鋭いドライブで白瀧がディフェンス二人を悠々と抜き去り、他の注意も引き寄せたところで出されたパスは光月の手に渡り、彼のゴール下のシュートを許した。今日のこの試合だけで幾度と放たれた同じ攻撃パターンではある。しかしそれを止める術はなかった。
スコアボードが残り7秒を示したところで得点が決まった。4チームはせめてあと一本でも決めて点差を縮めようと、速いパス回しで駆け上がっていく。
牧村から本田へ、本田から青木へ、そして青木から再び牧村へとボールが渡っていくものの……
「……ッ、白瀧か!」
牧村へボールがわたるはずのボールは白瀧によって奪われてしまった。このスティールにより、ボールは再び3チームのものとなる。
ボールを手にした時点で残り時間はあとわずか2秒。もうパスを渡す時間さえない。
それを理解した白瀧は奪ったボールを手に、フォームを整えるや否やその場からすぐさまシュートを放った。
「しまっ……!」
「……いけっ!」
敵チームからは焦りの声が、味方チームからは後押しとなる声がこぼれる。
ハーフコートというゴールからかなり離れた場所からのシュート。ゆえにその分だけシュートを決めることは難しくなる。それでも白瀧は出鱈目にうつことはなく、ボールは綺麗な弧を描いて空中を飛んでいった。
「……まあ、緑間でもあるまいし。こんなところからでは決まりはしないよな」
だがシュートを放った白瀧が逸早くボールの行く末を悟り、旧友の名前を苦々しく呟いた。
そして彼の発言通りボールはリングをくぐることなく、ボードに直撃し地に落ちた。
「前半戦、終了です」
ブザーが鳴り、審判が前半戦の終了を告げる。両チームの選手はそれぞれのベンチに下がっていった。選手達は先輩やマネージャーよりタオルと補給用のドリンクを手渡され、後半に向けての準備をしている。
「よしっ、いい感じで前半戦を終わらせられたな」
「ああ。最後の一本を決められなかったとはいえ、あれはさすがに無茶だったしな」
「ここまでは俺達が完全に押している。このままのペースでいけるぜ!」
前半戦の結果を振り返った神崎の声に呼応し、真鍋や渡辺からも明るい意見が出てきた。
折り返した時点で点数は27対13。ここまでは白瀧の活躍もあり3チームは問題なく試合の流れをつかんでいた。
「だけど安心するのはまだ早いよ。そろそろ向こう側も何か仕掛けてくるかもしれない」
「ああ。点差が開いているとはいえ油断はするなよ。まだ試合は終わっていない」
慎重な光月の意見に同意を示すように、浮かれ始めているチームメイトを諭す口調で白瀧は話した。
ここまでは両チームともタイムアウトの使用もなく、試合中に司令塔であるポイントガードが一つ一つ指示を出すしかなかった。だがこのハーフタイムでチーム内で十分話し合うこともできるし、新たに作戦を変えることもできる。前半戦と同じように試合が進むわけではないのだ。油断していいわけがない。
「……作戦方針に変わりはない。後半戦もディフェンスはマンツーでいく。そのままマークについてくれ。オフェンスは向こうの出方次第ではあるが、基本的には変わらない。俺がボールを回していき、フリーの状態を作らせる。
ただ、前半は皆少し動きが硬かったりシュートが消極的な場面がうかがえた。高さは明のおかげでこっちが勝ってるんだ。シュートが外れることを恐れるな、このまま攻め続けるぞ!」
