黒子のバスケ 銀色の疾風   作:星月

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第六十四話 開戦 大仁多VS誠凛

 IH二日目、二回戦。

 今日からはついにシード校も参戦する。初日を勝ち抜いた高校を含め、全三十二校が再び目の前の勝利を賭けてコートで激突する。

 当然のことながら日を追うごとに勝ち残っている高校のレベルは大幅に上がる。シード校は勿論のこと、一回戦を勝ちぬいた高校も相当なレベルのプレイを会場中に披露していた。どこのコートを見回しても磨かれた技術、鍛え抜かれた力が溢れている。

 だが、それでも――全国で名を轟かせる選手が現れる中であろうとも、“キセキの世代”を、そして彼らに次ぐと噂されている“無冠の五将”を率いている高校の実力は尋常なものではなかった。

 

「マッ、スルゥゥゥゥッッ!」

「ッ……!」

(こいつ、なんてパワーをしていやがる!?)

 

 京都代表洛山高校対佐賀代表川電工業の試合。

 坊主頭に色黒の肌が特徴の大男がゴール下で力強い叫びを発した。競り合う敵へと体を寄せて次々と押し込んでいく。

 その力は桁外れの威力を誇り、大男――無冠の五将の一角である根武谷永吉はただの力技であっという間にポジションを奪い取った。ゴール下を完全に制すると、根武谷は空中へと跳びあがり、ボールを両手で力強くつかみとる。

 

「リバウンドォッ!!」

「ぐわっ!」

「ちっ!」

「マッスル――パスッ!」

 

 敵選手二人とのボールの取り合いを制し、根武谷がオフェンスリバウンドをものにする。

 さらに着地するとすぐさま声を張り上げて味方の6番へ強力なパスを――つまりは力ずくのチェストパスをさばく。

 

「つっ! いったいわね、このバカ力!」

(止める!)

「ま、私は別に構わないけど、ね!」

 

 片手でボールを受けた洛山高校の6番、やや紫がかった黒髪の持ち主である実渕玲央はうっすらと柔らかい笑みを浮べるとボールを大きく振り、シュートを放とうとする。マークマンは必死に実渕を追いかけ、ブロックしようと跳びあがった。

 

「駄目よ、そんなに焦ったら」

「なっ!?」

(シュートフェイクだと!? まさか!)

 

 しかし実渕はシュートを撃たない。肘を伸ばすだけに留まるポンプフェイクでディフェンスを跳ばし、ワンテンポ遅れて今度こそシュートを放った。スリーポイントラインの外側で二人の体が接触し、そして審判の笛が鳴り響く。

 

「……4点、プレイ?」

「だから言ったでしょ? 焦ったら駄目だって」

 

 根武谷と同じく無冠の五将の一人に数えられる彼のシュートに乱れは無い。呆然とするディフェンスの目の前で実渕のシュートが綺麗に決まった。

バスケットカウントも確実に一本沈め、実渕は一度のオフェンスで4点を記録する。

 

「ぐうっ!」

「くそっ! 一本ずつ取り返すぞ! これ以上好き勝手やられてたまるか!」

 

 強烈な個人技の猛攻を凌ぎきれず、時間を追うごとに点差は広がっていく。それでもまずは一矢報いようと確実に外から慎重にボールを回す佐賀代表、川電工業。

 

「ハハン! 甘いよ!」

「えっ!? しまっ……!」

 

 だが、パスは味方に繋がることなく、洛山の7番――大きな猫目を研ぎ澄ました陽気な選手、葉山小太郎に奪われてしまう。彼のスピードは並外れており、ドリブルをしているというにも関わらず、追いかける相手選手を置き去りにした。

 

「ふざけんな! これ以上好き勝手させてたまるか! 洛山!」

 

 猛ダッシュで一人の選手が駆け抜け、先回りして葉山を待ち構える。もう失点するわけにはいかないと、声を張り上げて葉山をにらみつけた。

 

「ハッ! じゃあ、行くよ! 三本!」

 

 最も、気迫においては葉山とて負けていない。鋭い眼光に臆する事無く、葉山はさらに加速する。そして一対一が始まろうとした瞬間――突如葉山の手からボールが消えた。

 

