他人事のように思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG――

 

「お前も律儀だな。わざわざこんなものを届けにくるなんて」

 

 小林がビデオの入った封筒を受け取ると、渡した主――秀徳の大坪は小さく息を零した。

 

「マミリンソロライbu……ぁ?」

「あ、すまん間違った。こっちだこっち」

「いや間違ったってどういうことだ!? お前ら合宿にきているんだよな!?」

「あ、あたり前だろう。勘違いするな? 別に押しメンが出るコンサートがあるとかそんな私情は一切挟んでないからな?」

「……大坪」

「…………すまん」

 

 後に小林は「ライバルの知ってはいけない何かを知ってしまった」と語ることとなる。

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