「「おうっ!」」
試合の区切りとなるハーフタイム。白瀧率いる3チームもこれまでの反省点や今後の展開についての作戦会議を行うことができた。
ここまでの試合は彼らが押しているものの、相手である4チームは前半戦に特に大きな動きを見せなかった。だが後半戦からは3チームの戦力のことも把握し味方選手のことも理解してきただろうから、何かしら動きを見せることが予想される。
白瀧は今一度全員に注意を呼びかけると、士気をより高めるために声を出した。それに呼応するように光月や神崎達も声を上げる。
「それでは、後半戦を始めます!」
「よしっ、皆行くぞ!」
審判の開始の合図を受けて彼らは再びコートへと戻っていく。白瀧続き、他の四人も立ち上がった。
後半戦は試合開始のジャンプボールを取れなかった3チームのスローインからスタートする。審判よりボールを受けとった真鍋が白瀧へとボールを回す。
ボールを受けとった白瀧はいつもどおりドライブで駆け上がろうとしたが……自分の目の前にいる者達の存在に気づき、ドリブルに移ろうとしていた腕を空中で止めてボールを保持した。彼の想像通り、4チームは開始早々にディフェンスのフォーメーションを変えてきていた。
「……ッ! この……!」
「ダブルチーム! 白瀧封じか!」
白瀧の顔から余裕が一瞬崩れた。
前半戦は白瀧のマークは牧村だけであったが、後半戦は北野と本田の二人が彼のマークについている。そして他の3人が光月、神崎、渡辺の3人にマンツーマンでついていた。その分真鍋がフリーになっているものの、肝心のボールを持っている白瀧が身動きできないようでは話が進まない。
白瀧は二人を抜こうとするものの、よほど彼を警戒しているのか、マークは厳しくなかなか切り込めない。フェイントにつられた北野を抜き去ろうとするが、深く守っていた本田がすぐさまフォローに回り、その間に再び北野もマークにつく。それを見て白瀧は一度後ろへ下がった。
「ちょっと厄介だな。……ふぅっ」
白瀧は深く息を吐いた。上手く前線にボールを運べず、白瀧の表情に焦りが浮かび始めている。
マークについている二人は通常のマークよりもやや深めに守っている。その分白瀧のドライブにも反応しやすく、またフォローにも戻りやすい。ただのドリブルではこの二人を抜かすことは容易ではない状況だ。
「……真鍋、ボールを貰いに行ってくれ!」
「あ、ああ。白瀧……」
「来るな!!」
「……ッ!?」
「は? ……要?」
このまま攻めあぐねていては無駄に時間を費やすことになるだろう。
その状況を見かねた神崎が代わりに真鍋に指示を出すが、そのサポートを他でもない白瀧本人が拒絶する。思いもよらない対応に真鍋や神崎からは疑問の声がこぼれた。
「来なくていい。これくらい一人で対応できないようじゃ、何の意味もないんだよ」
白瀧はあくまでも視線を北野と本田に向けながらそう言い放つ。次第にドリブルのスピードも速くなってきた。
たしかに彼の役割はチームのゲームメイクだ。だがしかし、ここでパスの選択肢はない。それはすでに前半戦でも示しているのだから。
たとえダブルチームであろうとも一人で突破するだけの力を見せ付けることで選択の幅は増え、より多くの
(それにこの程度のことで勝負をやめるようでは、あいつら『キセキの世代』に挑む権利などない!)