「……は?」

「もらいっ!」

 

 無冠の五将の一人に数えられる源のスピード。

おそらく相手は何が起こったのかさえ理解できなかったことだろう。認識することさえ許さない葉山の速い切り替えしを前に、身動き一つ取る事さえ出来ず、葉山のレイアップシュートを許していた。

 

『川電工業、タイムアウトです!』

 

 ボールがラインを割ると、川電工業が堪らず前半戦最後のタイムアウトを申告したことにより、時間が止まる。

 未だ試合は前半戦第二Q4分を過ぎただけ。しかしながら点差は絶対的な力の差を示していた。

 (洛山)52対21(川電工業)。点差、31点。既に100点ゲームは確実であると断言できるほどの実力を見せ付けていた。

 

「よくやった。皆、素晴らしい働きだったよ」

 

 ベンチに引き上げる五人に真っ先に労いの言葉をかけたのは、チームの主将である赤司。

 全国大会でありながら、未だ試合に出場していない彼の表情は余裕で満ち溢れており、どのような衝撃を受けようとも微動だにしないような自信が滲み出ていた。

 これが王者の姿。これぞ最強の証。

 全国区の実力を誇る選手達でさえ、彼らの前では凡庸な一選手に成り果ててしまう。それほどまでに彼らの実力は一線を画していた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 時間が過ぎて、場所はサブ会場へと移る。

 こちらでも三回戦進出をかけて激戦が繰り広げられている中、大仁多の選手達はその試合を観客席から観戦していた。彼らのお目当ては今目の前で繰り広げられている神奈川代表、海常高校と宮城代表、山之江高校の一戦である。すなわち、“キセキの世代”の一角、黄瀬涼太のバスケであった。

 

「また、このパターンか」

「……だが合理的だ。彼ほどの選手を止められる実力者はまずいない」

 

 何度も目にした攻撃パターンに呆れを覚えるもの、納得するものとわかれた反応。

 司令塔の笠松からエースの黄瀬へパスが通り、彼が得意としている一対一が始まる。

 ディフェンスがドリブルを警戒して腰を落とすその瞬間、黄瀬はワンドリブルで切り返し、さらにチェンジオブペースでマークを抜き去った。すかさずヘルプが出るが、黄瀬は表情一つ変える事無く跳躍し、ディフェンスをものともせずダンクシュートを決めた。

 

「ちっ。軽々ダンクシュートを決めてきやがる」

「しかも、今の動きはやはり」

「ああ。相手選手のプレイをそのまま、いやそれ以上の完成度で……」

 

 黄瀬のバスケスタイルである『模倣』。かつて白瀧さえをも打ち破った、相手選手の動きをそれ以上の威力で炸裂するというものだ。あっさりと相手を上回るバスケセンスは見ている者を戦慄させる。

 

「やはり、キセキの世代はこのようなところでは躓きはしない、か」

 

 佐々木はスコアボードに視線を向け、ため息をついた。

 (海常)48対23(山之江)。第二Q終盤においてこの点差。海常は一度たりとも相手に流れを掴ませることなく圧倒している。おそらくこのまま後半戦も点差を広げ続けることだろう。

 

「白瀧がいなくて正解だったかもな。あいつかなり黄瀬のこと気にしていたし」

「あれ? そういえば要は?」

「小林さん、中澤さん、それに西村と一緒にミーティングだと。今日の試合について細かい打ち合わせがあるとかないとか」

 

 今、おそらく誰よりも黄瀬のことを意識しているであろう白瀧はこの場にはいない。大仁多の司令塔達と共に、今日の誠凛戦に向けての最終打ち合わせを行っているのだ。

 白瀧は本職はSFとはいえ、状況によってはPGを務めることもある。本人の強い要望もあり、彼は海常の観戦を避けて次戦の準備を進めていた。

 同級生達が彼の動向を気にしているところで第二Qが終了し、選手達がベンチへと引き上げていく。

 

「海常、か。何か複雑だな」

「ん? 誰か知り合いでもいるのか?」

「いや、俺地元だから」

「え? そうだったの?」

「ああ。一時は海常への進学も考えていた時もあったから、ちょっと、な」

 

 神崎は海常のベンチ傍に立つ一人の選手に視線を向け、目線が遭わないように気がつかれないようにとすぐ逸らす。神奈川出身ということは誰か繋がりもある人物もいることだろう。だが彼の顔は言葉に表しがたい、複雑なものだった。

 

「まあ何にせよ、海常も順当に勝ち上がりそうだね」

「洛山、桐皇と他の“キセキの世代”を擁する高校も三回戦進出を先に決めたって偵察部隊も言っていたし、波乱は起こらないだろ」

 

 そうだね、と光月は苦笑いしつつ本田の呟きに頷いた。

 “キセキの世代”を擁する高校はIHにおいてもその力を思う存分振るっている。誰も彼らを止めることは敵わず、次々と三回戦へ駒を進めていく。

 

「そっちもちょっとグサッと来んなー。ハー……」

「どうしたんだよ? そっちにも知り合いか?」

「いや、仇敵」

「……“キセキの世代”のこと?」

「無冠の方だよ。無冠の五将の一角、SGの実渕」

 

 暗い顔を浮かべ、俯く神崎。不審に思った二人が問いかけると、神崎は重々しく口を開き、彼が抱いている胸中の不安をさらけ出した。

 

「中学一回だけ戦ったことがあるんだ。同じポジションだから俺がマンツーマンでマークしたんだけど、さ」

 

 そこで言葉を区切り一呼吸置いて話を続けた。

 

「何も出来なかった。実渕に前半戦だけで26得点を許し、挙句の果てに後半3分が経ったところで5ファイルの宣告を受け、退場した」

「はっ!?」

「嘘、そんなことが」

(勇だって相当な実力者だ。それなのに、手も足も出なかったってことなのか!?)

 

 告げられた真実に、二人は思わず目を見開いた。

 チームメイトとして贔屓の目なしにみて神崎の実力は高い。仮にも大仁多でベンチ入りを果たしているのだ。一年生ながらも彼のシューターとしてのレベルは全国でも通用するはず。

 その彼が中学時代、何もできずにただ圧倒されたというのだ。驚かない方が無理というものだった。

 

「……あー、駄目だ」

 

 顔を俯け、肩を震わせる神崎。

 何と声をかけてよいか、光月と本田は顔を見合わせるが、よい考えは思いつかない。

 すると彼らが迷っている間に、神崎は再び顔を上げ、立ち上がった。彼に表情には笑みが戻っている。

 

「我慢できなくなってきた。さっさと始まらねえかな、俺らの試合!」

 

 好戦的な笑みだった。雪辱に震え、自分の出番はまだかと燃えている。

 

「……相手を気にして落ち込んでいるわけではなさそうだね」

「長々と落ち込むタイプじゃねえだろうしな」

 

 ある意味、この性格が羨ましいなと羨望に似た眼差しを神崎に向ける。

 決して何も感じていないわけではないだろうが背負い込んではいない。神崎は過去の記憶に当てられ、闘志を滾らせていた。

 

 

――――

 

 

「――以上が、今日の試合におけるゲームプランとなる」

 

 小林さんがそう締め括り、視線で『何か意見があるか?』と俺達三人に問いかける。

 だが俺を含めて誰も文句があるわけがなく、小林さんは視線を一回りさせると立ち上がり、力強く言葉を発した。

 

「誠凛戦の立ち上がりはお前達が重要な役割を担うことになる。頼んだぞ!」

「はい!」

「わかりました。お任せを!」

「了解です!」

 

 俺達も力強く返すと小林さんは満足げに頷く。するとここまであまり口を挟まなかった藤代監督も立ち上がり、微笑んだ。

 

「第1Q、おそらく誠凛はスタートから奇襲を仕掛けてくることが予想されます。今まで力で押す正攻法で待ち構える数々の強豪を打ち破ってきた。今回もそれは例外ではないでしょう」

 

 ならばこそ、と藤代監督はニヒルに笑い、腕を組む。

 

「今日は私達も乗ってあげましょう。目には目を。歯には歯を。――策には策を、奇襲には奇襲をもって答えましょうか」

 