そして何よりも自分のためにも譲れない。白瀧の目に今まで以上の気迫がこもる。
ドリブルの速度をさらに速め、一歩前へと踏み出す。この動きに北野が真っ先に反応したが、白瀧は抜きに来ていない。そのまま体の目の前でボールを左へと切り返す。そしてそのボールを今度は右へと切り替えした。
「うお、おっ!?」
「……っ! まだだ!」
北野がフェイントの連続につられて動けない間に彼の横を白瀧が抜き去った。
しかしそれでも深く守っていた本田が一瞬できた時間で回り込む。抜かすまいと待ち構える中、白瀧は右手でドリブルしていたボールを右前方へとはじく。動きの方向から本田も右後ろへと下がるが、白瀧はさらにそこからボールを逆の左手で方向を変えた。
「ちいっ、速すぎるだろ。くそっ!」
「抜いた! 白瀧、ダブルチームを難なく突破した!」
「いや、それだけじゃない。さらにもう一人も抜き去ったぞ!」
逆をつき、本田を抜き去った白瀧はさらにヘルプに出た牧村をもロールでかわし、ドリブルで切り込んでいく。
これ以上の進撃は許せない、青樹がゴール下にいる渡辺のマークから外れてチェックに入ろうとする。……しかし、白瀧はフリースローラインの手前から飛んでいた。
「……なにっ!?」
白瀧の予想に反する動きのせいで反応がさらに遅れた。青樹がシュートを防ぐべくブロックに飛ぶよりも速く、白瀧はレイアップシュートを放っていた。ふんわりと浮かんだボールは誰にも触れられることなく、パサッとゴールネットを揺らしてリングを通り過ぎた。
「決まった……!?」
「――ティアドロップ。そう易々と俺のシュートを止めさせはしない」
リングよりもより離れた位置から放つレイアップシュート、ティアドロップ。
誰よりも速く、しかしそれでいて静かに白瀧は得点を決めた。しかも最初から最後まで自分だけで、という相手に多大なプレッシャーを残して。
その後、4チームは本田がなんとか得点を決めて2点を返すものの事態は変わらない。なぜならば白瀧を止めない限りは点差が縮まらないのだから。
再び北野と本田がダブルチームで白瀧のマークにつく。彼らにも疲れが見え始めているものの、それでもなんとか白瀧に食らい付いている。
「いいぜ、負けず嫌いは好きだ。その諦めない姿勢は評価する。しかし……!」
「……チッ!」
「悪いが俺も負けるわけにはいかない!」
「ああ、やっぱり白瀧は止められないか!?」
……だが、それでも白瀧を止められない。トップスピードで北野の横を通り過ぎていく。北野に苦渋の表情が浮かび、先輩達の観客席からは圧巻の声が出てきた。
再び先ほど同様に牧村がヘルプに出る。しかし白瀧はドリブルで行くかと思わせ、フリーになった神崎へとパスを出した。
「っ、ちくしょう!(まただ。白瀧にはこのパターンだってあるとわかっているのに、わかっていても止められない!)」
「ナイスパス!」
白瀧の
「入った、スリー!」
「白瀧がとまらない、このまま突き放すのか!?」
得点に絡んでいる白瀧の評価もうなぎ上りだ。ディフェンスも積極的に参加し、オフェンスでは自分への注意を集めてその上で自分で撃つか、あるいは味方へパスを出すのか。
今この試合は、彼一人によって動かされている。戦場が支配されている。
第1試合後半戦、その残り時間もラスト二十秒を切った。
ゴール下で行われている激しい戦いの中、オフェンスリバウンドを取った渡辺がそのままシュートを決める。
「いいぞ、ナイスリバン! ナイッシュ!」
「残り時間短いぞ、最後の攻撃だ!」
追い打ちとなる2点が3チームに加算される。
点差が大きく離れ、残り時間が少なくなっているものの選手達の集中は切れていない。最後の瞬間まで、ブザーが鳴るまでは諦めないという姿勢を示すように白熱していた。
おそらくはこれが最後の攻防となるであろう。青樹のスローインから始まり、ボールは牧村へ。
再び白瀧とのマッチアップ。ここまでの対戦の中で幾度となく止められ、ボールを奪われた。それでも、最後に一矢報いたいと、牧村も冷静に機会をうかがった。
「……来い」
しかし白瀧から放たれる気迫にひるんでしまった。何ということはない言葉、叫びでもないというのに。
そしてその一瞬を白瀧は見逃さない。牧村の動きが鈍くなったことを見切り、腕をすばやくボールへと伸ばす。そして牧村の腕からボールの感覚が消えた。