 本当にこの人を敵に回さなくて良かった。そう思った瞬間だった。つい誠凛の選手達へ向けて合掌したくなる。

 カリスマ性というやつなのだろうか。藤代監督の言葉にはいつも引っ張られ、頷いてしまう。そういえば赤司もこんな感じだったか。

 

「ではそろそろ我々も行きましょうか。皆さんと合流しなければなりません」

 

 藤代監督の後に小林さん、中澤さんと続き、俺と西村も後を追う。

 これで今日の誠凛戦に向けての準備は終了した。あとは本番でどれだけ俺達が誠凛という新星を相手に戦うことができるかだが、問題は無いだろう。

 戦力は勿論のこと、戦略としても遅れを取る要素は無い。上手く行けば第1Qで木吉を引っ張りだすことができるかもしれない。それだけ思考を重ね、練習をこなしてきたのだから。

 

「そういえば白瀧さん、聞きましたか?」

「あ? 何をだ?」

 

 廊下を歩きながら次の試合について考えていると隣を歩く西村が問いかけてきた。西村の言葉の意図を図りかねていると、西村は話すべきか迷ったのか少し頬をかき、間をおいて話を続けた。

 

「帝光の話です。向こうはもう全国大会は終わったそうですよ」

「全中の話か。懐かしいな」

「そっか。お前らは去年までいたから後輩からもそういう話を聞くのか。で、どうだったんだ?」

 

 感慨深そうに中澤さんが聞くと、西村の表情が沈む。

 この表情の変化だけで『やはり』と後輩達の結果を悟る事が出来た。

 

「……帝光は全中ベスト4で敗退。四連覇はならず、次の世代に後を託して三年生は引退したそうです」

「え……?」

「帝光が負けた!?」

「そう、か」

 

 中澤さん、そして話が聞こえたのか小林さんは戸惑いの声を上げる。対して俺は一言そう呟くに留まった。息を一つ零し、視線を前へと戻す。

 この結果を予想できなかったわけではない。むしろ俺達が世代交代した時から十中八九こうなるだろうと考えていた。

 

「俺達は後輩を育てる事が出来なかったからな」

「白瀧?」

「残っている選手達は実力こそあれ、二年間大量リードに守られてきました。言わば精神的なゆとりがある中で育ってきました。しかも“キセキの世代”という強すぎる存在もあってレギュラーには一度もなれていません。だからこそ連覇と言うプレッシャーに耐える事は難しい」

 

 かつて中学時代、どういうわけか帝光の首脳陣は“キセキの世代”を毎試合試合に出場させていた。思惑はわからないが、そのせいで他の選手達にとっては出場機会が大きく損なわれる原因となった。

 常に“キセキの世代”が大きな点差を生み出し、他の選手達は既に戦意も喪失しかけた相手に追い打ちをかけるような試合をこなすだけ。練習中は逆に彼らがいないことで選手達の向上心は上手く発達せず、チームプレイを軽視した方針のせいで不協和音が響き渡っていた。

 

「対して他の中学の選手達は、キセキの世代との戦いを経て、それでもなお折れなかった闘志の持ち主達が残りました。しかも先輩達の思いを引継ぎこれまでの雪辱に燃えていることでしょう。『せめて今年こそは』と。その心意気は大きく違う」

 

 精神論と思われるかもしれない。だが実戦経験の違いというものは大きく影響するものだ。試合の流れを読み、あるいは断ち切り、勝利を手繰り寄せるには、今残っている帝光の選手達には経験が足りない。連覇という周囲の期待に押し潰されないように振舞うのは厳しいのだ。

 

「……“キセキの世代”の弱点。後の可能性さえも潰してしまう、ということですか」

「はい。俺達の失敗でもあります」

 

 藤代監督の厳しい視線に射抜かれ、俺は渋々と頷いた。

 こればかりは彼らの責任ではないのだから。

 

 

――――

 

 

 時間が経過し、試合開始まで後10分ほどとなった。

 選手達は全員控え室に集合し、それぞれ試合に向けて準備を進めている。

 

「橙乃、試合前に少し足のマッサージを頼んでもいいか?」

「わかった。じゃあ横になって」

「ありがとう」

 

 頼むと彼女は嫌な顔をせずに了承してくれた。すぐにうつ伏せになって橙乃に体を預ける。

 橙乃の細い指先がゆっくりと右足をなぞっていく。体が幾分か楽になる感覚を覚えた。

 ゲームプラン上、最初から大きく動く事が予想される。少しでも万全の状態にもっていこうと思っていたが、本当に橙乃もマッサージが上手くなったな。

 そう感心していると、前方から勇が腕を伸ばしながら近寄ってきた。何か思い出したのだろうか、少し楽しそうに見える。

 

「そういえば要。お前昨日の夜聖クスノキのマネージャーに告られてたけどあの後どうしたんだ?」

「え? なんだお前あの時」

「…………あ゛?」

「見てたのかあががががあああああ! 折れる! 橙乃さん、折れる! 潰れる! 足が潰れる!」

 

 突如負荷が大きくなり、ミシミシと足が悲鳴を上げる。つられて俺も悲鳴を上げる。いや、俺の足だけど。だが橙乃は悲鳴が聞こえていないのか、聞き届ける気がないのか、力は強まるばかりだった。

 

「何? 大会中だというのにチームのエースが鼻の下伸ばして女の人に現を抜かしていたの? へー、良い身分だね!」

「あぎゃああああ違う! 話を聞いて! 告白されただけ! しかも断ってる! 何も、何もしてないから離して! お願いだから離してください!!」

「ふーん。そう……」

 

 必死の訴えに納得してくれたのか、ようやく右足が強大な圧力から解放され、マッサージが再開される。

 首を後ろに回すと右足には橙乃が握り締めた後がくっきりと出来ていた。一体彼女の細腕のどこにこんな腕力があるのだろうか。もう少し遅かったら挽肉にされてしまったのではないのかとさえ思えてしまう。

 

「えと、飲み物買いに行った時にちょっと目にしたから聞いたんだけど。そっか、断ったのか。その、すまん」

「……いや、いい」

 

 涙目になりつつ、勇の謝罪を受け入れた。結果論だが、出来れば今は聞かないで欲しかった。

 

「え、というか告白されたというのは本当なんですか!?」

「ああ。……楠先輩との間にも色々事情があったようだよ」

「ちゃんと断ることができたんですね」

「状況が状況だからな」

 

 そう言うと納得しきれないのか西村は首をかしげている。

 昨日のことはあまり俺も触れられたくないから、深く聞いてこないのは嬉しい。……しかし話題のせいなのか釣られるように本田まで反応していた。

 

「しかし出会う機会が少ないとはいえ、現在も大会に参加している時に告白されるとはびっくりだな」

「本当。いくら白瀧君が鈍感で愚直でヘタレで騙しやすそうな男だからと言って……信じられない」

「……ねえ橙乃。お前俺のこと嫌いだろ?」

「そんなことないよ」

 

 いや、絶対そんなことあるって。言葉に棘しかない。

 鈍感や愚直はまだ真っ直ぐであるという意味も篭っているから許すとしても、後半のへタレとか騙しやすそうとかはもはや侮辱の言葉でしかない。

 大体俺が彼女にそんな場面を見せただろうか? 今思い返してみてもそれらしき点は、それらしき点は――――いや、あったな。何時ぞやの保健室や夜食作りの出来事が。

 

「でも何で断ったんだ?」

「バカか。そんな事、決まっているだろう」

「巨乳じゃないから?」

「ちょっと! ちょっと待ってください橙乃さん!? 俺のイメージおかしいよ!」

 

 俺の知らない間に彼女の中で酷く屈曲した人物像が出来上がってしまっている。これではまるで青峰ではないか! 違うんだ。大きい胸が好きなんじゃなくて、好きになった女性の胸が偶々大きかっただけなんだ。そう、偶々なんだ。

 

「……自分の気持ちに嘘をついている言葉を、信じられると思うのか。本当に楠先輩の事を何とも思っていないなら、あんな雰囲気を醸し出せるわけがない」

 

 改めて今思い返してみても、あれはきっと心の迷いだったのだろうと断言できる。あの時俺が頷いていたならば誰も満足できる結果を得られなかっただろう。俺も彼女も、楠先輩も。

 だからこそ、あの選択は間違っていない。後悔はしていない。

 

(あの、白瀧が!)