「しまった……!」
「よっし、ナイス要!」
自分の失態を悔やむがもう遅い。ボールはサイドラインを過ぎずに神崎の手へとわたった。
これで最後の攻撃も失敗に終わった。……だが試合は終わらない。ボールを奪われたことを察するとすぐさま全選手がディフェンスへと戻っていく。
ボールを手にした神崎がドリブルで速攻に向かうものの、敵選手の戻りが早い。元からそれほどドリブルが上手いわけではなかった神崎はあっという間に追いつかれてしまった。自分だけでは崩せないと考えると、神崎は白瀧へバウンドパス。
「これ以上点はやらねえ! 止めてやる!」
「……そうか。だが、俺も止まれない!」
本田がすぐさまヘルプに入った。あくまで諦めないと、そう強く言い放った。そしてその本田に答えるように白瀧もまたはっきりと固い意志を告げる。
白瀧が徐々にドリブルの速度を加速させる。ボールが上下左右に行き来する。
そしてついに一気に切りこむ、と体を前に倒す。その動きに気づいて本田も反応して下がった。
……しかし、白瀧はそこで止まった。ドライブと見せかけて前後に大きく足を開いたまま停止。その足の間をボールが通り彼の逆の腕に収まった。
「……ッ!!」
本田の体が動きについていけずに仰け反り、硬直する。その間に白瀧が一歩下がり、距離ができた。
そして――
「また何度でも挑んでくるといい。――今回は俺達の、勝ちだ」
――白瀧の手からボールが放たれた。誰もシュートを防ぐことはできず、そのボールの行く末を見届けた。
「試合、終了――!」
ボールがリングをすり抜けると同時に、試合終了のブザーが鳴る。ブザービーター、試合を締める白瀧の
51対27。白瀧率いる3チームが終始リードしたまま試合は終了した。
白瀧15得点、光月16得点、神崎12得点、渡辺6得点、真鍋2得点。白瀧のアシスト数は8。
牧村2得点、青樹5得点、北野6得点、山中5得点、本田9得点。牧村のアシスト数は2。
攻守ともに3チームが圧倒した展開だった。4チームはインサイドも鉄壁の光月を崩すことができず、また白瀧の速さについていけず、ミスを連発。3チームが終始圧倒していた。しかも相手から合計で6つのファウルも奪った。
だが問題点が全くなかったというわけではない。……肝心のフリースローを光月が全て外してしまうというミスも生じたのだ。また、後半戦から真鍋などの動きが鈍くなっていた――つまり
このように意外な課題点も見つかったが、テストとしては出来過ぎと言っていい結果だろう。
「51対27で3チームの勝ち。……礼!」
「「ありがとうございました!!」」
最後に試合開始と同じように、センターラインを挟んで両チームが並び試合終了の挨拶をする。その後はお互いの健闘をたたえて熱い握手を交わす。今回はミニゲームとはいえ、お互い全力で戦った。選手同士感じることもあっただろう。
「うおっしゃ! やったな、要!」
「うお!? ちょ、勇重いわ!」
そして試合が終わると、神崎が白瀧を後ろから肩に手を回し頭をたたく。突然のことで白瀧の体がふらつく。文句を言いながらも、久しぶりに最後まで戦えて嬉しそうな顔をしている。新たな仲間と一緒にバスケができたのもよかったのだろう。そこに明達三人まで加わってさらににぎやかになった。
「いやー、最後まで上手くいってよかった」
「マジでお前ら頼りになるな。楽しかったぜ!」
「お、おい。明さすがにお前は……潰れる! 潰れちゃう! ねえ、聞いてます!? ちょっと!」
「あはははは!」
……白瀧が皆にもみくしゃにされて酷い事になっている。まあ、多分大丈夫だろう。うん、多分。きっと。おそらく。
小林達も、彼らが試合を通じて仲間意識ができたことで安心してその姿を見ている。
「……よかった」
橙乃もその様子を遠目で伺っていた。白瀧が楽しんでいる姿を見ていると、丁度逆側のコートで行っていた試合も終了したようなので、そちらでスコアボードをつけていた人と合流するためにその場を後にする。
だがその前にもう一度白瀧達へと視線を移し、それから立ち去っていった。そのときの彼女は笑顔だったという。
この後の試合でも白瀧達は思う存分躍動し、54対26で勝利を収めた。先輩達の注目度を一気に高め、その日は終了する。果たして一体何人の一年生が、先輩達の御眼鏡にかなったのであろうか……