(女心を、察した……?)

「よーし、二人とも今一体何を考えた? 正直に答えてくれよ?」

 

 驚愕する本田と勇。うん、なんとなく思ったことは想像できるけど、とりあえず許さない。

 

 

――――

 

 

「な、んじゃ、こりゃ……?」

 

 ついに二回戦、栃木代表の大仁多対東京都代表、誠凛の試合が始まろうとしていた。

 試合開始の時が迫りつつある中、大仁多のスターティングメンバーの顔ぶれを見て、火神が怒りで震える。おそらく『何をふざけているんだ』と考えているのだろう。

 

「一回戦のスターターとは全く違うな」

「よくもここまで面子を変えられるものだ」

「ああ。……白瀧以外、レギュラー全員がベンチスタートとはな」

 

 他の選手達も同様なのだろう。戸惑いと、幾分かの苛立ちが言葉に含まれているように感じられる。

 彼らの言うとおり、大仁多のスターターに名を連ねた選手のうち、レギュラーは白瀧だけだった。

 中澤、三浦、白瀧、西村、本田の五人が赤いラインの入った白のユニフォームに袖を通し、コートを見据えている。

 

(どういうつもり? メンバーだけ見れば一回戦終盤の面子に似ているけど、あの時とは全く状況が違うというのに。まさか……油断?)

 

 コートに座るリコも大仁多の布陣に疑問を覚えていた。レギュラー勢ぞろいで待ち構えていると思っていたからこそ、この編制の意図を理解できない。

 まさか誠凛が新設校だから油断しているのかと、そう思い、そしてそれ以外に納得できる理由が思いつかなかった。

 

(でもそれにしてもPG二人だなんて。外から打てる選手もいないみたいだし、白瀧君にスタートは一任ってこと?)

 

 いくら考えてもリコは真意にたどり着けなかった。

 監督がそうなのだから、選手達は尚更の事。

 特に沸点の低い火神は考えることも忘れて白瀧の元へと歩み寄っていった。

 

「よう白瀧」

 

 怒りを隠す事もせず、火神は語気を強めて白瀧をにらみつける。

 

「レギュラー温存とは、随分舐めた真似をしてくれるじゃねえか。俺達誠凛相手には控えで十分ってことかよ?」

 

 190cmという高さから睨まれれば普通は少しであろうと怯えを感じるだろう。

 だが白瀧は薄っすらと笑みを浮べて彼の怒りを受け流す。

 

「まさか。そんな慢心は微塵たりともしていない。緑間がいる秀徳を倒したお前達の事は高く評価しているつもりだ」

 

 そう返すと火神の表情が少し平然に帰る。それを見て、今度は白瀧が口調を強めて火神へと問い詰めた。

 

「むしろ――舐めているのはお前達の方じゃないのか?」

「あ?」

「控えで十分だと? ふざけるな。ここにいる者達は、他の高校ならばまず間違いなくレギュラーを、エースをはれるだけの実力者が集っている。しかしそんな甘い逃げ道に逸れることをよしとせず、あえて棘の道で己を鍛えることを望んだ者達だ」

 

 その点に関しては白瀧よりもずっと彼らの決心は固いかもしれない。推薦を受け、レギュラーの座を殆ど約束されていた白瀧と違い、彼らはベンチに入る保障さえなかった。大仁多という過酷な環境下では三年間一度も試合に出れないかもしれない。そんな不安もある中であえて大仁多へと進学したのだから。

 

「バスケができるならばどこでも同じだなどと考えている人間とは訳が違う。

今ここにいる五人がベストメンバーだ。お前に彼らを控えと蔑む資格はない!」

 

 一瞬、火神が気迫に押され、一歩後ずさる。彼だけではない。日向、木吉も表情を曇らせた。

 この様に言われては、彼らは何も反論することができなかった。

 『日本のバスケなんてどこでも同じだ』と考えていた火神。中学の際に勝つことを諦め、バスケから離れた日向。進学の際にバスケのことは考慮していなかった木吉。事情が事情とはいえ、彼らの覚悟を前に口を挟めることではない。

 

「……さて。お前ら何か言っておくことはあるか?」

「いえ。というかあいつが全部言ってしまいました」

「だな。俺達はただ全力で戦うだけだ」

「そうですね。機会をもらえたわけですから――行きましょう」

 

 そして頼もしいチームメイトの言葉に駆られて、大仁多の精鋭が出陣する。

 

『それでは二回戦第四試合、大仁多高校対誠凛高校の試合を始めます』

 

大仁多高校 スターティングメンバー

#7 白瀧要(一年) SF 179cm

#10 中澤秀樹(二年) PG 175cm

#12 三浦隼人(二年) C 190cm

#14 西村大智(一年) PG 172cm

#15 本田恭介(一年) PF 184cm

 

誠凛高校 スターティングメンバー

#4 日向順平(二年) SG 178cm

#5 伊月俊(二年) PG 174cm

#7 水戸部凛之助(二年) C 186cm

#10 火神大我(一年) PF 190cm

#11 黒子テツヤ(一年) ?? 168cm

 

 

 ついに試合が始まる。

 大仁多からは三浦が、誠凛からは火神が中央に出て、ジャンプボールの前から火花を散らす。

 

「わかってるな、黒子」

「はい。どういうわけかはわかりませんが、やることは一つです」

「よし、ならいい」

 

 黒子の意志を確認すると伊月はその場を後にする。

 序盤から出し惜しみをするつもりはない。早速誠凛は仕掛けようと集中力を研ぎ澄ました。

 その間にリコは少しでも選手達の状態を探り、作戦の意味を探ろうとして、視線をある一点でとめた。

 

「……ねえ。白瀧君って帝光出身だったはずよね?」

「え? いきなり何を言っているのカントク!? 黒子だって言っていたじゃん!」

「そう、ね」

(え? でもそれじゃあ、この数値はどういうこと……?)

 

 彼女の視線の先にいたのは白瀧だった。小金井から当然のツッコミを受けても、彼女の考えはまとまらない。どうして、と考えていると――ついに試合が始まった。

 

試合開始(ティップオフ)!!』

 

 ボールが宙高くに放たれた。三浦と、火神。両代表が殆ど同時のタイミングで地を蹴る。

 

「もらった!!」

「ぐぅっ!?」

(話には聞いていたが、マジで高ぇ!)

 

ジャンプボールを制したのは、やはり火神。大坪とも競った彼の跳躍力は三浦でも対抗することは難しかった。

 火神が弾いたボールを水戸部が掴む。近くにいた本田がすぐにチェックにつくが、すぐさま誠凛は動き出した。

 

「よしっ! ナイス火神、水戸部!」

「行くぞ速攻!」

 

 火神を含めた全員が駆け上がった。

 水戸部はワンドリブルで本田のディナイをかわすと、前を走る伊月へパスをさばく。

 イーグルアイでもパスコースに敵の姿がないことは確認済み。すぐに味方の位置を確認しようと伊月が思考をめぐらそうとした瞬間――

 

殺戮師の本能(キラーインスティンクト)!!)

 

 試合の流れを誰よりも知る白瀧が、ボールを弾いた。

 

「なっ!?」

「何だと!?」

(あそこからでも追いつくというのか!?)

 

 守備範囲外からのスティール。水戸部も伊月も予想はできなかった。ボールは二,三度地面を転々とし、中澤の手に収まる。

 

「奇襲がお前達だけの十八番とでも思ったか!」

「よくやった白瀧!」

「まずい! カウンターだ!」

 

 試合開始直後の速攻。それは白瀧が得意としているもの。特にこの試合は藤代より立ち上がりを特に注意された。なおの事彼が働かないわけがなかった。

 突然のスティールで誠凛には立ち直る時間は無い。

 

「くそっ! ディフェンス、戻れ!」

「無駄だ。走れ! 反撃だ!」

「よし! 行くぞ、西村!」

 

 中澤はすかさず前線へと駆け出した白瀧へボールを放つ。そして彼と共に攻めようと西村も背中を追った。

 

「はい! ……ッ!? 白瀧さん、前!!」

「えっ?」

 

 だが、一人異変に気づいた西村は叫ぶ。

 既に誠凛は自らの奇策の成功を確信し、全員が走っていた。だから、これより前には誰もいないはず。その白瀧の意識の外から突如黒子が表れ、彼が掴むはずだったボールを奪い取った。

 

「く、黒子――!」

「もらいますよ白瀧君!」

「逆カウンターだ!」

 

 スティールに成功すると、黒子は伊月へとボールを戻した。

 再び誠凛の速攻が始まる。しかも白瀧と西村が突出してしまった為に戻りが遅い。その間に伊月は日向と連携してボールを運ぶ。

 時間を稼ごうと中澤が伊月に当たるが、水戸部がスクリーンで彼のマークを引き剥がす。すると伊月はこのタイミングで火神へパスをさばいた。

 

「ナイスパス!」

「ちっ!」

「打たせるか!!」

 

 火神が右手を大きく掲げて跳躍した。

 好き勝手させてなるものかと、三浦と本田も負けまいとブロックに跳ぶ。

 ディフェンス2枚、これは攻め切れない。そう、多くの者が感じた時、火神が空中で体制を入れ替え、左手に持ち替えた。

 

「なっ!?」

「ダブルクラッチ!?」

 

 ダンクと思わせ、本命はこちらだった。二人はここから反応する術を持たない。中澤も間に合わない。

 先制点は、誠凛が勝ち取る――

 

「舐めんなぁっ!!」

 

 それを許せる程白瀧は優しい男ではない。

 最前線にいたはずなのに、猛ダッシュで追いついた彼は火神の手から放たれたボールを叩き落とした。

 

「うおっ!?」

「っとぉっ! 中澤さん!」

 

 驚愕する火神。先制を確信したチームメイトも同様だった。

 しかも、弾かれたボールは同じく前線より戻った西村がライン上でさばき、中澤の手に戻っていく。

 

「おし、ナイスだお前ら!」

 

 確実に懐に収めると中澤は二人の必死の行動を讃えた。

 

「す、すげえ!」

「試合開始直後から猛烈な攻防! 激しすぎるだろ!」

 

 観客席もいきなりの試合運びに思わず歓声が湧きあがる。

 お互いが速攻を仕掛けようとして、そして止められた。

 ボールの行方が次々と変わっていくがそう簡単に得点は許さない。先制点を巡って、両者の序盤から容赦なく攻め始めた。

 

「……いきなりやってくれるな、黒子」

 

 ようやく追いついた黒子へと声をかける。息を整えつつ、白瀧は黒子の返事を待った。

 

「信じていましたから。白瀧君ならばきっと開始直後からボールを奪いに来る。そして奪ったならば味方からボールを供給されるだけの信頼を得ていると」

「ハッ。読んでいるのはお互い様、か」

 

 ボールが集中することを読んでいた。

 お互いがお互いを知り尽くしているのだ。そう簡単に先制点を譲れるはずもない。

 

「いいだろう。ならば俺達もさらに攻めの手を強めるだけだ。

 ――黒子、誠凛。お前たちの戦略を打ち破った上で、この第1Qは俺達がもらう!」

 

 笑みを深くして、白瀧は黒子に告げる。

 こうして運命の一戦は序盤から激しいぶつかり合いを繰り広げ、始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――黒子のバスケ NG集――

 

「中学一回だけ戦ったことがあるんだ。同じポジションだから俺がマンツーマンでマークしたんだけど、さ」

 

 そこで言葉を区切り一呼吸置いて話を続けた。」

 

「何も出来なかった。実渕に前半戦だけで26得点を許し、挙句の果てに後半3分が経ったところで5ファイルの宣告を受け、退場して、試合後にメールアドレスと電話番号を交換させられた上に、ツーショットを撮らされた」

「はっ!? ……ハァッ!?」

(……あれ? 敵選手だよね?)

 

 神崎、実渕に目をつけられてしまう。

 


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